夢見るように歌いたい

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 62 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月26日〜12月03日

リプレイ公開日:2005年12月06日

●オープニング

『拝啓、冒険者様へ。
 私は、キャメロットの一角に住まうエルフの老女です。名はケーナ。身よりはいません。
 今日は、私の隣に住んでいる、ハーフエルフの少年のことでご相談申し上げます。
 彼の名前は、ジリアンといいます。年は17、8くらいでしょうか。彼も一人ぼっちで暮らしています。
 私達の住む一角というのは、貧しい人たちが肩を寄せ合うようにして、家というよりはほとんど小屋のような住まいを並べて暮らしている場所なのです。
 ある日、私はジリアンが、路地にある井戸の前で手足を洗いながら、鼻歌を歌っているのを聞きました。それはなんと素晴らしい歌だったことか。澄んだ声、複雑な節回しをいともやすやすと口ずさむ音感。
 学問もない私には、うまく表現することはできません。
 私は思わず家から出て、少年に話し掛けました。われ知らず拍手しながら。
「あんた、きっといい詩人になれるわよ!」
 ですが、彼はまるで矢で射掛けられたかのように顔を歪めて、こう言い放ちました。
「うるせぇババア! 俺は歌なんて大っ嫌いなんだ!」
 それきり彼は家の中に引っ込んでしまいました。
 おせっかい婆さんと言われそうですが、あまりに過激な拒絶の反応に興味を感じた私は、ジリアンのことを、近所の人達に色々と聞いてみました。
 ジリアンは、さる高名な詩人の子だそうです。ですが、ちゃんと結婚した間柄のご婦人から生まれたのではないのでした。その高名な詩人がひきとって、表向き弟子として育てるという話もあったのだそうです。
 でも。ジリアンは拒絶しました。
 父親に対する反発でもあったのでしょうか。それならせめて、ジリアンが一人前の詩人になれるよう、支援させてほしいと父親は申し出ました。そして、父親の名による推薦を受けて(もちろん彼の子という事実は伏せられてはいましたが)、ジリアンは大勢の客の前で歌わされたのだそうです。
 結果は‥‥
 惨憺たるものでした。ジリアンは、緊張のあまり、声も出なくなってしまったのだそうです。
 客になじられ、父親には顔に泥を塗られたと苦い顔をされ、ジリアンは二度と人前で歌わないと自らに誓ったのでしょうか‥‥

 それでも、今、彼が違う仕事を得て、幸せならかまわないのですが、どうやらそうではないようです。
 なんといっても、彼はハーフエルフ。
 しかも父親に見放されたときては、仕事を探そうにも、雇ってくれる人もいないようです。
 歌のほかに、手に職もないようです。
 それでは彼が何をして暮らしているのかというと、一種の詐欺まがいのようなことです。
 路上で彼は、馬にのって道を急ぐ裕福そうな商人などが通りかかるのを待ちます。
 そういった、カモが近寄るやいなや、彼は前へ飛び出し、わざと馬にぶつかるのです。そして、
「馬に蹴られて怪我をした。治療費を払え」
 と騒ぎたてます。
 ハーフエルフにからまれるとやっかいだ、そんな風に大方の人は思うのでしょう。投げつけられるように支払われる、はした金を糧に、彼は生きているのです。
 
 冒険者は、一般の人に不可能な願いをかなえてくれる人たちだと聞いております。
 ならば、彼を今一度、歌い手として世に認められるように、なんとか手を貸していただけないでしょうか‥‥?
 もしそれが実現するならば、些少ですが、私が報酬を支払いたいと思っております。
 愛する伴侶を病で失い、それとともに酒に溺れて持ち前の才能を腐らせて来た私にとって、彼は人生最後の「夢」なのかもしれません。
 そう、私もまた、かつては詩人を夢見たことがありました。
 安酒をあおり続けたお蔭で、すっかり喉がつぶれて、今では鴉も嘲笑うような掠れ声になってしまったのですけれど‥‥。
 でもこれだけは心に留めておいて下さい。彼の歌声は本当に素晴らしいものです。私の感傷や同情で過大評価をしているわけでは決してありません。
 彼は歌を歌うべく、生まれてきた人だと、私にはそう思えるのです。
 尚、言うまでもないことですが、ジリアンには私からの依頼だということは決して明かさないで下さい』

●今回の参加者

 ea1350 オフィーリア・ベアトリクス(28歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1493 エヴァーグリーン・シーウィンド(25歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb3838 ソード・エアシールド(45歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3860 ナサニエル・エヴァンス(37歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●翼が折れて
「ひぃ、ふう、み‥‥と、たったこれだけかよ」
 シケてやがんな、とジリアンは今日の稼ぎを数えて、ごろりと毛布の上に横になる。と、家の今にも破れそうな扉をノックする者がいる。
「誰」
 開けてみると、碧眼をぱっちり見開いた華奢な少女が一人。エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)だ。
「あの‥‥ここにお歌の上手いハーフエルフの人がすんでるって聞いて来ましたの。お願いしたいことがあるのですけど‥‥」
 愛くるしい少女の頼みとあれば、男なら普通、一応耳を貸すかと思いきや。
 ジリアンは乱暴に少女をつきのけた。
「ハーフエルフで悪かったな!」
 バタン。扉はエヴァーグリーンの鼻先で乱暴に閉まった。
「気に触ったら、ごめんなさい‥‥エリの死んだお父さん、歌が好きだったって、育ててくれた養父が話してくれたの。だから‥‥どことなくお父さんに似てる貴方に、協力してほしかったの‥‥」
 だが、ジリアンは部屋に閉じこもり耳をふさいでいた。ハーフエルフ、と言われたことが余程心に刺さったらしい。そのために父親に受け入れてもらえず、歌い手としても認められずにいるせいなのか。
(「ハーフエルフだってこと、ジリアンさんはエリたちが思っていたよりもずっと、引け目に思ってるですの‥‥」)
 ため息をついて、エヴァーグリーンは一旦引き上げるしかなかった。
 次の日。
 ジリアンは凍りつきそうに冷たい井戸水で顔と手足を洗っていた。一番暖かい日中に洗っておかなければ、朝夕の冷え込みが厳しいのでとても洗う気になれない。癖のように、口をついて歌が出た。
 故郷へ帰ろう 丘は緑 風は甘く‥‥
 なぜかいつもより気持ちよく歌えることに気がついたのは、歌が終わりに差し掛かるころだった。
 誰かが、ジリアンの歌にあわせてオカリナを吹いている。
「誰だよ!?」
 ジリアンは振り返り、音の主を探した。黒髪の、線は細いが印象的な娘が背後に立って、恥ずかしそうに微笑んだ。
「‥‥素敵な歌声なので、ついオカリナでいたずらしてしまいました。ごめんなさいね」
 娘に先手をついて丁寧に言われ、ジリアンは咄嗟に口ごもった。優しくされるのに慣れていないから、いつもの乱暴な口が叩けない。
「べ、別に‥‥」
「あの‥‥誰かと一緒に歌ったりなさらないの?」
「‥‥」
 警戒の表情で、ジリアンはその娘‥‥オフィーリア・ベアトリクス(ea1350)を睨んだ。だが、普段大人しいオフィーリアも、負けずに見つめ返す。依頼主ケーナのことを思うと、なんとかジリアンを一人前の歌い手に仕立てたい、と思う。ややあって、ジリアンがぽつりと言った。
「一人のほうが‥‥慣れてる」
 その一言に、深い孤独と絶望がこもっているのを感じたのは、オフィーリアならではだったかもしれない。
「わたくしもずっと‥‥そう思っていました。でも、音楽が素晴らしいのは、他の旋律と組み合わせれば無限の可能性が広がることではないでしょうか? 人と人の出会いも同じ‥‥わたくしも人といるのが苦手でしたけれど、今では仲間と演奏するのも素敵なことだと思いますわ」
 ジリアンは透き通った水に触れたような表情でそれを聞いていたが、やがて、振り払うように言って背中を向けた。
「もう行くぜ。与太話聞いてる暇がありゃ、稼ぎに行くほうがましってもんだ」
「ねぇ、この道の先の、樫の木の下にあるエールハウスをご存知? もし、誰かと歌ってみようとお思いなら、今夜そこへ来てくださいね」
 オフィーリアの声に、乱暴に運ぶ足を一瞬止めたように見えたのは目の錯覚か。ともあれ、ジリアンは町中へ消えていった。多分、いつもの荒稼ぎに出かけたのだろう。
 その夜。
 エールハウスの外で、寒そうにマントにくるまって立っていたオフィーリアは目を見張った。ジリアンが来た! いささか顔色が悪いのは、月明かりのせいだろうか?
「勘違いすんなよ‥‥今日は思いのほか稼げたんで、飲みに来ただけだから」
 ぶっきらぼうに言いはしたが、照れくさそうな表情がその顔に浮かんでいる。
「来て下さってよかったわ。仲間を紹介しますね」
 と、オフィーリアに誘われ、ジリアンが店内に入ってみると、既に誰かが歌っている。
 ナサニエル・エヴァンス(eb3860)だった。
 同じハーフエルフのナサニエルが、その店で既に歌を披露し、酒席で楽しげな拍手を受けていることにジリアンは驚いていた。オフィーリアが声をかけると、ナサニエルが心地よげに火照った顔でジリアンにエールをすすめた。店主からの歌への謝礼らしい。
「才能さえあれば、相手がどのような存在であれ人間は重宝してくれる。たとえ相手が差別の対象であるハーフエルフでもだ」
 ナサニエルがこともなげに言い、ナサニエルに伴奏をしていたヴァージニア・レヴィン(ea2765)がすすめた。
「貴方も歌が好きなんですってね。一曲歌ってみたら?」
 店内には結構な人数の客がいた。上目遣いにそれと見て取り、
「人前で歌うのは好きじゃないって言ったろ!」
 ぶつけるように叫ぶジリアンに、ヴァージニアは、
「では、私達の歌を聞いていて。もし、その気になったら、私達に合わせて歌ってね‥‥その、隅っこの席からでもいいわ」
「それとも何か、口ずさむ程度の歌も人に聞かせられないくらいの音痴か?」
 ナサニエルがからかうように言うと、ジリアンは挑むような態度で、厨房近くの、積み上げた酒樽に隠れてしまいそうな席にどすんと腰をおろした。
「どこかの誰かが貴方を見ている、貴方の声が誰かの勇気になる」
(「一人ぼっちのケーナさんが、貴方の歌を心の支えにしているのよ」)
 口に出してはいえないが、その気持ちを込めてヴァージニアは歌った。
 やがて、低く優しい声がその主旋律にそっと、からんだ。ジリアンが歌っている。
(「こんなに自然に、初めて聞いた歌をハモれるなんて‥‥ジリアン様はやっぱり才能の持ち主ですわ」)
 オフィーリアの白磁の頬が、我知らず紅潮する。
 ナサニエルが、突然ジリアンの腕をつかんで立たせた。
「それくらい歌えるんなら、もっと堂々と振舞ったらどうなんだ」
「でも、俺は‥‥」
「大勢の前で失敗するのが怖いか? 失敗したことのない人間なんていやしない。皆、失敗して、つまづいて、学ぶのさ。そしてやっと前に進める、そういうものなんだ‥‥少なくとも俺はそうだった。それとも失敗に怯えて縮こまっているだけの人生を選ぶのか?」
 駄目押しに、ヴァージニアが自分が主旋律を歌うから、その影に隠れるようにして声を合わせて歌ったらいい、と提案し、やっとジリアンは立ち上がった。そして二人の歌‥‥酒を飲む人の手が止まり、話し声が止んだ。歌が終わると一端沈黙を置いて、拍手が巻き起こった。
 店主が近づいてきた。人のよさそうな顔をした若い男だ。
「良かったです! 男女の二重唱って珍しいし、お二人の声の相性がまたいいですね! どこか他の店で契約でもしておいでですか? でなかったら、よければこの店で‥‥」
 夢でも見ているような表情で聞いているジリアン。
「祝杯としゃれこもうか」
 ナサニエルがジリアンにエールのカップを差し出す。ジリアンは嬉しそうに口にした。手が少し震えているようだ。だが‥‥
 カップは床に落ちて割れた。無残に酒の香がこぼれ広がる。
「ジリアン様!?」
 床に崩れるように倒れたジリアンに、オフィーリアの悲鳴が上がった。

●夢見るように
「何よりも、ジリアンさんの『仕事』をやめさせるのが先決だったですの」
 エヴァーグリーンが嘆く。
 ジリアンの家で、冒険者達は意識を失ったジリアンを運び込み、そのまま彼の治療に専念することとなった。ヴァージニアの応急手当の知識によれば、ジリアンの全身に打撲傷があり、相当内臓にもダメージを与えているらしいことがわかった。おそらく馬にぶつかってはその治療費を請求するという『仕事』のせいで積み重なった傷だろうとも。エヴァーグリーンがリカバーポーションを提供したおかげでなんとか意識は回復することができたが、内臓の傷までは回復し得なかったらしい。
 ジリアンは寝たり起きたりの状態で一週間を過ごした。入れ替わり立ち代り、あるいは音楽仲間として、あるいはエールハウスで歌の評判を聞いて仕事を依頼しに来た者として、冒険者達は彼を励ました。
「12月2日、俺たちの娘‥‥といっても養女だが‥‥のために歌ってやってもらえないだろうか? 俺たちは楽器はできるが歌は出来ないのでな」
「その娘、いい娘でしてね。死んだ友人の娘なんです。冒険者としちゃ、ちょっとしたものですよ? ‥‥多少天然ですけどね」
 ソード・エアシールド(eb3838)、イシュカ・エアシールド(eb3839)が、評判を聞いて依頼に来た客を装って、掛け合いのように語り掛ける。
 ジリアンは嬉しそうに顔をほころばせ、12月2日は何の記念日なのかとか、伴奏は何でするのか等々、色々質問をした。話の間に奇妙な咳をするようになり、顔色はますますさえなくなってはいたが。
「12月2日は、その娘の本当の両親が結婚した日なんだ。本当なら、生きて自分がその娘を見守りたかっただろうと思うと、俺たちがなんとしてもその記念日に、本当の両親にかわって養娘を励ましてやらなくちゃって思うのさ」
 ソードの、口調は荒いが暖かい言葉に、ジリアンは羨ましげな表情を浮かべていたという。
 自らの両親との絆の薄さが、その時心にしみたのだろうか‥‥
 だが、一週間後。
「世話に‥‥なったな」
 看病に訪れたオフィーリアに向かいぽつりと。それが遺言になった。
 墓地の片隅に、ぶこつな墓石をすえられた小さな墓がある。そこには花束の途絶える日はない。墓碑銘には「天上で、思い切り歌えることを祈る 友人一同 及びケーナ」と刻まれている。