別れの戦い
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■ショートシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 40 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月20日〜01月25日
リプレイ公開日:2010年01月29日
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●オープニング
「いきなりですな?」
「そうか?」
一日、王に呼ばれた男は新たな命を受けた。
より正しく言うのならば命令されたというよりも強制を受けたといった方が正しいのかもしれない。
「セーヌ河に居着く賊を数日中に殲滅しろとは、かなり唐突だと思いましてね」
しばらくほおっておいたではありませんかと言外にいい、なぜかと問う。
「政治的な理由だ」
臣下が好みそうな返事で、それ以上の追求は無用と若者は応えた。そして、そうでありながらも追求しようとする臣を制して、王は新しいいたずらを思いついた子供のような表情をしながら、つぎの話題を口にしていた。
「お前には新しい任を与えねばならなくなってな、至急、いまの仕事を片付けてもらいたいのだ」」
「新しい任?」
「国内も安定してきたしな。私も結婚するし、よい機会だと思うのだ」
なにがよい機会なのやらと肩をすめてみせて、それでも給金を王からもらって働く騎士は拝命せざるを得なかった。
「それにしても昨日の今日とは‥‥」
「いや、今日の明日だ!」
「あと数刻で用意しろというのですか?」
「すでに手はずはしてあるよ」
「手はずを?」
すでに日も中天から下り始めている。
「善は急げだ!」
にこにこと笑いながら王は叫んだ。
騎士が一礼をして、その場をさると彼は満足げに笑った。
「あいつのいつか言っていた、ぜいたくきまわりない希望を満たしそうな女性がいることは思い出したのでな」
思い出すもなにも、最近まで、つきあっていたではないですかという脇のため息を無視して、王はうれしそうな顔がしていると、約束のあった客人の来訪が告げられた。
※
「いきなりじゃない!」
「そうよそうよ!」
「いきなりではありません」
教え子たちの反論をぴしゃりと押さえ込んで、家庭教師は頬をふくらませた子供たちに今後の予定を再度、告げた。
「今月の終わりにはパリから故郷の街へ戻ることとなりました。わかりましたか?」
「わかんなぁい!」
「わかりたくなぁい!」
「なぜです?」
「まだパリで遊んでいたぁい!」
ふたごの声が美しくハモったが、サリバン先生は聞く耳もちませんという視線でにらんだ。
しゅん。
耳をたれた子犬たちのようになって、ふたごは小さくなってぶつぶつ。
「もっとパリにいたいのに‥‥」
「そうよね。なんのためにセーヌにやつらを!」
「セーヌ?」
片割れのつぶやきに、姉が首をひねる。
「セーヌ河には河賊がいるじゃない!」
ぶうぶうと妹がサリバンに文句をいう。
「その件については、あなたがたのお父様が陛下にお頼みして河の安全をはかってもらっていますよ」
※
「みごとな新年会だったね」
新年会というコードネームの軍事演習が終わり、セーヌ河に居座る賊にはどのような心理的な影響を与えることができたろうか。
古来より籠城戦が負け戦と呼ばれるのは、外部からの救援が期待されたり、なにかしらの理由で相手が包囲を解く可能性がないかぎりは必落だからである。
伝説によれば、不落を誇るとされた城を攻める必要ができたとき、城のまわりに街を作り、何十年と敵を包囲し続け、結局は相手を滅ぼした王もいるという。
なんにしろ、厳重な包囲を作り食料の入りを止め、じりじりと相手を締め付け、衰えていくさまは作戦の立案者がこぼしたとおり、
「蛇が獲物をからみついてしだいに獲物を殺していく」
さまであったかもしれない。
「やったことはともかく、軍事演習に新年会という名前をつける神経が信じられれないわ!」
女の騎士が、どうでもいいことに文句をいっていると、ひとりの騎士がきた。
なにごとかと思えば、パリからの手紙。
男の騎士が目を通した。
「しばらく我々に隊のすべてに対して全権委任だそうだ。隊長の命令はじきに届くだろうが至急、河の賊を殲滅しろだ‥‥と?」
「正式なものなのかしら?」
「隊長のサインはないが、代わりに陛下とヨシュアス殿の連名でサインが入っている」
「どういうことかしら?」
「パリでもいろいろあるのだろう」
その後、しばらくの沈黙が騎士たちの間に流れた。
そもそもがかれらの従う紫隊の隊長が、ただの善人ではけしてありえぬことは万人の知ることであったし、王への忠誠の奥底には、ただならぬ野心があるのではないかという漠然とした不安は昔からあった。
その結果としての最悪というものが両人の頭の中をよぎったのだ。
が、それはいま考えてもしかたないこととふたりのあいだでなった。
なんにしろ、手紙はまだつづく。
「政治的な理由−−どこぞのえらい貴族さまの依頼−−により、早急に河の賊を討てとの命だな」
「やけに急な話ね」
「逆だな。隊長が、それを拒んでいたから、いままでそれをやっていなかっただけだからね」
「そういえば鼠窮して猫をかむだけは避けたいと言っていたわね‥‥それが原因?」
「さあな。陛下も婚儀が決まり、しばらくは国内を安定させたいのだから、国内の貴族たちに媚びのひとつ、ふたつ売りもするさ」
「それが、まつりごと?」
それ以上は危険と判断したのだろう、女の問いを男は聞かなかったことにした。
「なんにしろ賊を平らげるのは、よい結婚祝いになるだろ? なにより国内に不穏な動きをなくすのいいことだ」
「ええ。今回ばかりは、どこかの港街の貴族さまのご期待に応えることにしましょう」
「さて、正面は我々が受け持つとしても、背後は傭兵を雇うべきかな? 奇策は奇であるがゆえに奇策であるからな。融通無碍な作戦はわれらよりも傭兵‥‥冒険者の方が得意だと思うからね」
「それに、わたしたちよりも戦い慣れているからですか?」
「それは要望に応えてくれる面子によるさ。なんにしろ暖かくなる頃にはパリに戻りたいものだな!」
●リプレイ本文
朝霧の中を逃げる、ひとつの影。
ふりかれば、そこはもやは燃え上がる炎と煙、そして虐殺があった。
仲間が、己を慕っていた民たちの絶叫が、怨嗟の声が、朝の風にのり、生き残ってしまった者たちの耳に届く。
ふりはらおうとも、ふりはらおうとも、その声はまるで地の底から伸びる手のように、足に腕にしがみつき、生者を絶望の淵へと誘おうとする。
「こちらにこないで、逃げてください!」
声が、彼を救った。
あの声は誰であったか、記憶の片隅に記憶していた名を、いまは思い出す暇さえもない。
ただ、逃げる。
世間が騎士さまなどと呼ぼうと、遠くから見れば人殺しに変わりはない。
さらに口悪くののしるのならば、ノストラダムスという悪魔信者を信望した者の目からさえも、その朝、突如おこなわれたノルマン軍による無差別な襲撃は悪魔の襲来以外のなんのちがいもなかった。
夢は燃え上がり、霧に散る。
霧散、無惨、
腕から流れる血などもはやどうでもよい。
終わったのだ――
つき従うわずかな部下とともに小舟に乗ると、男たちは河をくだった。
その姿を水底から見つめる影があるこに気がつくことさえなく。
※
「はじまったね」
エイジ・シドリ(eb1875)の準備した毛布を、頭からかぶっていたウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)は白い息を吐きながら河面を見つめた。
河が赤く燃えている。
冬の朝、突如、河賊のアジトとしていた小島に放たれた炎。
予想をしていた作戦とはちがう大胆なものだ。
アーシャ・イクティノス(eb6702)が、川底に潜むウォータードラゴンにおびえぬようにとのテレパシーを送り、羽鳥助(ea8078)もまたうなる飼い犬をおさえる。
羽鳥が事前にあたりの調査をしておいたが、どこまで役にたつか――
水の音がした。
「どうだった?」
河から顔を出した磯城弥夢海(ec5166)は、頭をぶるりとふるわせると逃げている男がいることを伝えた。
そして、それが事前情報から、河賊の首領であろうとも――
皆は頷いた。
やることは決まっている。
船を漕いでいたアシャンティ・イントレピッド(ec2152)、が毛布で光り物を隠した。アフリディ・イントレピッド(ec1997)は姉を見て深呼吸をする。
他の仲間も、それぞれの態度で緊張を解きほぐそうとした。
ここより最後の戦いがはじまる。
戦い。
その言葉が意味する戦場は多い。
迷宮での戦いからはじまり森や海、あるいは都市、地獄と各地で戦ってきたが、今回の戦いもまた特殊であるだろう。
だからこそ、経験とそこから導き出される判断が有する歴戦の強者が、今回の作戦に集められたのだ。
「いたかしら?」
「いない!」
忍が叫ぶ。
「こっちかしら?」
小舟の方向が変えられ、まるで迷路のようになった背の高い水草の水路をゆき、ひとつの小島についた。
「外れだ!」
偵察上陸していた羽鳥とエイジが戻ってきた。
すでに、何度目だろうか。
無為の時間が流れる。
あせりの表情が浮かんできた。
魔法でも使ったのか、あたりに降り出した雨は島々の炎を鎮火する。
「魔法の無駄づかいね」
雨があがり、太陽もしだいに上がってきた
(「見つけました!」)
ちょうどその時、指輪を通して磯城弥とドラゴンから連絡が入った。
ともに敵発見の報。
「行くよ」
ゆっくりと船が動き始めた。
アシャンティの横でアフリディが腰のものに手をやりながら、あたりを注意深く見つめていた。
すでに火も弱まっている。
「だれか魔法使いでも準備しておいたかね?」
羽鳥が背後を見返した。
「アーシャ、この島か?」
ペットの声を聞いた飼い主がうなずくと、そこへ磯城弥が水の中から姿をあらわして、上陸をした。
「ここで決まりみたいだね」
えぃっとかけ声をあげて、ウィルフレッドが河に飛び込んだ‥‥ように見えた。
「ねッ?」
突然の行動に驚く仲間に、にこり。
ウィルフレッドは水面に立って笑ってみせた。
魔法を使ってのちょっとした手品。あまりのことに、みな、緊張していたことを忘れてしまい、肩の力を抜いて、最後の戦場へと降り立ったのである。
※
「こちらは大丈夫です!」
偵察に向かっていた部下たちが戻ってきた。
もはや、なにもかも失ったというのに、まだついてくる者たちがいる。物好きなのか、底なしにひとがいいのか、あるいはバカなのか――いや、自分だって底なしの、いや本当になさけないまでの愚か者ではないか。
あれほどまでの勢力を誇った河の民たちの国は、一夜で塵となり、昨夜までの君主は朝にはもはや根無し草。
あわれならばあわれと言え。
愚かと思うならば笑え。
まるで夢から醒め、あの冷たい麦わらの寝床で目覚めていた頃のようなむなしい朝。じぶんが死んでいるのか、生きているのかさえわからなかった日々の再来。
ああ――過ぎ去りし黄金の日々。
義兄弟たちと出会い、ともに歩み、ノストラダムスという師を抱き、この腐敗したノルマンを正そうとし、日々、戦いに明け暮れた喧噪に満ちながらも充実した日々よ。されど、それはもはや遠き秋の日の夕暮れの出来事
その兄弟たちも、冒険者と呼ばれる金で雇われた王の犬どもに殺され、民たちもまた、煙にまかれ、火に焼かれ、あるいは騎士という名前の殺人者たちの剣の錆となり、己もまた同じ道を歩まされそうになっている。
(「なにくそ!」)
すべてを失ったのかもしれない。
いや、まだこれからだ。
転んだのならば立ち上がればいい。
失敗したのならば、最初からやりなおせばいい。
はじめはふたりだけだったではないか。
「生き残れば、なんとかなります!」
ともに逃げ出した少年が言う。男が、うなずこうとすると、まだ幼さすら残る少年が笑いかけ、その笑みは永遠のものとなってしまった。
ゆっくりと前のめりに倒れて、男におおいかぶさってくる。矢が、背後から首にささり絶命したのだ。
(「まずい!」)
そう思ったときには遅かった。
反射的に、少年であった物を盾にして飛んできた数本の矢を防いだ。
待ち伏せだ!
草むらから犬が襲いかかってきて、仲間の首にためらうことなく噛みつく。
(「こいつ!」)
野犬や狩猟犬などではない。
もっと戦いに慣れた犬だ。
背後で悲鳴がした。
見れば、残った部下も面妖な姿をした緑の化け物に殺されていた。
そのうえ、男の前にも、ふたりの女がいた。
ひとと妖精の血をたがいににじませた、どことなく――こいつらは姉妹なのか――よく似ている。
片方の手には赤銅色の刃があり、もう片方の手に橙紅の槍がある。
槍が振るわれると地獄の業火――まるで明朝の炎だ――があたりで燃えさかったような幻視を覚え、もうひとふりの神々しい剣には、まるで、天から降りてきた天使が、いままさに悪魔の使徒である自分を殺めにきたかのような感覚をおぼえる。
いや、たしかに彼女たちが自分を殺しに来たのだ。
一歩、二歩、自然、足が後ろにゆく。
腰の剣には手がふるえ、さわることすらできない。
男の前に、もうひとりの敵があらわれた。
まるで少女めいていながらも、どこかで結婚した大人の落ち着きをもった女だ。
「我こそはアーシャ・エルダー、お手合わせ願います!」
「いいね。人生の最期に、これだけの美人たちにたびたび出逢えるというのは、けして悪い人生ではなかったのかもしれんな」
「お命、ちょうだいする」
振り上げる刃を前に抵抗はない。
目をつぶると男は、天から下される運命に身をゆだねた。
「すまんな、みんな‥‥――」
あとには、どんな言葉が本来ならばつづいたのだろうか。
それを永遠の謎として残すと、一時はセーヌ河をもってノルマンを分断すら夢想したという男は、そのまま事切れた。
※
かつての河賊の居城跡を横目に船がゆく。栄華も過ぎ去ってしまえば、ただの廃墟にしかすぎない。
「あれ?」
姉が船室から出てくると、妹が船尾で泣いていた。
「どうしたの?」
「お人形さんがなくなっちゃたの‥‥」
「あら――」
河に落としたのだろう。
「お気に入りのお人形さんだったのよ!?」
ぐすぐす言う妹に、姉はこまり顔。
「しかたないじゃない。また、手に入れればいいでしょ? どうせ、たくさんのお人形さんを持っているんだし」
「ううん、あの子は、あれでよかったんだけど‥‥。でも、そうだね。お父様の街についたら、新しいお人形さんを、たくさん手にいれなきゃ!」
自分の不注意で、大切な「駒」を失った妹と名乗る少女は、あっというまに表情が一転。
「それにパリで手に入れた服を着る機会を作りたいんだ」
「そうだね、やっぱり仮面舞踏会もしたいよね――魔都になった、お父様の‥‥いいえ、わたしの街で――」
悪魔はそうつぶやいて、その心を操るお人形さんに向かって笑いかけるのであった。
※
「あれ隊長は?」
「そうそうにつぎの仕事に行かれましたよ」
「お忙しいことで」
羽鳥が料理を食べながら言う。
「それで、どんな仕事ですか?」
口いっぱいに食べ物をほおばっている仲間の代わりにエイジがなにげに尋ねた。
「デビル退治さ。なんでも、とある貴婦人への助力を陛下に命じられたらしいよ」
事情通の騎士が応じた。
「まあ、建前だがね」
「建前ですか?」
酒を杯を手にした女がきょとん。
「実際、陛下は隊長に見合いを薦めているわけだよ」
「お見合い!?」
だれかが酒を吹き出し、笑いが起こった。
じぶんたちの隊長が国王にさんざん結婚を勧めているという噂は遠く聞いていたが、王の婚儀が決まったとたん、こんどは自分がその餌食とは因果は巡るものだ。
「誰なんですか!」
「エカテリーナさんって話だ」
「エカテリーナ?」
「マーシー殿の娘さんね」
えっという声があがり、彼女はたしか陛下の結婚候補ではなかったのかという疑問があがった。
「陛下も結婚したうえで、側室まで求められるのがいやだったのだろう。だから、うるさい男に、あてつけもかねてあてがったのだろうさ」
酒が入っているせいもあるが他人事であったら、本人がいったにちがいない口調で部下がまねをしていた。
「素敵だね。もし、まとまったらノルマンで一番危険なカップルになるんだろうね。知恵も財産も権力もあるんだよ!」
「陛下はそのことに?」
まわりに不安げな声が上がった。
「気がついたら、胸の病が再発するだろうさ」
「子供も生まれないうちに?」
暗い未来のビジョンが浮かぶ。
もしかしたら、みずからがその業火に焼かれることもあるだろうに気持ちのよい未来像ではない。
ノルマンはどうなるのだろうか。
ひとさし指に指輪をはめた女は、祈るように両手を握っていた。
じきにイスパニアへ旅立つ女は懸念をひとつでも減らそうとして、この依頼に身を投じた。たしかに、ひとつの懸念は消えたが、その思いとは裏腹に新たな懸念が生まれ、それでも世界はつづいていく。
そんななか羽鳥が大笑いをした。
「ま、あれだよな! 俺たちの日常も戦いもまだまだ続くんだよな。よっしゃ 張り切っていってみよう!」