【アガレス・黒の復讐】地魔を叩く―静作戦
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■ショートシナリオ
担当:西尾厚哉
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 94 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月01日〜11月07日
リプレイ公開日:2009年11月08日
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●オープニング
「‥ご子息はいかがなされた?」
出迎えたロジオンがアルトスに言ったのはサクのことだ。いつも連れて来るのに姿が見えないので異に思ったのだろう。
「ストウの村の精霊が、ガルシンの北山に棲む竜がアガレス対抗のものを持っているからと交渉にサクを連れて行きました。うまく行けばあとでここに持ってくるはずです」
アルトスはサクのことを『ご子息』と言われて、少し顔を赤らめて答える。
「竜に? 子供が大丈夫か。共に行ったのは戦姫か?」
ロジオンは先に立って歩き始めていたが、驚いたように振り向く。
「いえ、そうではありませんが‥。冒険者の方も同行してくださっていますので」
アルトスの言葉にロジオンは少しほっとしたような顔になる。冒険者が同行するなら大丈夫だ。
「ガルシン殿にもご迷惑をおかけする。巻き込むようなことになり申し訳ない」
再び先に歩いてアルトスを奥へ促しながらロジオンは言う。アルトスは頭を振る。
「いいえ。ブルメル様にはかつての戦いの時に助けていただきました。レオンス殿にも。ガルシンは山よりは遥かに遠いゆえ、心配はするなと主君が申しております。それより、私の隊は魔法を使える者がほとんどおりません。対アガレスとしては動きが大振りになる心配を感じています」
「アガレスの地魔法は情報で見る限りは恐らく達人級。オーラ魔法を会得しているレオンスがあっけなく捉えられたことからしても、確かに奴に対峙するには直接攻撃よりは魔法防御や素早い攻撃が必要でしょう」
ロジオンは部屋の扉を開き、大きなテーブルに歩み寄ると手早く地図を描いた羊皮紙を広げた。アルトスはそれを覗き込む。
「大雑把ではありますが、バーリン領の地図です。山はここ。この南西側からビリジアンモールドが急激に勢いを増し、村に近づいている。ワーウルフとエルフのいる森が危険に晒されるのに数日もかからんでしょう。ここを超えれば村とバーリンの屋敷までは瞬く間です」
ロジオンは地図を指差し口早に言う。
「バーリンには村が二つあります。ビリジアンモールドは火に弱い。村から離れた場所に火のバリケードを張り巡らせば繁殖はある程度防げる。貴兄の隊にはこの防衛をお願いしたいのだが、そのことだけではない」
「と、仰ると?」
アルトスは目を細めてロジオンを見る。ロジオンはその顔を見つめ返す。年老いたとはいえ、彼は今、かつて名を馳せた軍人としての目をしていた。
「ブルメル伯爵がバーリンの村人を全員こちらで受け入れる決心をなさった。奥方が今、準備に奔走なさっている。城内に全員は無理なので、教会や周辺の村に分散して留まっていただくことになるだろう」
「避難をさせるということですか? しかし、そうなると領地を明け渡すことになるのでは」
「明け渡しはせんよ。要は村人が動いていないと思わせればいいのだから」
アルトスは訳が分からないというような顔をした。ロジオンは微かに笑みを浮かべる。
「ごっそり村人を入れ替えるのだ。貴兄の隊と。バーリンの民は約500名。貴兄の隊は拝見するに300名ほどと、少し足りぬが丁度子供の数の差だ。村人の安全が確保できているならば攻撃もしやすい。進軍を開始すれば奴は見せしめのようにバーリン領へ雪崩込むであろう。しかしその時には既に貴兄の軍が待ち受けているという寸法だ」
突拍子もない計画にアルトスは声を出すことができない。ロジオンは言葉を続ける。
「ただ気がかりなのはバーリン子爵のご家族。奥方はお体が弱く、気温の変化にひどく敏感であるため今の時期はもはや屋敷外に出ることは難でしょう。それと、森に棲むワーウルフとエルフも避難はしますまい。デスハートンの攻撃の危険は未だありますが、既に冒険者の助力によって祈紐が張られており、こちらからの僧侶もまだ滞在中、それらは大きな効果を得ている。それでも村人全員が避難するまでは村での攻撃はなりませぬぞ」
「お待ちください」
アルトスは思わずロジオンの声を遮る。
「もちろんアガレスに気取られぬよう村人を移動させたいおつもりでしょうが、我等は男しかおりませんぞ」
アルトスが言うと、ロジオンは頷く。
「そのために賢なる冒険者がおります。ギルドへの依頼は必須。体勢が整えば敵に数日も余裕は持たせぬ。既にベルマンが準備を開始している」
その声を聞いたように、ベルマンがふいに部屋に入ってきた。
「ロジオン殿」
妙な声の様子に2人とも顔をあげてベルマンを見た。ベルマンはアルトスの姿に気づいて敬礼をしたのち、急いで口を開く。その顔に微かな動揺の色が浮かんでいる。
「代書人が来ております」
「代書人? 誰の」
ロジオンが目を細める。
「レオンス殿の、です。こちらに呼んでもよろしいですか」
ロジオンが頷いたのでベルマンは踵を返し、部屋を出たあと再び一人の男を伴って戻ってきた。男はロジオンの前で礼をすると封書を取り出す。
「来るべきか否か迷ったのですが‥貴方様宛ての手紙をお預かりしております」
手紙を渡され、ロジオンはうろたえる。
「レオンス・ボウネル様からの手紙です。ボウネル様はご自身の身に何かあった時、これを貴方様にお渡しするよう私に託されました。実はもう一通預かっております。宛名はリーナ・バーリン様です」
思わず一同は顔を見合わせる。
「シフール便は止まっております。直に届けるのも危険と聞き、こちらに参れば手段をお教えいただけるかと思い、参りました」
「レオンス殿は手紙を書かないと仰っていましたが‥代書人に頼むとは‥」
ベルマンが呟く。
「レオンスは手紙を書かないのではない。書けない、のだ」
ロジオンが震える声で言った。
「あれは、古代魔法語にも通じるほど賢な男だ。だが‥昔から文字を書くことを拒んだ。自分で何かを残すことを拒むように。今でも文字は‥書けぬ」
潤んだ声でそう言ったあとロジオンは顔をあげ、持った手紙を代書人に差し出した。
「申し訳ないがこれは受け取れぬ。レオンスは生きている。無事に戻る。リーナ様宛のものと同じくお持ちいただきたい」
代書人はしばらくロジオンの顔を見つめていたが、やがて「分かりました」と手紙を受け取った。
「‥リーナ様には自分の生きていた証を残したかったか‥」
代書人が出て行ったあと、ロジオンは堪え切れず目頭を押さえ、そしてアルトスを見た。
「このことはリーナ様にはご内密に」
「分かっています」
アルトスは頷いた。
【作戦詳細】
・アルトス軍は一部、村人に扮した格好でバーリン領に向かう。荷馬車数台に分乗し、傍目には救援物資を運ぶような形とする。兵の大半は荷台に隠れる形。
・村に着いたら、今度は実際の村人がアルトス軍と入れ替わる。子供、老人は荷台に。
・この形を数往復することで、都合2日かけて村人全員をブルメル領に。往復の護衛は冒険者のほうで行うこと。往路、復路はバーリンの民ではない、という前提なので襲ってくるデビルには攻撃可。
・村に着いてからのアルトス軍は、ブルメルの戦闘開始までしばらく村人になりすます予定。苦労するのは女装しなければならない兵であるため協力を。
・バーリン子爵家族、ワーウルフ、エルフの村人は移動しません。彼らの安全を確保すること。
・村に着いたアルトス軍は対ビリジアンモールドの作業に着くことが可能。ワーウルフ、エルフの村、バーリン邸への助力は彼らに任せてもよし。
●リプレイ本文
ブルメル城はクローゼットの中身をぶちまけたような騒ぎになっていた。
「これは?!」
ブルメル伯爵夫人の声が響く。彼女が掴んでいるのはスカートだ。侍女のアーニャがはっしと握り走り出す。その横をどたどたとブルメル伯爵が動き回る。
総勢300名の村人扮装をするのだから、伯爵だからとか伯爵夫人だからとかは言っていられないらしい。
「申し訳ない、出発まではあと2時間ほど必要だ」
ロジオンが冒険者の姿を見つけ、額の汗を拭いながら言った。
「比較的体の小さい者に女性用の服を着せてみるんだが、仮装大会だなこりゃ」
「そちらはあとで手助けさせていただくが‥バーリンの村人の詳細はお分かりか。戸数や家族構成が明確だと有難いが」
大騒ぎをしている兵達をちらりと見てエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が口を開く。ロジオンは再び汗を拭う。
「シフール便を何とか飛ばしてバーリン子爵と連絡をとった。全部は掌握できなかったが、東の村は50戸、西の村は70戸。赤子が何人か。そちらは布人形でも抱かせておけばいいが、12歳までの子供が両村で百数十名いるようだ。今となっては戸外で遊ぶ子もおらぬので、さほど怪しまれんだろう」
「ロジオン殿!」
ブルメルの指揮官、アイザック・ベルマンの声にロジオンは顔を巡らせる。
「荷馬車一台の車軸が不調です!」
「ああ、私が行こう。設計技術がある」
シャルロット・スパイラル(ea7465)が言うと、ロジオンは感謝の目を向けた。踵を返すシャルロットの後に陽小明(ec3096)も続く。エルンストと双海一刃(ea3947)は兵士の扮装を手伝うために足を向けようとする。その背にロジオンが慌てて声をかけた。
「あ、それと」
ロジオンはそこで少し声を落とす。
「ギルドへの報告にあったので内通者の件を聞き及んでおられると思うが」
双海が目を細めてロジオンを見る。
「俺達もその危惧を感じて計画をたてようとしていたが‥何か」
「バーリン殿に問い合わせたのだが、どうも‥既に当たりがついているようでな。あちらは月魔法を使う精霊や竜がいる。どこかで察したのだろう。だが、詳細を仰らんのだ」
「と、いうことは‥犬猫の類や侵入者というわけではなく‥村人だと」
双海の言葉にロジオンは沈痛な面持ちで頷いた。
「恐らく。アルトス殿にも伝えてはいるが‥ご注意を」
「了解した」
2人は頷いた。
4頭立ての荷馬車が15台用意され、11台に10名程が乗る。2台は実際に食料や薬などの物資を。滞在中に兵士が村の食料を消費するわけにはいかないからだ。残り2台は兵の武器以外の装備品を積む。幌をかけた荷台は外からは見えないが、行きも帰りもかなり窮屈な状態になるだろう。
車軸を傷めた荷馬車はシャルロットの指示で修復され、彼は他の荷馬車も点検をして弱い部分の補強を指示した。
「助かりました」
アルトスがシャルロットに声をかける。彼の村男のいでたちを見てシャルロットは笑みを浮かべた。
「女装ではないのか」
「まさか」
アルトスは苦笑した。
「私は体が大き過ぎて。馬でついて行きます。他に数名、魔法を使う者は外に。攻撃魔法を使うことはできませんが、防御系ならこっそり使用することも考えています」
「それは最後の手段だな。村人が魔法を使うことがばれると怪しまれる」
シャルロットは答えた。
双海とエルンストが村人に扮した兵士達を連れてきた。
「エルンストさんはさすがですね」
見事に女装した兵を見て小明が言う。確かに顔を見れば男だと一目瞭然だが、布をすっぽり被っているせいもあって分からない。もさもさと歩きにくそうにしているのは、スカートの下に武器を隠しているせいだ。
「向こうに着いたら大股で歩くなよ」
双海が言う。「はっ!」と胸を反らす兵に噴出しそうになるが、まあ今はまだ城の中だ。
「先発隊は110名です」
アルトスが馬に跨る。15台の荷馬車はブルメルの門を出発した。
最初の隊は難なくバーリンに到着した。沈む陽を見ながら一行は子爵邸の前で止まる。しかしアルトスと冒険者達が馬から降りて門に向かおうとした途端、屋敷から大声が響いた。
「リーナ! 待て!」
バーリン子爵の息子、ガブリルだ。目を向けると男のような格好をしたリーナがものすごい形相で走って来た。その後を追うのはガブリルとバーリン子爵だ。リーナは冒険者の傍を走りぬけようとしたが、双海が反射的に彼女の腕を掴んだ。リーナは小さな悲鳴をあげてバランスを崩す。ようやく追いつくガブリル。遅れてバーリン子爵。
「どうした」
シャルロットが言う。
「見つけてしまって‥レオンス殿の腕‥」
ガブリルが息をきらして答える。どうやら彼女は地下の貯蔵庫から腕を見つけ、問いただしてそれがレオンスのものだと知るなり彼を取り戻そうと飛び出したようだ。
「リーナ、気持ちは分かるが、まずは、民の安全を、考えるが良い」
父親の声にリーナはとうとう泣き崩れてしまった。子爵は娘を立ち上がらせるとガブリルと視線を交わし、リーナを屋敷に連れ戻す。
「お見苦しいところを申し訳ありません」
ガブリルは詫びた。泣きながら屋敷に戻るリーナを見つめていた小明の手をアルテイラがそっと握る。小明が目を向けるとアルテイラは問いかけるように小首をかしげた。
「いいですよ。行ってさしあげなさい」
小明が言うと、アルテイラは飛び立った。
「月魔法が使えます。ゆっくり眠っていただければ気持ちも落ち着くでしょう」
小明が説明するとガブリルはぺこりと頭を下げ、鼻をすすった。
「夜間も移動します。状況を」
アルトスが促す。ガブリルは慌てて頷いた。
「村の長にだけ伝えてあります。まずは西の村から。森のほうでは既に緑黴が見えます。火に弱いと聞いたので、とりあえずワーウルフとエルフ達は薪をたくさん用意しているようですが‥」
「入れ替われば兵が手を貸します。急ぎましょう」
アルトスは隊に合図し、荷馬車は一斉に動き始める。エルンストが急いでローゼン・クランツ、エクソシズムコート、泰山府君呪符を取り出しガブリルに渡す。双海は手持ちの銀のネックレスを。小明は森の民達へと祈紐を置く。
「ガブリル、内通者の情報をくれないか」
双海の声にガブリルは迷うように目を伏せていたが、懇願するような表情で皆を見た。
「約束してください。その者達も同じように移動していただくと」
「奴らにそそのかされているだけだろう。罰したりはせんよ」
シャルロットが言う。
「西の村はヤン。ブラトフの15歳の息子です。東の村はリンマという若い女性。このことは村の者は誰も‥長にも知らせていません」
ガブリルはそう言うと再び目を伏せた。
「お願いします」
エルンストがガブリルの肩に手を置き、一行は馬車を追った。
西の村では既に物資が降ろされ始めていた。
「しっ、静かにな」
村人に声をかけているのは村の長だろう。さて、ヤンという少年はどこか。内通者は先に送ってしまったほうが良いかもしれない。自らと家族の安全を確保すれば情報の漏れがそれだけ少なくて済むからだ。
「女役は防具類を持って早く家の中へ」
エルンストが促す。陽が暮れてしまうまではあまりうろうろしないほうがいい。
「男役は荷を降ろしたら森へ行け」
と、アルトス。長が声をかける。
「村の者には詳しく話しておりません。とりあえず、女子供の多い家を優先的に。このまま乗って出ますか。皆、着の身着のままですが」
「命を取られるよりましだ。我慢してくれ」
双海が答え、村の長に向き直る。
「子供は何歳くらいまでを対象に?」
「12歳までを」
長は答えた。と、いうことはヤンが乗るのはこのあとだ。指定して彼だけを先に乗せるのはかえって怪しまれる。いたしかたないだろう。
「行くぞ」
エルンストが全ての幌を降ろし、声をあげた。初回150名の村人が出発した。
「双海さん」
しばらくして前衛の双海に後衛の小明が近づく。
「来ました。アルテイラが結界を荷台に」
双海は顔を巡らせる。地平の彼方にぽつりと馬に乗った影が見える。
「大きな剣が見えますが」
「サブナクか」
双海は呟いた。サブナクの後ろからぞわりとインプの群れが立ち昇る。しかし、まだこちらには向かって来ない。
「リオートが必要かね」
シャルロットが荷台の隙間から声をかける。
「まだ様子見だろう。あれは動かんぞ」
エルンストが答えた。彼の言葉通り、デビル達は近づいて来なかった。そのおとなしさが逆に不気味ではあったが。
第二隊、午前1時に出発。兵数は120名。夜通し往復する荷馬車群をデビルが警戒しないはずがない。
サブナクはやはりいた。そして今度はインプの群れは空に飛び上がった。双海が剣を引き抜く。彼の殺気は異様に濃い。虐げられたバーリンの辛さを感じとっているからだろう。
「ヘラクレス。近づく奴は片っ端から殴り落とせ」
エルンストの声。
「手を出せ! 士気向上を与える!」
荷台の上のシャルロットの声に双海、エルンスト、アルトスが次々とタッチする。しかし、予想に反してインプ達は上空を旋回するのみで降りて来ようとはしなかった。
「何故来ない」
歯噛みする双海。
「弄んでいるんだろう。あいつらは最初からそうじゃなかったのか?」
エルンストが言う。一匹だけがついと荷馬車に近づいたが、爪先を幌にかすめただけで遠ざかっていった。
第二隊、復路。
西の村は全員が乗った。残りは東の村だけだ。夜が明ける。
「15歳ほどの少年が乗った荷馬車は前から3、5、7、8つ目、合計4台」
アルトスが言った。3台目にはシャルロット乗り込み、残り3つにもエルンスト、小明、アルトスがついた。
サブナクの影。
「来る」
双海が剣を引き抜く。斜面を駆け下りてくるサブナクの頭上をインプの黒い群れが近づいてきた。エルンストがヘキサグラム・タリスマンを取り出す。
「足を止めるな!」
アルトスが叫ぶ。その声に波がぞわわと進路を塞ぐように動いた。エルンストは馬車の幌が動くのを見る。顔を覗かせたのは少年だ。エルンストは絶影で彼の前に回り込む。
「入っていろ、ヤン」
賭けは的中した。名を呼ばれ、真っ赤なたてがみの馬を目にしたヤンは怯えたような表情を見せて慌てて中に引っ込んだ。
黒い波が来る。小明は地上からも迫り来る影を見た。
「リオート、行け」
シャルロットがリオートを召還。彼女は一気に火球を放つ。轟音に馬車から悲鳴が起こった。
「静かに! 心配ない!」
と、シャルロット。双海が椛児で群れに突進する。
「どけ!」
最初の一撃。インプの首が飛ぶ。更に彼はもう片方の手に握る雷公鞭で打ちつける。悲鳴をあげるインプ。
「うるせぇっ!」
「き、今日の双海は怖いな‥」
シャルロットが呻いた。
「恨み百倍だ」
そう答えてエルンストは風刃を放つ。
「アルテイラ、馬車の傍へ!」
小明はそう叫び、自らも馬車に近づく奴を叩きのめす。
「どけえぇぇっ!」
双海の雄叫びと共に振り下ろされた剣の一打を最後に馬車群は黒い波を突破した。
「アルトスさん!」
ブルメルで出迎えたのがサクだったので、アルトスは目を丸くした。サクの傍には忍犬の茜がしっかり控えている。
「竜から石をもらった。ロジオンさんに渡したよ!」
アルトスは冒険者に向き直り頭を垂れた。
「話はあとだ、第三隊出発するぞ。これで最後」
シャルロットが言う。東の村は200余名とロジオンは言った。15台の馬車に分乗すれば窮屈だろうが乗れない人数ではない。
サクは一緒に行くと言って聞かなかった。
「ぼくは村の人を助けるために魔法の修行をしたの。行かなくちゃ」
結局サクはアルトスと一緒に馬に乗った。
「ふぅむ‥どうして来ないかね」
ちらりと荷台から顔を覗かせ、サブナクの姿を見てとったシャルロットが言った。今回はリオートを既に外に出している。
「お前に怖気づいたかね」
「近ヅイタ途端ニ、ハタカレルカラネ」
リオートは遥か頭上で答える。
「もし気づいているのだとしたら、往路よりは復路の方が俺達の動きは制限される。そこを狙っているのかもしれん」
エルンストは地平を睨みつけた。
東の村では驚いたことにリーナがてきぱきと動き回っていた。彼女は到着した一行を見ると急いでひとりの女性の手を握り、駆け寄ってきた。
「リンマは身籠っているの。気をつけてあげて」
リンマ。その名はガブリルの口から聞いた名だ。リーナは彼女を荷台に押し込み、微かに声を潜める。
「昨日はごめんなさい。‥リンマは顔見知りなの」
彼女は目を潤ませる。
「悪い人じゃないの‥。お願いします」
「お屋敷までお送りします。ここに長居するのは良くない」
アルトスがリーナの腕を引いた。
「子がいるのなら‥命を守りたい一心であったろう‥」
シャルロットが呟く。
「サク、お前は早く森のほうへ」
「アイサー!」
双海の声にサクはアルトスのように敬礼をする。隣で茜が「わん」と咆えた。
サブナク、来い。来ないはずがない。
リンマの隣にはシャルロットが座っている。彼女は単独で行動はできない。
アルテイラは既に小明の指示で結界を張っている。今回は先の一陣の比ではなかった。あっという間に周囲は黒い波に埋め尽くされる。リオートの火球、エルンストの風刃、ヘラクレスの鉄拳。
「はっ!」
小明の鋭い動き、双海が次々にデビルの首を落とす。背を向ける敵には容赦なく背後からでも一撃を加えた。
鋭い馬の嘶きが響く。サブナクだ。
「双海!」
エルンストが叫ぶ。サブナクが一直線に向かうのは最前衛の双海だ。双海は剣を構える。
「椛児! 踏ん張れ!」
怒声と重い音が響く。嫌な悲鳴と共にサブナクの巨大な剣が腕をつけたままどかりと地面に落ちた。
「剣がなければお前など‥!」
双海は容赦ない。怒りの形相で振り向いたサブナクの首に再び剣を振り上げる。
「失せろ!」
その声と共にデビルは雲散霧消していった。
最後の村人を送りバーリンに向かう。馬車はいない。さすがに二昼夜はきつい。シャルロットとエルンストの顔に疲労の色が浮かんでいる。
「村に到着したらしばらく休まれるがよい」
アルトスが言ったが、二人は頭を振った。
「森を守る火の柵を作らねばな」
シャルロットが目をしばたたせて答える。その視線の先に、村男の姿の兵とワーウルフ、エルフの民が忙しく動く姿が映っていた。
「アルトスさん!」
皆を見つけたサクの声が微かに届いた。ヴィーザ、ルゥダ、ロランがいる。影竜の咆え声も響いた。
「棲む場所と種の境を越えて皆が力を合わせる。この戦い、負けるはずがない」
エルンストの声に皆が頷いた。
エルンストは犬血とソロモンの護符をアルトスに渡した。
緑黴防御のための柵にシャルロットとリオートが火をつける。常に火を絶やさぬよう指示をし、皆でできる限りの薪を準備した。
村人500名、ひとりの欠損もなし。緑黴の防衛を終え、任務終了。