あはんうふんな? 大作戦

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月10日〜07月16日

リプレイ公開日:2005年07月20日

●オープニング

 ある日、冒険者ギルドに、三組の男女が訪れた。いずれもそれぞれ夫婦であり、種族は人間、エルフ、パラと三種三様。
 依頼内容を尋ねる受付嬢に、母親の一人が言った。
「うちの息子を、誘惑してください!」
「はあ!?」
突拍子もない依頼に、ギルドの受付嬢は最初面食らった。
 しかし、男女は涙ながらに、切々と訴える。
「うちの息子達、女性恐怖症なんです〜。治すには、女性の魅力に目覚めるのが一番じゃないかと‥‥」

 五年ばかり前になるが――
 イギリス王国を局地的に騒がせた強盗団がいた。
 その強盗団は、驚いたことに、メンバーが女性ばかりだった。
 元娼婦、盗賊の娘など、女ながらなかなか肝の据わった連中が集まった強盗団であり、女性とは思えぬ図太さと厚かましさで、罪もない人々を襲い、金品を奪い、家々を荒らしまわった。
 ちなみに後に判明したことであるが、この強盗団の首領は『おばはん』と称される年頃とキャラクターの女性だったそうである。納得。
 結局、この強盗団は、地元の自警団と冒険者達数名の協力により、逃走劇の果てにあえなく身柄を確保されることとなったのだが‥‥逃走中、この強盗団は、たまたま行き会った青少年三名を人質とした。
 この人質達が、今ギルドに来ている依頼主の、息子達だったのである。
 もちろん強盗団が捕まるとともに、人質三名は、冒険者の手により救出された。
 しかし、彼らは、人質となった幾日間かでよほど恐ろしい目にあわされたらしく(どんな目にかはあえて想像するまい)、重度の女性恐怖症となっていたのである。
 母親とは、なんとか普通に会話ができる。他の女性に関しては、たとえ90歳の老婆であろうと、距離を置いて二言みこと会話するのがやっと。
 時がたてば癒えるかと、家族は期待し、一方さまざまな努力も続けた。
 が、息子達はそれぞれに女性を意識する年頃となった今も、
「もう、女性はごめんだ〜! 結婚なんて絶っっっ対にしたくない〜! 修道院に入って一生独身で暮らす〜!」
 と毎日のように主張しているという。
 家族は頭を抱えた。修道院で心穏やかに祈りをささげる人生も悪くは無い。しかし、親達の望みは、いつの世も同じである。子がいれば孫もほしいと思うのが人情。仕事も、受け継いでもらいたい。
 そこで、被害者三名の両親達は相談し、冒険者ギルドに依頼を持ち込んだのだった。息子達を、女性好きにしてくれと――。

 という、いきさつを聞いて。
 受付嬢は、ドン! と胸を叩いた。
「承知しました! 必ずや、冒険者達の力で、息子さん達を女性大好きにしてみせます! そりゃもう、女性を見ればナンパせずにはいられないくらいに!」
 請合い方に問題はあるが、ともかくも依頼は受理されたのであった。
 被害者三名のプロフィールは以下の通り。

 ◆ロレル(18歳):人間の少年。実家は大きな果樹園を経営する農園主。三人中最もやんちゃで行動力があり、人質として拘束中何度も逃亡を図ったため、痛めつけられるなどつらい目にあったらしい。ゆえに女性に対する警戒心は最も強い。

 ◆セザノク(26歳):エルフの青年。皮細工職人見習で、腕もよく将来を嘱託されていた。三人中一番大人しい性格だが、それだけに心の傷が深く静かに内向していることが考えられる。芸術好きな夢見る青年タイプ。

 ◆トラビス(14歳):パラの少年。一番繊細なタイプの美形。音楽家一家の末子で、自身も歌手を目指し研鑚を積んでいたが、事件以後人前に立つことが怖くなり断念。元々は派手好きで注目を集めるのが好きなナルシストだったという。

 以上三名に、両親から依頼を受けたということを伏せて、生業やスキルを生かし、不自然でないように接触、誘惑してもらいたい――掲示された依頼は、そう結ばれていた。

●今回の参加者

 ea1024 曹 天天(23歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4238 カミーユ・ド・シェンバッハ(28歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5984 ヲーク・シン(17歳・♂・ファイター・ドワーフ・イギリス王国)
 ea6089 ミルフィー・アクエリ(28歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb1155 チェルシー・ファリュウ(25歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb1248 ラシェル・カルセドニー(21歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●トラビス
「可哀想な娘さんなのよ、旅の途中で路銀が尽きちゃったんですって。ウチでメイドとして雇ってあげることにしたの」
 トラビスの母親がそう言って、その娘‥‥ティズ・ティン(ea7694)を住み込みメイドとして雇った。
 イギリスではメイドの呼称は、「貴族令嬢の他家での花嫁修行」や「貴族女性の他家での家事手伝い」に使われ、侍女や給仕より身分は高い。しかし、元々侍女や給仕と縁のないトラビスの母親は、ディズが自らをメイドと名乗っても気にしなかったようだ。
 トラビスは女なんか見るのも嫌なのに。だがティズはトラビスの態度などお構いなしに無邪気だ。
「見てぇ! 今日、ローストチキンがすっごく上手く焼けたんだ〜。お兄ちゃんはぁ、チキン好き?」
「‥女の作ったモンなんか食いたくないよ」
 冷ややかな返事に、ティズは一瞬顔を曇らせるが、それでも、
「もし、食べる気になったら言ってね。あっためなおしてあげる」
 明るく答えて料理を引っ込める。トラビスの胸はちくりと痛む。
 ティズはトラビスがどんなに冷たくしても、トラビスの好物を作り、家中綺麗に磨き上げ、くるくる働いた。数日後無理がたたり、熱を出して寝込んでしまったほどに。
「ごめんねお兄ちゃん。せっかく家においてもらってるのに‥‥働けなくて‥‥」
 様子を見に行ったトラビスに、ティズは熱に潤んだ目で言った。
「うるさいっ! 見舞いに元気の出る歌、聞かせてやろうと思ったのに、ペラペラ喋んなっ!」
 トラビスに叱られたのに、無邪気に喜んで拍手するティズ。そしてトラビスの歌声が、久方ぶりに響いた。まるで全ての枷から解き放たれたような、伸びやかな歌声だった。
 
●ロレル
 修道院に入ればこの光景も見納めだと思いながら、ロレルは果樹園を散策していた。と、向こうの方から、人影が二つ、息せき切って走ってくる。十代はじめか、半ば頃の少女二人。
「助けて! 追われてるの!」
 背の高い方の少女が言った。細身の体で、健気にも短刀を携え、もう一人の少女を背にかばおうとしている。追っ手は若い男、と見えた。目深にかぶった羽根付き帽子の下から、青い瞳と赤い髪がちらりとのぞくが、表情は分かりにくい。が、短槍を操るその手つきが慣れているのは素人のロレルにもわかった。
「そいつらを、渡してもらおうか。そんな及び腰じゃあ病気のゴブリンだって追い払えまい」
 やけによく通る澄んだ声で、追っ手の赤毛の若者はロレルをあざ笑った。
 ロレルの生来の負けん気に火がついた。とっさに、傍にあった剪定用の小さな鎌を手に掴み、構えた。
「この野郎! 俺がホントに腰抜けだと思うんなら、やってみろ!」
「く、くそ‥‥おぼえてやがれ!」
 赤毛の若者は、その気迫に怯えたように、捨てセリフとともに去っていく。ロレルに気づかれぬよう、少女二人に目配せを送りながら。
 これが自分の女嫌いを治すための策略とは知らないロレルは、赤毛の若者が男装した歌姫騎士、ミルフィー・アクエリ(ea6089)だったとはさらに知る由もない。ミルフィーが去ると同時に、ロレルは、ふと、自分の両肩にすがりついて震えている二人の少女の体温と柔らかな感触に気がついた。放っても置けず、屋敷まで案内しようとしたロレルだが、剣を構えていた少女は、地面にへたり込んだままだ。
「怖くて体がすくんじゃったよ‥‥」
 後でチェルシー・ファリュウ(eb1155)と名乗ったその少女は、大きな碧眼をうるませて、ロレルを見つめる。
「かわいそうに、わたくしをかばって戦おうとしていたので気力を使い果たしてしまったのですわ。どうか、彼女を屋敷までおぶってやってくださいませんか?」
 チェルシーよりさらに小柄な、カミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)が幼い外見に似ず、凛とした声音で言う。騎士の未亡人として多くの人と接してきた経歴によるものか、彼女の言動にはどこか人を動かすツボのようなものがあって、ロレルもついチェルシーに背中を差し出してしまった。屋敷に近づくにつれ、チェルシーがことんと深くもたれてきた。ロレルの首筋に柔らかな寝息がかかる。ロレルは激しく動揺した。
「むにゃ‥‥おねーちゃん‥‥そのミートパイ、半分こね‥‥」
 チェルシーは寝言を言っている。
「チェルシーったら、眠ってしまいましたわ。あなたのような頼りになるお方と出会えて、わたくし達は本当に幸運でした」
 背中には全身を預けて眠れる美少女、横には、そう彼を褒め称えてうっとり見上げるちょっと幼げだが清らかな美少女と、生まれて初めての『両手に花』状態に、激しく動揺するロレルだった。
 同じ女とはいえ、あの強盗団のスゴイ面々と、目の前の風にも耐えぬような華奢な美少女とでは雲泥の差である。これまで「女」という存在を全てひっくるめて避けてきたのが、ひどくもったいなかったように思われてきた。
(「修道院行くの、ちょっと延期しよっかな‥‥」)
 おばはんではない女の子の感触が腕と背中に焼印のように残った彼は、その夜眠れずに考え抜いた。
 
●セザノク
 セザノクのいる皮細工工房に、難しい注文を持ち込んだ客がいる。客はアデリーナ・ホワイト(ea5635)というエルフの上品な美女で、ペットの鷹を繋いでおく皮ベルトが欲しいのだという。それもとてつもなく凝ったデザインを希望。
「これが私のペット、鷹のサブローですわ。あちこち連れ歩きたいと思うのですが、あいにくサブローは空を飛びますでしょう? 時折呼び戻した時に狙いを間違えて私の顔面に飛び降りて来たりしますの。そういった事故のないように、ベルトでサブローを繋いでセーブしたいのですわ。サブローのためにも優雅なデザインのもので」
 不思議系美女の魅力に押されてか、親方はセザノクにベルトつくりを厳命。しかもセザノクだけでは危ういと見てか、手助けとなる先輩職人を紹介してくれた。その職人は華国から来たという、女性だった。
「どうぞヨロシク。私、曹天天(ea1024)ネ」
 くっきりした童顔で、さばさばした物言いの彼女はそう言って握手の手を差し出したが、セザノクは握り返せなかった。人懐こい性質らしく、何かとセザノクに声をかけてくれたり、無邪気に肩に手を置いて手元を覗き込もうとする彼女に、実は女性が苦手なのだと、セザノクは説明した。すると天天が言った。
「仕事するのに男も女も関係ないはずネ。職人の世界は技だけヨ。そう考えられないなら、キミは、ホンモノの職人ではないネ」
 あどけない顔をした年下の、だけど技術は上の職人の忠告に、セザノクは我知らず、工房を飛び出していた。
 エルフの可愛らしい少女が舞台に立ち、澄んだ声で恋の歌を聞かせている。が、目もくれず飲めない酒を無理矢理喉に流し込んでいると、
「よっ、荒れてるねえお兄さん? もしかしてフラれたとこ?」
 近くの席にいたドワーフの少年が声をかけてきた。
「フラれるどころか‥‥」
 セザノクの自嘲の笑いを、その少年はどう解釈したのか、自分の酒を持って、セザノクの隣にやってきた。
「んじゃ、フラれた者同士で、残念パーティーとしゃれ込もうじゃないの!」
 少年はヲーク・シン(ea5984)と名乗った。人の懐に飛び込むのが上手い性質というのか、勝手にリラックスムードで喋りまくり、いつしかセザノクも引き込まれている。
「俺なんかね、フラれるだけならまだしも、こないだはプラス平手打ち。痛かったのなんの。女が怖いのはセザノクさんだけじゃないって、ホント」
「でも‥‥僕はダメな人間なんです。ロレルがあんなに殴られていたのに、助けてあげられませんでした‥‥怖くて」
 泣き上戸。その上なんだかくらくらする。ヲークと喋っていていつもより酒のペースが上がっていたのだ。テーブルに突っ伏してうとうとしだしたセザノクに、ヲークの声が遠く聞こえる。どこ吹く風といった、明るい声。
「怖がるのは悪いことじゃないよ? だって、怖がる気持ちがないと何度も失敗したりキズついたりしなきゃならないじゃん」
(「悪いことじゃ‥‥ない?」)
 セザノクは呟いた。心の中で、ずっと閉ざされていた扉が開いたような気がした。僕は、自分を責め過ぎていたんだろうか‥‥。半分夢の世界に行きかけたセザノクの耳に、優しい子守唄が届いた。懐かしい節回し。
 セザノクは夢うつつに、そっと髪を撫でられるのを感じた。誰かが優しい目で、自分を見つめている気がする。
 はっと気づいて、体を起こす。舞台で歌っていたエルフの少女が、膝にセザノクの頭を乗せて、心配そうに見下ろしていた。
「あっ‥‥目が醒めました? お店の人がテーブルや椅子を片付けてしまったから‥‥それで、風邪を引くといけないと思って。床に寝ると背中が痛みますし」
 気の小さい女の子らしく、頬を真っ赤に染めている。
 見るともう閉店時間らしく、店にいるのは彼と少女二人だけで、灯りもほとんど落ちていた。
「僕こそ失礼しました。酔っ払ってしまって」
 セザノクは、不思議な気持ちで少女を見つめた。こんなに女性と間近にいて、怖くないのはあの事件以来、初めてだった。
「君の名前を、教えてくれませんか? 何かお礼をさせてもらわなくちゃ」
「ラシェル‥‥ラシェル・カルセドニー(eb1248)っていいます」
 心から垢が剥がれ落ちたみたいに、酔いつぶれた自分に膝枕を貸して子守唄を歌ってくれた彼女の優しさと、長い睫毛の下から遠慮がちに自分を見つめている碧い瞳がきれいだということを、セザノクは素直に受け止めることができた。

 後日。完成した皮ベルトを受け取りに来たアデリーナは、仕上がりに目を見はり、次いで、いたずらっぽくセザノクに微笑みかけた。
「まあ、格段に腕をお挙げになったご様子ですわね。何かきっかけでもおありでしたの? 恋‥‥でもされたとか?」
 何も言わずにセザノクは微笑するだけだったが、彼女には、十分その答えはわかっていた。
「私の恋のお相手は一体、世界のどこで筋肉を鍛えておられるのでしょうか‥‥」
 彼女もまた、恋を夢見る乙女だから‥‥たぶん。