●リプレイ本文
真っ白な雪に陽の光が反射して目が痛いほどだ。
城はブルメル伯爵が村人達にも開放したらしく、貴族と村人、兵達入り乱れて熱気に包まれていた。
式を執り行う広間にはブルメル伯爵夫妻、バーリン子爵夫妻、ガブリル、ロジオン、ベルマン、アルトス、サク、そして冒険者が入ることになる。
天井のほうで精霊達がひっそりと見守り、司祭役はヴィタリー・チャイカ(ec5023)だ。
実はヴィタリーは式の前にロジオンからあることを頼まれていた。それを耳打ちされた時、ヴィタリーは一瞬何のことか分からなかったが、しばらくしてその意味に気づくこととなる。
「私が言うより、貴方からの言葉のほうが重みがあるでしょう」
ロジオンはそう言って一礼したのだった。
「リーナ、レオンス、これからは一人ではない。伴侶を愛し、自分を愛し、2人で手を取り合い光輝く道を歩いて行きなさい。大いなる父と、ここに並ぶ精霊と友が、見守っていることを忘れないようにな」
さすがクレリック。ヴィタリーの声は広間に凛と響き渡る。
笑みを浮かべるヴィタリーに、レオンスもリーナは揃って「はい」と答える。
リーナは美しかった。双海一刃(ea3947)がブルメル伯爵夫人に渡した宝石や化粧品、白絹の千早が彼女の白い肌に映えてきらめくようだ。
「レオンス」
ヴィタリーの声にレオンスは目をあげる。
「‥リヴァルへの贖罪はとうに終わっている。彼のためにも新しい人生を幸せに築きなさい」
ヴィタリーがロジオンに頼まれた言葉はこれだった。リヴァルはロジオンの息子の名。戦闘中に助けられなかったことをレオンスがずっと悔いていると聞いた部下の名前だ。
唇をかみ締め目を伏せる彼にリーナが小声で「レオンス様」と囁く。
「レオンス、思っているだけでは心は伝わらない。リーナに、全ての人に自分の感じる愛情と気持ちを出して良いのだよ」
「‥‥はい」
答えたレオンスの声は微かに震えていた。
シャルロット・スパイラル(ea7465)は横に座っていたロジオンが鼻をすすりあげるのを聞いたのだった。
式を終えて出てきた新郎新婦を人々が歓声で迎える。
「エプシロン、イブリース、行って来い」
エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)の声に精霊が飛び立つ。
「お幸せにー!」
「にー!」
2人が持ってきたドモヴォーイの箒とキキモラの布巾をリーナは嬉しそうに受け取る。
「ありがとう! エルンスト様ね!」
精霊達はそのまま2人の近くを飛び回った。それを見て双海の連れたリエスと蓮も飛び立つ。
浮かない顔をしているのはガブリルだ。笑顔も見せずただじっと妹を見つめている。エルンストはそんな彼の肩をぽんと叩く。
「とりあえず、みんなで少しずつ祝杯だ」
持ってきた「名酒・秋時雨」の栓を抜く。
「飲みすぎてはだめよ。本番はこれから」
ブルメル伯爵夫人が言う。そう、大騒ぎパーティはこれからなのだ。
「私達はカマクラを作るかね。サク、一緒にやるか?」
「カマクラって?」
サクは不思議そうな顔をする。
「雪の壁で作る丸い家のことだよ」
双海が教えてやると、サクは顔を輝かせた。
「分かった! じゃあ、茜も呼んでくる!」
「俺達は‥雪合戦の準備でもするか。手伝ってもらっていいか?」
双海の視線を受け、エルンストは頷いた。
アイザック・ベルマン、ロジオン、ブルメル伯爵。これがベルマンチーム。
ヴィタリー、ロラン、ミカヤ、そしてなんとバーリン子爵が、打倒ベルマンチーム。
介抱組にはシャルロットとエルンスト、双海、ベルマンの妻アーニャ、ブルメル伯爵夫人がついた。
「精霊がチームにいるのはずるいぞ」
ブルメル伯爵がロランとミカヤを指差して言う。
「おだまり。揃いも揃って酒に強い者ばかりが何をお言い」
ブルメル伯爵夫人が一喝する。
ヴィタリーの提案でバーリン子爵は牛乳とパセリを腹に詰め込む。ロランとミカヤも一緒になって口に入れたが「うえぇ‥」と言って吐き出してしまった。ヴィタリーは苦笑する。
「おまえ達はいいよ。どうせ酔わないんだから。とりあえずベルマンをふらふらにするぞ」
「承知したのである」
それを聞きながら、なぜかバーリン子爵は準備運動を始めた。
「では、始めます。時間が急いていますので1回30分とし、あちらの旗をとってきていただきます。走らなくても良いが、戻って来れなければ失格です。それと、30分の間に必ず一人につき、この小さい樽ひとつをあけること。チームのメンバー全員がダウンしたら負けです」
審判役のアルトスが人の頭ほどの大きさの樽を指差して説明する。
「途中でこれを。エルンスト殿からの差し入れです」
アルトスは「名酒.・うわばみ殺し」をどんと出す。
テーブルにはさすがに酒だけというのも大変なのでちょっとしたつまみ物も用意された。
「では、開始!」
気がつくと周囲は人だかりができていた。ベルマンの泥酔状態を誰も見たことがないので、皆、興味津々。
最初はもちろん楽勝である。全員が水でも飲み干したような顔でさっさと旗を取り、さっさと戻ってくる。
次も同様。
「始まったようだな」
カマクラの中で餅を火にくべながらシャルロットが言った。
「ぼくも食べていい?」
サクが餅を見てわくわくして尋ねる。
「構わんよ。ああ、それとな、サク。お前にマルスの面倒も見てもらおうと思っているのだが」
「マルスの? いいよ。でも、シャルロットさん、どうするの?」
「私はぁ‥旅に出るからな。いろいろ身辺整理だ。バックの中身も全部配ろうと持ってきた。お前にはこれもやろうな」
シャルロットはサクにお年玉を渡す。
「リオートと一緒に?」
その質問に答えようとした時、リオートが顔を覗かせた。
「シャル、私、影竜ノトコロニ行ク。夜ニ、ボム、放テバイイネ」
去っていくリオートを見送り、サクはシャルロットに目を向ける。
「リオートも‥置いていくの?」
シャルロットは何も言わず、焼けた餅をサクに渡してやった。
酒豪対決の異変が現れたのは3巡目だった。絶対酔わないはずのロランとミカヤがダウンしたのだ。どうやら水分の摂取過多で気持ちが悪くなったらしい。
「おえ」
「あっ、こら、吐くなっ」
大の字になって転がってしまった2人を双海とエルンストが引きずってカマクラまで運ぶ。ベルマンチームは誰も顔色さえ変わっていない。
「恐ろしい奴らだ」
バーリン子爵がヴィタリーに囁く。ヴィタリーは既に返事をする気力がない。
ところが4巡目、突然ブルメル伯爵がダウンし、伯爵夫人が金切り声をあげる。
「あなたっ! ここで落ちると男じゃありませんわよっ」
しかし立てない。太りきった体を助け起こすこともできず、伯爵はやはり双海とエルンストに引きずられていく。入れ替わりにミカヤ復活。
「ご主人様の分、私が飲みますっ」
ヴィタリーを助けて樽を飲み干した。かなり怪しい状態だったヴィタリーはこれで息を吹き返す。しかしバーリン子爵がドロップアウトした。
「お父様っ!」
新婦のリーナが駆けつける。
「おお、リーナ、なんと美しい姿に‥ううう」
子爵は泣き上戸だった。
「ヴィタリー殿、勝敗は目前ですな」
不敵な笑みを浮かべるベルマン。その横でどおぉぉぉん! とロジオンがひっくり返った。
「さ、行こうか、ベルマン」
呆然としているベルマンをちらりと見てヴィタリーは立ち上がる。
こうなってくると見ている群集もどっちが勝つかと大騒ぎである。兵達は自分達の指揮官を応援するが、女性陣は物腰柔らかいクレリックのヴィタリーに黄色い声をあげる。
「ヴィタリー、えらくもててるな」
シャルロットがカマクラから顔を出して呟く。
「本人はもう、それどころじゃないだろな」
と、双海。
5巡目、アルトスはいよいよ「名酒・うわばみ殺し」を出した。
「ああ、それとな‥」
エルンストがアルトスに囁く。アルトスはにやりと笑った。
「いいでしょう」
そして彼は宣言する。
「今回は飲んだ後、立てた棒に額を当て、しばらく回ってから旗をとってきてもらいます」
これにはベルマンも「うっ」と呻いた。
ふたりで「うわばみ殺し」を半量ずつ飲む。ヴィタリーだけはさらに半量をミカヤが肩代わりすることを許された。但しミカヤは旗取りには出られない。いよいよベルマンとヴィタリー、一対一の勝負だ。
同じ長さの棒に額を押し付け、ぐるぐると5回まわる。その後歩き始めた2人はどおん! とぶつかり、揃って雪の中に倒れこむ。
「ヴィタリー! 立‥!」
声をあげかけた双海は女性陣に弾き飛ばされる。
「ヴィタリー様ぁ!」
「ううっ‥」
ヴィタリーが立ちあがった。
「アイザック!」
ふいに声をあげた女性がいた。ベルマンの妻、アーニャだ。
「こんなことで倒れたら、お腹の子が泣くわよっ!」
ええ?!
全員が目を見開く。
「まあ、アーニャ、貴方‥」
伯爵夫人がアーニャに腕を広げる。
「なんとすばらしい‥」
「奥様、恐縮です‥」
いや、それどころではない。
「んばっ!」
雪に突っ伏していたベルマンが顔をあげた。そして立ち上がる。
「うう、目がよく見えない‥」
ふらふらとよろめいてヴィタリーが呟く。
「ご主人様、こちらです。旗、こちら」
ミカヤの声だ。ぐるぐると回る景色の中に、赤い旗を手に立つミカヤの姿が見える。
「アイザック!」
アーニャの声。
2人同時に旗を手にし、再び戻ってくる。その姿はまるでズゥンビのようだ。うるさいほど歓声があがる。
「ヴィタリーっ! こっちだ!」
「ヴィタリー様ぁ!」
「ベルマン指揮官!」
「アイザック!」
そして。
「う‥わあああっ‥‥」
叫び声をあげてヴィタリーが旗を持ったまま、ばふん! と雪の中へ。同時にベルマンも「アーニャァァァ!」と叫び雪煙をあげて倒れこむ。
群衆がしーんと静まりかえる。もはや、2人ともぴくりとも動かなかった。
「ええと‥‥」
皆の視線を浴び、審判役のアルトスが固まった。
「ええと‥‥ひ、引き分け、というのはどうでしょうかね‥」
ちらりと伯爵夫人の顔をうかがう。
「そうね。引き分け。そうしましょう。はい、引き分け!」
けっこういい加減だが、ぽんぽんと手を叩いて言う伯爵夫人の声に再び歓声があがった。兵とアーニャが夫に駆け寄り、ヴィタリーは女性陣にかつぎあげられる。
「ヴィタリー、もてている」
と、シャルロット。
「本人は全然覚えていないと思うけれど」
双海が答えた。
雪を積み上げただけのものであったが、雪合戦用バリケードは万全だった。
サクは嬉しそうに精霊達と共に雪球を作り始めている。
「血が出たらなあ〜、ここに来い〜」
シャルロットがカマクラの中で餅を焼きながら言う。そこへヴィタリーとベルマン乱入。
「来い、来い、一緒に酒飲もうぜ」
ヴィタリーは案の定ハーレム状態だったことを忘れている。そこへ更にロジオンとブルメル伯爵がやってきたから大変だ。
「ああ、もう! 酔っ払いが4人も入ったら怪我人を運べぬではないか!」
シャルロットは怒ったが、みんな知らん顔で焼いた餅を奪い取った。
さて、雪合戦。
アルトス班は彼の部下とサク、茜、マルス、双海、リエスと蓮、そしてガブリルが。
レオンス班には彼の部下とどこかで見た顔の神聖騎士。
「シモン・ナフカです。お忘れですか」
怪訝そうな双海にナフカはむくれて言った。それで双海も思い出す。「竜作戦」で行動を共にした青年だ。
「さあ、さっさと勝利を獲得しましょうか」
ナフカはくくくと笑う。
「そんなへらず口が叩けるのは今だけだ! 泣き面かくなよ!」
ガブリルの鼻息が荒い。
「打倒、レオンス隊! いいですねっ、アルトス殿っ! 双海殿っ!」
「え、あ、うん」
勢いに押されて口ごもる2人。
エルンストがアルトス班の者にレジストコールドを付与してやった。
「準備段階ならば魔法も構わんだろう」
何となく、絶対レオンスに勝たせてはいけない、という空気がじわじわと満ちてくる。
「よほど恨みをかわれてますか。レオンス・ボウネル」
ナフカが言う。レオンスは手袋をきゅっと嵌め「知らん」と答えた。
審判はエルンストだ。
「30分戦い、10分休憩を5回。各組の旗を取るか倒すかすれば勝ち。では、開始!」
言葉が終わる前に雪球の嵐となる。大半が兵士なのだからまさに戦闘モード。前衛が投げる、後衛に移り雪球を作る、また前衛で投げる。一致団結体勢。特にガブリルの形相がすさまじい。
「うりゃああああ!」
投げる雪球が完璧にレオンスひとりを狙っている。それがレオンスの顔にうまく命中したから大変だ。
「やった!」
ガブリルは喜ぶが、レオンスの額に青筋が立つ。彼はしつこいほど雪を固めると、剛速球で投げ返した。
「がっ‥!」
それはガブリルの鼻を直撃する。
「このやろう!」
「ガブリル、雪を投げろ! 雪をっ!」
いきり立つガブリルを双海が慌てて押しとどめた。
後ろに立つ旗はそれぞれ支柱をしっかり押さえて守る専任役がついているため、雪球が命中しても倒れない。
「指揮官!」
兵のひとりがアルトスの背後で叫ぶ。
「特攻に出ます! 敵のバリケードを崩して参ります!」
「私も行くぞ!」
と、ガブリル。
「よし! 行け! ‥あ、じゃない、お願いします」
アルトス、ご子息様に命令してしまって慌てる。
飛び出した2人はそのまま敵のバリケードに突進。雪球が当たってもなんのその、手でバリケードを崩しだす。
「ありか! こんなのっ!」
ナフカがエルンストに叫ぶ。
「認めます」
エルンストは冷静だ。
認められるなら防衛だ。2人はあっけなく捕えられてしまう。
「わはははは! ご子息は我らの手中だ! 返して欲しくば速やかに降伏するがいい!」
ナフカは叫ぶ。
「む、無念‥」
ガブリルが呻く。しかし捕えられたといっても縛られているわけではない。チャンスだということにまだ気づかないガブリル。
「何が降伏だ。続けて行けー!」
叫ぶアルトス、レオンス側からもバリケード崩しが出る。ほぼ、乱闘状態。
「おー‥」
いつの間に来たのか、ロランがエルンストの後ろから様子を見て声をあげる。
「ちょうどいい。ロラン、お前は私が指した者を上からつまみ出せ」
エルンストが言う。
「つまみ出す?」
ロランは怪訝な顔をしたが、その理由はすぐに分かった。こうなってくると雪球攻撃ではなく、手を出す者が必ずいるからだ。
「きゃー、きゃー」
精霊達と共にマルスと抱き合いながら騒ぐサクの声。エルンストの指示でロランに首元を銜えられて放り出される兵。
「ガブリル!」
双海が叫ぶ。
なに? というようにガブリルが敵陣でこちらを向く。
『旗、取れよ、旗! お前、後ろに行けば取れるだろうっ』
こればかりは声を出すわけにはいかないので双海は手振りで伝えるが、ガブリルはきょとんとしているばかり。
「ちっ‥!」
双海は忍者の本領を発揮して入り乱れる兵の間を縫い、ずい、と敵陣に近づく。目の前にレオンスの姿が見えた時、声を張り上げた。
「旗を取れーっ! ガブリル!」
はっとして後ろを振り向くレオンスの後頭部に双海は特大の雪球の狙いを定める。
「悪く思うな! レオンス!」
どかっ!
ガブリルの声が響く。
「取ったどーーーーっ!」
彼の気持ちもきっと吹っ切れただろう。
しかし、その足元でこっそり参戦し、ガブリルの一撃をくらって目を回して倒れていた記録係がいたことは誰も知らない。
しばし腹ごしらえをした後、舞踏会が始まった。
村人、貴族、兵士入り乱れての舞踏会など初めてのことかもしれない。サクの手を引いてルゥダが踊っているのを見たシャルロットは、餅の食感を愉しんでいたヴィーザに声をかける。
「美しい姫よ、私と共に」
一礼するシャルロットをヴィーザは餅をくわえたまましばしきょとんとして見つめ、それから
「うん、いいよ。でも、下手だよ」
と答えた。
「適当で良い」
シャルロットは彼女の手を引いた。ヴィーザは餅を口に放り込んでシャルロットに続く。
「餅がずいぶん気に入ったようだな」
ヴィーザの片方の手を自分の肩に、もう片方の手を繋いでやりながらシャルロットは問う。
「餅は柔らかくて不思議」
「唇のような感触か?」
それを聞いてヴィーザはくくっと笑う。
「キスのこと? 唇のほうが柔らかい。ロランのキスは嫌いだけれど」
「どうしてロランのキスが嫌いなんだ」
「やめてよって言うのにキスするからよ」
「ロランのキスを欲しがる女性もいるといいがなぁ」
「あいつは女心が分かってない。ねえ、シャルロットはどうなの」
「私か? さあ、どうかな。目の前にこれだけ美しい女性がいるとすぐにでも唇を奪いたいと考えてしまうがな」
からかい半分に言ったつもりだったが、ヴィーザは踊りながらすっと顔を近くまで寄せてきた。風精だからなのか、彼女の動きはいつも空気のように軽い。
「ルゥダのほうが美人だよ?」
ヴィーザは小さな声で言う。
「ルゥダも、美人だな」
「ありがと、シャルロット」
優しく温かな感触が口元に届く。
「これはあたしからの精一杯のお礼。そしてこれは」
再び彼女はキスをする。
「ルゥダから。そしてこれは」
何だろう、と思いつつ、シャルロットは清々しい香気に包まれながら優しい感触を堪能する。
「リオートから」
ヴィーザは顔を離し、シャルロットの瞳を見つめた。
「シャルロット、リオートは分かってる。あんたとは一緒に行けないこと。我侭を言っちゃいけないこと。だからストウであたし達と一緒に、またあんたと会える日を信じて待ってる。でも、あの子はあんたのことが大好きだったの。他の誰よりも」
ヴィーザの目が微かに潤んでいた。
「あの子とゆっくり話をしてやって」
ヴィーザの両腕がシャルロットの肩に伸びた。分かったよ、というようにシャルロットは彼女を抱きしめる。
「あんたに会えて良かった。ええとね、それでさ、双海とも踊ろうと思うんだけど。キスはシャルロットと練習したし」
「お前な‥!」
「エルンストとヴィタリーはルゥダの担当で」
ヴィーザはくすくす笑って身を離した。もちろんシャルロットが本気に怒っているなどとは彼女も思っていない。
「シャルロット、めっちゃ好き」
ヴィーザは悪戯っぽく空中にキスを投げると双海を探しに行く。それを見送り、シャルロットも踵を返す。リオートの元へ。
ああ、そうだ、と気づいてリオートは空にボムを放つ。
『リオート、疲レテイルナラ、休ンデ良イゾ。我ラガ仕事スル』
影竜がイリュージョンを放ち、彼女に伝える。それに甘えるようにリオートは雪の上にぺたんと腰を下ろした。
賑やかな城を見つめ、そのあと反対側に目を向ける。
懐かしい村ストウ。森と丘の向こうに村がある。これからまたあそこで暮らす。
ルゥダもいるし、ヴィーザもいる。寂しくなんかない。
そう考えながら膝の間に顔を埋めた。
「何をしておる」
声がして慌てて振り向いた。シャルロットだ。
「シャル、ドウシタノ」
「どうしたはこっちの台詞だ。具合でも悪いか」
「違ウ。ストウ見テタ」
「ここからでは見えんだろう」
シャルロットは苦笑してリオートの横に立つ。それでも彼女の顔は遥か上だ。
「シャル、マルスハ、サクニ、ナツイタカ」
「ああ、大丈夫だろう」
しばらく沈黙が続く。
「リオート」
シャルロットは思い切って口を開いた。
「私は‥」
「ネエ、シャル」
意外にもリオートは彼の言葉を遮った。
「世界ハ、ズット続ク?」
シャルロットは頷いた。
「ああ、もちろんだ」
「ジャア、マタ会エルカモシレナイ。何十年先デモ、何百年先デモ」
「リオート‥」
「世界ガ続クナラ、シャルトノ思イ出モ消エナイ。私ハソレデイイ」
ぼたん! と目の前に水の玉が落ちてシャルロットはびっくりする。顔をあげて納得した。リオートの涙だ。
「シャルモ、私ノコト、覚エテイテクレル?」
「忘れるはずがない」
リオートは慌てて手で目を拭う。涙を下に落としたら、シャルロットがずぶぬれになってしまう。
「お前をもう少し成長させてやりたかった‥。すまなかったな」
シャルロットのその言葉が限界だった。しゃくりあげてリオートは泣き出した。
「シャル、‥1ツダケ私ノ、オ願イ」
願い? シャルロットは微かに首をかしげる。
「何だ?」
リオートは必死になって涙を拭う。
「一度デイイカラ、シャルト、ハグ、シタカッタ。ソットスルカラ、潰サナイカラ‥」
「ほれ」
シャルロットはリオートの前に立って両腕を広げた。
そっと顔を寄せ、砂糖菓子でも持つように彼女は両手でシャルロットの背を包む。
シャルロットは彼女の頬に自分の頬をつけた。
「シャル、ゴメンネ、ズブ濡レ‥凍エチャウ‥」
涙をぼたぼた落としてリオートは言った。
「なぁに、構わんさ。私は炎熱の魔術師だぞ。濡れた服を乾かす方法などいくらでも考えつく」
答えるシャルロットの声もまた潤んでいた。
「双海は余興に行っちゃった」
エルンストの隣に座っていたルゥダの傍にヴィーザがやってくる。
「ヴィタリーはロランとテーブルマナーの仕上げだそうだ」
と、ルゥダ。それを聞きながら、ヴィーザはルゥダと反対側にストンと腰を下ろす。
「両手に花だね、エルンスト」
ルゥダが笑った。
「お前はいつも表情が変わらない。動揺するということがないのか」
「さあ、どうかな」
顔を覗き込まれながらもエルンストの返事は素っ気無い。
「それでも知ってるよ。お前はとても愛情深い。お前の連れた精霊や動物は幸せそうだ。影竜のトヴィはしょっちゅうお前の名前を呼ぶ」
ルゥダはつい、とエルンストの前に立つ。
「女性からの誘いを断るものではない。私と一緒に踊っておくれ」
「行っておいでよ、エルンスト」
ヴィーザが促し、エルンストはやっと立ち上がった。
2人を見送り、ヴィーザはロランの様子を見に再び立ち上がった。
「肉は‥これである」
ロランは迷った末にひとつのナイフを取り上げる。
「そう。当たり」
ヴィタリーの声を聞いてほっとしたような表情になった。ロランの隣でミカヤも見よう見真似でナイフとフォークを握っている。2人が並んで座っている様は妙に可愛らしくてヴィタリーは笑いをこらえる。
「魚は‥これ‥だと思うのである」
「違う、これ」
ロランの取り上げたナイフの間違いをミカヤが指摘した。
「これである!」
「こっちだ!」
「こらこら、ナイフを振り回すもんじゃないだろ! ミカヤが正解だよ」
しょんぼりロラン。
「まだまだ俺が教えてやらないとダメだな」
「ヴィタリーはずっとここにいるか?」
ロランの急な問いにヴィタリーは目をしばたたせた。
「どこにも行かないか?」
「俺は冒険者なんだ。いつもあちこち移動している。でも、また皆の顔を見に戻って来るよ」
嬉しそうに笑うロランの顔がまた可愛い。しかしその顔もある一点に気づいて豹変する。
ルゥダとエルンストが踊っているのを見つけたらしい。がたんと立ち上がるロランをヴィタリーは押しとどめた。
「舞踏会なんだから、いいだろ別に」
「良くないのである。私と踊るべきである」
ヴィタリーは苦笑する。
「それはちゃんと申し込んで了承してもらってからだ。‥というか、そんなにルゥダのことが好きなのか?」
「好きである」
きっぱり。
「じゃあ、ヴィーザは?」
「もちろん、好きである」
「どっちが好きなんだ?」
「どっちも好きである」
「うーん‥」
ふいに頭上で笑い声がした。ヴィーザだ。
「ヴィタリー、無駄よ。ロランの好きは世界中の女性全部が好きと同じ」
彼女は軽やかにヴィタリーの横に降りてくる。
「だからロランには誰もキスしない」
「女性はみんな美しい。美しいものを好きになって何がいけない」
ロランの言葉に横にいたミカヤもうんうんと頷く。おいおい、と突っ込みたくなるヴィタリー。
「そうね、この世界が終わりを告げるという時に、ルゥダは自分からあんたにキスするよ」
ヴィーザの言葉にきょとんとするロラン。ヴィーザは笑い声を残して飛んでいった。
「世界が終わる時が来るのか」
ロランの問いにヴィタリーは小さく笑みを浮かべた。
「お前には悪いけど‥来ないだろうな。そう願う」
ロランはしばらくじーっと考える。かなり考える。そして再び立ち上がる。
「じゃあ、永遠にできないのであるー!」
それはそれは切ない叫びだった。
双海の余興は予想以上に人だかりができていた。
リエスと蓮が両端を持って広げた布が取り払われると、そっくりな2人が並んでいる。片方はもちろん本物だが、片方は人遁の術を使った双海だ。観衆が「私に化けて」「自分に化けて」と次々に挙手する。顔見知りの者に当てさせるのが楽しいようだ。
リーナに身を変えた時、それをレオンスに当てさせるのは冷やかし満杯となった。アルトスがレオンスに本物と思う相手にキスするよう言ったからだ。
「レオンス! 男を見せろ! いつまでももったいぶりおって、夜は流石にあちらがリードしてくれるだろうがな!」
シャルロットの声に、双海は『あ、おいっ!』と思わず言いかける。これは僅か17歳の花嫁には刺激が強い。
火を噴くように真っ赤になったリーナの唇をレオンスは自信たっぷりに奪い取った。わっと歓声があがる。
「シャルロット! そういうこと言うなって!」
双海にたしなめられてシャルロットは「すまん、すまん」と笑った。が、実際レオンスは迷いに迷っていたから双海にキスなんかしていたら目も当てられない。これもシャルロットの手荒な優しさだ。
最後に伯爵夫人が「私とお願い」と言った。
「夫が見破れなかったら牢に放り込んでやるわ」
夫婦喧嘩の勃発を予感して双海は緊張する。少し手加減しようかと考えたが、そんなことをすると夫人が怒りそうな気がしたので、結局真っ向勝負となった。
並んだ2人をブルメル伯爵はじっと見つめる。
「まだ酔いが残っておるのぅ‥」
その呟きに双海はひやりとする。しかししばらくして伯爵はにっと笑った。
「ソフィアよ、お前は緊張すると瞬きを2回して、こう‥右手の指を動かすのだ」
伯爵は指をきゅきゅっと動かして見せる。そして自分の妻に腕を広げた。
「わしを侮ってはいかんぞ」
「あなた‥」
涙ぐむ伯爵夫人は、夫の腕の中に飛び込んだ。ほっとした双海の人遁の術がきれる。
「ソフィアに化けるのは大変だ。癖の多い妻での」
ブルメル伯爵は笑った。いつもは尻に敷かれているが、今日は男前に見える。
双海は伯爵夫妻の前にひざまづくと、携えていたコムニオンを鞘ごと抜いた。
「ブルメルの尊き遺産、しばし携えて参りましたが、今宵返還させていただきます」
それを聞いて、レオンスとアルトスも双海に目を向ける。群集もしんと静まり返った。
「それはお前のものだ。返さずともずっと持っていて良いのだぞ?」
双海は静かな笑みを浮かべた。
「これは、この地を護るための聖剣です。護りがゆえに、今こそお返しすべきと考えます。この剣を使う時が二度と来ないことを願い、祈りを込めました」
つい、とレオンスが進み出る。彼も腰のコムニオンを抜き、双海の隣にひざまづく。
「なんと、お前もか」
ブルメル伯爵は目をしばたたせる。
「なんだか2人ともどこかに行ってしまいそうな感じがするではないか」
「そうではありません。必要あればまたお呼びを」
と、双海。
「私は死ぬまでブルメルにおります」
と、レオンス。
そして2人でちらりと顔を見合わせ、小さく笑みを交わした。
「ブルメルに、幸あれ」
その声にわっと群集から歓声があがった。
「ブルメルに、幸あれ!」
「幸あれ!」
「ブルメルに、幸あれ!」
「バーリンに、幸あれ!」
「ガルシンに、幸あれ!」
人々の声は次第に大きくなり、夜空に響き渡る。
「世界に、幸あれ!」
「申し訳ない。夜通し起きていたものだから」
アルトスの背中で眠っているサク。双海はその頭をくしゃくしゃと撫でた。ギルドに戻る冒険者達を皆が見送る。
「アルトスも‥しばらく子育てが大変だな。お前も早く相手を見つけないと」
双海の言葉にアルトスは苦笑する。
「こいつに嫁が来たら考えるでしょうね」
「そりゃ、また遠い話だ」
シャルロットが笑った。彼はそのあとリオートとマルスに目を向ける。
「マルス、サクを頼むぞ。リオート、元気でな」
「シャルモ、ネ」
リオートはもう泣いてはいない。
「ヴィタリー、また特訓を頼むのだ」
ロランがすがりつくように言い、ヴィタリーは笑みを浮かべる。
「ん、そうだな。機会があれば」
「エルンスト、また会おう。舞踏会があったらエスコートして」
ルゥダの声にヴィーザが続く。
「ゆうべの熱いキスは忘れないわ、と」
「なに!」
ロランが目を剥いた。詰め寄ろうとする彼からルゥダは身をかわして上空へ。
「ああ、うるさい、エルンストは私よりいい人をこれから探すのよ。心配せずともお前へのキスが減ったわけではないわ」
「そうか、ならばよい、て、なに? どういうことだ?」
ロランは慌てて空に顔を向けるがもうルゥダの姿はなかった。
「いろいろと世話になったな。皆のことは決して忘れはせん。これからも良き旅ができることを願っているぞ」
ブルメル伯爵がじわりと涙を浮かべて言った。
今日という時が過ぎ、明日という時間が来る。
開いた目に陽が映ったなら、
時は再び平等に過ぎ、皆、その日の旅を続けるのだろう。
双海一刃 忍者
シャルロット・スパイラル ウィザード
エルンスト・ヴェディゲン ウィザード
ヴィタリー・チャイカ クレリック
木霊・リエス
水妖・蓮
イフリーテ・リオート
ライオン・マルス
陽霊・エプシロン
火霊・イブリース
ルーム・ミカヤ
デストリア・ニール
彼らの旅もまた然り。
Your story continues to the future.