折れた翼
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■ショートシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月30日〜01月04日
リプレイ公開日:2008年01月07日
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●オープニング
誰か、話をしてください。
私に生きる勇気をください。
心の翼が折れたのは誰?
※
「帰れ!」
それが、第一声であった。
扉が開き、こごえたように体をふるわせながら入ってきたマントの男を見るなり、冒険者ギルドの主人は叫んだ。
「おい! 塩をもってこい!」
ありとあらゆる呪いの言葉を口にするのだが、客の方は聞く耳などもたないといったていで、頭にかぶったマントを脱ぎ、体にまとわりついた雪をはらいながら赤い髪の男は席に腰掛けると、近くにいた女に声をかけた。
「そこの、かわいい姉ちゃん! 熱い酒をよろしくな!」
「だから、ここは酒屋じゃねぇ」
「じゃあ、どこの部屋で、あの娘‥‥」
そんな風に笑う男に向かって、主人のこぶしが飛んだ。
ひょいっと椅子に腰掛けながらも、男は絶妙なバランスでよけてみせる。
日ごろから目をつぶっても、船のマストの上を歩けると自慢するだけのことはある。そして、ひとあたりのいい、あの笑顔で仕事の依頼をした。
「知り合いを救って欲しい」
それが、彼の依頼だった。
数年前、その知り合いはみずからの過ち――依頼主に言わせれば何十人もの敵の中を三人だけで突破しようとしたときの不慮の死‥‥あるいは名誉ある死を誰が責めることができるか?――によって、その共通の友人を亡くしたのだという。
それっきり、すべてを捨て、いまでは故郷の村に戻っているらしい。
その彼を再び世間にひきずりだして欲しいのだという。
「ああ‥‥わかったよ。」
依頼を出すようにと部下にいって、主人は依頼主にしっしと手をふった。
「なんだ、それだけか?」
「だから、さっさと帰れよ!」
「まあ、そう言いなさんな」
だされた酒をひと息で呑むと、男は、お代わりを要求した。
「それで、お前は、その人物をどうしたいんだ?」
「飛べない鳥は‥‥」
いわれた男は目を細めた。そして、ギルドの屋根によりそう鳥たちの親子がいたなと、つぶやいて、
「かわいそうなもんさ。できれば飛べるようにしてやりたいものなんだよ。その後で、どこへ行こうが知ったことではないがな――」
「それが、たとえ叛旗になろうと‥‥かな?」
「かまわんさ! そうなったら、俺がみずからうちやぶってやるまで――」
そういい掛けて、主人の顔を惚けたような表情で見つめて、こんどは依頼主が怒声をあげていた。
「‥‥って、てめえ、縁起でもないことを言うんじぇねぇ! つうか、そんなことをやっている暇はないんだよ有能な人手が欲しくてだな――」
※
空気のすんだ冬の一日、天気のよい日などにドレスタットの港から海をながめていると、海上に黒い影を見つけることがある。
よくよく目をこらせば、航路から離れた場所に小島があって、そこには高い建造物があることまではわかるかもしれない。
「シーヴァレス村の修道院‥‥」
マントを頭からかぶった女が、港にたち、ぽつりとつぶやいていた。
あたりには腰に剣をやった屈強な者たちの姿がある。
彼女が見つめる島は、ドレスタットでもっとも高名な修道院であるとともに、もっとも悪名高い監獄でもある。
もとより、村に数軒の家族と修道院に十数人しかいないような寂れた漁村であり、冬などは、定期的な連絡船もとだえがちになることが多いから自然、修道院は自給自足を旨とするようになる。
そこに、その男がいる。
現在では修道士として、清貧を絵に描いたような生活を、この男、名をサラス・バレルという。かつては命知らずの冒険者として名をはせたものである。しかし、昼間の月が太陽によりそう白い影でしかないのと同じように、そんな彼の姿もあまりにも光かがいていた、かつての仲間の名声にかき消されている。
エイリーク・ロイジ。
その名前を知らぬものは、このドレスタットの地にはいない。
ドレスタットの若き支配者である男の片腕として力を手にして生きたこともあるサラスは、だが、いまでは夢を失い、生きる気力すら失いかけた影のような存在であった。しかし、その心の奥底には、まだ捨てきれぬ思いがあるのか、きょうも海岸べりの岩に腰掛け、遠く、対岸のドレスタットのある方角ばかりを見つめている。
「どうしたのだ?」
修道院の僧がまがりくねった石の階段を降りてきた。
「きょうも考えていました‥‥」
若者はこうべを横にふって、老いた修道僧に応えた。
「ただ‥‥死んでいった友人のことを‥‥そして、わたしはどのような謝罪をして生きていけばよいのかを――誰か、話をしてください、私に生きる勇気をください――」
そして、ふたたびサラスはドレスタットの方角を見るのであった。
彼はそう考えているのが自分だけではないとは知らない。
※
「あら!」
いままで海を見つめていた、その女がくるりとふりかえると、そこには彼女の旦那様がいた。用事があるから、ここで待っていろと言われて、ここで待っていたのだが、すでに用件は終えたらしい。
マントの男たちが礼をしている。
と、ひとりの男が船から降りたかと思うと夫のそばまでやってきて、その耳元になにごとか告げた。
「なんだとノルマン海賊どもをお前も見ただと? 最近、たまに話に聞くがひとの庭先でご苦労なことだな‥‥いや、どこかの島でも狙っているかな? きな臭い匂いがしてしょうがねぇな、いよいよサラスのやつをひっぱりださなくちゃならねぇな‥‥」
※
誰か、話をしてください。
私に生きる勇気をください。
夢を見失った私に、誰か。
自分を見詰めなおせるように、誰か、話をしてください。
そう望んでいる男女のために、誰か。
●リプレイ本文
カルルくんの日記
――そういえば、島に行く前に、ちょっと気にもなるから海の魔物が出るっていうから港で情報集めとかもしておいたんだ。
「どうした!」
カルル・ゲラー(eb3530)の背中を叩いて、大きな声で笑う者がいた。
揺れる小船の中でふりかえれば、鳳令明(eb3759)が、ひとのいい兄貴といった顔でカルルに笑いかけてくる。
「彼女も、思うところはいろいろあると思うけど、過去があって今があって未来があるのじゃ。たとえそれがどんなに辛い現実であったとしても、それがその時に行われた最善の判断であり結果なのじゃ」
青年らしいすがすがしい笑顔と、老人めいた口調。
なんとなくおかしくて、でも、笑っちゃいけなくて――カルルは、大きな茶色の瞳にあいまいな微笑で応えた。
ひとの心の問題は難しい――
誰だったのだろうか。
港で、海獣についての情報を集めようと、あちらこちらを走っていたときに、苦笑いしていた男がいた。
どうやら、そちらはそちらで何か難題を抱えていたようだ。
話を聴いてみれば女がらみの話。
「女の心は海みたいなものさ。いつ荒れるかわかったもんじゃない。さっきまで、平穏だと思っていたらよ――」
「なにごとかあったんですね!」
頭をかく男にカルルは笑いかけた。
何でもない、どこにでもあるような男女間のごたごた。ちょっとした愚痴をすると、プレゼントでも買って帰るさといって男は立ち上がった。
立ち去り際に、
「雪がふりそうだしな――」
じきに天気が悪くなると予言していった。
「悪くなってきているな‥‥」
船上のフレイ・フォーゲル(eb3227)が空を見あげる。
北風に舞う白い妖精たちは死の歌を歌いはじめ、海原は上下に激しくゆれ始め、船の縁に捕まっていなくては、荒れた海に投げ出されそうなほどになってくる。
「じきに島だぞ!」
船長が旅人たちに叫んでいた。
※
岩に激しくぶつかった波が砕け、砕けては空に舞い上がる。
舞い上がった潮と舞い散る雪が薄暗い空で踊り、舞台上の背景は、白くかすんで水平線に消えていく。
冬の北の海は、いつも、そんな陰気な気分にさせられる風景だ。
そうでもあって、ジークリンデ・ケリン(eb3225)は、そのまなざしにかかった、白い靄のような海原を見つめている。
きょうも日がな一日、岩場に腰掛け、膝を抱えながら海を眺め続ける。
その曇ったまなざしには未来は映っていない。
彼女を縛りつける過去という鎖につながれ、海辺に座り続ける彼女は、あるいは岩に縛り付けられた乙女のように、海の怪物に喰われるのをただ待っているのかもしれない。
遠くの水平に不気味な影が浮かび上がっていた――
「お、やはり、ここにおられましたか!」
修道院の僧が駆け寄ってきて来客の訪問を告げた。
老僧に手をとられ、操り人形のようにジークリンデが立ち上がると、金色の髪をしたジークリンデ‥‥姉のフレイア・ケリン(eb2258)が妹の顔を見つめていた。
「‥‥‥‥――」
「お前‥‥」
向き合ったふたりの金と銀の髪が風の中にからみあい、溶け合い、暮れ行く夕暮れの中に、冬の海辺の映し鏡であるかのように見えていた。
姉が妹の手をとった。
修道院の横――さすがに女性だということで配慮はしてくれたらしい――にジークリンデの東屋がある。
質素といいよりも殺伐とした部屋は、すべてを捨てた女にふさわしい空虚な庵であったかもしれない。
フレインが扉を開けると、にゃんという声がして、まだ開けたばかりの小さな隙間から小さな影が出てきて、ジークリンデの足元にまとわりついてきては小さく鳴いた。
(「えッ!?」)
小さな驚き、大きな戸惑い。
「ごはんができているよ!」
カルルの、あのとろけてしまいそうな甘い笑顔が迎えいれてくれた。
修道院から借りてきたのか、狭い小屋の中に机を持ち込み、蝋燭が炎を燈している。
温かなスープがジークリンデを誘う。
「ボクが作ったんだよ!」
お腹がきゅるりと鳴った。
席を勧められ、ジークリンデは腰をかけた。生きることすら放棄した妹に、姉がスプーンをとり、その唇へスープを運んでやった。
「お‥‥い‥‥し‥‥い――」
自然とつぶやきがこぼれる。
やがて、ワインが枯れた頭脳にアルコールを運び、魚のはいったスープとパンの簡単な食事が、女の腹を満たす。
きょうばかりは、暖かな家庭の空気が、その場にはあった。
蝋燭の火に、ジークリンデの対に座ったフレイの顔が浮かび上がる。
まるで、まだ知らぬ未来を求める乙女に問いかけてくる占い師。心を解きほぐすように、やさしく微笑みかけ、ただ待っている。
なにを――
なにを待っているのだろうか。
ただ、蝋燭を見つめる。
揺れる、揺れる――
はじめは、静寂があった。
鼓動が聞こえてくる。
やがて、暖炉で木々のはぜる音がした。
遠く、海鳴りがする。
胸の鼓動がする。
海鳴りがする。
鼓動がする。
海鳴りが、鼓動が、海鳴りが、鼓動が――くりかえし、くりかえす、そのリズムは、ただ静かに太古のリズムは打ち鳴らしている。
いつしか、彼女の心は外の世界とリンクしていた。
いや、かつても、そしていままでもつながってはいるのだ。
ただ、閉ざしていただけ。
彼女が、それを拒んでいただけなのだ。
ぽつり、ぽつりと心を蝕む氷の鎖が溶けていく。
「心が無ければ苦しまなくてすむのに‥‥心なんて無ければ傷つかなくてすむのに――」
溶けぬ思いは、根雪のように重い。
(「ふむ、だいぶ悪いようだな。なにを何処までできるのか分からないが、つきあわせてもらおう」)
フレイは心の中でつぶやいた。
しかし、言語として口にする言葉は占い師の常で謎と問いかけに満ちている。
「零れた水は元に戻らないが、生きてもう一度水を汲むことはできる。痛みを糧として生きなさい、貫ける意志は何時だって貴女の心にあることを忘れてはならない」
蝋燭を消す。
狭い小屋の中で、ぎゅうぎゅうになりながら眠ることとなった。
いつものように黒猫がジークリンデのもとへ来て、湯たんぽのように胸元に入りこんでくる。
(「あら?」)
「いっしょに寝ましょ!」
「え?」
ジークリンデのまなざしに、ほんのすこし戸惑い――そんな色が浮かんだ。
うんともすんとも言えないうちにフレイアが同じ毛布にに入り込んできて肩を並べた。横になることもできずに両膝をふたりでかかえたまま、肩を寄せ合う。
まるで、恋人同士のように、幼き日のように――
「こんなの、いつらいかしらね?」
ひとつマントにくるまって、闇の中に姉のくすくすという笑いが小さく響く。
(「いつ‥‥いらい――」)
そうだ、本当にいついらいなのだろうか。
これほど、姉のそばにいることができたのは‥‥ひとの肌のぬくもりをじかに感じることができたのは――。
実際、姉は、めったにこんなことをしてくれる人ではなかった。いや、本人もそれはわかっているのだろう、妹に語りかけている声は親しみをこめたやさしいものであるが、ところどころに緊張したようなところも感じられる。
「生きることは苦しきこと、だけどお前は自分を辞める事も殺すこともできないのよ。
苦しみを受け入れなさい、そして、自分の周りをもっとよく見なさい。お前にはそれができるはずよ」
額に頭をつけ、姉が笑いかけてきている。
「そして、疲れたのならば戻ってきなさい、私の大切な、私の大切な妹‥‥」
ふたたび、こんどは全身の力をこめて姉が妹を抱いた。
その細い腕が血を分けた片割れの細胞のすべてを抱きしめる。
「‥‥さん――」
ジークリンデの頬が、真っ赤に染まった。
やさしく抱きしめる姉の体は暖かい。
姉の鼓動すら、その肌ごしに感じる。
幼い頃、母に抱かれた、あの頃のように――母によく似たまなざしを見つめあった。
青い鏡に映える金と銀。
いつしか、まぶたには涙が浮かび、声なき声は嗚咽なって小屋の中に響き渡った。
泣く子供をなだめるように吹雪が歌う。
海が歌う。
姉があやす。
まるで、それらがかつてあった幼き日の再現でもあるかのように、ジークリンデは泣いて、泣いて、泣いて――いつしか、泣き声は波の音のかき消されていた。
雪の音に女の寝息がまじる。
ただ、大地にある音だけが世界を包んでいる。
月も、星すらない空は
海と雪の子守唄が、いつしか音になった。
白々とした光が、遠くからさしてきた。
まぶたが動いた。
やがて目がうっすらと開き、ジークリンデは目を醒ました。
姉と猫を起こさないように、注意しながら、マントから抜ける。
かつての傷は心にまだ棘のようにささってはいる。
しかし、いまはそれを受け入れて、それでも立っていることができる。
彼女は、その朝、ふたたび生まれたのかもしれない。
ジークリンデは立ち上がった。
「そうして呆けているのは先に逝った友の命を馬鹿にしているのに等しいのじゃ。命がある限り人は立ち上がって歩き続けるのじゃ。それが、生き残ったものの使命であり、大切な思いが受け継がれる限り人は生きつづけるのじゃ‥‥むにゃむにゃ」
足下から寝言がする。
老人めいた口調の若者にジークリンデは、くすりと笑った。
扉をそっと開ける。
北風にのって雪が小屋の中に入り込んできた。
凍えるような冷気。
しかし、朝を迎え、白々と明けてゆく世界のなんと美しいことか。
自然、まぶたに涙が浮かんできた。
同じ、涙。
しかし、それは昨晩のものとはちがう。
涙を指で払い、ジークリンデはつぶやいた。
「もういちど生きてみたい」
いっとき、放たれた言葉は、枯れた泉がふたたび生命を得たかのようにあふれだしてくる。さっと、雲間が割れ、朝日がさしてきた。
凛々しくある女の顔にさす光は、あまりにも神々しく、そして初々しくもあった。
「私には、まだ、帰れる場所があると分かったから。こんなにも大切な人たちがいると分かったから。譬え、忌み嫌われ蔑まされようとも、この身が業火に焼かれ滅びる運命にあるとしても、私に生きる勇気をくれた大切なひとがいる限り、諦めないで生きて歩み続けよう。だから、立ち上がろうもう一度! もう一度! もう一度‥‥――」
※
「どうしたのじゃ?」
「お世話になりましたから――」
暖炉の上にあった小箱に手をやりながら、ジークリンデが応える。
なんとか自分を取り戻したらしい彼女は、その日の朝は、朝から起き出してお返しの準備をしているようであった。
だからといって、なおりかけの人間に無理はさせることはできない。
早起きした彼女は、そのあと起きてきたカルルに手伝ってもらい、ひさしぶりの――本当にひさしぶりの朝食を作り、皆にふるまったのだ。
朝食が終わるとジークリンデが小箱を開けた。
「これは、いいものですね」
フレイは、彼女かの贈り物を手にするといろいろな角度に見回しては、それの価値を認め、目を細めた。しかし、眼福、眼福とつぶやくと、ジークリンデに手に返した。
「是は貴女がもっていきなさい。私には必要のないものだ。不満があるのではない、是を貴女に託すのだ。そして、その力を人の為に役立てて欲しい、私の望みはそれだけだ」
手のひらにプレゼントを置き、彼女の指先を折る。
「ぼくもいらないよ!」
カルルも、そう言い、姉もまた――三者三様の、しかし、内容な同じ心からの謝礼と受け取りの拒否であった。
「ぼくたちは友だちだよね。アイテムやお金って大切だと思うけど友情ってそういうものじゃないと思うんだ。ぼくは、おねえさんと友だちでいたいから、何も受け取らないし、ぼくにとって一番の報酬は、おねえさんが生きる勇気を笑顔をとりもどしたことだよ。
「誇りを持って生きなさい、強く、力の限り」
返す言葉もない。
突然、なにかの音がした。
なにかあったのか鳳が扉を開け、一息つくとふりかえって、叫んだ。
「来たよう、じゃぞ!」
「えッ?」
仲間たちが武器をかまえる。
強風にまじって戦いの歌が聞こえてきた。
扉を開くと、空は吹雪、海は渦をまきながら荒れる海から迫ってくる船がある。矢を放ちながら、上陸しようとしているのは悪魔を奉ずる海賊たちであった。
そして、その船の底には巨大な何かの影がしばらくのあいだ見えて、やがて消えていった。
予言者は告げる。
「強大な魔の力が迫り、逃れえぬ大きな戦いが始まるでしょう。その日は近い――」と。