Bygones be bygones

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月27日〜05月02日

リプレイ公開日:2005年05月09日

●オープニング

 調子ハズレの歌声や、酔客のくだを巻く声が響く中、その青年はひっそりと店の隅で酒を飲んでいた。
 燃えるような色の短い赤毛に、猫のように切れ上がった緑色の瞳は、見るからに向こう気が強そうだ。二十歳を過ぎたか過ぎないか、年齢的にはそんなところだろう。
 が、表情が暗い。
 一人手酌で不味そうに酒を呷って、陽気になるでもない。ただ遠くを見るような目をして頬杖をついているだけだ。
 酔客の一人が近づき、酒くさい息を吹きかけながら、彼の肩に手を置いた。
「よう、レッド。羨ましいぜ、ヒマな用心棒で」
「うるせえ」
 レッドと呼ばれた若者は、中指と人差し指で、肩に置かれた男の指を軽くひねった。男は大げさに悲鳴をあげ、手を引っ込めるとレッドをにらみつけた。
「けっ。腰抜け冒険者が」
 男は毒づいて、自分のテーブルに戻っていった。
 冒険者という言葉が、ちくりとレッドの胸を刺す。
 ちがうね。
 『元』腰抜け冒険者さ。
 今はしがない安酒場の用心棒。しかも、友達がお情けで雇ってくれてる名ばかりの。
 自嘲的に胸の中で言ってみる。
 短刀を腰のベルトから下げてはいるが、もう何年も抜いたことがない。
 素手でも、酔っ払い相手ならねじ伏せるくらいはできるから。
 かつては若きアルスター流の使い手としてギルドの期待を寄せられたこともあった。
 だが、あることがきっかけで冒険から退いた。
 ぐいと酒をあおったレッドの耳に、ふと、酔客同士の会話が耳に入った。
「またあの森でコボルトが暴れてるらしいぜ」
「マジかよ〜今度は何体ぐらいいるんだ?」
「5、6体ってとこかな。けど、一体、体のでかいのがいて、そいつ、ここんとこに向こう傷があんだってさ」
 客の男は、「ここんとこ」と言うとき、自分の眉間を指差していた。
 がっしゃーん!
 激しい音に、酒場の客全員が肝をつぶした。勢いよく立ち上がりすぎたレッドが、テーブルをひっくり返したのだ。
 が、頓着せずにレッドは、コボルトの話をしていた客につかつかと寄っていった。
「今の話、詳しく聞かせてくれよ」
 鬼気迫る――と言いたいくらいに真剣な表情で、レッドは迫った。
 
  
 ギルドに訪れた赤毛の若者を見て、受付係は声をかけた。
「おお、レッドじゃないか。どうした、また冒険者に戻る気になったのか?」
 元冒険者のレッドの顔を、受付係は覚えてくれていたらしい。そのことを喜んで良いのか悲しんで良いのかわからないまま、レッドはベルトに下げていた皮袋をテーブルに置いた。
 じゃらっ、と袋は鳴った。中身は疑いも無く金だ。
「一緒にコボルト退治に行ってくれる仲間がほしい」
「コボルト退治――って、まさか、お前さん」
「ああ。キャレンの‥‥妹の、弔い合戦さ。頼んだぜ」
 レッドは依頼内容をそっけなく告げると、また町の中へと去っていった。
「弔い合戦って?」
 居合わせた冒険者が、受付係に聞いた。
「うん。あいつ、2年前だったかな。森の中でコボルトに襲われて、妹さんを死なせてしまったんだ。それも、妹さんは逃げようって言ったんだけど、レッドはなまじ剣の腕に自信があったばかりに戦おうとしたんだね。だが、いかんせん多勢に無勢だった。
 彼が一体の大きなコボルトの眉間に切りつけた途端、手負いのコボルトは荒れ狂い、持ってた武器が妹さんの頭を」
 直撃した、ということらしい。
 受付係は、凄惨な場面を思い描いてか、言葉を切ったが。
「あいつも背中に大怪我をして川に落ちたんだが、たまたま近くの村に流れ着いたんで助かったのさ。それ以来、レッドは冒険者をやめた。なんでも妹さんのことがきっかけで、剣を抜くのが怖くなったらしい。まあ、たった一人の肉親だったし、あいつはプライドが高かったから、余計ショックだったんだろうが‥‥今は何して暮らしてるんだか――」

 ―――ギルドからの帰り道。
 レッドは、墓の前にひざまづき、祈っていた。
「キャレン――力を貸してくれ」
 兄ちゃんが、剣を抜いたばっかりにお前を死なせてしまった。
 だから今更こんなこと、言えた義理じゃないけど――もう一度、戦わせてほしい。
 祈りつつ、レッドは腰の短刀に手をかけ、抜こうとした。
「‥‥くっ」
 抜けなかった。錆びているのではない。
 指が震えて、力が入らない。2年前、俺が剣を抜かなければ、妹は死なずに済んだ。その思いが、レッドを萎縮させていた。
「ダメな兄ちゃんだよな」
 喉の奥で笑った。
 せめて、お前の敵を冒険者達が討ってくれますように。
 妹の可憐な笑顔を思い出しながら、レッドは祈った。

●今回の参加者

 ea1384 月 紅蘭(20歳・♀・ファイター・エルフ・華仙教大国)
 ea4327 ミオ・ストール(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5115 エカテリーナ・アレクセイ(32歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea5522 ヴィ・ヴィラテイラ(23歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6120 イリア・イガルーク(17歳・♀・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea9547 夜十字 信人(22歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1384 マレス・イースディン(25歳・♂・ナイト・ドワーフ・イギリス王国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●古傷
 コボルト達は、予想外に多数だった。仲間達は全員傷を負い、戦えるのはレッドだけだ。だが、どうしても剣が抜けない。仲間が一人また一人と、血にまみれて倒れた。
「うわあーッ!」
 自分の声で、目覚める。全身が汗にまみれていた。
 
 新緑の色が毒々しいまでに濃い森の中の道を歩きながら、レッドは昨夜の悪夢のことを思い出していた。
 そろそろ、コボルト達が現れるという地点に近い。額にじわりと汗がにじむのが我ながらふがいない。
「よっ、レッド。そんな緊張すんなよ。コボルトなんか俺の二天一流でシャッシャッとやっつけてやるぜ」
 少し後を歩いていた夜十字信人(ea9547)が、レッドを追い抜きざまにぽんと背中を叩き、元気よく一行の戦闘を歩き始める。
「無茶するなよ。お前、いくら剣が使えたって女の子――」
 レッドが言いかけると、すかさず駆け戻ってきた信人がレッドのあごにパンチを食らわせた。これで二回目だ、とレッドは苦笑する。信人はなぜか自分を男でしかも侍と信じ込んでいる少女である。女の子扱いされると怒り、相手が誰だろうと食って掛かる。初対面の時も、信人の声がキャレンに似ていると言ってしまい、レッドは信人に細ッこい手で殴られたものだ。
 だが、殴った後で信人はこう言った。
「なあレッド。妹さんのこと‥‥ほんと残念だったよな。でも、一つだけ言わせてくれよ。過去は大事にしなきゃダメだけど、未来はもっと大事にしなきゃダメだと思う。過去はどうあがいたって変えようはないけど、未来は自分の手でどうにでも作っていけるんだぜ? なーんて、自分が過去のこと何にも覚えてないから、そう思うのかもしれないけどさ‥‥」
 一行の後方を歩いていたマレス・イースディン(eb1384)がレッドに追いつき、白い歯を見せて笑いかけた。
「信人の言う通り、気楽に行こうぜ。酒場の用心棒で、ケンカは場数踏んでるんだろ? だったら体は動くはずだ、いざとなったら石を投げつけたりとか枝でぶんなぐったりとか、剣にこだわらなくてもいくらでも戦い方はある」
 何かとマレスはレッドに声をかけてくれる。「この依頼が済んだらうまいものを食いに行こうぜ」とか「酒は飲みすぎちゃダメだぞ」とか。そのせいか、固い殻で心を鎧っていたつもりのレッドもマレスには愚痴が言えるようになっていた。剣が使えない不安、自己嫌悪。だがこともなげにマレスは言った。「だったら剣以外で戦えば?」と。生まれつき前向きな性格なのだろう。レッドも彼と話すうちに、少しずつ何かが溶けていくのを感じていた。
「レッドさん‥‥これ」
 ミオ・ストール(ea4327)が、ふいに立ち止まり、傍らの樫の木の幹を指差した。獣の爪あとのようなものが幹の表面にあった。高さから見て、コボルトの身長に合致する。
「『朝日がのぼるころに、吠える生き物につけられた』って樫の木さんが言ってます。コボルト達に間違いないと思います。予想していたより近くにいるのかもしれません」
 グリーンワードを使い樫の木に状況を尋ねたミオが、レッドに向かってそう報告した。どんなときもまっすぐに人を見詰めるその瞳が、レッドは少々苦手だ。
「わかった。皆、あまり離れずに、用心しながら進もう」
 エカテリーナ・アレクセイ(ea5115)が話し掛けて来た。
「こんなものも使ってみてはどうですか?」
 差し出したのは、ロープの両端に石を結びつけたモノ。
「コボルトがこちらへ向かってくるとします。足元にこれを投げつけると、巻きついて動きを封じることが出来るというわけです。にわか仕込みですから、まともに使えるかどうかは保証できませんけど」
「ああ‥‥」
 レッドの生返事に、エカテリーナは首をかしげたが、ちらりとレッドの横にいるミオを見て、にんまり笑ってうなずいた。
「これは失礼。せっかくのミオ殿との話の邪魔でしたか。保存食のお礼がしたかっただけなんですが」
 保存食の数が日数に満たなかったエカテリーナはレッドに食料を分けてもらったのを恩に着ているらしかった。だがそれはともかく、冷やかされてレッドは髪と同じ位顔を紅くした。
「なっ‥‥バッ‥‥誰が‥‥」
「皆、気をつけて‥‥! あのあたりで草が動いたわ」
 遠目の利くステラ・デュナミス(eb2099)が声をあげて注意を呼びかけた。黙っていても色香が匂ってくるような妖艶な容姿だが、言動はむしろ冷静で無駄がない。それだけに一同に緊張感が走った。だが、まだ全員にその姿が認知できるわけではない。
「先手必勝よ。アッシュエージェンシーでもう少し近くまで誘導できる?」
 ステラの言葉に、
「やってみますりょ」
 ヴィ・ヴィラテイラ(ea5522)がうなずいて、繊細な工芸品めいた手指を組み合わせ、呪文を唱えた。野営の時の焚き火の灰で作られた身代わりが、ゆらゆらと動いて草むらの方へ歩いてゆく。3体ばかりの犬頭の影が、唸り声をあげて身代わりに飛び掛る。
「チェストォォ!」
 ひらりと跳躍した信人が小柄な体を回転させながらコボルト達の間に切り込んでゆく。小太刀でコボルト二体が腕を斬られ、ギャン! と吼え、信人に武器を向ける。残る一匹が長くウォーンと吼えた。仲間を呼んだのらしい。
「レッド、後ろ!」
 叫びざま、月紅蘭(ea1384)が新たに来た一匹を蹴りつけ、短刀を振り下ろした。
「すまない」
「これも仕事のうちだもの。それと、保存食のお礼は今のでチャラね」
 切れ長の瞳でウィンクして紅蘭は言った。紅蘭も保存食が足りなくてレッドに分けてもらった口だ。酒宴で花形になれそうな華やかな顔立ちが返り血で汚れているのもかまわず、紅蘭は呼吸を整えると、また切り込んでいった。
「何をぼやぼやしている、レッド! ヴィとイリアを護れ!」
 エカテリーナが普段の飄々とした表情を殺ぎ落としたように、鋭い目となって叱り飛ばす。
 レッドは凍りついたような体をやっと動かした。ヴィとイリア・イガルーク(ea6120)を背にかばう。だが、俺に何が出来る。
 剣も抜けない自分にこいつらを護る力なんてあるのか。自問するレッドの目に、こちらへ向かってくるコボルトを、エカテリーナが体当たりで弾き飛ばす姿が映っていた。イリアが、レッドの心を察したように、その手をきゅっと思いがけない力で握った。
「レッドお兄ちゃん、大丈夫だよ。僕も戦うもん。一緒にがんばろうねっ」
 小柄な体をさらに丸め込むようにして毒剣の下をかいくぐり、一番小体なコボルトにトリッピングをかける。
 コボルトはぶざまに転倒し、近接していたもう一体のコボルトを巻き添えにして地面に転がった。
「大地に住まう精霊達よ、大いなる拳でわが敵を撃ちたまえ! グラビティーキャノン!」
 ミオの祈りとともに黒い帯が転んだコボルト達を押しつぶす。続いて、ステラがアイスブリザードを唱えた。
 一瞬の吹雪に棒立ちになるコボルトに、マレスがとどめをさす。月蘭や信人、エカテリーナも剣を振るい、コボルト達が動かなくなった。
 だが、眉間に傷のある奴は?
 信人の背後の楡の巨木が動いた。違う。大きなコボルトがその影から飛び出したのだ。
「信人! あぶねえ!」
 レッドはエカテリーナの作ったロープを投げつけたが、石もロープ自体も外れた。投擲武器は使い慣れていないのだから当然かもしれない。震える手で剣を抜こうとしたが、無駄だった。信人の小柄な体がコボルトに掴み上げられた。その牙が、近々とその喉元に迫った。

●明日へ架ける歌
 レッドの耳に、誰かの叫ぶ声が届いた。そんなに剣が大事なの? と。ステラだ。
「ぶざまでも失敗してもいい、今自分が出来ることをするのよ! いつまで自分を憐れんでおくの?」
 ステラの声が耳を打つ。信人もコボルトの牙を必死に避けながら、荒い息の下で言った。
「へへ、俺は死にゃしない‥‥思う通りやれよ、レッド」
 レッドの体がようやく動いた。技も計算も無く真正面からコボルトの腹部にタックルし、後ろざまに転倒させた。 
 突然の正面切っての攻撃に、敵も驚いてとっさに反撃できなかったらしい。コボルトが吼えた。だが足をレッドに封じられているため動けはしない。信人がコボルトの胸を蹴ってその手から逃れた。
 マレスがたくましい腕で剣を振り上げながら、駆け寄ってきた。
「ナイスファイトだぜ、レッド! ‥‥っらああっ!」
 掛け声もろとも、軽く飛び上がってから、剣をコボルトの心臓部へと振り下ろす。着地のスピードを付加された剣の切っ先は、ふかぶかとコボルトの鱗に覆われた胸部を貫いた。終わった‥‥だが、体を起こして笑顔を返すはずのレッドは、倒れたままだった。
 コボルトがもがいた時に、毒剣が右肩にあたっていた。

 キャレン‥‥俺は結局剣を抜けなかった。ファイター失格だなあ‥‥
「そんなことないってば。目を開けろってば、レッド!」
 キャレン‥‥? いや、キャレンに似た声の‥‥戻りかけた意識の中で、レッドは思った。
「気がついたですりょ!?」
 ヴィの白い笑顔が目に飛び込んできた。その口元が血で汚れている。毒を傷口から吸い出してくれたのだ。それに右肩がしっかりと縛られ、血止めがされている。うまく礼を言う自信がなくてヴィの髪をくしゃくしゃと撫でた。
「帰ろう、キャメロットに」
 マレスが体を起こさせてくれる。エカテリーナがレッドに肩を貸し、一行はゆっくりと歩き始めた。
 ほのかに頬を染めたミオが微笑みかけた。
「レッドさんの勇気、きっと天国のキャレンさんも喜んでくれています。それに私も‥‥レッドさんは兄の次に素敵な人だと思いました」
 「兄さんの次」かよ‥‥
 レッドは苦く笑う。それでも、ミオに認めてもらったのが十分過ぎるくらいうれしくて、体中が熱くなった。
「熱が上がったんですか?」
 ヴィが心配そうに背伸びしてレッドの額に手を当てる。
 レッドがなんとかごまかそうとしていると、タイミングよく、エカテリーナがそれが癖の鼻歌を歌い始めた。
「ららら〜春の野は楽し〜」