のど自慢大会に罠をしかけろ

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月14日〜03月17日

リプレイ公開日:2005年03月19日

●オープニング

 とある小さなエールハウス。ここでは品数は少ないが心のこもった料理や吟味された酒を楽しむことができる。だが、一番の目玉商品はこの店全体の穏やかで家庭的な雰囲気だ。経営者であるエイシャ青年のお蔭だろうか。彼は人との出会いを何よりも愛する心優しい若者だ。
 この店には、かつて、エイシャ青年の人のよさにつけこみ、強烈に厚かましいオバ‥‥いや、熟女たちがしばしば出没し、他の客を恐れさせていたが、その熟女たちも、ある事件から少し大人しくなり、一層落ち着いた雰囲気になっていた。その事件とは、この店の開店三周年記念パーティー。そこへ数人の冒険者が派遣され、活躍し、オバ‥‥いや、熟女たちによる被害を最小限に押さえたのだった。
 キィ、とかすかな軋みとともに、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですね」
 エイシャ青年は、愛想よく客を迎えたが、心の中では身構えた。
 客は、かつてこの店を恐怖で支配していたオバ‥‥いや、熟女たちのグループだったからだ。
「いやー、こないだの、この店の開店三周年記念パーティなあ‥‥」
 熟女の一人がおもむろに切り出した。
「はあ、あの時も皆さんでご来店くださいまして、ありがとうございました。本当ににぎやかな楽しいパーティーで‥‥」
 背中に冷たい汗をかきながら、エイシャ青年は相槌を打った。
「せっかく食べ放題サービスしてくれとったのに、あのときたまたまえらい男前のにーちゃんやらおもろい女の子やらおって、食べ物に集中できへんかって、心残りやわ。あんたもウチらに心ゆくまでサービスできんで、悲しいやろ」
「そ、それはもう」
 誰がじゃ! と叫びたいエイシャ青年。
「そやろ。ほな、またお客様感謝デーやってんか。今度のサービスは、のど自慢大会がええわ。また伴奏役に楽器の上手な子ォ呼んどいてんか。なっ、のど自慢大会」
「‥‥えっ? そ、それは‥‥」
 エイシャ青年は、自らの全身の血の気がひく音を聞いた‥‥

 数時間後。冒険者ギルドの受付係は、エイシャ青年の訴えを聞いて首をかしげた。
「のど自慢ねえ‥‥それなら少なくとも食べ放題よりは実質的被害は少ないだろう? なんでそんなに警戒しなきゃならないんだ?」
「甘いです!」
 エイシャ青年は青ざめた顔のまま叫んだ。
「あなたは、オバ‥‥いや、ご婦人たちの歌による被害をご存じない。いや、知らなさ過ぎる! いいですか、オバ‥‥いや、熟年のご婦人たちはですね」


1、わざとよく知らない歌を歌いかけて「いや、この歌うろおぼえやったわ。あんた一緒に歌てんか」と、さりげなく若い男前を選んでデュエットを強制。

2、歌に勝手なフリをつける。異様な踊りを展開し周囲を催眠状態に陥れる。専門家(誰?)は「集団狂気的舞踏による伝播性酩酊」と名づけている。

3、一旦、若者が歌い始めると、「ハアードッコイサー」「それからどないした」「ありえへーん」と、謎の合いの手を入れるなど妨害。専門家(誰やねん)によると若者文化への迎合拒否とみられる。
 特に若い同性の場合、わざと椅子をひっくり返す、飲み物をこぼすなど正当に評価することを拒否する傾向がみられる。

4、歌唱中自己陶酔に陥り、歌の途中から突然セリフが入ったりする。
 目の前にいる異性に歌いながらすり寄っていたり、目を見つめながら「愛して〜おねがい〜」などと歌っていたりするので要注意。あるいは歌いながら歌詞を変えて他者に喧嘩を売る、突然自分の配偶者が浮気した話を暴露して泣き出すなどの事例もあることから、「感情のダダ洩れ」状態と専門家(誰やっちゅうねん)は名づけている。


「あんたね、それだけわかってて、なんで歌い放題サービスなんか承知したの」
 エイシャ青年のオバ‥‥いや、熟年婦人の歌に関するうんちくを半ば感心し、半ばあきれて聞いていた受付係は言った。
「なんでといわれましても。迫力に負けたとしか」
「まあ、そんな泣きそうな顔しなくってもいいじゃないか。それにあれだろ? そりゃ当日、店はあんたの言うような迷惑な状況になるとしてもさ。一晩我慢すれば連中は満足するんだろ? いいじゃないか、耳栓してほっときゃ」
「ダメなんです! 本当はそうしたいけれど、いつのまにか優勝者の賞品まで決められてて」
「‥‥店の権利とか?」
「‥‥僕のキスです!」
 エイシャ青年は今にもオバ‥‥いや、熟年婦人に自らのキスが奪われてしまうと言わんばかりに涙目で受付係に頼み込んだ。
「お願いしますぅ〜! 僕は、僕はファーストキスがオバ、いや、熟年婦人だなんて絶対嫌です〜! 死んだ母に申し訳が」
「‥‥あんた、人間としての防御本能ゼロだな〜」
 受付係はしみじみあきれて言った。
 だが、困っている人間に手を差し伸べるのが冒険者ギルドの役目。エイシャ青年の依頼を、受付係はギルドに掲示してやることにした。
「ありがとうございます! 冒険者さんが助けてくれるなら、僕も普通のファーストキスができるんですよね!」
 エイシャ青年は晴れ晴れと言ったが、受付係は多分そうはならないような気がした。が、それを言うとエイシャ青年があまりにも気の毒なので、黙っていることにした。

●今回の参加者

 ea0353 パトリアンナ・ケイジ(51歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea6653 クー・シェ(23歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea8765 リュイス・クラウディオス(25歳・♂・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea8874 曹 炎(32歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea9840 シルキー・ファリュウ(33歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●男の戦い
 店内のあちこちを、早春に咲く野の花が可憐に飾っている。が、素朴な飾りつけを無効化し砂漠と化す恐るべき存在がにぎやかに店内中を埋めていた。‥‥おばはんである。おたがいの話をまったく聞いてないにもかかわらずなぜか成立してしまう会話を交わし、歌に食事に興じている。だが心配はあるまい。そのおばはんに対抗すべく幾人かの冒険者達が店内にひそんでいるのだから‥‥
「おひとつどうぞ。えっ、俺? 俺は今日は酒は飲まない。なんでって、奥様達の美貌で酔っ払っちゃいそうだから〜なんちゃって!」
 おばはん達に如才なく酒をついで回っているのはリオン・ラーディナス(ea1458)。
「ず、頭痛がしてきた‥‥さっきからご婦人達、私の目を見つめながら『百年の恋なのぉ〜』とか歌いかけてくるもので」
 特徴のある大きな目を曇らせクー・シェ(ea6653)が呟く。
「だったらお前も女装して来たら良かったんじゃないのか?」
 曹炎(ea8874)が、似合わぬエプロン姿で料理を給仕しつつ、店内に木箱を重ねてしつらえられた小さな舞台の隅に座って竪琴で歌の伴奏を務めている美女? を指して言う。
「しーっ、曹、声でかすぎ」
「悪ぃ、読経で喉を鍛えてるもんで」
 曹が示していた美女? は、すらりとやせぎすの体を頭から薄いベールですっぽりと包み、切れ長の目だけを布の隙間からのぞかせている。今しも、おばはん連中の一人が舞台にあがり、ふとその美女に気づいた。
「あれ? 今日はあんたが伴奏してくれはるのん」
「は、はい。エイシャさんのお友達で、リュ‥‥いえ、ルルと言います」
 ややハスキーな声で美女は応えた。
「なんや、同じ竪琴弾くのんやったら、リュイス君呼んでくれたらええのに」
「ぎく」
 同じ店での前回のパーティーで、一躍おばはん間の超アイドルとなったリュイス・クラウディオス(ea8765)の名がおばはんの口から出ると、美女? は後ろめたい秘密に触れられたかのように身を震わせた。
 やがて歌い始めたおばはんの後ろで、美女? は一人呟いていた。
「負けん! 今日こそリベンジだ! おばはん恐怖症を克服するぞ!」
 その決意をあざ笑うように、おばはんの歌が始まった。
「♪流れ〜流れて〜百年恋して〜」
「うわ、踊ってるよ!」
 ちゃっかり塩漬け肉をぱくついていたリオンが驚きの声をあげた。リズム感のかけらもないおばはんの歌に合わせて他のおばはん達が、しずしずとわけのわからない踊りを踊り始めたのだ。
「いかん、なんか意識が遠のくぞ」
 と曹。対抗策のつもりか、経文を唱え始めた。とんでもない不協和音である。エイシャ青年は既に踊りの輪に巻き込まれている。
 と、その怪しい踊りの輪を突き抜けるように、しゃがれた大声が響いた。
「ちょっと待った、今日はシロウトの踊りは抜きだよ!」

●ダンサーズ
「えっ。というと、プロの踊り子でも呼んであるん?」
 夢から覚めたような表情で、舞台の上のおばはんが期待に目を輝かす。中年の女性が日焼けした顔に人懐こそうな笑みを浮かべて店の奥から現れた。先ほどの声の主、パトリアンナ・ケイジ(ea0353)だ。
「僕の伯母です。今日は店の手伝いに来てくれました」
 エイシャが客達にパトリアンナを紹介した。
「今日の舞台は、バックダンサー付なんだよ。まだデビューしたてで踊りのほうはまだ発展途上だけど、初々しさに免じて許してやっておくれな」
 客達に答え、パトリアンナはリオンたちのいるテーブルを手のひらで指した。拍手が巻き起こる。
「えっ? でもパティさん、曹とクーはともかく俺は踊りなんて知ら」
 言いかけたリオンを、パトリアンナはだんっ! とテーブルの下で足を踏んで黙らせ、囁いた。
「とにかくやってみな! どんな手を使っても、依頼人を守るのがあたし達の仕事だよ」
 そう、ギルドのおっちゃんも伊達に仕事を振り分けていない。あまりにもおばはん達のツボな3タイプが今回の依頼に選ばれているではないか。
 明るい元気なガキ大将(死語)タイプ=リオン
 ちょいツッパリ入った兄さんタイプ=曹炎
 哀愁漂う美少年タイプ=クー
「百年の恋〜恋なのぉ〜押し倒したい〜くらいなのぉ〜」
 おばはんの歌が再開した。合わせて、ぎこちなく踊る三人。さすがに多少踊りの心得のあるクーと曹の踊りはうまいものの、三人の動きがバラバラなのはご愛嬌だ。
「わ、私のクールでソフィティスケートなイメージが‥‥しくしく」
「泣くんじゃねえっ、クー! リオン、腰の振りが甘いぞ!」
「だって、さっきパティさんに足踏まれて‥‥あたた」
 だが、予想以上にその踊りはウケていた。
「いやっ、あの金髪の子ぉ、素直そうでええんとちゃう!?」
「いや黒髪の子がええわ。頬染めてテレながら踊るとこが可愛いわぁ」
「一番美形はエルフの子ぉやし!」
 ‥‥というか、あんまり踊りは見てないようだが‥‥
 しかし、ダンサーならデュエットを強制されなくて済むのだけは救いだ。

●歌姫登場
「ところで歌の審査は誰がするんだい」
 店の奥で、料理運びを手伝いつつ、パトリアンナはエイシャ青年に尋ねた。
「それが、なかなか審査員が決まらなくって。結局、店にいる全員で投票ってことになってるんです」
「大丈夫かね? あたしが言うのもなんだけどさ、おばはん連中同士ひいきし合ったらどうしようもないよ。まあ、あの子ががんばってくれることを願うけど」
 おりしも、舞台では、パトリアンナの言う『あの子』、シルキー・ファリュウ(ea9840)が出場しようとしていた。 ちょっぴり濃い紅を唇に注し、髪にばら色のスカーフを編みこんで、同色のローブを着ている。歌い手らしく目立って、オバハン達を負かしてほしいというエイシャ青年の願いに応えたものだ。
「45番、シルキー・ファリュウ。『恋する瞳』を歌います!」
 が、おばはんが遠慮もなく舞台に近づいて、まくしたてた。
「あれっ、シルキーちゃんやんか? こないだのお見合いの話、考えてくれたやろね? 先方すっごいノリ気でね、もう教会予約してんやし」
 前回のパーティーで、『独身女性を見ると見合いさせたくなる』おばはんの特性を逆手に取り、エイシャ青年を守ったシルキー。だが、犠牲は大きかった。おばはんはシルキーをつけ回し、どうしても見合いさせようと迫るのだった。
「ごめんなさい、お見合いは、やっぱりお断りします」
 おばはんパワーに怯えながらも、シルキーはきっぱり宣言した。
「えっ、なんで? こんなええ話あらへんで〜」
「実は、前のパーティで、この人に一目ぼれしちゃったの!」
 エイシャ青年を指差すシルキー。えっ? と頬を染めるエイシャ。
「生憎だが、大事な甥っ子を外国人の恋人なんかにさせられないね!」
 エイシャ青年の伯母役パトリアンナがなかなかの演技力で怒鳴る。
「たとえ恋人同士にはなれなくても、あなたのために歌うわ、聴いて!」
「シ‥‥シルキーさん」
 おばはん達は目をウルウルさせて二人のやりとりに聞き入っている。
 すかさず、竪琴伴奏者の美女? ルルが去年おばはん達の間に流行ったという歌『冬のかなた』を奏で、雰囲気を盛り上げる。そう、おばはんは「純愛」には弱いのだ。やがて、シルキーが歌い始めた。
「いつも青空を眺めていました
 あの空の色はあの人の瞳の色
 麦の穂を見ていました
 揺れる金色の波はあの人の髪の色
 何を見てもいつでもあなたを想う」
 歌が終わっても、しばらく拍手が起きなかったため、冒険者達は一瞬失敗したかと想った。が、違う。おばはん達は涙を拭くのに忙しかっただけであった。
「やっぱり純愛には勝たれへんわ。泣いてしもた。ウチも歌には自信あったんやけど、今回の賞品‥‥エイシャ君のキスはシルキーちゃんに譲るわ」
「それナイス提案やわ! はいっ、シルキーちゃん、エイシャ君、キスやキス!」
 たちまちおばはんの壁がシルキーとエイシャを取り巻きはやし立てる。
 ところが、収まらない歌自慢のおばはんも何人かいて‥‥
「準優勝の賞品はないのん。ウチらもがんばったのに」
「んじゃ、準優勝の賞品は俺たちメンバーのっ‥‥」
 リオンは「俺たちメンバーのダンス&お酌で」と言いかけたのだが、それより一瞬早くおばはん達が反応した。
「えっ‥‥賞品は『俺たち』!?」
「違〜〜〜〜う!!」
 クー、そして曹の叫びも空しく、おばはん達がどっと三人のにわかダンサーめがけて殺到した。
「リオンちゃんはウチがお持ち帰りやで!」
「何ゆーてんのん、哀愁の貴公子クーちゃんはウチが一番にゲットやで!」
「炎ちゃんはウチがもろたぁ!」
 布地か装身具の安売り会場を思わせる狂騒に、一人の男が立ち上がった! 竪琴弾きのルルことリュイスだ。
「(今こそ、おばはんどもにリベンジだ!)こらぁ! そいつらを離せ!」
 リュイスは竪琴をかなぐり捨てて仲間の救出に向かおうとしたが‥‥
「あれっ、リュイス君も来てたん? 逢いたかったんよ〜!」
 ベールが脱げ、正体がばれたリュイスはおばはん達に抱きつかれて、哀れ金縛り。
 唯一動ける状態のパトリアンナはおばはん達の波を掻き分けつつ、
「一人ずつ順番に助けるからねーっ! 気だけは失うんじゃないよーっ! (その間に何されるかわからないから)」
 一人奮戦し、最後には仲間達全員を救出したという。ただし、救出までには多少の時間差があり、その間何が起こったかについて冒険者達は何も語ろうとしない。
 尚、一つだけ喜ばしいニュースがここにある。おばはん達に取り囲まれ、エイシャ青年とのキスを余儀なくされたシルキーについてだ。
 「あの場ではそうしないと収まらなかった」ため、やむなくキスをしたのはしたが、髪に編みこんであったスカーフの先を唇と唇の間に挟んで直接のキスにならないようにしたとのこと。誰だって、ファーストキスは本当に好きな人としたいものだからね、とはシルキーの弁である。