【怪盗の影】紫すみれは危険な愛の暗号

■ショートシナリオ&プロモート


担当:小田切さほ

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月20日〜01月25日

リプレイ公開日:2005年01月29日

●オープニング

 冬の日は短い。キャメロットの町に差す日光が紫色に翳り始めたころ、その客はギルドを訪れた。
「あの‥‥」
 その客は、ギルドの中に入ると目深にかぶったフードを押し上げて、顔をさらした。
「あら、どこかで見たお顔‥‥?」
 受付嬢は小首を傾げて呟いた。
「ローエン・ダガーといいます」
 依頼客が名乗った。
「ああ、吟遊詩人の」
 受付嬢が納得したふうにうなずく。ローエン・ダガーといえば、今、めきめきと名をあげつつある吟遊詩人だ。まだ二十歳そこそこの若さのはずだが、その噂は受付嬢の耳にも届いていた。大きな茶色の瞳と、黒っぽい茶色の髪をしなやかに長く伸ばして後ろで束ねているのが彼の特徴だった。
 だが、ローエンはどこやら後ろめたそうな表情で、人目を避けているようだ。
「ここで聞いた話は、誰にも口外しないと約束してくれますか?」
 もちろん受付嬢に否やは無い。ローエンは、まだ警戒心の解けない表情で話しはじめた。
「僕がこんなにも有名になれたのは、実はある人物がいつも、影で糸を引いているからなんです。僕が歌い始めたころ、この町には、もっと前から歌っている人や、僕より人気のある人が何人かいたんです。でも、その人たちは、次々と歌えなくなってしまったんです。僕のせいで‥‥」
 ローエンをいびっていた先輩の吟遊詩人は、愛用の竪琴を盗まれて、謳えなくなってしまった。ローエンの歌をまねて売り出そうとした年下の詩人は、オカリナを盗まれて得意の「オカリナの吹き語り」ができなくなって挫折。
「あの、竪琴の弾き語りはわかるけどオカリナの吹き語りってどういう」
 と、受付嬢が口を挟んだ。
「僕に聞かれても‥‥ただ、噂によると鼻息でオカリナを吹いて口で歌ってたそうですが実際に見たことはないです」
「‥‥そうなの?」
 そして、そんな盗難事件があるたび、ローエンのもとには紫のスミレの押し花を挟んだ手紙が届くのだという。
『あなたの邪魔者はいなくなりました。のびのびと歌う貴方を楽しみにしています』
『また邪魔者が減りましたね。あなたの歌がこれで一層輝きますように』
「それで僕にもわかったんです。詩人たちの盗難事件は、誰かが僕のためにしてくれたことだって。でも‥‥僕は恐ろしくなってきたんです。僕の名声は、他の人の犠牲の上に成り立っているかりそめのものだって‥‥それに、一番恐ろしいのは‥‥」
 ローエンは息を呑み、声を殺して受付嬢に囁いた。
 その、盗難事件の犯人が今キャメロットの町を騒がせている、ファンタスティック・マスカレードではないかということ‥‥そして、怪盗の正体が、8つのときに生き別れになった兄ではないかということだった。
「もし僕のために、兄が罪びとになったのだとしたら‥‥」
 ローエンはきゅっと服の襟元あたりをつかんだ。沈み込む心を押さえるように。
「2日ほど前、また一人、僕を真似て売り出そうとした詩人が楽器を盗まれました。多分、そろそろ、僕のところに紫のスミレの手紙が届くころだと思うんです。その手紙から、犯人の手がかりを掴んでもらえませんか?」

●今回の参加者

 ea1134 フィアンナ・ハーン(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea4327 ミオ・ストール(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea7398 エクリア・マリフェンス(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7842 マリー・プラウム(21歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea9272 風御 飛沫(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9311 エルマ・リジア(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

●錯綜
 ローエン・ダガーが歌うエールハウスでは、ひどい野次が飛んでいた。
「ライバルの楽器盗んで自分は商売かよ、いい気なもんだぜ!」
 ローエンは必死に歌っている。店の中にいた一人の少女が椅子から立ち上がり、野次を飛ばす客たちを品よくたしなめた。
「音楽を聞く気がないのでしたら、別のお店にでもいらしたらいかが?」
「なんだと!?」
「おやめください。暴力はいけませんわ」
「いてててて!」
 少女に軽く腕をひねり上げられ、酔客は悲鳴を上げた。
 少女‥‥セレナ・ザーン(ea9951)が手を放してやると、あわてて酔客たちは逃げ出していった。
「お蔭でローエンの歌がまた落ち着いて聴けるわ。あなたもローエンのファンなの?」
 客席にいた若い女性たちが少女に話し掛けてきた。
「いえ、表を歩いていたら素敵な音楽が聴こえてきましたので、もっとよく聴きたいと思って立ち寄ったのです。私のような新参者が出すぎた真似をして、失礼いたしました」
 おっとりと品の良いセレナの謙虚な態度に、ローエンのファンだという女性達も好感を抱いたらしい。
「じゃ、私達と一緒にローエンの応援をしない? ローエン、新しいファンよ。静かになったことだし、新曲を聴かせてよ」
「すみません‥‥僕は、なんだか疲れてしまって‥‥」
 ローエンは長い髪をかきあげて客たちに謝ると、店の奥へ引っ込んでしまった。
「ローエンたら、気が弱いのよね。盗難事件のせいもあるけど」
 女性ファンの代表格らしい女性がため息をついた。
「まあ、そうなのですか。でも、だからこそあんなに繊細な詩が書けるのでしょうね。ところで、ローエン様のことにお詳しいですね。ローエン様のことをずっと前からご存知なのですか? ‥‥盗難事件のことって何ですの?」
 セレナはさりげない顔で、女性ファンから情報を聞き込んだ。
 一方、エールハウスのテーブルについて、ミルクを飲みながら店主に話を聞くミオ・ストール(ea4327)の姿があった。
「ローエンの奴、才能はあるのに気が弱くてね。今まで楽器を盗まれた詩人連中ってのあ、才能を磨くことよりもライバルを蹴落としたり新参者を蹴落とす方に熱心な奴らでさ。ローエンもだいぶやられてたみたいだぜ。しかしああ野次が飛ぶようじゃ、今度の盗難事件のこと、ローエンにとっちゃよかったのか悪かったのか」
 店主はローエンがお気に入りらしく、熱心に話した。ミオが大きな瞳でじっと見つめつつ、こっくりとうなずきながら聴いてくれるので、なおさら舌が滑らかに動いたのかもしれない。話が終わると、ミオは礼儀正しく席を立った。
「ご協力感謝します。ありがとうございました」
「いやいや。ミルクでよかったら、またゆっくり飲みにきてくんな」
 にこにこ顔の店主は、ミオに焼き菓子をサービスしてくれた。
 同じ頃、楽器を盗まれた詩人の一人が歌う酒場へ、エクリア・マリフェンス(ea7398)が訪れた。
「オカリナを盗まれて、さぞお困りでしょうね」
 一曲歌い終えたものの、オカリナの吹き語りが売りものだったせいで今は拍手ももらえない詩人にエクリアがそう話し掛けると、いまいましそうに詩人は吐き捨てた。
「ローエンがやったに違いない。普段は大人しそうな顔しやがって。いや、ローエンが誰かに頼んでやらせたのかもしれない。だって、俺たちが襲われたとき、襲った奴の手の甲には、花みたいな形のあざがあったんだ」
「あざ‥‥ですか。それは間違いありませんか?」
「ああ。夜、女のところへ帰ろうとしているところへ後ろから殴りつけられたんだが、倒れる瞬間に、楽器を奪う手を目の前ではっきり見た」
 ローエンの手にはあざなどはない。エクリアは言った。
「いずれにせよ、犯人は早晩暴かれます。楽器は戻ってくるかもしれませんが、あなたももう一度謙虚な気持ちで歌の練習をなさいませ」
 静かに言い終えて、エクリアは背を向けた。

●疑惑
 冒険者達は、聞き込みの結果を、ローエンのいるエールハウスで報告しあった。犯人の手の甲に花のようなあざがあったと聞いたローエンは青ざめた。
「兄のシーモアには手の甲のあざがありました。すみれの花みたいだって、よく亡くなった両親が言っていたのを思い出しました」
「それで、お兄さんがすみれの花の手紙を送る‥‥と仰るんですか?」
 いまいち腑に落ちない様子でエルマ・リジア(ea9311)が聞く。
「それに、怪盗は黒髪の持ち主でしょう。僕の兄も僕と同じような黒髪でした。一緒に暮らしていた幼いころ、気の弱い僕をいじめていた子たちをこらしめてくれたのは兄なんです。兄が僕のために盗みをしたのかと思うと申し訳なくて、怖くて‥‥」
 ローエンが頭を抱え、自らの黒髪をくしゃくしゃと指で乱す。
 フィアンナ・ハーン(ea1134)がその手をそっと押さえた。
「まだ貴方のお兄さんが犯人と決まったわけではありません。とにかく今は、真相を明らかにすることだけに集中しましょう」
「そうですね‥‥」
「それに、盗難事件がなくても、いずれローエンさんの歌は大衆に受け入れられていたにちがいありません。私、聞いていてそう思いました」
「ありがとう、フィアンナさん。そうだ、事件が解決したら、僕の歌に合わせて踊ってもらえませんか? 貴女に似合いそうな曲が浮かんだんです」
 ローエンは子供のように邪気の無い笑顔を浮かべた。
 
●疑惑
「寒‥‥」
 エルマはエールハウスの出入り口を見張っていた。ローエンに紫スミレの手紙が届くのを見届けるためである。
 手紙はいつも真夜中に、ローエンのいる部屋の窓辺に届けられているというので、夕方からずっと、風の吹き込む戸口で、酒樽の陰にうずくまっているのだった。ローブのフードを目深にかぶっているのは防寒のためと、ハーフエルフの象徴である耳を隠すためでもある。
「そろそろ見張りを交代しましょうか、お嬢さん?」
 白銀麗(ea8147)が中から熱いお茶を入れたカップを二つ持って現れた。
「まあ、すみません」
 ハーフエルフであるエルマは、こんな風に親切にされることがめったにないせいか、ひどく感激した様子で受け取った。
「それで、今、ローエンさんは?」
「もうぐっすり眠っているんです。いつも夕食を食べるとすぐ眠ってしまうそうです。若い人には珍しいですね。健康的で結構ですけど‥‥しっ!」
 銀麗が緊張して、唇に指を当てた。人影が近づいてきたような気がする、という。エルマは店の奥に隠れ、銀麗は空き樽の中にもぐりこんだ。小さな黒い人影が近づいてくる。人影は、ローエンが眠る部屋の窓辺で足をとめた。銀麗は樽の中でリードシンキングを使った。
「御仏よ、願わくは彼の者の心の内を知らせたまえ」
 わん、わん! ふいに、残飯の匂いに引寄せられたらしい野良犬が近くで吼えた。人影は驚いて飛びのき、スミレの香の移った紙片がはらりと落ちた。
 向かいの民家の屋根の上で張り込んでいた風御飛沫(ea9272)が飛び降り、人影に追いついた。
「逃がしませんよ! あなたが楽器を盗‥‥!?」
 想わず飛沫が声を飲み込んだのも無理は無い。彼女が捕らえたのは、ほんの10歳ばかりの少年だった。
「違いますよ、その子は。その子は、使われていただけ‥‥そうですね?」
 少年の心から何かを読み取ったらしい銀麗が静かに歩み寄ってきた。
 少年が白状したところによると、今日の夕方ごろ、黒髪の人物に手紙を手渡され、それを夜中に届けるように頼まれたのだという。黒髪の人物はフードを目深にかぶっていたので、顔や性別などはわからないという。
「振り出しに戻ってしまいましたね」
 がっかりする飛沫に、銀麗は言った。
「そうでもありませんよ。この坊やの記憶に、その人物の声が残っていましたからね。とても特徴のある声が」
 
●解明
 冒険者達は、ローエンの部屋へ戻った。ローエンは部屋の中央でぼんやり突っ立っていた。
「すべてあなたの自作自演だったのですね、ローエンさん」
灯りを手に、エクリアが飛び込んできた。
「違う。オレは、ローエンじゃない」
「今更何を? 盗んだ楽器を元の持ち主に返してください。楽器は、詩人の命。それは誰より貴方が知っていることでしょう」
 エクリアに続いて入ってきた飛沫が叫ぶ。だが、ローエンは別人のように荒れ狂い、飛沫に掴みかかった。
「ローエンを悪く言う奴は、オレがこうしてやる!」
「やめて! あの優しい歌を歌う貴方はどこへ行ったの」
 飛沫についてきていたフィアンナがローエンの歌の一節を低く口ずさんだ。
「フィアンナさ‥‥ん‥‥オレは‥‥僕は‥‥」
 ローエンはゆっくりと床に崩れた。
「これは、一体‥‥」
 飛沫が呟いた。気を失ったローエンの手の甲にはインクで描かれたあざがあった。それを確かめた銀麗が、かがんでいた腰をさすりながら、
「これと似たような話を聞いたことがあります。ローエンさんは、おそらく兄さんの死をどこかで知り、そのつらさのあまり、心が二つに分かれてしまったのでしょう。つまり、無意識に気の弱いローエンと彼を守るシーモアの役割を一人で演じるようになった。シーモアになりきるために、あざを手の甲に描いて‥‥」
 冒険者達が呆然と立ち尽くす部屋の窓から、何かが放り込まれた。
「あっ、何?」
 慌てて窓辺に駆け寄ると、そこには一枚の紙片が。
『美しき冒険者諸君へ 私の名を騙る者を暴いてくれて感謝している。貴女達の華麗な活躍といつか渡り合える日を楽しみにしている』
「‥‥署名は‥‥怪盗‥‥ファンタスティック・マスカレード!!」
 読み終えて、冒険者達は窓の外を見たが、そこには黒髪をなびかせて風のように走る影法師が、今しも街角を曲がって消えるところだったという。