ルームびしばし

■ショートシナリオ


担当:西尾厚哉

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 40 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月08日〜08月14日

リプレイ公開日:2009年08月15日

●オープニング

 初夏の夜風は心地良い。
 リーナ・バーリンは窓を開け、すぅっと深呼吸をする。
 ブルメル城の結婚式は素敵だったわ。私もあんな素敵なドレスを着て結婚式をあげたい‥そう、あの方と。
 妄想して「うふん」と萌える。と、そこへ。
「ひとりで何を微笑んでおられる? 美しい姫よ」
 声がして思わずはしたなく「ぎゃっ」と叫びそうになる。目の前に月の光を浴びてにっこり笑う端正な顔立ちの男がいた。
「あ、貴方、ええと、ふわふわ」
「ふわふわではありません。ロランと申します」
 ルームのロランだった。彼は恭しくリーナに一礼する。
「兄上はお見えか。部屋の場所が分からぬ」
「お兄様にご用なの? ちょっと待っていらして」
 リーナは踵を返し、隣室の兄、ガブリル・バーリンを呼びに行く。ガブリルはロランが来たと聞いてびっくりして飛んできた。
「どうしたんだ? 何かあったか?」
「何かあったかではない。いつになったら宴を開いてくれるのだ。約束だろう」
「あ」
 ガブリルは口を開いた。そうだった。ロランに貴族マナーを教えるからと約束したのだった。悪魔との戦争もあったし、子影竜の躾やら、ブルメル城での結婚式やらですっかり忘れていた。
「おまえが早く教えてくれないから私は怒られたのだぞ。すっごく怒られたのだぞ」
 ロランはむすっとして言った。
「そういえばお前はブルメルの結婚式にいたな。あの時、忍び込んでいたのか!」
 ガブリルが詰め寄った。ロランは墓穴を掘ってしまった。
「し、失敬な! お前が早くしないから、自分で、べ、勉強しようと思ったのである」
「どうだか」
「お兄様、パーティでも開くお約束をなさったの?」
 横で聞いていたリーナが口を挟んだ。
「パーティを開くというか、彼に貴族マナーを教える約束をしたんだ」
「そうなの? お見受けしたところ、もう充分ご存知のようですのに」
「ご存知の貴族が夜半に女性の窓辺に来るか」
 ガブリルはむすっとして言う。むすっとしたのはロランも同じだ。
「昼間の光は苦手なのだ。仕方がないだろう」
 どちらにしても約束をしたのだから、教えてやらないわけにはいかないだろう。
「でも、今はとりたてて宴を開く理由がない」
 ガブリルが呟くと、リーナが再び口を出す。
「じゃあ、私のお誕生会というのはいかが? 少し早いけれど8月がお誕生日ですもの。いつもは家族だけで晩餐会をするけれど、今年はお友達も呼びましょうよ。その時に来ていただいたら?」
「うーん‥」
 ガブリルは迷う。友人達を呼ぶというのは、要するに若者が集まるということで、ロランにとってはウハウハな状態になってしまう。いや、でもそういう場所だからこそダメ出ししやすいだろうか。
「アドリアーナとジナイダとヴァレンティナを呼ぶわ。彼女達にもご友人を誘ってもらうわ。お兄様もお友達にお声をかけてくださいな。ねえ、久しぶりにみんなに会って楽しくやりましょうよ」
「うーん‥」
 同じ言葉ばかり出してしまうガブリル。友人達は確かに貴族だし、幼い頃からマナーを叩き込まれているとはいえ、宴がリーナの誕生会となれば公式なものではない。遠方のこの地に赴くとなれば、旅行気分で来るだろう。羽目を外すことは大いに考えられる。それではとてもロランの勉強会にはならない。かといって彼らに理由を話しておとなしくしてもらう前提で来てもらうというのも変な話だ。
「さ、じゃあ、善は急げ、私、お友達に手紙を書きましょ。あ、あとレオンス様にも書かなきゃ」
 リーナはうきうきして早速テーブルに向かう。
「ま、待て、そのレオンス様って何」
 ガブリルが慌てた。
「だって、私をお助けくださったのよ。御礼さしあげてないわ」
「お礼って、彼は命令で来たんだし。と、いうか、貧血起こしたお前を拾ってくれただけだろ」
「拾っただなんて、私を子猫みたいに仰らないでいただきたいわ」
「無理だって」
「じゃあ、決まりだな。日取りを明日聞きに来るから教えてくれたまえ」
 ロランはそう言うと元の姿に戻り飛び立っていった。

「無理ーーーーーっ!」

 最終的に墓穴を掘ったのはガブリルだったのかもしれない。

 ブルメル城のレオンス・ボウネルがバーリン子爵邸へ向かったとガブリルが聞いたのはその後だった。
 なんで? なんでレオンス来るの? 嘘だろ? とガブリルは慌てる。
 結局、ロジオンの機転でレオンスは戦闘後のブラン鉱脈跡山地を偵察し、そののちバーリン子爵に報告をしてブルメルに戻るようにというふうに言い聞かせられて出発したらしい。
 ‥つまり、レオンス自身はリーナの誕生会に招待されているなどとは露とも思っていないのである。

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6320 リュシエンヌ・アルビレオ(38歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7465 シャルロット・スパイラル(34歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb8302 ジャン・シュヴァリエ(19歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec5023 ヴィタリー・チャイカ(36歳・♂・クレリック・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

 レオンスは冒険者の表情がいつもと違うような気がしてならない。そもそもの目的がリーナの誕生会なのだからさもありなん。知らぬはレオンスのみ。しかし祈紐を結んだ丘に来ると、そんな疑念は吹っ飛んでしまう。
 風が妙だ。ヴィタリー・チャイカ(ec5023)が僅かに茶色く爛れた祈紐の端に手を伸ばす。じっと山に目を向けていたレティシア・シャンテヒルト(ea6215)が口を開いた。
「山の色が違う」
「空から見てみる」
 ヴィタリーが大鷲に身を変え飛び立つ。
「行ける?」
 リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)がスズナに尋ねた。スズナは誰よりも風の異変を感じ取るらしく、怯えた顔をしていたが頷いて飛び立った。
 シャルロット・スパイラル(ea7465)にフレイムエリベイションを付与され、更に先に進んだ一行は、しばらくして空にいるヴィタリーの声を聞く。エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が持っていた石の中の蝶に目を向けたが異変はない。レオンスが馬から降りた。先に進む彼に
「レオンス、だめ!」
 レティシアが叫んだ。同時にレオンスは呻いて後ずさる。澱んだ空気は僅かでも胸に痛みをもたらした。強い瘴気だ。
「この先はアガレスが腕を切り落とされた場所‥」
 それを聞いてエルンストがパーストのスクロールを広げる。目前に広がる巨大な黒い翼。黒の鎧を身につけたアガレスの青ざめた顔に激しい怒りが浮かぶ。鋭い咆哮。地が裂け、周囲の木々が咆哮に焼かれるように枯れた。
『滅びよ!』
 奴はそう叫んで‥消えた。
「復讐を?」
 尋ねるレオンスにエルンストはかぶりを振る。
「分からんが‥怒りにまみれていることだけは確かだな。腕も元に戻っている」
「ルシファーは封印されたのに‥」
 ジャン・シュヴァリエ(eb8302)が呟いた。
「地獄が封印されたわけじゃないからね‥」
 レティシアは答えた。


「東に向かって木が枯れている。かなり広範囲だ」
 合流したヴィタリーが言った。スズナも「おっきいおっきい」と腕を振り回す。
「東はバーリン領。精霊と竜がいるから、そうたやすく侵されんだろうが」
 シャルロットが唸る。さてこの事態、いかように伝えるべきか。今頃ガブリル・バーリンの頭の中は別の意味で危機感満杯のはずだ。
 屋敷が見えてきた頃、こちらを見つけてガブリルが駆け寄ってきた。レオンスが緊張の面持ちで彼に尋ねる。
「何か異変が?」
「要注意のご子息がいて‥もう無茶苦茶‥でも、お願いできますよね? 頼みます」
 やばいぞ、話が繋がらない。リュシエンヌが助け舟を出す。
「山の報告をさせていただくわ」
 ガブリルは慌てて手で口を覆う。が、報告を聞いても彼は混乱するばかり。
「ロランは?」
 シャルロットが尋ねるとガブリルはかぶりを振った。
「ならば今のうちに建て直しだ。森へはロランに伝えよう」
 レオンスはそれを聞いて
「では我々はこれで」
 途端に全員で
「ええ〜?」
 何がええだとレオンスは周囲を見る。
「レオンス君とパーティを楽しみたい人〜!」
 と、レティシア。
「はぁ〜い!」
「何の話だ、レティシアお嬢様」
 レティシアに詰め寄るレオンス。レティシアはふふと笑みを浮かべ正面から睨み返す。
「今日はリーナのお誕生会よ。お願いしますってガブリルも言ってるじゃない?」
 レオンスはやっと気づく。知らなかったのは自分だけ。ちくしょう‥! ロジオン!
 更にシャルロットが追い討ちを。
「子爵ご息女の誕生祝であるぞ。無碍はできんよのぉ?」
 そして小さく付け足す。
「サクが聞いたら怒るであろうなあ‥ブルメル伯爵の面子も‥ふふ」
 うっ、と呻きつつ、しかし
「ご辞退いたします」
 踵を返そうとする彼の頭にガコンと落ちた一撃。どたりと倒れるレオンス。
「うーむ、こういうことに使う予定ではなかったが」
 エルンストが見事に割れた固い保存食を眺め、冷静に呟いた。


 宴の部屋の前。
 ジャンとヴィタリーは大急ぎでレオンスを着替えさせている。間もなくロランも来る。それまでに場を抑えなければ。
「さて、ここは年長者の威厳というやつを」
 リュシエンヌが背筋を伸ばしガブリルを見る。ガブリルは頷いてこわごわ部屋の扉を開けた。

 ひゅ!

 何かが飛んできた。全員魔法で士気向上済み、そもそも冒険者たるもの避ける動きは速い。
「おー! 避けた」
 大声で叫んだ男性がいた。
「お酒臭い?」
 べしゃりと床に落ちたクリームに目を向け、レティシアが眉を潜めてガブリルに囁く。
「最初から飲んだくれてます‥全員じゃないけれど」
 恐るべしプチ・ロラン共。
「諸君!」
 エルンストはぴしりと片手を前に突き出し、
「貴族子女たるもの‥ぐふっ」
 後ろの扉がバァン! と開き、突き飛ばされたガブリルの体当たりをくらってエルンストは言葉半ばで弾き飛ばされた。
「お待たせいたしました!」
 両腕を広げ、満面の笑みを浮かべたロランがいた。ガブリルが「うそっ!」と声をあげる。ロランは周囲を見回し、目を輝かせて「おー」と言うと、大袈裟な身振りでリーナに一礼した。
「どなた?」
 隣の女性がリーナに尋ねる。
「あ、ええと‥、ストウ‥の‥ロラン様」
「ロランで良い、姫よ。おお、これはこちらも美しき姫」
 ロランは早速隣の女性に手を伸ばす。
「待て、ジナイダに触れるのは許さんぞ」
 ロランの腕を掴む男性。
「姫にはお前のような醜悪な男が近寄ってはならん」
「何だと! 貴様‥!」
「スズナ」
 リュシエンヌがぴしりとスズナに魔力の杖を渡す。
「ルッムルムにしておやんなさい」
「ルッムルム〜」

 カコーン!

「あっ、この杖はっ!」
 ロランは頭を押さえたあと、振り向いてリュシエンヌの姿を見つけ「ひぃえ」と声をあげる。その尻からぴこんと尻尾。
「わああああっ!」
 声をあげてロランに飛び掛った者がいた。ヴィタリーだ。彼は急いでロランに獣耳ヘアバンドを被せる。
「ロラン、お前気が利くなあっ、仮装なんて粋じゃないかっ」
 リーナがくすりと笑い、パリ風にコーディネイトされたレオンスに気づいて顔を赤くした。もちろんジャンの見立てだ。
「レオンス、似合うではないか」
 シャルロットが笑って彼をつつくが、レオンスはどんよりと、顔色だけならアガレスさながら。
「お静かに!」
 レティシアが叫んだ。しん、と部屋中静まりかえる。彼女は腕を組み、怒った顔でひとりひとりの顔を睨み巡る。
「子供はお酒を飲んではだめ」
 彼女は男性の手からグラスを取り上げる。
「上着をちゃんと!」
「髪が乱れてます」
 ひとりひとりをチェックし、最後にロランの前に立つ。
「女性にすぐべたべたしないっ!」
 再び尻尾が出かけたので、ヴィタリーが慌ててロランの尻を蹴飛ばした。
「君達は誰だ」
 誰かが口を開いた。全員が口を揃えて答える。
「冒険者よ(だ)!」
「私は違う‥」
 レオンスが呟いたが誰も聞いていなかった。


 リュシエンヌが歌い始めた。使用人達が手早く部屋を片付け、テーブルの上には改めて料理が並べられた。酒はレティシアがさっさと撤収。代わりにリュシエンヌが料理人に頼んだシラバブが並ぶ。生クリームとワインを混ぜたものはレオンスにだけ。あとは白葡萄の果汁だ。
 しかし貴族子女達の冒険者に対する好奇と畏敬の感情は宴で暴れまくる欲求に勝った。更に目を惹いたのはリュシエンヌの歌に合わせて舞うスズナと陽精霊のエプシロン、物静かに微笑む川姫のフィディエルだ。ロランは全く無視され仏頂面である。
「何だか元の姿のほうがいいようである」
「お前はマナーを教わりに来てるんだろ」
 ヴィタリーは彼の前にどん、と皿を置く。
「テーブルマナーをびっちり教えてやるよ」
「同属のあるじは厳しいのだ」
「俺はヴィタリーだ。覚えろよ」
「覚えているよ。あっかんべ」
 貴族はそんなことしなーい! とヴィタリーの平手が飛んだ。
 一方、部屋の隅で竪琴を爪弾き始めたレティシアにリーナが近づく。
「先程はありがとうございました。贈り物もたくさんいただいて‥」
 レティシアはリーナに赤き愛の石を贈っていた。リュシエンヌは蛍火の耳飾りを、シャルロットは藍のかんざし、ヴィタリーは途中で摘んだ花の束と花霞、葛粉を。リーナはそれらをきゅっと胸に抱き締めていた。
「本当は皆さんとてもいい方ですから‥」
「だからお呼びしたんでしょ?」
 レティシアは笑って答える。リーナは頷き、それからある方向に目をやる。視線の先はバルコニーで一人ぼんやりしているレオンスの姿。手に持ったシラバブもそのままだ。
「レオンスさんと話がしたいんじゃないの?」
 近くにいたジャンが尋ねると、リーナは顔を真っ赤にした。
「ええ、でも‥」
 初々しい表情にジャンは思わず笑みをこぼす。
「行っておいでよ。あ、そうだ」
 ジャンはキューピッド・タリスマンを取り出し、彼女の手に握らせた。
「これ持ってると勇気が出るよ。頑張って」
「頑張って」
 レティシアも口を添える。木苺のように顔を赤くしたリーナはこくんと頷いた。

「何だか気分が‥」
 しなだれかかる女性にエルンストは「え?」と顔を向ける。
「外に連れていってくださらなぁい?」
「姫! それはいけない!」
「あっ、こら、ロラン!」
 慌ててヴィタリーが捕まえようとしたが、ロランはひょいと交わして走り寄る。シャルロットがフレイムエリベイションをロランに付与したのだが、それが裏目に出た。エルンストが「む」と身構えたが、先にばきりとリュシエンヌの鉄拳がロランに飛ぶ。
「私が連れて出てさしあげましょうね」
 女性の顔が不機嫌になった。それはロランも同じだ。
「馬鹿者。こんな見え透いた誘惑に乗ってどうする」
 シャルロットが小声でロランに言った。ロランは口を尖らせる。
「望みに応えるのが紳士であろう」
「なにを言う、紳士というものはだなぁ‥」
 言いかけたシャルロットの袖をくいくいと引く者がいた。振り向くとはにかみながら女性が立っていた。
「おじさま、私と一緒に踊っていただけません?」
「あ、ずるい!」
 女性をエスコートしていくシャルロットをロランは歯噛みして見送った。しかし、シャルロットの上着が妙にばさばさと揺れている。
「ふふ、リオートが妬いてるわ」
 レティシアが言った。
「ロラン、分かる? 誰にでもいい顔をしていたら、本当に貴方を好きな人が怒ったり悲しんだりするってことよ」
「本当に私を好きかどうかなど、どうすれば分かるのだ? 私が皆を好きではいけないのか?」
「人の心はお前が考えるより複雑だよ」
 ヴィタリーが答え、バルコニーに目を向ける。まだ迷っているリーナがいた。
「レオンス様」
 リーナが思い切って声をかけると、レオンスは彼女の前に膝をついた。
「お立ちください。貴方はお客様です」
 慌てるリーナに何度も促され、レオンスはやっと立ち上がった。
「先日は有難うございました」
「任務です」
 何とも素っ気無い。しかし彼女は勇気を振り絞った。
「あの‥不躾ですけれど‥あなたとお手紙のやりとりがしたくて‥」
 レオンスも男だ。彼女の言葉にはぴんとくる。しかしその返事はやはり素っ気無かった。
「無理です」
 なぜ、と思わず彼の顔を見るリーナ。
「私は返事を出しません」
 いつの間にかバルコニー前に全員が集まり、息を詰めて2人を見つめていた。
 リーナは悲しそうに俯く。
「私のことがお嫌い? ‥ご迷惑ですか?」
 レオンスは黙り込む。ガブリルが飛び出しそうになるのをシャルロットが慌てて押さえ込んだ。
「リーナを泣かせるな!」
 男性のひとりが叫んだ。
「了承のキスをしてさしあげろ! これは命令だ!」
 それを聞いたレオンスの表情は形容し難いものだった。皆の表情も強張る。
 激しい怒りの目を一瞬こちらに向けたあと、レオンスはリーナに近づき顔を傾ける。しかしリーナは顔を背け、わっと泣き出して部屋を飛び出してしまった。
「馬鹿かっ! おのれはっ!」
 エルンストが青筋を立てて挑発した男の首を掴み揺さぶる。ガブリルが慌ててリーナの後を追った。
「リーナ姫は可哀相である‥あんなキスは良くない‥」
 ロランが呟いた。ぐいと涙を拭うロランの肩に、ヴィタリーは腕を回してやった。


 リーナはしばらくしてガブリルと一緒に戻ってきた。友人達が彼女を抱き締める。声をあげた男性は皆にこってり絞られ、彼女に必死になって謝った。リーナは大丈夫よと健気に笑みを浮かべる。
 夜が明ける。そろそろお開きの時間だ。
 客室に戻る出席者達、リーナもガブリルに促され部屋に戻った。冒険者とレオンス、ロランは帰途につく。
「レミエラもだいぶん少なくなってきたけれどお持ちください。それと、書庫を探してスクロールを持ってきました。魔法は詳しくないけれど、もしこれからもお助けいただけるのならアガレス対抗のものが良いと思い」
 ガブリルがそれぞれに手渡していく。
 何かをじっと考え込んでいたロランがふいに口を開いた。
「レオンス、リーナ姫のところに行こう」
 全員が驚いてロランを見た。
「窓辺で姫にキスをするのだ。お前の意思なら私は助ける」
 そしてガブリルの顔を伺い見る。ガブリルは何も言わなかった。自分が何か言えばさっきの二の舞だ。
 レオンスは考え込んでいたが、やがてゆっくりと元の姿に戻ったロランの背に乗る。エプシロンとスズナが一緒に飛び立った。ロランはひとつの窓の前でふうと息を吐く。開いた窓から顔を出し、驚くリーナにレオンスは腕を伸ばした。薄桃の唇に顔を寄せる。エプシロンが光球を、スズナがイリュージョンで小さな虹を。カミュが空高くウォーターボムを放った。空中で散った水球は光の粒となり、2人の姿は神々しいほど美しく見えた。
「アガレスを倒したら、今度は2人の結婚式かな」
 ジャンがうっとりと呟いた。

 リュシエンヌは祈りの結晶を首飾りにしてロランの首にかけてやった。
「ルゥダ達にも渡してあげて。私の知る最も綺麗で幸せな結晶よ。デビルからのお守りになるからね」
 嬉しそうに結晶を見つめるロラン。
 バーリン邸を出発し、しばらくしたとき、レティシアがふと顔を巡らせる。
「ヴィタリーは?」
「ロラン、最後の試練だな」
 シャルロットがにやりと笑った。


 森に帰る途中でロランは丘の麓にうずくまる女性を見つけた。ミミクリーで姿を変えたヴィタリーだ。
「どうなされた」
「気分が‥」
 震えが走るような美女。
「リーナ姫の宴にご出席であられたか?」
「ええまあ‥」
「ではお送りしよう」
 立ち上がらせたロランにヴィタリーはよろめいてしがみつく。思わず武者震いするロラン。反射的に周囲を見回す。据え膳食わぬは‥。ううっ、いかん、いかん。そう思いつつも口を尖らせて顔を近づけてしまう。
 途端に

―ばきぃっ!

「うぉおおおおお!」

「だめだったようね」
 声を聞いたレティシアが溜息をついた。
「まあ、最後にいいところを見せてくれたし、また鍛える機会もあるでしょうよ」
 リュシエンヌが答えた。