森の教会にて
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■ショートシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 3 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月29日〜08月03日
リプレイ公開日:2005年08月06日
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●オープニング
「あんただったら、この話を信じているかね?」
そんな村長の問いかけに、金髪の若者は微笑んだ表情のまま、
「そんな眉唾な話、僕だったらとても信じられませんね。ただ、夢のある話ですし、信じたがる人はたくさんいるでしょうね」
と、意味深長な物言いをした。
それは、ドレスタットから離れた森深い村でのできごとであった。
数ヶ月前、村の歴史よりも長い教会の司祭が亡くなり、その後を継ぐことになっていた若い司祭が村にやってきてからすでに数日がたっている。
やれやれと村長が大げさな様子で肩をすくめた。
「そうじゃな、そんなものがあるのならば、この教会をこんなきたないままにはしておかんがね」
「なにをいっているんですか、これだけ立派な木造の教会が、こんな森の奥深くにあるとは思っていませんでしたよ。これだけでも十分な宝物だと僕は思いますよ」
額に浮かんだ汗をぬぐい、ぞうきんをしばりながら、新しくこの村に赴任してきた司祭は微笑んでいた。赴任してきてからすっかりきたなくなっていた教会をひとりで掃除しつづけてきて、ようやくさまになるようにはなってきたのだ。
(「でも、数ヶ月程度のよごれじゃないけれいど、なんで掃除をしていなかったんだろう?」)
「そう言ってくださるのは、ありがたいのじゃがな‥‥」
そんな司祭の苦労など上の空のようすで、村長はさきほどからずっとこんな繰言――この教会に関する有名な話だ――を言い続けている。
むかし、この森に人が住んでいなかった頃、どこからか司祭がやってきたという。そして、木を切り教会を作り、ひとりここに住まい、やがて打ち続く戦乱や貧困から故郷を離れ、いつしか森に集まってきた人々――村人たちの祖先である――を長い間、守護したという。そして、この教会にとてつもなく大切な物を隠し、それを未来に託して天に召されたというのだ。
「その未来とはいまなんだとわしは思っておるのでございますよ」
「まあ、そういう話を持ってくる人は、たいていそういいますね」
最後の方はさすがに小さな声になって、司祭の視線がふと上に向いた。
これもまた初代の司祭がひとりで作ったという、ステンドグラス越しに光がさす。
それは、アダムとイブの説話なのだろうか。ステンドグラスには巨木が描かれ、そのもとには男女の姿と蛇のような姿がある――が、はて?
(「まあいいでしょう‥‥」)
そんな表情をして司祭は微笑みながら村長に言った。
「特に、こんな見事なステンドグラスなんてドレスタットどころか、パリの教会でもめったに見ないようなすばらしいできじゃないですか! 光踊る地。されど、言葉は地下に眠るとは、まさに‥‥――」
ふと、村長に教わった詩を思い出し司祭は黙り込んでしまった。
そして、しばらくすると、こんなことを尋ねた。
「この教会には地下がありませんか?」
「地下?」
「ええ、地下室のようなものです。あるいは廟のようなものかもしれませんけれどね」
「それでしたら、ありますだよ。たしか教会の下にカタコンペだかなんだかがあったとか昔、聴いたことがありますだ。ただ、前の司祭さまが不純な生物がいるからなんとかいって、だいぶ前に封印したままですがな。そういえば、それ以来、前の司祭さまはこの教会に入らないようになりましたな」
「そう言うことは早く言ってくださいよ!」
おもわず新任の司祭は声を荒げてしまった。最後の最後にめんどうな仕事が残っていることに気がついてしまったのだ。そして、なぜ教会が荒れたままだったのかの検討もついた。ただ村長がきょとんとしていることろを見ると、自分が口にしたことの意味を解してはいないのだろう。
それに、文句を言いたくともその前任者もまた天に召されてしまっている。
「まあ、いいでしょう。聖職者として、やるべきことをやるまでです!」
●リプレイ本文
「きゃあ、虫!」
カラット・カーバンクル(eb2390)の叫び声があがり、
「ムカデ!」
というシルフィア・レイブンス(eb1223)の悲鳴があがる。
さらには、
「いま、ネズミが足元を走っていきました!」
と、ラスティ・コンバラリア(eb2363)が顔をしかめ、
「ゴ、ゴキブリ‥‥!?」
ワルキュリア・ブルークリスタル(ea7983)が目の前を飛んでいった黒い生物に向かって、Gパニッシャー+1インセントスレイヤーを振るっている。
そして、最後に、その姿を見て、そんな女たちの声が明るい唱和となったのである。
「なんだ、やっぱりズゥンビ達か!」
「あなた達は‥‥」
霧島奏(ea9803)の細い目をした顔に、ちょっと困ったような表情が浮かんだ。
そこは、ドレスタットの森の奥。そんな場所に築かれた教会の地下である。
こんな場所に、冒険者というよりも綺麗な家政婦さんとか、かわいらしいお手伝いさんといった方が似合いそうな女たちたち(と、ついでに一名の野郎)が掃除道具を手に手に入り込んできているのには理由がある。
教会の地下に封印された場所があり、その地下にはなにやらうごめいているらしいのだ。そして、その調査とできれば退治というのが今回の依頼である。
ラスティの調べたところによれば、以前、この教会にいた司祭というのは、多分に潔癖症で虫、ムカデなどといった類はもちろん、ちりひとつ見ても顔をしかめるような人物であったという。そんな人物が、こんな掃除のし甲斐がありそうな場所を封印したといのは――いくら死者に対する封印ではあったとはいえ――ここまできたなく、なんでも出てくる状況だと、その司祭がなにを恐れて封印したのかさえわからなくなってくる。
「ただ単にきたなすぎて、掃除をするのを放棄したんじゃないですか?」
という冗談も飛び出すが、意外と真実は、そんなところなのかもしれない。なんにしろ、面識すらない故人の思いなどわかるわけもなく、残った者達は死者の宿題を片付けなくてはならないのである。
「がんばってくださいね!」
ランタンを掲げ、カラットが黄色い声援をあげる。
本人の弁によると、すばやい以外これといった取り柄はないから後ろからみんなを応援していますとのことである。
「はぁ、まあ、いいですけれどね‥‥」
ドレスタットにその名を知られる忍の男も、なにか含むものがある様子でつぶやく。が、その刃先のすばやさはさすがで、跳んでくる黒い影を片手で払い、あるいは切り裂いている。たぶん、ゴキブリやムカデを狩ったなどというのは、終生、他人には語ることはない戦いとなるであろうが、それはそれとして、仕事は仕事としてこなすあたりはさすがである。そしてなによりも、このような虫相手の戦いでさえも油断をしていなという点がすばらしい。
そして、そんな戦いは他人の範になる。
「背中に目があるんですか!?」
まだまだ駆け出しの冒険者といってもいいレベルのシルフィアにとっては、忍びのそつのない戦い方はよい手本となったかもしれない。ただ、同時に彼女もまた冒険者としての気概と精神を持っている。
その手のひらに黒いかがやきを放ち、黒い光弾が仲間の背後に近づいていたズゥンビを撃った。
「ありがとう」
こんな時、こんな場所にあってさえも、典雅な礼を返したのは、今回のパーティーの中では、もっとも経験の豊かなワルキュリア。しかし、ここほど、王宮でもまれな、その優雅な振る舞いの似つかわぬ場所もないであろう。飛び跳ねるゴキブリ、足元をはうムカデ、さらには闇の中からあらわれるズゥンビの群れ。それぞれ単体との戦いまでは想定していたが、まさかそんな不純、不潔な生き物の混合軍と戦うはめになるとは思ってもいなかった。
個々としての腕やらなにやらは、冒険者たちの方が上なのは間違いないのだが、数が多すぎる。
「一匹見つけたら三十匹はいるんでしょうか?」
女性の天敵の数々を見てさえも、顔をしかめただけであったラスティも、さすがに困惑した表情になってきた。戦況はわがほうに有利である。いや、個々の戦闘で負けるはずはないのだ。だからよけいに、強敵が出てきた場合の奥の手として用意したファイヤートラップのスクロールを発動するのもためらわれる。
しかし、戦いは膠着しようとしている。
「まだ、来ますか!」
霧島は舌打ちした。
弱くとも数だけはいて、わいてくるかのように敵が押し寄せてくる。
さきほどに比べれば虫の数は減ったのか、あるいは、いよいよ本命があらわれてきたということなのか、ズゥンビの数が増えてきた。
「それでは、定石どうりにいきますか」
予定とは順番がちがうが、ラスティから与ったクリスタルソードを両手に握ると、霧島は魂なき骸を斬って捨てた。
「さすが、魔法の剣です!」
それは、忍びというよりも侍の戦い方といったほうがいいかもしれない。
その横では、シルフィアもまたその職業には似合わぬ、しかし、それゆえに知恵のまわった策を弄していた。
「これでもくらいなさい!」
油入りの瓶に火をつけ、投げつけたのだ。
数だけはいてうるさい虫退治のつもりであったのだが、何本か目のそれが、 近づいてきたズゥンビにあたった。すると、ズゥンビは燃え上がり、火の玉となり、よろよろと骸の仲間たちに向かって転げてしまった。
「ちょ、ちょっと‥‥!?」
すると、その火は他のズゥンビたちにも移り、火は炎となった。そして、盛大に黒煙をあげはじめる。
ごほごほと咳をしながら後退。
入り口に戻る頃にはみな無事ながらも、すっかり顔を真っ黒にした上、目に涙を浮かべている。足元をネズミたちが走り去っていく。
「とりあえず、水! 水? みぃずう〜!?」
という騒ぎがあったもののぼやですんだ。
やがて――
「大掃除、大掃除!?」
と、鼻歌交じりの歌声や歓声が聞こえてくるようになってきた。
初期の目的を解決して、意気揚々なのだ。
掃除を進めていくうちに、中に石の棺を見つけた。
ランプをかざすと、棺の蓋にはなにか書いてあるようである。塵を払うと、そこには文字が刻まれていた。ミステリー好きのシルフィンの目がかがやく。
「古風な文体ではあるけれど、ノルマンの言葉です‥‥――」
ノルマンの言語の専門家であるワルキュリアが断言する。
それは、物語であった。
かつて、ひとりの司祭が異端者として教会を放逐されたという。そして、ひとり北の地へ向かい、そこで地上の楽園――ユグトラシルと刻まれている――を見たという。しかし、司祭はその地に安住することなく、ここに教会を建てたのだと記されていた。そして、ここに子孫たちへ贈る宝とともに眠るとある。
「開けろってことですか?」
「遠慮しないようにとの親心かな?」
ラスティンが顔を傾ける。
「そうならば――」
と、目配せをして、せぇので棺を開ける。
死体があった。胸に巨大な書物を抱え、安らか眠る、それは、人間やドワーフ。ましてはジャイアントなどとはちがう骨格をしている。
「エルフ‥‥――」
ワルキュリアは言葉をなくした。
「この書物みたいなものがお宝かな? こういう時には、けして高価なお宝は見つからないのが通例だが、今回はどうかな?」
「聖書? それじゃあ、司祭様のお宝ですし、やっぱり、ラテン語なんですか?」
カラットがのぞきこむ。
ワルキュリアは首を横に振った。
「初めに、神は――って、これは‥‥って、ノルマンの言葉で書かれた聖書ですって!」
それは異端の書であった。
ラテン語ではない。教皇庁が認めてはいないノルマンの言葉に翻訳された聖書だったのだ。これだけで、その司祭がなぜ異端とされたのかわかろうというものである。
しかも、すべてが手書きである。
エルフという長寿の種族だからこそできた芸当かもしれない。そして、過去の司祭がこの森に住んだのは、それを完成させるためだったのかもしれない。
「ご苦労様でした」
結局、その真実を村人に語るべきかどうか決められぬまま、掃除を終え、地下からあがってくると現在の司祭が冒険者を待っていた。
そして、手短に状況を説明すると、司祭は考え込むように腕を組んが、まあ、それはあとあとでということを言い、報酬の件を語った。
そこで、カラットがこんな申し出をする。
「寄付をさせてください。ほんのすこしですが‥‥――」
ただ、そんなことを言いかけて、ぐぅ〜とお腹が鳴ってしまったのはお愛嬌。顔を真っ赤にして、うつむきかけると、司祭はにっこりと笑う。
「それでは、そのお礼に朝食などいかがでしょうか? 村人の方々があったかいスープとパン、ワイン。それに女性の方々には湯船と、そしてなによりもベットを用意してくださっていますよ」
歓声があがった。
その時、朝日がさしこんできた。
ラスティが見上げると、きらきらとかがやきながら、ステンドグラスからこぼれる色の戯れは荘厳な天の姿ではなく、地上にある、あるいはあったユグトラシルという楽園の姿を描いてあったことに気がついた。