彼の癒し 彼女の盾

■ショートシナリオ


担当:まれのぞみ

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:11 G 94 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月26日〜06月01日

リプレイ公開日:2009年06月04日

●オープニング

 早朝、部屋をノックする音で目がさめた。
 幾多の戦争を生き残った者にとっては日々の眠りさえも、なかば覚醒された浅いものでしかない。
「どうしたの?」
 男の背後から眠たげな、甘い声をもらしながら、髪の長い女が裸のまま、男の背中にもたれかかってくる。
 入ってきたの王つきの従者だ。
 手にもった蝋燭が照らすベットの中のふたりを一目見て、目を白黒させた。
 見知らぬ女がいたからではない。
 よく見知った宮廷つきの侍女を、そこに見たからだ。
「他人には聞かれたくない話のようだからな」
 女の額に口付けして、騎士がその耳元でおやすみとつぶやくと、宮廷を仕事の場とする女は了解して出て行く。
 毛布で体を隠しながら、眠気眼の女が部屋を出て行く。
 その姿を従者は無言のまま見送った。
 そして、ふたりとなる。
「どうした?」
「あ、いえ‥‥そういえば、もうすぐ夏だなと思いまして‥‥」
「なにが言いたい?」
 やってきた男の皮肉に騎士は皮肉な笑みで応えた。
「おすそ分けにあずかりたいものだと‥‥」
 季節ごとに恋人がちがうというもっぱらの男は苦笑して、それには応えずに別のことをたずね返した。
「そんなことをいいにきたわけではあるまい!?」
「あ、は、はい!? そうだ、お倒れになられました!」
 その言葉に、シュバルツの口調は小さなものとなる。
「陛下がか!? 医者は、どうした? このような時の為に高い金を払っておるのだぞ!」
 従者がその耳元にささやく。
 男はまたも顔をしかめた。
「なんのたわごとだ?」
 使いの者が言うには、呼ばれたはずの医者が診療中に倒れて、なんとか回復した王に快方されたというのだ。
「どこの世界に、倒れた患者に介護される医者がいるのだ?」
 自分でも、バカらしいことを反復したものだと思った。もし、自分が従者の立場であったのならば、
(「この国のこの城にございますよ」)
 と、皮肉のひとつも言ったであろうが、相手にそれほどの冷静さと機知を期待する方が酷であったのだろう。困ったような表情になっている。
「このことは内密にするようにと伝え‥‥いや、かまわん。倒れたと言ってまわれ」
 男は後半を強い口調で言い直した。
「よろしいので?」
「もちろん陛下がではない。医者が倒れたのだとな‥‥ウソでもないし、このさい彼には陛下の人身御供となってもらおう。あの女――」
 一夜をともにした相手だというのに冷徹な言いである。
「――のこともあるし、宮中の噂好きの子雀たちが朝になればなにやら口にしだすにちがいあるまい」
 窓を開けると、すでにあたりは白々としてきている。
「ならば、中途半端な噂を流される前に決定的なウソを流布するまでのことだ」
「しかし‥‥」
「バレないか? そういいたいのだな。まあ、大丈夫だろう。今回の場合はウソを言うわけではないのだからな。どちらにしろ、そのような体調では彼にこれ以上の無理を強いるわけにはいかんだろうしな」
「はっ」
「それにしても、困ったな‥‥」
「陛下の健康ことでございましょうか?」
「いや、それもあるが、医師の後釜をさがさなくてはならないというのが面倒なのだよ。王家の誘いとあればほいほいと自称名医が集まってくるだろうが、その真偽を判断しなくてはならん。玉を拾ったつもりで石など握らされたら、それこそ生命のかかわる問題だ。新しい医者はすぐに欲しいが、なにか、いいツテはないものかな?」

 ※

 かくして内密のうちに調査がはじまった。
 話すことができるまでには回復した王の侍医からの推薦を得て、何名かの候補がきまった。
「ならば、この男に――」
 王からの許諾を得て、使いが出発した。
 しかし、戻ってきたときもってきたのは許諾の有無ではなく、その医師が殺されたという報であった。
「他に候補は?」
 ふたたび、医師が選ばれ、使者が戻ってきたとき持ってきたのは、ふたたび殺人が起こったということであった。
 ならば――漠然とした不安の中で発した使者は、三たび訃報を運んできた。
「ええぃ!?」
 シュバルツは忌々しげに杖で壁をたたいた。
「腹をすえかねておりますね」
 副官が青い顔をしている。
「当たり前だ! 二度目はともかく三度もとなればなにかしらの意思を察するのが当然ではないか!」
「だれのしわざでしょうか?」
「人ならばよいがな――」
 機嫌も悪く、口をへの字にして騎士は机上の書類を調えた。
「人ならば?」
「これが殺人現場の報告だよ」
 隊長は足早に部屋を出ると、あわてて追いかけてきた副官に三枚の書類を渡した。
「犯行時間や場所などに共通点はなし。悲鳴を聞いて家族や知人が被害者のところに行ったときにはすでに事切れていた。共通点は誰も犯人を見ていないことですか?」
「共通点といってよいのかわからないがな」
 宮廷の廊下を歩く。
 扉の前で衛兵たちが敬礼をして迎えた。
「どうしたのだ?」
 いくぶん青い顔となった――病気が原因ではなく、結婚相手を選ばねばならにことに心労を覚えているのだ――王と謁見する。
「ふだんの何倍もの激務のようですな。気分転換に簡単な仕事をひとつお願いしたものですな」
 書類の束をさしだした
「これはなんだ?」
「中身など気にしないで、お好きな紙をお選びください。彼女たちからひとりを選ぶほど面倒ではありますまい。なんなら、すべてを投げ捨てて、いちばん近くに落ちるなり、遠くまで飛んだ書類に書かれた者を選んでもかまいませんよ」
「なんなのだ‥‥ノルマンにいる医者の名簿?」
 奪い取った紙の束を見て、王は言葉をなくした。
「ええ、昨日から起こっている凶事はすでにお耳に入っておりましょう。どうせならばランダムで選んでみて、どのような結果になるかと思いましてね」
「おい!」
「冗談ですよ。四度目になりますが、こんどは陛下に選んでもらおうと思いましてね」
「おや? 彼が選んだ者がいるではないのか?」 
「よいのでございますか?」
「なにがだ?」
「こんどの医師は女性でございますよ!?」

 ※

「‥‥それで、侍医の推薦した医師‥‥ジェーン・ドウという女性をその館で保護。さらに王宮までの護衛を雇いたいというわけだ」
「普通の仕事ね」
「一見な」
「一見?」
「さきほど話したように性質の悪いやつがからんできているようだし、なによりもこのジョーン嬢――まあ、それが侍医の一番弟子だと太鼓判を押されたにもかかわらず、後回しにした理由のひとつなんだが――人付き合いがあまり好きではないらしく、ふだんは要塞のごとき館にひきこもっているそうなんだ。そこから彼女をひきづりだす――」
「一仕事ね」
「大仕事さ。それにいる村の名前‥‥くらいしかわからないし、まず情報を集めるところからはじめたらいいんじゃないかな?」

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb3583 ジュヌヴィエーヴ・ガ??E疋?E expires(32歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb4426 皇 天子(39歳・♀・クレリック・人間・天界(地球))
 eb5868 ヴェニー・ブリッド(33歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb9243 ライラ・マグニフィセント(27歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

アニエス・グラン・クリュ(eb2949

●リプレイ本文

 夜半の月が空に傾いて、子供は夢の国で遊ぶ頃、そんな時間だというのベットの中で子供たちの声がする。
「ねぇねぇ!」
「なによ?」
「眠れないの!」
「わたしは眠いんだけどな‥‥それで、どうしろって?」
 かわいいあくびをしながら聞き返す。
「ねぇ、また、お話をしてよ。サリバン先生みたいな説教くさいお話じゃなくて、いつもの冒険者たちのお話を!」
「眠いのに‥‥ぶつぶつ」
「文句は言わない!」
「ひどいな。そうね‥‥こんなのはどうかな?」

 ※

「――さま! おか‥‥」
 声がした。
「お母様! 時間ですよ!?」
 はっとして気がつくと、椅子の横では少女が心配そうな顔でのぞきこんでいる。
「あらあら‥‥あっちこっちに行っていたせいで、すこし疲れたのかしら?」
 すこし恥ずかしそうに笑って、セレスト・グラン・クリュ(eb3537)は立ち上がると机の上にまとめた書類をそろえた。
 そして、少女に手を取られて、よろよろと歩き出してしまった。
 そんな歳でもないのに――
 胸の中で眠っていた、あの小さな子供がいまはこんなになっている。
 日々は移ろい、年は流れ、歳を重ねている。
 ちらりと見た鏡には、その積み重ねがあった。
(「もう、若くないか――」)
 その顔に老いの兆候を見つけた。
 とたとたという足音がして、ギルドの少女たちが、あいさつをして部屋に入ってくる姿が見えた。着替えを手伝にきてくれたのだ。
 着替えが終わり、仲間が待っている部屋につくとライラ・マグニフィセント(eb9243)がギルドの制服を見にまとった少女の耳元になにごとかささやいていた。
 まるで、恋人に秘め事を語る殿方にも見え、くすりと笑って、そのお嬢さんが了解といって封筒を受け取る姿は恋文をもらった少女のようにも見える。
「どんな新作お菓子をもらえるのかって、たのしみにしていますね。‥‥ダーリン」
 投げキッスをしてライラが信頼しているらしい少女が部屋を出て行くと、部屋の外でその娘のあいさつがした。
 交代するように皇天子(eb4426)が入ってきた。
 そのときにはやライラの表情が深刻なものとなってセレストと顔をあわせていた。
「どうしました?」
 皇が、マントを脱ぎながら、仲間の顔をのぞきこんでいた。
「ふたりとも顔色が悪いようですが、どうしたんですか?」

 ※

 ベットで半身をもたげた老人の体はだいぶ回復したらしいが、もはや王につかえるつもりはないらしい。
「天命には逆らえませぬよ」
 彼は客人たちに、そうとだけ告げた。
「医師の仕事は患者の命を救うことではないのですか?」
 いやいやと首をふる。
「天は与え、奪いたまう‥‥のでございま――」
 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)は、老人の言葉にはっとした。
 それは教会の教えであるのだ。
(「医を語る者が教えを――」)
 それが意味するのは――ジュヌヴィエーヴの手が聖印をにぎった。
「我々、医にたずさわる者は天の許す範囲で、患者の苦痛をやわらげる。それだけなのでございます」
 なおもいいたげな客人たちに主人は逆に質問を返した。
「では、たずねましょうか? この世に死なぬ人間はおりますか? 過去のどんな名君、賢人、偉人。それらの者すら、暴君、愚者、凡人と同じ運命――死からはのがれられないのでございます。我々にできることといえば、天に召されるその日を延ばす。ただ、それだけでございます――」
 窓辺からさす光に浮かび上がる老人の顔は医師というよりも、どこかジュヌヴィエーヴの知る宗教家の表情めいて見えた。
「――そして、もし生命を本当に回復させる手段があるとするのならば、それをなすのは神の御技ではございますまい。むしろ魔の技のみでございます――」
 それは、はたして本当に医にたずさわる者の言葉なのだろうか。
 だれもが、同じ疑問をもち、ただ黙りつづけるしかなかった。
 やがて、そう語り終えた師は、その弟子のことをこう言った。
「しかし、ひととは業深いものですよ。あの娘は優れて才をもっております。もっておりますから――それを望むのかもしれません」

 ※

「あらあら‥‥」
 ヴェニー・ブリッド(eb5868)は、おのぼりさんよろしくあたりを見回していた。
 ジュネ曰く偽名ぽい名前と、そのひとぎらいの性格らしいという事前情報のせいで、その人物がいるのをひなびた田舎だと決めきっていたのだが、意外なほどひとが多い村のようである。
 石畳の道には、手作りの店がならび、家の畑で作ったという野菜やら、近くでつかまえた動物の肉、それに雑貨品などを売る。
「市がたったせいかもしれませんね」
 人だかりに流されながら仲間が言う。
「そうですね‥‥まあ、とりあえず近くの人に話を聞きましょうか? あら、なたはジェーン・ドゥというお医者さんを知りませんかしら?」
「先生になんの用ですか?」
「あら! 一発で当りを引いみたいね!?」



「本当に大きな屋敷ですのね」
 ヴェニーたちが部屋へ入ってきて、あたりを見回した。
 貴族がディナーに使うような大きな机の上には、ところせましと医療器具やら、なにごとかなぐり書きされた書類、それにかきかけでまるめた羊皮紙のしわをきれいにのばしてファイリングしなおしたもの。そして、あきらかに魔法の道具まである。
「研究熱心で、なんでもやってしまうんですよ」
 まるで我がことのように師を語る弟子たちは、本当にうれしそうだ。
「好きなんですね」
「なにか言いました?」
「いいえ――それよりも‥‥」
 師を探してきますといって、ふたりは部屋を出て行った。
「そうじなど大変でしょうね」
 ヴェニーが、妙なところで所帯じみたことを口にした。
「いったようだね。そうさね、いまは弟子の、あの娘たちがやってくれているから別に困ってはないさ。もっとも、むかしだってインプにかたづけさせていたから変わらんかもしれんがね」
「えッ!?」
 いつのまにか、ひとりの女が部屋にいた。
 黒くて長い髪、冷たいまなざし、白い衣をまとった――魔女。
 空気が凍てついた。
「あたしはかつて悪魔を使役した。そう、言っているのだよ」
 ひとつひとつの単語を明晰ともいえるほどはっきりと言い切る。
「おまえは?」
「ジェーン・ドゥさ。あたしを探しにきたんじゃないのかい?」
 女は微笑んでいた。
 静寂だった。
 窓からさしこむ光を背に、椅子に腰掛けた悪魔の使徒は目は細めながら来客を値踏みしている。
「師はいってなかったかい? あたしはひととして大きすぎる野望をもった愚か者だったとね。こんな、あたしをここで殺すかい?」
 ジュネをちらりと見る。
 司祭は言葉を呑み、ライラは言葉に詰まった。
 あの侍医が言おうとしていたことの意味に気がついたのだ。
 敵意と戸惑いと緊張とが手に手をとりあって、不可思議な時間が流れていく。
 だれも言葉を出さない。
 だれも行動を起こさない。
 ただ時間だけが流れていく。
 いつしか、娘の手のひらが汗ばみ、母の手をぎゅっとにぎっていた。
 それに母は気がついた。
 緊張した娘に母は大丈夫といって、目的の人物のまなざしを見つめ、
「貴女は侍医様の一番弟子と聞いているわ」
 声を上げた。
「それは彼の技術だけでなく、医の心も継承していると今でも信じてらっしゃるからでは?」
「師匠のムダな弟子である、このあたしがかい?」
「この世に無駄なものなんて、何一つないの」
 その言葉をさえぎり、セレストはその両手をにぎって、黒いまなざしをしっかりと見据えた。そして、王の窮状をのべ、その助力を請うた。
 言葉のはしばしには子供をもつ母親のそれがあり、
 ふふふ――
 その視線を避けるようにして、ジェーンが顔をそむけると微笑は苦笑に変わり、苦笑はやがて笑い声へと変わった。
「まったく。あなたがたほどの方々になると、この程度のはったりではどうしようもないということなのかしら? もっと驚いてくれると思っていたんだがね」
 髪をかきあげながら笑って、ジェーンは椅子に身をしずめた。
「なるほどね‥‥」
 冒険者から渡された手紙を一読すると、椅子にもたれかかりながら偽名の女はパイプを吸った。その頃には、師匠が見つからなかったと半泣きになった弟子たちが戻ってきて、ちょっと騒ぎになるなんて一幕もあって、紅茶とお菓子が謝罪もかねて全員に配られた。
 しばらく黙り込むジェーンの横顔を、カップを口にした大宗院透(ea0050)が人形の表情で見つめていた。
 その心情を探りながら、また、あの日のことを思い出しながら――

 ※

「今回の目的はジェーンさんの護衛ですか、犯人の逮捕ですか‥‥」
 大宗院は、その依頼主に真意を問うた。
 どちらが主目的かによって、やるべきことも変わってくる。それに対する返答は明快であった。
「護衛だ! 犯人など無視しておけばいい」
「全力を尽くします‥‥」
 能面のごとき顔で返答をする。
「頼む。が、それにしてもきれいな顔をしているな。もうすこし、笑顔を見せたらいいんじゃないかな。お嬢さん」
 種を知っている手品をからかうような口調で男は、大宗院の肩に手をまわそうとした。が、いつのまにか大宗院と男の位置がかわっていた。
「さすがだな」
 いつのまにか背後をとられた男は肩をすくめた。
「私は男で既婚者ですので‥‥」
 かつての忍者は、そんな遠まわしな冗談をしれっというと、そのときはじめて人らしい表情があったように男には思えた。

 ※

 用心は杞憂に終った。
 しぶっていたジェーンも目がまっかになるほど手紙を熟読して――そして、なによりも冒険者たちの説得により――城へ向かうことになった。が、その前にやることがある。
 村人たち全員分のカルテをまとめ、必要であろう薬をわずか数日でそろえると、弟子たちに噛み砕くように丁寧に説明して
 そして、翌朝、屋敷をあとにした。
 こうなるとジェーンは現金なもので、すっかり陽気な態度で冒険者たちにいろいろと話しかけてきた。
 草花を見れば、それからどんな薬が作られるかというところからはじまって、その薬草にまつわる神話やら伝説やらを語りだす。
 そんな具合だから、医学が恋人であると称する皇とも意見があったし――もっとも、皇が相手を試していたという面もあるが――ときには皇すらも舌を巻く技術であり、なによりもアイデアがぽんぽん出てくるのは師がいうとおりに才はあるのだろう。
「そして、野心も――」
 ひととなりを把握した大宗院がつぶやく。
「でも、野心と大望は同じ言葉ですよ。うまくいけば大望。失敗すれば野心。ひとは結果で評価するものです――好きなこととなら、なおさら」
 道中、こんなこともあった。
 突然、野生のモンスターが出たときなど始末された化け物を、道の脇で解剖をはじめ、そいつが襲ってきたのはお腹がすいていたり、敵意があったからではなく病気で苦しんでいて半狂乱になって道中に出てきてしまっただけだと体の各部の解説とともに謎解きをしたというエピソードまである。
(「知識は確かですね‥‥」)
 なかばあきれながら皇も一定の評価は与えざるを得なかった。
 かくて、パリについてた。
 まるで罠にかかったのではないかと疑ったほどである順調な道中であった。
 こんな風に無事に終えた仕事が、不安で終る仕事になることもある。

 ※

「結局‥‥犯人は襲ってこなかったじゃない‥‥? 話のクライマックスになるような強いモンスターとの戦いはなかったの? いいかげんな話じゃない」
 すっかり眠気まなこ、こんどはお話をおねだりした女の子があくびをしていた。反対に、そのお話をしていた女の子は興奮気味。
「相手が悪すぎるの! だいたいね、どこの世界にあんな高レベルの冒険者にケンカを売る中級の悪魔がいるか! 俺にできるのは姿を消すだけだなんだっていって悪魔は、その黒い尻尾を巻いて逃げていきましたとさ。めでたし。めでたし」
「なにそれ? なんにしてもそんな悪魔はおつ‥‥――よくも、いつもいつもそんな荒唐無稽なおはなしがおもいつ‥‥くな――」
 大きなあくびをして、そういうと少女はベットに倒れこんで寝息をたてていた。 
「あッ‥‥ひとりで眠っちゃって、ずるいじゃないっぃぃぃ」
 すっかり目がさえてしまった少女は夜中に叫ぶのであった

 ※

 すでに夜もふけている。
 ひとを払い、部屋にふたり。
 いくつか質問をし、脈をとり、体の各所を調べるなど基本的なことを終え、医師は書類になにごとか書き始めた。
 患者が問う。
「わたしはよくなるのかな?」
「さあね」
 パイプ――さすがになにも入っていない形だけのものだ――を咥えながら女は背後の男の問いをあしらった。
「やることはやらせてもらうが‥‥あとは、異国でいう三人の女神の領域だよ」
「医師のセリフとは思えぬな」
「師から、そう教わっているのでね。だから、運命はともなく、医師も宿命にはあがわぬさね。かれらがあたしを迎えにきたようにね。いや――」
 にやりと笑うと、男の耳元に恋の媚薬をそそぎこむような甘い声で女医はささやいていた。
「わたしが平安をもたらすために、ここに来たと思うことなかれ。我は災いの種をもたらす者なり――そう、あたしは悪魔に追われる女だからね――そんな手段にでも頼られるかね? ノルマンの賢明なる王よ」