くノ一繚乱・誘惑バトル

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月27日〜08月03日

リプレイ公開日:2005年08月04日

●オープニング

 キャメロット市内の、とある小さな借家。
 その夜、3人の女がそこに集まり、なにやら額を集めて相談事をしているようだ。いずれもジャパン人らしく、黒髪に黒い瞳が特徴的だ。
「何をモタモタしているんだい、お小夜。さっさと役に立つ情報を聞き出したら、あの男とはとっととおさらばするんだよ」
 目の下に泣きボクロのある艶っぽい女が、まだ少女の面影を残したような娘を叱咤する。
 お小夜と呼ばれた娘は、無口なたちらしく、黒目勝ちの潤んだ瞳でじっと女を見つめ返していたが、やがてぽつりと言った。
「別れ‥‥なくちゃいけませんか」
「当たり前さ。まさかあんた、あの冒険者に本気で惚れたというんじゃあるまいね」
 艶っぽい女は問い詰める口調になった。
「‥‥」
 黙ってお小夜がうつむいた。その細い肩に手を伸ばし、三人目の女がかんで含めるように言い聞かせる。
「お小夜ちゃん。気持ちはわかる。恋の芝居をしているうちに、本気になっちまうことはよくあることだものね。けど、あたいたちは所詮、冒険者にとっちゃ敵なのさ。あたいたちは、男の冒険者達を騙しちゃあ、役に立ちそうな情報を引き出して、それを売りさばいてきたんだものね――」
 遠い目をして語るその女は、さばさばした男っぽい性格と見え、髪も洗い髪に束ねただけ、短めの着物も装飾の無い地味なねずみ色。だが、敏捷そうなのびやかな手足には若鹿のような新鮮な魅力があった。
 お小夜は唇を噛んでしばらく沈思していた。が、ややあって、うなずいた。
「お銀姉さん‥‥あたし、やります」
 決意の色がその幼さの残る顔に見て取れる。
 好きで踏み込んだ道ではないが、一度悪事に身を染めたなら、しがらみが出来る。そのしがらみを断ち切るのが容易でないこと位、いくら年端も行かぬとはいえ、お小夜とて身に沁みてわかっているのだ。
「そうかい。気をつけて、うまいことやるんだよ」
 お銀と呼ばれた洗い髪の女はうなずき、艶っぽい女に視線を投げた。
「このコに、もう少し時間をやっておくれな、お蝶さん。なんといっても相手はあれだけの男だ。この子が手間取るもの無理は無いよ――情報を引き出すのも、心を鬼にして男と別れるのにもね」
 お蝶と呼ばれた艶っぽい女は、ふと口元に淫蕩なまでの妖しい笑みを浮かべ、うなずいた。
「ああ――そうだねえ。ならばあたしの方も、もう一度‥‥あの男をとっくり味合わせてもらうとするかね」
 ◆
 最近になって、冒険者達に、ギルドから、驚愕の事実が通達された。
 ジャパンから来たくノ一崩れの女情報屋3人組が、冒険者達に接触しているという。
 情報屋といっても、冒険者相手に恋を仕掛けては、女を武器にして情報を引き出し(冒険者は貴族の護衛についたり商人の用心棒などを務めることが多々ある。その職業柄得た貴族の屋敷の見取りや商人の取引状況などの情報は、格好の餌食となるのである)、よからぬ連中に売り飛ばしていた悪質な情報屋だというのだ。
 くノ一崩れは既に、それぞれ狙いを定めた冒険者に恋を仕掛け、情報引き出し工作を着々と進めているらしい。
 ギルドは、早速くノ一崩れたちについての情報を集め、心当たりのある冒険者に警戒を呼びかけた。その情報によると、女情報屋三人組についての概要は、以下の通りである。

・『魔風のお蝶』 三人中最も色っぽく、性格は狡猾。目の下の泣きボクロが特徴。
・『風花お銀』 男勝りで敏捷な動きが得意。姉御肌。
・『音無しお小夜』 三人の中で最年少(17歳前後)。異名の通り無口な娘だが性格は一途で、時に思いがけない大胆な行動をとる。

 尚、3人はイギリスへ織物を買い付けに来た呉服問屋の姉妹という触れ込みでキャメロット市内に仮居を構えているが、血のつながりはない。
 だが、お蝶達の正体がバレたにも関わらず、彼女達に偽りの恋を仕掛けられた冒険者達は、彼女達にひとつの試練を与えさせて欲しい、とギルドに依頼した。
 彼女達に情が移っていたせいもあるかもしれないが、お蝶達が持っている情報量とその技量を鑑みれば、彼女達に心を入れ替えさせ、冒険者としてギルドに協力させた方がはるかに有益であるという、実に冒険者らしい判断でもあった。
 ギルドは、冒険者達の依頼を受けた。
 その代わりあくまで冒険者達がお蝶達の心をつかむのに失敗したら、お蝶達を騎士団へ引き渡す――と決定した。
 期限は一週間。その期日の間に、冒険者はお蝶達の仕掛けてくる偽りの恋をホンモノにしなければならない。
 それが、お蝶達の人生を救うことでもあるのだから‥‥

●今回の参加者

 ea1332 クリムゾン・テンペスト(35歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1355 シスカ・リチェル(21歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1293 山本 修一郎(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2674 鹿堂 威(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2934 アルセイド・レイブライト(26歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●小夜千鳥
 お小夜は、男の寝顔を飽かずに見つめていた。男は病んでいた。男の名は、クリムゾン・テンペスト(ea1332)。 
 法律学者である彼は、土地等の契約文書を作成代行することがある。彼のもとにジャパン語通訳もできる助手として入り込み、それらの情報を盗み出すのがお小夜の役目だった。が、我は強いが、無邪気でまっすぐな彼の内面を知るにつれ、お小夜は彼と離れがたくなっていた。
「お小夜――泣いているのか?」
 ふいに名を呼ばれ、お小夜ははい、と答えながら涙をぬぐった。
「すみません――ちょっと、故郷を思い出して」
「構わん。隠し事があるのはつらいものだ」
 全てを見抜いているかのような彼の言葉に、お小夜は身を固くした。
「裏の世界での通り名は、『音無しお小夜』というそうだな。だが、私の前ではよく話してくれたな。ジャパンの山の景色や田植え歌‥‥」
 クリムゾンは、動揺するお小夜に淡々と語った。お小夜の挙動から、その正体を疑問視していたこと。ギルドからの通達のこと。だが。
「お前の正体が何であれ、私はお前が気に入っている。助手としても申し分ないし、何よりお前の入れる茶の味は最高だ。だから‥‥命令だ。お前はどこへも行ってはならん。今まで通り、傍にいてくれ」
 お小夜の小柄な体が震えた。お小夜は、男が驚くほどの勢いでその体の上になだれ込むように身を投げかけた。
「もう言わないで――お小夜は汚れた女ですから‥‥」
「もう一つ命令だ。そんな風に自分を貶めることも許さん」
 お小夜の熱い涙が、クリムゾンの胸を濡らした。だが、その体を抱き返してやれぬクリムゾンだった。自分の命がもう長くはないと知る故に、熱い恋に踏み込むことに躊躇いを覚えてしまう。
 家の前で、激しい物音がした。お小夜が、クリムゾンの腕の中でびくりと身を起こした。
「夜分にすまん。ちょっとした捕り物だ」
 山本修一郎(eb1293)が、人相の悪い男の襟髪を捕まえて現れた。
「お小夜さんの顔が見たくて、ついでに見舞いに来たのだが、この男を見つけてな。この家の近くの井戸に、怪しい薬を入れようとしていたので、ちょいと痛めつけてみた」
 と、彼は端正な面差しに似合わぬ凄みのある言葉を吐いた。
「俺の見舞いはついでかっ!」
 クリムゾンの突っ込みもさらりとかわして修一郎は続けた。
「こやつ、ある盗賊団の生き残りだそうだ。女忍者くずれの情報屋に、自分達の根城の場所を、賞金目当てに密告され、仲間のほとんどが死んだ。その意趣返しを狙っているそうだ」
 お小夜が青ざめた。悪の世界のしがらみが、思わぬところに及んでいたことに激しい衝撃を受けたのだった。
「井戸に毒を――では、山本様が通りかからなければ、クリムゾン様も巻き添えに‥‥」
 盗賊団の生き残りは、お小夜をあざ笑った。
「ふん。俺の他にも仲間はいる。お前の姉貴分は、もう殺られてるだろうぜ」
 男をしたたか殴りつけて黙らせた修一郎は、まるで世間話を始めるかのように微笑した。
「お小夜さん。あなたの身の安全は、クリムゾンさんと俺が保証しよう。奴らについて、詳しいことを話してくれぬか?」

●はぐれ蝶
 それとほぼ同じ頃――
 今日こそ、この男を落として見せるよ――
 アルセイド・レイブライト(eb2934)の白皙の面を前に、お蝶はほくそえんだ。お蝶達の仮住まいに、礼儀正しく花束など携えて訪れたアルセイドをお蝶は見つめた。もうすぐジャパンに戻らなくてはならないと、お蝶は哀しげに訴えてみせ、その上で、着物の襟を押し広げて豊かな乳房をのぞかせながら、こう言った。
「お別れの記念に、お願いだよ。お前さんのその綺麗な唇で、あたしのここに痣をつけておくれな」
 肌さえ見せ付ければ男は堕ちる―-お蝶は自信を持っていた。だがアルセイドが無残にその自信を突き崩した。
「恋人同士には、もっと必要なことがあるのではありませんか? ‥‥例えば‥‥秘密を打ち明けるとか」
「なんのことだい」
「貴女は確か江戸の生まれ‥‥ならば、妹のお銀さんとお小夜さんも江戸育ちの筈ですよね。なのに二人とも、江戸にどういうお店が何軒あってどこで魚が買えるかといった、江戸で暮らせば当然分かるようなことをご存じない」
「‥‥勘づいてやがったとはね‥‥」
 お蝶が体を離し、白く光る目でアルセイドを見据えた。だがアルセイドも引かずに見つめ返す。
「貴女が喜んで人を騙しているとは思えません。貴女は本当は優しい女性です。血のつながりもないお二人の姉代わりを務めているのだから‥‥。これからはギルドに協力してもらえませんか」
 お蝶の心は一瞬、揺れた。誘っても崩れず、一人の少女の面影を胸に抱く彼に苛立ちながらも、そのひたむきさがまぶしくも思え、一層彼に惹かれたお蝶だった。だが、女忍お蝶としては、操れぬ男は危険な存在としか見ることができない。
「おあいにくだねえ。女が欲しがる時に抱いてくれない男は、信用しないようにしてるのさ」
 お蝶は言いざま、体を起こし、印を結んだ。煙がその身の周辺に立ち昇る。空蝉の術だ。
「お蝶さん‥‥!」
 アルセイドはむせながら、煙を跳ね除けるようにしてその中心に近寄った。だが、お蝶のいた場所には、青い葉をつけた丸太があるきりだった。

●花は散る
 そして、これもほぼ同じ時刻に――
「お待たせ。‥‥どうだい? あたいの今日の姿」
 待ち合わせ場所に現れたお銀を見て、鹿堂威(eb2674)が目を見張っていた。お銀はいつもは束ねているだけの髪を結い上げ、かんざしを挿していた。
「おっ。いいね。どしたの、心境の変化ってヤツ?」
 威の言葉に、お銀は思い切りその耳を引っ張った。
「鈍い男だねッ! あんたに可愛がられたい一心じゃないかい」
「あたた! ‥‥ごめん、ごめん。でも‥‥いい記念になったよ。これが、最後のデートになるかもしれないしな。お銀ちゃんの可愛い姿を、目に焼き付けとくぜ」
「最後の‥‥?」
 体の中に木枯らしが吹くような声でお銀が問い掛けた。
「うん。オクスフォード候の乱とやらで、イギリスもちょいと物騒になるらしい。俺達傭兵の出番ってわけだな。生きて帰ってこれるかどうか‥‥」
「そう‥‥かい」
 お銀は無理に笑おうとした。丁度いい、この男とも潮時だったじゃないか――自分に言い聞かせる声が空ろに響く。
「そんな顔すんなって。今日はうまいもんでも――」
 町角で占い師の小さな看板を出していた愛らしい少女が声をかけた。実は威達の盛り上げ役、シスカ・リチェル(ea1355)。
「そこの素敵なお二人さ〜ん♪ 恋占いはいかが?」
 声をかけたシスカに、お銀もさすがに女性で占いには目が無いらしく近寄ってきた。
「うわぁ、お兄さんて背が高くてカッコいい〜。お姐さん、気をつけた方がいいわよぉ、彼氏モテモテだから油断すると盗られちゃうわよ」
「な‥‥何いってんだい。そんなこと、させやしないよ!」
 わざとなれなれしく威に近寄るシスカに、お銀は競争心をそそられたように威に寄り添った。
「知ってるー? 独占欲の激しい女って恋愛運サイアクなのよー」
「どーしろってんだいっ!!」
 小悪魔シスカにさんざん振り回された挙句、カップルは辻占を後にした。二人きりになると、お銀が思いつめた表情でぽつぽつと口説き始めた。
「ねえ‥‥威。命だけは大事にしておくれな。なんなら、あたいと一緒にジャパンに‥‥」
「ん? あいつ‥‥お銀ちゃんの知り合いか? ずっとこっちを、見てる男がいるんだけど」
 威は、民家の影からこちらを伺う男に気づいていった。
「話をそらそうったってそうは行かないよ」
 お銀が威の肩を押さえ、唇を寄せようとした時、ふいにその怪しい男は影から飛び出し、こちらに駆け寄ってきた。その右手に短刀が光る。
「どいてろ、お銀ちゃん!」
 威は背にお銀をかばい、男に応戦しようとした。だが、男もさるもので遮二無二突くと見せかけて、素早く体を低めて足払いをかける。
「っ野郎!」
 よろめいて、態勢を立て直そうとする威に男が狙いを定めた。だが一瞬早く、お銀がその前に飛び出して来た。‥‥豊かな胸を朱に染め、お銀がゆらりと倒れた。男は走り去った。威は男に目もくれず、お銀を抱き起こした。
「だ、大丈夫かっ‥‥なんでだよ、俺をかばってこんな怪我するなんてっ」
「自分でも‥‥驚いたよ‥‥あたしゃいつのまにか‥‥本気になってたんだねぇ‥‥」
「嘘‥‥だろ?」
 不幸な育ちのせいで、明るい言動の底に、人間不信を抱える威だった。お銀が近づいてきた時も、何か下心あってのことと、どこか醒めた目で見ていた。だが今にして、人を信じる心さえ持っていれば、お銀が自分を命がけでかばうことも予測できたのではないか、と威は後悔していた。
「嘘なもんかい、馬鹿だねぇ‥‥あんたは、この『風花お銀』が命がけで‥‥惚れた男さ‥‥もっと胸張って‥‥生き、なよ‥‥」
「おいっ! 目開けろよ! 開けろってば!」
 少しでも血を止めようとする威の震える手を裏切って、お銀の胸に紅い花が咲いた。微笑を刻んだまま、お銀の唇は二度と動かなかった。

 後日、お小夜の証言と、冒険者達の協力により、お銀を殺した盗賊団の残党は捕縛された。お銀の死を知ってお小夜は悲しみにくれた。お蝶の行方は杳として知れない。あるいは、お小夜はその行方について何か知っていたのかもしれないが、それについて彼女が冒険者達に語ることはなかった。
 盗賊団の残党が捕まった日の翌日、お小夜もまた失踪したのである。クリムゾン宛の置手紙を残して。
「やはり、お小夜はクリムゾン様のお傍にはいられません。お小夜は人の恨みや憎しみを山ほど背負った疫病神です。影ながらいつまでもお慕いしています‥‥」
 揺れる心そのままに、文字は震え、滲んでいたという。
 
 威はお銀の形見となったかんざしを胸に、戦場へ発ったという。