【絢爛たる闇】渇望

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月01日〜10月06日

リプレイ公開日:2005年10月12日

●オープニング

「綺麗‥‥」
 ため息をつき、女騎士のレジーナ・アラガンスはその美しく光る石をそっと手のひらで包み込むように握り締めた。
 異国から取り寄せられた、赤い宝石をはめこんだペンダント。あまりにも濃い赤なので、その中心は黒く見えるほどだ。
「これを‥‥私に?」
 レジーナの質問に、彼女の婚約者である神聖騎士のエドウィー・サリウスは微笑んでうなずいた。
「結婚式の日につけたらどうかと思って。花嫁姿がひきたつように選んだんだけど‥‥気に入ってくれたかな?」
 エドウィーの問いに、レジーナはわずかに堅い笑顔を浮かべた。
「ええ‥‥とっても」
「よかったら、今つけてごらんよ」
 エドウィーが長い指で、レジーナの首にそのペンダントをかけてくれた。
 エドウィーは繊細な美男だ。それにひきかえ、レジーナは‥‥醜いというのではないが、やや骨ばった男っぽい体つきと顔立ち。肌色も浅黒く、頬にはソバカスが目立つ。エドウィーの方が肌が綺麗に見えるほどだ。
 どうしてエドウィーが自分を花嫁として選び、結婚を申し込んでくれたのかと時折疑問に思うことがある。それは打算だ、と心の奥の暗い声が囁くことも。
 アラガンス家とサリウス家は、長男あるいは長女が親の財産をすべて引き継ぐ決まりになっている。エドウィーも貧しくはないが、領地の大きさはレジーナのそれに少々劣る。二人が結婚すれば、領地はいずれも、サリウス家の長男たるエドウィーが引き継ぐことになる。大きな支配地をもてるのだ。
 それが目当て、とは思いたくはない。
 だが‥‥
「姉さま、エドウィー様。お茶が入りましてよ」
 レジーナの妹、イレーネが部屋に顔をのぞかせ、声をかける。
「やあ、イレーネ。すまないね」
 イレーネは、姉の胸にある紅い宝石に目をとめた。
「まあ、綺麗なペンダント。姉さま、よく似合うわ」
「宝石商が言ってたよ。『絢爛たる闇』って呼ばれる逸品だって」
 エドウィーは優しい微笑をイレーネに向ける。
 その笑顔は、私に向けるよりも、ほんの少し優しい。
 私とだけいるときよりも、イレーネがいる時の方が、エドウィーは口数が多くなる。
 元々、エドウィーはイレーネと先に教会のミサで知り合い、そこから家族ぐるみの付き合いが始まったのだ。イレーネに紹介された時、レジーナは初めてエドウィーに出会った。その時、エドウィーとイレーネには、友達以上の何か親密な空気があった。その記憶がさらにレジーナを辛く駆り立てる。
 レジーナが父親似とすれば、イレーネは母の美貌をそっくり受けついでいた。骨ばったレジーナとは違い、ふっくらと優しい面差し。
 レジーナは、イレーネの傍にいると、そんな風に比べてしまい、落ち着かぬ思いにさせられるのが常だった。
「ほんとに綺麗ね、お姉様。羨ましい」
 イレーネは、レジーナに近寄り、胸の宝石にそっと触れ、可憐な笑顔を姉に向けた。その時、レジーナの胸に焼け付くような思いが走った。
 この宝石の深紅は‥‥レジーナの白い肌の方が引き立つ。
 『絢爛たる闇』が、嘲笑うように光を反射した。
 この宝石は、最初から私にくれるつもりで求めたのではないのでは‥‥?
 レジーナの胸の奥で、宝石の輝きに呼応するように黒い霧がふくらんだ。
 エドウィー、あなたはやはり、本当は私よりもイレーネのことを‥‥?
 エドウィー、私だけを見て。
 イレーネなんか、いなくなればいい。
 笑顔で妹と婚約者とともにテーブルを囲みながら、レジーナの心の奥底で、暗い声がそう呟いていた。
 綺麗になりたい。この宝石が似合う女に。
 せめて、肌がもっと白くなれば‥‥
 数日後。
 イレーネは、刺繍の見本を借りようと姉の部屋を訪ねた。
「姉さま? 何してらっしゃ‥‥」
 扉の内側へ入りかけた足がそのまま凍りついた。部屋の中央に置かれた小さなテーブル、その上にはレジーナが可愛がっていた猟犬のテオが横たわっていた。テオはどうしたのかと尋ねようとして、イレーネはひっと息を呑んだ。
 部屋の隅で、鏡をのぞきこんでいたレジーナが振り向いた。その顔が、どす黒い赤色にぬりたくられている。それが血の色だということ、そしてテオの首が切断されていることに同時に気づいたのだった。
「あらイレーネ。いたの」
「ね、姉さま‥‥何を、何をなさって‥‥」
「聞いたことない? 新鮮な血でマッサージすると、肌が白く綺麗になるんですって。花嫁になるための準備よ。あなたもいかが?」
 いつもと変わらぬ優しい声音が、かえって不気味だった。
「い‥‥いえ、わ、私は‥‥それより、どうして急に、こんなことを‥‥」
 イレーネは震える声でやっと応えた。血は生命力の源だから、血は万病の薬になるという迷信は聞いたことがある。若返りの妙薬であり、肌に塗れば美しさをもたらすという言い伝えも。だが、日ごろ優しい姉が、そんなことのためにペットを斬殺するとは信じられなかった。
 だが、イレーネの思いをよそに、レジーナは鏡を覗き込み、
「だって、こんなペンダントをもらってしまったら、見合うように美しくならなければ。あら、嫌だ‥‥まだ消えないわ」
 頬のソバカスを見て、苛立った声をあげた。
「足りなかったのよ、血の量が‥‥そうよ、きっとそうだわ。もっと大きな生き物の」
 『首から血を‥‥』と姉の呟き声は続いたような気がしたが、イレーネは問いただすことができなかった。姉の、妙にギラギラとした目がイレーネの白い頬に焼けつくように向けられていることに気づいたからだ。
 イレーネはその時確かに、姉の殺気を肌で感じた。

 冒険者ギルドに、依頼が出された。依頼主は貴族令嬢のイレーネ・アラガンス。
「姉の周りで、奇妙なことが起こるのです。ペットや動物がいなくなったり、若い女性の使用人ばかりが、眠っている間にケガをしていたり‥‥姉は結婚式が近いので、無事に幸せな花嫁になれるように、事件の原因をつきとめてください」
 イレーネはそう言って依頼を出した後、何かに怯えるようにあたりを見回しながら、去っていったという。

●今回の参加者

 ea5111 シャムームイア・ムハラディカ(27歳・♀・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea9952 チャイ・エンマ・ヤンギ(31歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb1811 レイエス・サーク(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb2674 鹿堂 威(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3387 御法川 沙雪華(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3483 イシュルーナ・エステルハージ(22歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●嫉妬
 エドウィーとの婚約式の準備は、着々と整えられていた。
 式の後で宴席に花を添えるため、ジプシーの踊り子が屋敷に招かれていた。
 その踊り子シャムームイア・ムハラディカ(ea5111)は、レジーナに会うと嬉しそうに何か言った。
「花嫁の手伝いが出来て嬉しいそうです」
 踊り子の用心棒兼通訳だという若者、レイエス・サーク(eb1811)が通訳した。レジーナはシャムームイアの全身を、妙にねっとりとした視線でねめまわした。
「綺麗な肌をしているわね‥‥そっくり剥がして、私の体に貼り付けたい位」
「それは、高望みしすぎだな。レジーナさんには、持ち前の魅力がある。人のものまで欲しがるなんて、私には欲張りとしか思えない」
 レイエスがわざと軽い口調で言うと、レジーナがにらみつけた。
「私が醜いからって、馬鹿にしているんでしょう」
 取り付く島もない声に、レイエスが言葉を失っていると、
「気分転換に散歩にでも行くわ。着替えを手伝って」
 レジーナはくるりと背を向けて、メイドの御法川沙雪華(eb3387)を呼んだ。メイドはイギリスでは本来貴族令嬢の他家での花嫁修業や貴族女性の他家での家事手伝いのような仕事だが、レジーナの近辺を調べるにせよ、他の侍女から話を聞くにせよ、何かと都合がいいと沙雪華は考え、イレーネに特別に取り計らってもらったのだ。
 沙雪華がレジーナの髪をまとめようとして、偶然ペンダントに指が触れた。レジーナが鬼女の形相で振り返った。
「これに触らないでっ!」
 レジーナは、異常なほど『絢爛たる闇』に他人の手が触れるのを嫌った。もしそれを奪おうとする者がいれば、殺しかねないほどに。
 レジーナが出かけた後、沙雪華に別な侍女が話し掛けて来た。
「前はあんな人じゃなかったのよ。とても優しいお嬢様で。おまけにあの紅玉のペンダント、気味が悪いの。中心が黒っぽく見えるでしょう。真っ赤な目がレジーナ様の胸からにらみつけてくるような気がして」
「誰にでも気持ちがとげとげしくなる時はあるわ。今はお嬢様のお気持ちを精一杯和らげて差し上げるましょう。私達に出来る限りのことで‥‥」
 いたわりをこめた沙雪華の言葉に、侍女もやや落ち着きを取り戻したようだ。だが沙雪華もまた、レジーナの挙動と宝石への執着に違和感を感じていた。
 一方。イシュルーナ・エステルハージ(eb3483)は、「美しい女性の危機には即参上」と豪語する鹿堂威(eb2674)とともに、イレーネから話を聞き出そうとしていた。
「ねぇ、お屋敷の人たち、みんなエドウィーとあなたの噂してるわ。皆、エドウィーと結婚するのはあなただと思ってたみたいだけど‥‥そのせいで、お姉さんが不安になってるんじゃないかな。何か隠してない? お姉さんの幸せを本当に願っているんだったら、本当のことを教えて?」
 イレーネは根負けしたらしく、とうとう重い口を開いた。実際に、エドウィーと知り合った当初、彼女はエドウィーに恋していた。エドウィーも同じ気持ちだったと思うが、言葉にして聞いてはいない。だが、エドウィーが姉とも知り合ってからは、エドウィーは姉と急速に親しくなった。
「無理も無いわ。お姉様はラテン語だって出来るし乗馬もお上手だし。刺繍しか趣味の無い私なんか、退屈よね」
 イシュルーナはため息をついた。姉は姉で妹の美貌に嫉妬し、妹は妹で姉の知性に嫉妬する。
「家族っていうのも、色々と難しいのね、威さん」
 話を振られた威は、ぱちりと指を鳴らした。
「ま、妹に対する嫉妬がレジーナさんの奇行の原因だってんなら、話は簡単だな。俺がイレーネさんの恋人になっちまえばいい」
「それで解決するかしら。私はエドウィーさんとお姉さんと三人でよく話し合うべきだと思うけど」
「といっても、今のところレジーナさんは話し合う雰囲気じゃないし、もしエドウィーもイレーネさんのことを思ってて、未練を残してるとしたら、そっちも牽制できて、一石二鳥じゃない? ってことで、これはお近づきのプレゼント」
 威が差し出した十字架のペンダントを、イレーネは不安の消えない表情で受け取った。
「愛の深さがそのまま幸福につながるとは限らないのかな‥‥」
 恋に憧れる純粋な心を捨てきれぬイシュルーナが、そっと呟いた。

●闇
 中庭を散歩していたレジーナは、見慣れない黒髪の、艶な肢体を持った女性に出くわした。レジーナは尖った声をかけた。
「そこで何をしているの」
「お言葉だねぇ。お貴族さまの屋敷の回りで、最近妙な事件が立て続けに起こるっていうんで、雇われた警備の者さ」
 チャイ・エンマ・ヤンギ(ea9952)と、その女は名乗った。よく見れば、ウィザードらしくローブ姿が板についている。
「妙な事件‥‥?」
「ああ。動物がいなくなったり、侍女が寝てる間に顔を切られたりね。何か心当たりでもないかい? 誰かに恨みを買っているとか」
 一瞬、レジーナの顔が泣き出しそうにゆがんだ。だがそれも一瞬のことで、レジーナは彫像のような堅い表情を取り戻した。同時に胸の紅玉のペンダントが燃えるように輝いたのをチャイは見た。
「知ったことじゃないわ‥‥」
 レジーナは吐き捨てて、背を向け歩み去ってゆく。
「なんだい、あの妙なオモチャは‥‥」
 チャイは呟いた。燃える紅玉の色が目に焼きついていた。

 屋敷に戻ったレジーナは、イレーネに呼ばれた。恋人を紹介するというのだ。
「恋人ですって?」
 イレーネが背の高いジャパン人の若者を伴い、部屋に入ってきた。
「どうも、鹿堂威といいます。イレーネお嬢さんには、初めてイギリスに来て道に迷ってるところを助けてもらって、以来一目ぼれってやつでね。いやぁ、お姉さんもステキな人だってイレーネさんから聞いていたけど、ホントなんですねえ〜。知的で人望があって」
 調子よく姉妹を持ち上げる威にレジーナは戸惑っていたが‥‥
(「恋人が‥‥別にいたの‥‥? それなら悩んでいた私はただの道化‥‥?」)
 動揺を抑え切れなかったのか、レジーナはふいに部屋を飛び出した。
「あれっ? お姉さん、大丈夫?」
 女性には優しい威が追いかけていく。
 と、一人になったイレーネを、低い声が廊下から呼んだ。
 エドウィーだった。
「まさか本気じゃないんだろう? イレーネ。キミはまだ僕を思ってくれているとばかり信じていたのに」
「でも‥‥エドウィー、あなたはレジーナ姉さまと婚約を」
「それとこれとは別さ。何しろ財産の問題があるからね。結婚したいのはレジーナだけど、キミのことはまだ愛してる」
 エドウィーはそれを証明しようとでも言うのか、イレーネの肩を押さえ、唇を奪おうとした。その時、威になだめられながら、レジーナが部屋に戻ってきた。
「あっいやこれは違うんだ。イレーネが僕を誘惑して‥‥」
 慌てるエドウィーに、レジーナの答えはなかった。凍り付いたレジーナの手がふいに動き、腰に下げていたナイフを引き抜きエドウィーに切りかかる。エドウィーの悲鳴があがる。聞きつけた沙雪華が飛び込み、暴れるレジーナからイレーネを背中にかばう。イレーネが震えながら訴えた。
「エドウィーが無理矢理キスを‥‥それをお姉様が見てしまって」
「誰もがやってることじゃないか! 僕は悪くない!」
 エドウィーの頬に、沙雪華の平手打ちが飛んだ。
「言い訳なんかなんの解決にもなりません。今すぐこの結婚を取りやめて。レジーナさんにちゃんと謝罪して下さい!」
 沙雪華の言葉に、エドウィーは震えながら謝罪する。レジーナは既に威とレイエスによって取り押さえられていたが、レジーナの目は、もはや何も見てはいなかった。ただ『絢爛たる闇』が囁く声を聞いていた。
 誰モ信ジルナ。ミンナ敵ダ。
 さらに、屋敷内で婚約式の準備や警備をしていたチャイ、レイエス、シャムームイア、イシュルーナが騒ぎを聞きつけ、駆けつけてきた。
 チャイは見た。またレジーナのペンダントの紅玉がどす黒く燃えている。威嚇するかのように。
「この宝石を調べさせてもらうよ! 私も宝石は嫌いじゃないんでね」
 ふいにチャイが、レジーナのペンダントを掴んだ。
「ああーっ!」
 細い鎖が千切れ飛んだ。紅玉はチャイの手の中へ。チャイの耳の中で、声が響いた。
 コレハオ前ノモノダ。オ前ダケノ。誰モ信ジルナ。
「あーははは! これはたった今から私のものさ! 私は『絢爛たる闇』に選ばれたんだ!」
 チャイが紅玉を握り締め、赤い瞳で哄笑した。
 宝石に取り憑かれている!?
 一瞬躊躇した後、レイエスが弓に矢をつがえた。
 ぴゅっ!!
 チャイの手の甲を矢がかすめ、衝撃で彼女は紅玉を取り落とした。
 シャムームイアが、踊りの衣装のスカーフをほどき、床に落ちた紅玉をつつみこんだ。
「誰の心にも闇はある。でも誰もが永遠に闇にとどまることはないわ。永久に夜などないように、閉ざされた心にもいつかは陽が差し込むの」
 シャムームイアは、虚脱して座り込んでいるレジーナに言った。
 こそこそ逃げ出そうとしていたエドウィーの襟髪を威がつかみ、引きずり出した。
「麗しい姉妹を泣かせた罪、その気取った鼻柱で償いやがれ!」
 その後、威のパンチで鼻を折り、よろけつつ屋敷を逃げ出すエドウィーの姿があった。
 だが世間知らずの姉妹には、醜い現実を直視することは耐えがたかったようだ。のちに、レジーナは己の嫉妬の引き起こした結果を悔い、すべての欲を捨て修道院で一生を送る生活することを決意した。
 『絢爛たる闇』は、レジーナの提言により、冒険者によって破壊されることになったが、いかんせん紅玉は硬いものである。沙雪華の火遁の術でも、イシュルーナのソードボンバーでも破壊されることはなかった。レジーナは結局、布に包んだまま紅玉を海に捨てた。

 その翌日。キャメロットから離れた漁村で、一人の子供が波打ち際で布袋を拾った。中には鮮やかな紅玉が入っていた。それを掴んだ子供の瞳が、みるみるうちに暗くぎらついた光りを放った。