●リプレイ本文
「‥‥――!」
とりあえず黙る。
なんだか知らないけど黙る。
あまりの腹立ちさから、とりあえず文句の言葉を見つけるまでは黙っている。
そんな、とある日の午後。
カラスがかぁと鳴いて、背後で風吹いて――なんにしろ、意外すぎることが起きると状況を認識するまで、頭がまっしろになるものである。
妙に裏がありそうな事件を受けてやってみれば
「おいでませミノ村の迷宮へ」
なんて看板。
そんなものを町の真ん中に見つけたら日には、どうしたらいいものだろうか。
たいていは、あきれはてて言葉もない――そんなところであろう。
かれらほどの手馴れメンバーであっても、それは同じようであった。
「ここ‥‥?」
仲間に確認をとるというよりも、自分を納得させるようにディアーナ・ユーリウス(ec0234)はつぶやいた。
「たぶんな‥‥」
そうではないと言いのだが、という祈りすら虚空牙(ec0261)の声にはある。一方で、そんな主人の気持ちなぞ知らぬ風で、彼の妖精はあたりの土産物屋を興味深そうな顔でながめていた。
「っていうか迷宮で牛を飼うって‥‥でも、この土産物屋の数はなんなのかしら?」
ビショップが頭をひねっている横では、天津風美沙樹(eb5363)があたりの人ごみを見回している。
「ギルドの人が、いろいろと手配してくれているはずなんだけれど?」
馬を預けたりする準備を村の人に頼んでいるのだ。
と、そこへその人があらわれた。
「あなたがたが、今年の冒険者の方々ですな」
「わぁ‥‥うさんくさ‥‥」
オグマ・リゴネメティス(ec3793)は、あわてて口を押さえて、言いかけた言葉を呑んだ。裏表のない性格だとはいっても、さすがに依頼人を前にしていっていいような言葉ではない。
しかし、しかしだ。
痩身で長身。髪を油でかため、目を細めながら、口許にぴんとはやした髭をいやらしささえ感じさせるしぐさでいじる男。
(「絵に描いたような怪しさですよ〜♪」)
オグマは言語化できない思いを心の中で音階をつけて歌ってみた。
運がいいのか、相手がいい人なのかはさておき、この男はにこにこと笑っている。すくなくともさきほどの暴言は聞こえなかったのか、聞こえていても気にはしないことにしてくれたようである。
さて、そんな見た目は怪しさと信用のなさが服を着たような男が冒険者たちとの交渉相手である。
クァイ・エーフォメンス(eb7692)が愛想のいい笑顔と巧みな話術で交渉のペースをにぎり、相手も手馴れたもので冒険者たちの用件を、ほぼかれらが望んだ形でかなえてくれた。そのうえ迷宮に入ろうとする前に、こんな約束までしてくれた。
「人数は、ひいふうみ‥‥まあ、みなさんと同じ数に一、二頭。それだけでも狩っていただければよろしいでしょうか? それだけあれば、みなさんの家族や知り合いの方々にお土産として肉をもって帰ることができるでしょうな」
思わず、乾いた笑い。
予感があるのだ。
「迷宮と牛って組み合わせだとな、ちょっと知ってりゃ思い浮かぶもんがある。確かにそれなら迷宮って場所でも生きれそうだが‥‥とりあえず、どっかでつっこみはいれとこう。ミノタウロスは牛じゃ‥‥ねぇっ!」
迷宮の地図を片手にシャルウィード・ハミルトン(eb5413)が力説していると、ランタンの映し出す迷宮の壁に影があわれた。
警戒しながら地面に下ろしたランタンの炎が揺れ、影も動く。
両足で立った存在であることがわかる。腕には、なにか鈍器でも持っているのだろうか。影だけでは判断しかねるが、なにかを手にしていることがわかる。そして、なによりも目を惹くのが、その頭からのびたであろう大きな影。
「個人的には増やしちゃいけない類の『牛』だと思うんですけど。冒険者といいますか人間的に、道徳的に‥‥いえ、なんでもありません」
クァイが剣をかまえながら少女を思わせる柔らかな頬に、すこし赤らみを浮かべる。
迷宮の角から牛――ミノタウルスが姿をあらわした。
鼻からはぁはぁと息を噴出しながら‥‥――はぁはぁ?
牛の顔がようすがすこしおかしい。目元もどこかたれさがったように見え、口許からはよだれがしたたり落ちている。
そしてなによりも目をひくのは、人間の男性とそっくりな下半身であった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
まちがいなく、ふだんとはちがった息をあげながらミノタウルスが突っ込んでくる。
かくしてエ‥‥もとい戦闘の幕がきっておろされた。
そのパーティーの大多数が女性だったというのが、その喜劇‥‥ふたたびもとい、悲劇のはじまりであったろう。
目を血走らせながら突っ込んでくるミノタウルスの体をシャルウィードの剣が斬り、天津風の小太刀が、そのわき腹に突き刺さった。
いつもであったら、これですくなくとも相手の気をそぐことは可能であったろう。
しかし、興奮したミノタウルスは逆に暴れはじめ、斧を投げ捨てると、みさかいなく腕をふるった。
達人のグッドラックがかかっているにもかかわらず、運悪く。
まさしく運悪く、そのうちの一撃が天津風があたってしまった。しかも、回避に気をとられていて防御が甘くなっていた瞬間である。
天津風の華奢な体が飛んだ。
壁にぶつかると、その衝撃で息がつまる。
尻を突き、咳き込みながらも落とした剣を無意識のうちに捜す。
涙でかすんだ目がしだいにもとに戻る。
「きゃあ!」
その時には目の前にミノタウルスの顔があった。
鼻をのばしたような顔をして、生臭い息が迫ってくる。
押し返そうとするが、いかに冒険者でもジャイアントサイズの身体を押し返すのは容易ではない。
じりじりと、その巨体が迫ってくる。
目を血柱せながら欲求をはらんだ肉体が近づいてくる。
仲間達の声が遠くに聞こえる。
思わず目をつぶりかけた。
そのとき、ミノタウルスの口から血を吐くと、蒼白となりかけた天津風の眼前で、それは息絶えた。その背中に黄金の剣が突き刺さっていて、その背後にいたクァイの顔が返り血で濡れていた。
その小さな肩が上下に動いているのは予想以上に体力を使ったためであろうか。
射程距離内ではあったがディアーナがあわててかけよってきて天津風を抱きしめる。そして、二言三言、小さな声でやりとりがあって、その手が剣術教師の傷を癒した。
「大丈夫です」
天津風が立ち上がり、迷宮の奥をにらむ。
そこには輝く目、目、目――
悲鳴があった。
「ちょっと待ってよ、このエッチ!」
「やめろ、この変態牛!」
欲望の虜となった牛たちとの乱戦のはじまりである。
「どこさわっているのよ!」
「この痴漢!」
もはや牛の間引きどころか、ミノタウルスとの戦闘とも呼べるものではない。
「長い間、迷宮に閉じ込められていて欲求がたまっていたんだろうな‥‥」
などと虚がいっていられるのは男だからだろう。
子孫を残すという本能に目を血走らせながら突っ込んでくる巨人サイズの牛どもを止めることができる者などいないのだ。しかし、そうは言いつつも虚の仲間たちはミノタウルスに易々とかどわかされたりするような者でもなかった。
その意外なまでの力量が、その戦いをどこか滑稽なものにさえ見せてしまう。その状況を例えるのならば、多数の痴漢が群がってくるのを美女たちが協力して撃退というよりもむしろ、ぼっこぼこにしているとさえ言えたであろう。
鼻息を荒げながら挑みかかってくるミノタウルスどもを女たちの剣と魔法がつぎつぎと屠っていく。
ときには、その猛攻をかいくぐる猛者もいはしたが鉄の淑女たちは、それ以上の侵入をもはや許しはしなかった。
のびてくる手を足で蹴りつけ
お尻をさわろうものならば、
「乙女の純潔になんてことを!」
ののりしりながら死神すら逃げ出すほどの虐殺となる。
「あ、あのな‥‥」
戦いながらも、場違いな気分になってきた虚は冷静にあたりを見回した。
(「おや?」)
そして、それに気がついた。
ならば、自分の仕事をこなすまでである。
「ところで数は?」
「数ですって?」
「倒したミノタウルスのだよ」
「そういえば――」
その一言で、女性陣も冷静になった。
「八匹ですね」
「これで十分だな」
しかし、まだ迷宮の奥からミノタウルスどもが迫ってくる気配も感じる。
「どうするべきか?」
「いいことを思いついた!」
オグマが手を打つと仲間たちに残骸を通路上に積み上げてもらうようにと依頼をだしたした。そして、仲間達が集めた死骸をアイスコフィンで固め即席の氷の瓦礫にして通路を塞ぎ退路を確保。
やれやれ――
そんな顔をしていると、困ったような顔をした黒幕氏が迷宮へと降りてきた。
再び緊張が走った。
「ずいぶんと個性的な牛を飼っているようだな。しかし毎年まびきとは面倒だ。根絶やしにしてしまってはダメなのか?」
憤懣やるかたないといういった面々のなかで、いらつきながら虚が頭をかく。
こんな目にあったのだから当然だ。
そして、思いのすべてを怒ったような口調でぶつけた。
「いったいなにが目的なんだ!?」
言外には、ろくでもない考えはないのかという詰問がある。
しかし、その返答は意外なものであった。
「牛追い祭りのためですよ」
「牛追い祭り?」
つまり、こういうことである。
むかしから、この村では神殿の跡に飼っているミノタウルスを一年に一回、村に放ち、それから逃げるという牛追い祭りがあるのだという。そして、そのためにミノタウルスを狩ったり、まびいたいりしているのだという。
「すまないが、そのミノタウルスを誰がこの神殿まで連れてきているんだ。その、まあ雌がいるわけでもごにょごにょ」
いまのさきほどである。
言葉遣いにも気を使う。
「村の若者たちが冒険者になって各地でミノタウルスを狩っては、連れてきているのじゃ」
当然じゃろという顔で村人が言う。
「その若いのにやらせなさいよ!」
今回、最大の被害者が声を荒げる。
「いや、ミノタウルスを狩るのに出払ってきていて、いまの季節は戻ってきておらんのじゃよ」
「‥‥――」
※
「あー、働いた、働いた」
クァイが帰りの馬上で大きく伸びをした。
すでに帰り道でのこととなる。
あれからも、いろいろいと突っ込みたい出来事はあったがもはや思い出すこともわずらわしい。
天津風が仲間たちにギルドへ持って行く品のことをたずねた。
「そういえば肉はもらってきたのですね」
「土産屋がきれいにさばいてくれたよ」
あの村では、そういうものが特産品となっているのだという。
「本当のことを言います?」
腐らないように氷づけにした肉のことを念頭においてオグマが誰となくたずねた。
「ギルドの連中には‥‥黙っといてやれ。世の中、知らない方が幸せな事も多いもんだぜ。ほら、真実を知ってしまってる奴のが不幸せそうだろ?」
シャルウィードが応じる。
まったくねと同意してクァイは
(「さて――」)
今回の出来事はどうやったら記憶から消去することができるだろうかと半ば真剣に考え込み、パリまでの自分への宿題とした。
パリへとつづく街道の果てには、夏の青い空と雲がつづいていた。