宵闇に咲きたる赤き花

■ショートシナリオ


担当:まれのぞみ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月07日〜04月12日

リプレイ公開日:2009年04月15日

●オープニング

「花は咲いたか!?」
 娘がベットに横たわる父の手をにぎると、それはもはや冷たく、はっとしてその顔を見たとき、そのまなざしはすでに遠くの何かを見つめていた。
「おっとさん、なにをいっているの? そうね、もうすぐ花見の季節ね」
 しかし、それがはたして病によって死んでいこうとする者の声なのか。
「酒を用意しろ!」
 枕元にあったカップが揺れるかと思えるほどの大声をはりあげると、男は錯乱したように叫ぶと、
「あの花には、それがなければ勝てぬ――」
 とだけ言い残して、絶命した。
 それが、東洋よりやってきて異郷で生を終えたさむらいの今わの言葉となった。
 さて、この男と娘が住んでいた村には昔から奇妙なならわしがあった。
 春、花が咲く頃になると花見と称して夜中に宴会をやるのである。
「しかし、不思議なことに花は咲いてはいないのですよ」
 結局、父親の死後、村を離れパリに移り住んだ娘は、首をひねりながら知人であるギルドの主人にそう語っていた。
 たしか春になるということから東洋の――彼女の父親の故郷に伝わる――花見なる行事があるという話題という流れだったろうか。
「花見‥‥ああ、父も言っていました。本当はサクラという花を見て愛でる行事なんですよね」
「本当は?」
「ええ。わたしの住んでいた――つまり、父の墓がある――村なのですが、そこでいう花見というのは夜、焚き火をしながら外で宴会をすることをいうんです」
「夜桜見物かしら? 風流ね」
「いいえ、花はありません」
「えッ?」
「それどころか、その季節‥‥その行事がある夜にはだれかが死ぬか‥‥行方不明になりす」
「なにかわからないわね」
「そうでしょうね。幼い頃、わたしにもそれが何を意味していのかわかりませんでした。夜、村のみんなといっしょになにもない場所に集まり、食事をしながら時間をすごす。本当ならば、楽しいであろう時間も、大人たちは妙に無口となっていた。ええ‥‥いまならばなんであったのかある程度は想像はつきます。たぶん、あれは生贄の儀式だったのでしょうね」
「生贄‥‥ね。なんの神にかしら?」
「それはわかりません。言い伝えも聞いたことがありませんでしたし‥‥ただ、村人たちは、その季節になると村のどこかで赤い花が咲くのだと言っていました。それに、老人たちは花が咲く頃は不吉なのだとも――」
「冒険者ギルドの人間として言わせてもらえれば、なにかあるわね」
「たぶん。それに、いまから思い返せば父の遺言は、その花見のことなのだとも思えるのです」
「お父様の遺言の意味を調べるか――」
「そうね‥‥。あの日から気になっていることですし、お願いできるかしら?」

●今回の参加者

 ea3736 ドルニウス・クラットス(44歳・♂・ナイト・ドワーフ・ビザンチン帝国)
 eb3087 ローガン・カーティス(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3583 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(32歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 墓前にして娘は手をあわせた。
 いったい何年ぶりだろうか。
 上京して、はや幾年。
 煩雑な日常にかき消され、自分が生まれた村――いや、生前の父の言葉を借りればそれすらも人生における仮の住まいでしかないのだが――のことは心の片隅にあるだけのものとなっていた。
 ひさしぶりに訪れた村は、あの頃と変わらない景色。
 故郷へ帰ってきたのだ。
 隣では黒髪の聖職者が微笑んでいる。
「もう、よろしいのですか?」
「はい。あなたがたのおかげで事件‥‥ええ、本当に事件だったのですね。それが解決したのですから、父にはもはや心残りもないのでしょう。天国か‥‥あるいは地獄かもしれませんが心から喜んでいると思います」
 そういい終えると娘は思い出したように、その問いを発した。
「花とはなんだったのでしょうか?」

 ※

「花とはなんなのだろうか?」
 椅子に深く腰掛けたローガン・カーティス(eb3087)は両膝を机にのせ、まるで好物を目の前にした子供がうれしそうに両手をあわせるように、顔の前で両手をあわせた。
「植物が生長して花弁をつけたもの」
 目の前に座るジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)が、ローガンの口調を真似してみせて、いたずらっぽく笑った。
「いや、それは学術的な話だ」
 冗談をかわされ苦笑しながらジュヌヴィエーヴもローガンの正面の席に腰掛けた。
「考えすぎ‥‥かな?」
「いやいや、そんなことはありません」
 そういって名探偵ローガン氏の推理講座がはじまる。
「私には『花』というものが現実の花を意味しているとは思えないのですよ」
 賢人も、いまはまだ思索の森のなかであるらしい。
「抽象的なもので、もっと何か別のものを意味していると思っているんですよ。たとえば、ひとつとしては、植物系の魔物やアンデッドの幻覚。二つ目には冬眠から覚めた獣。あるは、死者を悼む儀式の可能性もあるでしょうか」
「異教徒の儀式ね‥‥」
 いかに宗派のちがう者たちと普段から共存しているとはいえ、自分たちの領域でのそれは聖職者としては気分のいい話ではない。なによりも邪教‥‥悪魔の匂いすらするのならばなおのことだ。
「お気に召しませんか?」
「別に‥‥ね」
「あと依頼人がいっていた酒というのも気になりますね。気分の高揚が幻覚や憑依などに有効なのか? それとも『花』が酒の匂いやお神酒などを嫌うのか‥‥」
「私も亡くなった方の、酒が無くては、と言う言葉が気にかかりますね。酒で酔わせる事で、弱体化を誘うと言う事でしょうか? 酒が好きな、或いは逆に酒を苦手とするモンスターに心当たりは無いか、モンスター知識を思い返してるんですけどね‥‥」
 ちょっと悩んでいますという表情で、ジュヌヴィエーヴがボルトの栓を抜いた。
 ローガンがさしだされた杯を手にする。
「これは?」
「ワイン‥‥って、当たり前でしたね。酒好きなモンスターだった時のために用意しておいたワインの一本です」
「なにか謂れでも?」
 別に、この酒には、これといった謂れはない。
 ただ――
「むかし、旅‥‥冒険した土地――もう、あのひとの土地ではなくってしまいましたが――ワインの名産地だったことがあって、その縁で送ってもらったんです。年末‥‥年始を過ぎた頃かな、今年いちばんのワインだということでその時に世話になった小さな宿の主人から貰ったんです」
「ワインはワインですか」
 ひとくち口にする。
 渋みは少なく、またボディーがないのは若い証拠だろう。
 食前酒という感じでよいか。
 ちょうどそこへ宿の主人が料理を持ってきた。
「あら?」
「どうしました?」
「友人の作るジャパンの食事みたいだったから」
「あ、そういえば‥‥」
 ノルマンの料理にはちがいないだが、どことなく異国風の雰囲気がある。
 どうとはうまくいえないが‥‥と戸惑っていると宿の主人が説明してくれた。
 この村には復興戦争の時、東方から来た人々が何人か住み着き――つまり、依頼人の父親たちである――その影響で東洋風のものが多いという。
 花見なる儀式があるのも、その名残なのだろう。
 さて、そんなこともあっておいしい飯に酒。
 そのようなものがそろえば、とりあえず迷いは脇において、宴となる。
 酒がすすみ、食がすすみ、酒をすすめ、杯で受け、口につけては飲み干し、口も軽くなり、歌もまじり、こんな詩がジュヌヴィエーヴの唇にあがってきた。
「年年歳歳 花相い似たり
 歳歳年々 人同じからず」
「ジャパンの言葉ですか?」
「そうです」
 すくなからず知っているジャパンの言葉の中に、そんな詩があったのを、酒をくみかわしているうちに思い出したのだ。厳密にはジャパンの言葉ではないと外国語の先生に教わったような気がする。たしか華仙教大国の言葉を日本語といて読み下したといっていたが、すこしわかりにくい。
 そんなことをローガンに話たら、
「ラテン語の詩をノルマン語の発音でむりやり読んだものとでも考えていただければわかりやすいでしょうか?」
 と応じられた。
「さすが世を知る者ですね」
「そのふたつは名はよしてください」
 まんざらでもない表情のくせして、口にはそう応じる。
「まだ、花の正体がわかっていないんですから」
「花ですか‥‥私も花を愛でることは好きですが、人を喰う花となると、そうもいきませんね。このような事態を放っておいては、犠牲者を増える事になります。何とか真相を解明し、邪なものがいるならばそれをどうにかしませんと」
 食事をしながら酒の杯をあげると、ふたりの影が壁に揺れていた。
 部屋の外から護衛をかってでた仲間のくしゃみがきこえた。
「あら」
 ジュネが笑うと、夜も更け、朝になった。
「ハナザムか‥‥」
 宿の扉を開け、外に出たとたん、ぶるりと体をふるわせて自分の肩を両手でだくと、ジュヌヴィエーヴがつぶやく。
 空は春だというのに暗く、いまにも雪すらまってきそうなほどである。
「ハナザム?」
 誰かのことかとローガンが真剣に尋ねてきて、思わずジュヌヴィエーヴの目が白黒となった。ジャパンからきた友人から教わった言葉だ。
 花寒。
 桜の咲く季節に寒の戻りのことである。
「ノルマンの言葉でなんていうのかなって思って」
「そうですね――」
 そこまで言われればローガンの知識を持ってすれば簡単な問題となる。
 と、そこへ呼び声がした。
「薬師さま‥‥」
「なんでしょうか?」
 話はそれっきり、ふりかえると老婆がいた。
「あの薬のことなのでございますが」
 旅の薬師ということになっているローガンには、当然の依頼だ。
「どんな薬が欲しいのですか?」
「薬‥‥というのでしょうかな? ジャパンの方々がよく話題にしておったのでございますが‥‥カキとかいう薬なんです。それを花見の時に持っていくとよいといわれたのでございますが‥‥」
「牡蠣ですか柿ですか?」
 ジュヌヴィエーヴがアクセントの異なるふたつの単語を口にした。
「カキ、カキ、カキ――」
 と何度か口にして老婆は言った。
「柿でしたわ」
「ジャパンの料理の材料‥‥果物だけど?」
 こんなところで家事知識が役にたつとは思わなかった。
「ジャパンの果物?」
「はい‥‥それが、なぜ?」
「ここでもジャパンですか‥‥ジャパンになにかあるかもしれませんね」
 そういうとアズキモチの件は残念ながらといって老婆にはお引取りを願い、しばらく黙り込んでしまった。
 夕方となった。
「よしよし」
 放った犬が戻ってきてローガンにじゃれついてくると、全体をマッサージしてやってと、よしよしとローガンはその頭をなでた。
 テレパシーで何事かを語り合っているのだろうが、傍目には犬を猫かわいがりしているようにしか見えない。
 それでも、なにかわかったのだろう。
「酒の用意はできましたか?」
 樽を背負ったドワーフがうなずく。
「さて、出かけましょう」
「ずいぶんと気楽なご様子で」
 足幅をあわせながら歩くジュヌヴィエーヴが肩をすくめる。
「あなたの作戦でしょ?」
「そうですけど‥‥」
 にっこりと笑って、いたずらぼうずの表情。こんどはローガンがジュヌヴィエーヴの口調をまねしてみせた。
「夜を待って、怪異を待ち受けますね。相手が酒好きなモンスターだと予想が付けられれば、ワインを置いておきましょう。怪異が姿を現したなら、まずは酒に反応を示すか様子見ですね。酒を飲むようなら飲み干すまで待ちましょう」
「もぅ!」
「信じてますよ」
 怒った顔のジュヌヴィエーヴを正面から見つめて、ローガンはにっこりと笑った。
「な、なんですか!?」
 顔をすこし赤らめてぷいっと横を見る。
「あら‥‥」
 星すらない暗い夜空。
 こんな夜は、太陽の神さまが天岩戸にこもってしまったのだとジャパンの神話は語るらしい。
 さて、森の入り口の木々の前で焚き火をたいて、その前に酒樽を置く。
 冒険者たちは身を潜めた。
 しばらく――
 たぶん宴会で酒を飲んだ者たちが眠り込んでしまうくらいの時間がたった頃、なにかが森の中から出てくる音がした。
「酒によってくるのは鬼でしょうか悪魔でしょうか‥‥それとも――」
 闇になにかが動いた。
 うねうねとしたそれが酒樽に近づき、からまり、その姿が炎に浮かん。
 ジュヌヴィエーヴのディテクトアンデットには影響はない。
「じゃあ!?」
 散華――剣がふるわれると、赤い花が散った。
 勝負は一瞬だったといってよかった
 ローガンの放った巨大な炎の塊が爆発し、そこへ剣をふるったドワーフとゴーレムが参戦をするのだ。
 駆け出しの冒険者たちならば強敵だったかもしれない敵ではあったが、地獄に潜むヘビとさえ互角以上に戦いかねないメンバーが相手ならば、いかにふつうのそれよりも巨大であったとしても、しょせん動物である。
「もう、終わりですか?」
 ジュヌヴィエーヴはほとんど――ゴーレムに命令をする以外――することがなかったじゃないと文句を言いたげな様子だ。
 ほんの数十秒の戦い――というよりも、一方的に殴っただけだった気もするが――終わり、ジュヌヴィエーヴが横たわった死体を一見して認めた。
「パイソンね」
 二体の巨大なヘビの死体が酒樽の横に転がっている。
「この二体の目や犠牲者の血が『花』だったのですよ」
 ローガンが断じた。
「どうしてヘビだってわかったんです?」
 どうやら犬に調べさせて、その正体をローガンが事前に把握していたであろうことは容易に察しがつく。
「ジャパンというのがポイントだったんですよ――。あの国には、ヤマタノオロチというモンスターがいまして――」
 かくして、死を前にして意識混濁となった侍は、その化け物の正体がヘビであることとその神話とが入り混じってしまっい、あのような末期の言葉を残したのであった。
「なんにしろ遠からずとも真実を語っていたわけですね」
「柿はなんだったんです?」
「柿は柿‥‥まあ、それがヒントでした。本当かどうかはわからないんですが、柿渋にはヘビが寄ってこなくさせるという話があるらしいです。私は柿という物を見たこともないので、判断つきかねますが‥‥まあ、そういう話がジャパンにあるらしいですね」
「さすが雑学博士ね!」
 ジュヌヴィエーヴは、やれやれと肩をゆらすと、ブロンドの髭をしたドワーフに笑いかけるのだった。
「なんにしろ、これは村の歴史に残る偉業だったわけね」
 男の表情がわずかに緩むと、ノルマンに咲く、名も知らぬ花が散っていた。