【近所迷惑物語】愛より甘くマッタリと!?

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 31 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月12日〜08月15日

リプレイ公開日:2005年08月19日

●オープニング

 その店には、今日も穏やかな空気が流れていた。
 時折冒険者達も出入りする、そのエールハウスの経営者はアシュリー・エイシャという名の青年。人と出会うことが何より好きという青年だ。
 カタンと音を立てて、店の扉が新たな客を迎え入れた。顔見知りのその客の顔を見て、エイシャ青年は、ごく自然に笑いかけた。
「あ、いらっしゃい。いつものになさいますか?」
 しかし客はそれには応えず、心ここにあらずというふわふわした足取りでテーブルに近づくと、どすんと椅子に座り込んだ。
 そしてはぁっとため息をついて、言った。
「すっごいステキな男性に会っちゃったのよ〜。あたし、カンッペキに恋しちゃった」
 ピキーンと店中の空気が凍りついた。
 なぜなら、その言葉の主は、金髪のオカッパ頭の、ピンク色の貝をつらねたネックレスをした、夢見るような灰色の瞳の‥‥おっさんだったからである。
 名はゴルドワ、34歳。職業は防具職人。極めて女っぽく、「神様が間違えて、アタシの乙女の魂を男の体に入れちゃったのよ」と断言してはばからぬ男である。
「そ‥‥そ‥‥それは‥‥」
「アタシ、絶対彼に告白するわ。そして乙女心のすべてをあの人に捧げるの。ああ、あの人のハートをゲットする方法が手に入るなら、あたしなんでもするんだけどな〜」
 ゴルドワさん、夢見る眼差しでうっとりと恐怖の発言。
 店の常連客は凍りついている。この男が恋するたびに、阿鼻叫喚の事件が巻き起こることを知っているからだ(この男の恋の相手となるのがたいていノーマルな男だからだ)。
 中年層の多い常連客の中でも、ひときわ図太いオバ‥‥いや、熟年婦人が、なんとかゴルドワを現実に引き戻そうと試みた。
「ゴルドワさん? そら恋するのは結構やけども、あんたはなあ、内面はともかく、オト‥‥」
「そうなのよ、アタシ、オトなしい性格なもんだから、その男と何度かすれ違ったんだけど、なかなか告白できないのよね」
「いや、そうやなくて、ゴルドワさんは、オト‥‥」
「そうなのよ、オトし甲斐のある男にしかホレないの、あたしって。だもんで、余計やきもきしちゃうの。どうアタックしたらいいかしら」
 「あんたは男だから男と恋愛するのは無理」という現実を突きつけようとしたのだが、信じられないことに、ある意味モンスターよりも無敵と言われるオバ‥‥いや熟年婦人が惨敗。
 もはやゴルドワの五感には、目の前の恋しか感知されないようである。
「どないしたらええんやろ。ほんまにあの乙女おっさんの気の多いのは困りもんやなあ」
 熟年婦人が、エイシャ青年にため息とともにもらした。が、エイシャ青年は真剣な面持ちで、恋に悩むゴルドワを見守っている。
「ほんとに、なんとか応援できたらいいんですけどねえ」
「えぇ!? あ、あんた応援するつもりかいな」
「だって、ゴルドワさんは僕が悩んでいるときに親身にアドバイスしてくれたから、その恩返しがしたいんです。たとえ結果を出すのは無理だとしても、僕なりに精一杯彼‥‥っていうか彼女の恋を応援してあげられたら‥‥」
 人のいいエイシャ青年は、その時のゴルドワの親切がよほど身に沁みているのか、真剣にそう思っているようだ。
 自分に都合のいい情報だけは入ってくるらしいゴルドワが耳ざとく聞きつけて、エイシャ青年に近づいてきた。
「あら、応援してくれるのね? だったらさ、素敵な恋の告白の仕方とかさ、女の磨き方とか教えてくれる人、さがしてくれない? こないだの防災訓練の時、あたし、見事にフラれちゃったじゃない? おかげでいまだに顔面とハートが痛いのよね。だから今度の恋は守りを十分固めて、絶対ゲットしたいの!」
 まつげをバシバシさせて手を組み合わせて頼み込むゴルドワ。
 と、これまた常連客の一人、イーヴという名の一見美青年(実は男装趣味の女性で、ゴルドワと同じく防具職人を生業にする。趣味はナンパ)が、対抗意識に燃えたのか、立ち上がった。
「待った! ゴルドワ風情にそんなアドバイスはもったいない。しかし僕もぜひ、恋愛の達人のテクを承りたいものだ‥‥最近ちょっとナンパ成功率が低いのでね。フッ、僕が美しすぎて近寄りがたいせいかな」
「またややこしいのがしゃしゃり出てきよったで〜」
 常連客たちは、いつも二人の角突き合いを見ているせいか、またかという空気でため息をついた。
「なにさ、変態ナンパナベ娘!」
「何を!? そっちこそ変態乙女オヤヂ!」
 イーヴとゴルドワは火花をちらすがごとき迫力でハッタとにらみ合う。
 温厚なエイシャ青年は額を押さえつつ、
「お二人とも、喧嘩は止めてください! とにかく、恋愛についての体験談を色んな人に聞いたり、デートの仕方のアドバイスなんかを聞いたりしてお互い仲良く楽しめばいいじゃありませんか?」
「甘いわね! 楽しむ余裕なんかないわ! あたし、今度の恋にすべてを賭けるわ〜!」
 ゴルドワが炎をしょって断言する。
 あおりを受けたのか、おば‥‥熟年婦人連中までもが、
「ん〜、ちょっとゴルドワさんが燃えすぎて怖いっちゅうのはあるかもしれへんけど、エイシャ君の言う通り、女を磨くコツとか恋の話をみんなで聞かせてもらうちゅうのは悪くないかもしれへんわ。若い頃のトキメキがよみがえるわぁ〜。ついでにお肌も若返るかも」
 と盛り上がり始めた。
「若返ったついでに帰り道で若いイケメンに襲い掛かったりして」
「キャー、楽しそう〜」
 オイオイ、それは犯罪です。
 そんな常連客たちの異常な熱気をよそに、妙なところで冷静なエイシャ君は、一人呟いていた。
「‥‥ゴルドワさんの失恋に備えて、慰め上手な人にも来て貰った方がいいかもしれませんね‥‥」

●今回の参加者

 ea2767 ニック・ウォルフ(27歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 ea9144 虞 百花(24歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9840 シルキー・ファリュウ(33歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb1248 ラシェル・カルセドニー(21歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●乙女とは何だ
「イギリスでは‥‥こういうお方を『乙女』と‥‥呼ぶのですか‥‥?」
 エイシャ青年のエールハウスで、初めてゴルドワさんと邂逅した虞百花(ea9144)。ゴルドワのほっぺを珍しげにむにむに触りつつ、質問した。
「い‥‥いやその‥‥ゴルドワさんはいわば『珍種』といいますか」
 エイシャ青年が冷や汗とともに苦しい説明。真面目で寡黙な百花だが、銀が苦手で、銀に触れたり近寄せられたりすると狂化してしまうという。慌ててラシェル・カルセドニー(eb1248)はシルバーナイフを、エイシャ君とシルキー・ファリュウ(ea9840)はお揃いではめている銀製の「誓いの指輪」を隠した。
「ずいぶんお若い美容師さんねえ〜。お任せしてホントに大丈夫なの?」
 一方、当のゴルドワは不安そうにニック・ウォルフ(ea2767)のあどけない顔を見つめている。
「ニルさんの腕は、僕が保証します!」
 と、エイシャ青年が自らのとび色の髪を示している。なるほどいつも無造作に後ろに流しているだけのエイシャ青年の髪が、なんとなく粋な感じだ。髪質が重たいので、梳き上げるようにカットしてもらったらしい。恋人シルキーにその新しい髪型をほめられ、エイシャ青年はひどく嬉しそう。
 納得したゴルドワは、ニックの前に座り、好き勝手な注文を付け始めた。
「長さはあんまり変えないで。毛先がクルンとカールしてるとこ、お気に入りなの。でもできたら小顔に見せて」
 そんな無理にもニックは動じず、
「んー、難しい注文だね。いっそ全部毛を刈ってスキンヘッドにして、気分で色々なスカーフをかぶるっていうのはどうかな」
 と、かっとんだ提案をしている。斬新なアイディアは認めるものの、スキンヘッドに乙女心は似合わないとゴルドワが主張。
「じゃ、『小顔に見せる』っていうのを最優先にして、ちょっとイメージチェンジしようか?」
 ゴルドワの同意を得て、ニックはゴルドワの不気味にカールした毛先をカットして、これまでの半端なオカッパ頭から、アダルトな御姐さんムードすら漂う斬新なカットに変身させた。ただし、後ろから見た場合に限る。
「見てみて! あたしったら、なんだかゴージャス!」
 はしゃぐゴルドワに、エイシャ青年も驚いている。
「うわぁ‥‥ほんと、小顔だ。美容師さんってすごいですね。僕も髪型のおかげで、なんだか気分まで明るくなりました」
「うん、恋してる人を応援できるのは、楽しいよ。アシュリーさんも、僕が力になれるならいつでもお手伝いするからね」
「あ、ありがとうございます。それって‥‥ニックさんも、きっと、恋される幸せを知っているからなんですね?」
 エイシャ青年の問いに、ニックはちょっぴりはにかんだ笑顔を浮かべた。
「はい、蜂蜜入りハーブティだよ。飲んでリラックスしよ? 素敵なメイクはいい表情から。おしゃれも身近にあるもので、背伸びしないで行こうね」
 シルキーがお茶を運んで来、ゴルドワのお化粧を手伝った。
「そういえば、シルキーちゃんは一段と綺麗になったわね。いい恋してるのね」
 ゴルドワがほうっとため息をつく。
「冷やかさないでよ‥‥」
「ホントよ。最初会った時より、内側に灯火がともったみたいに華やかよ。あの時は華国風の衣装だったけど、今ならもっと派手な衣装でも着こなせそうね」
「わ、私のことはいいからさ。ゴルドワさんの想い人ってどんな人?」
「うふっ。実はね、もうすぐここへ来ることになってるの」
 手回しのいいことに、冒険者達の恋愛指導を受けたすぐ後告白すべく、相手の男性をこの店にご招待したのだという。
「なんて告白したらいいかしら〜」
 と悩むゴルドワに、ラシェルが遠慮がちにアドバイスした。
「あのあの‥‥私も恋愛に慣れてる訳じゃないから、大したことは言えませんけど‥‥一気に恋人を目指さなくても、お友達から始めましょう、って気軽にお誘いするのはどうでしょうか? 『押してだめなら、引いてみる』って、よく言うでしょう?」
 なにやら痛い思い出があるらしいゴルドワさんはアゴを撫でつつ、
「ラシェルちゃんの言う通りだわ、あせっちゃ駄目ね。あたし、前の失恋はちょっと急ぎすぎて失敗したんだった。何か落ち着くような、元気が出るような歌でも聞かせてよ」
 ゴルドワの願いを聞き入れて、シルキーが一曲手向けた。
「太陽に導かれた大輪の華
 アタシはその華 早く気が付いて
 アタシはあなたのほうをずっと向いてる」
 ラシェルもリュートベイルで伴奏をしようとしたが、店の常連客のおばはんたちに、
「あんた、彼氏おるん? もしおらんのやったらおばちゃんがええ人紹介したるでぇ〜。どない? どない?」
 と追いまわされ、それどころではなかった。

●狂化とは何だ
 その相手というのは、ゴルドワとの約束の時間である、『教会が昼下がりの鐘を鳴らす時間』より随分遅れて、もう夕日がとっぷり暮れた頃に店に登場した。ゴルドワ以外の全員がその男を見て驚倒した。なんというか、キザを絵に描いた感じの男だったのだ。全身アクセサリーだらけ、長い金髪をなびかせ、女性を見ると流し目。
「やあ。待たせたか〜い? ベイベー」
 とゴルドワに笑いかけて大またに歩み寄る。その途中で、注文をとりに近づいてきたエイシャ青年の足を思い切り踏んづけたが、謝りもしない。生業・看護人の百花がエイシャ君の手当てしようと近寄ったその時、キザ男君が大げさな動作で自慢のロン毛をかきあげた。その手の指輪と腕輪がキラリーンと夕日に反射する。
「ぎ‥‥銀の指輪! それに腕輪にネックレス! しかも三連!」
 寡黙な百花の瞳がギラリと異様に光った。狂化の前兆だ。
「だ、大丈夫ですか!?」
 エイシャ青年の手を振り解いて、百花がキザ男につかつかと歩み寄った。
「ごめんやしておくれやす。このどあつかましいアホ男の、どこがよろしいんでございますか、ゴルドワ殿?」
「な、なんだこの女は!? あっ、ハーフエルフじゃないか! この店は、こんな汚らわしい連中が出入りしてるのか?」
 キザ男、色をなして百花を睨む。
「何ちゅうことを抜かしてけつかるんでございますか? そちら様こそ、人の足踏んづけて謝りもせんとは、ゴブリン以下の礼儀知らず野郎じゃーござーませんこと?」
 百花はゴルドワの前に置かれていたシチューの皿を、どぶっとキザ男の頭からぶちまけた。
「あなたはご自分に酔いしれてるだけのキザ男でございます。その自己陶酔に、強制アンチト〜ド!」
 呪を唱える百花。もちろん自己陶酔にアンチトードは効かないが、この時ばかりは、イヤミ男を制する効き目だけはあったようだ。
「ふ、不愉快だ! 僕は出て行く!」
 キザ男は宣言した。だが、ゴルドワは静かに言葉を返した。
「‥‥あたしも不愉快よ。あたしのお友達に対する、あなたの無礼な態度がね‥‥どうぞ、ご自由に出て行って頂戴」

●失恋とは何だ
「百花ちゃんの狂化にはビックリだけど、結果オーライね。あんなジコチュー男とは思わなかったわ」
 ゴルドワは、冒険者達と一緒に酒を用意しながら言った。
「ほら、ゴルドワさんもああ言ってることですし、何より自分や他人に怪我をさせるような狂化じゃなかったんですから‥‥」
 狂化が解け、申し訳なさそうに俯いている百花に、エイシャ青年がビルベリーのジャムを差し出した。果物が好きという百花のためのメニューだ。
 狂化した百花はしゃべくりながらアンチトードを唱え、他の客達のほろ酔いまで覚ましてしまった。そこで、ゴルドワさんの残念パーティーを兼ねて、全員で飲みなおすことになったのだ。
「では、あたしの失恋に、カンパ〜イ!」
 と、ゴルドワは失恋したのになんだか明るい。ラシェルが聞き上手を生かして愚痴の相手をしているせいだろうか。
「失恋の自棄酒は、女同士で飲むに限りますね‥‥あ、でも私はあまりお酒が強くないですけど‥‥」
「いいのよ、ラシェルちゃん。私、自棄食いも得意なの。このミートパイ、一緒に食べましょ。シルキーちゃんも、百花ちゃんもどうぞ」
「わあ、ありがと」
「‥‥では‥‥一口‥‥」
「ん、美味しいですね」
「ほんと、ここの料理って庶民的だけど地味に美味しいって感じ‥‥って、シルキー、あなたが照れてどうすんのよ。 もうここに嫁に来たわけでもあるまいし」
「やっ、やだなゴルドワさんてば。照れてなんか」
「そうなったら、妹さんもここで一緒に住むんですか?」
 大きな瞳を見開いて、からかいではなく素で質問するラシェルに、
「や、やだな〜。無理ですよ彼女に嫁いでもらうなんて。店をもっと大きくしないといけないし、結婚式用のドレスをプレゼントするための貯金がまだ‥‥あ」
 否定するつもりがホンネを口走り、赤面しても後の祭のエイシャ青年であった。
「ふん、ゴルドワのやつ。いい気なもんだ、髪型まで変えてもらって‥‥」
 ナベ娘常連客のイーヴは、すねたように独り言。ゴルドワが話題の中心になっているのが気に入らないらしい。今回は完全に壁の花状態だ。
(「イーヴさんがゴルドワさんと付き合ったら全部丸く収まるのになあ」)
 ニックが心中で呟いたのは、秘密にしておいたほうがよさそうだ。
 しかし、残念ながら、この平和な宴はたけなわにして中断せざるを得なかった。
「美少年の美容師さんが、メッチャ綺麗にしてくれるんやて!?」
 ドドドドド‥‥と、さながら野牛の群れのごとく、近所のおばはん連中が押しかけてきたせいである。この店の常連客おばはんから、いちはやく噂を聞いたらしい。
「う、うわ‥‥あれだけの熟女を相手にしてたら、腕が痺れてしまいそう‥‥」
「裏口から逃げてください、ニックさん!!!」
 エイシャ青年が裏口の扉を開け、ニックはおばはんの魔の手(?)を逃れて旅立ったということだ。
 ともあれゴルドワ氏は、恋もいいけど女の友情も捨てがたい、と再認識したという。