ゴブリン・バリケード

■ショートシナリオ&プロモート


担当:西尾厚哉

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月10日〜09月15日

リプレイ公開日:2008年09月16日

●オープニング

「い、い、行くぞ」
「お、おぅ‥」
「おれがやられたら、おめぇらがちゃんとギルドまで行けよ」
「お、おぅ‥」
「分かってンのか、おぃ、レフ! 泣くな! みっともねぇ!」
「うっ‥うっ‥こ、こんなことなら、あんとき無理矢理でもイリナにキスしとくんだった‥」
「帰ってからやれよ!」
「うっ‥うっ‥これで、もーおれも終わりになンだ‥」
「このままだったら、おめぇだけじゃなくてみんな終わりになるんだよ! ‥ったく‥。ラビは分かったな」
「お、おぅ‥」
「じゃあ、行くぞ!」
「わぁぁぁぁっ!」

 駆け出して行く三頭の馬。
 所詮は農耕馬だ。足は速くないし、乗り手が優秀な騎手というわけでもない。
 マルクは前を走っていたレフがわらわらと群がるゴブリンたちに襲われ、馬上の彼もあっという間に引きずり降ろされるのを見た。
 悲鳴をあげるレフはこれでイリナとのキスは一生叶わないことになる。
 続いて後方のラビの悲鳴をマルクは聞いた。
「うぉおおおおおお‥!」
 雄叫びをあげて、マルクはゴブリンの群れの中を突っ走った。

 事件はこうだ。
 ある日、闇の中に光るものがあると村人が気づいた。
 小さな光はぽつぽつと増え、ほどなくして村人はそれが無数のゴブリンたちの目であることを知った。
 それからは一日中、奴らは人を襲うでもなく、畑を荒らすでもなく、ただじっとして村をずらりと取り巻いている。
 危害を与えないからそれでいいかというとそうでもない。
 できた作物を領主に上納できない。
 町に行くこともできない。
 村から一歩でも出ようとすると、ゴブリンたちは牙をむき出して攻撃態勢に出たからだ。
「このやろう!」
 血の気の多い村の男が大きな鍬を振り回すと、きぃきぃと啼いてバリケードは崩れるが、あっという間にまた戻って来る。
 この異変に領主の命を受けている緑林兵団も気づかないわけはなく、当然助けに来てくれたが、兵団を見るなりゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
 兵団はしばらく村に滞在して様子を見、再び彼らが来る様子がないと判断して帰って行った。
 が、兵団が帰って行くのを見た途端、ゴブリンたちは戻って来るのだった。
 何度か同じことを繰り返して疲弊したのは兵団だけではない。村人もだ。
 ふうふうと臭い息を吐き散らしながらじーっと見られることに精神的にも参ってしまった。
 ゴブリンの顔がにやにやと嘲笑っているようにも思える。
 この鬱陶しい視線から逃れられるのなら死んでもいいとさえ、ふと考えてしまう。
 次に緑林兵団が来てくれるのはいつのことか。
 危害を加えるわけではないと悟ったのか、どうも足が遠のいている気もする。
 そう思うのはストレスからくる疑心暗鬼か。
 村の中でも比較的行動力のある、ラビとレフ、そしてマルクが馬でゴブリンバリケードを突破することを決心したのはそんな理由からだった。

 マルクは馬を走らせた。
 馬から落ちたレフとラビの悲鳴がずっと頭の中で響いている。
――あいつら、絶対許せねぇ。
 悔しさのあまり、流した涙が風で後方に散っていることにも彼は気づいていなかった。

●今回の参加者

 ea1753 ジョセフィーヌ・マッケンジー(31歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea8087 楠木 麻(23歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb5763 ジュラ・オ・コネル(23歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0199 長渡 昴(32歳・♀・エル・レオン・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「けほけほ‥」
 楠木麻(ea8087)が小さくむせこんだ。
「臭い‥」
 頭から被った灰色の布を指でつまむ。
 その肩のあたりがもごもごと動いて、エレメンタラーフェアリーの任天と世我が「ぷひゅう」と顔を覗かせた。
「ま、提案したのは僕だけど」
 楠木麻は小さく舌を出す。
「あの値段ですから」
 苦笑して答えたのは長渡昴(ec0199)。
 5人は町で調達したボロ布を被っていた。武器や防具を装備しているが故の敵の警戒を考慮してのことだ。この臭いから想像すると元の用途は‥あまり想像したくない。
「僕は愛くるしくて無害な外見だし、大丈夫と思ったけど」
 ジュラ・オ・コネル(eb5763)が言う。
 げふんと咳をしたのは布の臭いにむせたのかそうではないのか、ジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)が口を開く。
「何にしても今回の事件、ゴブリンにしちゃ怪しい動きだよねぇ。ここ最近のロシアじゃ、デビルの仕業だって相場が決まってるんだけど」
 ボーダーコリーのトニーが同意するように「わぅん!」と吠える。
「そのあたりは『石の中の蝶』が‥」
 言いかけたエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が自分の手元を見て口をつぐんだ。
 ボルゾイのゼロが低く唸る。
「いや‥遠ざかったようだ」
「つまり、見張りは役目を果たした、ということですか」
 昴は周囲を見回した。
 のどかな田舎道。敵が様子を伺っていたとすれば、道の両側に広がる木立の中か。
「戦闘馬の颯が警戒されたかも‥」
 昴は馬の鼻を撫でて呟く。
「戦闘馬はいたほうがいい。相手の数のこともある」
 エルンストが答える。
「普通に戦うメンバーとは別に、誰かが敵の群れを避けつつ敵指揮官を探してブスリとやるってのはどう? 見敵必殺! サ〜チア〜ンドデストロ〜イ!」
 楠木麻がにっと笑って言う。ジュラがそれに続く。
「そう! 僕、正義まるごと剣士スーパーチキンハートはゴブリンたちに正面から戦いを挑むのだったー!」
「うぁ!」
 彼女が勢いよく霊刀「ホムラ」を掲げたので、全員で慌てて押し留める。
 せっかく布を被っているのに、刀を堂々と陽光に晒してどうする‥。


 さらに村に近づいた時、トニーが警戒の唸り声をあげた。
 ジョセフィーヌがエルンストを振り向くと、ブレスセンサーを発動する彼の姿が目に入った。
「ゴブリンだな。約80m」
 弓を抜き出そうとするジョセフィーヌの腕に昴が手をかける。
「これも相手の作戦かも‥」
 木立の中、道が二手に分かれた。
「じゃ、こちらも作戦といきますか」
 楠木麻の言葉に頷く4人。
「颯を頼みます」
 昴は手綱を楠木麻の手に預ける。
 ジョセフィーヌの合図で走り出すトニー。続いてエルンストもゼロに指示を出す。
 昴とジュラは迂回する右の道へ。
 エルンストとジョセフィーヌ、楠木麻はトニーとゼロの後を追う。つまり村のほうだ。
 ゴブリンを手負いにできれば、迂回する2人も奴らの逃げ込む先を掴みやすくなるだろう。
 視線を交わしあい、5人は二手に分かれた。


 トニーの吠え声が聞こえる。
「世我、サウンドワードで探知しておいで」
「シテオイデー!」
 楠木麻の声に飛び立つ月のエレメンタルフェアリー。すぐに楠木の肩に戻り、一点を指差す。
「イチ!」
「一匹いるらしいよ」
 楠木の言葉が終わる前にエルンストはスクロールでムーンアローを発動した。
 ゼロの吠え声。今度は方向が分かる。
 再びムーンアロー。位置がかなり近かったらしく「ギィ!」という嫌な叫び声が聞こえ、よたよたと逃げていくゴブリンの後ろ姿がちらりと見えた。
「ゼロ!」
 さらに追おうとするボルゾイを呼び戻すエルンスト。ジョセフィーヌもトニーを呼び戻した。
「村だ」
 楠木が言った。視線の先に集落があった。


 3人と別れたあと、昴とジュラは道を外れて草の中に踏み込んでいった。
 足元が斜面になる。
 傍らの草がうごめき、咄嗟に身を伏せるふたり。
 草の間から目の前を通過していくゴブリンの横顔がちらりと見えた。
「ぴとぴと‥」
 ジュラは笑みを浮かべてすばやく後を追った。後に続く昴。
 点々と続く血の痕。ゴブリンは傷を負っている。仲間のところに戻ろうと必死なのだろう。
 斜面の下のほうに村が見えてきた。追う先に目を転じて、ふたりは慌てて身を伏せる。
 息をきらして逃げ込んだゴブリンの前で、それよりも体が小さいゴブリンがひょいと石の上に飛び乗ったのだ。
 そいつはきぃきぃと叫び、ぽかぽかと傷ついたゴブリンの頭を殴り始めた。
 殴られたゴブリンが悲しそうな声をあげる。草の中から他のゴブリンも次々に顔を出した。
 石の上のゴブリンは殴るだけでは飽き足らないらしく、怒ったような声をあげた。すると、もう少し体の大きなゴブリンが近づいてきた。手負いのゴブリンがそれを見て激しくかぶりを振る。
 ふたりは「あ」と口を開いた。近づいたゴブリンがインプの姿に変わったからだ。
 手負いのゴブリンから白い玉が飛び出し、インプの手に握られた。
 キキキと笑い声が響く。
「小さなゴブリンがほかにもたくさんいます」
 昴が言った。
「どうします?」
 昴の問いにジュラは笑みを返す。
「攻撃あるのみ。僕が村の前の平地まで敵を引っ張るよ」
「分かりました。私は皆さんに情報を伝えます」
 昴はオーラボディを発動すると、隠身の勾玉を握り締めた。
 身を翻す昴。それを見送り、ジュラは身を包んでいた布を剥ぎ取ると息を吸い込んだ。
「我が手羽先真剣の斬れ味、身をもって知るがいい」
 霊刀が木立の合間から漏れる光を受けて赤く輝いた。


 村に着いた3人は走ってくる昴の姿を見つけた。
 楠木麻が颯を放す。馬は勢い良く駆け出し、昴はその背に慣れた様子でひらりと飛び乗った。
「デビルの存在を確認しました」
 昴が伝える。
「かなりの数が紛れ込んでいます」
「判別法は?」
 エルンストが尋ねる。
「体が一回りほど小さいのですが、集団だと判りにくいかと。ジュラさんが平地のほうに誘導してきます」
 そう言っている間に、わらわらとゴブリンたちが姿を現した。
「来たぞ〜!」
 ジュラはそう叫ぶなり、追いかけてくるゴブリンを振り向き、ソニックブームを発動した。
「ギュイ!」
 一体のゴブリンが血を弾き飛ばして倒れる。ジョセフィーヌがぴゅう、と口笛を吹いた。
「では、こちらも」
 被っていた布をかなぐり捨てて弓に矢をつがえる。他の4人も布を脱ぎ捨て、攻撃態勢に入った。
「いるね、小さい奴が。とりあえず‥」
 楠木麻は呟き、
「喰らえ!」
 グラビティーキャノン発動。黒い帯が楠木麻から延びていく。その先のゴブリンが次々と倒れた。
 続いてジョセフィーヌの矢。
 何体かのゴブリンの体がインプに戻る。飛び上がってしまったので、矢は命中せず地面に落ちた。その直後、インプの体が黒い霞に包まれた。
「小賢しい」
 再び矢をつがえるジョセフィーヌ。しかし、飛ばした矢はインプの前で弾かれて落ちた。それを見たインプたちが嘲笑う。むっとするジョセフィーヌ。
「カオスフィールドを使ったらしいな。ほかを狙おう」
 エルンストの体が淡く緑色に光る。
 ウィンドスラッシュ。差し出した手の平から、ちらりと光る刃が見えた。
 ゴブリンが血を吹く。怯えて逃げ出す他のゴブリンをジュラが追った。
「簡単には逃がさねえぜ、チビ介どもー」
 刀を振り上げ、反対に狙われるはめになった。
「おっと、生きがいいじゃないか」
 慌ててソニックブームを発動する。
 昴は颯の手綱を繰るとゴブリンの群れに飛び込んでいった。
 ソードボンバー発動。その後、昴は颯から飛び降り、次々にスマッシュを決めていく。
 ジュラと昴、颯の動きでゴブリンたちは散開していく。そのおかげでゴブリンに変身したデビルを判別しやすくなった。
 ジョセフィーヌがホーリーアローを弓につがえた。
 弧を描く矢から逃げようとした小さいゴブリンを射抜く。その体は空中に融けて消えた。
「悪いけど、このジョーさんの弓からは逃れられないのさ」
 笑みを浮かべるジョセフィーヌ。再び矢をつがえる。
 楠木麻もグラビティーキャノンを発動。
 エルンストは逃げ惑う奴を狙ってムーンアローを放つ。
 さすがにこのあたりになると、バリケードどころではない。ほとんどのゴブリンが血だらけになって逃げの一手に転じ始める。
「まてー」
 逃げるゴブリンを追うジュラの声は、どことなく楽しそうだ。
 しばらくして、大半のゴブリンは林の中に逃げ込んでしまい、デビルとおぼしき小さいゴブリンばかりが平地に残っていた。ジョセフィーヌは犬と共に、林の中へゴブリンを追っていったジュラの加勢に向かう。
 エルンストはウインドスラッシュとムーンアローで残ったゴブリンを狙った。
 さらに楠木麻がグラビティーキャノンで止めを刺す。
 最後のゴブリンに昴が刀を突きつけた。
 切っ先を見てゴブリンは姿を変えた。アガチオンだ。既に体は傷だらけになっている。
「降参、コーサン‥」
 憐れっぽく懇願するアガチオンを楠木麻とエルンストも見下ろす。
 林からジョセフィーヌとジュラが戻って来た。
「数匹逃げたが、かなりの傷だ。さすがにもう戻っては来ないだろう」
 ジョセフィーヌは言い、そしてアガチオンに目を向けた。
「さて、最後の奴の止めを刺すか」
 アガチオンは「ひゅいぃ‥」と呻き、あっという間に身を翻した。
 ジョセフィーヌが弓を引こうとした時、ジュラが声を張り上げた。
「末代まで語り継ぐのだ。お前たちが今日この場で味わったニワトリの恐怖を!」
 え? と全員がジュラを振り向く。ジュラは笑みを浮かべた。


 その後、ゴブリン・バリケードはなくなった。
 しかし、何日かたって村人は畑の中に妙なものを見つけた。
 それは『松の木の台に置かれた二羽の鳥の丸焼き』で、古くなって異臭を放っていた。
 もちろん、それがジュラの言葉のアガチオンなりの理解であったことなど、村人は知るよしもなかったのだ。