【アガレス・黒の復讐】消えた精霊

■ショートシナリオ


担当:西尾厚哉

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:9 G 63 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月30日〜09月05日

リプレイ公開日:2009年09月04日

●オープニング

「つまらんなぁ」
 ルームのロランは呟いた。
 山の瘴気が近づいていると聞いたので、子影竜の守りをしながら山の見張りをロランと戦姫のヴィーザが交互に担うことになった。夜は仙女のルゥダとケルピーのニヴィーだ。
 3体の子竜達は親からも言い聞かせられているので無茶なことはしないだろうが、所詮子供だ。
「いい加減、夜行性になるがよいぞ」
 ロランは子竜らが跳ね飛んでいるのを見て仏頂面でひとりごちた。親達はぐうぐう眠っているというのがちと不満である。
 ロランも昼間はあんまり得意ではない。あのプライドの高いルゥダが「お前と組むなぞ危なくてしようがないわ」などと言わなければ、昼はヴィーザとニヴィー、夜はロランとルゥダになったはずなのだ。
「まったくもって失礼だ。ちゃんと勉強してきたのであるぞ」
 ロランはむくれる。ガブリル・バーリンの屋敷でいろいろ教えてもらった。無茶なキスは人を傷つけてしまうと知った。テーブルマナーを教えてもらった。
「おお、そうだ。おさらいをしよう」
 ロランは子竜らをちらりと見て身を起こす。平べったい石をいくつか広い、小枝と木の実を集める。石は皿、小枝はナイフとフォーク、木の実は料理だ。鼻歌まじりに並べて、教えてもらったことを思い出す。小枝を両手に持って‥
「切れん‥」
 当たり前だ。ぷすりと刺して口に放り込む。もぐもぐと口を動かしてみる。
 人とは何と不思議なものだ。
 自分の口は何かを入れても味など感じない。何かを食べる、という習慣はない。
 でも、「人のように」もぐもぐとすると、何となく人になったような気がする。人になれば、誰かが「本当に」自分のことを好きになってくれるのだろうか。
 どのくらい時間がたったのか、声をかけられて振り向いた。
「ロラン、子竜らは」
 ヴィーザだ。
「そこにいるであろう」
 そう言ってあたりを見回し、ロランは目をしばたたせた。広がるのはのどかな丘陵のみ。
「瘴気が来るかもしれんて‥」
 怒り始めたヴィーザにロランは手をあげる。
「分かった、分かった、探す! 探すから怒るな」
「親がそろそろ餌を取りに行くと言ってる。あたしは山のほうを探す。あんたはガブリルん家のほうに行きな。あの子達、ガブリルの顔を知ってる。もしかしたら冒険しようと思ったのかもしれへん」
「了解」
 飛び立つヴィーザを見送り、ロランは溜息をついてバーリン邸に向かった。


 バーリン邸付近に子竜はいなかった。
 夜になったがヴィーザも戻らなかった。
 ルゥダがロランを睨みつけて飛び立った。
 夜が明け、彼女も戻らなかった。

――ヴォォォォォ‥!

 親の影竜が声をあげて子を呼んだが、やはり誰も戻らなかった。

 じわりじわりと訪れる不安。
 ヴィーザやルゥダが何も言わずいなくなることは今までもあった。彼女達は気侭にあちこち飛び回るのだ。だが、今回は違う。二人が親に言わず子竜を連れてどこかに行ってしまうことなど考えられない。
 ガブリル・バーリンは森にいるエルフの村に向かった。影竜がいきり立っている。
「冒険者ギルドに行くよ。だから落ち着け」
 ガブリルは言ったが、影竜はひたすら吼え声をあげる。
「竜よ、我等に声を聞かせろ」
 エルフの長老が諭そうとしたが、危なくて近寄れない。月矢を乱発しないだけでもまだましかもしれない。それは、恩人達に危害を与えまいとする竜の必死の理性なのかもしれない。
「この怒り方はどうも妙だ‥」
 長老が呟いた。
「アガレス‥?」
 それを呟いたのはガブリルだった。

●今回の参加者

 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7465 シャルロット・スパイラル(34歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea9285 ミュール・マードリック(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2554 セラフィマ・レオーノフ(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec3237 馬 若飛(34歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec3272 ハロルド・ブックマン(34歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3565 リリス・シャイターン(34歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

―― ヴオォォォォ‥!

 影竜の声が聞こえる。
 ガブリル・バーリンは声のほうに顔を向けたあと、箱を手に冒険者に近づいた。傍にはワーウルフの村の青年ドウム、エルフの村の青年、少し離れてしょんぼりとしたルームのロラン、ケルピーのニヴィー。
「回復薬とソルフの実が少し、あとは解毒剤‥。屋敷にはこれだけしか」
 ガブリルがそう言ったあと、エルフの青年が「僕はジノヴィといいます」と口を開く。
「変なのです。森にソルフの実が全くありません。探せば10個ほどは手に入るはずなのに」
 ハロルド・ブックマン(ec3272)がそれを聞いて不穏を感じ、微かに眉を潜める。
「私達も手持ちがあるから大丈夫。でも、他の植物や作物に異変はない?」
 レティシア・シャンテヒルト(ea6215)が尋ねたが、ジノヴィは「ありません」とかぶりを振った。

―― ヴオォォォォ‥!

 再び聞こえた竜の声にシャルロット・スパイラル(ea7465)が顔を向ける。
「怒り狂っている割に飛び立たぬのだな。‥行くか」
「危ないぞ」
 ドウムが気遣わしげに言ったが、リリス・シャイターン(ec3565)が「大丈夫」と彼を安心させるように頷いてみせた。

 全員が影竜の姿を見ることができる距離まで近づくと、リリスはインタプリンティリングに念じ、ヴェントリラキュイを発動する。
『竜よ、私はリリス。かつてこの地を共に守った仲間。子らを探しに来た。気を鎮め、話を聞いて欲しい』
 影竜はびくりと身を震わせ、唸りをあげると声の方向にある木に突進し、あっという間にそれを倒してしまった。リリスは他の場所に声を移動させる。しかし竜は木に体当たりするばかり。これでは怪我をしてしまう。
「歌が聞こえるところまで近づく。手伝って.」
 レティシアがロランを振り向く。
「ひとりじゃ危険だ。俺も」
 双海一刃(ea3947)が言ったが彼女は首を振る。
「多くで近づくとかえって警戒するかも。大丈夫よ。何とか鎮めてみせる」
 ロランがレティシアを背に乗せ、竜に近づく。あらん限りの声を張り上げ、竜に歌を捧げるレティシア。竜は頭を振り上げたが、その目は血走り、唸りも消えない。ついにその爪がこちらに向かった。慌てて身を反らすロランの背からレティシアが滑り落ちた。全員がはっとする。
 地面に激突する前にロランが受け止めたが、彼自身は体を打ちつけ悲鳴をあげる。更に飛び掛ろうとする竜は寸前で身を止めたものの、苦悶の声を空に向ける。攻撃してしまいそうになる、しかしできない、そんな様子だ。刹那、声がリリスに届いた。
『ドウスレバ‥!』
『何を?!』
 急いで返すが返事はない。身を翻して遠ざかろうとする竜の尾から逃れるためにレティシアとロランは首をすくめる。頭上を風と共に竜の尾が通り過ぎていった。
「無理だ‥」
 ロランが呟いた。
「無理じゃないわ、ロラン。竜はきっと声も歌も聞こえてる。でも、私達に何をどう説明すればいいのか分からないんだわ‥」
 レティシアは悲しそうな声をあげる竜を見つめた。

 レティシアとリリスの話を聞き、ミュール・マードリック(ea9285)はスクロールを広げる。フォーノリッヂ。これで何か手がかりが掴めれば良いが。
 ヴィーザ。―― 荒れ果てた山、朽ちかけた小動物の死体。
 ルゥダ。―― 泣いている。‥ガブリル? 誰かが臥せている。あれは‥。
『バーリン子爵か?』
 ミュールはちらとガブリルに目を向けた。何故、バーリン子爵と繋がるのか。
「山にいるのは確かだろう。瘴気で死んだ動物達もいるようだ」
 ミュールは言う。さすがにガブリルを前に子爵のことは口にできなかった。
「ガブリル、領地内の教会に祈紐と聖歌をお願いして欲しい」
 レティシアは石の中の蝶を取り出しガブリルに差し出す。ガブリルはそれを見て不安気に口を開く。
「祈紐は村の人達で既に作り始めています。でも、追いつかないんです。張っても時々千切れてしまって。教会も大きくないので‥」
「それでもやるしかない。皆で協力し合って。それと、単独行動はできるだけ避け‥」
 レティシアの声が途中で止まった。手にした石の中の蝶が動いたように思えたのだ。彼女の様子を見て馬若飛(ec3237)も自分の手の石の中の蝶に目を向けたが、動くことはなかった。
「単独行動は避けて」
 レティシアは重ねてそう言い、ガブリルに指輪を渡す。双海は加えてリカバーポーションを彼の懐に入れる。
「自分の分の薬を持ってないだろう」
「デビルが? います?」
 顔を赤らめながらガブリルは尋ねる。
「蝶から注意を逸らすな。デビルが近づけば羽ばたく」
 ミュールが答え、更に畳みかける。
「絶対に注意を逸らすな」
 セラフィマ・レオーノフ(eb2554)は聖女の祈りをロランの前に置いた。
「ロランさん、はい」
 ぐったりしていたロランは目を丸くしてセラフィマを見た。
「昼もこれでムーンフィールドが使えますわ。子竜を見つけたらこれで守っていただきたいのです」
 リリスがぽんぽんとロランの肩(背?)を叩く。
「奴らは君が今のように心をかき乱すのを見てほくそえんでいるだろう。そんな相手のペースに乗ることはない。子竜とヴィーザ達を救うことを第一に考えよう」
 ロランは身を起こし、ニヴィーを振り向いた。ここは任せてというようにニヴィーは小さく嘶いた。


 双海と若飛はシャルロットに士気向上魔法を付与されたのち、別隊で出発する。ハロルドがパッシブセンサーのスクロールを広げた。感知できればレティシアから別隊の2人にテレパシーで送る。
「荒れた山以外に何が見えたの?」
 レティシアがミュールに尋ねた。フォーノリッヂを使った時のミュールの表情を見逃さなかったようだ。
「臥せるバーリン子爵の姿が」
 ミュールは答えた。レティシアは目を細める。
「さっきからずっとヴィーザとルゥダに呼びかけるけれど返事はないわ。返事ができないのだとしたら‥」
「石化か、正気をなくしているか‥だな」
 ミュールは答える。
「石化だと、ブレスセンサーも反応しないな‥」
 リリスが呟いた。
 瘴気が近くなる。持っていたスカーフで口と鼻を覆い、ないものは上着の襟を立てる。各々魔法で士気を上げ、シャルロットはレティシアにエリベイション付与後、灰の分身を数体伴い瘴気の中へ足を踏み入れる。数歩歩いたところで分身は次々に崩れ去った。
「肉体に影響あり、と出たか」
 シャルロットが唸る。何らかの毒であっても士気向上である程度防ぐことはできるはずだ。解毒剤もある。しばらくして、目を凝らしていたレティシアが口を開く。
「霧が出てきたわ」
「クルード?」
 と、リリス。
「‥ではない。距離が遠い」
 センサーで感知したハロルドが答える。レティシアは双海にテレパシーを送る。彼らは何か掴んだだろうか。
 ふいに気配を感じ、リリスとハロルドが同時に空を見上げた。頭上から近づく黒い影を見たのはその直後だった。


 双海はレティシアのテレパシーを受け、周囲に目を凝らす。こちらでは霧は発生していない。
「霧が出た。クルードでなければ俺が知っている水魔法使いはヴィヌだ。瘴気に気をつけろ。体に影響あり、だそうだ」
 双海の言葉を聞いて若飛は顔をしかめた。吸い込んでダメージを受ける瘴気なら、子竜も相当弱っている可能性がある。朽ちかけた小動物の死骸を目にしながら、双海の頭の中でじわじわと警鐘が大きくなる。身につけたウジャトの威力が更に彼に緊張感をもたらした。
「妙に湿っぽくないか?」
 石の中の蝶を確認したあと、若飛が言った。双海は口を引き結ぶ。雨が降ったあとでもないのにこの湿気は異様だ。前に山に来た時にはこんなことはなかった。直後、双海は慌てて若飛の腕を掴んだ。その時点で若飛も気づく。足元の禍々しい緑。ビリジアンモールドだ。あと数歩動いていたら思いきり踏みつけていた。視線を巡らせ、枯れた木々の幹の間と露出した岩の間をびっしりと埋め尽くしたその色に、若飛は思わず呻き声を漏らした。瘴気の原因はこれなのだろうか。
 双海は眉をひそめて周囲に目を配る。その視線がひとつの岩にぴたりと釘付けになった。
「あの岩」
 その声に双海の視線を辿った若飛は再び唸り声を出した。彼が言わんとすることが分かったのだ。あれは岩ではない。子竜が石に成り果てた姿だ。寄り添うような形で竜の形の岩は緑の黴の中にあった。しかし2体しかない。子竜は3体ではなかったか。
『子竜を見つけた。石になっている。一面ビリジアンモールド』
 レティシアにテレパシーを送る双海の肩を若飛が掴んだ。顔を向けた途端、今度は双海が声を漏らす。
 彼が抱えていたのは、半分を砕かれた子竜の頭の形をした石だった。


 レティシアは身を伏せながら叫んだ。
「子竜を見つけた! 石化! ビリジアンモールド発生!」
 その彼女に飛び掛ってきたインプ数体にセラフィマが剣を振るう。空からやってきたのはインプの群れだ。枯れた木々は葉で冒険者達を隠してはくれない。ロランが空に飛び上がった。
「1体は‥砕かれた!」
 レティシアは再び叫ぶ。
「砕かれただと?」
 シャルロットが言い、ロランが悲痛な声をあげる。雷光を放とうとするリリスの腕をハロルドが掴んだ。
「どうした?!」
 驚く彼女にハロルドは空を指差す。
「デビルが攻撃をしていない」
 リリスはそれを聞いて空に目を向ける。確かにデビル達は威嚇するようにロランに近づいてはいるが、魔法も使わないし攻撃もしていない。むしろ倒されるためにロランに向かっているようにさえ見える。
 その異様さを他の4人も感じ取る。
「ロラン! 降りて来い!」
 シャルロットが叫んだ直後、馬の嘶きが響いた。霧の中から黒い馬が現れる。ヴィヌだ。レティシアがリシーブメモリーを発動する。記憶を貰うならこいつだ。

『ヴィーザとルゥダの居場所、本拠地』

――瘴気に守られ石になり眠る。山の奥深く

『子竜を砕いたのは何故!』

「記憶を取らずとも、話してやろう、陰陽師よ」
 ヴィヌが言った。その声と共にインプ達がばらばらと退却していく。
「我はアガレス様の伝令なり。子竜は我が地を侵害したため石にして封ず。同じく侵害した精霊にも警告したが彼女は応じず攻撃。こちらは子竜を砕き、呪いと共に彼女を石化にて封じた。二度目に来た精霊も同様。お前達も警告を発しようとした我らの同胞を多く葬った」
「何だって‥」
 思わず声をあげ、殺気をみなぎらせるリリスの腕を押しとどめるようにレティシアが掴んだ。
「貴方達がしたことはそれだけじゃないはずよ。親の影竜に何をしたの」
 ヴィヌは小さく笑いを漏らす。
「山を侵害した子の責を担ってもらう。攻撃すれば子竜を砕く。それが嫌なら村を潰せと伝えた。あの馬鹿竜は何もできずただ啼くばかりか」
 くくく、と笑うヴィヌは冒険者の怒りを誘う。そのヴィヌの姿を反対側から双海と若飛が捉えていた。
「ヴィーザを石にしただと‥?」
 槍を握る若飛の腕を双海が掴み、若飛は歯を食いしばる。皆が分かっている。迂闊に手出しができない。
「違うだろう!」
 ロランが口を開いた。
「お前達は最初から子竜もヴィーザもルゥダも捕らえるつもりだった!」
 ヴィヌは再び笑う。
「そうかもしれぬ。あの精霊達は高位であるから。お前とは違う」
 ロランの顔が微かに怒りで赤くなった。
「お前達には選択肢を与えよう。1つは領土を放棄すること。2つ目は日に2人の魂を我らに供出すること。どちらかを選べ。こちらを攻撃すれば瘴気は人里に迫り、やがて毒と地震が地を覆い尽くす。石となったものは全て砕かれるであろう」
「この地はみんなのものであるぞ」
 ロランが言うと、ヴィヌはぐいと顔を反らせた。
「それが答えだな」
 そう言って消えた。ロランが慌てて前に進み出たがヴィヌの姿はなく、霧もなくなっていった。
「いったいどうなった」
 駆け寄った若飛が問う。
「これは選択ではない‥」
 ハロルドが掠れた声で呟いた。レティシアが唇を噛む。
「領土放棄の返事ができなければ、残されたのは‥魂の供出よ」
「くそっ‥」
 ミュールが悔しそうに冥王剣を地面に突き立てる。全てがアガレスの計画通り。子竜と精霊を捕らえ、影竜を混乱させた。冒険者を呼び、選べぬ要求を突きつける。フォーノリッヂで見た未来は、封じられた未来だった。


 最初に倒れたのはバーリン子爵と、エルフの青年ジノヴィだった。子爵は妻の横で倒れ、ジノヴィは母親の前で倒れた。
 教会の使徒を連れて外に出ていたガブリルの持つ石の中の蝶は、屋敷の中のデビルと、エルフの村のデビルを捉えることはできなかった。
「決死で突入したデビルがいたのだろうと司祭様に言われました。祈紐が時々切れたのはそのためです。森のソルフの実を拾い尽くしたのも奴らだ。今、できることは祈紐が切れればすぐに結び直し、魂を取られたと知ったらできうる限りその場で取り返すしか‥」
 ガブリルが憔悴しきった様子で言った。
「ガブリル‥」
 ロランが口を開こうとすると、ガブリルは首を振って力のない笑みを浮かべた。
「ロラン、君は間違っていない。この地を明け渡すなどできない。‥もちろん魂も差し出せないけれど」
 領土放棄はこの地を悪魔の巣窟として許すことになる。それはきっとロシアの未来を大きく左右する。
 ガブリルは冒険者達に向き直り、彼らの前で膝をついた。
「危険な場所に行っていただいたのに、皆さんにも辛い思いをさせてすみません。でも、感謝しています。皆さんが知らせてくれたことは、私では入手できることではなかった。これからあちこちに協力要請の手紙を書くつもりです。‥きっとこの地を守り‥」
 後の言葉が続かない。シャルロットが身を屈め、肩を震わせるガブリルに地図を差し出す。
「途中までの地図を作った。ビリジアンモールドの場所も双海と若飛から聞いて書き加えた。ヴィーザ達は恐らく瘴気の奥。胞子毒は燃やし尽くせば対抗できる。他の魔法でも防御できる。諦めるな」
 ガブリルは頷き、震える手でそれを受け取った。

―― ヴオォォォ‥

 影竜の声が響く。
 リリスとレティシアが竜の傍に立っていた。
「竜よ、すまない。子らを助けられなかった。ヴィーザ達も‥でも必ず‥」
 リリスは口を引き結び、地面を睨みつけた。彼女に竜は小さく唸りを漏らしながら顔を寄せる。リリスがびっくりして手をあげると、竜はそっとその手に顔を摺り寄せた。
『リリス、子ラハ眠ッテイタカ』
「眠っていたよ‥ぐっすりと」
 リリスの声が微かに潤む。竜は姿を消したデビルに条件を突きつけられたのだろう。最初のリリスの声に暴れたのもそのせいだ。でも、今はもう違う。彼女の悔しさと悲しみの心を竜も感じ取る。
「竜よ、お前達もしばらくお眠り。明日はまだ続く。戻る子らのために休むのよ」
 レティシアはそう言い、竪琴を爪弾いた。
 竜の声が長く尾を引いて森に木霊した。