【銀長星血戦】Believe
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■ショートシナリオ
担当:西尾厚哉
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月10日〜06月15日
リプレイ公開日:2009年06月18日
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●オープニング
春の日差しは暖かかった。
ロラン(ルーム)が教会の僧侶たちの歌を聴きながらうとうとと居眠りをしている。それをちらりと見てルゥダ(月琴仙女)はくすりと笑った。
願いを込めた祈紐の柵。歌声を含んだ光る大地。よほどのことがなければここに来るデビルなどいないだろう。そう考えつつ顔を巡らせた彼女は地平に立つ黒い影を見た。つがいのシャドウドラゴンも気配を感じて頭をもたげる。黒い馬に乗ったサブナクだ。ルゥダは竪琴を持ったまま立ち上がる。
「ご心配は無用。そのまま歌を」
不安そうな表情の僧侶たちに声をかけ、彼女は竜の傍まで行った。少しでも動けば即攻撃。そう思うが、サブナクは長い間その場から動こうとしなかった。
「少し威嚇してやるか」
ルゥダは飛び上がる。
『気ヲツケロ』
と、竜。
「突進する前に月矢を撃ち抜いてやるわ」
ルゥダは笑って答えた。そして射程範囲ぎりぎりまで近づく。サブナクはやはり動かない。ルゥダはテレパシーを使う。
『失せろ、悪魔。ここはお前たちの来る場所ではない』
返事はすぐに戻ってきた。
『愚かな竜と精霊よ。人の手先と成り果てたか』
ルゥダは鼻先で笑う。
『お前たちの考えそうなこと。それは協力というのだよ』
『協力? ふん、馬鹿馬鹿しい。それでお前達に何の恩恵がある』
『彼らと共に住処を守るという目的がある』
『笑止。それで我らに勝ったとて、奴らはお前達の森を守るべく開拓をやめるという約束でもしたか?』
約束?
『私は彼らを信じている』
しかし、せせら笑うような声が届いた。
『信じる? ほう、危うきことよの』
『去れ』
『人はお前達が考えるよりずっと狡賢い。せいぜい泣きを見ぬよう心することだな』
馬が嘶き、サブナクは背を向け地平の彼方に消えた。
「悪魔の口車なぞに乗らぬわ」
ルゥダはそれを見送り呟いた。
こちらはドニエプル河湖畔。
「おお、頑張ったじゃないの」
ヴィーザ(ヴァルキューレ)が二ヴィー(ケルピー)に笑いかける。丘の上の木をヴィーザが倒し、二ヴィーがそれを川岸まで持っていく。河の水量は減る傾向にあり、再び奴らが決壊行動に出るとは思えないが、弱い部分は修復しておく必要があった。二ヴィーは嘶き、そしてふと耳をぴんと立て顔を彼方に向ける。それを見てヴィーザもその視線の先を追った。
「ヴィヌ‥」
ヴィーザは槍を構えた。
「武器を収めよ、戦姫。我はここに一人で来た。戦う意思はない」
ヴィヌの言葉にヴィーザは相手を睨みつける。もちろん槍は下ろさない。
「戦う意思がなくて何をしに?」
「威勢がいいな」
ヴィヌは笑う。
「月琴仙女と約束したからか? 奴はお前のことなど信頼してはおらんぞ」
ヴィーザはむっとする。
「知ったようなことを。私と彼女は昔からの友人よ」
「何と、気楽な戦姫だ。お前はただ利用されているだけだ。なまじ力があるが故でここに座らされているのみ」
「失礼な。それは任されているというのよ」
「あの狡賢い女がお前を信頼などするものか。お前は奴の竪琴を壊したことがあるではないか」
「あれは手元が狂っただけのこと。ルゥダも分かっていますわ」
「月琴仙女は執念深い。お前は知らず知らずあやつの呪歌に操られているのだ。奴はいずれこの辺りの森の女王にでもなるつもりだろう。その時お前は侍女にでもなるか?」
「ええい! やかましわ!」
ヴィーザがキレた。彼女が投げた槍はヴィヌの胸を貫く。
「愚かな戦姫よ‥」
ヴィヌは姿を消した。ヴィーザは戻ってきた槍を掴み、ぐいと顔を反らす。
「愚かなんはお前や。あたしを動揺させようったって、そうはいかへん」
彼女はそう言い、再び二ヴィーと作業に戻った。
そしてブルメル城。
星空を眺めていた少年サクはくしゃみをひとつして窓を閉めた。さすがに夜はまだ寒い。
ドニエプル河沿いを進軍しようとしていたデビル軍を止めはしたものの、城に戻るなりレオンスとアルトスは、今度はこちらから攻撃を仕掛けようと準備に追われ、ロジオン老と共に額を付き合わせて作戦を練る。ぴりりとした空気にサクはアルトスの手をそっと握ることもできない。
眠ろうと思うけれど、眠れない。今度は本当にアルトスさんと別れることになるのではないかと思うと心配でたまらなくなる。
無理に眠ろうとぎゅっと目をつむったサクは、ふと気配を感じて再び目を開けた。白く輝くものが視界の隅に見えた。びっくりして身を起こす。窓辺に座っていたその「者」の端正で物静かな顔には覚えがあった。
「天使さん」
プリンシュパリティだ。でも、前に見たのはガルシン伯爵の元でのこと。それも夢の中。今回も夢なのかしら。
じっと顔を見つめているとプリンシュパリティは小さな笑みを浮かべて言った。
「勝利に必要なものは何と思う?」
「勝利に必要なもの?」
サクは呟く。
「ええと‥力とか魔法とか‥竜や精霊達の力もあるといいかな‥」
どう? と顔を見ると、プリンシュパリティは微かに眉を吊り上げ、再び小さく笑って姿を消した。
‥‥そして目が醒めた。
「つまらんの」
ブルメル伯爵がそっと横に座るサクに囁き身をよじる。レオンス、アルトス、ロジオンの会話に口を差し挟むこともできない。バーリン子爵の息子ガブリルも合流したが、それは彼も同じだ。
「ワシらも何か手伝えんかの、ロジオン」
ブルメル伯爵は声を出す。
「閣下は兵の名前を覚えておられたではありませんか。兵達は勇気をいただいたことでしょう。それで充分です」
アルトスが代わりに答える。伯爵は顔を輝かせた。
「おお、アルトス、お前の部下の名も覚えたぞ、ええとな‥」
「閣下、それは後でゆっくりと」
レオンスの冷たい言葉に伯爵は再びしゅんとなった。
「みんなが出陣したらここで名前を呼んであげるといいよ。歌も届いたんだもん。伯爵様の呼ぶ声も届くよ」
サクは伯爵を慰めた。そして顔をあげてアルトスを見る。
「どこかでヴィーザとルゥダも呼ぶんでしょ? ロランや竜も?」
その問いにアルトスは頷く。
「だが、そのタイミングが読めない。下手に早く動きすぎると防衛している場所が手薄になる」
かといって、進撃の伝令をしていくために兵を割くのも実のところ難しい。どこかで烽火をあげるのかどうか、迷うところだという。
「冒険者の人、お願いするんでしょ?」
サクは言った。ロジオンが頷いた。
「奥方からそのお赦しはいただいているよ」
「じゃあ、ぼくも使って。ぼく、ヴィーザのところに行く。ガブリルさんはルゥダのところに。どう?」
いきなり振られてガブリルはびっくりしたが頷いた。
「狩りをしていたので視力の自信はあります。烽火をあげたり、誰かが近づいてくれば遠くでも分かります。合図が来たなら残る僧侶の皆さんは私が頑張って護衛します」
司令塔の3人は顔を見合わせて考えたのち頷いた。
「ヴィーザに合図を知らせたらお前は城に戻りなさい」
そう言うアルトスの顔をサクは見上げる。
「アルトスさん。勝利に必要なものって、何だと思う?」
アルトスはどういうことだというようにサクの顔を見つめた。
「ぼくは力とか魔法とか、竜や精霊の力だと思ったの。でも天使さんはそうだよって言ってくれなかった」
「天使さん?」
「プリンシュパリティ」
サクの答えに皆が呆然とサクの顔を見たのだった。
●リプレイ本文
二手分かれての攻撃となるため、敵の変わり身防衛手段としてアンドリー・フィルス(ec0129)は両指揮官に主君名と自らの名を記した羊皮紙を二枚ずつ書いてもらい双方で持つことにした。更に合言葉をと考える一同。しかし良い言葉が浮かばない。ブルメル伯爵夫人がふと思い出し、急いで小さな箱を持ってきて皆の前で蓋を開いた。
「『天使の羽のひとひら』。司祭様がくださったの。皆で一つずつ持つとよろしいわ。これならさすがに悪魔は持っていないでしょう」
双海一刃(ea3947)の忍犬の嗅覚やミュール・マードリック(ea9285)が連れた水影の水鏡魔法もある。変わり身もたやすくはあるまい。
ミュールは冥王剣の鞘とノーマルソードを差し替えレオンスに差し出した。フェイクだ。レオンスは自分の持っていた剣、コムニオンをアルトスに渡す。
「奴はきっとお前の顔を覚えているぞ、ミュール」
任せろというように小さく笑みを浮かべるミュール。
準備整い、レオンスはシャルロット・スパイラル(ea7465)に顔を向ける。
「合図の烽火を頼みたい」
頷くシャルロット。アンドリーが一足先に飛び立つ。転移能力にて各精霊と一足早く接触を持ち、詳細のタイミングを確認するためだ。
「皆に勝利あれ!」
レイア・アローネ(eb8106)の声に送られ、軍は城を出発する。サクは伯爵夫人の後ろでぶつぶつと何かを唱えているブルメル伯爵を見た。伯爵はきっと兵の名をひとりずつ呼ぶ作業を始めたのだろう。
エルマ・リジア(ea9311)が祈りで、リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)が歌で祈紐の結束強化を試みた祈紐は白く輝いていた。僧侶達も交代で歌を歌い続けている。
ガブリル・バーリンはここでルゥダと影竜が飛び立ったあとの守りにつく。ルームのロランが残ることを知り、ガブリルは小さく息を吐いた。一人では心許なかったのは正直なところだ。
「ルゥダ、リュシエンヌからだ」
双海がオーロラのヴェールを彼女に渡す。ルゥダは丁重にそれを受け取った。
「この美しき色に恥じぬよう戦果を誓おう」
セラフィマ・レオーノフ(eb2554)、ヴェニー・ブリッド(eb5868)、馬若飛(ec3237)がアルトス軍。双海、シャルロット、ミュール、リリス・シャイターン(ec3565)はレオンス軍へ。勝利を誓い、軍は分かれた。
アルトス軍。
ヴェニーが木臼で空に上がりスクロールにて望遠能力をつけ、先行偵察を試みる。
間もなく隊は不自然に尖った赤い山を見るだろう。下はうごめく黒い群れ。しかしアガレスらしき姿が見当たらない。中腹に見えるあの穴の中だろうか。光が及ばず透視は叶わなかった。しかし進軍方向としては悪くない。西と北からの攻めに対し、南は森を挟んで次なる山の急斜面。東はドニエプル。奴らの退路はない。
戻った彼女が記した地図を元にアルトス軍は先に進む。若飛はアルトスと並び先頭へ。セラフィマはルゥナーと共に空へ。
「来るわよ」
頭上に呼んだ雨雲を確認し、ヴェニーがセラフィマに言う。彼女はテレパシーでそれをアルトスに。何としても叩けるだけ叩いておかねば。彼女はルゥナーの背を撫で、剣を引き抜いた。応えるように月竜は小さく唸りをあげた。
レオンス軍。
双海は魔法防御の付与を受け先行偵察を。河岸は見晴らしが良い。軍の動きが丸裸。少し西に移動して森の端を通るほうがいいだろう。そう思い双海が動いた途端、
――ビュ‥!
音がして反射的に伏せる。草の上にどさりと石が落ちる。単純な投石罠だ。だが至る所に仕掛けられているだろう。つまり、河沿いを来いと敵は言っているのだ。
「小賢しい‥」
呟いた時、背後に気配を感じた。外套の下にちらりと白い羽が見える。アンドリーだ。
「合図を見て戦姫は半時、仙女と影竜は小一時間で到着。山に入って早急に呼ぶが良かろうとレオンス殿には伝えた。俺はあちらの加勢に行く。こっちは頼む」
不穏さを感じ取り双海は目を細める。
「黒い翼が見えた。ネルガルかもしれんが」
アンドリーはそう言い残し消えた。双海は拳を握り締め身を翻した。
アルトス軍。
デビルの一群をヴェニーは暴風で押し返す。サブナクの姿を確認し天雷を落とす。直後、彼女の眉が微かに潜められた。効かない‥? 僅かに近づいた途端、衝撃を感じ弾き飛ばされた。わふたが主を追いかける。直撃は避けたのと、無我夢中で木臼にしがみついたため落下は免れた。しかし掠めた左肩から血が流れた。重力波か。
――ガキィ‥ッ!
剣と剣が討ち合う音が響いた。アンドリーだ。後を追ってくるネルガルに若飛の槍が飛ぶ。更にアルトスが走った。しかし、姿を現した巨体がアルトスの腕を掴む。
「天雷敗れたり」
アガレスはにやりと笑った。
「面白い。ブラン剣か」
アルトスの顔が歪んだ。コムニオンが‥腕ごと千切られる‥! アンドリーは唸り声をあげ、目の前のサブナクにどかりと一撃を加える。雲散する相手を見定める前にアガレスに向かう。先に若飛の槍が敵を射抜き、次なるアンドリーの重い一撃でアガレスは一瞬ネルガルになり空中に溶けた。アルトスが腕を押さえ悔しそうに唸りを漏らす。アガレスはブラン盾を持っている。分かっていたはずなのに姿に惑わされ、怖気づいていた。
「さっきの重力波は明らかに奴。冥王剣ではなかったと知って今度はあちらに行くわよ」
ヴェニーの言葉に頷き、アンドリーはガルーダで飛び上がった。
「ありがと」
セラフィマから薬を渡され、ヴェニーは笑みを浮かべる。
「天雷敗れたりですって? 私たちを甘く見てもらっちゃ困るわね」
「同感です」
笑みを交わし、二人は再び空にあがった。
レオンス軍。
罠はシャルロットが灰分身を作り、次々に解除した。双海がアンドリーの姿に気づいたが、上空のリリスの目が微かに細められる。彼女は近づきアンドリーに問う。
「羽は?」
相手の一瞬の表情の変化を全員が見逃さなかった。双海の一撃。その次に飛び掛ろうとしたミュールよりも早く一撃を加えた者がいた。アンドリー本人だ。ネルガルに戻り消える敵に明らかに怒っている。自分に化けられるなど胸糞悪い。
「ちょーっとだけ、背丈が違ったのよね」
リリスは親指と人差し指を伸ばして言った。しかし次のアンドリーの言葉に「ええ〜!」と声をあげる。
「耐電魔法を使っているようだ」
アンドリーはアルトス軍で見たことを伝える。
「デビル全部ってわけじゃないだろ。やるだけやってみるよ!」
リリスはきっぱりと言った。
「来たぞ」
前方の黒い塊を見て双海は言った。
「全員、士気向上、防御魔法付与、親玉の姿を見ても恐れるな!」
レオンスの声に兵が雄叫びをあげる。10分後、レオンス軍も戦闘となった。
シャルロットはリオートと共に炎を立ち上げる。
「ぐぁ‥!」
その声に双海がはっとして顔を向ける。水球が飛ぶ。ヴィヌ! ミュールが空から走る。
「おぉのれぇ‥! せっかくの火を消しおってぇっ!」
シャルロットの怒りの声とミュールがヴィヌに与えた強烈な一撃音が重なる。テンペストの威力と重量が加算された上にスクロールの力により帯電した身から与えられる打撃はヴィヌには持ち堪えられない。あっけなく雲散した。
「能力全開で行くぞ、リオート!」
ポーションの封を破りながら叫ぶシャルロットの声にリオートがぶわりと火を立ち上げる。
「邪魔すんじゃないよ!」
リリスが空から近づく敵に稲妻を浴びせる。やはり下級デビル達はひとたまりもない。
炎は必ず届く! そこにいた誰もがそう信じていた。
アルトス軍。
ヴェニーは高木を越えて立ち上がる火炎を見た。次いで暴風を投げる。叫び声をあげて転がっていく無数のデビル。
「ふっ‥こちらの射程は重力波より長いのよ」
彼女は銀の髪を片手でさらりと背に投げる。
「行かせませんわっ」
セラフィマがレオンス側に向かおうとするインプを斬る。ルゥナーが影を爆発させる。ふいを突かれ飛び掛ってきたインプにはっとしたが、目前で若飛の槍が貫いていった。地上に目を向けると若飛が槍を受け止め、にっと笑うのが見えた。ヴェニーが払い、私が討つ。漏れても若飛が見逃さない。
――負けない!
彼女は再び剣を構えた。
レオンス軍。
合図が届いていれば精霊到着まで半時弱。敵の数はわずかに減ったようだが、一瞬もじっとしているわけにいかない。レオンスは息を弾ませ顔を巡らせる。そして‥
「その鞘は冥王剣の使い手の真似か?」
耳元の声に総毛立った。振り向くが目に入るのは下級デビルのみ。
「おまえが指揮官か?」
思わず剣を振り回す。ミュール、アンドリー、双海が彼の妙な動きに気づいた。
――ワゥゥッ!
藤丸と萩丸の吠え声と共に黒い翼が広がる。避けられなかった。
――ドッ‥!
重い一撃。倒れる寸前、レオンスは笑みを浮かべる白い顔を見た。
――ガキッ!
アンドリーが正面から盾の防御を封じ込め、ファイヤーバードで飛ぶミュールがテンペストの一撃を与える。アガレス、仕留めたり! 誰もがそう思ったが次の瞬間、アガレスはにやりと笑い、微かな光の後に消えた。
「盾だ。回復魔法」
アンドリーが悔しさを滲ませる。その言葉が終わる前に足元が揺らぐ。地震? 揺れはあっという間に大きくなり、ミュールとアンドリーは空へ。双海は倒れたレオンスが落ち込んだ地面にずるりと飲み込まれていくのを見た。
「双海さんっ!」
声が聞こえた。白い鎧。ヴィーザ! サクがヴィーザの背からプラントコントロールを使っていた。双海は枝の先を確認する。レオンスは枝に巻きつき、かろうじて落ちずにいた。安心したのも束の間、サクが枝を動かそうとした途端、
「ぐっ‥」
小さな体が吹き飛び、レオンスを支えていた枝が切れる。
「任せてっ!」
リリスが天馬の上からレオンスの手を掴んだのを見た。双海はサクに駆け寄り助け起こす。サクは口から血を吹いていた。小さな体に達人級の重力波は重すぎる。頭上を掠めるインプからサクを抱き締め庇うと、双海は祈るような気持ちでサクの口に薬を流し込んだ。小さな咳の後、サクは大きく息をした。
「腕‥放せ‥的になるぞ‥」
レオンスの声にリリスは怒鳴り返す。
「私はっ、みんなを信じてるううっ‥重っ‥!」
その言葉通り、一匹たりとも近づけさせまいと全員がまるで結界のように敵に立ち向かっていた。サクの目が開いたことを確認した双海はリリスと共にレオンスを引き上げる。ようやく彼を地面に降ろし、「ふぅ」とリリスはアリスにしがみついた。
「双海さん! レオンスさん‥!」
血まみれの口を拭い、サクが走り寄る。レオンスが震える手で彼を抱きしめた。
流れ走る槍を見て、若飛は顔を巡らせる。
「おらおら! 気合入れていかんとあかんで!」
ヴィーザだ。
「よぉ、姫さん、待っていたぜ」
若飛の声にヴィーザは顔をほころばせた。
「あんちゃん! あんたとまた槍投げできるんか!」
「おぅ」
二人の頭上を影竜二体が飛んでいる。ルゥナーが歓迎するように声をあげた。
『月龍ノ戦乙女ヨ、我ラモ共二』
セラフィマに影竜の声が届く。
『はい。喜んで』
彼女はにっこりと笑った。
「さあ、決着をつけようか」
隣に降り立ったルゥダにシャルロットが気づく。
「月矢で奴を燻りだすよ」
光る矢が飛ぶ。弧を描き落ちる先を全員が目で追う。
――近い!
双海は弧先を読み走り出す。マジックスティール効果範囲は3m。奴の一撃を食らうことは覚悟の上だ。黒い翼が広がる。自分から姿を現すとは! 構わず彼は走りこみ指輪に念じる。次の瞬間、どかりと重い音が響く。ミュールとアンドリーの攻撃。
「抵抗魔法は読んだと思ったが。冥王剣を出せ」
アガレスはにやりと笑う。双海はアンドリーが腰の剣シャクティを僅かに鞘から出すのを見て直感的に素早く身を後方へ移動させる。ミュールもそれには気づいていた。
――カ‥‥ッ!
強烈な閃光が走る。そしてすさまじい咆哮が響いた。
「なんだ‥?」
槍を投げる手を止めて若飛が顔を振り向ける。
「アガレス、断末魔の声」
ヴィーザが答える。
「デビル達が怯んだわ! 一気に押すわよ!」
ヴェニー。
「撃破!」
セラフィマの声に竜達が呼応の雄叫びをあげた。
地面に落ちた腕。アンドリーがそれに剣を突き立てると、残ったのはあの盾だった。
「手応えはあった。恐らく重傷」
ミュールが微かに荒い息を吐いて冥王剣を振り鞘に戻す。
「血」
アンドリーは盾を持ち上げミュールの頬を指す。
賭けだった。奴がミュールに意識を注いでいる間に腕ごと盾を落とす。黄金剣とシャクティの持ち替えが少しでも遅れればミュールの負担が大きかっただろう。
「カスリ傷だ。戦利品と引き換えの」
ミュールは指で血を拭い答えた。
「まだ終わってないよ!」
頭上でリリスの声が響く。流れはこちらだ。勝利は目前、一気にデビルを蹴散らすのみだ。
セラフィマはデビル達が尖った山の中腹にある穴に次々と逃げ込むのを見た。あの穴は地獄と繋がっているのか。ヴェニーに顔を向けると彼女が頷くのが見えた。
『セラフィマ、地上ノ奴ハ頼メルカ』
影竜が言った。
『山ゴト潰シテヤル』
二体の竜は穴に向かう。シャルロットの火球、ヴェニーの電雷、影竜の直接攻撃。赤剥けた山は煙をあげ、やがて地鳴りと共に自ら崩れ始めた。アガレスが陣営を放棄するため再び地震を起こしたのだろう。数十分後、赤い土煙が消え去ったあと、デビルの群れもいなくなっていた。
貴重なブランの鉱脈跡も‥消えた。
「武器と防具を作り続けてたらきりがあらへん。これで、ええねん」
ヴィーザはそう言い笑った。
「戦の精霊やのに‥変かな」
「それがお前の良いところだよ」
ルゥダが笑みを浮かべた。シャルロットは彼女に小さな袋を差し出す。春の香り袋だ。
「ルゥダには双海がヴェールを渡したようだから、これはお前に渡す」
それを見てむくれたのはリオートだ。
「シャル、ズルイ!」
サクが笑う。
「リオート、焼き餅」
ああ、という顔をするシャルロット。
「お前にはぁ今度いいものを贈る。心配するな」
「本当カ、シャル」
「本当だ、本当だ、うぁ? やめぃ!」
巨体に抱き締められかけて、シャルロットは真っ青になった。
レオンスがアルトスを振り向き、二人は頷き合う。
「全員! 冒険者と精霊、サクに敬礼!」
一斉に皆が敬礼をする。その後、勝利の歓声が夕日に赤く染まった空に響き渡った。
『天使さん、ぼくは少し分かった気がするよ‥』
サクは横にいたアルトスを見上げ、それから皆の顔を見回した。
この人たちとずっと一緒にいられたらどんなにいいだろう‥。ずっと‥。
やまぬ歓声の遥か彼方ではブルメル伯爵が数十回目の最後の兵の名を呼び終えてぱったりと失神した。彼も彼なりの戦いを終えたのだ。
なお、アガレスが残した盾は「憤怒の盾」と名づけられ、腕を切り落としたアンドリー・フィルスに託された。