学び舎を作ろう
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■ショートシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月21日〜01月28日
リプレイ公開日:2008年01月30日
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●オープニング
とある騎士の皮肉な言を借りるのならば、
「祭りが好きな者はたくさんいるし、その準備が好きだという物好きもたまに見かける。しかし、祭りの後片付けが好きだという奇特なヤツにはお会いしたことがない」
ということになるのだが、たとえドラゴンの襲来という未曾有の危機であってさえも非日常であったことにはかわりなく、日常とはちがった活気のようなものがドレスタットにあったことに違いはなかった。
そして、それが去った現在、この街に戻ってきた日常という平穏な空気は平和というものの体現ではあったこもしれないが、一方で、ドレスタットの再建という重い宿題が姿をあらわしたことも意味する。
そして、宿題の山をとりあえず見なかったことにしようとする者も少なくはない。
その意味では、かのドレスタットの英雄であるエイリーク・ロイジでさえも多数に属する者であるといえた。
「それで予算はもらえるのですか?」
愛人の数だけいると噂される官僚が、今日も職務室の前に長蛇の列を作っている。
机の前にしばりつけられたドレスタットの主人は、その日も屈強な兵に左右の肩を押し付けられて書類と報告の山と格闘していた。
かってにしろとばかり頷こうとすると、横から叱責が飛ぶ。
やや目のつりあがった女は彼の愛人のひとりではあるが、だからといって公私を混同するような者ではない。財務を司る者としての、当然の義務から主人の放漫な決定をしかりつける。
「あらあら‥‥」
あたりからため息がもれ、ならんでいた役人たちも自分が、ここに並んでいたという証拠を置いて、すこし早い昼食にいってしまった。
「ちょ、ちょっとまて、まて‥‥」
耳にたこができるほどしかりつけられエイリークがようやく反論の言葉を口にすることができたのは、それから一刻は過ぎた頃であった。
「待てとは? そもそも、私たちには無限の財布を持っているわけではありませんよ? 去年の収支は報告したはずですが?」
「いや同じことを何度も言われてもだな‥‥」
「また、言いましょうか? これというのも、クリスマスの前後に仕事を放り投げた結果ですよ! ただですら、ドラゴン襲来で税を納められない人たちからの徴収をやめた結果、財政が逼迫しているというのに奔放な国家運営をしていいわけではありませんよ! 払うべきところには払う、ケチることができるところはケチる! 財政とは国家百年の大計を表現したものなのですよ!」
「なあ、だからさ‥‥」
ちょうどエイリークの腹が鳴った。
「‥‥――」
「こういうことだから‥‥」
「しかたありませんね。人を待たせていもますし休憩としましょうか! 午後からは手を抜かないでくださいね!」
机を叩いて女は部屋を出て行った。
「やれやれ‥‥」
椅子に体を崩し、エイリークは深いため息をついた。
幾戦もの戦いの勝者も、この日ばかりは相手が悪いようであった。
「ベットの上じゃあ、いいお――」
言いかけたところでエイリークは言葉を口の中に留めた。
この動物的ともいえる勘のよさが、彼をして一代の英雄にのしあげた一因であった。
「どうされました?」
部屋に彼の妻がやってきた。
手には、小腹におさめるのにちょうどいい軽食をもっている。
にっこりと笑って、それを机の上に置き、
「がんばってくださいね」
「お‥‥」
その妻が、もう一度、にっこりと笑う。
ここちよい空気が冬の執務室に満ちていく。
しばらく政務を離れ、たのしかった冬の日々を語る。
やがて、皿の上の食事もなくなり妻が執務室をあとにしようとして、足を止めた。
「どうした?」
とまどったような仕草で彼女はふりかえり、甘えるような声でおねだりをした。
「この書類にサインを‥‥」
胸元から一枚の書類が顔を出す。
「なんの書類だ?」
「要望があった教育費の助成の件です」
そういえば、そんな陳情があったような気もする。
別に悪い案件ではない。
「まあ、いいか‥‥」
むろん中身など斜め読みをしただけでサイン一発。
「やった!」
てへっと笑って彼女が出て行った。
変わるようにして、なにか忘れたような顔で財務官が部屋へ飛び込んできた。
「なにを、されたんですか!」
後日、エイリークが述懐したように、その時の女の頭にはたしかに角があった。別に案件が悪かったからではなく――彼女自身もその価値は認めてはいたし、普通でいけば三日後の夕方には採決がくだったにちがいない案件である――公私の別をはっきりとしなかったことが原因である。むろん、その日のエイリークの職務が結果的に怠惰と変わらない結果に終わったことは言うまでもない。
教訓:君主といえども公私の別はしっかりとしましょう。
●リプレイ本文
雪を踏む音がする。
一時、雪がやみ、村人たちが身震いをしながら家の外へ出てくる。
白い息を吐き、ぶるりと体を震わせながら見上げた空は薄暗い雲に閉ざされ、山からは冷たい風が吹いていた。
雪がやんでいるうちに、井戸の水をくんだり、薪を家の中へ補充をしたりしなくてはいけない。
澄んだ冬の空気の中、振鈴の鳴る音がした。
「おやおや!?」
村の教会の前では、きょうも白い息を吐きながら、姉妹の布教活動がはじまっている。
「子供たちに文字や計算を教えるのです」
「そんなのが、なんの役にたつんだ?」
「たちますよ」
フレイア・ケリン(eb2258)がにっこりと笑って、その功を説いた。
いわく畑をつくったり水路を引くときの計算必要性、それぞれの農作物について書物からを学ぶために文字を習うことの必要性、卑近な例でいえば悪徳の商人にだまされないよう知恵の必要性まで――
エイリークが各地での児童就学の法を発したとはいえ、それが世間で認知され、実行されるまでには、まだいくぶんかの時間がかかるようである。
親としては、子供に昼間、商人のまねごとをしてもらうよりも、いっしょに畑で鍬をふるなり、牧童として羊なりを追ってもらった方がいいのだ。
そうであっても、エイリークの布告は、子供たちに教育を広めたいと考える有志の者たちにとっては、国費の支払いよりも強い援助といえた。実際のところ、ドレスタット政庁が払える金額など、ひとりひとりになったのならばたかがしれた額となる。
しかし、法が布告されたという事実を後ろ盾として、かれらは村人たちに教育の必要性を説き、村人たちに協力を求めているのだ。
日々、声が枯れるまでフレイアは、村人たちに訴え続ける。
その脇にはいつもジークリンデ・ケリン(eb3225)がいる。
そそとした、その姿は雪の中に咲く、可憐な花に例えられるかもしれない。
姉が農民たちと論戦しているのを、その背後で見つめ続けるのは、人との付き合いを苦手だと思っているからなのだろう。
「親たちの教育からはじめた方が早いかしら?」
きょうも論戦とののしりあいの一日を終え、暖炉の前で椅子にもたれかかりながら、フレイアは雪でぬらした布で頭を冷やしていた。
そして、独り言とも、妹に語りかけているともとれぬ声で言う。
かいがいしくジークリンデが食事の支度をしながら、ただ言葉をさがしているだけであった。
※
「このようなものでいかがですか?」
フレイ・フォーゲル(eb3227)は、あざやかな手つきで試験管の中の液体の色を変えて見せた。
「ほうほう、これが錬金術というものですか‥‥」
商人の目が、まん丸となった。
見たこともない器具を机の上いっぱいにのせて見せる錬金術の技なるものは、種も仕掛けもあるものと事前に説明されていても、魔法のようにしか見えない。
この技を使って金を作る者や、はては生命を創造する者もいると聞く。
もっとも、そう問うてはみても、フレイは、
「わたしにはできない技ですが‥‥」
と言葉をにごすだけであった。
そして、それを塾で教えるための資金協力をしてほしいという。
ふだんならば、それの話だけならば蹴るところである。
だが――
(「ドレスタット政庁の布告もあるしの――」)
すぐに頭の中で計算をする。
そして、しばらく黙想したあとに、フレイの申し出に投資しようと言葉にした。
錬金術の研究を子供たちに教えながら深める――生徒の中から、より優秀な錬金術師が出てくれれば最高である――最低でも、この件をつてとしてドレスタット政庁へのパイプを作る足がかりくらいにはなるだろう。
※
さまざまな努力の結果、開校の運びとなり、きょうもまた教会に場所を借りての授業がはじまる。
本当は村で使っていない小屋を借りるなどしてこじんまりとした塾から始めるつもりだったのだが、フレイアの熱意を受け、物分りのいい司祭が、どうせ場所は余っているのですからといって教会の別棟をまるまる貸してくれたのだ。
ちゃめっけのある司祭が、わざわざ教会の鐘を鳴らして、授業のはじまりをしらせる。暖炉のある部屋に机をならべ、児童たちがおしゃべりをしていた。
片田舎のことなれば、内気なものも多く、はじめはもじもじとしていた児童も多いが、やがて場が慣れてくると、それぞれの性格にあわせてひょうきんな者も出てくる。
たとえば、この件など、その一例だろう。
「あ、かるるんだ!?」
「かるるん?」
教室に入ってきたカルル・ゲラー(eb3530)は、思わずララ・フォーヴ(eb1402)と目をあわせた。
同じ教師といっても、パラと人間のコンビである。
その身長差は、人間の親子ほどもあって、教室に入ってきたふたりは若い母親に連れてこられた新入生という風体だ。
カルルと同じくらいの身長の人間たちの子供――つまり、カルルよりも年下だということである――が慣れ親しんで、教師であるカルルに友達感覚のあだ名をつけたのである。
※
「この子の性格はどのようなものでしょうか?」
フレイアが児童の名簿を前に、ああだこうだとカルルとララのふたりの教師たちに質問をしている。
自分の受け持った授業のことも考慮にいれながら、この先の計画をたてる。
彼女の腹案としては、
(「比較的年長の子供を選んで級長として村の子供たちのまとめ役になっていただき、将来的には村の先生になっていただければと思います」)
としたいが、
「まだまだなのですね‥‥」
元気盛りの子供たちの相手に、なかなか思いどうりにはいかない。
年長の者が甘えん坊だったり、年少の者の方がまとめ役だったり、ため息がでるほど子供たちは個性的だ。
(「どうしたものかしら?」)
考え込んでいると、いつのまにか脇に茶があった。
茶を差し出すジークリンデの笑みは、まだどこか硬く、ぎこちない。
心の傷というものもまた、肌におってしまた傷と同様に治癒までには時間がかかり、あるいは直ってさえも傷が残るものなのかもしれない。
茶を呑み、一息。
ふたたび書類に目をやろうとすると扉が開いた。
「つぎの授業は誰でしょうか?」
科学の授業を終えてたフレイに尋ねる。
しばらく書類を書きながら返事を待つ。
しかし、応えはない。
ふと視線をあげると、まわりの視線が自分に集中していた。
「わたし!?」
なんにしろ、時間割を作ったのは自分だ。
フレイアは、カーディガンを肩にかけると教室へと向かった。
ぶあつい岩でできた教会の壁は、外の雪をさえぎってはくれるが、足元からつたわってくる冷気ばかりはどうしようもない。
(「あらあら?」)
教室に入ってくるなり、こちらも例のあいさつ。
「黒蝶先生だ!」
「蝶?」
フレイアは目をぱちくり。
子供たちの笑い声が教室に響き渡った。
机の前を離れ、暖炉のそばで火にあたりながら、フレイアの姿を見返して、笑っていた。
彼女の黒いドレス姿は、どこか丸みをおびみせる可憐な黒い羽を連想させたのかもしれないし、あるいは春を待ち焦がれる、子供たちの無意識の願望であるのかもしれない。
その証拠に、文字を習わせる為に用意したノート代わりの板にはララの捜してきた炭筆で、拙いながらも春の景色絵が描かれている。
(「そうだ‥‥」)
本当はこの時間は、ゲルマン語の授業を教えるつもりだったのだが、趣向を変えて雑学と美術の授業にしてみよう。
「そういえば蝶といえばね――」
そう語りかけてフレイアは、子供たちの輪へと入っていった。
※
数日後――
お昼に食事がふるまわれた。
「在庫一掃!?」
ララが笑う。
彼女の持っていた保存食を材料にしてにカルルが、パリやキエフといった外国――そう、子供たちにとってはパリですらも遠い国の話なのである――風味の料理を児童たちと一緒に作った。
ララが子供たち、とりわけ女の子には、いい笑顔で食事を配る。
フレイアやフレイの姿も、児童たちの輪の中に見える。
子供たちが、自分たちでつけた先生のあだ名を口々に呼んで、料理のことを聞いたり、その外国の話をねだったりと活気がある。
冒険者であるかれらにとって、その話は文字どうり子供たちにとって未知の世界の話であり、ふだんの授業中では、話をきかずに教師たちを怒らせてばかりいる生徒すらも目をかがやかせ、耳をそばだてている。
(「まったく――」)
フレイが錬金術をめぐって各国でしたという冒険譚を耳にしながら、そんな子供たちをフレイアは目を細めながら見つめていた。
計画したほど、子供たちの学問が進んではいない。
しかし、それでもいいかなと最近では思えるようになっている。
子供たちの笑顔を見ていると、道はまだ遠し。しかし、ゆっくりとでも歩いていけるような気分になってくる。正直なところ、子供という存在は彼女が考えていた以上に、愚かしくも、そして賢くもあった。
とりわけ、子供たちの自由な夢想の力はすばらしい。
よくも考え付くものだと感心できるくらいに、先生たちにいろいろなあだ名をつけたりするのも、その一例だろう。そういえば、さまざまな教師にあだ名がつけられる中、ジークリンデだけはあだ名がなかった。
もちろん授業は受け持ち、子供たちに将来の夢を聞いたりなどもしているのだが、どこか近づきがたいものを子供たちは感じているのかもしれない。
大人から見れば、
ひとりで掃除をしたり、姉のいないあいだに書類を整理したり、ときには大工作業をするカルルの手伝いをしたりしているなど気の利く女性なのだが、子供たちの目はまだそこまで広くはないようであった。
姉は、なにも言わなかった。
傷をおった者を癒すのは時間であり、たとえ彼女にどんなに近い人間であっても、できることといえば、やさしく見つめていることだけであったろう。
「どうしたの?」
食事を作り終えたカルルをジークリンデが教会の裏に呼んだ。
「ありがとございます‥‥」
ジークリンデが、カルルに頭をさげた。
「どうしたの?」
「ありがとうございます。私にお付き合いして下さったことで嫌な思いをしていたら申し訳ありません。これが、お礼の品です」
ジークリンデはカルルの手になにかをにぎらせた。
カルルは、ジークリンデの顔を見上げ、その手をにぎりかえした。
カルルはにっこりと笑った。
ジークリンデの手のひらには、指輪の感触――
はっとするジークリンデに、まだすこす先にある暖かな春の陽射しにも似た笑顔でカルルは応えた。
「ボクたちは、友達だよ!」
ジークリンデは言葉を呑んだ。
どこから歌声がしてきた。
天から響いてきたかのような、それは児童たちの聖歌であった。
※
ケリン姉妹たちがああだこうだと悪戦苦闘しながらも、塾経営を軌道に載せていた頃、別の村ではブノワ・ブーランジェ(ea6505)もまた塾を開いていた。
村人たちから要望があったゲルマン語の読み書きを中心とした私塾で、ラテン語も数人の希望者に教えることなり、場所も、教会内となった。
「さようなら!」
口々にブノワにつけたあだ名を口にしながら、子供たちと手をふって別れると、その日の授業は終わった。
児童を全員、帰途につけ、やれやれと息をひとつ。
妻と娘が夕食を作り終えるまで、まだ幾分か時間はある。
部屋へ戻って、明日の準備をしよう。
(「地図の見方を教えますから、地図を用意しておかなくてはいけませんね‥‥」)
「よぉ!」
ブノワの背中に声をかける者がいた。
見知らぬ男だ。
「あなたは?」
「エイリーク閣下の使いの者‥‥だとでもいえばわかるかな?」
「あ‥‥」
身分証明としていエイリークかガルスの署名入りの手紙を要望していたのだが、それをいまさら持ってきたのだという。
赤毛の男がふところから蝋で封印した封筒をとりだし、投げて寄こした。
「遅くなってしまってすまねぇな。まあ、やつもあれでいろいろと忙しいようでデートをする暇もないといって‥‥ててて――」
いま気がついたが、男には連れがいたようだ。
背後に見える小さな影は、マントを頭からかぶっているが、たぶん女性であろう。
「さあ、帰るぞ!」
男が言うと、ブノワに会釈して、軽やかな足どりで追っていった。
入れ替わるようにして、ブノワの妻がきた。
「どうしたんだ?」
妻の顔が、意外そうな表情をしている。
「めずらしいお化粧の匂いがしたと思いまして‥‥。こんな田舎でかげる匂いではありませんから」
「――ドレスタットからのお客さまがいらっしゃっていたからね」
「それなら夕食もいっしょにしてもらったらよろしかったのに」
ブノワはにっこりと笑った。
「親切が無粋というときもあるのですよ」
※
雪道を軽やかに女が走っていく。
まるで少女のような軽い足取りで、ひさしぶりの自由を満喫しているようであった。
「それにしても物好きだな」
男が叫ぶ。
「物好きって?」
「教育に金をださせたってことがさ。きょう、明日じゃあ結果はあらわれないぞ」
「いいのよ」
「いい?」
「わたしが、おばあちゃんになった頃、その結果があらわれている‥‥それで十分じゃないかしら?」
ドレスタットの貴婦人は、静かに赤毛の英雄に向けて微笑をたたえるのであった。