薔薇の乙女

■ショートシナリオ


担当:まれのぞみ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月25日〜09月30日

リプレイ公開日:2005年10月03日

●オープニング

「世の中には奇妙な話があるものですね――」
 そう言って、ダンテスという青年がこんな依頼を持ってきた。
 なんでも、この春、川からやってきた娘がいるのだという。
 薔薇の花に包まれた箱に眠り、上流から流れ、流れ、やがてとある村についたというのである。豪華な衣装を身にまとったその娘の髪は雪にも似た銀、その瞳は澄んだ空の蒼、頬はしらじらと沈んでゆく夕べのように染まり、あたかも去りゆく冬が我が身の姿を人の形に象り、くるべき季節に忘れ形見として残していったのではないかと村人たちは噂をしているという。
 ただ、その背中には翼があり、その小柄な娘が人ではない――村人達に知識がないため、あいまいな表現になっているがシフールであろう――ことを示しているという。
 また、村についた当時、彼女は激しくおびえ、言葉も忘れているかようだったという。しかし、理由を知りたくも、彼女自身、なにを恐れていたのかはわからなくなっていたという。記憶を失っていたのだ!
 それいらい、子供のいない夫妻のもとで養われているこの娘は、昼間はようやく人並みになったにもかかわらず、やはり夜になるとおびえているという。
「なんにしろ、薔薇の花のベットに眠るシフールの娘。なかなか詩的で、興味深い話だとは思いませんか?」

●今回の参加者

 eb0005 ゲラック・テインゲア(40歳・♂・神聖騎士・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb2433 ヴィクター・ノルト(36歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3076 毛 翡翠(18歳・♀・武道家・ドワーフ・華仙教大国)
 eb3175 ローランド・ドゥルムシャイト(61歳・♂・バード・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

 扉を叩く音がした。
「おや、誰だろうね?」
「あたしが出るよ」
 陽気な声を上げると、母の肩から娘が飛びたつ。透明な羽をはばたかせ、どこか舞うようにもみえる優雅な飛行のさまは、その少女がかつてどんな存在であったのかを物語っているのかもしれない。
 ただ、いまの彼女はそんな過去の束縛を離れ、無邪気な様子で、扉を開けようとしている。
 外から、こんなやりとり聞こえてきた。
「この家でいいのかな?」
「だから、ダンテスさんのところじゃないって、何度言えば‥‥」
 どうやら来客はひとりではないようだ。
 ようやく――彼女にとっては重たい――扉を開けると、逆光のなかに微笑む人間の青年たちがいた。
「きゃあ!」
 突然、彼女のなかでなにかが叫びを上げさせ、シフールは、あわてて老婆の背後に隠れた。
「おやおや、どうしたんだい?」
 この歳になってさずかった――シフールではあるが――娘に老婆が暖かな視線を向けている。
「初めましてお嬢さん。僕はローランド、しがない旅の詩人ですよ。貴方のお名前をお伺いしても宜しいですか?」
 それがローランド・ドゥルムシャイト(eb3175)という青年であった。
 そう言われたシフールは、ひょっこりと老婆の背中から顔をのぞかせると、不安そうに老婆の顔を見上げた。
「大丈夫だよ」
 そういって老婆は、不安げな娘をさとす。
 すると、まるで内気な娘が好きな少年に告白でもするかのような、おずおずとした態度で顔を赤らめながら、
「シュロス‥‥」
 と言った。
 それは、彼女が流されてきた山の、この村での名前である。そして、だからこそ、その名前は、この老婆ともうひとりがつけた名前であろうという推測が成り立った。
「ダンテス旦那の知り合いの方かな?」
 そこへ、家の奥からもうひとりの命名者がでてきた。
「そうじゃあ」
 ゲラック・テインゲア(eb0005)が落ち着いた態度で老人に応じる。
「こんな田舎によくもいらっしゃいましたな」
「これも仕事ですからね。それに依頼を受けた以上、きちんとしておきたいのですよ」
 ヴィクター・ノルト(eb2433)の瞳が、やさしげな様子でシフールを見つめていた。
「そうですか‥‥」
 老人の様子は、どこかさびしげだ。
「箱を見せてはもらえないでしょうか?」
 ヴィクターが頼みごとをした。
「箱?」
「シュロスさんが眠っていたという箱のことです」
「ああ、あれですか。おまちください」
 そういって老人は再び家の奥に入っていくと、しばらくしてひとの両手ほどの大きさの箱を持ってきた。
「化粧箱だな」
 ドワーフゆえに鬚こそはやし、しかも口調が口調ではあるが、そこはそれ。さすがに女性らしく毛翡翠(eb3076)が一見して、断言した。
「でも、これは‥‥」
 それは意外なまでに美しく、その四面には、それぞれ四季折々の季節が描かれている。箱の中には、いまだにかすかに薔薇の香が漂っていて、もともとはさぞや高貴な者が所有していたのではないかと想像される。
 そして、その箱を手に入れた件を確認したが、最初に手にした以上の情報は手にいれることはできなかった。ただ、同時に気になる発見もあった。
「傷が見当たらないね」
「そうじゃな」
 その箱は、川から流れてきたというには、あまりに綺麗すぎたのだ。
「言われていたほど上流から流れてきたわけじゃないのかもしれないな」
「あるいは‥‥――」

 ※

 川沿いの小道歩くと、山奥のこのあたりではすでに秋の紅葉が始まっている。木々では鳥たちが果実をついばみ、リスたちが木の実を拾っては巣に持ち帰っている。
 視線をあげれば紅葉につつまれたシュロスの山の峯に城壁が垣間見える。この地を支配する貴族の城があるのだという。あと数ヶ月もすれば、あの城からは一面の雪に閉ざされたこのあたりが見えるのだろう。
「あそこだな」
 ギルドの情報が示していたとおり、川の流れは洞穴の入り口から始まっていた。そこから先には、もはや道はない。
 ちょうどいい具合に洞穴は人間サイズまでならば、なんとかくぐれそうだ。
 四人は互いに顔を見合わせた。
 そして、足を水につけ、依頼がもう少し早かったのならばと、それぞれの表情こそはちがうものの、心の底から思うのであった。とりわけ、思いの外、水かさが深く、ドワーフのふたりの胸あたりまで水があったのは予想外であった。
「こんな状況で攻撃を受けたら‥‥」
 と、四人は息を呑む。
 その時、小鳥たちが飛びたち、リスが身を隠した。
 木々が揺れ、茶色い巨体がのっそりと顔をのぞかせた。
 熊がやってきたのだ。
(「どうする?」)
 と互いに目で会話する。が、幸運なことに熊は穴に身を潜めた冒険者たちのことは気がつかなかった。小さな魚を数匹とると、のっそりとのっそりと山の住人はもと来た道へと戻っていく。
 ほっと息をつき、明かりをつける。
 川は奥までつづいている。
 暗闇に向かって水の中を進んでいくと、始めはまがりくねっていた川の流れもやがて水路のようなまっすぐな流れとなって続いている。途中、水中のでこぼこにはまってドワーフたちがおぼれかけたり、岩につまずいて転びかけた者がいたり、足元をくぐった魚に驚いたりといった、トラブルこそあったものの、無事にそこにたどりついた。
 流れはまだ奥までつづいている。
 しかし、その頃には皆の歩みは止まっていた。
 足元におうとつがなくなり、流れの両岸には石畳の歩道がある。 
「なんだ、ここは?」
 両岸の手触りも自然なものではなく、火をかざせば、それが自然の造形物ではないことが一目でわかる。過去に――人かエルフかドワーフか、あるいはそれ以外の――誰かによって作られた建造物であるらしいことがわかったのだ。
「こんなこと聞いていませんね」
 ローランドが興味深そうにあたりを見回した。
 このような場所に遺跡があるなどギルドの情報にはなかったのだ。
 そんな中、毛がさもありなんと腕組をしながらうなづいている。
「イルドの村だもんな‥‥」
「どうしたんだ?」
「ちょっと気になってたんでね」
「なにをだ?」
「イルドという地名が気になっているのである。村の方では情報が手に入らなかったけれど、まさかこんなところでヒントを手にできるとは、予想もしていなかったのである。ルルドの泉という言葉に聞き覚えはないか?」
「それは、たしかイグドラシルの地にある‥‥」
「そう、昨年来、ドレスタットを襲うドラゴン襲来の謎を解決するヒントがあるといわれているイグドラシルにあるルルドの泉と、ここのイルドの村。語感の響きが似ておる。これは偶然か、なにかの符合かの‥‥あるいは、それとはさらにちがったあるいは何かがあるのかもしれんが――」

 ※

 照らした足元には死骸や糞、あるいは埃に転々と残る足跡と、なにか動物がいるらしいことを示している。
 ただ、すでに何時間も――闇の中にいると時間の感覚がなくなってくるが――歩いているが、まだ一度も出会ってはいない。たぶんゲラックのランタンの焔を恐れて、近づいてこないのだろう。
「敵らしい、敵もなし」
「情報らしい、情報もあれからないが‥‥」
 そんなことを言い合いながら四人は、さらに暗闇の中を進んだ。
 もはや、ここがどんな場所であるのかはわからない。
 ただ、わかるあるとすれば、こんなことであろう。
「こんなところにいれば、暗闇をキライにでもなるでしょうね」
 もしシフールの娘が、ここを通ってきたのならば夜を恐れるという原因もわかるとローランドは思った。
 やがて、川のせせらぎの音にまざって、どこかからかすさまじい音が聞こえてきた。
「これは?」
「滝の音‥‥ですか?」
「そうかもしれませんね」
「そうじゃな!」
 しばらくして、ゲラックは歩みを止めると、ランタンを掲げた。 
 見上げる天井は、真っ暗で、ずっと高いところから水が落ち、それはやがて滝壺になって、川の流れへとなっていった。
「あの箱は、ここから落ちてきたのか?」
「まさか! それでは箱にキズがなかったのはおかしいのではないですか?」
「でも、あの箱が魔法で作られていた可能性は考慮にいれましたか?」
 ヴィクターは箱を見たときのことを思い出していた。
 その時、
「これは?」
 滝壺のあたりを探っていた毛が声をあげた。
 そこには、このような場所には不似合いなドレスであったり、枯れた花束であったり、あるいは壊れた装飾品などが流れ着いていたのである。
「上に何かあるのかもしれんな‥‥」
 四人はうらめしそうに水流のほとばしる天井を見上げた。
 なんにしろ、これまでの件を依頼人のダンテスに報告すると――やっぱり、あの城は‥‥とつぶやきつつ――彼は成功ですねといって約束の報酬を支払ってくれた。
 四人は微妙に困ったような顔で互いの顔を見合わせざる得なかった。
 そう言えば、ドレスタットへ戻ってくる途上、シュロスの記憶を戻すことができなかったこを侘びに行くと、逆に喜ばれ、安堵したような老夫婦の表情が印象的であったこを最後に記しておきたい。