●リプレイ本文
「いやな雲行きだ‥‥」
その特異な血の証である耳を隠すために深々とかぶったヘルムを、さらに一段と深くかぶるようにしてロイ・グランディ(ec3226)は空を見上げた。
ぶるりと体をふるわせる
秋だというのに、きょうは一段と寒い。
人気のない村が、その気持ちをより冷たくもする。
そこは、村人たちがつぎつぎと奇異な死体となって発見されつづけている、呪われた村であった。
はじめての事件が起こってから、はや一ヶ月。
すでに村に残っている者たちも多くはない。
そして、その少数の人々が家々、あるいは教会にこもって、どこからか近づいてくる死の足音に恐れおののきながら息をこらして暮らしている。いまや悪魔に憑かれたとしかいえないその村には冷たい空気しか残っていないようにも見えた。
「もっとも、悪魔の影は見えないように見えますが‥‥」
寒さから逃れるようにローブで顔を隠しながら、情報収集を終えたレヨン・ジュイエ(ec0938)がぽつりとこぼした。
影に隠れた顔は、あたりの空気と同様に重い。
突然、周囲の木々がざわついた。
ロイたちもびくりとしたが敵襲ではなかった。
自然、安堵の笑みがみなに浮かぶ。
「風か‥‥」
誰となくつぶやく。
きょうは秋だというのに風笛すら吹いている。
まるで、この村に降り立った死神が鎌にもたれかかりながら、どこかで冷気をこめた口笛を吹いているかのような、そんな不気味な音を風がかき鳴らしている。
振り返れば、教会の扉の向こう側では、茶色の髪をした青年がレヨンの提供した食品を配給しながら村人たちをはげましている。
小さな教会の司祭もかねていた役人のレジーナが冒険者たちに頭をさげ、重い扉を閉めた。中から赤子の泣く声がしていた。
「さあ、行きましょう」
一礼してレヨが皆を促す。
「森の西側に偏っているな」
道中、ミラン・アレテューズ(eb7986)はずっと地図をのぞきこんでいた。
死体が発見された位置、足跡が目撃された場所、それらが見つかった日、そんな村人たちから集めた情報を書き込んだ模写した地図である。ばらばらな証言も、こういう形にすれば無言ではあっても何かを語りかけてくる。あたりの雰囲気に反して、彼女の赤い唇にうっすらとした微笑があるのは、今朝の占いの結果が、気休め程度ではあってもそれなりのものであったからなのだ――女の勘は正しき道を見つけたようだ。
森の小道を進む。
森の入り口では、あれだけ騒いで聞こえた木々のざわめきも奥に来ると静かなものに感じてくる。
あるいは、風はやんだのだろうか。
奇妙なまでの静寂の中を進む。
「気持ち悪い事件だね。鎌を持った昆虫といえばカマキリだけど、ジャイアントマンティスだったらやっかいだ」
ロイがひとりごつとレヨンが、ほぉという表情をつくった。
「どうしたんだ?」
「ロイさんも、ジャイアントマンティスも怪しいとにらんでいるのかと思いましてね」
レヨンは同じ司祭であり、いまも教会で村人たちのケアをしている人物ととも、その線で調査したのだという。
「ジャイアントマンティスというのは?」
アフリディ・イントレピッド(ec1997)が口を挟んできた。
心中、この事件の犯人は巨大な昆虫でないかと推測していた彼女にとって、その言葉は口調とはちがって、確認のものでしかなかった。
「カマキリですよ。それも、巨大なモンスターのね」
レヨンも、それはわかっていて一般的なことを述べるにとどめた。
ライが首をひねる。
「それで行動範囲が狭いわけか‥‥」
「縄張りというわけでないでしょうが、まあ巨大な昆虫の類ですからね。それほど広い行動範囲をもっていないのではないでしょうか? 専門家ならば、よりちがった意見を‥‥――」
レヨンの言葉が途切れた。
まわりの戦士たちのようすがかわっている。
風がやんだ。
鳥たちの声が消えていた。
奇妙な静寂があたりをつつむ。
(「なにが――」)
不安が、その空間を支配し、自然、それぞれの得物をもつ掌に冷たい汗が浮かんだ。
枝葉がざわめく。
鳥たちの羽ばたく音がした。
雨粒が空から落ちてきたかと思うと、突然、巨大な鎌がかれらを襲った。
※
「あッ!?」
「どうしました?」
村の救済にきていた司祭がレジーナに声をかけた。
「あ、いえ、お気に入りのカップが割れてしまったんですよ」
役人というよりも、村のいたいけな少女という容姿の女が応えた。
冒険者たちが訪れたときに、もてなしに使った食器を片付けていた時に、落ちてもいないのにカップが突然、割れたのだという。
「まさか、かれらに!」
「ヘンなことを言わないでください!」
年上ぶってみせて女は司祭にめっといった。
そして、それらを片付けると礼拝所へと向かう。
ちらりと中を見ると、救いを求め、ただ祈り続けるだけの人々が垣間見える。昨日、彼女が洗礼をおこなった赤子が泣いている。その子の父親は、ちょうど、その子供が生まれた日に謎の殺人鬼に首を刎ねられ天へと召されてしまっている。
「どちらへ?」
いたたまれなくなったように、女がその場を立ち去ろうとするのを彼が止めた。
「あの方々からお預かりした馬さんたちに餌をやって、テントの始末をしておかなくてはと思いましてね。もはや、あの方々だけが我々の唯一の希望なのですから、やっておけることだけでやっておこうと思うのです。それに、もしも――」
「えッ?」
「もしものことがありましたら、あとのことはよろしくお願いします。可能であるのならば、生き残っている人々を守ってパリへ連れて行ってくださいませ」
※
死神が、その鎌をふるった。
不意の一撃が、アフリディを直撃する。
うまく右腕の攻撃は回避したつもりだったが、襲撃してきた彼女もまた両手利きであった。もう片方の腕の攻撃をよけれなかったのだ。
地面にたたきつけられ、転がって、背後の木にぶつかった。
森のあいだから姿をあらわした鎌ふるう死神は、巨大なカマキリであった。
「やはり、ジャイアントマンティスか」
ロイは目を細めた。
「まあ、でかいとはいっても所詮は昆虫だ。腹が柔らかいからそこを狙うか、足の間接部分の細くなったところを切り落とすか」
そうは言っても、まずはアフリディの場所からジャイアントマンティスを遠ざける必要がある。
ロイは手近にあった小石をジャイアントマンティスを投げた。
狙いはたがわず頭にあたり、巨大なカマキリがふりかえった。
「さあ、来いよ!」
注意を引くように挑発して、森の中を後退する。
本能のままジャイアントマンティスが突っかかってくる。
「どうだ?」
ジャイアントマンティスが、その場から離れていくと、ミランに護衛されたレヨンがアフリディに駆け寄る。
司祭が怪我を見る。
血は流れているが、外傷はそれほどでもない。
しかし、体の中はどうだ?
調べようとした近づけた手を、アフリディがはらった。
ゆった髪がほどけ、長い髪がばらりとはらける。
長い髪をふりみだし、血をぺろりと舐めるとアフリディが立ち上がった。
ぽつりと、その唇から言葉がもれる。
「‥‥じゃ‥‥ないよ!」
「えッ?」
ふだんの彼女ではない口調。
それは――
「狂化か‥‥」
同じ種族の血を引くレヨンに直感が告げた。
そして、
「この虫ころが、舐めんじゃないよ!」
アフリディが目を血走らせ、十手をつきたてたかと思うと、ジャイアントマンティスの背後から突撃をかました
つづけざまロイが、同じ箇所にバーストアタックをかました。
「俺もつきあうぜ!」
ふたりで、木々を盾にしながら奇襲をくりかえす。
しだいしだいにジャイアントマンティスの体には傷が増えていき、ついに、右手の鎌が飛んだ。
「戦いは気合よ!」
アフリディの鋭い視線が巨大な化け物をにらむ。
そして、天空で二転、三転として鎌が地面に突き刺さった。
それが、最期の幕開けとなった。
すでにジャイアントマンティスには体力などありはしなかった。
あとは、血に興奮した二体の戦士たちに狩られる、それしかない。
いや、そのときの彼女はすべてをやりとげた抜け殻であったのだろう。
「やったか」
巨体が倒れ、その首を切り落としたところでロイが、やれやれと肩で大きく息をついた。
「いや、仕事はまだあるよ」
ミランが言う。
「仕事が?」
「ジャイアントマンティスは、倒したじゃないか?」
他の仲間たちはいぶしがるよな顔をした。
「ジャイアントマンティスだって昆虫だって、さっさき言っていたじゃないか?」
「そうだが?」
「それだったら秋だもの、昆虫が卵を産んだりしたとは思わないのかな?」
「ああ!?」
ふたりのハーフエルフは声をあげた。
「だから、エサの為に人や動物を襲っていたのですか!」
レヨンもはたと気がついた。
「でも、卵はどこに?」
「おもしろいものがあるよ」
地図を開くとミランは、その指先で事件現場をなぞってみせた。
「これは?」
「まるで、なにかを囲んでいるようにみえない?」
「!?」
※
案の定、その中心にはジャイアントマンティスの卵があった。
木に産み付けられたそれは、まるで、こんもりとした小山にも、巨大な泥の塊にも見えた。これが、さきほどのジャイアントマンティスの生んだものなのだろうか。
四人は用心するように、あたりを見回した。
風が吹いた。
がさがさという音がした。
木々のこずえにジャイアントマンティスが首が見えた。
「また、いたか!」
「ちがう!」
どさという音がして、四人の目い前に転がり落ちてきたのは、首だけとなったジャイアントマンティスであった。
「これは?」
「メスの餌になったのですよ」
レヨンが首をふる。
事前にジャイアントマンティスについて調べたところ、カマキリは交尾中にメスがオスを食べることもあるという記述があったのだという。
「ならばデカイ昆虫も同じだな」
「確証はありませんがね」
「なんにしろ、食べられたというわけだね」
「子孫を残すために――」
世間では呪われた血をひくと陰口を叩かれる一族の女が、そうとだけ言うと、四人は無言になって、卵に火を放った。煙が天へと昇っていくと、しだいに雨はこぶりとなってきた。そして、ふいに西の空の雲間がひらき、天から一条の光がさしてきた。
「あッ」
レヨンは打たれたように膝をつき、両手を組んだ。瞑想するようにまぶたを閉じ、死者の魂に平安を祈ると、ラッパの鳴り響く音がして、赤子の笑い声がした気がした。
冬のはじまりを告げる風の音がしていた。