【アガレス・黒の復讐】反撃救出

■ショートシナリオ


担当:西尾厚哉

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月30日〜10月05日

リプレイ公開日:2009年10月07日

●オープニング

「ロジオン様‥!」
 アイザック・ベルマンが顔を青くして駆け寄って来る。アイザックは照れ屋で顔を赤くすることが多くても、それ以外では少々のことで動じる人間ではない。血相を変えるなどもちろんのこと。ロジオンは眉をひそめた。
「どうした」
「ボウネル指揮官がコムニオンを返上し、城を出るおつもりです!」
 言葉の途中でロジオンは走り出していた。

 バァン! と扉を開け、広間に飛び込んだロジオンは息をきらしながら叫ぶ。
「コムニオン、を、返上、だと? し、主君を見捨て、て、城を、出ると、いうのか! レ、レオンスっ!」
 仰天してこちらを見るブルメル伯爵夫妻の姿にロジオンははっとして顔を強張らせた。
「こ、これは失礼いたした‥」
 2人の前に膝をついているレオンスはロジオンの声を聞いても動かなかった。彼が飛んでくることなど予想済みだったのだろう。
「さて、どうしたものかしらね‥」
 伯爵夫人は扇で顔を仰ぎ、思案するように広間の中を歩き始めた。ブルメル伯爵は「むぅ」とした表情で椅子に座ったままだ。
「教会は既に動き出しました。今頃教会で保管していた布の類をたくさん裂いて祈紐を作っていることでしょう。もちろん充分な量ではないかもしれませんが、ブルメルの教会の力はそうそうデビルが近づけるものではありません。現に前の戦いでも彼らは教会に近い側は城の攻撃ができなかった。そして貴方が危惧するデスハートンは未だこの地では使われた報告がありませんわ」
「それは今だけの話です」
 レオンスの表情は冷静だった。
「奴らは領土か、若しくは魂2つずつ。そう言った。魂2つはバーリン領地から、とは言っていない。ヴィヌが私の顔を見てブルメルと名指ししたのは恐らく陽動。私がいなければ他の誰かの顔を見て、同じようなことを言ったかもしれない。ただ、ひとつだけ分かっていることは、デスハートンを使われたからといって攻撃すれば、バーリンに被害が及び、囚われた精霊と子竜は砕かれるということだ」
 彼はそう言って目を伏せる。
「ガブリル・バーリンはブルメル窮地の時に尽力してくださった。主君もそれはよく分かっておられるはず。それでも‥どうしようもないのであれば‥」
 ロジオンがレオンスの腕を掴む。
「お前がやるしかないと? ギルドに行けば優秀な冒険者は集まる。彼らに託せば‥」
「誰の依頼で?」
 レオンスの言葉にロジオンは口を噤む。確かにそうだ。依頼主が領主であれば同じだ。
「ええとな」
 ブルメル伯爵が天井を睨みつけながら、考えを纏めるように二重になった顎に手を当てる。
「確かにな、お前がいなくともベルマンがいるのだけれどな、わしもお前がこーんな小さい時からロジオンの傍にいたのを知っておってな」
 伯爵は床から1mくらいの高さを手で指し示す。それを見てレオンスの顔が微かに強張った。
「でもな、今度ばかりはバーリンを助ける気などさらっさらないわけだ。あそこは守ってやってもブルメルにぜ〜んぜんいいことはないからな、だから嫌なわけだよ、放っておきたいわけだよ」
 夫人が何を言い出すのと夫の顔を睨みつけるが、伯爵はそれを見て見ぬふりをした。
「な? わしはとーっても嫌な主君であろう? 騎士道に反するであろう? な、ロジオン、聞いたであろう?」
 伯爵はそう言い、レオンスを見てにっと笑う。
「こんな感じでどうかのぅ。お前はわしに愛想を突かせて堂々と出ていけるぞよ」
 レオンスは呆れたというように小さくかぶりを振った。
「コムニオンは餞別にくれてやる。ああ、それと宝石の類は妻がわしの知らぬ間にこーっそり渡したということでな」
「ブルメル伯爵‥!」
 ロジオンが感極まってレオンスの横にひざまづく。
「待てまて、話はまだ終わっておらんよ」
 伯爵は手を振る。
「でな、わし、悪魔どもをお前がやっつけたら心を入れ替えるのだ。戻って来ておくれと言うからその時はよろしく頼むのだ」
 レオンスはもう伯爵の顔をまともに見ることができなくなっていた。
「ちゃんと帰って来いよ。お前が死んだら、わしは泣くからな」
 そう言いながら、ブルメル伯爵は既に目を潤ませていた。


 レオンスは馬の手綱に手をかけ、ロジオンを振り向いた。ロジオンの隣でベルマンが唇をかみ締めている。
「貴方にはよくしていただいた‥。育ててもらい、戦士の教育をしてもらった。何の恩返しもできず申し訳ない」
「お前が行くのはリーナ様がおられるからか」
 レオンスは馬に飛び乗り、ロジオンに目を向ける。
「あいつらは‥子竜を砕いた。魂を集めて祭り騒ぎをしていた。助けられたかもしれない命を‥何もせずに見過ごすのは嫌だ」
 そう言い残し、レオンスは馬の腹を蹴った。ロジオンは呆然としてそれを見送った。
 記憶の彼方に追いやろうとしていたことが甦る。
 ロジオンの息子はレオンスと兄弟のように仲良くしていた。
 息子は緑林兵団に入り、森で大蜘蛛の餌食となった。その時の兵団長は‥レオンスだったのだ。
 わずか一年前のことだった。


 冒険者ギルドに依頼が出た。

『バーリン子爵領地内山中にて、行方不明の精霊、影竜の子救出作戦を行う。
 山に陣を組むのはアガレスというデビル。その詳細は不明であるが、主に地魔法を使う。配下に水魔法を使うヴィヌがバーリン領にてコンタクトをとった経緯がある。
 山中はビリジアンモールドの大量発生、瘴気蔓延あり。
 侵入を敵に気取られるとバーリン地に被害が及ぶため、全て秘密裏の行動となる。
 なお、精霊、子竜は石化の状態である。解除の方法を会得する者は報酬優遇。
 こちらはコカトリスの瞳を1つだけ所有。
 基本報酬は2G。それ以外は動きに応じて増。1体だけでも救出を目標とする。
 ブルメルとバーリンの領地境、祈紐が張られた丘で待つ』

 依頼主はレオンス・ボウネルである。

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ec3096 陽 小明(37歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

ヴィクトル・アルビレオ(ea6738

●リプレイ本文

 レティシア・シャンテヒルト(ea6215)は、双海一刃(ea3947)の手助けで忍装束を着るレオンスを振り向いた。彼はナイトのいでたちであったから、忍装束のお陰ではかなりの動きの確保はできたはずだ。
「これも身につけて」
 彼女はシャドウクロークと七なる誓いの短剣を彼に渡す。レオンスはそれを受け取り一礼したあと、全員を見回す。
「依頼受諾感謝する。山の様子は地図がある。子竜の位置は双海が確認している。緑黴の中だ」
 そう言って彼はエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)に視線を向ける。
「前に彼と入った時にヴィーザのキャップを目印に置いた。彼女はその近くで囚われたと思う」
「アガレスの元で動いているのはヴィヌだけでしょうか? 能力は地魔法以外に何か?」
 そう尋ねたのは陽小明(ec3096)だ。
「今のところ直下で動いているのがヴィヌだというだけで、サブナクがいたこともある。これまで使ってきた魔法は地魔法以外にはない。あとは不明」
 レオンスはそう答え、山に目を向ける。今から出れば着く頃には日が沈むだろう。まずは子竜の救出。次に精霊の居場所を探る。砕かれた子竜の破片を探すのが大変かもしれないが、レティシアのムーンシャドウで影を跳び箱し、一気に脱出を図る方針だ。
「緑黴には植物操作魔法を。だめならアイスコフィン」
 レオンスはそう言ってデュラン・ハイアット(ea0042)に目を向ける。彼もアイスコフィンが使えるからだ。デュランはちらりと笑みを浮かべて頷いた。
「了解」
「砕かれてしまった子竜は接合と蘇生、再生を。経験がありますからきっと大丈夫」
 シェリル・オレアリス(eb4803)が静かに笑みを湛えて言った。子竜が生き返る。それは一筋の希望だ。
「子竜の石化解呪は注意を払ったほうがいい。ヴァスは三体の中で一番騒ぐ奴だった」
 エルンストの声に、そういえばと双海も記憶を甦らせる。しかし、どれがヴァスなのか分からない。なるだけ山から離して解呪するしかないだろう。

 山に入り、シェリルは皆にレジストデビルを付与した。レオンスは必要な者に士気向上魔法を。会話は全てレティシアを介してのテレパシーだ。
『東の空が不安』
 レティシアの声に双海は東から雲が流れて来るのを見た。月の光は行動の成否を大きく左右する。タイミングが合えば良いが。しばらく歩き、双海は足元の緑色に注意を促し、奥の子竜を指差す。それを確認し、レティシアが顔を巡らせる。
『まず、石化子竜を西へ450m。砕かれた子竜を集め、精霊達をその場所まで連れて来られればそちらも同じ場所へ。そのあと2回で山を出る』
 彼女の言葉に全員が了解、と頷いた。
 むっとする湿気。デュランとエルンストはミラージュコートをはおり、双海はウジャトを額に掲げたあと同じくコートをはおる。そしてインビジビリティリングをレティシアに渡した。
 デュランとエルンストが左右に分かれて石の中の蝶を確認し、レオンスに合図する。レオンスの使う植物操作の効果は6分。菌糸で繋がっているなら広範囲で効果があるだろうが保証の限りではない。だめならアイスコフィンか石化。しかし敵が来たときにばれる可能性がある。
 石化子竜に近づくのはレオンスとレティシア、警戒にあたるデュランと双海。目の良い小明とリトルフライが使えるエルンストとシェリルは、周辺に散らばっている子竜の破片を探す。レオンスが魔法を発動し、それぞれが念のため手持ちのもので口を覆った。

 行動開始。

 デュランが先にリトルフライで目標に向かい、双海が注意深く最初の一足を踏み出す。しなやかな彼の歩みでも、普通なら黴は胞子を撒き散らす。しかし黴は動かなかった。双海はレオンスとレティシアに大丈夫というように合図を送り、2人は足を踏み出した。
 小明は月明かりの下で見渡す限りの緑黴に目を凝らす。前に双海が見つけた頭部はすぐに見つかったが、子竜がどれほどの破片になってしまったのか分からない。ほんの僅かの隆起も見逃すまいと注意を巡らせ、離れた場所はエルンストとシェリルがリトルフライで近づき拾い上げた。
 緑まみれの石山に近づき、レティシアは影を確認する。デュランは石の中の蝶に目をやり、レティシアに『今なら大丈夫』というように親指を立ててみせた。影移動発動。石化子竜の姿が消えた直後、レティシアはさっきまであったと同じように緑の石山の幻影を作る。最初の目的は達せられた。安堵したのも束の間、双海が危機を察知し、レティシアが小さな音を聞き、エルンストとデュランはゆっくりと羽ばたく石の中の蝶を見る。
 シェリルがスクロールでインビジビリティリングを発動し、自らと小明に付与。他の者も姿を隠した。
 飛んで来たのは5体のインプだ。気づかず行ってしまえと誰もが思うが、こちらの気持ちに反してインプは頭上をぐるぐるといつまでも旋回する。
『レティシア、動くな。魔法の効果が切れた』
 レオンスの声がレティシアに届く。
『分かってる』
 インプはかなりの時間飛び回り、ようやく枯れた木々の向こうに去って行った。レオンスがすかさず魔法を発動する。4人は子竜の欠片を探す小明達の場所に向かう。そこでようやく奴らがいつまでも飛び去らなかった理由が分かったような気がした。小明とエルンスト、シェリルは目立たないよう子竜の欠片を纏めてはいたが、今までなかった場所にできた緑の山はインプの目にも何かが違うと思えたのかもしれない。結局、黴まみれであったことが幸いして奴らには違いが認識できなかったのだ。
 透明化の効果が切れた。子竜はこれで全部だろうか。頭や足といった大きな部分は形で分かるが、胴体や尻尾がいったいいくつに砕かれているのかが不明だ。小明が気づいてさらに3つの破片を拾いあげたが、あとはどんなに周囲を見渡してもそれらしき破片は見つけられなかった。これで飛ばすしかないだろう。その途端‥‥月が雲に隠れた。月光は僅かに漏れてはいたが、影を作ってくれるほどの光ではない。次の晴れ間までどれくらいかかるだろう。双海は空を見上げ、その後レティシアの顔を見た。レティシアはその顔を見つめ返す。ここでせっかく集めた子竜を置いていくのは忍びない。かといってじっと晴れ間を待つわけにもいかない。エルンストがレオンスの肩を掴んだ。振り向くと、彼は木々の奥を指した。ヴィーザとルゥダの捜索。さて、どうするか。思い悩むレオンスの視線をデュランが捕える。彼はその目を皆に向ける。思いは同じ。行こうじゃないか、大切な友(なのだろう?)を探しに。


 ヴィーザのキャップを見つけ、レオンスはそれを双海に渡す。受け取った双海は、ヴィーザが冒険者からこれを貰ったときの嬉しそうな顔を思い出した。奴らは重ねてきた皆の愛情を弄ぶように断ち切ろうとする。許せない。口を引き結んだその直後、双海の頭に再び警鐘が鳴り響く。同時にデュラン、エルンストも石の中の蝶に気づき、レティシアと小明は枯れ木立の向こうに無数の黒い影を見た。全員が姿を消す。
 察知した通り、木立の向こうは下級デビルがうろうろと徘徊していた。その数ざっと20体ほどだろうか。緑黴がない分地面の様子は分かりやすいが、夜の闇とたくさんの岩でどれがそれらしきものなのか判別できない。前にエルンストとレオンスが見た祭壇のような魂置き場は予想通りなくなっていた。しかし、ここにこれだけいるということはヴィーザもルゥダもこの近くで石となっているのだろう。
『俺が行く。近づいて形を見れば分かるはずだ』
 双海の声がレティシアに届く。
『私も目で探してみる』
 彼女は自分の脇をすりぬける微かな空気の動きを感じながら答え、皆に双海が動くことを伝える。
 耳障りな声をぎいぎいとたて動き回るデビルを忍者の双海はうまく避けているのだろうが、皆が息を詰めて待つ。
『双海、私達から見て左側45度、10mほど先を見て。形が人に似てる』
 レティシアが目を凝らして双海に声を送る。双海は言われた通りにデビルの間をすり抜け近づく。そして半分地中に埋まった右半分の人型の石を見つける。顔を巡らせ、5mほど離れた場所でやはり地中に半分埋まった人型の石を見つけた。ヴィーザだ。ということはさっきのはルゥダか。
『見つけた。2人とも半分埋まった形で石になっている』
 レティシアは皆にそれを伝えたが、レオンスの返事がすぐに戻ってきた。
『この状態で救出は無理だ』
 口惜しい。下級デビルなどあっという間に蹴散らせるというのに。奴らを追い払う方法はないのだろうか。その時、月が出た。その光の下に現れたのはヴィヌ。双海は大丈夫か。
 ヴィヌはぎろりと周囲を見回したあと、くい、と顔を反らせた。背を向けるヴィヌのあとを手下達が嬌声をあげてついていく。やがて周囲は静かになった。デュランがリトルフライで飛び上がり、テレスコープのスクロールを広げ、レティシアに伝える。
『奴らは離れて行った。枯れ木が邪魔ではっきりとは見えないが、この先が陣営のようだな。動いて大丈夫だ。周囲にデビルはいない』
 どうして急にここを離れたのだろう。それは皆の頭にも浮かんでいたが、チャンスはこれで最後かもしれない。インビジビリティリングの効果が切れた。双海が手招きしている。エルンストも石の中の蝶を確認し、大丈夫というようにレティシアに頷いてみせる。
『土に埋まっているなら先に解呪を』
 シェリルの声がレティシアに伝わった。
『二手に分かれよう』
 と、レオンス。ルゥダの元にはレオンスとデュラン、小明。ヴィーザにはシェリル、双海、レティシア、エルンスト。素早く分かれて石に走り寄る。ルゥダにはレオンスがコカトリスの瞳を、ヴィーザはシェリルが解呪。
「ぷっはあっ!」
 元に戻るなりヴィーザが大声をあげたので、双海は彼女の口をキャップで押さえる。
『脱出する。声を出さないで』
 レティシアがテレパシーを繋ぐ。
『子竜は?』
 と、ヴィーザ。
『石のままだけど先へ送った』
 レティシアは答えた。ヴィーザは立ち上がり、友人の仙女が起き上がる姿を見る。
「ルゥダ、レオンスだ。分かるか。テレパシーを繋いでくれ」
 レオンスが小さな声でルゥダに声をかける。すぐに返事がきた。
『子竜‥』
『一緒に脱出する』
 その時にはヴィーザはシェリル、エルンスト、双海と共に枯れ木を越えようとしていた。レティシアが幻影を作り、ルゥダに走り寄る。
『行くよ、ルゥダ』
 ルゥダは立ち上がったが、不安そうに顔を巡らせた。
『今は夜か? 何と暗い‥』
 暗い? レオンスは思わずデュランと小明の顔を見る。ルゥダは目が見えていないのかもしれない。2人は頷き、誘導のため先に動き出す。レオンスは彼女の腕を掴み、そのあとに続いた。レティシアも幻影を作り走り出す。
『月が隠れる! 早く!』
 子竜の欠片のところまで戻り、間一髪で全員が最初の移動地点まで飛んだ。空を見上げた時、月は薄い雲に隠れていた。ほっと息を吐く。あとは山を出るだけだ。
「戦士よ、どうした‥」
 ルゥダの声と同時にヴィーザが耳を押さえる。
「聞こえない‥?」
 全員がぎょっとする。ルゥダは視力を、ヴィーザは聴力を奪われている。何よりもルゥダをしっかりと掴んでいたレオンスの手に思考が停止する。レオンスは手首「しか」残していなかった。デュランが唸り声をあげ、ルゥダから手を掴み取るとアイスコフィンを発動する。
「‥残っていれば接合できる!」
 彼が初めて見せた動揺だった。その声にシェリルが顔を強張らせて頷く。双海の頭に警鐘が鳴る。彼は顔をあげて視線の先に黒い翼を見た。
「我に背を向けたのが災いだったな。いや‥幸いか」
 アガレスはくくと笑い、冒険者の前で翼を広げた。それを見て全員が絶句する。アガレスの剣を背から肩に貫かせ、レオンスが苦渋に顔を歪めていた。残った手にレティシアから託された短剣が握られていた。ヴィーザが槍を構えたので、レティシアが慌てて押しとどめる。
『ヴィーザ! だめ!』
「さあ、どうする冒険者。月が出たぞ。土産を置いてさっさと逃げるが良い」
「‥行け‥!」
 レオンスの声にアガレスは一気に剣を引き抜く。血がほとばしり、アガレスは崩れ折れたレオンスに石化魔法を放つ。高笑いが響いた。
「良かったな。死ぬ前に石と化した。さて、居座るならこいつを少しずつ砕こうか」
「卑怯者‥!」
 エルンストが思わず叫ぶ。アガレスは笑った。
「それこそ最大の賛辞」
 気がつくと、周囲をずらりとデビルに取り囲まれていた。レティシアは震える唇をかみ締め、石になった子竜に触れる。冒険者は皆一様に拒絶の表情を浮かべたが、彼女はひとりずつに影移動を付与した。最後に双海を残し、2人はアガレスを振り向く。
「絶対許さない」
 搾り出すようなレティシアの声。アガレスは嘲り笑う。
「チェックメイト。お前達は滅ぶしかない。消える前に我に背を向けるなよ」
「レオンス! 必ず助ける‥!」
 双海の声を残し、2人は消えた。


 子竜は既にシェリルが黴をサイコキネキスで引き剥がし、解呪していた。ヴィーザとルゥダは呪いを解呪。ひときわ騒ぐ子竜をエルンストが抱きしめる。ヴァスだ。小明は遠くから近づいてくる大きな影を見た。親の影竜だ。シェリルとデュランが注意深く砕かれた子竜を並べる。どうやら尻尾の先を置き忘れてきたようだが、再生可能だろう。
 シェリルは石化解除し、丁寧に魔法をかけていく。最後にリカバーを付与した。弱々しく声をあげる子竜に冒険者達は小さく息を吐く。
『親たちよ、この子はまだ動かせないの。見守ってやれる?』
 レティシアが伝えると、親竜は声をあげて応えた。
「私達もいるから」
 ヴィーザが言った。
「貴方がたはまた呪いをかけられるかもしれない。注意を」
 シェリルの声にルゥダが頷く。
「精神抵抗魔法がある。二度と同じ手にはかからぬ」

 レオンスの手はバーリン邸に運んだ。耳打ちする冒険者の話を聞き、ガブリルは慌てて妹のリーナを奥の部屋へ追いやる。そして冒険者を地下の貯蔵庫に案内した。
「冬に近づく時期ですが‥そんなに長くは‥」
 ガブリルは肩を落として言った。
「ギルドに報告すればブルメルに話は伝わる。退役したとはいえ、ロジオンやベルマンはきっと黙ってはいないだろう」
 双海が言ったが、ガブリルは貯蔵庫の扉を閉め、手で顔を覆ってしまった。
「すみません。子竜と精霊のお礼を言わなければならないのに‥」
「ガブリル」
 レティシアは言った。
「あいつはチェックメイトなどと言った。でも、こちらのキングはあいつには見えていないのよ」
 ガブリルは涙で潤んだ目をあげる。レティシアの言葉をエルンストが次いだ。
「永遠に見えまい。その前に葬られるだろうから」
 順に背を向け、靴音を響かせて去っていく冒険者の背をガブリルは見つめた。
 影竜が呼応するように遠くで咆える声を微かに聞いたような気がした。