【アガレス・黒の復讐】竜の願い

■ショートシナリオ


担当:西尾厚哉

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月24日〜10月29日

リプレイ公開日:2009年10月29日

●オープニング

 エルフの少年サクは、レオニード・ガルシン伯爵の城でアルトス・フォミン指揮官と暮らす。
 彼はバーリン子爵領の森に棲むエルフの村の出身だ。
 字を書くのも読むのも得意ではなかったサクだが、魔法修行の師匠とアルトスから少しずつ教わり、よく村に手紙を書いた。書いた手紙はアルトスがシフール便に出してくれた。
 村からも手紙が来ることがあった。それはサクに直接届く。
 それが‥ここのところ来ない。
 サクは何度も手紙を書いた。やはり返事は来なかった。
 サクの村ストウは、サクに心配をかけまいと敢えて返事を書かなかったのだが、今は違う。危険なバーリン領へのシフール便は止まってしまっていた。
 もちろん、サクはそんなことは知らない。

――――――――――

 レオニード・ガルシン伯爵はバーリン領の状況を早くから知っていた。ブルメル伯爵からの文が届いたからだ。(正しくは、ブルメル伯爵側近のロジオンからであったが)
 狙われたバーリン領を助けたい気持ちはあったが、レオニードも多くの民を抱える領主だ。民を守らねばならない。迂闊に手を出すと、ガルシン領がデスハートンの対象になる。だから不本意ながらもサクとアルトスには何も伝えなかったのだが、ことが長引くと隠し通すわけにはいかないだろうと感じてはいた。
 先に気づいたのはアルトスだ。
 なぜなら、サクの手紙を送ろうとすると、シフール便で拒否されてしまったからだ。その理由を聞いてアルトスは主君の思惑を理解する。主君はバーリンを助けることができないということ。そして、サクを危ない場所に行かせたくない、ということ。
 それでもサクには話をせねばなるまい、と腹を決めたのは、レオニード・ガルシン伯爵が無言でアルトスに差し出した一通の文が原因であった。

『子影竜、精霊、ともに奪還なり。レオンス・ボウネルは石化残留。彼は城を辞去した者なれど、我等同志を見捨てるに忍びず。緑黴も近づき、デビルはもはや昼夜を問わず村の上空を飛び回る。ガルシン殿よ、我等は穏やかであったかの地のこのような惨状を傍観するに堪えぬ。しかし我等はつい先日までデビルの襲撃を受け、未だ城の傷も癒えぬ状態。貴兄の領地も50年の戦いを終えたばかり。それを重々承知の上申し上げる。今もう一度、共に戦うことを切に願う』

――――――――――

 ぼんやりと窓の外を眺めているサクの視界に、見覚えのある姿が見えた。慌てて身を乗り出し大声で呼ぶ。
「ロラン!」
 ルームはサクの声に気づくとゆっくりと弧を描き、窓辺にやってきた。人の姿に身を変え、はっしと窓の端を掴むが「おおっとっとっと‥!」。滑り落ちそうになったルームのロランの体にサクはびっくりしてしがみつく。
「何と、私としたことが。おお、相変わらず大きな目だな、サク」
 襟元を正し、額に垂れかかった髪をさらりと手で払ってロランは言った。
「大きな城で、どこにいるのか分からず難儀した。お前の声が有難く」
「ロラン、どうしたの? ひとりで来たの? ヴィーザは? ルゥダは一緒じゃないの?」
 サクが目を丸くして言うと、ロランはふん、と鼻息を噴出す。
「失敬な。あの2人がいなくても私はひとりで行動できるのである」
 そして部屋をぐるりと見渡し、
「良いところに住んでいるな。うらやまし」
「そんなことより、どうしたの? ねえ、村から手紙がずっと来ないの。みんな元気?」
 サクはロランに詰め寄る。
「元気、元気」
「嘘つき」
 サクに言われてロランはむぅと口を歪める。
「ロランは綺麗なお姉さんがいると分かってないと森から出ないもん。ぼくんところに来たってお姉さんはいないもん。ヴィーザかルゥダに何か言われたんでしょ!」
 ロランはこれまでの経緯をサクに話して聞かせた。
 アルトスが部屋に入って来たのはその途中だった。ロランを見て目を丸くするアルトスにサクはしっと指をたて、促されるままロランは語る。
 子竜がいなくなったこと、ヴィーザとルゥダもいなくなっていたこと、バーリンの地に襲い掛かった悲劇、冒険者の助け‥。
 サクは零れ落ちてしまいそうなくらい目を大きく見開いて、じっとロランの顔を見つめ続けていた。
 ロランが話し終わったあと、サクはアルトスの顔を見た。
「アルトスさん、行くの?」
 アルトスは頷いた。それを見て、サクは再びロランに目を移す。
「それで、ぼくには何の役目があるの。まさか来るなっていうんじゃないよね? ぼくだって戦えるよ。戦えるんだからね!」
 最後はロランに掴みかかりそうになっていた。アルトスが慌ててそれを止める。
「サクは私の護衛でこの城より北の山に行くのである」
「北の山?」
 ロランの言葉にアルトスは思わず窓の外から言われた方角を見る。北には確かに山がある。しかしあまり人が近づいたことがない。
「あんなところに行ってどうするのだ」
「竜に会うのである」
 びっくりする2人にロランは説明する。そもそもこの話をしたのはヴィーザだ。彼女はあの山で竜に会っている。その竜は知性を持ち、気の遠くなる昔にとある魔法使いと心通わせたことがあるという。
「その竜が助けに来てくれるの?」
 サクが尋ねるとロランは首を振った。
「いや、山からは出ないだろうな」
 じゃあ、何のためにと目を細める2人にロランは言う。
「彼はアガレスに抵抗できる何かを持っているはずだとヴィーザは言っている。会えば自分の名前を出して良いと。ちょいと助けた覚えがあるのだそうだ」
「ぼくが行って、その‥何かを渡してもらえるものなの?」
 サクは不安そうに言った。
「彼は多少疑り深い。精霊でもない大人が行っても容易に信じることはあるまいよ。かといってヴィーザは動けぬ。ルゥダもいつまた呪いの餌食になるやもしれん。だから私に白羽の矢が立ったのだ」
 おまえじゃなくて、サクが行くのは何故かを聞きたいんだけれど、とアルトスは思うが、時間はあまりない。アルトスはサクの顔を見る。サクはその顔を見つめ返す。
「アルトスさん、ぼく、行く。ヴィーザが言うなら悪い竜じゃないし、会ったほうがいいからロランに来てもらってるんだと思う。いいでしょう?」
 アルトスは迷う。何に迷うって‥サクを託すのが目の前にいるこのロランであることだ。
「その竜は‥なんという竜なのだ」
「うーむ? ホルムとかいったな?」
「名前じゃない。種のほうだ」
「ああ、グラビティードラゴンだ」
 こともなげにロランは言ったが、アルトスは仰天する。
「サク!」
 だめだ、という前にサクはひたとアルトスの顔を見据える。
「冒険者、お願いして? 必要だからぼくは行くの。アルトスさんに無事でいて欲しいからぼくは行くの。レオンスさん助けるの。村を助けるの。ガブリルさんを助けるの!」
 アルトスは困惑したように口を引き結ぶ。お願い、アルトスさん、と懇願するような目で見つめるサク。やがてアルトスはロランに顔を向ける。
「主君に相談するが‥ギルドには同行の依頼を出す。サクを必ず無事に帰せよ」
「当たり前である。そうでなければ私がヴィーザに八つ裂きにされる」
 ロランはにやりと笑った。

●今回の参加者

 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7465 シャルロット・スパイラル(34歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec3096 陽 小明(37歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec5023 ヴィタリー・チャイカ(36歳・♂・クレリック・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

「茜―っ!」
「わぉんっ!」
 双海一刃(ea3947)の忍犬、茜を見たサクは思わず声をあげる。茜も広げたサクの腕の中に突進した。転がって笑い声をあげたサクははっとして慌てて起き上がる。不謹慎だ。皆の顔を見回し「ごめんなさい」と呟く。双海がくすりと笑い、サクの頭を撫でた。
「竜について城に何か伝承は?」
 レティシア・シャンテヒルト(ea6215)がガルシン伯爵に尋ねる。しかし伯爵は小さくかぶりを振った。
「あの山の周辺は開拓には手間がかかり過ぎ、私の祖父が一度着手しかけて諦めて以来、人もあまり近づいていない。竜の姿を見たという話も聞かぬ」
「ヴィーザはどういう状況で会ったのだ?」
 そう言ってロランに顔を向けたのはエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)。ロランは肩をすくめる。
「ヴィーザは気侭にあちこち巡るからな。竜ともそれで顔見知りになったんだろう。ただ、竜とは会ったことを他で話すなと約束したようだ」
「では、我々が行くのはまずいのではないか」
 シャルロット・スパイラル(ea7465)が腕を組む。ロランもその真似をするように腕を組んで彼を見る。
「だから、ヴィーザは竜に貸しがあると言っただろう? その貸しを返して貰う時は行ってもいいんだよ」
「貸しというのは?」
 エルンストが畳みかけるが、ロランは「さあ?」というように眉を吊り上げた。
「でも、ヴィーザがぼくに行ってと言ったんでしょう?」
 サクが言うとロランはもちろんだ、というように頷く。
「ヴィーザが動けるなら彼女が行く。今はルゥダが危うい状態だから目が離せん。私だって月魔法はお手のものだ。なぁに、竜とお前を引き合わすことなど‥」
 ロランの言葉はもう誰も聞いていなかった。アルトスはサクの上着の襟元をきちんととめてやる。
「お腹がすいたからといって食べ過ぎたりしてはいけないぞ」
「大丈夫だよ。必ず届けるから。待ってて」
 サクはアルトスと抱擁を交わす。
「では出発」
 シャルロットの声に皆が頷く。まだぶつぶつと講釈しているロランの首元をヴィタリー・チャイカ(ec5023)が引っ張った。
「痛いのだ、ヴィタリー」
「相変わらず口の減らない奴だな。しょぼくれているかと心配して損をしたぞ。竜に会っても落ち着いて話をしろよ。マナーを教えただろ? 覚えているか?」
 ヴィタリーを見てロランは嬉しそうに頷く。
「任せろ、だいたい私は‥」
 また四の五の言いそうになったロランをヴィタリーはそのまま引きずっていった。
 レティシアと双海がアルトスを振り向く。
「レオンスが帰ってきたら‥お帰りと声をかけてあげて欲しい」
 アルトスは頷いた。
「もちろんです。でも‥貴方からもお願いします。レティシア殿」
「何かあったら連絡してくれ」
 双海の声を残し、2人は皆の後に続いた。


 ガルシン伯爵の言ったとおり、山に近づくにつれ周囲の様子は荒れ果てた様相になる。ヴィタリーはサクを軍馬のニールの背に乗せてやった。その傍を茜が寄り添う。イフリーテのリオート、木霊のリエス、陽精霊のエプシロンもサクの周辺に集まる。
『アルテイラは‥?』
 陽小明(ec3096)が顔を巡らせた。一番後ろでロランに何やら話しかけられ困ったような表情のアルテイラがいた。
「アルテイラ、おいで」
 小明が呼ぶと、彼女はほっとしたような顔でついとロランから離れた。ロランがむすっと口を引き結ぶ。
「彼と知り合いですか?」
 小明が尋ねるとアルテイラは顔を赤くして俯いた。
「あの人に近づいちゃだめと‥ルゥダさんが言ってたけれど」
「ルゥダを知っていたのですか」
 小明の言葉にアルテイラは小さな声で「はい」と答える。
「ヴィーザと竜のことは聞いていませんか?」
 それにはアルテイラはかぶりを振った。ヴィーザは他で話すなという竜との約束を守っていたのかもしれない。
「お前は何か聞いておらんのか」
 シャルロットがリオートを見上げる。
「ヴィーザ、約束守ルカラネ」
 ふふん、という表情を浮かべてリオートは答える。シャルロットは肩をすくめた。
 数時間ほどして足元が登りを感じ始めた頃、馬の背も不安定になったため、サクはニールの背から降りた。小明が荷物を持ってやろうと手を伸ばす。
「ぶしっ!」
 いきなり大きなくしゃみをして、サクは鼻水を垂らした。顔を真っ赤にして慌てて手で拭う。その途端、またもや「ぶしっ! ぶしっ!」。精霊達が不思議そうにサクの顔を覗き込んだ。
「雲行きが怪しい‥。厄介ね。休憩場所を探そうか」
 レティシアが空を見上げ、枝の切れ目から見える灰色を見て言った。
「ぼく、だいじょ‥ぶしぃっ!」
 ぽつりぽつりと雨が落ちる。
「火を焚こう。無理は良くない」
 ヴィタリーが言った。

 雨はすぐにあがったが、冷えてきた。ヴィタリーはサクに温かい汁粉を作ってやった。芋がら縄も湯に入れ、サクと皆に少しずつ渡す。
「これはあとで食べるんだよ」
 桜餅風の保存食を握らせてもらい、サクは嬉しそうな顔をした。
「雨で足元が滑るかもしれないから気をつけろ」
 サクの靴の様子を確かめてやりながら双海が言う。
「ねえ、双海さん‥」
 サクの声に双海は顔をあげた。
「双海さんは‥ヴィーザ達を助けに行ったの?」
 双海はそれを聞いて近くにいたレティシアと思わず視線を合わせる。
「‥ああ。レティシアとエルンスト、小明も一緒だった」
 サクはそれを聞いて一瞬ためらったのち口を開いた。
「レオンスさん、生きてるよね?」
「生きてるわ」
「生きているぞ」
 間髪入れず答えたのはレティシアと、意外にもロランだった。
「あれから小蝿が来るたび皆で記憶を取っているのだぞ。あやつら、石の戦士を砕きはしない。来れるものなら来てみろと。許せん。絶対助けるのである」
 一気にそう言うと、ロランは顔を赤くして俯いた。頓着しないように見えてロランはロランなりに責任を感じていたのだろう。ヴィタリーがロランの肩に手を置く。
「そうだな。助けよう。全部終わったら一緒にディナーを食べような。完璧なマナーで」
「り、了解したのである」
 ロランは顔をあげてふん! と息を吐き出した。
「竜に‥必ず会おうね。頑張るよ」
 サクが言った。

 一行は再び出発した。さらに2時間ほどして足元に転がる岩がさらに大きくなった。小明が身を屈める。それを見たシャルロットも立ち止まった。
「この傷は自然のものではありませんね」
 小明が言った。大きな尖ったものでひっかいたような痕が岩に残っている。
「ミミクリーで空から探ろうか」
 ヴィタリーが言うとサクが不安そうに彼の手を握った。
「竜も飛ぶんじゃないの?」
「ん‥」
 危ないかもしれない。ヴィタリーは変身を諦めて生命探査魔法を発動する。
「‥!」
 ヴィタリーがぎょっとしたように顔をあげ、周囲を見回す。
「いるのか?」
 双海が身構えながら問う。
「いるも何も‥」

―― ザァアアアアアアッ‥!


 ヴィタリーの声は途中でかき消された。すさまじい勢いで木をなぎ倒しながら黒い巨大な影が走ってくる。

―― ヴォオオオオオ‥!
「だめぇええーーっ!」

 腹に響く咆哮とサクの叫び声。次の瞬間、竜は握りこぶし一つ分の隙間を残し、サクの顔の前に自分の顔をぴたりと止めた。いや、その前にロランが大の字になって立ちふさがってはいたのだが、身長の低いサクはロランの広げた腕の下だったのだ。
 全員が凍りつく。

「ぶぉう!」

 鼻息を噴き出され、サクはぺたりと尻餅をついた。
「アディナって‥誰?」
 サクは竜を呆然として見つめながら呟いた。


 最初の勢いはどこへやら、竜は疲れきったような様子でその場に身を横たえてしまった。
 どうしたものか。
 しばらくしてレティシアがそっと竜に近づく。
「ホルム‥よね? 私達は冒険者。貴方に会いに来たの。ヴィーザが貴方のことを教えてくれた。‥言葉、分かる?」
『去れ』
 頭に声が返された。
「話を聞いて欲しいの。何もしないわ」
『去れ』
 レティシアは皆を振り向き、かぶりを振った。サクがこわごわ口を開く。
「アディナって誰? さっきぼくにそう言ったよね?」
 竜は答えなかった。だるそうに目を閉じる。
「痩せているな‥」
 エルンストが竜の腹を見て呟いた。前に会った重力竜はもっと肉付きが良かったように思う。
「具合でも悪いのか。誰かに攻撃でも?」
 双海が手をかけようとすると、
『触るな!』
 途端に竜は頭をもたげて咆えた。そして再びどしんと地面に落ちる。
『ヴィーザ? ああ、そうとも、あの戦姫が入れた所が痛み出した。もう頼まぬ』
「なんと?」
 シャルロットが尋ねる。
「ヴィーザが何かしたらしいが‥。それが痛み出したのだと」
「お薬あるよ」
 サクががさがさとバックを引っ掻き回してポーションを取り出し、竜の鼻面に持っていく。
「どこが痛いの? お腹? 早く治さないとだめだよ」
『それは歯に効くか』
「歯?」
 サクはびっくりして声をあげた。
「は?」
 シャルロット。
「歯」
 サクは自分の歯を指差す。
「口、開けてよ。見てみる」
 サクは竜の口に手をかけた。竜はびくりとして抗う。
「めっ! 歯は放っておいちゃだめ! お口開けて!」
 サクの剣幕に押されたのか、竜が口を開きかけたのでヴィタリーが慌ててその上顎に手をかける。
「手伝ってくれ!」
 その声に全員が駆け寄った。
 サクはずらりと尖った歯の並ぶ口の中を覗き込む。手が滑るとサクが死んでしまう。顎を支えながら、気が気ではない。
「あ、これだ」
 サクは顔を出して皆を見上げた。途端にばふん! と口が閉じる。
「左側の奥、歯の代わりに何か石みたいなものがめりこんでる」
「誰か応急手当の技術、持ってない?」
 レティシアの声のあと、全員がエルンストを見た。エルンストは「む」と硬直したあと頷いた。
「‥了解」


 今度はリオートが加勢に入ったので、上顎を支えるのはかなり楽になった。エルンストは竜の口を覗き込む。サクの言った歯はすぐに分かったが、何か尖ったものでほじくり返さないと無理だ。
「これを使うか?」
 ヴィタリーがバックの中からナイフを取り出す。しかし、相当痛いだろう。暴れて口を閉じられたら一巻の終わりだ。エルンストは息を吐き、口の中に入っていく。
『技術といっても初級だしな‥』
 そう思いつつ、バックからワインを取り出し歯にかけた。消毒代わりだ。そして意を決してナイフをざくりと突き立てる。竜が「んぐ」と声をあげたのでびくりとする。様子を見てさらにざくり。10分後、エルンストは口の中から這い出ると大きな息を吐いて腰を落とした。
「取れた?」
 サクが言う。エルンストは手の中の小さな石を掲げてみせた。竜の口がばたんと閉じて小さな風を作った。


 石は四角錐のような形をしていた。尖ったほうが下になっていたのでそれで食い込んだのだろう。
「ふぅむ、これは魔力があるな。ヴィーザの言っていたのはこれではないか?」
 ロランが石を持ち上げて言った。
「ホルム、お薬も飲んで」
 サクが言うと竜の目がかっと開いた。
―― ヴォオオオオオ‥!
 咆哮と共に飛び起き、驚いたロランが「わっ」と言って石を放り出す。慌てて双海が受け止めた。
『美味! 寄越せ、アディナ!』
 サクが皆を振り向く。
「美味しいから寄越せって‥」
「あ、ワインか‥消毒に使った‥」
 エルンストが呟いた。双海が持ってきた魔酒「呑大蛇」を取り出した。レティシアはシェリーキャンリーゼ、小明は発泡酒をずらりと並べる。
「少しずつ飲め。悪酔いするぞ」
 双海が言う。がぶりといきそうになった竜を小明が止めた。
「容器ごと口に入れるとまた怪我をします」
 そう言ってぽんとフタを開け、あんぐりと開いた竜の口にサクの出した薬と共に流し込んでやる。
『お前達も飲みやがれ』
 竜は既に酔っていた。

 日が暮れた。双海が焚き火を作る。全員で飲んだくれるわけにはいかないので、ヴィタリーとシャルロット、小明が竜の相手をすることになった。話術に長けたヴィタリーは竜から少しずつ話を引き出す。
 ホルムがまだ小さかった頃、幼い少女を連れた老人が山に来た。人を見たのは初めてだった。少女のアディナはホルムが「竜の言葉」で話しかけてやると嬉しそうな顔をした。誰も来ないこの山に、2人は2年ほどいただろうか。雪が積もる寒い夜、アディナは静かに目を閉じた。
「お前に会えて良かったよ。彼女は楽しい時間を過ごせただろう」
 老人はそう言って、小さな石を取り出した。
「これはひとつだけ魔法を封じ込めることができる。お前の歯の隙間に入れておいてやろう。毎日この石に念じなさい。お前が大きくなる頃には石は魔力を持つだろう。何かの役にたつかもしれん」
『それが、歯が折れた時に外れやがった。だからヴィーザが入れてくれやがった』
 竜は言った。ただ、ヴィーザは尖ったほうを下にして詰め込んだから、物を食べるたびに食い込んでいったのだ。
「この石には何の魔法を封じ込めたの?」
 レティシアが尋ねる。
『「竜の姿」が入っていやがる』
「竜の姿‥」
「それ‥!」
 サクが叫んだ。
「ホルム! お願い、これをぼくに貸して! そしたら皆が助かるかもしれない!」
 竜はぬぅっとサクに顔を近づけ、ふぅと鼻息を吐く。酒臭さにサクはこほこほと咳をした。
『持って行きやがれえええっ‥!』
 月夜に咆哮が響き渡った。
「酔いが醒めたらそんなこと言ってない、なんて言わないわよね」
 レティシアが双海に囁く。
「そうでないことを願うよ」
 双海は答えた。

 酒盛りは明け方近くまで続いた。茜に頬を舐められてサクが目を覚ました時、双海が焚き火に枯れ枝をくべ、小明が空いた酒の容器を片付けていた。シャルロットとヴィタリーは竜にもたれかかってまだ眠っている。
「サク、山を降りたら茜の主はお前だ。連れて行っていいぞ」
 双海の声にサクは目を丸くする。
「いいの?」
 双海は小さく笑みを返した。サクは茜をきゅっと抱きしめ、それからホルムに近づく。ホルムはうっすらと目を開いた。
「石、借りるね」
『お前、名前はなんという』
「サク。それと双海さん、レティシアさん、小明さん、エルンストさん、シャルロットさん、ヴィタリーさん、ロラン、アルテイラ、ニール、リエス、リオート、エプシロン、絶影。ぼくが大好きな人達だよ」
 竜は頭をもたげて皆を見回した。
『会えて良かったか』
「みんなに? うん。ホルムにも会えて良かったよ」
 サクの返事を聞いて竜は身を起こした。シャルロットとヴィタリーが慌てて飛び起きる。
『さらば』
 そう言うと、竜は森の奥に去っていった。
「会えて良かった‥。それをもう一度誰かから聞いてみたかったのかもしれないわね」
 竜を見送りレティシアが言った。

『ホルムの石』
 石を手に10の魔力をもって6分間だけ任意の竜の姿に身を変えることができる。この魔法は「竜の姿」と同等。使用できるのは1度きり。
 サクはそれをブルメルに届けることとなる。