はんなり千之助〜恋色染めます!

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月31日〜02月06日

リプレイ公開日:2006年02月09日

●オープニング

 そこは小さな染物屋。店主はまだ十八ばかりの少年「千之助」。おっとりした性格と話しぶりから、ついたあだ名は「はんなり千ちゃん」。
 父親の千右衛門が足を痛めて早めの隠居をし、跡継ぎのはずの兄千五郎はイギリスへハーブ染めの研究に行ってそこでイギリス娘と恋に落ち、当地で結婚し安住。
 そこで若き少年店主の誕生となったわけだが、この千之助、父に似てか、なかなかの職人気質。染物を頼まれると、徹底的にイメージを追及し、本当に客を満足させる出来になるまで眠る時間を削り、食事をとる間も惜しんで試作を重ねるとか‥‥
 さて、そういう千之助を訪ねて、今日もお客がやって来たようだ。

「いらっしゃい」
 千之助が声をかけると、その女性――娘というには少々年が行き過ぎているが、まだ人妻という感じではない――は、珍しげに店先を見回していた目線を、びっくりしたように千之助にあてた。店先には、色見本となる色とりどりの反物が整然と並べられ、その少し奥の、直接日差しの差し込まない畳の上には、染料となる植物‥‥桑の樹皮やくちなしの種、赤根の干したものなどがめいめい壷に入れられ、どんな色にでも染めてみせますという心意気の象徴のように並べられている。
 地味な茶染の小袖を着たその女性は、その品揃えを目で確かめ、おずおずと口を開いた。
「あの‥‥この店やったら、どんな染めもんでも対応してくれる言うて、人に教わったんやけど‥‥」
「へえ、多きに。確かにうちはどんなご注文にも、精一杯応えさせてもろてます」
 千之助が、邪気のない笑顔を見せると、女性は釣り込まれたようにぎこちなく微笑んだ。
「そやったら、うちみたいな女でも、小町娘に負けへんくらい華やかにしてくれる着物‥‥染めてもらわれへんやろか」
 言い終えた女性の頬が、ぱあっと紅に染まる。
「はあ‥‥」
 一瞬考え込んだ千之助。だが彼は瞬時に笑顔を取り戻した。
「もちろんどす。そやけどまずは、詳しい話、聞かしてもらえますか?」
 ◆
 女性の名は、おとき。彼女は構えは小さいがなかなかよく流行っている筆屋の一人娘。
 生来内気な性質のおときだが、店主だった父親が病死し、母親と力をあわせて商売を守り立ててきた。そのために少々婚期を逃がしたというわけ。母親は連れ合いを亡くして病勝ちとなり、客の応対は、たいていおときがしている。おときの地味さがかえって筆屋という篤実な商売にあうのかして、おときの評判は客の間では悪くない。
 そのおときが、客の一人に恋をした。
相手は、絵師の芳原孝信。
孝信はおときの店の筆が使いよいとかで、よく筆を求めに来る。
 孝信は自身が役者にしたいような男前だと評判で、しかも美人画が得意。女役者や小町娘といった華やかな取り巻きに囲まれて店に訪れることもしょっちゅうだ。
 住んでいる世界が違うと思っていたおときだが、孝信の男ぶりに、次第に心を惹かれるようになってきた。
だが、取り巻き連中の華やかさに引き換え、自身の地味さを思うと、気が引けるというのである。
「せめて、ぱあっと華やかな着物着たら、少しでもあの人の目を引けるかと思て」
「けど、あの人、うわさではずいぶん軽薄なお人らしおすで。おときさんには合わんのと違いますか」
 千之助が純粋な少年らしく心配すると、内気なおときがきっとなって孝信をかばった。
「でもあの人、言うてくれますのや‥‥『おときさんはほんまに筆の選びが確かや』って。それに、店に来るたび、
『お母さんの病気はどないです』
 って、声をかけてくれはる。時折、おみやげにお菓子までくれはりますのやで‥‥そんな細かい気遣い、ただの軽薄な男にできますやろか」
 その言葉に現れたおときの恋心の一途さ‥‥ふと千之助は、自身の恋に思いを馳せた。異国の美しい女騎士に抱いた淡い恋心。それはもとより叶うはずのない恋だったが、だからといって、思いを消せるはずもない。突風のような恋に翻弄されるおときの心が、千之助には痛いほどわかった。
 ややあって、千之助は胸をたたいた。
「おときさん、任せといてください。きっと、貴方の良さを引き出す着物、染めて見せます!」

●今回の参加者

 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6130 渡部 不知火(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6437 エリス・スコットランド(25歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea6534 高遠 聖(26歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7242 リュー・スノウ(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb1838 結城 冴(33歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3983 花東沖 総樹(35歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●恋色さがし
 千之助の家人たちは、冒険者達の来訪――とりわけ、アデリーナ・ホワイト(ea5635)の来訪を喜んだ。手をとらんばかりに皆を迎え入れ、争ってもてなそうとする。
「冒険者さんたちに協力してもらえるだけでもありがたいのに、兄の恩人にジャパンでお会い出来るとは‥‥ささ、ジャパンのお菓子どす。どれがよろしおすか?」
 千之助も興奮しているらしく、茶菓子を並べてみせる。
「まあ、そんなお気遣いはご無用ですのに‥‥でもせっかくですから、そのオレンジ色のを一つ。まあ、おいしゅうございますこと。『ホシガキ』というのはこれですの?」
 とアデリーナは、まったりオーラを発しつつマイペースに応じている。
 先に千之助の店に来ていたおときは、何事かと、異国人を含む男女を目を見張って見つめている。
「おときさんの着物の見立てを手伝って頂く方です」
 と千之助に紹介され、おときは恥ずかしそうに身を揉んで、
「まあ‥‥あない言うたものの、うちに華やかな着物が似合うかどうか。うちは顔も地味やし色黒やし」
 と、リュー・スノウ(ea7242)の雪白の肌にちらとうらやましげな視線を当てた。
「でも、おときさん。愛しいお方の取り巻きに嫉妬するでなく、彼の目に留まる努力をする貴方は素敵な人だと思います」
 リューに言われ、おときは瞠目した。
「いや、日本語お上手やわあ‥‥! お姿は外国のお人やのに」
「ええ、でも旦那様には小雪‥‥と」
 と、ちらと傍らの渡部不知火(ea6130)を見やるリューの視線から、おときは二人の関係をすぐに悟ったようである。異種族間とはいえ、恋する気持ちに変わりはないと、おときならではの思いがあったのかもしれない。早速おときに似合う色を検討し始めた一同だが、
「おときさんの肌色とお人柄から考えますに、落ち着いた色はいかがでしょう。えんじや梔子色など‥‥」
 と、高遠聖(ea6534)。
「いえ、ご本人の希望は華やかな色やから、ここは華やかに紅梅と蘇芳で」
 と、千之助。
「濃い色もよろしいですが、恋心を表現するなら、可憐に白とうす紅梅の組み合わせもいかがかと」
 と、リュー。
「青藤や花色も捨てがとうございますわ。黒髪に映えますもの」
 と、明王院未楡(eb2404)。
 色見本となるはぎれを並べられたおときはおろおろしている。
「どないしょう‥‥うち、こない華やかな着物着たことないから」
 聖が励ますように口を挟んだ。
「おときさん、まず自信を持ってください。着物に物怖じしてはいけません。着物はね、貴女が『着る』ものなんです。貴女を輝かせるためのいわば小道具です。着物に着られてはいけませんよ」
「そやけど肌色を生かすのはなんと言うても‥‥」
 となお言い募ろうとする千之助を、やんわり制して渡部不知火が言った。
「濃い色は帯や小物なんかの差し色に使うだけでも、印象に残ると思うの。全体のバランスが大事よ、千之助」
「主役は着物じゃなく、おときさんですからね。おときさんの好みも大事にしなくちゃ、おときさんの心を表現する着こなしになりません」
 聖が口を添える。
 と、横から花東沖総樹(eb3983)が、威勢のよい声をあげた。
「女が自信をつけるには、まず湯で肌を磨くことよ! まかせといて頂戴」
 善は急げというので、早速千之助の店と棟つながりの、千之助自宅で湯を立て、おときはそこで総樹の勧める「肌に効く湯」というのを試すことになった。湯船につかろうとしたおときは湯から立ち上る香気に目を見張った。
「それは蜜柑の皮の干したの、そしてこっちは柿の葉を干したの。お酒もちょっぴり入っているわ。この湯だと、たくさん汗が出て、肌を内側からきれいにしてくれるの。もっともおときさんの肌はもともと綺麗よね。背中なんてつるっつるじゃない」
 湯加減を見に来た総樹が笑いかける。
「ほんまどすか‥‥? うちが綺麗‥‥?」
「湯屋をやってるから、人の肌を見る目はあるわ」
 総樹の言葉に、心なしかおときの表情が落ち着いてきた。
 湯からあがったおときは、再び布見本に向き合った。先ほどと違って、迷ったりせず、もう一度全員の意見を聞いた上で、自らしっかりと選んだ。
 選んだのは、明るい紅梅色だった。
「ちょっと大胆すぎますやろか?」
「では、白地に梅紋様の小紋なれば、品よくしかも春を呼ぶ雰囲気もあって、何よりおときさんの個性が生きるのではないでしょうか」
 リューが控えめに述べた意見が採用となった。
「その分帯はぱあっと派手にするなんてどう? ようし、力仕事の出番よねん」
 と不知火が腕まくりをした。
 染料となる紅花。それに下染めの藍が必要となった。
 藍染の需要は多いこととて、千之助の店に備えてあった藍染液をそのまま下染めに使い、あとは紅花である。紅花をこねて乾燥させた丸い餅様の染料をぬるま湯で揉み解し、灰汁を加えてかき回し、好みの色を引き出す作業を不知火が一人で引き受けた。
「えらい大助かりやけど、無理はせんといておくれやす」
「旦那様、お一人で大丈夫ですか‥‥?」
 と、千之助、リューが気遣う。
「大丈‥‥夫っ‥‥でも小雪、後で肩揉んで頂戴」
 寒い夜の方が鮮やかさが増すと千之助が主張するので、一同はその深夜、ゆっくりと帯と布地を染液に漬け込み、好みの色を吟味した。何度か試作した後、千之助が梅花模様の型紙を糊で布に貼り付けた布を、ゆっくりと染めていった。凍るように冷たい水の中で、千之助の手は真っ赤だ。
 手伝いを申し出たリューも、思わず口にする。
「千之助さん。いつもはこの作業、お一人でされるのですか?」
「へえ。それが千之助の仕事どす」
 こともなげに言う千之助。だが、すぐに千之助は、同じく染色の手伝いで、染めた布を板に広げている聖にそっと、照れくさそうに言った。
「せやけど今日は、一人で仕事せんでほんまに良かった、思うてるんどす。特に聖さんが、
『着物は心で着るもんや』
 って忠告してくれはれへんかったら、あないにおときさんに喜んではもらわれへんかったやろうなあ‥‥。ねえ聖さん」
「いや、あれは姉の受け売りで‥‥姉が呉服屋ですので」
 照れる聖の手元で、型紙を剥がした布は紅梅を散らした鮮やかな小紋へと仕上がっていた。
 翌々日。美しく染め上がった布が、千之助の母親の手で着物に仕立てられた。
「では、お着物に合うお化粧は私と明王院様にお任せを」
 アデリーナと未楡がおときを囲み、作業に取り掛かる。未楡はそっと手のひらでおときの頬を包み込むようにして、
「こうしてそっとこの辺りを指で押しますと、血色がよくなり表情がより生き生きと見えますわ‥‥自信をお持ちなさいね‥‥貴女の心はもう、美しく染め上がっているのですから」
「ほんとに流れるような黒髪でいらっしゃいますこと。この髪の艶を生かす結い方にしてさしあげましょうね? 遊び女風にも子供っぽくもならないように注意いたしましょう」
 とアデリーナがおときの髪を梳きつつ相談する。
 未楡の発案で、おときのすらりとした首筋を生かすよう、洗い髪風に髪全体を右側に寄せて肩に垂らし、うなじのあたりで着物に合わせて鮮やかな紅梅色の布でまとめるようにした。斬新な髪型が寡黙な雰囲気のおときを、神秘的に見せた。
「よくお似合いですよ、おときさん」
 結城冴(eb1838)に神秘的な蒼銀色の瞳で見つめられつつ言われ、おときは頬を染めた。
「ついでのことに、梅の花の精になるっていうのはいかがです?」

●天女降臨
 芳原孝信の家に、二人の客が訪れた。一人は純白の衣装を身に着けた神聖騎士・エリス・スコットランド(ea6437)。今一人は、陰陽師の結城冴。孝信の美人画が気に入って、絵師本人に会いたくなったという冴の言葉に、孝信は端正な顔をほころばせた。
「嬉しいことどす。実は美人画にこだわっているわけやないのですが、何しろ注文が多くて‥‥」
 孝信は熱っぽく、絵の技法や主題について語る。その様子を見ると、なるほど人なつっこいが、さほど軽薄な男とも思えないと冴は見て取った。
「噂通り軽薄なお人だったら、おとき殿にはもったいないです。おとき殿は、話せば話すほど、優しい良い方ですから」
 と、最初疑惑の目で観察していたエリスさえも、孝信の話に釣り込まれている。
 話が一段落したところで、冴がおもむろに口を切った。
「孝信さんの技量、よくわかりました。実は描いてもらいたいものがあるのですよ。春を呼ぶ『梅の花の精』が描けますか?」 
「そらまあ‥‥けど誰の似姿をもとにしたらええかなあ‥‥」
「迷う必要はありません。もうすぐここに来ますから」
「は?」
 おりしも、孝信の家をおとなうおときの声がした。
「孝信はん‥‥お邪魔しますえ」
 入ってきたおときの姿を見て孝信は、「ほんまや‥‥梅の花の精や」小さく叫んだ。
「あの‥‥これ‥‥」
 おときが差し出したのは、梅の花の枝。早咲きの枝を、不知火が体力にまかせて探し出してきたもの。結び文がついている。冴がさらりと書いた、その文には‥‥「朱鷺色に 染まりし心 春便り」とある。
「孝信はん‥‥うち、ずっと前から‥‥」
 おときが震える声で言いかけた時、
「邪魔者は消えるとしましょう」
 にやりとエリスに笑いかけ、冴はそっと孝信宅を辞した。

 その頃。千之助の両親に「お疲れはんどした」と温かい食事を振舞われ、冒険者達はにぎやかな食事をしたためていた。
「彼女達、うまくいくといいな‥‥小雪」
 不知火がぽつりと呟き、リューの頭をぽんと叩いた。
「大丈夫です、きっと‥‥おときさん、綺麗でしたもの」
 恋する心こそが美しくなる特効薬なのだと、思いつつリューが答える。
(「私も、そうでありますように‥‥いつまでも」)
 リューの胸のうちでの呼びかけを知ってか知らずか、こくりと酒を干す不知火だった。