【アガレス・黒の復讐】切れた祈紐

■ショートシナリオ


担当:西尾厚哉

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月12日〜09月17日

リプレイ公開日:2009年09月19日

●オープニング

―― 父を含め、今まで倒れた方は10数名になります。子供であったり、若者であったり、お年を召した方であったり‥。皆の顔は嘆きと悲しみ。なぜ悪魔は私の魂を取らないのでしょう。打ちひしがれる民の様子を見るのが辛い。代わりに私の魂を取ってと思うのに、彼らは私のところには来ない‥。兄も同じことを言っておりました――

 ブルメル領の指揮官、レオンス・ボウネルが手にしているのは、バーリン子爵の娘、リーナ・バーリンからの手紙だ。
 彼女は3日と開けず彼に手紙を寄越す。レオンスはそれに対して今まで一度も返事を書いたことはない。そもそも最初に返事は書かないと言っていたのだ。それでもリーナは手紙を送る。彼女にとってはたとえ返事が来なくとも、レオンスに手紙を書くということ自体が喜びであり、支えなのだろう。今のように、領地内が危機に陥っている時は特に。
「ガブリルが魂を抜かれたらそれまでだろう‥」
 レオンスは手紙を畳んで呟き、ブルメル城を振り返る。今頃、ブルメル伯爵が同じような内容の手紙を読んでいるはずだ。差出人はもちろんガブリル・バーリン。ガブリルは他の領主にも協力依頼の文書を送っているはずだ。
 バーリン領は兵力もなければ教会力もない。広い領土の割には財政力のない子爵家では、何か問題が起こるたび、知己の貴族からの支援によって維持してきたといってもいい。しかし今度ばかりは単純に人を出すというだけでの話ではない。さて、我が主はどういう判断を下されるか。
 あのおやじさんでは頭が動かないであろうな、と予想した通り、一時間後にレオンスと彼の直下、アイザック・ベルマンの招集がかかった。


「ヴァルキューレとアナイン・シー、シャドウドラゴンの子らが捕らえられ、どうやら石化されているらしい。アガレスが出した条件は領土放棄か一日2人の魂供出、攻撃すれば瘴気と地震で報復の上、石にしたものは全て砕く、ということのようだ」
 相談役のロジオンがレオンスとベルマンに言う。レオンスは既にリーナの手紙でそのことは確認済みだ。
「高位精霊が行方不明となると、ガブリル殿や、バーリン領土内のいかなる兵力をもってしても瘴気が蔓延しているという地に探索に行くのは無理です。それが分かっていて奴らはわざとこんな条件を突きつけたようですね‥」
 ベルマンが沈痛な面持ちで言う。
「ガブリル殿が同行しておられても、同じ結果だっただろう。誰が聞いても領土放棄などすまい」
 ロジオンが答えた。
「あそこが悪魔の巣窟になると、ここも危ないぞ。やっと建て直したというのに」
 ブルメル伯爵がぶるりと体を震わせる。
「バーリンの民をこちらに避難させましょうか。全部は無理でもガルシン伯爵様地と分ければ受け入れが可能かも」
 ブルメル伯爵夫人がロジオンに言う。レオンスが口を開いた。
「民の数が減ればそれだけ早くバーリン領明け渡しに近くなります。ガブリルがデスハートンの対象になる可能性も高くなる。今の状態なら、恐らく奴らはガブリルを最後まで残しておくでしょう」
「なぜ?」
 伯爵夫人が尋ねる。レオンスはむっつりと口を歪めた。
「‥そのほうが、奴らにとっては楽しいからです」
 思わずそこにいた全員がううむと唸る。アガレスは腕を切り落とされた復讐と称して人の命を弄ぶゲームをしている。腹立たしいこときわまりなかった。
「ビリジアンモールドも石化も対抗するにはさほど難しいことではありませんが、下手な攻撃をすると瘴気と地震どころか、一気にデスハートンの嵐でも起こしそうであるのが厄介ですな。避難もできぬ、攻撃もできぬ、となると八方塞がりだ」
 ロジオンは呟き、別の手紙をとりあげる。
「ガルシン伯爵から文書が届いた。今回は派兵を拒否なさったようだよ。残念ながらこちらも同じ考えだ。攻撃ができない以上、指令が出せないというのと、兵自身がデスハートンの対象になる可能性がなきにしもあらず。ただ、教会からは支援として若干名が名乗り出ておられるそうだ。それと‥ガルシン伯爵が気にしているのはサクだ」
 ガルシン伯爵領には、バーリン領に住むエルフの村の少年サクがいる。ガルシン伯爵は今回の件は、サクの身請け人であるアルトス・フォミンとサクには伝えない措置をとった。知ればサクは必ず村に戻る。サク自身に村から知らせが来ればしかたがないが、現時点でサクが何も知らないということは、村もサクの帰還を望んでいないということだ。
「では、こちらも教会に依頼をしよう。全部を行かせると我が地も危ないでの、少しは残ってもらわねばならんが。ええと、行ってもらって何をする?」
 ブルメル伯爵の言葉を継いで伯爵夫人がロジオンの顔を伺い見る。
「祈紐の作成と聖歌と‥侵入する悪魔の見つけ方みたいなことはギルドに依頼をしなければ無理でしょうかしら」
「そうですな‥。張った祈紐を切ってまで突入するデビルがいるとなると、村の者の怯えも取り除かねばならんでしょう。冷静に対処せねば」
「私も行ってもいいでしょうか」
 レオンスの声にブルメル伯爵は目を剥く。
「ひとりでか?」
 レオンスは伯爵にとって苦手な男だが、ブルメルにおいては兵を統率する大事な身だ。
「地水とオーラ魔法・レジストマジックが使えるので、自らの防御ならなんとか。現況を実際に確認しておきたい。ヴィヌの出した条件には何か抜け道や他の思惑があるはず。それにバーリン領の村は点在しています。冒険者の方と被害を最小限に食い止める方法を見つけたい」
「そうだな‥」
 ロジオンが微かに不安を浮かべ呟く。レオンスは城の財政管理をする伯爵夫人に顔を向ける。
「向かうにあたって、できる限りの魔力回復物品を持たせていただきたい。他人付与可能なレジストマジックが使用できる神聖騎士数人の依頼ができるならばそれも」
「そうですわね‥騎士はすぐには難しいかもしれませんが、回復物品は手配しましょう」
 夫人は頷いた。

●今回の参加者

 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7465 シャルロット・スパイラル(34歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2554 セラフィマ・レオーノフ(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

 屋敷の中からレオンスが飛び出す。黒っぽい細布の束を抱え、彼は声を張り上げた。
「これを! 西の村へ!」
 細布を受け取り走り去る騎士を見送ったあと、レオンスは冒険者達に顔を向けた。
「ガブリル殿は中だ」
 広間では数人の僧侶とガブリル、リーナが一生懸命布を裂いていた。
「教会の緞帳か。効果がありそうか」
 シャルロット・スパイラル(ea7465)が尋ねると、ガブリルは息を吐いた。
「恐らくは。でも4つの村に一角ずつしか‥」
 疲れきったように手の甲を額に押し付ける。
「昨日は生まれたばかりの赤ん坊が‥」
 彼の肩ごしにリーナがこぼれ落ちそうになった涙を慌てて拭う姿が見えた。
「ガブリル、貴方が不安がっていると皆に伝染する。毅然として」
 レティシア・シャンテヒルト(ea6215)の叱咤にガブリルはぐっと姿勢を正した。
「状況を時系列で詳しく知りたい。犠牲者の家族構成なども。法則性の考察を」
 彼女の問いにガブリルは頷いた。

 1日目、バーリン子爵とエルフの村の青年。
 2日目、西の村の老女と東の村の青年。
 3日目、ワーウルフの少年と西の村の男性。
 4日目、東の村の老人とエルフの村の少女。
 5日目、西の村の少年と東の村の女性。
 ‥‥‥

 今日までに、合計16人が犠牲になっていた。
 冒険者達は考え込む。年齢も、時間帯も、場所も家族も皆ばらばらだ。敢えて言うならワーウルフの村はたった1人だけ。
「ブルメルから連れてきた神聖騎士2名は結界が使える。幼子と母親は優先的に結界内に入れろと伝えた」
 レオンスが言う。腕を組んで考え込んでいた双海一刃(ea3947)が口を開く。
「ロランと影竜の月魔法で対抗を考えている。結界、混乱、幻覚、呪歌。俺達も手分けして村に行く。ガブリルはニヴィー、ロランと共に民を落ち着かせてやって欲しいのだが」
「混乱や幻覚は精神攻撃と捉えられないか」
 疑問を口にするレオンスをレティシアがひたと見据える。
「祈紐と聖歌のダメージを受けているんだから、混乱魔法で魂を手放したと報告する前に消滅よ」
「民にうまく説明できるかな‥」
 ガブリルが息を吐く。
「それをやるんだよ」
 シャルロットの声にガブリルは不安そうに頷いた。


 緞帳を裂き終え、僧侶達が西と東の村に分かれていった。
 セラフィマ・レオーノフ(eb2554)はバーリン邸の周囲に張り巡らされた祈紐に持ってきた銀のネックレスをたくしこむ。家人のいる部屋の側には多く入れた。その後彼女はロランに渡してと聖女の祈りをガブリルに託し、シャルロットと共に西の村へ。双海もガブリルに回復薬を渡し、レティシアと共に東の村へ。エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)、レオンス、ガブリルは森へ。
 エルンストは絶影の背で視線を落とし、手綱を握る自分の手が白くなるほど固く握られていることに気づいた。皆が分かれる間際、シャルロットがガブリルに尋ねたことを思い出したのだ。
「砕かれた子竜は救えるか?」
 ガブリルはそれを聞いて辛そうに答えた。
「私も教会の方に尋ねてみたのです。砕かれたものは全ての破片を揃えても解呪したあとは、ただ死体であるだけだと‥。キエフの教会でも竜が受け入れてもらえることは稀‥」
 トヴィとスード、ヴァス。子竜にはそんな名前がついていた。元気が良すぎて滅茶苦茶だった。それでも生きていた。
 エルンストだけではない。惨い結果は皆の心に深い怒りと影を落とした。

 西の村に着き、セラフィマはあちこちの家から灰を集め、草木の染め粉を混ぜた。シャルロットはそれを使い、ありったけの灰分身を作る。あちこちに立たせ、デビルとおぼしき奴を見たらよろめいて倒れてしまえと伝える。
「決して攻撃ではない。よろめいて、倒れたのだ」
 聞いておけよデビル、と言わんばかりに主張するシャルロット。向こうからぶつかってくるならなお好都合。
 セラフィマは家の中にあるスプーンや食器、音の鳴りそうなものを人の出入りのある場所に吊り下げるよう村人に提言。
「そして祈紐を身につけて」
 彼女の声に「家畜にも結んだほうがいいな」と男達が束を取り上げる。
「虫に化けてきたらどうするの? 蜘蛛になってきたら?」
 ひとりの少女がセラフィマを見上げて尋ねた。
「ママが蜘蛛を叩き潰します。蜘蛛、嫌いですから」
 彼女の後ろで母親が夫の腕に祈紐を結わえつけながら怒ったように言った。
「まあ、それも攻撃ではあるまい。蜘蛛が嫌い、なんだから」
 シャルロットが肩をすくめた。

 双海とレティシアのいる東の村でも家の出入り口には鳴り物が吊り下げられ、皆が祈紐を身につけた。
 双海は僧侶に聖水を分けてもらい、桶に入れた酒に数滴ずつ垂らす。それを各家の前に置いた。酒の匂いが好きなら舐める可能性もある。村をぐるりと取り巻く祈紐には小麦粉を。切れれば小麦粉がつく。レティシアが、紐が切れた時に金物が地に落ちて大きな音を立てる細工を考案したのでそれも取り付けた。手を払い、双海は顔を巡らせる。今は持っているウジャトも危機感をもたらさない。もう一巡しようと彼は踵を返す。
 レティシアは若者数人に聖歌の手ほどきをし、竪琴を渡して僧侶と共に村のあちこちで歌わせた。これなら誰が呪歌を歌っているか分からない。他の村人達にはなるだけ3人以上での行動を促す。外出は控えたほうが良いのかもしれないが、秋の収穫を前に畑の作物は放置できない。でなければ次に待っているのは食料難だ。
「姿を消す悪魔は羽音や足音がある。注意を払って。祈りは欠かさず」
 彼女はイリュージョンを用いて祈りの効果を説明すると、自分にも祈紐を腕につける。その彼女に手を伸ばした老人がいた。反射的に彼の腕の祈紐を確認し、彼女はこれからの村人の心情を痛感した。誰かが近づくたびに皆が相手の祈紐を確認する。信じることと疑いは表裏一体。老人は垂れた瞼の奥の目を潤ませレティシアを見上げる。
「なあ、お嬢さん、どうして悪魔はわしみたいな老いぼれを連れて行かんかの。ラビはもうすぐ子供が生まれる時じゃったし、ヤコフは嫁さんの誕生日を祝う予定をたてとった。ワレリーはタラスとアンナにようやく授かった子だ‥。悲しすぎる‥わしの魂など取り甲斐がないということかの‥」
 レティシアは言葉を見つけられず、黙ってその細い肩に手を置く。
「いや、すまん。ついこぼしてしもうた‥」
 老人はぽんぽんとレティシアの手を叩いて背を向けた。その後ろ姿をレティシアは見つめ、微かに首をかしげる。近しい者の犠牲は絶望を生む。しかし。
「逃亡阻止‥? でも‥」
 何かに辿り着きそうな気がしながら彼女は口を引き結んだ。

「‥それで悪魔が魂を手放したらすかさず取り返すんです」
 西の村に来たガブリルは必死になって身振り手振りを加えて村人に説明する。村人達は領主の息子が連れてきた足に水かきのついた馬と、見たことがないほど美麗で気取って歌う男に目を丸くしていた。
「魂って蹴ってもいいの? 怒られない? ぼく石蹴り得意だよ」
 子供の声に
「それはいかんだろう。割れたらどうする」
 横にいた男性が言う。ええと、とガブリルはすがりつくようにシャルロットとセラフィマに目を向けた。シャルロットが苦笑して口を開く。
「魂は割れたりはせん。取り返した後は口から飲み込ませる」
「どのくらいの大きさなのだ?」
 聞かれてシャルロットは手を器のようにして広げてみせた。
「口に入らないわ」
 女性が声をあげる。
「大丈夫。ご自分の魂なのですから楽に入りますわ」
 と、セラフィマ。ガブリルが額を拭った。
「大変だ。‥知らないことばかりで‥」
「弱音を吐くな」
 シャルロットは叱咤し、そして尋ねる。
「エルンストとレオンスはどうした?」
「山に。エルンスト殿が透明化物品をお持ちだったので探ってみると。それと‥ワーウルフに被害が少ないのは彼らの村が影竜のいる場所に近いからです。影竜はずっと近寄るなと呪歌の声をあげていた。エルフの村の人達は移動するようです」
「さ、次、行くぞ、ガブリル」
 ちゃっかりと自分がニヴィーに跨ろうとしながらロランが言う。ニヴィーは何考えてんだとロランを振り落とした。ガブリルは頷き、シャルロットとセラフィマに「お願いします」と言い残してニヴィーに飛び乗った。
「影竜が村のほうに来ると皆がびっくりするかしら‥」
 セラフィマが呟く。
「一体でも動いてくれると有難いがな‥」
 シャルロットがそれに答えた。


「そろそろインビジビリティを」
 エルンストが石の中の蝶を指しレオンスに言う。山に入った途端、蝶はゆっくり羽ばたき始めている。エルンストは指輪に念じ、レオンスは彼に借りたミラージュコートに身を包む。効果が切れるたびに魔法をかけ直すことを考える1時間が限界。お互いの居場所はレオンスがオーラセンサーで感知する。念のためエルンストは明王の経典を使う。前にシャルロットが作った地図を見ていたレオンスはビリジアンモールドの場所を迂回し奥へ進む。羽音を感じて立ち止まった。インプは2人に気づくことなく頭上を飛び去っていく。エルンストがパーストのスクロール。さっきと同じようにインプが頭上を飛んでいく。その手に白い玉があるのを見た彼は目を凝らす。インプは枯れた木々を越えて消えた。
「こっちだ」
 エルンストの声の方向にレオンスは足を踏み出す。ふと、彼は身を屈めた。手を伸ばして地面に落ちていた「それ」を拾う。ねこさんキャップだ。これは前にヴィーザがシャルロットからもらったもの。キャップを握り締め、枯れた木々を超えた途端、ぎょっとして立ち止まった。下級デビルの群れだ。群れの真ん中にある岩の上に木々で祭壇のようなものがしつらえられ、そこに白い玉を見た時、2人の頭には同時に同じ言葉が浮かんでいた。『奪還』。
「エルンスト、泳ぎは得意か」
「人並みになら」
「アースダイブで近づくぞ」
 地面に潜った2人はデビルの間を縫い中央の岩に近づく。最初にレオンスが手を伸ばし、玉をコートの下に入れた。続きエルンスト。
「ぎぃえ?」
 インプが祭壇を覗き込み、数が足らないじゃないかというように声をあげた。他のインプが思い違いだと嘲り笑う。
「殴ってやりたい‥」
 目の前のインプに思わず呟くエルンスト。
「やめとけ」
 レオンスはそう言ったが、エルンストはぴぃんと指先でインプの頭を弾き、さっと身を屈める。振り向いたインプはエルンストの背後にいたアガチオンに何をしやがるというように飛び掛る。その足がクルードにあたり、今度はクルードが怒り出す。あっという間に喧嘩が始まり、その隙に2人は玉を全てかっさらった。騒ぎ出すデビル達を振り向くこともなく脱出。レオンスは枯れ木を越える前にヴィーザのキャップを枝にかけた。次に助けに来るときの目印のためだ。
「絶影!」
 山を降りたエルンストは声を張り上げた。絶影は高く嘶き駆け寄ってきた。
「レオンスも共に乗せる。一気に村まで走れ!」
 彼は叫んだ。


 紐が切れた。
「結界!」
 双海の声に騎士が子供達と母親を呼び集めて結界を張る。慌てて家族を探す村人。レティシアがガブリルとロランの姿を見つけた。
「ロラン! 歌を! 私の後に続いて!」
 そう言いながら竪琴の弦をはじく。
 にゃあ、と小さな子猫の声を聞き、老女が足元に目を向けた。
「そんなところにいると危ない。さあ、おいで」
 手を伸ばした猫の背についた白いものに双海が気づく。
「だめだ!」
 身を翻した途端、猫はインプに姿を変えた。老女の口から白い玉が飛び出す。
「おばあちゃんっ!」
 結界の中にいた少女が金切り声をあげた。双海は崩れる老女を抱きとめ、空にあがるインプを見上げる。追ったのはロランだ。
「ちびさんよ、こっちに来い」
 ロランの声が聞こえる。コンフュージョン。祈紐を切り、呪歌の影響を受けているデビルにはもはや精神抵抗などできるはずもなく、引き寄せられるようにロランに近づく。ロランはぽんと魂をデビルの手元からはじき、
「アターーック!」
 ぱしりと地上に叩き落とす。双海が受け止め、老女の口元に運んだ。ぼんやりしていたインプはレティシアと僧侶達の歌でしばらくして消えた。ニヴィーがでかした、と嘶き、ロランは「俺、ナンバーワン」というように指を突き立てる。
 少女が泣きながら老女にしがみついた。
「おばあちゃん、だめ! 一緒にお菓子を作るって約束したのに!」
「‥ごめんよ‥マリア」
 2人を見つめてレティシアは呟く。
「‥それは村人でなければ分からない‥」
 双海が目を細めて彼女を見た。
「双海、たぶん村人の誰かがデビルに情報を流してる‥」
 レティシアはそう言って口を引き結んだ。

 エルンストとレオンスは奪還した魂を村に運んだ。最後にバーリン子爵の魂を届け、全員が合流する。
 レティシアの話を聞いてガブリルはまさかと顔を青くした。
「祈紐は全員がつけた。私はデビルの甘言で利用されているだけだと思う」
「犯人探しはするべきではないな」
 シャルロットが言う。ではどうすれば、とガブリルは泣き出しそうな顔になる。
「今日の様子を見ていただろう。ロランとニヴィーがいる。影竜一体が西と東に村の間に来るもよし。竜の声は遠くまで届く」
 レオンスがそれに続く。
「ブルメルに戻り、もう少し緞帳などを頼んでみる」
 奴らの計画は振り出しに戻ったことは確かだ。一行がバーリン邸に背を向けたその時。
「皆様! 感謝いたします!」
 頭上から声がした。振り向くとリーナが顔を真っ赤にして窓から身を乗り出し手を振っていた。顔をほころばせたのも束の間、全員が彼女に近づく黒い鳥に気づく。
 ガブリルの叫び声と彼女の体が窓から滑り落ちるのが同時だった。ロランが唸り声をあげて飛び上がる。リーナは受け止めたが、彼女の魂を奪ったインプは再び飛び立ち玉を投げた。それが別のインプの手に渡り、また先に投げられていく。ロランが再び飛び立つ。投げられた魂を彼は無我夢中でぱくりと口にくわえ奪還した。レオンスが怒りの声をあげて剣を引き抜いた。投げられた魂の先にヴィヌの姿を見たからだ。エルンストが慌てて彼の腕を掴む。
「面白い」
 ヴィヌは言った。
「覚えているぞ、冒険者、そしてブルメルの戦士。我等が欲しいのは魂2つ。この地か、魂2つだ」
 くくくと笑い、ヴィヌは姿を消した。皆がレオンスを振り向いた時には、彼は既に馬に飛び乗っていた。
「まさか、ブルメルに飛び火を?」
 駆け去るレオンスを見送りシャルロットが呟く。
「ブルメルは交渉の場に立っていないわ」
 レティシアが答える。ではブルメルは攻撃をするのだろうか‥。しかし攻撃すればこの地は。
 今は分からない。ただ、走り去るレオンスのちらりと見えた横顔が激しい怒りに満ちていたことだけは確かだった。