熱血アニキ伝説

■ショートシナリオ&プロモート


担当:小田切さほ

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月24日〜12月29日

リプレイ公開日:2004年12月31日

●オープニング

 彼ら二人は従兄弟同士。一人は金髪で色白く、今一人は黒髪で浅黒い肌。光と影法師のようだといわれていた。まさしく二人はいつも一緒、一対一体だったから。
「どうして母さまは、ぼくを置いて天国へ行っちゃったの?」
 幼い従弟のシリルに尋ねられ、5つばかり年上のユディスは真面目な顔で答えた。
「きっと、天使様が足りないんだよ」
 シリルの母親マルチナの葬儀が終わったばかりで、ユディスの両親の持つ広い領地を、がらんとした寂しさが支配していた。
「ぼくも天国に呼んでもらえないかなあ」
 涙がいっぱいの瞳で、シリルは青空を見上げる。自分も泣き出したくなるような気持ちで、ユディスは諭した。
「だめだよ、神様に呼ばれるまで、人間は精一杯生きなくちゃいけないんだって、マルチナ叔母さま‥‥キミのママもそう言ってただろ?」
「‥‥うん。ぼくね、早く天国に呼んでもらえるように、ずうっといい子でいるね」
 小さな手で、シリルはユディスの手を握り締めた。ユディスの手のひらにすっぽりとおさまってしまう頼りないほど小さな手。ユディスはその小さな手の感触を心に刻み付けた。かわいそうなシリル。こんなに小さいのにパパもママも死んじゃった。僕が守ってあげるからね。だって僕はキミのママと、シリルを守るって約束したんだ。僕、大事に大事に、シリルのこと守るよ‥‥

 ‥‥と、これが十年前の話である。
 話変わって現在。冒険者ギルドに、一人の少年が駆け込んできた。
「ゼイゼイ‥‥や、やっと撒いてきた‥‥あ、あの、依頼を‥‥」
 言いかけて、少年はいきなりギルドの入り口のかんぬきを内側から駆けた。
「もしかして追われてるんですか?」
 受付嬢が不安そうに聞く。
「そ、そうなんです! ぼくの兄が追いかけてくるんです!」
 シリルと名乗った金髪の少年は、意外なことを言った。
「兄さん?」
「兄さん‥‥正確には従兄なんですけど、今ぼくは彼の両親に引き取られて暮らしているんです。その兄が、ぼくに対してあまりにも兄弟愛が強すぎるというかなんというか」
「まあ、それって、いまどき珍しいいいお兄さんじゃないんですか」
 受付嬢は笑顔になった。
「そんなことないんですっ!」
 シリルはぶんぶんと首を横に振った。
「だって、ぼくはもう15歳なんですよ? なのに、
『町の中は物騒だから、一人で歩くな』
 って、ぼくを一人で外出させてくれないし‥‥」
「ちょっぴり心配性の、いいお兄さんじゃないですか」
 受付嬢は聖女のように微笑んだ。
「それに熱いスープを飲もうとすると、
『ちょっと待て。やけどしないようにフーフーしてやる』
 って言うんです。毎回毎回」
「そ、それは‥‥ちょっぴり心配性が過ぎるかしら」
 受付嬢の笑顔がひきつってきた。
「一番困るのは、
『怖い夢を見ないように、添い寝してやる』
 ってぼくと同じベッドで寝ようとするんです。そりゃ僕は両親が死んだ当初はよくうなされてたけど、もう10年経ってるっていうのに」
「それは兄弟愛を越えてますっ。すでにあぶない領域です」
 受付嬢の顔から笑顔が消えた。
「でしょう? だから、なんとかぼくから兄を離れさせるように、協力してもらえませんか? でないとぼく、頭がおかしくなりそうですよ」
 シリルが報酬のお金を差し出そうとしたとき、外から大声が響いた。
「シリルー! 冒険者ギルドを尋ねるほど困っていることがあるなら、どうして兄さんに相談してくれないんだー!」
「ちょっとあんた、うるさいよ!」
 大声の主を引きとめようとしているらしい門番の声もする。
「に、兄さんだ‥‥」
 シリルは頭を抱えた。
「さあ、シリル。冒険者なんかより、兄さんを頼るんだ。悩み事があるなら、俺の胸で泣け! さあ、兄さんの胸に飛び込んでこーい!」
 負けじと門番も怒鳴る。
「うるさいというに! しかも『冒険者なんか』とはなんだ!」
「やかましい、世の中に兄弟愛ほど美しいものがあるかー!」
「兄さんやめてー! 恥ずかしいー! 僕はもう町を歩けないよ!」
 ‥‥‥‥ようやくギルドに静けさが戻ったころ、シリルの依頼は掲示された。
「心配性すぎる兄の弟離れ、手伝い請う」

●今回の参加者

 ea0242 クリストファー・テランス(24歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea4818 ステラマリス・ディエクエス(36歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5278 セドリック・ナルセス(42歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 ea5555 ハギオ・ヤン(30歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea7511 マルト・ミシェ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8397 ハイラーン・アズリード(39歳・♂・ファイター・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea8880 セレスティ・ネーベルレーテ(21歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9436 山岡 忠信(32歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●家族
 最初、冒険者たちは、あまりにユディスがシリルから片時も離れようとしないので、暴力沙汰(ユディスを襲ってシリルを偽装誘拐など)もやむをえないかと思った。だが、いくら依頼のためとはいえ一般人との間に暴力沙汰を起こせば、今後の名声に差し支える。そこで、その代わりに偽恋人作戦が実行された。セレスティ・ネーベルレーテ(ea8880)をシリルの恋人に仕立てる。その上セレスティの兄二人(ハギオ・ヤン(ea5555)、ハイラーン・アズリード(ea8397))と、婚約者(山岡忠信(ea9436))が悪役となり、その三人の悪役を見事にシリルが叩き伏せてみせ、恋人を守り抜くという、男として成長した姿を見せ付ける。ユディスの両親の友人親子に扮したクリストファー・テランス(ea0242)、マルト・ミシェ(ea7511)がシリルの心離れにがっくり落ち込むだろうユディスを励まし、立ち直らせる。万一の怪我にそなえて、クレリックのステラマリス・ディエクエス(ea4818)が臨時家庭教師という触れ込みでユディス達の一家に出入りし、それとなく兄弟を見守る。
 作戦の下準備として、セドリック・ナルセス(ea5278)が冒険者たちを代表し、ユディスの両親に、シリルの悩みを説明し、両親の気持ちを聞いた。
「私たちも、心配はしていた。ユディスときたら、年頃なのにシリルばかりかまって恋人も作らぬ。何、偽恋人作戦か‥‥それは良いかも知れぬな。ユディスも恋人が欲しいと思うようになるやもしれぬし」
 穏やかな初老の騎士であるユディスの父親は言った。
「では、協力をお願いできますか? 何しろユディスさんは二十歳、シリルさんは十五歳。それぞれにとって、重要な人生の分岐点ですから」
「さよう。できることならばなんなりと」
 両親の約束を取り付けたセドリックは、礼を述べた。父親は少年のように小柄ながらきちんと礼服を着込み、几帳面なセドリックが気に入ったようだった。あなたはさぞかし良い兄上をお持ちなのでしょうなと父親は言った。セドリックが何気なく兄がいることを会話にのぼせたからだ。
「いえ、ユディスさんとは全然違いますよ。でも、もし、うちの兄があんなに世話焼きだったら‥‥(ぞわわっ)」
 何を想像したのか、客間で失神しかけたセドリックであった。
 作戦は着々と実行された。友人親子を装ってユディス宅に身を寄せたクリストファーとマルト、ことにクリストファーは同性ということもあり、すぐにユディスと親しくなった。折を見てクリストファーは兄弟を町での買い物に誘い出した。もちろん、これも筋書きの一部。
「シリルさん! シリルさんではありませんか?」
 シリルに思いを寄せる娘役、セレスティが街角でシリルに声をかける。引っ込み思案で大人しいセレスティには、相当勇気を要する演技だったに違いない。
 彼女は、ハーフエルフの証である耳をしっかりとフードで隠している。
「あ、あなたは‥‥以前教会のミサで会ったことのある、セレスティさん」
 セリフ棒読みで、シリルが言う。だが、そのぎこちなさは、シリルが自分の知らない女性と親しく話しているショックからか、ユディスにはさほど伝わらなかったようだ。
「あの、私、ずっとシリルさんにお会いしたいと思っていました」
「そ、それでは、立ち話もなんですから、あちらの木陰へでも参りましょう」
 シリルは、ぎこちなくセレスティの肩に手をまわし、兄とクリストファーから離れていった。
「待て! シリル、僕にその人を紹介してくれないのか?」
 シリルを引きとめようとするユディス。だが、クリストファーが優しくその肩に手を置いた。
「それ以上は野暮というものです。それに、干渉するのと守るのとは別のことですからね」
「でも‥‥シリルはまだ15歳だから」
「大丈夫。先に帰っていましょう。今日はステラマリスさん‥‥じゃなかった、家庭教師のディエクエス先生がラテン語の講義をする日でしょう?」
「うん‥‥しかし、いつのまにシリルの奴‥‥わからないもんだな‥‥」
 優しい友人であるクリストファーの前だからだろうが、ユディスは寂しげな独り言を言わずにいられなかったようだ。
 
●悪役三兄弟
 聖夜祭の日。この日は作戦のクライマックス(?)である。シリルは夜更けに家を抜け出してセレスティと落ちあい、町外れの小さな教会で逢引。そこへ悪役三人が登場する。シリルはユディスの両親のひそかな協力のもと家を抜け出し、セレスティの待つ教会にたどり着いた。ユディスも冒険者たちの思惑通り、シリルの後を心配そうに尾いてきて、教会の前でうろうろ様子をうかがっている。だが、筋書きはそこから狂い始めた。
「セレスティさん‥本当は僕のことを、どう思っているんですか?」
 思いつめた口調でシリルが、セレスティにたずねたのである。
「どうって‥‥?」
「依頼が終わったら、二度と僕に逢わないってキミは言ったけど、僕は、そんなの嫌だ! 僕は、キミを本気で‥」
 いきなりセレスティを抱きしめるシリル。驚きのあまりセレスティは声も無い。そこへ、筋書きが狂ったとは知らない悪役三人組が教会へ乱入した。
「妹から離れやがれ、このガキが」
 と、セレスティの兄その1役・ハイラーン。眼帯をつけて変装し、なかなかの迫力である。
「妹はな、たっぷり支度金をもらって、こちらの旦那の嫁になるんだぜ」
 と、兄その2役・ハギオ。ターバン風に髪に布を巻きつけているせいか、より長身に見え、なかなかの演技力だ。ただし、どちらも教会の外にいるユディスに聞かせるため、大声でせりふを言っている。
「婚約者の山岡忠信でござる」
 と姿勢正しく一礼する山岡。『礼儀正しすぎ! 今は悪役、悪役』と、ハイラーンに背中をこづかれて、あわててふんぞり返る。
「お、女を渡してもらおう。二度とシリル殿には逢わせないでござる」
 シリルはキッと三人をにらむと、セレスティを背中にかばった。
「(お? 短い間に演技上手くなったなあ)お坊ちゃんが、一人前に喧嘩するってか? 笑わせる、ぜ!」
 筋書き通りハギオがシリルをぶんなぐるフリをしようとした。が、シリルはさっとかわし、いきなり、ハギオの顔にパンチを食わせた。
「あいてっ! シリル、本気で力入れんなっつったろ?」
「さては、台本をちゃんと読んでないでござるな?」
 ハギオと山岡が悪役演技を忘れてシリルに注意した。
 シリルの真剣な表情に、ようやく悪役三人組は異変に気づいた。そこへ、シリルの危機とみて、ユディスが飛び込んできた。
「シリル! 大丈夫か!」
「兄さん! 出て行って!」
 シリルが怒鳴り返す。うろたえたようにユディスがその場で固まった。
「僕は‥‥今、この人と大事な話があるんだ。だから、誰も、邪魔しないで‥‥たとえ兄さんでも。これは僕の、僕だけの問題なんだ!」
 と、叫ぶシリルの瞳はセレスティにしか向けられていない。ユディスの打ちのめされた表情に、セレスティがたまりかねて叫んだ。
「実は、これは‥‥お芝居なんです! シリルさんが自立するための‥‥シリルさんは、決してユディスさんを嫌いになったわけではないんです」
「どういうことなんだ?」
 ユディスが冒険者たちと、シリルを交互に見つめた。

●旅立ち
「すまなかったね。シリルさんから相談を受けて、一芝居打とうとしたわけさ。だけど、弟や自分に恋人ができて、結婚するなんてのは、いずれ来ることではあるんだものね。そのときまでに、兄弟が別の道を歩くことを知っても悪かないだろう?」
 マルトの言葉に、ユディスはこくりとうなずいた。ここはユディスたちの家。
 客間のテーブルで、冒険者たちはシリルとユディスを囲み、今回の依頼について真実をユディスに打ち明けていた。
「大事に至らないように見守ってはいたんですけど‥‥でも、今回のことでわかってもらえたかしら? シリルさんはもう恋することも、恋人を守る勇気も知っている、立派な青年なの」
 シリルに殴られたハギオの手当てをしながら、ステラマリスが微笑む。
「守っているつもりが、いつのまにかシリルの重荷になっていたなんて‥‥」
 ユディスが自分を笑うように、苦く微笑んだ。
「世話を焼くほうはいつまでも相手が頼りなく思えるのね。それに何かきっかけがないと気づきにくいものなの。あ、私の弟も多少そんなところがあるかな。帰ったら注意してやらなくちゃ」
 ステラマリスはふと若い母親の顔になって首をかしげた。
「とにかく今回のことで決心がつきました。前から誘われていた騎士団に入って、騎士修行に専念することにします。今まで弟から離れたくなくて断り続けていたけど‥‥」
 と、寂しそうに言うユディスを、ハイラーンががしっと抱きしめた。
「寂しくなったらいつでも兄貴分として相談に乗ってやるからな」
「ぐわ! く、苦しい‥‥」
「これまでずっとアニキでいて、これからは弟気分を味わうというのもいいかもしれんぞ? ハッハッハッ。こら、遠慮せず甘えろというに」
「ハイラーン殿。ユディス殿が白目をむいてるでござるよ」
 冒険者たちは、ギルドへ報告に帰るために席を辞した。そのとき、シリルが、セレスティを呼び止めた。
「ちゃんと返事を聞かせてほしい。僕を‥‥嫌いなの?」
「いいえ。でも、依頼は終わりました‥‥さようなら」
 セレスティは低い声で言い切り、館の出口へ歩き始めた。
「つれないお姫様だぜ」
 二人の恋路の世話を焼きたかったらしいハギオが呟く。
 セレスティは答えない。その心を重いものがふさいでいるので、声がでないとでもいうように。
「けどねえ、お嬢ちゃん。ひとつだけ心に留めておいておくれな。運命を受け入れることと、自分を嫌うことは別だってことをね‥‥やれやれ、年寄りは説教くさくなっていけないねえ」
 マルトの優しい声を溶かすように、外からの冷たい風が冒険者たちに吹きつけた。