すこし遅めのバレンタイン

■ショートシナリオ


担当:まれのぞみ

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月21日〜02月26日

リプレイ公開日:2005年02月28日

●オープニング

「お前達、ちょっと頼みがあるんだが……」
 ギルドマスターがどことなくにやついたような顔をしながら、君達に声をかけてきたのは、バレンタインデーからとうに幾日もたった、ある日のことであった。
 なんでも主人の古い知人である貴族の娘がお忍びで街を出歩きたいと言い出していて、その護衛をしてほしいとの依頼である。
 依頼内容自体はさして難しそうな要素はなく、ドレスタットの街を護衛しながら案内しろということであるらしい。
 話を聞けば、その娘は貴族の出ではあるのだが、実家のやむにやまれぬ事情によりいまでは成り上がり者と結婚しているという。
「そして、できればでいいのだが……」
 と口篭もりをして、こんなことも付け加える。
 すでに既婚である、その娘には浮気性の婿殿がいるのだが、男はバレンタインデーにはそのせいもあって屋敷に戻ってこなかったそうである。そんなこともあって、娘は、正妻としての意地と誇りにかけて他の愛人にも負けないようなものを準備したいといっているのである。
「ただな……」
 とギルドマスターが肩をすくめる。
「それでどんなものを用意していいのか、このお姫さまはわからないんだよ」
「だからお買い物を手伝えってこと?」
 冒険者の間から、そんな声があがった。
「まあ、そうだ」
「それで、どんな箱入り娘さんなんですか?」
「そうだな……世間知らず。まあ、世間知らずのお姫さま。そんな言葉がぴったりな娘さんだよ。結婚しているとはいっても、まだ新婚ほやほやでな……――」
 と、その時、ギルドの外でなにか音がした。
 仲間のひとりが外を振り返ったとき、誰かの駆けていく影が宿の外に踊っていた。

●今回の参加者

 ea6586 瀬方 三四郎(67歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1061 キシュト・カノン(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb1193 エディン・エクリーヤ(32歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 eb1259 マスク・ド・フンドーシ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

「たばかられたのか?」
 東洋風の白い衣をまとった武道家が道の真ん中で腕を組みんでいた。名を瀬方三四郎(ea6586)という。太い眉をぴくりと動かし、鋭い眼光で周囲を見まわしている。
 石造りの建造物が森のような木立に囲まれ、あるいは広い庭では明るい陽射しのもとかわいらしい服をきた子供たちが楽しげな声をあげながらかけっこをしている。パリに比べれば遥かに小さな港町ではあっても、ドレスタットの金持ちたちの多くが住居をかまえる区域というだけで冒険者ギルドがあるような界隈とは自然、雰囲気が異なる。
 このような場所に、瀬方のような冒険者がいるのには理由がある。
 瀬方はギルドマスターから護衛を頼まれた婦人の成り上がり者の夫についての情報を得るために、ここにやってきたのである。
 しかし、ギルドマスターから教わった場所には誰も住んでいないことがわかっただけであった。しかも、近所の人々の話では捜している人物に該当する人間はいないという。
 奇妙な話である――
 そして、考えてもみれば、今回の任務は最初から奇妙なことがあった。
 護衛を頼まれた婦人の夫の関して詳細な情報の提供をギルドマスターがこばんだのである。最終的には、しどろもどろながも応えはしてくれたものの、それがこの結果である
「まあいい。いままでギルドマスターが私達に悪いことをしたことはない。勘違いをしたのだろう。あの男、ファルスとかいったかな、もう少し捜してみるとするか……」
 もしその時、瀬方がイギリスの言葉を理解できたのならば、その名前を口にしたとき、彼女と同じことを思ったかもしれない。
(「ファルス(偽者)さんの奥様のエイリアス(偽名)さんって夫婦そろってヘンな名前ですわ」)
 黄金の髪をしたエディン・エクリーヤ(eb1193)がギルドマスターから紹介された黒髪の少女は、婦人と呼ぶにはまだ十分に若く、その線の細さから幼妻の雰囲気さえ覚えるほどであった。
(「それに、化粧がヘタなのでしょうか?」)
 整った綺麗な顔立ちをしてはいるものの、どこか垢抜けた感じがせず、エディンはなんとなくもったいないなと思った。そして、夫が浮気をするというのも、なんとなくわかるような気がした。
「エディスさん、どうしました?」
 きょとんとした顔をしながらエイリアスが、エディスを見つめていた。
「なんでもありませんわ。それよりもほかの誰よりも負けないものを準備したいのですわよね? でしたら、やはり奥方様にしか準備できないものを用意すべきですわ。そう、手作りのものなどよろしいかと思いますの」
「手作り?」
「はい、お裁縫や編物では時間がありませんでしょういから、ここはやはり愛情たっぷりの料理をお奨めしますわ。旦那様の好物は私などではわかりかねますから、それは奥方様に協力してメニューを決めさせていただきますわ」
「彼の好きな料理か……」
 唇に指先をあてながらエイリアスは、しばらく考え込んでいたが、そうだと手を叩くと冒険者ギルドの厨房で料理の準備をはじめた。
(「あら!)
 貴族のお嬢様と聞いていたわりには厨房内での身のこなしがいい。もちろん家事の達人といったようなレベルにはないが、これだけの動くことができるのならば庶民でも十分に新婚の家庭を回せていけるだろう。というか、エディスよりも遥かに料理には馴れていそうである。
「料理をするのなんて、ひさしぶりです!」
 エリアルの表情はかがやいている。
「そういえば結婚した当時は毎日のようにお母様から教わった唯一の料理ばかりを作っていて、夫にまたかよって顔をよくされましたわ」
「貴族の娘さんだったのではありませんか?」
「現在は、そうだけど、昔は市井で過ごしていたんです」
(「夫の方が成り上がりで貴族の娘と結婚したのではなかったのでしょうか?」)
 ギルドマスターから聞いていたのとは矛盾した情報に、エディスは首をかしげた。同じ頃、瀬方も首をかしげていた。
「つまり、瀬方は、こういうことを言いたいのかな?」
 その声に、瀬方がかまえると、街角から巨人が顔をのぞかせた。キシュト・カノン(eb1061)である。
「どうしたんだ?」
「ギルドマスターの情報を追っているのだろ?」
「そうだ! なにか知っているのか?」
「覚えているか? ギルドマスターが私たちにエイリアスの護衛を頼んだときのことだ。宿の外を走る人影があったのを。あの時、私は、こうして誰にも気づかれない格好をして追ったんだ」
 その隠れようにも隠れようのない巨体でキシュトは怪しげな人影を追ったのだという。
 樽で顔を隠して追ったのだというが、その巨体はまる見えだったのではないのだろうか……――しかし、話している本人は真剣そのものである。瀬方もまた真剣にうなづく。
「それで、どうだったんだ?」
「なに、たいしたことでないさ。ちょっとした街角に入っていって、いかにも頭の悪そうな連中が、あのお嬢さんを痛いめにあわせてくれと金を積まれて頼まれたと仲間らしき連中と話していた。それだけさ。ただ、その時、私たちが教わっていた人物の名前とは異なった名前と違う髪の色の女だと口にしてたのだけどな」
「なに?」
 その頃、料理もできあがり、鍋の中には海産物のスープがぐつぐつと煮えていた。
 材料は、近所の漁民たちからタダ同然で買ってきたもので、貴族の娘が作ったというには、あまりにも質素であるようにも思える。
「味は悪くはないですわ」
 椀によそってエディスが味見をする。エイリアスがほっとした笑顔をのぞかせると、外でざわつく音がして誰かが制止する声をあげた。突然、扉のひとつが開くと、短剣を手にした男たちがエディスを襲ってきた!
「ちょっと、なんで私が狙われるのよ!」
 ひとりをよける。しかし、もうひとりが脇から突っ込んできた。とっさに、エイリアスが煮えたぎっていた鍋をひっくり返すと、熱湯をあび、男はのたうちまりながら、エイリアスにぶつかった。彼女の頭から黒髪がずり落ち、エディスと同じ金色の髪があらわれる。
「金髪って、どっちを狙えばいいんだ!」
 襲撃した者達が驚嘆の叫び声をあげた。
「どっちでもいいから、やっちまえ!」
「まてぇぇぇぇぇぇいいいい!」
 と、その時、どこからともなく、高笑いがして、襲撃者たちの動きが止まった。
 扉がばたりと開き、仮面の裸人が姿をあらわす。
「我輩はビルダー大国イギリスから、世界中に!」
 ぐっと体中の筋肉に力をこめる。
「愛と! 自由と! 真実の!」
 胸の筋肉がぴくぴくと振動し、腕の筋肉がもりあがる。そして、ふりかえるとたくましい尻を見せつけ、ポーズを決める。
「正しいマッスルを広める愛の使徒! その名も謎の覆面ナイトォ!! マスク・ド・フンドォォォォォォシィィィ!!!
 最後に、マスク・ド・フンドーシ(eb1259)の白い歯がきらりと輝いた。
 時間が確かに止まった。
 襲撃者たちはあまりのことに正気を失い、事前に彼のことを知っていたエイリアスでさえ、エディスにこう聞きなおしたほどであったのだ。
「あの……失礼な質問かもしれませんが、イギリスの方々って、あんな方々ばかりなのでしょうか?」
「ちがいます!」
 エディスは即座に否定した。しかし、思い直したかのように、小声でつぶやく。
「ちがうはずですわ。ちがうと思いますわ……ちがうといいんですけど……――」
 後半になるほど、その声はちいさく、最後には消えていく。
 その時、エディスの脳裏にどんな故郷の映像が浮かんだかはわからない。
 なんにしろ、その次の瞬間、ふたつの影が厨房に入ってきたかと思うと、あっという間に固まっていた襲撃者たちをぶちのめした。
 ドレスタットの実力者と巨人の前では街のごろつきなど相手ではないのだ。キシュトとマスクがちんぴらをしばりつけている間、瀬方は謎の少女にやさしいまなざしを送りながら、しかし、力強く諭す。
「奥方殿。あなたには、私が思っていたよりも深い何かがあるようだな。これは別の時にとっておきたかった言葉だが、エイリアス殿……。いや、本当の名前は聞かないことにしておこう。貴方に一番必要なものは、誠の覚悟、現実に目を向ける勇気。貴方はまだ若い、その意味もわからず嫁いだ事実は変わりません。これは雇われた冒険者としてではなく、人生の先達としての助言です」
「現実に目を向ける勇気……――」
 礼を四人にいうと、少女はその言葉をつぶやきながら、去っていった。
「よかった。よかった……」
 暴漢を憲兵に差し出したギルドマスターが、やっかいごとが去ったといった調子で厨房にやってきたのはすこし後のことであった。
「こりゃあ修理費がいるな。まあ、いいか、あいつに後で請求するか。おい、どうした? 今回はご苦労だったな。あの方も満足していただけたようで給金ももはずんでくれた……――うん?」
 肩をいかつかせ、三白眼をした冒険者たちがじろりにらんできたのである。たじたじとしながらも、片目の男は、まあまあと制する。
「よかったではない! 納得のいく説明をしてもらえうのだろうな?」
 瀬方が断言すると、四人の声が唱和した。
「ギルドマスター殿!」
 そんなことがあった夜、数日ぶりに成り上がり者の夫は本妻のもとへ帰ってきた。
 赤毛の男は、帰ってくるなり妻を抱きしめると、黄金色の髪に顔をうずめ、やれやれとため息をついた。
「ひさしぶりにお前の料理があったな。うまかったぞ。いつもみたいに腹を壊すほどの量もなかったしな。それにしても、こう、会議ばかりつづいてはたまらんな。ドラゴンどもの襲来に、海賊や紫のローブ服の連中の暗躍。さらにはあちらこちらから悪魔崇拝する連中がきなくさい動きがあるとの連絡まで入ってきやがった。ったくよ、俺を仕事で忙殺する気か? お前はお前で、また叔父殿に狙われたそうだしな」
 偽者と呼ばれた男は偽名を名乗っていた女に言った。
「憲兵隊からの情報では、いつもどうり、私を襲ってきた者達は正体不明の男に金で頼まれただけだということですから、なんとも言えませんわ。それに私の血筋のせいで、あなたにも迷惑をかけたら……」
「なに心配するな。俺は不死身だ! あの時みたいに、また俺がお前を守ってやるよ。それに、まだ血のことを気にしているのか? 疑いなき前の伯爵様のご令嬢がなにを気にしているんだ? 俺みたいな成り上がり者に比べれば庶子といっても立場が違うぞ!」
「でも……」
「今日はやけに真剣だな。そりゃあ、お前と結婚したのは、お前の血筋――辺境伯の地位が欲しかったということに嘘はないさ。ただな――」
 赤毛のは女をより強く抱きしめた。
「好きでもない女を抱くには人生ってのは短すぎるんだよ。ガルスヴィント!」
 偽名は捨て去られ、真名が語られ、夫の熱い息遣いにガルスヴィントもまた夫の本当の名前をつぶやく。
「あなたに聖バレンタイン様の御加護がありますように、エイリーク……そして、我々を正しき未来へお導きください。ドレスタットの主よ――」
 その言葉は重ねられた唇の中へ消え、ふたりの重なった姿は闇の中へと消えていった。