食べ放題に罠をしかけろ

■ショートシナリオ&プロモート


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月25日〜03月02日

リプレイ公開日:2005年03月06日

●オープニング

 その小さなエールハウスは、穏やかな空気に満ちていた。発泡酒を飲みながら孫の自慢をする老人、頬を寄せ合って乾杯する恋人同士、どの客も酒というよりむしろ経営者であるエイシャ青年のかもし出す優しい空気に酔っているといえるかもしれない。
 エイシャ青年はまだ若く、店にはまだ借金も残っている。それでも、人が好きだから、沢山の人と出会える仕事がしたいという夢をかなえた彼は一生懸命だし、その人柄ゆえに店には常連客が多かった。ところが‥‥
「き、来たぞ、やつらが!」
 客の一人が恐怖の叫びを上げた。同時に、店の空気が凍りついた。恋人同士も好々爺も、青ざめて黙り込む。それほど恐ろしいやつらとは‥‥どんなモンスターであろうか。
「また来たで〜」
「兄ちゃん、またおまけしてや〜」
 さにあらず、モンスターよりも(ある意味)恐ろしい、おばはん軍団であった。いずれも4、50代の熟年夫人トリオである。近隣の商人の夫人などで、小金もちで比較的時間に余裕があるので、しょっちゅう来るのだ。来るだけならいいのだが‥‥
「私らが来るようになってから、客層がだいぶ上品になったやないの」
 おばはんの代表格、近くのワッツ夫人が恐怖に静まり返った店内を見ていった。
「それに、ほとんど毎日来てあげてるし。常連ってありがたいもんやろ、なっ、兄ちゃん」
『確かにほとんど毎日来てくださってますが、一番安いメニューを頼んで翌朝までだべっていくし、酔っ払って皿壊しても弁償笑ってごまかすし、新メニューは試食と称して食べ散らかして金はらわないじゃないですか!!!!』
 と叫びたいエイシャ青年だったが‥‥客商売のつらさ、顔にはぎこちない営業用スマイルが浮かぶのみであった。
「せやせや、前言うた、この店の三周年記念パーティ企画のこと、考えてくれたんかいな」
 ワッツ夫人に言われたエイシャ青年は、ぎくりとした。
「そや! 食べ放題パーティ、いつするのん。うち、あさってやったら都合ええけど」
「ほな、あさってか?」
「あ、あの、皆さん。食べ放題にしたいのは山々なんですが‥‥」
「あかんのん。それやったらこの店は食事は激マズでお酒は水で薄めてる、ゆうて広めといたろか」
 ぎろり。厚化粧の中から細い目でにらまれ、エイシャ青年は口ごもった。
「い、いえあの。喜んで招待させていただきます」
「やったー! ほんなら友達呼んでくるわ。うちの旦那も来たい、言うかもしれへんわ〜」
 エイシャ青年の全身から血の気がひいた。ワッツ夫人とその取り巻きトリオだけでもすごい食欲なのに、そのまた友達を連れてくるとなったら‥‥店は破滅だ‥‥。

 翌日、エイシャ青年は冒険者ギルドにいた。
「ぼくの店、もうすぐ開店三周年なんです。それで、店によく来られるオバサ‥‥いえ、熟年のご婦人たちが、常連客のサービスに、店のメニューの食べ放題パーティをしろってしつこくて。僕は結局断れませんでした‥‥。きっと、このままじゃ、お酒はもちろん、貴重な果物の砂糖漬けなんか、食べつくされてしまいます。だから、当日、店にわなを仕掛けたいんです」
「罠って?」
「食欲からオバサ‥‥いえ、ご婦人たちの気をそらす仕掛けです。ぼくなりに、オバサ‥‥いえ、熟年のご婦人たちの弱点を研究しました。その結果‥‥」
1、男前
2、知りたがり
3、世話焼き
 これに尽きる、とエイシャ青年は断言した。
「1の男前ですが、冒険者ギルドには魅力的な男性がいっぱいいるはずだから、何人かお貸しいただけたら‥‥後は、2ですが、オバ‥‥いや、ご婦人たちは知識欲がすごいんです。だから、ちょっといわくのありそうな人なんかが店にいたら、話を聞かずにはいられないと思います。3の世話焼きですけど‥‥喧嘩してるカップルがいたら説教したがるし、特に相応の年齢の女性が未婚だったりすると見合いさせようとするし、要するに余計な世話を焼きたがるのがオバ‥‥いや、熟年のご婦人たちですから」
「なるほど、そのうちのひとつ、あるいは全部を店の各所に仕掛けて、オバ‥‥いや、ご婦人たちの気をそらそうと言うわけですな」
 ギルドの受付係はエイシャ青年に同情しながら相槌を打った。
「僕の懐も決してあったかくはないですから、報酬は少なめですけど‥‥オバ‥‥いや、熟年のご婦人たちから僕の店を、僕の夢を守ってもらえたら‥‥」
 エイシャ青年は、大事そうに、地道にためたに違いない報酬金を受付係りに預けていった。

●今回の参加者

 ea0448 レイジュ・カザミ(29歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea1782 ミリランシェル・ガブリエル(30歳・♀・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2722 琴宮 茜(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea7487 ガイン・ハイリロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8765 リュイス・クラウディオス(25歳・♂・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9840 シルキー・ファリュウ(33歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb1158 ルディ・リトル(15歳・♂・バード・シフール・イギリス王国)
 eb1159 クィディ・リトル(18歳・♂・バード・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

●犠牲者たち
 今日は、エイシャ青年の経営するエールハウスの開店3周年記念・お客様感謝デーである。広くはない店内に並んだ3つのテーブルには酒は言うに及ばず、野菜煮込みや魚の香草焼きなどが並んでいる。
エイシャ青年の心づくしの数々だが、そんなの知ったこっちゃないといわんばかりに、既に食べ物争奪戦が始まろうとしていた。主役はもちろん常連客のおばはん連中である。
「いやっ、この肉おいしいわー。息子に持って帰ったろ」
 ‥‥節約精神が骨の髄まで浸透しているおばはんが、持参の入れ物に料理を詰め込もうとしたとき、一人の女性客が低い声で呟いた。
「うらやましいな‥‥家族、か」
 シルキー・ファリュウ(ea9840)である。憂い顔の美形だが、話好きそうな雰囲気をもつ彼女に、おばはん連中のリーダー格、ワッツ夫人の目がギラリと光った。
「えっ、お姐ちゃんまだ独身かいな」
 「そ、そうなんですよ。一応、努力はしてるんだけどね」
 早速食いついてきたおばはんパワーにちょっと怯えながらもシルキーがうまく話をつなげた。案の定、数人の熟女達が食べ物そっちのけで彼女に迫る。
「へー。ベッピンさんやのに。いっぺんウチに任せてみ? どこに住んでるん? 家族何人? 仕事、何してんのん?」
 家族のことを聞かれたシルキーが、モンスターに両親を殺されたいきさつや妹との再会などを語り始めると、飢えたハゲタカのごとく熟女達が彼女を取り囲み、彼女の身の上に同情するとともに、是が非でも結婚させて見せるぞと言わんばかりに目をギンギンさせ始めた。
「気の毒やなあ。よし、今日は飲み。ちょっと兄ちゃん、お酒」
「はーい」
 店の手伝いらしき少年が明るい返事とともにやって来た。
「あれ、えらいカワイらしい子やな。あんた新しい店員さん?」
「いえ、エイシャさんの友達で、今日は接客の修業を兼ねて手伝いに。レイジュ・カザミ(ea0448)っていいます。あ、これサービスのお菓子です。綺麗なお客さんにだけ差し上げてます」
「いやっ、えらい正直な子やわ!」
 レイジュの人をそらさぬキャラクターに、熟女達は年甲斐もなくキャーキャーと盛り上がる。盛り上がるあまり熟女達は、酒を注文するのを忘れて、レイジュの淹れたアップルティーを喜んで飲んだ。客達に挨拶して回っているエイシャ青年の傍へ近寄ると、レイジュは囁いた。
「案外、うまくいきそうじゃないかな」
「レイジュ君たちのお蔭ですよ。でも、シルキーさんが心配だな‥‥オバ‥‥いや、ご婦人たちに張り付かれて」
「後でリュイスさんがなんとかするって言ってくれてますよ。それにいざとなれば‥‥クックックッ」
 レイジュが漏らした美少年らしからぬブラックな微笑に、エイシャ青年はまだ気づいていなかった。

●被害者たち
 第一のおばはんの波を押さえた冒険者達だが、また新たなおばはん客の群れが押し寄せ、店の中で傍若無人に食べ物を食べ散らかし始めた。新たな冒険者が、その群れに挑戦しようとしていた。
「助けてくださーい‥‥」
 あどけない声が、店の中心で響いた。
「ダメだよー、クィディ兄ちゃんにお酒飲ませちゃダメ」
 けなげに兄、クィディ・リトル(eb1159)をかばおうとするルディ・リトル(eb1158)、愛くるしいシフールの兄弟である。そして、
「お・だ・ま・り。先輩の言うことが聞けないの?」
 彼らを操ろうとするマスク姿の妖しげな女性、ミリーことミリランシェル・ガブリエル(ea1782)。
「何? どないしたん?」
 物見高いおばはん数人が彼らを取り囲んだ。
「この人、凄腕の冒険者なんだ。だから僕たちは冒険談が聞きたいってお願いしたんだけど、だったらお酒酌み交わさなきゃダメだって言うんだ」
 クィディは使命を果たす方便と割り切っているのか淡々と語るが、ルディは本気で心配している。
「そらあかんわ。女の誘いを断ったらあかんで」
 おばはんたちがわけのわからない判定をくだし、
「ほーらね? さあ、お飲み!」
 ミリーがカップをクィディに押し付けて飲ませた。
「うー。苦っ」
 顔をしかめたクィディの顔がすぐに真っ赤になる。
「あっ、兄ちゃん顔が真っ赤だよぉ〜。大丈夫?」
「あれ〜? この店なんでぐるぐる回ってるろ? あり? ルディが二人いるろ? いつから増えたんらろ〜?」
「なんてことを! まだ子供じゃないですか、なのにお酒を飲ませるなんて!」
 エイシャ青年が駆け寄ってミリーを非難したが、ミリーはどこ吹く風だ。
「人生の楽しみ方を教えてやるのも大人の役割ですわ〜。こんなとこにお酒を置いてるアナタも悪いのよ」
「そうそう、人生なんでも経験せな」
 横にいたおばはんが訳の分からない説教を垂れる。
「そうよね、経験しなければわからないことってオトナの世界には多いわよね〜」
 何やらクックッと笑みをかわすおばはんとミリーさん。おばはん集団に対抗しうるツワモノというよりは、ある意味‥‥そのしたたる色気は別にして、同化しかねないミリーであった。やがて酔いの回ったクィディはろれつの回らない口調で甘えたり、愚痴ったりしはじめ、奥様方を喜ばせていた‥‥食べ放題をしばし忘れるほどに。

●ザ・ピンチ
 ついにおばはん集団がシルキーを連れ出そうとし始めた。
「いっぺん会ってみ、って。その人な、知り合いの息子さんやねんけど、顔はともかく人柄はええし」
「いえ、ちょっとあの、今日は都合が」
シルキーは抵抗を試みているが、押し切られそうだ。
「お、奥様、これを! あちらのお客様からです」
 エイシャ青年が蜂蜜酒入りの小さなグラスを差し出した。エイシャ青年の指す方向には、テーブルにもたれて座り、おばはん集団のリーダー、ワッツ夫人を熱いまなざしで見つめている男がいた。リュイス・クラウディオス(ea8765)である。
「ハ、ハーフエルフが、何の用やのん!」
 ワッツ夫人は警戒の眼差しを向ける。とはいえ、リュイスの端正な面差しに、目を惹かれずにはいられないようだ。
「失礼しました‥‥こんな忌むべき種族の男が、奥様のあまりの美しさについ無礼な真似を」
 リュイスは目を伏せ、ついでに横顔を一番彫りの深さが際立つ角度に向ける。
「えっ‥‥いや、ウチかて別に無礼やとかそんなことは。別に話くらいは聞いたってもええねんで。ウチ、こう見えて心広いねん」
 ワッツ夫人は興奮気味にしゃべくりながら、リュイスの隣にぴったりくっついて席を占めた。
 他のご夫人たちは、リュイスの登場とともに、あまやかな音楽を奏で始めた若者‥‥ガイン・ハイリロード(ea7487)に目をつけ、質問攻めにしていた。
「若いのにえらい演奏上手いがな」
「これは恐れ入る。本日のお客様サービスで、無料でなんなりとリクエストに応えさせていただくが、いかがです?」
 熟女の一人が古い難曲をリクエストし、見事ガインが弾きこなしたので、店内はさらに沸き立った。だがその一方、別な冒険者が受難にあっていた。皿を床に落としても拾わずに踏んづけてゆく熟女を見かねて、琴宮茜(ea2722)が注意した。
「失礼ですが、足元に注意なさったほうが」
 だが、おばはんは人の話をまともに聞かない。目の前にある対象物にとりあえず反応する。
「いやっ。ジャパン人の子供が一人で来てるで!」
「どないしたん? 迷子になったん? ‥‥お腹すいてるか、しっかり食べや」
 茜は少女ながら歴戦の勇士として冒険者仲間はおろかイギリス中で知られている存在なのだが、おばはんの関心は極めて日常的かつ身近な範囲にあり、当然茜の活躍を知りはしなかった。たとえ知っていたとしても、おばはんはすべての存在を日常レベルに引き摺り下ろす。たとえ相手が王子様であろうと、「冬は腰冷えてかなわんわ。トイレどこ?」と言えるのがおばはんなのである。
 茜はおばはんたちに囲まれ、人形のように抱っこされたり食べ物を口に押し込まれたりして目を白黒させている。
「あれっ。シルキーちゃん、どこ行くん?」
 ガインの音楽に聞きほれていたおばはんの一人が、リトル兄弟と茜を救出に向かおうとするシルキーを見咎めた。
「ちょ、ちょっと用事を思い出して」
「あかん、この後お見合いする約束やないの」
「ひい!?」
 ついにおばはんに両側からガシッ! と腕を抱え込まれたシルキー。もはや絶対絶命だ。茜はもはやマスコット状態でもみくちゃ、ミリーはなぜかおばはん連中と美少年の話で盛り上がっている。ガインがリトル兄弟にその話題を聞かせまいと必死で二人の耳を押さえている。教育上の問題でもあったのだろうか。この事態、もはや通常の手段では収拾不可能とみたレイジュが立ち上がった!
「みなさーん、僕の秘密のホクロ、見せてあげるっ!」
 そう言ってテーブルの上にあがると、ばっ! とすべてを脱ぎ捨てた。
 後は急所を隠す葉っぱのみ‥‥
 店内は水を打ったように静まり返った。さすがのおばはんも頬を染め、息を呑んだ。
 が。
 沈黙は一瞬にして破られた。ワッツ夫人が言った。
「こ、これもお客様感謝デーのサービスか?」
 エイシャ青年が何か言いかけた。だが、他のおばはんがガインとリュイスを指差した。
「ほな、この人らも脱ぐんか?」
「いやっ!? そんなお下品な。けど、お店のサービスやったら見てあげな悪いわなあ」
 ガインとリュイスが色を失ってじりじりと出口に向かって後退する。
「ま‥‥待てっ、話せばわかる」
「俺は、俺は音楽に夢をかけてるんだ、将来ある身なんだ、見逃してくれ」
 どやどやとおばはん集団が二人に向かって殺到した。
 リトル兄弟はエイシャ青年が酒樽に隠していたので明らかに無事だった。が、ガインとリュイスが無事だったかは‥‥神様とおばはんだけが知っている。尚、レイジュの葉っぱをまくろうとした酔客の中に、マスク姿の妖しげな美女がいたとかいなかったとか‥‥

 こうして、食べ放題の被害(だけ)は最低限に抑えられたのだった。