美しきもの

■ショートシナリオ


担当:まれのぞみ

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月07日〜07月12日

リプレイ公開日:2007年07月14日

●オープニング

(「ねぇ、きれいでしょ?」)
 声がする。
 ぼんやりとした頭の中に、その言葉が響き渡る。
 ここは、どこだったろうか――蝋燭の炎だけが燃えている。揺れる、揺れる、揺れる炎が揺れる――揺れる、揺れる、揺れる体も揺れる――落ちる、落ちる、落ちる――深い、深い、深い場所に――
(「ねぇ、きれいでしょ?」)
 ふたたび、あの声がした。
 ゆらゆらと燃える蝋燭の炎。
(「とっても、きれい‥‥」)
 ささやきかける声。
(「ねえ、炎を見ていると、気持ちがいいでしょ?」)
 ささやきかけてくるのは――わたしの声――それとも――
(「き・も・ち・い・い?」)
(「そう、気持ちいい」)
 ああ、また揺れる――体が――炎が――揺れて、揺れて――気持ちよくなってくる。体の奥底から湧き上がってくる幸福感――炎を見ていると気持ちよくなってくる。
(「は‥‥い‥‥」)
(「そう、いい子たちね」)
 ああ、なんて心安らぐ声――
「火は美しいもの。見ていると‥‥ほら、このあたりが暖かくなって、気持ちよくなっていく――」
 貴婦人が、崩れるようにして椅子に倒れこんだドレス姿の女たちに言葉をかけている。その体をやさしげにゆすっては、その耳元にささやく呪文は甘く、女たちの心に沁みこみ、誘い込まれていく。やがて、幾度も幾度も深い眠りに堕ちた貴族の子女たちを前にして、アウラウネと名乗る女は、その唇に邪悪な微笑を浮かべた。
「パリを美しくしてみたいとは思わないかしら? そう、あの美しい王宮をもっと美しく飾るなんてどうかしら?」

 ※

「お客さまたちは、全員、お帰りになりました」
 メイドが入ってきて、主人に報告する。
「そう――」
 椅子に深々と座り込んでいた女は、ゆっくりと半身を起こすと、傍らのテーブルに置かれていたワインを飲み干した。
 心地よい疲労を覚える。
 今宵、ブロア公爵家のパーティーに来た客たちは、少々おもしろい趣向の出し物を見せた。人の心を操る技――そう呼べばいいか――それを、客たちにかけたのだ。むろん、術をかけた彼女たちは、そのようなことは覚えていない。普段どおりのパーティーがあったとしか覚えていないだろう。
 それでいいのだ――
「遅くなったけれど、私もすこしは、やらなくてはあの方に言い訳もできないものね」
 くすくすと一人で笑い、アウラウネは悦に入る。
「パリ大災のはじまり‥‥でも、残念」
 女は立ち上がると、その長い髪をかぎあげあげた。
「せっかくの催しものだというのに、今晩のうちに、私は領地へ旅立たなくてはいけないもの。さぞや美しい花がパリの界隈に咲くのでしょうにね――」
 
 ※

 招待状

 きたる一夜、王室所有の離宮にて処暑をかねた仮装パーティーを開きます。
 花火なども催す所存です。皆様のお越しを楽しみにしております。
  

●今回の参加者

 ea9519 ロート・クロニクル(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb3583 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(32歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ec0828 ククノチ(29歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec2472 ジュエル・ランド(16歳・♀・バード・シフール・フランク王国)

●リプレイ本文

「放火魔騒ぎがやっと収まるか収まらないかの時期に処暑と? しかも花火とは神経を疑うのだが‥‥」
 ククノチ(ec0828)が胸につまったもやもやを口にすると、男は苦笑しながら同意だと言った。
「しかしながら世の中とはままらなぬものなのだよ――」
 そして、目を細めながら彼女の知り合いであもあり、命の恩人だと言ってくれる騎士は貴族の政治というものを語った。
「放火が収まりかけているからやるのだそうだ。なんでも、ここで中止するようでは、悪魔の陰謀に負けたことになる。だからこそ、それに屈してはいないノルマン貴族の姿を見せるべき時なのだ! のだそうだ。かれらの見栄もここにきわまりだよ」
 馬鹿らしいであろおうと言外に言い含めて宮廷についても知る騎士は語る。
「それに、今回のパーティーの主催は国王陛下であるから余計に、そういう声があるのだろうな」
「陛下? ジュヌヴィエーヴ殿はブロア卿の主催ではないか? と言っていたのであるが?」
「勘ぐりすぎだな。そもそも、今宵のパーティーには最近の社交界の花でもあるアウラウネ公爵夫人は来ないようだな‥‥ただ、この面子は――」
 パーティーの警護は、今回は騎士団の仕事ではないからと言っているわりには参加者名簿をとりだしてみせてはククノチに、ある可能性について耳打ちをした。それは、前日のこと――追憶が途切れると、時はいつしか今日となりククノチの目の前にはいつしか振袖の少女がいた。
(「そういえば、彼女の護衛ということになったのだな」)
 鮮やかな花が舞い散る着物が揺れ、可憐な絵柄の縫いこまれた袖で口元を隠しながら、チサト・ミョウオウイン(eb3601)が責任者にギルドからの依頼であると前置きして、協力を申し出ている。
「先日の要人暗殺、放火等をの首謀者の一人暗殺者アルティラなど‥‥足取り不明の者も居ます。要人の集るこの場が狙われては‥‥と応援に伺いました。ご指導の程‥‥お願いしますね」
「確か、この前の防災キャンペーンの功労者ですね」
 今回の警護の責任者だという若者が彼女に微笑みながら握手を求めてきた。いかにも人のよさそうな貴族の子弟という容姿の青年だ。
「このような場の警護――とりわけ国王陛下がいらっしゃるようなね――は、普段でしたら騎士団がするのですが、今回は貴族の方々がいやがりましてね――なぜ、我々のような高貴な者が下賎な者たちのように見張らねばならないのか! などと言いましてね」
 貴族にしては、そういう弊害から逃れているらしい青年はそういって肩をすくめてみせた。
「あらあら」
 チサトもまた目をまん丸にしてみせて驚いてみせた。
「それでは、さぞや人手が足りないでしょうね」
「ええ。ですから、腕のたつ方々のお手伝いは歓迎ですよ。それに、あなたのようなかわいらしい方でしたら、さらに大歓迎。どうです、仕事が終わったら?」
 そんな男の誘いに、チサトは、くすりとだけ笑って応えるに留めた。
 会場へと貴族たちが集まってきている。
 すでに、さまざまな姿に仮装していて素性はわからなくなってしまいる。
「見た目ではわからないな」
 失敗したなとククノチはため息をつく。
 ただ、なんとなくわかるような気がする。
 気がするだけなのか、それともそれは経験から得られるインスピレーションなのか――経験は人を変えていく――妙に大人びたチサトのため息は、しかし、これからはじまるパーティーの喧騒に中に消えていった。
 ほら――
「まるで本物の炎みたいにきらめくガーネットじゃん!」
 ざわめく客たちの中では、そんな風に女性を声をかけている男の姿があった。
 道化師の面をつけ、翼をひろげた黒い鳥を模した杖をその手にもつ、いかにも怪人という風体だが、このような場ではもちろん奇妙なほどなじんでいる。
「あらあら、これに興味があるのかしら?」
 豊満な胸元に高そうな――実際、高価なのだが――宝石で飾った女がおかしそうに、そのペンダントを見せつけながら青年を誘った。若者は、すこし甘えたようなそぶりを見せながら、その年上らしい女性にアプローチをかけていく。
 やがて、ロート・クロニクル(ea9519)がにらんだとおり、その女は自然とパーティーの中心となる。実際、ブロア家の後妻があらわれるまでは社交界の花であったという。
「それにしても、いろいろとおもしろい話を知っている方ね」
 そんな風に話しかけるロートの姿は、両手に花どころか、あふれんばかりの花束を腕いっぱいに集めて、歩くことにも困難になっているという風にも見える。
 一団が涼を求めて、外へと向かう。
「一人身なの?」
 メイド姿をした年若い娘が尋ねてきた。
 ロートは、言葉につまった。そこへ、年長者たちからとがめるように助け舟を出してくれた。このような場で、その問いは無粋なのだと。
 ほっとため息、現実を思い出した。
 実は、彼、去年、結婚したばかりである。もし、妻が今日のことを知ったらどうなるのだろう‥‥と、心の中ではドキドキとしながらも顔には、そんな様子をみじんも見せないのはたいしたものである。
 なんにしろ幸福と不幸は人生の両輪。
 片方がまわって、片方が回らぬということはない。
 家に帰った後、どんなことが起こるのかは、嫉妬深く、物騒で、騒動好きな運命の女神さまのご機嫌しだいだというところであろう。
 離宮の中から王の到着を告げる声がした。
(「洗脳された者の特徴ですか?」)
 王の到着でざわめく周囲の音を耳にしながらも、ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)の耳にはチサトのおっとりとした言葉が蘇る。
 幾度となく洗脳を得意とする悪魔の事件にかかわったという少女の話は、その少女の特有の話しぶりとは対照的でえげつなく、耳をふさぎたいほどであった。
 そんなこともあり、今宵ばかりは宴の興に応じて魔女の格好をした聖女は、その陽気な空気に酔うこともできないでいた。彼女を呼ぶ嬌声も耳を抜けていく。心はここにあらず。遠く、遠く――パリの遥か西にあるブロア公爵領へと思いがゆく。
 彼女の得た情報によると、現在のところは平穏であるらしい。また兵を募る動きもないという。パリに近づく嵐の中心は、奇妙なほど静かであるらしい。
 遺跡調査も、昨日、一通り終了となり、あとは片付けなどが残っているだけらしい。
 ただ、気になることを言う者もいる。
「公爵夫人が領地に戻ったらしいな」
 なにかが――
(「なにかがはじまる――」)
「えッ!?」
 ジュヌヴィエーヴははっとした。
 それは、はたして自分の声であったのか――ジュエル・ランド(ec2472)のはじく弦の音がして、美しい歌声が離宮の一角に響いていた。
 それは無名な騎士の物語。
 貴族が高貴なのは、血筋ゆえではない。
 血筋は祖先が成した功績を讃えるのみで、当人の高貴さを証明するものではない。同じ血筋でも、暗愚な父を支える聡明な子供もいるし、幼い王族を支えた無冠の騎士もいたのだと――
 そんな筋の物語は、彼女の思いが込められた寓話でもあった。
「そうだ!」
 しばらくの沈黙の後、拍手が起こった。
 同意だという声もあがる。
 してやったり。
 そんな微笑が、ジュエルの口元に浮かんだ。
 しかし――
「そうだ! そうだ!」
「名誉を! 名誉を! 名誉を!」
「名誉を得るための機会を! 機会を! 機会を――戦いを!!」
 あたりには時ならぬ興奮の渦が生まれてしまった。
「戦いを! 戦いを! 戦いを!」
 貴族たちの目は血走り、声には殺気すらただよっている。
 それは、あまりにもジュエルの想像を超える状況であった。
「ひどいですね」
 おっとりとした声がした。
 彼女だけが見ることができる水面を離宮の床に張り、この世を真実をチサトは見つめていた。あたかも暴徒と化そうとする群集たちには糸がつながれている。
「操り人形というわけですか‥‥」
 憑依というわけではない。後催眠のようなものだろう。しかし、火のないところに火はたたない。催眠もまた同じである。そうなるだけの要素が、かれらの心の奥底に持っていたのだ。そして、闇より伸びた操りの糸は、それをからめ増幅させた上で、このような姿として心の表に浮上させたにしかすぎない。
 あたかも戦場のような喧騒のまっただ中に、花火の音が響いてきた。
「こんな時に!」
 ジュヌヴィエーヴは舌打ちをしたくなった。
 国王が護衛の者に守られながら、会場を後にしていく。
「隊長が言っていたのは、こういうことか」
 人ごみにもまれ、小さなククノチの体はうなった。
 感情におぼれた一部の貴族たちは日ごろから溜まった憤懣を爆発させると、机を倒し、椅子を蹴り、剣を抜いてはあたりを斬りつける。子女たちは逃げ出し、貴族の子弟たちによる警護隊など用をなさない。
「皆さん落ち着いて! 出口はあちらです。押し合わずに!」
 とりあえず、会場を落ち着かせなくてはならない。
「見えない敵である!」
 ククノチは、うなった。
 姿なき黒幕がひとの心の闇をつき、陰謀を巡らしているかと思うと、腹がたってしかたなかった。しかし、いまはそのことを悔いてみてもしかたはない。やるべきことをなすまでである。仲間たちと話し合ったとおり、外へと向かう。
「火‥‥」
 うっとりとした目で見つめる者がいた。
 まるで惚けたようなまなざしで、舌で赤い唇を舐め、女は指先を伸ばす。
「あっ!」
 まるで蝋燭に灯るように、手袋の指先に火がつく。
「あぁあ‥‥」
 女は、歓喜をあげた。
 そのまなざしには、愛しいものを見つめるような微笑が浮かんでいる。
「なにをやっているんですか!」
 ジュヌヴィエーヴが、あわてて、それを止める。
 なおも、女は火に手をのばそうとする。
「おやめなさい!」
 ぴしゃりと、その頬をたたく。
「えっ‥‥」
 やがて、そのまなざしに正気が戻ったかと思うと、その女は指を反対の手でいたわるようにつつんで、激痛のあまり、悲鳴をあげた。
「火よ‥‥」
「火‥‥」
「なんて綺麗なのかしら‥‥」
 他の女たちも、燃える火に手をのばし、その身をささげようとする。ドレスに火がついた。
「自分に火をつけるか!?」
 チサトの放った水球が、ドレスに火をつけた女たちをずぶぬれにした。
 そのとたん、女たちは膝をつき、気を失った。
 あたりでは、男どもが周囲に火をつけてまわっている。すでに自分がなにをしているのかわからなくなっているのだろう。
 いよいよもって、手がつけられなくなってきた。
「お待たせ!」
 そこへ、さっそうと別の男たちがあらわれた。
 それを指揮するのは道化師仮面の男。
「そっちだぜ!」
 ロートが杖をふるいながら命令をする。さきほど、女性たちをエスコートしながら離宮の地図を頭の中にたたきこんでいるから、指示はばっちりだ。
 噴水からここまでのバケツリレー。
 こうなってしまえば、貴族も従者も男も女もない。警護係の貴族の子弟はもちろん、正気の連中をかりだしての鎮火騒動と暴れている連中の拘束。
「伝令や! 伝令や!」
 そんな中、ジュエルが飛ぶスピードの早さを買われて伝令係となっている。四方八方へ飛び、あたりの情報を集めては報告、報告しては他の部署へ伝令。
 それを受けてロートが新たに命令をだす。
 ふだんだったら貴族のような連中が彼の言うこと聞くことはめったにないが、状況が状況だ。彼自身のパリに知れ渡る名声はもちろん、さきほどの貴婦人が後ろ盾になって物事はうまく運んでいく。
「ありがとよ! 勲一等ものの活躍だな!」
 ロートがジュエルに破顔一笑、ウィンクを送った。
 なんにしろ、このような時に空を飛べる者は有利である。
 ただ、彼女としてもこの活躍は予定の内ではあっても――失敗したわ、という自責の念があってのことでもある。
 あの詩歌で貴族たちを奮い立たせ、火災の時などに活躍することを期待したのだが、野心をあおることとなってしまったらしい。
 何者かが女たちに火に対する暗示をかけているのならば、他にも仕掛けがあるかもしれないことを念頭においておくべきであったかもしれない。
 そうこうしているとこへ騎士団の一行が到着して、不穏分子の貴族を捕まえるなどして、後始末をはじめた。
「ひどいものである」
 騎士団をつれてきたククノチが、ぷんぷんと頬をふくらませる。姿を見せぬ悪辣な黒幕にまんまとのせられてしまったと思うと腹がたつのだ。そこへ、けが人を見るためにあちらこちらを駆け回っていたジュヌヴィーエヴが通りかかった。
「それでも、被害は最小限で食い止めることができましたよ」 
「そうそう――」
 と、報告するつもりでいたのにパーティー会場では顔をあわせることがなかったた相手に情報を伝える。
「あの男女たちは、皆、アウラウネ公爵夫人での取り巻きだったし、なによりも彼女がやるという降霊会の常連だったらしいのだ!」
「降霊会という雰囲気が催眠術をかけるのにはうってつけの舞台ですね」
 チサトが補足説明をする。
「じゃあ、領地に戻って――」
 ジュヌヴィエーヴの心に不安がよぎった。