今日からカタギに!
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■ショートシナリオ
担当:小田切さほ
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月25日〜03月30日
リプレイ公開日:2005年04月02日
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●オープニング
その男は、生まれ育った国を捨て、過去の自分も捨て、新しく生まれ変わろうとしていた。月道をわたり、はるばるイギリスへ流れてきたのはそのためだ。生まれ変わるのなら、ジャパンとはまったく違った環境が良かった。
男は、張り紙を街路樹や民家の壁に貼って回っていた。
「ネイティブ講師が熱血指導! ジャパン語教えます」
張り紙には、そう書いてあった。男のイギリス語は、過去を捨てると決めてからの猛勉強の成果だった。既に教室にする小さな家も手に入れてある。男は子供好きだった。子供たちに「先生」と慕われる。それが男の夢だった。
男の博打の腕は相当なもので、ジャパンでひと財産築いてきているから、元手に不自由はない。
「今日あたり、生徒が一人くらいは集まらんかのう――」
男はふと、そう呟いた。
男の名は繁蔵。人生の裏街道を歩く男たちには、『人斬り繁蔵』と呼ばれていた。男はふと、自らの過去に思いを馳せた。
――これまで何人の人間を斬ったことか――もっとも、相手は皆、悪いやつばかりやった。ワシも‥‥決してええヤツやとはいわれへん。けど、カタギの人間にだけは手出しせんかった。それだけが、ま、ワシの誇りちゅうたら何やけど、守ってきた矜持、みたいなもんかいのう。
「それにしても‥‥これだけあちこち張り紙して回っとるのに、一向に生徒が集まらんちゅうのはどういうわけかいのう。こないだ一人見学に来よった親子も、ワシを見るなりキャッちゅうて逃げ出してしまいよったがな」
繁蔵は、貼りおえたばかりの張り紙をみつめてため息をついた。
「あら、ジャパン語教室ですって」
繁蔵の近くで、通りがかりの女性が張り紙をみとめて声をあげた。
「へい。そうなんですわ」
繁蔵は振り向いて、女性に笑いかけようとした。
「キャーッ!」
女性は、繁蔵の微笑みを見るなり、逃げ出してしまった。
「‥‥なんで、逃げてしもてんやろ。そういえば昨日見学に来よった親子も、ワシの顔見るなり逃げ出してしまいよった。‥‥男前、過ぎるんかいのう」
そんなことをぶつぶつ呟く繁蔵の顔は、無数の斬り合い経験のせいで、おどろおどろしい刀傷が刻み付けられ、眼光鋭く、眉間に縦じわ。かなりナイスな迫力である。
「ああ、早う、可愛らしい子供らに『繁蔵せんせーい』ちゅうて、慕われる日が来んかのう。ワシの夢やったんじゃ。こう、ワシが川原で立っとったら、ワーッと子供が駆け寄って来てワシを胴上げしてくれるっちゅうのんが」
ふと、ある建物の前で立ち止まった。繁蔵は、冒険者ギルドの建物だった。
「なんしろ、異国での新商売やからのう‥‥勝手がわからんし。手伝いの一人も雇うのもええかもしれんのう」
繁蔵は、自分に言い聞かせるように呟き、ギルドへと足を運んだ。
●リプレイ本文
その男は、生国ジャパンでは無軌道な半生を生きたという。少し太り、古い傷跡が白いひげと笑いじわで隠れた今の姿からは想像も出来ない。なぜ異国の地で多くの子供たちに慕われるようになったのか聞かれると、男はにっこり笑って答える。
「人は人との出会いによって変わるのです。私の場合は、5人の若者との出会いが‥‥」
●コワモテ変身!?
「繁蔵じゃい。よろしく頼むで」
ジャパン語教室の手伝いに来た冒険者達に、繁蔵はそう挨拶をした。繁蔵が教室兼自宅に選んだ小さな家は、繁蔵のわずかな荷物と、数個の机が場所を占めているだけだ。
「‥‥よ、よろしく‥‥」
さしもの冒険者達もちょっと引き気味だ。それほど繁蔵の顔面に残る刀傷と眼光は凄みがあった。
「仕事にかかる前に、ちょっといいかな?」
シルキー・ファリュウ(ea9840)が発言した。
「おう。何じゃい」
「やっぱり‥‥その、繁蔵さんって今までの仕事と、これからする先生っていう仕事じゃ全然違うから‥‥外見のイメージ変えた方がいいんじゃないかな」
シルキーは繁蔵を傷つけまいと気遣いながら言葉を選んだ。
「どない変えるんや」
繁蔵としては普通にしゃべっているつもりなのだろうが、いかんせん顔が怖いのと声が太くて低いので、どうしても脅しているように響く。応えかねるシルキーに代わって、ヴルーロウ・ライヴェン(eb0117)が手荷物の中から銅鏡を取り出し、繁蔵の前に突き出した。
「ふ、この顔で、子どもに好かれようと思うな!」
ガーーーーーーン!(繁蔵の衝撃を擬音で表現)
「ワ‥ワシの顔は子どもに好かれん‥のか‥」
繁蔵、床にがっくり手をつくほど落ち込んでいる。
部屋の隅で胸のペンダントを握り締めていたエスナ・ウォルター(eb0752)が、意を決したように繁蔵に歩みより、肩にそっと手を置き、語り掛けた。
「えっと‥私‥怖くない‥繁蔵さん、お養父さんに似てる‥はうぅ」
「ワシが父親に似てるてか‥」
繁蔵はドスの利いた声で言った。怒られるのかと思い、エスナがびくっと身を縮めたが、繁蔵はその細い肩に手を置いて、ありがとう、と言った。
「ワシみたいなクズに父親の姿を重ねてくれるのんか。その言葉、腹の底に染みたわい‥‥」
エスナは人前では常にハーフエルフの証である耳をフードで隠している。同じ種族のヴルーロウも、不本意ながら、青い帽子をかぶって耳を隠している。だが、繁蔵はエスナとヴルーロウがハーフエルフと知ったときから、教室に来る誰の種族も分け隔てはしないと宣言した。
しかし。
髪型などを変えたくらいでは、 怖い顔の印象は変えられそうに無い。
「とりあえず、ファッションから変えてみるのはどうでしょうか?」
フレア・レミクリス(ea4989)の提案を聞いた繁蔵は、ちょっとひょうきんなカブみたいな帽子と、だんだら縞のマントをどこからか借りてきた。
「こういう格好なら子どもが寄って来やすいじゃろ」
と繁蔵。先生というより、ほとんど大道芸人みたいだが、確かに笑いは取れそうだ。サヤ・シェルナーグ(ea1894)が目を輝かせて提案した。
「繁蔵先生、それ着て一緒に散歩行こうよ!」
「えっ。外歩くのんか?」
「うん! 繁蔵先生が楽しい人だって周りの人に見せてあげるの!」
子供の無邪気さは無敵だ。
●童心に帰れ
外に出ると、繁蔵はキモノの懐から、小さな木片を数個取り出した。
「これは独楽(こま)っちゅうんじゃ。ジャパンの貴族の遊びやで」
繁蔵は巧みに細い縄を使い、独楽を地面の上で回転させた。
「うわあ、速い!」
サヤが歓声を上げる。
「若造、おまえもやってみんかい」
繁蔵は、横にいたヴルーロウに声をかける。
「若造じゃない、『旋律のヴルー』だ。高貴なる貴族と清廉なるエルフの血を引く、高貴且つ清廉なる者だ!」
「なんや、ややこしいのう。ほなヴルーでええわい。やってみぃ。ワシと勝負せい」
「俺に挑戦する気か? 面白い」
いつのまにやら、そりゃそりゃと独楽勝負に夢中になる二人。道端で遊んでいた数人の子供達が、興味を惹かれたらしくじっと見ている。
「みんな、おいでよ。面白いよ」
サヤが声をかけると、子供達はわらわらと近寄ってきた。その前で、ヴルーと繁蔵は独楽回し勝負を熱く繰り広げ、
「な、なかなかやるのう‥ハアハア」
「き、貴様こそ‥ゼイゼイ」
よき好敵手としてお互いを認め合ったのであった。
一方。
「♪稲穂取りなば 手ぬぐいかけて‥‥え、この歌? うん、素朴でいいメロディーでしょ? この近くで新しく始まるジャパン語教室の見学に行って覚えたの」
吟遊詩人の本領を発揮して、シルキーがエールハウスなどで繁蔵に教わったジャパンの歌を歌いつつ、教室の宣伝をして回る。シルキーの澄んだ声が紡ぐ哀調をおびたわらべ歌は行く先々で反響を呼んだ。
「ごめんなさい。その日はジャパン語教室のレッスンに行く予定なんです。顔はちょっぴり怖いけど、やさしくて面白い先生が見つかったの」
フレアは、デートの誘いを丁寧に断った。相手の若者は、顔を赤らめつつ、
「ぐ、偶然だね。ボクもジャパン語に興味あるんだ。一緒に行ってもいいよね?」
という具合に、期せずして宣伝効果が上がったりもする。
目に見えない効果というものもある。内気なエスナと、いとけない少年のサヤが繁蔵とすっかり打ち解けたことから、近所の人々の繁蔵への目も変わり始めた。
「あんなにおとなしそうな子供達がなつくくらいだから、見た目ほど怖い人じゃないのかも」
と。エスナに養父に似ているといわれたことから、繁蔵もすっかりそのつもりになっているらしく、
「ジャパンに行った兄ちゃんのためにジャパン語覚えるちゅうのんか。クーッ。今時なんちゅうけなげなおなごや、お前は。こんなええ子をほったらかして修行行くような男は、ワシがどついてやりたいわい!」
エスナがジャパン語を学びたい理由を知った繁蔵は自分のことのように熱くなった。だが、相手をどつく代わりに繁蔵は、エスナに恋のお守りをそっとプレゼントしてくれた。サヤとは毎日のように外に遊びにでかける。生き物や花の名前をジャパン語で教えもする。サヤの友達や近所の子供達もいつのまにか遊びに加わって、だんだんと繁蔵の名と存在は子供たちの間に浸透していった。
●ママチェックをクリアせよ
ついに教室開催の日がやってきた。繁蔵、さすがに緊張気味である。
教室が始まる昼下がりよりずっと早くから準備をして、教室内をうろうろしている。
「休み時間のお菓子ですけど、これで足りるでしょうか?」
同じく早めに来ていたフレアが焼きりんごを持って入ってきた。サヤとフレアの提案で、休み時間にお菓子をつまんでリラックスすることになっていた。
「おう。ええ匂いやのう」
繁蔵は甘いもの好きらしく、つまみ食いしようとしてフレアに叱られた。まもなく、子供たちと母親達がぞろぞろと入ってきた。
「しげぞーせんせーい。ママがせんせーにあいさつしたいってー」
教室に来ることになっていた子供たちのほとんどが、母親同伴で来ていた。母親が教室をチェックして、続けて通うかどうか決定するのだろう。何事も最初が肝心。とはいえ繁蔵は予期せぬ母親達の来襲にますます緊張し、笑顔を忘れている。
「繁蔵じゃい‥じゃなかった、し、繁蔵です」
母親達は明らかに警戒の表情を浮かべた。顔の傷とひきつった表情が、母親達に怪しい人物と映るのも無理はなかった。
と、そこに、青い帽子とマントと服を身に着けた男を先頭に、4人の若者が入ってきた。
「繁蔵、遅れてすまん。あ、生徒さんのお母さん達ですか? 俺はヴルーロウ、『旋律のヴルー』と呼んでください。繁蔵先生の手伝いに来ました」
見る見る母親たちの表情が和らいだ。男前に弱いのは女のさがである。
「繁蔵先生って、ジャパンの歌や遊びを取り入れて、楽しみながら教える主義なんですって。本当に子供がお好きなんだと思います。それに、ただ暗記するよりずっと覚えやすいですよね」
生徒の中の一人の、つややかな赤い髪が目をひく美少女の言葉で、母親たちはさらに繁蔵を見直した。
「おいで、ジャパンのお歌を教えてあげる」
シルキーが子供たちを手招きした。子供好きな女性と直感でわかるらしく、子供たちがわっと彼女を取り囲む。
「せんせーい、香草茶買って来たよ」
出かけていたサヤとエスナが戻ってきた。二人の少年少女に慕われる繁蔵の姿に、母親たちは完全に警戒心を解いた。
お菓子つきリラックスタイム、楽器の名手による竪琴とオカリナの伴奏つきお歌のレッスンと至れり尽くせりの内容に、生徒たちもその親も、かなり満足した様子だった。
「やっぱり人は外見で判断しちゃダメね」
「ほんと。下の子の分も申し込んでおこうかしら」
生徒達が帰るころには、母親たちも繁蔵と笑顔で話せるようになっていた。
時は過ぎて‥‥
「ええ、そのときの女の子の一人は、今でも時々お菓子を持ってきてくれます。心のこもった手作りのお菓子は格別ですよ。お陰で少々太りましてね。でもおかげで、子供たちは私のことを、サンタクロースみたいだなんて言ってくれます。
え、部屋の内装がブルーで統一されている理由ですか? それもやはり、5人の若者たちの思い出にちなんで‥‥」
「繁蔵せんせーい。早く遊ぼうよー!」
「はいはい。今行くよ」
ジャパンから来た男は、子供たちと手を繋いだ幸せそうな後姿を見せて、夕日の中を去っていった。