【アガレス・黒の復讐】地魔を叩く―動作戦

■ショートシナリオ


担当:西尾厚哉

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月18日〜11月23日

リプレイ公開日:2009年11月26日

●オープニング

 ブラン鉱脈跡山地。
 僅かながらでも残ったブランを採掘できた山も数ヶ月前に崩れ去り、今は緑黴と瘴気に満ちた場所と成り果てた。
 アガレスは、その山地より南東にあるバーリン子爵領地に住む精霊と影竜の子を人質に、魂の供出、若しくは領土の明け渡しを要求した。はむかえばビリジアンモールドにより領土は壊滅。人質は砕くと脅した。領土を明け渡すこともできず、共存していた精霊達を見殺しにもできず、バーリン領は窮地に立たされた。
 しかし村は冒険者達の手により防御され、精霊も子影竜も奪還された。その代わりに、冒険者と人質奪還に動いたブルメル伯爵の配下のレオンス・ボウネル指揮官が囚われの身となる。現在彼は腕を切られ、石化の状態で山中に眠る。
 バーリン子爵とは古くからの知己であったブルメル伯爵は、側近ロジオンの勧めもあり、大掛かりなデビル討伐戦略を開始する。
 その手始めは、魂を狙われているバーリン子爵領地内の村人を全て保護することであった。
 そしてそれは成功した。
 バーリン領の民は現在全てがアルトス・フォミン率いる300名の兵と入れ替わっている。
 彼らは今、新たなるブルメルからの進軍合図を待っている状態である。


「残っているのはバーリン子爵のご家族と、森に棲むワーウルフの一族、エルフの一族。そして精霊、影竜」
 地図を広げ、ブルメル城では参謀的役割を担うロジオンが、アイザック・ベルマン指揮官に言う。
「緑黴の防衛はうまくいっているのか」
 ロジオンの問いにベルマンは頷く。
「最後のアルトス殿の報告では、火を絶やさずにおく人手はあるので何とかなりそうであると。そう長くもつわけではありませんが。デビルは相変わらず魂を取りに来るようです。しかし、影竜も精霊も慣れたもので、2回ほどうっかりデスハートンをかけられてしまった兵がいたようですが、難なく取り戻したと」
 バーリン領にいる精霊は白金戦姫のヴィーザと月琴仙女のルゥダ、ルームのロラン、ケルピーの二ヴィー、そして影竜二体。子の影竜は三体。
「精霊がこれだけ味方についている地に、性懲りもなく来るものです」
 ベルマンは半ば呆れ声で言う。
「魂を取られると怯えさせるためには来るだけで充分であろうからな。もっとも、今はもしかしたら偵察に来ているのかもしれんが」
 ロジオンは答える。
「では、村人が全員兵にすりかわっていることに感づいていると?」
「アガレスは最初から相手を弄ぶような態度に出ている。気づいていたとしても偵察はあくまでもどんな奴らが来ているのか、どんなふうにしているのかを知って嘲笑うためのものだろう。奴はいつまでも自分が優位だと思っているのだ。だから」
 ロジオンは地図を指す。
「こちらも知恵を総動員して行く」
 山の南東にバーリン子爵領地。北東はブルメル領地。山の東側からバーリン子爵領地にかけてはなだからかな丘陵地が広がる。西はドニエプル河だ。
「進軍する。背後がなくて危ういが、西側から派手にぶつかれ。奴らの意識の大半がそこに集中すると思えるほどやれ。但し、直前で一部の軍は北から山の尾根を進め」
「挟み撃ちということですか」
「そうはならん」
「北東側にビリジアンモールドと石化したレオンスを持っている以上、完全に手薄にはしないはずだ。そこを手放せばバーリン領という人質を無くすことになる。だからこちらも別作戦でもう一軍出す」
 ロジオンは懐から石を取り出した。
「重力竜より受け取った『竜の姿』を発動する石。そちらにはこれを託す。彼らはビリジアンモールドを越え、レオンスの石化を解いた後、然るべきタイミングでこれを使ってもらう」
「然るべきタイミングとは?」
「ベルマン、それはお前が冒険者と共に判断するのだ。アガレスはどこで姿を現すか分からん。奴を叩き潰せるタイミングで使え。奴がこちらに背を向けているなら竜化した者は正面から挑むだろう。こちらに向かっているのなら、竜は背後を攻めるだろう。緑黴はその位置だ」
「合図はいかように」
「冒険者と相談の上、情報として残して行け。私が後発隊に伝える。いいか、奴らの勢力が衰え、アガレスが姿を現さなければどの作戦も失敗になる。竜の姿も何の効果ももたらさん。頼んだぞ」
「御意」
 ベルマンは厳しい表情で頷いた。

 (アガレスに関する情報)
 ・地魔法、達人レベル。悪魔法も使用する。
 ・かなり巨大な地震を起こしたことがある。
 ・「我に背を向けるなよ」という言葉を残している。
 ・自らが完全に優勢である、若しくは怒りにまみれた状態でなければ姿を見せない。

●今回の参加者

 ea2361 エレアノール・プランタジネット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb0655 ラザフォード・サークレット(27歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2554 セラフィマ・レオーノフ(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

「遅くなりましたわ。お呼びになりまして? ディアフレンド」
 エレアノール・プランタジネット(ea2361)の声に、既にブルメル城に到着していたラザフォード・サークレット(eb0655)とセラフィマ・レオーノフ(eb2554)が振り向く。
「エレノアール殿!」
 そう言って顔を輝かせたのはアイザック・ベルマン指揮官。
「お久しぶりです。血戦以来でしょうか。来ていただけるとは」
「ふふ、決まっているでしょう。必要とあらば参上いたしますわ。今日はちょいと食料の補填で手間取りましたけれど」
「では、出発といこうか。作戦は先ほど話した通りで良いな」
 ラザフォードがローブをばさりと肩にかけなおして言う。兵は800、冒険者は3人。ちと心もとないが、バーリン領にいる影竜とルームに対空補助を願う。
「アルトス殿にタイミングを見ての影竜達の動きを伝えてもらうため早馬を出しました。我々が現地に到着した頃には戦場に向かっているはずです」
 ラザフォードとエレノアールは西側本隊500と共に西側から。セラフィマは300の兵と共に尾根を。彼女は左手にラザフォード達を見ながら300の兵の指揮を一人で担うことになる。その負担を少しでも軽くするため、ベルマンは250のオーラ魔法を使う兵をセラフィマ側に分けた。
 アガレスが姿を見せた時の合図はラザフォードの上空への重力波と影竜のメロディ。このことは少し遅れて出発する「竜作戦部隊」に伝達されることになる。
「別に、こっちで倒してしまっても構わんのだろう?」
 ラザフォードの不敵な笑みにベルマンも笑う。
「可能であれば」
 出発の隊を見送るブルメル伯爵夫妻と残る兵士達。
「アイザック!」
 小さな呼び声に冒険者達が顔を巡らせた。
「ベルマンさん、行って来られたら。奥様が」
 セラフィマが言う。声の主は最近一緒になったばかりのベルマンの妻、アーニャだ。しかしベルマンはかぶりを振った。
「彼女には何度も何度も言いました。必ず帰る、と」
 それ以上はセラフィマも促すことはできなかった。泳がせた視線がラザフォードと合う。ラザフォードはちらりと笑みを浮かべる。
「それは確約であるから」
「そうですわね」
 セラフィマは頷いた。


 山の頂は既に白い冠を被っている。茶色く爛れたかつての祈紐を見たのち、軍は西へと向きを変える。しばらくしてセラフィマは月竜ルゥナー、300の兵と共に起伏ある尾根側へ。二時間後には戦闘開始となっているだろう。後発の竜部隊もそろそろ動き始める時間だ。
『アガレスは‥』
 セラフィマはルゥナーの背を確かめるように撫でながら考える。
『どこまで私達の動きを読んでいるかしら』
 卑怯極まりない動きばかりをしてきた奴が、今回の軍の動きに全く気づかないはずがない。恐らく相当数の手下を揃えて、むしろ待ち構えているだろう。
「コムニオンの名において!」
 視界の先にぽつりと見えた黒い点に彼女は剣を抜いて叫んだ。
「10分後に敵陣突入! 士気向上付与!」
 地上の兵とルゥナーが鋭く呼応した。

 河を渡ってくる風が身を切るように冷たい。
「良き風」
 エレノアールが微笑し、七なる誓いの短剣を手にしたラザフォードに尋ねる。
「おでまし?」
 ラザフォードは短剣をベルマンに差し出す。
「これを預かって欲しい。5の魔力にてボウを」
「御意」
 ベルマンは剣を受け取ったのち、声をあげる。
「士気向上付与! 術者補助の者、前へ!」

――ギーィエエエエーーーッ!

 空で嫌な啼き声が響く。
「アクババ」
 ラザフォードは小さく吐き出すように呟く。あとは何が来る。ヴィヌ、サブナク、アザゼル? さぞ多くの手勢を揃えてくることだろう。そして馬の嘶き。巨大な剣を片手に走るサブナクの背後から黒い波が押し寄せる。
「開戦とさせていただこう!」
 ラザフォードの重力波。その波を逃れた一派が次々に迫る。エレノアールの吹雪。それすらも飛び越えたものはベルマン隊が迎え撃つ。ラザフォードは垂直浮上とブラックボール付与後、再び重力波を放つ。山の西側はビリジアンモールド繁殖の反対側。枯れていない木々も多い。空を飛ぶ雑魚は枝で次々に串刺しにした。
「なんて数だ」
 高みで目にして思わず呟く。空から見ているセラフィマもぞっとしていることだろう。これでは地面が全く見えない。
「投げ込んでやる」
 ラザフォードの声に、オーラ魔法を持つ兵が彼の視線の先にある岩に触れる。それを遠隔操作で敵中に投げ込んだあと、彼は視界の隅に移ったものに舌打ちをした。ぞわぞわと迫り来るあれは‥
「おのれ、霧か」
「オーラセンサーを使え!」
 ベルマンが叫んだ。

「ヴィヌがどこかにいるはず」
 上空から地上の白い霧を見たセラフィマは目を凝らす。しかしあの範囲ではヴィヌだけではなく、相当数のクルードを従えているだろう。霧が発生すれば動けなくなるのはデビルも同じだ。しかし、クルードが手引きをしてしまうと分が悪い。仲間の位置を頭の中に叩き込む。しかし、その間も空からの大群は手を緩めて来ない。
「ええい、うっとうしいですわねっ!」
 セラフィマは噛み付いて来ようとするインプをコムニオンで薙ぎ払う。
「オーラ魔法で味方の援護を!」
 ルゥナーの背で兵に叫ぶ。ここから使えるとしたらオーラショット、オーラアルファー。使える者はどれほどいるだろう。守りの衣で結界を張っているにも関わらず、無数のインプの爪があっという間に外套の上から彼女の皮膚を掴んだ。
「離しなさい!」
 素早く振り切ったが、再び数で襲いかかってくる。
「セラフィマ殿! 我を背に!」
 兵のひとりが叫ぶのが聞こえた。
「ルゥナー!」
 デビルと共にルゥナーは下降し、声を発した兵を背に拾う。兵は彼女に纏わりつくインプを素手で引き剥がす。セラフィマも剣からブラックホーリーを放ち、やっと解放された。青い外套にぽつぽつと赤い血が滲み出ている。頬がひりひりする。知らないうちに大きくひっかかれたのだろう。兵が慌てて自らの懐を探る。
「薬を」
「大丈夫」
 セラフィマは自ら薬を飲み干し、次の一陣を目にする。
「このまま同乗させていただいてよろしいか。援護を」
 兵の言葉をセラフィマは有難く承諾した。
「お願いします。あの地上の霧を何とかしたい。ヴィヌがどこかにいるはずですわ」
「勇気有る者がおります。飛び込ませます」
 兵が言う。
「危険ですわ」
 しかし彼は首を振った。
「西の隊が長く霧の中に留まるほうがもっと危険です」
 その方法しかないだろうか。でも、霧が消えなければアガレスの姿も見つけられない。
「分かりました」
 セラフィマは答える。
「ブラート! マルセル! 行け!」
 命令を受けて走り出す2人。
「私達も上から攻撃を。蹴散らしますわよ」
 セラフィマは向かってくるアクババを見据えて言った。
「御意」
 背後で兵が答えた。

『ヴィヌがどこかにいるはず』
 空のセラフィマと同じことをラザフォードも考えていた。そしてセラフィマがルゥナーと共に黒い塊に覆われているのを目にする。「よく見える目」というのは、時に呪わしい。集中攻撃を受けている彼女を見ると助けたくなる。しかし、そんなことをすればこちらも危うい。霧が目前に迫ってきた。
「リトス! 植物操作を使え! バリケード!」
 ラザフォードは連れてきた木霊に叫ぶ。どこまでもつかは分からないが、せめて一部でも足止めしたい。木々が枝を伸ばし始めた途端、霧がぶわりと上にあがった。
「なにっ」
 重力波を打つ。飛び散る奴を見て思わず舌打ちをする。インプがクルードを空に抱えあげていやがる。
「苛々する戦闘だな」
「落ち着いて、ラザフォード」
 エレノアールの声がした。
「この塩梅がよろしいのですわ。戦力的に有利なはずなのに、敵は全く私達にダメージを与えてはおりません。ほら、あのバリケードで大物は近づけはしませんもの」
 彼女はふふっと笑う。
「短気な御仁はさぞカリカリしていることでしょうよ」
「バリケード越しに岩をひたすら投げ込んでやる」
 ラザフォードは尾根から兵の2人が動くのを見た。と、いうことは石を投げ込むと危ない。
「エレノアール、兵がふたり特攻で飛び込んだぞ」
「こちらはバリケードを飛び越えてきた奴を重点的に」
 エレノアールは答える。わらわらとクルードを抱えたインプが霧と共にやってくる。ラザフォードは重力波を放った。
「落ち着いてね」
 と、エレノアール。
「充分冷静だよ」
 ラザフォードは答える。が、しかし。
『影竜とルームは?』
 その懸念は彼の心に微かな不安をもたらした。

「影竜が来ない」
 セラフィマは呟いた。彼女は自分では気づいていない。白い頬は血に濡れているし、美しい青の外套にも赤い花が点々と散っている。あれから3時間半。影竜はおろか、バーリン領へ援護を依頼した精霊達が全く姿を見せない。そしてアガレスも姿を現さない。
「早馬は到着しなかったのでは」
 背後の兵の声に唇を噛み締めた。
『ラザフォード』
 視線を巡らせる。霧の一派は打ち払ったようだ。
 竜作戦のほうは‥どうなっただろう。
 影竜はなぜ来ない。
 なぜ、アガレスは姿を現さない。
 視界が赤く滲んでセラフィマは慌てて目をこする。途端に飛ぶ月矢が目に映る。それは今まさにルゥナーに襲いかかろうとしていたインプを貫いた。
『竜部隊』
 そう思いながら指にべったりとついた血に気づく。いったいどこをこんなに怪我していたというのか。
「セラフィマ殿、額が切れています、手当てを!」
 そう言って声をかける兵の顔も血に染まっている。
「突入したふたりは戻りましたか?」
 尋ねると、彼は首を振った。
「いいえ。でも霧は消えました」
 次の一群が来る。
『手が震えるわ。どうしてかしら』
 いかに冒険者であろうとも、半日近くも体力全開で戦い続ければ消耗する。彼女はそれを認めたくなかった。
「コムニオンの名において!」
 叫び剣を構える。黒い波に包まれながら、彼女は待ち受けていたその「者」の姿を地上に見た。

「奴ら、霧に紛れてデスハートンを!」
 ベルマンの声にラザフォードは唇を噛んだ。やっと霧を排除したところだ。
「犠牲者が?」
 エレノアールは敵方を気にしながら尋ねる。敵の攻撃が弱くなったところだ。リトスのバリケードは崩れてはいないが、時間の問題だろう。
「100名ほどがやられました。インプが使ったのと、あとはグレムリンが入り込んでいたようです」
「一度きりなら軽傷。対象者を後退させろ。魔力は大丈夫か」
 そう言いつつ自らも魔法が切れ、ラザフォードは地面に降りる。
「竜部隊の方がソルフを届けてくださいました。でも、影竜が‥来ませんが」
 ベルマンは答える。
「心配するな。奴も出てきていない」
 ラザフォードの声にベルマンは頷いて指示を出しに踵を返した。
「落ち着いている?」
 と、エレノアール。
「いたって冷静だ」
 答えるラザフォード。
「でも、お疲れのご様子。ここは若者に任せて」
「抜かせ」
 ふふ、と笑い、エレノアールは前線に向かっていった。ラザフォードは尾根に目を向ける。血まみれになったセラフィマの顔、そして月矢。竜部隊が来たか! セラフィマ、何とか持ちこたえてくれ、と心の中で願い、再度魔法を付与しようとしたとき、目の前で土煙と共に巨大な手が伸び、自分の顔をがっと掴むのを感じた。
「地魔法使いか。面白い」
 青白い顔が目の前にあった。手はラザフォードの鼻から下を鷲掴みにし、その長い爪が耳の下にえぐり込んだ。抗ったが、とても逃れられる力ではない。
「ラザフォード!」
 エレノアールの声。彼女が放ったアイスコフィンは届かなかった。カオスフィールドだ。
 ラザフォードは何とか手を引き剥がそうと相手の腕を掴む。アガレスは楽しそうに笑みを浮かべた。
「さて、いかように死にたいか。このまま顔を握り潰すもよし、共に地面に潜り、土の中で溺れ死ぬか?」
 ぎりりと爪が食い込み、貫くような痛みを感じた。
「おまえほどの地魔法使い、すぐに殺すのは惜しいがゲームオーバーだ」
 アガレスは老人のようなしわがれ声で笑った。
「死ぬ前に良いことを教えてやろう。今日は集めきれなかった魂を多く手にいれた。もう取り戻せはしない。魔法陣でしっかりと守られているからな。くくく‥」
 魔法陣だと? ラザフォードは相手を凝視する。こいつ‥。
 結界越しに魔法が炸裂する。
「性懲りもなく」
 敵が視線を逸らせたその一瞬にラザフォードは賭けた。爪で皮膚が裂かれるのも構わず満身の力で手から逃れ、相手が顔を戻す前に一気にアースダイブで地面に潜った。顔を出すや否や空を見る。影竜はいない。その直後、細い枝が胸を貫く。ほとばしる鮮血。
「ラザフォード! 合図を!」
 エレノアールの声。兵達と共にアガレスに向かっている。ぐらりとしかけた足を必死の思いで踏ん張る。
 頼む、届いてくれ‥!
 彼は空に向かって重力波を打った。伸びる黒い帯、そして遠くで竜の啼く声。
『影竜‥来たのか‥?』
 それを確かめることもできず、彼は血の筋を空中に残し後ろに倒れこむ。したたかに背を地面に打ち付ける前に誰かが自分を抱きとめるのを感じた。
「ラザフォード殿! 竜‥」
 ベルマンの声はあっという間に遠くになった。


「気分はどう?」
 エレノアールが言う。周囲は何事もなかったかのように静まり返っている。ラザフォードは遥か彼方で手を振る人影を見た。竜部隊の冒険者達だ。血に濡れたローブに体が凍える。ベルマンが自分の上着をラザフォードの肩にかけた。
「アガレスは」
「竜が来ました。影竜ではなく、重力竜、火竜、風竜が。アガレスは首を落とされました」
 ベルマンが答える。
「魔法陣‥」
 ラザフォードは呟く。
「この言葉に聞き覚えはないか?」
「ありますわ」
 答えたのはセラフィマだ。手の甲で頬を拭い、ついた赤い色にふうと息を吐く。
「次はそこなのですね」
「しかし、バーリンは守られた。少なくとも今は。それが我らの任務です」
 ベルマンが言う。
 アガレスは影竜を呼ぶための使徒を途中で殺害したのだろう。
「重力波のあとメロディを」
 しかし、奴が得た情報はそれだけだった。恐らく竜作戦については気づかなかったのだ。裏をかいたつもりだったのだろうが、それが奴にとっての運命の分かれ目だった。
 死者3名、デスハートンの対象となった兵、102名。
 犠牲は出てしまったが、この隊と冒険者だからこそ、この犠牲で済んだといってもいい。皆の死闘は他の誰が代わりのできるものではなかった。
 冒険者達の血にまみれた顔がそのことを物語っている。