M君の悲劇

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月06日〜03月11日

リプレイ公開日:2005年03月15日

●オープニング

 ギルドには色々な客が訪れる。女性、男性、子供に老人、種族も様々。
 その中には、当然、いわゆる「変態」と呼ばれる人も来る。
 その若者も、そのうちの一人だった。
 ギルドの受付嬢は、すらりとした姿のよい金髪の青年が入ってくるのを見て、とびきりの笑顔を向けた。
「ようこそギルドへ。今日はどんな御用でしょうか」
 だが、その必殺スマイルに、青年はがっかりしたような顔をした。
「あの‥‥なにか、お気に召さないことでも?」
「ちがうんです」
 青年は青い瞳にためらいの色を浮かべたが、思い切ったように言った。
「もっと‥‥きびしい言い方で聞いてもらえませんか」
「きびしく、といいますと」
「こういう感じで‥‥『何の用でその汚い面を見せたの!』とでも」
「は?」
 面食らっている受付嬢に、青年は申し訳なさそうに言った。
「すみません‥‥僕、叱られるのが好きなんです‥‥」
「はあ。では、『何の用でその汚い面を見せたの!』」
 商売柄いろんな客に接してきている受付嬢が、若者に調子を合わせてセリフを言ってやると、若者は嬉しそうに頬を紅潮させ、ぬれた瞳で受付嬢を見つめた。
「ああっ。お、お上手です‥‥じ、実は‥‥ぼ、冒険者さんのお力を借りたいのです‥‥」
 若者はハッハッと息をはずませながら、ようやく本題に入った。
 若者の名はミュラン、騎士である。近在の村にゴブリンが出没し、村人を悩ませているというので、腕試しと人助けを兼ねて退治に行きたいのだという。‥‥が、それは実は表向きの理由。
「じゃ、本当の理由が別にあるのですか?」
「はい。ゴブリンに、死なない程度に痛めつけられたいんです」
「は?」
「そして、冒険者さんに助け出されて、思い切りののしられたい‥‥『この情けない役立たずの若造が!』とか、『お前のようなヤツは本来なら手当てをする値打ちもない。だが、思い切り傷口に沁みる薬草をつけてやろう』とか」
「‥‥‥‥」
 受付嬢はもはやコメント不可能である。
 どうやらこのミュラン君、苛められて快感を得るたぐいの変態さんらしい‥‥遅ればせながら、受付嬢は気づいた。
 受付嬢は思った。さっさと事務的に処理してお茶して忘れよう、と。
 だが、ミュランはそんな受付嬢の視線を浴びて、ますますうっとりと視線を宙にさまよわせた。
「ああ‥‥ぼ、僕のこと変態だと思ってますね? そ、そのさげすむような視線が‥‥たまらない〜。どうか、い、今思ってることを口に出して言ってください〜」
「いえ、わたくしノーマルですので」
 受付嬢はすげなく断ったが、ミュランは執拗だった。
「お願いしますっ。ぜひ!」
 イライラしてきた受付嬢はついに叫んだ。
「もうっ。いいかげんにして下さいっ。こっちは忙しいんだからっ。いつまでも変態の相手してらんないの!」
「あああ〜〜っ! そ、そうです、ぼ、僕は変態ですぅ〜〜!」
 わけのわからん悦びにひたるミュラン青年。
 シカトしてさっさと羊皮紙に依頼内容を書こうとすると、
「ああ〜っ! む、無視で苛められてるぅ〜〜! 嬉しい〜〜!」
 また悦んでいる。
 危うく羊皮紙に依頼内容と間違えて「アホ」と書きかけた受付嬢であった。

●今回の参加者

 ea0679 オリタルオ・リシア(23歳・♀・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8874 曹 炎(32歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea9027 ライル・フォレスト(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9952 チャイ・エンマ・ヤンギ(31歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0711 長寿院 文淳(32歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 eb1075 ミミック・ディムクランチ(28歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

●珍道中
 目的地の村までの道中にて。
「さっさと荷物をお運び! 遅れるんじゃないよ、この変態貴族のデクノボーが!」
 むっちりとした胸の前で腕を組み、びしびしとミュランに言葉責めを加える黒髪の美女・チャイ・エンマ・ヤンギ(ea9952)。彼女がハーフエルフであることなどミュランにはいささかも気にならないらしい。チャイは驢馬に運ばせるべき荷物を、ミュランに背負わせて歩かせているのである。もっとも、チャイの見るからにプライドの高そうなくっきりとした目鼻立ちに、女王様然とした言動はかなり相応しい。彼女はゲルマン語しか話せないがミュランは多少はゲルマン語がわかる。しもべとして仕えるのに不自由はなさそうだ。そしてもう一人。
「ねーえ、犬ちゃん。私、のど渇いちゃった。お水汲んできて」
 舌足らずの甘い声で残酷に命じるミミック・ディムクランチ(eb1075)。
 金髪にふちどられた顔はまだあどけないが、グラマラスな肢体とあいまって、アンバランスな色気を醸し出している。
「えっ‥‥このあたりに水のありそうな場所なんてないですよ」
「だからぁ探してきてって言ってるのぉ。バーカ」
「はっ、はい! ミミック様」
「あほかっ! こうしてるヒマにも人がゴブリンのせいで苦しんでんだぞ! 何遊んでやがる!」
 曹炎(ea8874)がミミックの前にひれ伏しているミュランを怒鳴りつけた。だが、ミュランの場合、叱るのは逆効果である。
「ああっ‥‥曹様の怒り方は迫力があって素敵ですぅ〜」
「やかましいっ! 触るな! 変態が感染る!」
 嬉しそうにすがりついてくるミュランを、振り払うようにして曹は先へと早足で歩き出す。
「まことに、人の幸福というものは人それぞれなのですね」
 そんな曹に、曹と同じく僧姿の長寿院文淳(eb0711)が話し掛けた。
「まったく。どんな経文を読むより、旅にでて人間を見るほうがよほど見聞が広がるぜ」
「でも、チャイさんとミミックさん、少しやりすぎではありません? 私、ああいう趣味の人ってよくわからないんですけれど‥‥」
 オリタルオ・リシア(ea0679)が一行の先頭で、驢馬の手綱を引いて森の中の道を案内しているアデリーナ・ホワイト(ea5635)に話し掛けた。オリタルオは今回の依頼を、ただのゴブリン退治と思って引き受けたことを後悔してはいたが、冒険を共にする以上、できることならミュランをちょっとでも普通の人にしてあげたいと思っていた。
「大丈夫でしょう。ミュランさんは喜んでお二人に遊んでもらっているようですわ。それに、変態もまた良いではありませんか?」
「えっ!?」
 ほっそりした姿態、美しい銀髪を冠のように結い上げた髪型が似合う、まさに淑女そのもののアデリーナの発言があまりにも意外だったので、オルタリオは度肝を抜かれた。コロコロと涼しい笑い声とともにアデリーナは続けた。
「変態というのも一つの個性だなと、ミュラン様を拝見していて思ったのですわ。‥‥それに、騎士として痛みを恐れないということは、一つの武器になるのではありません?」
「んー、なるほど。導き方次第ではミュランさんも勇敢な騎士になりうるかもしれないと」
 ミュランを振り返ると、水を探せなかったミュランが、ミミックに思い切りビンタを食らっている姿があった。
「まあ、希望だけは捨てないようにしたいと思います」
 オリタルオは遠い目をして呟いた。

●愛のムチ
 村に着くと、締め切った家の中から怯えた目で一行をのぞいている村人たちの様子が冒険者達の胸を痛ませた。ターバンでハーフエルフの証である耳の形を隠したライル・フォレスト(ea9027)が村人たちにゴブリンを退治しに来た冒険者一行である旨説明すると、彼らは涙さえ流し、拝まんばかりに感謝した。
 さすがに、不純な動機で村に来たことが後ろめたくなったのか、ミュランはおずおずとライルに言った。
「なんか申し訳ないです。自分が楽しむために来たのに感謝されて」
「そうだよね。と言いたいところだけど、とにかく目的は一致しているわけだから、協力してゴブリンを倒そうよ。結果よければ全て良しって言うじゃん?」
 ライルはさらりと言い、アデリーナとともに、ゴブリンたちがよくあらわれる場所や時間などを詳しく聞き込みに回った。村人達が空家を、冒険者達の逗留に貸してくれるというので、残ったメンバーで荷物を運び込み、驢馬達は村長の馬小屋につないでおいた。

 春が近いとはいえ、夜になると、冬の名残のようにつめたい風が吹きつける。村の中心を流れる川のせせらぎが静まり返った村に響く。ざわざわ、とそのせせらぎに耳障りな不協和音が混ざり始めた。
 その中から、黒い影ががぼっ! と立ち上がる。
 影が川岸にその醜い全身を現したとき、川岸の樫の大木の枝から、もう一つの影が飛び降りた。影はゴブリンへと体をぶつけるように跳躍した。転瞬、ゴブリンは胸部を切り裂かれ、倒れている。影‥‥ライルは呼吸を整えつつ振り返った。
「もう、村の人達に手は出させない! 来い!」
 続いてゴブリンが4体、川から次々と上がり、ライルの挑発にのり襲い掛かる。ライルは軽く横へ飛びざま、樫の枝にぶらさがって攻撃をかわした。他の冒険者達も、次々と物陰から飛び出して応戦した。
 川の周りに足跡のような形をした水溜りを見つけ、パッドルワードでその水溜りと会話したアデリーナが、川からゴブリン達が現れることをつきとめていたため、冒険者達は川岸にひそみ、待機していたのだった。川の水に潜れば村を襲った後足跡をたどられることもなく、犬も後を追えない。ゴブリンが経験から学んだ知恵だろうか。
「ライル、後ろだ!」
 水中から飛び上がり、ライルののど笛に噛み付こうとしたゴブリンの後頭部を、曹が叫びざま六尺棒で打ちつけた。
「そろそろいーんじゃない。ゴブリンちゃん達弱ってるし殺されはしないでしょう‥‥はい、やられてらっしゃい」
 ミミックがミュランの背中を押す。当初の目的‥‥ゴブリンに痛めつけられたいという‥‥を思い出したのか、ミュランがふらふらと前へ出た。
 ミュランを格好の的とみたゴブリンが一匹、その足を斧の柄でなぎ払った。思い切り足払いを食わされた形で、ミュランが転倒した。
「あ‥‥痛くて、うれしい‥‥」
 ゴブリンに背中に飛び乗られ、頭をガンガン殴られながらミュランは呟いている。
「月の光よ、ミュランを襲うゴブリンを射抜いて!」
 オリタルオが唱えるとともに手のひらから銀色の矢を放つ。矢はミュランの背中に乗っていたゴブリンを貫き、ゴブリンは劈くような悲鳴とともに地面に落ち絶命した。
「阿呆かお前はっ! 形だけでも戦ってみようと思わんのか!」
 曹が思わずミュランを怒鳴りつけたが、ミュランはまた潤んだ目で、
「ああっ‥‥すみません、ご主人様〜」
 と嬉しそうだ。ミミックがその横に駆け寄り
「役立たず! ダメ男!」
 と罵りながら、思い切り乱暴に手当てをしている。
 最後の一匹は、アデリーナとオルタリオをかばって立つ文淳へと襲い掛かった。
「‥‥破ッ!」
 低い気合声とともに、文淳が手にした六尺棒でゴブリンの右目を突いた。ゴブリンはギャッと叫びつつあがきつつ、斧を振りかざした。文淳はのけぞってその攻撃をかわしざま、右目から六尺棒を引き抜き、ゴブリンの胸部に激しくたたきつけた。
「とどめです!」
 アデリーナが、最後のゴブリンにウォーターボムをたたきつけた。
 ‥‥すべて終わった。村人達がおずおずと様子をうかがいに家から出てきた。人々の持ち出した灯りに照らし出された地面に転がるゴブリンたちの死骸から、ミュランが目をそむけた。よく見なさい、と厳しい声が飛んだ。文淳だった。
「ゴブリン達とて、生き延びたくて戦うのです。生きるということはそれ自体、このようにむごい一面があるのです。 それゆえにこそ、今日生きるすべての命は尊い。二度と危険をもてあそぶような真似は慎まれるがよろしいでしょう」
 高い笑い声が夜の闇に響いた。チャイだった。ミュランの通訳で、文淳の言葉の大意を理解したらしい。
「命ははかない‥‥青二才の理屈にしちゃ上出来だよ。けど、命は重いものだからこそ、人ってのはせつなの快楽を求めるものなのさ。その重さから逃れるためにね。ミュラン、イギリス語であの子にそう伝えておやり」
 チャイは言い終えると、さっさと先に立って荷物を置いてある家へ向かう。同時に、冒険者の無事とゴブリンたちの死骸を確かめたらしい村人達が、歓声を上げて家々から飛び出して来た。夜中なのに、もうゴブリンに苦しめられることもないと知ってははしゃがずにいられないらしい。手を取り合って踊りだした若者達とすれ違う拍子に肩がぶつかったが、
「ふん。うっとうしいね」
 チャイは、はしゃぐ村人達をにらみつけるように通り過ぎた。一方、ミュランの心には、先ほどの文淳の言葉とあいまって、人々の喜びが胸に響いた様子だった。
「僕は本当にダメな騎士だな。ライルさん達みたく、自分の危険も省みずに人助けしてる人たちもいるのに‥‥」
「ミュランさんも、これを機に本格的に修行されてはいかがでしょうか? 痛みを恐れないということは、きっと勇気につながると思いますが‥‥」
 ここぞとばかり、アデリーナが聖母のごとき微笑とともに説得した。
「はいっ。僕は、困ってる人を助けるために戦う人になりたいです」
 ミュランがさわやかな笑顔で言った。
 やった、ミュランを立ち直らせた!? と全員が思った次の瞬間、ミュランが身悶えつつ続けた。
「ああ〜っ、『お前みたいな軟弱野郎に出来るわけないだろ!』ってビシッと全員でののしってほしかったんですぅ〜」
 結局それかい! と全員でコケてしまう冒険者達であった。

 それから幾日か経って、ギルドに新しい冒険者が加わった。恐れず敵に立ち向かうと評判だが、同時に、怪我をした時妙に嬉しそうな悲鳴をあげるのが不気味だという噂もある。