古城の歌姫
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■ショートシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月12日〜09月17日
リプレイ公開日:2008年09月21日
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●オープニング
一夜、宴あり。
かつて領主が住んでいた舘には、今宵は都より派遣された役人がおり、この新しき主人を祝わんとする者たちであふれている。
机には当地の見知らぬ品々が並べられ、奏でられる弦には異郷の音があり。歌う声には異国の語彙がある。それが、もはや同じノルマンの地なれども、都は遠くになりにけりと役人の心をとらえる。
席をはずし、廊下に出て外を眺むれば、遠くに見ゆる山脈にかかる月はパリと同じ月なれど、その山を越えれば、そこは異国異教徒の住まう土地と知れば、万感の思いが胸にこみあげ、あふれる涙に袖が濡れる。
「これも勅命なれば――」
自分に言い聞かせる言葉も、いまはただむなし。冬の荒れ野を吹く風のごとく胸をかけるのみ。
気づけば、歌が聞こえる。
どこかより聞こえる歌の静かなるしらべ。
甘やかな女の声は、あたかも天より聞こえるにも似て、この心細き思いをいだき男を誘う。
歌が聞こえ‥‥
歌が聞こ‥‥
歌が――
「どうされましたか?」
「はて――」
いつのまにか頭の中がまっしろになって、舘の外へ出ようとしていた。
呼び止めた門番たちが不思議なそうな顔をしている。
ふたたび耳をすませば聞こえる声もなし。
はじめは怪訝な顔をしていた兵たちもやがて、彼がだれであるのか察しがつくと、あわてて耳栓をはずして注意を促す。
聞けば、近くの湖に古城あり、そこには呪いの歌姫の伝説ありという。
「それゆえ、夜は出歩くことはまかりなりませ」
とぞの言い。
「されば湖上の古城より聞こえる歌はなにか」と聞く。
それに、応える者はなし。
ただ口々に、
「あそこは呪われた城なれば‥‥」
とくちごもるのみ。
はて――と、男は首をひねる。
なにごとか隠しているとは見えるが、はたしてそれはなんであろうか。思えば、王よりこの地を賜りしおり、前の領主の不可解なる横死を調べよとの命、それははたしていかなる遠慮あってのことか。
「まえの領主さまが――」
とやがて語られし話はまた奇異。
はなせといってもはなされなかったのも合点が行く。
行方をくらましたかつての領主には愛人がおり、それは海辺の街からきた歌姫であったという。しかし、その女の姿を見たものはなく、ただその歌う声だけが夜な夜な、どこからか聞こえてくるのみ。そして、いつしかひとが消え始め、やがてその領主すら行方知れずになったという。そして、誰ともなくあの城にその女がいるのだと噂するようになったのだという。
話を聞き終えると、男は周囲にいった。
「だれか戯れと肝試しをしてみないか? 歌の正体を見てまいり、そこでなにを見たのか物語る者はおらぬか」
かくして、猟師すら知らぬ羽の散乱する城をさぐる者を呼び寄せた。
●リプレイ本文
されば――
白い月が昇り、森にしじまが訪れる頃、聞こえてくるは、領主の館にて奏でられる弦の音のみ。蝋燭の炎は揺れ、暗き座のもと、アリスティド・メシアン(eb3084)の白い指先のはじく音は、悲哀に満ちた旋律なり。
秋風のごとく、寥々としたとした音にのり、やがて聞こえてくるは歌姫が声。
窓辺に立ちたるレティシア・シャンテヒルト(ea6215)は白のドレスを身にまとい、月光に歌う。銀色の髪は空よりそそぐ光にも似て、その透けるがごとき肌もあわせ、あたかも月の光が映し出す幻がごとし。月下の歌姫の通り名もまた、異ならず。
遠く都の残り薫を、その声にのせ、歌うは望郷の歌。
宴の主催たる者の目に涙がうかび、聞こえてくるは異郷にありたる歌姫の歌。
※
黒き髪に、十字の施されし衣。腰には小太刀をさしたる異国の女。名を天津風美沙樹(eb5363)という。
書庫にあり。
何代もの領主たちが集めし書籍の山より、いまより宝を捜さんとるする者なり。
新しき主人は、ここになにがあるのかは知らないといい、なにかはあるはずと昔を知る兵たちはいう。
漠とした期待と不安を胸に部屋は入りたり。
あたかも、これより長き旅にでんとする旅人のごとく、その顔には決意とわずかな後悔いがあり。
仲間達が部屋から出て行く音あり。
ひとりとなりても目的をはたんさんとして、女はその山に立ち向かわん。
別れし仲間と、この場で再会するは今日の夕刻。
それまでに古城の地図を見つけ、さらに軽めの夕食の用意をしておかないといけないとの言伝。
「さて、食事の件は聞かなかったことにして、このがらくのた山からどうやって地図を探し出そうかしら?‥‥って、きゃあ!」
うずたかくなっていた書物の山が突然、崩れた。
しかし、そこは戦士なれば避けてみせる。
「あら?」
さて、そんな崩れた中に彼女の見つけしものはなにかは後の話。
※
「なかなか信じてもらえないな」
困った表情をみせる乙女は遠き都にて、ならびなき名を轟かせる者なり。
なれども、この鄙にありては名のみ知られて、その素顔を知る者はなし。
されば、その名を己のことと言ってみたところで、不審な目で見られるのみ。されど、心は優しき村人たちなれば問いには応える。
「呪いの古城の伝承を調べています」
といえば、
「かの城は――」
古きを知る者が語る。
「かつての領主のひめごとを隠し場所なり」と。
酒場のそばを通る者たちがあり。
湖へと駒を進めるローガン・カーティス(eb3087)の目にとまりし仲間の姿なり。
やがて森を抜け湖へといたる。
「なるほどな」
シャルウィード・ハミルトン(eb5413)の抱きし、
(「湖上の城、湖の傍らに建ってる城なのか、離島に建ってる城なのか。それが問題だ」)
という疑問は一目で氷解せり。
「湖上の孤城は湖上というわけだな」
同じ城を見しリスティア・バルテス(ec1713)は目を細めたり。
ローガンなにかと問えば、
「胸騒ぎするの」と応える。
水面をわたる風に、その長い髪を揺らしながら聖女のとまどいは、あこがれと不安に揺らめいた思いのあらわれし姿か。
「なんだかロマンチックな話だけど気をつけないとね‥‥」
なにも応えずローガンは腰をかがめ、白い羽を拾いたり。
「これはこれは――」
目を細め、それをながむ。
なにかと仲間が見れば、それは海にありし鳥の羽なり。
「カモメですね」
「カモメ?」
ふたりの女は首をひねり、ひとりの男が説く。
「別におかしくはありませんよ。カモメは、海や河川にいる鳥ですから。迷子にでもなってきたのかもしれませんね‥‥あるいは‥‥いや、そんな話は聞いたことはないから、考えすぎでしょうか」
されど、その口にせぬ思いはなにを思い描きしか。
「準備はできた!」
魔法の靴の力で、一足早く、この場に来ていたアリスティドが皆を呼べり。
そして、事前の打ち合わせどうりに魔法を唱えん。
※
それは、暗き水辺。
風もやみ、夜の月、星すらも雲にさえぎられ、ただの漆黒。
まとわりつく闇は泥にも似て、どこから聞こえてくる声は、あたかも死を手招きするように、歩かんとする者の袖をとり、足をからめるようにして、水辺へといざなわん。
されど、その歌にのりたる詞は救いを求める者の祈りあり。
いつしか、あたりは薄暮となり、閃光が東より上がれり。
羽ばたく音して白き鳥は、古城に飛びたち、やがてわずかに開いたの壁の隙間に消えにけり。壁もやがて閉ざされにけり。
それがアリスティドの見し、かつての景色なり。
※
月は傾きぬ。
歌は聞こえぬ。
湖上を渡り響く歌声は、古城という舞台で歌われたり。
姿泣き歌姫はいずこにあるやの思いを胸に、リスティアの唱えし加護に守られ、地元の民のこぎし舟に乗り、かれらは島へといたる。
降り立ったかれらに船人は聖なる印をきり成功を祈る。
そして、こぎだし湖へ戻ると城中より聞こえしは、かの歌声。
ふけたる夜半にさめざめと、ふりそそぐ星は空の涙か、星々のきらめきは世にあふれるため息の目に見栄たる姿たるか。
噂には聞きたれども、その切なる歌声を聴きしは初めてなり。
惜しみながら、されど用心しながら耳に栓をしめ、心に鍵を下ろす。
古城の扉は未知と怪異への扉なり。
聖女が口早に魔術を唱える。
「います!」
白のクレリックが聖なるセーラの御名において警告を発した。
「ズゥンビかい?」
リスティアの抜きたりし剣は、禍々しき紫の色の両刃の直剣。現世に蠢く亡霊を払うとも、死霊を殺めるとも、伝えられし魔剣なり。
その剣もて、徘徊する亡骸を屠らん。
「また、こんな場所でよくも見慣れた敵に会うとはね」
あたかも古き友人にあったがごとき態度で、冒険者たちはそれと戦いたり。あるいは戦いと呼ぶもおこがましきことかもしれねなり。
ローガンの知恵はかれらを導く知恵、守る知恵。
ランタンに灯りたる炎に、あたかもかりそめの生命をあたえたがごとく操りて、それが炎を壁としては、動ける骸の盾とする。
ふたりが戦士の刃がきらめきて、赤き血の雨はふらねども、土より這い出し者たちは土へと戻ってゆく。
戦いと終えて、沈黙あり。
仲間の手にするランタンに、照らし出された手書きの羊皮紙の地図と天津風の捜しあてた図面を前に沈思黙考。
そこへささやくは過去を垣間見し、かの吟遊詩人。
それは天啓なる助言にて、沈黙の後、レティシアは静かに目の前の壁を指差す。
そこだけ、一輪の華が飾られた燭台が壁にあり。
触れば、それは扉の取っ手なりき。
どこかできしむ歯車の音がして、壁は開きたり。
銀幕はあがりたり。
※
かくて、ひとりの女がいたり。
その銀の髪は地にふれるほど長く、赤きドレスはすでに古びたものとなり、その素足は履く物もなし。ただ、水からあがってきたかのごとく濡れたり。
ローガンは彼女が誰か気がついたり。
「あなたは――」
セイレーンなり。
天津風の足は自然、湖の見える窓辺へとよる。
怪異の正体を見つけ、奇異なる者を見るがごとき冒険者たちの視線。
一速即発の空気。
妖女は、微笑む。
「わらわはなんじらに災いをもたらすつもりはなし」
「ならば、なんのために歌うのか?」
誰となく口にし問いに女は無言のまま視線で応ずる。
その胸元に抱かれしはすでに骨となりし亡骸なり。
「誰の?」
と問えば、女はさきの領主の名を告げる。
「あの魔法使い‥‥」
天津風は知る。
書物庫の中にありしは、かっての領主一族が魔法使いであったことの証なりと。
そして、妖し女は歌い、語る。
男との出会いを、捕まりしいきさつを。海よりこの地へ連れてこられしことを。されども男を愛してしまったがゆえに、その正妻と葛藤がありしことを。ゆえに、この城に閉じ込められしいきさつを。そして、己を殺しにきた妻を止めようとして誤って男が殺されたことを。それゆえに、己がその女を殺めし件を。
だから、歌いて誰の救い求めたのだという。それは、外を知らぬがゆえに、こうして歌って人々を呼ぶことしか知らぬ、己の種族の宿命を。
しかし、それもいまでは願望がかえられたり。
「わらわは業をなし終えぬ」
とぞ言いけり。。
「されば、わらわは帰らんかな! 帰らんかな!」
高らかに歌い上げ、女はかつて男であったものを固く抱きしめたり。
どこからか、ふたたび、あの歯車の音がせん。
突如、床が抜けたり。
彼女が姿が消え、底より水になにかが落ちる音が聞こえたり。
天津風が窓の外を見れば、湖に巨大なる魚のとびがごとき影が見えたり。
海へと向かって飛んでいく白い鳥あり。
東の空に太陽が昇りたり。
かくて、それが古き領主のことを歌いし海の歌姫の古き歌なりき。
新しき領主の前にてレティシア歌いし新しき歌なりき。