【近所迷惑物語】愛は和洋折衷!?

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月31日〜11月04日

リプレイ公開日:2005年11月11日

●オープニング

 キャメロットの一角にあるエールハウスの経営者、エイシャ君にはあこがれがあった。
 時折彼の店に飲みに来る、感じのいい夫婦がいるのだ。
 珍しいことに、ジャパン人の男性とイギリス人女性の国際結婚カップルである。
 ジャパン人の男性の方は千五郎といい、京都の染物職人の息子だという。今はイギリスに住み着いてハーブ染めの職人をしている。女性の方はレベッカといい、生粋のイギリス人であり、なかなかの美女。夫のためにハーブ畑を世話しているらしい。
 二人は、染物の仕事の区切りがついたとき、エイシャ君の店で祝杯をあげるのを決まりにしているらしく、月に2、3回程度しか来店しないが、つつましく同じ皿の料理をつつき、小さなコップでエールを乾杯するその仲むつまじい様子は、独り身のエイシャ君が見ていても実に胸がほのぼのと温まる光景だった。結婚したらあんな夫婦になりたいものだと夢見てしまうほどに。
 だが。
 最近、千五郎レベッカ夫婦に異変が起こった。
 千五郎氏の方は、まだしも女性をなだめようと色々話し掛けたり、女性の好きそうなメニューを注文したりしているのだが、レベッカの方は心が晴れないらしく、料理に口をつけないままだったり、何やら愚痴めいた言葉を口にしている様子が目に付いた。
 エイシャ君も他人事ながら心を痛めていたのだが、ある日、ついに決定的な事件が起こった。
「やっぱり私達、結婚なんて無理だったのよー!」
 レベッカがわっと泣き出しながら席を蹴って立ち上がり、店を飛び出そうとする。追いかけて千五郎がその腕をつかんだため、余計に騒ぎとなった。
「離してよー!」
「レベッカ! 落ち着けったら!」
 たまりかねて、エイシャ君はおっとり刀で仲裁に入った。
「あの、一体どうしたんですか?」
「ああ、すみません、店で騒ぎを起こして‥‥」
「いえ、そんなことより、失礼かもしれないけど、僕で何かお手伝いできることがあったらと思って。お二人のこと、いつも素敵なご夫婦だなと思って憧れていたんですよ」
 エイシャ君がなだめるうちに、彼の誠意が通じたのか、夫婦は再び席につくと、ぽつりぽつりと打ち明け話を始めた。
「もとはといえば、味噌が原因なんです‥‥」
「はあ? ミソ?」
 狐につままれたような表情になるエイシャ君。千五郎の語るところによれば‥‥
 千五郎はもともと、イギリスの食生活にさして不満はなかった。ハーブ染めを売りにしているせいもあって、ハーブの香りも好きだ。しかし、ただ、日本生まれの日本育ちの人間として、「味噌」が時折どうしても欲しくなる。残念ながら、日本食はそう嫌いでないレベッカも、味噌だけは苦手なので、千五郎はそんなとき、一人味噌汁を作って食べるのが常だった。レベッカもそれを認めていたはずだった。なのに、夏の終わりごろから急に、レベッカがそれに不満を言い出した。夏の暑さで体調を崩したのを引きずっているのか、
「味噌の匂いなんて大嫌い」
 と千五郎が味噌汁を食べている目の前で嫌悪の表情を浮かべて見せる。やがてそれはエスカレートして、
「このうちの台所にお味噌があると思っただけで食欲がなくなるのよ! 全部捨ててしまって!」
 と訴えたりする。味噌は高価で貴重な食材である。だがレベッカは実際に食が進まず、見る見る痩せてきた。体調のせいか機嫌も悪い。
 レベッカがなんとか味噌を好きになってくれれば一番良いのだが、千五郎がそう言うと、レベッカは、
「じゃ、日本へ帰って結婚しなおせば」
 と無茶な理屈をこねる。結婚当初はそんなせりふは決して口にしなかったのに。
「国際結婚って難しいです‥‥」
「私だって、味噌を好きになりたい‥‥でも、いざ目の前にすると、胸がムカムカしちゃうのよ‥‥」
 沈み込んだ二人を見て、エイシャ君は「うーん」と考えこんでしまった。よその夫婦の相談に乗ってる場合じゃない独身24歳。だが。
「そうだ! 一度、この店でお味噌料理の研究発表会をやってみませんか?」
 唐突な提案に、夫婦は一瞬きょとんとしていた。
「イギリス風にアレンジして味噌を食べる方法を色んな人に考えてもらって、試食するんです!」
「‥‥悩んでばかりいるよりは、気が晴れるかもしれませんね‥‥」
 ちょっと心が動いた様子の千五郎。
「もし、それでお味噌が克服できたらホントに嬉しいのだけど‥‥」
 レベッカも、自信なげな様子ながら、言葉を添える。
「そうですよ。やってみましょうよ。国際結婚カップルが幸せになれるんだってことを、僕が証明してみせます! 僕の料理人としてのプライド、いや男としてのプライドに賭けて!!!」
 ゴオオオオ! と炎をしょって断言したエイシャ君。
 その燃えっぷりにちょっぴり引き気味な千五郎レベッカ夫婦だったが、三人は相談して冒険者ギルドに依頼を出すことになったのだった。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1493 エヴァーグリーン・シーウィンド(25歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea2731 レジエル・グラープソン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3472 世羅 美鈴(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5984 ヲーク・シン(17歳・♂・ファイター・ドワーフ・イギリス王国)
 ea7467 ジゼル・キュティレイア(20歳・♀・ジプシー・エルフ・イスパニア王国)
 ea8765 リュイス・クラウディオス(25歳・♂・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9840 シルキー・ファリュウ(33歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●愛さえあれば!?
 味噌料理研究会&試食会当日。エイシャ青年のエールハウスのドアには、「本日貸切」の札がかかっていた。
 味噌、それに冒険者達があつめた様々な食材がある。例えばエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)が購入した米とヲーク・シン(ea5984)が購入したレモン。どちらも高価な輸入品である。特に米は、千五郎が取り引きしているジャパンの商人に渡りをつけてくれたため、たまたま手に入った貴重な品だった。まず市場では扱っておらず、伝手のないエヴァーグリーンが1人で手に入れるのはほぼ不可能だっただろう。
 参加者のほとんどが、これまで味噌を食したことがない。千五郎が大切そうに差し出した小さな壷の中のそれを、
「では、私が試食してみましょう」
 と、勇敢にも最初に口にしたのはレジエル・グラープソン(ea2731)。相当好奇心の強い男らしい。だがすぐに「?」という表情を浮かべ、店内に用意されていたエールで流し込んだ。
「なあ、味噌って豆を腐らせたものなんだろ? それって食えるのか?」
 リュイス・クラウディオス(ea8765)はそんなレジエルにストレートすぎる感想を口にする。
「我々イギリス人にとっては、確かになじみのない味ですね」
「でもジャパン人にとっては心のふるさとですよ? ね、世羅さん」
 千五郎が世羅美鈴(ea3472)に同意を求める。
「ええ、私にとってもいい匂いですわ。本来ならば、こんな風にではなく、ジャパン風に食べられるといいのですけれど‥‥」
 懐かしげに言いつつ美鈴は、味噌を大切そうに掬い取りバノックの生地に混ぜている。蜂蜜の甘味の代わりに、味噌の辛味をほんの少し効かせるつもりらしい。
「ごめんなさい‥‥外へ出ていてもかまいません? どうしても、この匂いがダメで‥‥」
 レベッカが早くもハンカチで口元を押さえる。
「でも!! 愛があれば苦手なんて克服できるはずです!」
 無駄に燃えているエイシャ青年が妨害するが、「はいはい、そのあたりにしようね(ばし! ばすっ!)」と、アシュレー・ウォルサム(ea0244)がハリセンでツッコミ2連打で黙らせ、レベッカに笑いかけた。
「かまわないよ。後で味噌がどんな料理になるか楽しみにしとくといい。料理は組み合わせ次第でどんな風にも変化するものだからね。それこそ、夫婦みたいにさ‥‥」
 鼻の頭を押さえているエイシャ君を尻目に、レベッカを庭先へ案内したのは美貌の占い師ジゼル・キュティレイア(ea7467)、シルキー・ファリュウ(ea9840)の女性陣と、それに女性の味方(自称)ヲーク。
「美しい女性が困っていると、見ているだけで心が痛む‥‥そんな俺の熱いハートをこの一杯に込めましたー!」
 と、もんのすごく張り切って、他のメンバーより早く来店して料理していたヲークが熱い蜂蜜酒を差し出す。レモンを絞り込んだもので香りが爽やかである。
「嬉しい。とても美味しいわ」
 嬉しそうに受け取るレベッカを見て、何やらシルキーとジゼルは「やっぱりね」とでも言いたげに目を見交わす。ジゼルがそっとレベッカの肩に手を置いた。
「凄く下世話な事かもしれませんが‥‥もしや、御懐妊なさっておられるのでしょうか? 懐妊なさった女性は、においに敏感になると聞いたことがあるのですけど‥‥」
 レベッカは驚いて、蜂蜜酒にむせた。
「こほ、こほ‥‥そういえば‥‥そうなのかしら?」
「訳もなく苛々するって言ってたよね? ‥‥おまけにそのお酒、かなり酸っぱいよ。それを美味しそうにクイクイ飲んじゃうなんて、きっとそうだよ」
 シルキーもうなずいた。
「それじゃ早速、中へ入ってぱーっとお祝いに‥‥」
 ヲークが言いかけるが、レベッカは首を横に振った。
「でも‥‥あの人は喜ぶかしら。今、仕事が難しい時期なんです。それにやっぱりジャパンが恋しいみたいだし」
「大丈夫だよ。故国だろうがどこだろうが、誰だって好きな人の傍が一番なんだからね」
 やけに力強く言うシルキーを、ジゼルがそっと細い手で押しとどめた。
「占いで、未来をほんの少し覗き見てみませんか? 未来は揺れ動くものだけれど、不安を和らげるお手伝いなら出来ると思います」
 レベッカはためらいがちに、ジゼルの不思議な蒼と紅色の瞳を覗き込み、うなずいた。

●男と女の間
「やっぱり無理なんでしょうか、レベッカに味噌を好きになってもらうなんて」
 と、店の中では千五郎が落ち込んでいる。
「まーな‥‥けど、今日こうやって俺たちが集められたのって、奥さんだって旦那を喜ばせたいって思ってるからだろ? ‥‥お、意外と酒のツマミにはいいな」
 と、千五郎の相手をしつつ、要領よく味噌を味見しているリュイス。
「ツマミ食いは禁止ですっ! それは僕が魚のヨーグルト味噌漬けを作るための分ですっ!」
 目がイッちゃってるエイシャ君がさらにのびかけるリュイスの長い指を玉杓子ではっしと止めた。
「よ‥‥ヨーグルト味噌!?」
 店内にいる一同から驚きの声が上がる。
「それが意外と合うんですよ。味噌のしつこさが和らげられていいんです! 野菜を漬けてもいい味になりますしね。ふっふっふ‥‥この味で彼女に国際結婚の決心を‥‥」
 怪しい人になってるエイシャ君をよそに、味噌を炒り卵に混ぜたりと忙しく働いていたエヴァーグリーンが天然かつ無邪気に爆弾発言。
「ヨーグルトとか、酸っぱいもの、きっと奥様にはいいですの」
 首をかしげきょとんとする千五郎。
「だってほら、えーと‥‥食欲が無くて、情緒不安定で、匂いが駄目‥‥それって『おめでた』じゃないですの?」
「ええええー!!」
 エイシャ君と千五郎がぶっ飛んだ。冒険者達はうすうす感じていた者も多いようで、「あ、やっぱり?」「つーか旦那が真っ先に気付けよなー」等とうなずきあっている。
「レ‥‥レベッカは気付いてないのかな!? お、教えてやらなきゃ!」
 あたふたと腰を浮かしかける千五郎をとどめ、レジエルが酒を満たしたカップを静かに差し出した。
「まあ、落ち着いて。あるいは彼女だって気付いていても、何か理由があってまだ貴方に告げたくないのかもしれない。いずれにせよ、今は彼女の気持ちを受け止める覚悟をしておくだけでしょう」
「は‥‥はい!」
 千五郎は、ぐっと一気に酒をあおる。 その時、レベッカがヲークに支えられるようにして店内に戻ってきた。レベッカは千五郎の前に進み出ると、意を決したように「赤ちゃんができたらしい」と告げた。
「いずれ産婆さんにもちゃんと診てもらうけれど、ジゼルさんが先に占ってくれたわ。貴方と同じ黒髪の女の子ですって」
「ほらっ。ここはずっしり構えて」
 小声でアシュレーに教えられ、動揺しっぱなしの千五郎は大きく深呼吸すると、「で、でかした」とレベッカを褒めた。やや声が裏返ってはいたが。
 嬉しそうにレベッカが千五郎に寄り添う。
「お腹の赤ちゃんが安らぐと、きっとレベッカさんも落ち着くですの」
 と、エヴァーグリーンがレベッカに子守唄を歌って聞かせた。そのお蔭か、レベッカの顔色がずいぶん良くなってきた。そのレベッカの様子を見て、冒険者達がそれぞれの工夫料理が食卓に並べ、賑やかに試食会となった。特に好評だったのはヲーク作・味噌を塗って小麦粉の衣をつけ、油で揚げた豚肉。ヲークは「これを食べていいのは女性だけっ!」と言い張っていたが、無情にも男性陣の手が次々に伸びた。
 レベッカは、美鈴の焼いた味噌バノックとジゼルの味噌入りビスケットが特に食べやすいと喜んだ。アシュレーの味噌に漬け込んだ肉を、ローズマリーの香りを添えて焼いたもの、シルキーのチーズと味噌を乗せて焼いた魚は、酒のツマミにいいと男性陣に好評だったようだ。
 他にもエヴァーグリーンが披露した裏技? レモンを味噌に絞って擦りのばし、野菜などを和えて食べる方法も意外な美味しさとして、特にレベッカに歓迎された。エヴァーグリーンは最後に、米を握り飯にして味噌を塗って焼いたものも出し、千五郎が懐かしさに涙ながらに喜んだ。恐る恐るレベッカも口にして、意外な美味しさに目を見張った。そんな二人を見守り、アシュレーがちょっぴり羨ましそうに呟いた。
「大変だろうけど一歩一歩積み上げていけばいい夫婦になれるさ、きっと‥‥しかし、夫婦かあ‥‥」
 窓越しに遠くの空に視線を投げているのは、恋人の顔でもそこに描いているのだろうか。
「私も彼女と上手く行っていないというのに、国際結婚カップルに忠告などしてしまいました」
 レジエルも苦笑を浮かべる。
「ふ、二人とも相手がいるだけまだいいじゃないか‥‥俺なんて俺なんて‥‥うっ、秋風が身に沁みるっ‥‥」
 とヲーク。
「まだ相手を選べるだけ喜べ! 俺なんか熟女おっかけ軍団に『握手して〜髪の毛一本ちょうだ〜い作ってきたオカズ食べて〜』って夜道で襲われたり、その他色んなものにも襲われるんだぞ!」
 とリュイス。きゃぴきゃぴと女性陣がお菓子の交換などしているのと対照的に、黒っぽいオーラが漂う男性陣。店の隅ではエイシャ君がシルキーに何やら一生懸命アタックしていた。
「お、遅れたけど、誕生日プレゼント‥‥そ、その、本当はドレスを贈りたくて‥‥でも、貯金が間に合わなくて‥‥だから、ドレスはもう少し待って。せめて花嫁衣裳に合うアクセサリーを探してたらお店の人がこれを‥‥つ、つまりその、千五郎さん達みたいに僕達も、きっと幸せに‥‥」
 と、真珠のティアラを差し出して。 シルキーがなんと答えたかは、まだ明らかにされていない。
 ただ‥‥
 千五郎とレベッカの営む染物屋は、レベッカのお腹の子が育つのと同調するように、次第に繁盛してきているそうだ。そこで染めた布を花嫁衣裳に仕立てると、どんな困難を抱えた恋人同士でも幸福な夫婦になれるらしい、などという噂も流れて。訪れる客の中に、エイシャ君に似た姿が見受けられたということである。