ミストパニック
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:西尾厚哉
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月17日〜08月22日
リプレイ公開日:2008年08月21日
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●オープニング
それは突然やってきた。
夜半過ぎに激しい雨が降り、ぱたりとやんだかと思うと明け方近くになって濃い霧がたちこめた。
北国にしてもめずらしく真夏にひんやりとした空気が村全体を取り巻く。
「ちょっと畑を見てくる。やっと伸びかけた苗が心配だ」
マルクは井戸の水を汲み終えると妻に声をかけた。
「すごい霧ね。めずらしいわ」
夫の肩越しに外の様子を眺めて妻は言った。
「気をつけてね」
「分かってる。すぐ戻るよ」
マルクは笑って家を出た。それが最初の犠牲だった。
マルクは畑のすぐ近くで死んでいた。
その体は見るも無残に食いちぎられ、血の海の中に散らばっていた。
かろうじて形を留めていた左足の先でマルクだと分かった。彼は幼い頃左足に火傷を負っていて、その傷跡があったからだ。
おそらく獣に襲われたのでは、と村人たちは考えた。
その次に死んだのはオシブの息子、ルブランだった。
彼もまた何ものかによって体を食いちぎられており、彼の場合は指先しか残っていなかった。
彼がいつも持っていた腰につける獣避けの銅の小さな鐘が落ちていたので、それでルブランだと分かった。
‥‥獣避けの鐘が落ちていた‥?
村人たちは霧の発生と死人の関係に自然と気づくようになり、霧が立ち込めると皆怖がって家から出ないようになった。
やがて、夜になるとどこからともなく低い唸り声が聞こえるようになった。
子供たちは怯えて泣いた。
表に出るのは霧が晴れるお天気の良い日中の数時間に限られた。
そのうち昼間でも霧は突然発生するようになり、畑を満足に見ることができなくなって多くの作物が枯れた。
霧が出ると窓をぴっちりと閉め切って外に出ないようになった村人の耳に、かすかに何かの音が聞こえることがあった。
「なんだろう?」
男が顔を窓から出す。
「あんた、やめなよ。外は危ない」
妻が慌てて腕を引っ張る。
「でも、なんだかいい音色だ。吟遊詩人でもいるんじゃないか?」
「こんな辺ぴな村に吟遊詩人なんかが来るもんかい」
そのうち男は妻の手を振り払って外に出てしまった。
ふらふらと霧に向かって誘われるように歩く姿はまるで踊っているようにも見える。
「あんた!」
大声で呼ぶ妻の声と同時に男の体が急激に何かに引っ張られるように霧の中に消えた。
その後、妻の耳に聞こえたのは何かを噛み砕くような音と、くちゃりくちゃりという咀嚼の音だった。
妻の絶叫が響いた。
その村が壊滅するのに、さほど時間はかからなかった。
ひとつの村の壊滅は、緑林兵団によって領主と周辺の村に伝えられた。
その緑林兵団にも数名の犠牲者が出たらしい。
濃い霧は手を伸ばすと自分の指先すらも見えず、相手の気配を捉える前にひとりふたりと兵が白い霧の中に引きずられ消えた。
敵が見えない以上、手も足も出せなかった。
霧は生き物のようにじわじわと移動をしているようで、霧が来ると家も畑も置いて人々は逃げ出した。
領主は屋敷の庭に村人たちを避難させたが、あっという間に一杯になった。
親交のある他の領主に受け入れの申し入れをしたが、他の領主とて自分の領地の災難に追われて対応しきれない。取り残された村がいくつも発生した。
霧が出たら決して外に出ないように。
それしか方法はなかった。
レオニのいる村も取り残された村のひとつだった。
「これじゃあまるで生殺しだ」
寄り添うようにひとつの家に集まった村人たちは心配そうに話し合った。
「おれたちは家から一歩も出られずにそのうち餓死するぞ」
「餓死する前に食われちまうよ」
「しっ‥! 子供がいるんだぞ」
男たちは慌てて家の片隅に肩を寄せ合って震えて座る女たちと子供に目を向けた。
長引く緊張で疲れ切り、抱き合いながらうとうとと眠っている。
「貯めてある食料ももうすぐ底を突く。どうすればいいんだ‥」
「領主様は緑林兵団を寄越してはくださらないのだろうか」
「もっと大きな村がやられてるんだ。ここは小さな村だからおれたちは捨てられたんだよ」
その時、再び外で唸り声が聞こえた。
子供たちがぱっと飛び起きて母親にすがりつく。
ずしゃり、ずしゃり、と何かが家の外を歩く音がする。
「あんな大きな足音がして、どうして家をブチ破って来ないんだろう」
「一気に食っちまったら面白くねえからだろ」
「しっ‥!」
ひとりが再び子供たちのほうを見てたしなめる。
レオニはずっと黙って話を聞いていたが、ぎゅっと口を引き結ぶと決心したように顔をあげた。
「‥おれが冒険者ギルドに助けを求めに行く」
皆がぎょっとして彼を見た。
「ばかなことを言うな。おまえはまだ子供だぞ。」
父親がたしなめたが、レオ二はかぶりを振った。
「でも、ここにじっとしていたらみんな死んじまう。みんなでお金を出し合えば頼めるだろ? きっと誰かが助けてくれる」
「しかし‥」
父親としてはとても息子を危ない目に遭わせられない。レオニはまだ15歳だ。
「晴れている間は大丈夫だよ。その間に森を迂回してキエフに行ける。畑を耕すのに使っていたあの馬に乗っていくよ。あいつはしっかり走ってくれる。霧だってきっと振り払える。馬が生きているのは、おれたちにはまだ生きる道があるって神様が言ってくださってるんだ」
レオニは必死になって言った。
大人たちは黙り込んだ。意義を唱えるものも誰もいなかった。
どこかで誰かがこうするしかないという思いがあったのだろう。
父親は無言でレオニを抱きしめた。
●リプレイ本文
『冒険者が受ける依頼は高確率で戦闘を伴う。しかし、その中身は千差万別である。
今回の依頼で発生するだろう戦闘も特殊なものとなるだろう。
だが、それに対応出来る事に冒険者の価値がある。
それは騎士団等とは決定的に違う部分である――』
ハロルド・ブックマン(ec3272)が日記にそう書き記したのは昨晩のことだ。
彼は前を歩くルカ・インテリジェンス(eb5195)に目を向けた。鷹のメッセが鋭く啼いて彼女の腕に降り立ったからだ。
サラサ・フローライト(ea3026)が自分の指輪に目をやる。デビルがいるなら宝石の中の蝶が羽ばたく。しかし、今は動かない。
シーナ・オレアリス(eb7143)も連れていた駿馬を見たが変化はない。
鷹は空から遠くに何かを見たのかもしれない。
「急ぎましょう」
彼女の言葉にルカは頷き、メッセを再び空に放った。
右手に広がる大きな森、一行が移動しているのは田園の一本道。
一見のどかに見える風景だが、畑の作物は枯れかかっている。
馬若飛(ec3237)が歩きながら周囲を見回す。
「畑ん中での戦闘になりそうだな」
セシリア・ティレット(eb4721)が同意する。
「そうですね‥うまく誘き出せれば良いですけれど」
ゼノヴィア・オレアリス(eb4800)は誰に言うともなしに呟く。
「みんなを早く安心させなきゃ」
ハロルドはその声を聞きながら思案するように彼方を見つめた。
レインコントロールを使わねばなるまい。
因果関係は分からないが、降雨は戦闘時に不利を被りかねない。
彼は心の中でそう考えていた。
村に着いた一行は打ち破られた家の無残な姿を見た。
なぜ? 家は壊さないのでは?
唯一損傷のない家を見つけ、駆け寄って扉を開けると村人たちが身を寄せ合い震えていた。
「あの壊れた家はモンスターが?」
ルカが尋ねる。近くにいた女性が小刻みに震えながら頷く。
奥でひとりの男が声をあげた。
「レオニは‥?」
察するに彼はレオニの父親か。
「心配しないで」
ゼノヴィアが答える。
「戻るのは危ないから、私の驢馬と一緒にいてもらうことにしたの。食べ物も渡して」
安堵する男。
その時、
――ピュウィィーーッ!
メッセが空で鋭い声をあげて啼いた。馬たちも騒ぐ。村人たちから小さな悲鳴があがった。
ハロルドはレインコントロールを発動するために家の外に。
それを見送ったサラサは村人たちに顔を戻す。
「私たちが外で敵を迎え撃つ。だから絶対外には出ないで欲しい」
震えながら頷く村人たち。
「メシはこれで何とか凌いでくれ」
若飛が保存食をどさりと床に置いた。
「私の保存食も出すわ。私は残ってここを守るから」
ゼノヴィアが口を添える。頷く若飛。
外に出ると、斜面を挟んで広がる田園地帯の向こうの森からうっすらと白い霧が沸き起こるのが見えた。
「一方的な視覚不利ってのは反則的だぜ。やるっきゃねーけど」
若飛は持っていた槍で地面をトン! と打ち鳴らす。
「あのあたりに誘き寄せましょう」
ルカが比較的見通しの良い畑の一角を指差す。
6人は斜面を走り出した。
薄い雲で陽が翳った。
セシリアはスクロールを取り出し、霧に目を向ける。魔法で作った霧なら透視はできない。
ぎゅっと口を引き結んだあと彼女はエックスレイビジョンを発動した。
「いました!」
彼女の声に全員が振り向く。
「オーガ3体! でも、少し違うような‥。それとオーガの肩にデビル? 尾が長い‥。このまま霧に突入すれば正面位置です。」
「デビルはクルードだと思います」
シーナが緊迫した口調で言う。モンスター知識が達人級の彼女にはすぐに察しがついたようだ。
「霧の息を吹きます。オーガはオーグラかと。人肉を好みます」
「カラクリが見えて来たな」
と、若飛。シーナはかぶりを振った。
「でも、霧の中でオーグラを一気に3体は‥」
「ならばターゲットはクルードだ」
サラサが答える。セシリアがそれに続いた。
「視界を確保すればオーグラを追い払うことまで可能かもしれません」
「霧が近くなってきたわ」
ルカが言った。
ハロルドはスクロールを広げてリヴィールエネミーを発動させた。
その後スクロールはセシリア、若飛に渡る。
どこまで光が見えるか分からないが、前衛の彼らは早く相手の位置を得る必要がある。
ハロルドは更にフレイムエリベイションのスクロールを自身とルカ、サラサに付与した。
「さあ、行くぜ! 見えない以上、相手の攻撃が届かない位置から一方的に攻撃するのが一番だ! 俺の槍で敵は攻撃レンジ外だ!」
若飛は既に攻撃態勢だ。
「テレパシーで繋ぐわ。若飛、セシリア、ハロルド、サラサと私、サラサはセシリアとシーナ、ハロルドと。サラサ、いい?」
ルカに頷くサラサ。
「グットラック」
セシリアの声が聞こえたあと、霧が全員を飲み込んだ。
――見えない‥!
これほどまでに何も見えないとは!
セシリアと若飛が前衛につき、その背後にルカ。
右翼にはハロルド、左翼にはシーナ、後衛にはサラサがついた。
ハロルドからルカに声が届く。
『シーナと連動してアイスブリザードを発動します。音が聞こえたら速やかにサウンドワードを』
『了解』
答えるルカ。
両翼から吹雪の扇が霧の中に広がる。その先で低い吠え声が聞こえた。
ルカがサウンドワードを発動する。
『オーグラ、正面25m!』
若飛とサラサに伝える。直後、咆哮が響く。若飛の投げた槍がオーグラを直撃したようだ。続いてサラサの放つムーンアロー。
――キキィィッ!!
サラサのムーンアローはクルードを射た。
『アブねえ‥。霧ん中だから戻ってきた槍を受け取るのがむずいぜ! 若飛! オーグラに一撃! の、はずだけどよ、いいとこ軽傷だぜ。両翼の御仁もがんがん撃ってくれや!』
ルカに若飛の声が届く。
シーナとハロルドから再びアイスブリザードが発動された。
しかし今度は何の音も聞こえない。
移動している? ルカは周囲を見回す。霧の中では相手が移動しても分からない。
『透視した! 右翼前方寄り、斜め20度! 15m!』
セシリアの言葉がサラサに届く。サラサはムーンアローを発動した。
矢が戻って来ない限りは命中したと見ていい。
「‥っとおっ!」
大きな若飛の声が直にルカの耳に届く。
『危うく槍を取られるところだったぜ! 左だ!』
ルカはそれをシーナとサラサに伝える。シーナからアイスブリザードが発動されたあと、サラサのムーンアローが微かな光を放つ。
――ギェィィッ!!
『シーナ! 敵が近い!』
サラサの言葉にシーナは慌ててアイスブリザードを発動する。オーグラの咆哮が響く。その近さにシーナはぞっとした。引き続きハロルドもブリザードを発動する。
冷気を感じながらルカはサラサからの言葉を聞いた。
『サラサだ。サウンドワードでクルード退治を確認』
その後ハロルドと若飛からも声が届く。
『ハロルド。クルードを退治した』
『若飛! オーグラに手ごたえあり!』
直後、鈍い音が響いた。セシリアのいる方向だ。
「セシリア!」
ルカは思わず声に出して叫ぶ。
『心配ないわ。カスリ傷よ。リヴィールエネミーで助かった‥』
その声を感じた途端、霧が晴れた。
「逃すか‥!」
サラサのムーンアローが頭上を飛ぶ。
それがオーグラの胸を貫き、若飛の槍がその後を追う。やっと巨大な体はどさりと地面に倒れた。
「セシリア!」
ルカはハロルドに助け起こされるセシリアに駆け寄り、持っていたリカバーポーションを彼女に渡した。
「妙だ」
サラサが厳しい表情で言う。
「デビルの死体がないのはともかく、オーグラの死体も1体とは」
「村に戻りましょう」
シーナが言った。
夜が来る。
村に変化はなかったが、一行はそのまま村で夜を明かすことにした。
「気になる‥」
サラサが口を開く。
「村人を誘い出した音、というのは何だったんだろう?」
確かに、とシーナも小首をかしげる。
「ここでも、そんな音はなかったわ」
ゼノヴィアが言った。
「別のモンスターがいるんじゃねーか?」
と、若飛。
だとすれば更なる戦いが待っているのだろうか。
ハロルドは無言のまま厳しい表情で闇を見つめている。
家の中から小さな寝息が聞こえ始めた頃、冒険者たちもまどろんだ。
その心地よいひとときは唸り声によって破られた。
全員がはっとして身を起こす。
月の光の下にゆらりと立つ2つの巨大な影。オーグラだ。
しかし片方のオーグラはよろめき、クルードも一匹しかいない。
クルードはオーグラの肩にしがみついているのが精一杯のようだ。吹く霧もすぐにかき消えた。
「息も絶え絶えじゃねーか。性懲りもねえ‥!」
若飛が槍を構えた時、傷ついたオーグラの体から黒い霞が立ち昇った。
どう! と倒れるオーグラ。
なんだ? と異変を見極める前に、もう片方のオーグラも倒れる。
クルードは逃げ遅れてオーグラの下敷きになり消えた。
「もう、よいわ。つまらぬ」
声が聞こえた。
村外れの大木の枝に誰かが座っている。
何者? ルカが目を凝らす。美しい姿の男性にも見える。
「この音楽も飽いた」
彼はそう言い、銀色の淡い光を放って‥‥消えた。
夜が明けて村人たちが恐る恐る家から出て来た。ゆっくりと顔がほころぶ。
「あれはいったい何だったのかしら‥」
ルカがつぶやく。
「音楽、と言ってましたよね‥。写本を紐解いてみましたけれど、アムドゥスキアスではと思います。地獄の音楽家と異名をとるデビルです」
シーナが答える。
「音楽家ぁ?」
若飛が声をあげる。
「消えた命が‥音楽なのか?」
怒りを押し殺したようなサラサの声にハロルドも口を引き結ぶ。
陽光が村に広がる。
ともあれ、今はひとつの村に笑みが戻った。
それだけは確かだ。
奴が次に何か仕掛けても、この件の報告書が解決の糸口になるかもしれない。
「ありがとう!」
子供の声を背に冒険者たちは村をあとにした。