【男子厨房に乱入!?】子育ての苦労の巻

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月10日〜02月15日

リプレイ公開日:2006年02月18日

●オープニング

 京都の町の片隅に、小さな診療所を構える町医者、丹下宗哲。
 残り少ない白髪を小さな髷に結い、しわだらけの温顔でにこにこと訪れる患者に接する。特に薬草に詳しく、薬湯などをたくみに調合して処方してくれるが、貧しい病人からは「あるとき払いじゃ」と、金を受け取らないこともあるという。病人にも、その家族にも慕われる、町の人々にとってはこの上なくありがたい存在である。
「よしよし、後は薬湯を煎じて、日に三度。七日もすれば腹の具合もようなるやろ。ほれ、この薬草はゲンノショウコと言うてな、現に証拠の効き目があるゆえこの名がついたという。それを綺麗に洗い、日干しにしたものや。煎じて温かい間に飲みなはれ」
 といった具合に人当たりもよく丁寧な治療を施す宗哲先生だが、医者になるまでどこで何をしていたのか、ふっつり口を閉ざして語ることはない。実は彼、とある小国の忍者であった。しかしその城主が戦嫌いの侍嫌い、出家してしまい、仕えていた侍もしのびも、散り散りとなった。そのしのびの一人が、宗哲先生というわけ。目の配り、ふとした物腰などから気づく者は気づくやもしれぬが、市井の人々にとっては今の宗哲先生は、「仏の町医者」に過ぎない。
 そんな宗哲先生が、最近になって、ひとりの弟子を持った。
 ◆
「栄作。これ、栄作」
「僕の名前はエイシャですったら、先生」
 診療所の障子戸を開き、宗哲先生が、庭先でクコの木の樹皮をナイフで剥いでいる背の高い異国人の青年を呼ばわった。
「どっちゃでもええわい。これ栄作、ドクダミの葉を出してくれい」
「どっちでもいいってことはないですよ! エイシャです!」
 宗哲先生とツッコミ不在のボケ会話を交わす彼は、名をエイシャ君という24歳の青年。イギリス王国人であるが、ジャパンの文化にあこがれていたところ、ひょんな事情からジャパン人の忍者と縁ができ、ジャパンに渡ってきた。紹介されたつてが、元忍者の宗哲先生の診療所の厨房というわけ。病人食を作ったり、煎じ薬つくりが主な仕事だが、イギリスでは長年料理人をしていたとかで、飲み込みは悪くない、とは宗哲先生の評価である。
「ええい、お前の名前をちゃんと発音しょう思うたら、舌を噛みそうや。もう栄作にしとけ」
「しとけってそんな乱暴な」
「ええから、乳を腫らしたご婦人がいてるのや。急いでドクダミ湯の支度をな。それともうひとつ、大事な仕事や」
 と、宗哲先生、ひょこひょこと診療所の奥へ引っ込むと、胸に抱えた何かを、ひょいとエイシャ君に渡した。生まれて1年前後といった赤ん坊である。
「そのご婦人の赤子や。『小太郎ちゃん』と言うてな。歯の早い子でのう、今まで我慢して乳をやっていたんやが、この歯がもとで乳に傷がつき、その傷口から毒素が入って腫れてしもうたらしい。
その子はしばらく乳をもらんので、粥か何か作って、お前がしばらく面倒みたってや。ご婦人は腫れだけやなく、えらい熱で、しばらく休養が必要なのや」
 と宗哲先生の言うとおり、その赤ん坊は、小さな粒のような歯で、無心にエイシャ君ににこにこ笑いかける。
「か‥‥可愛い!」
 エイシャ君の世話好きの血が騒ぐ。ついでに幼い頃に家族を亡くしたせいで、人一倍温かい家庭に憧れているエイシャ君、妄想世界に突入した模様である。
(「他人の子供がこんなに可愛いんだったら、自分の子供だったらどんなに‥‥ああしかも女の子で、『大きくなったらパパのお嫁さんになるの』なんて言われた日には。メロメロだなあきっと‥‥もしかしたら奥さんがそんな僕に嫉妬したりして。いや、そんな時僕の取るべき態度はひとつだ! 僕はきっぱりと言うぞ!」)
「僕は夫として父親として、君達を平等に愛している!」
「何をわけのわからん独り言言うとるんじゃ」
 宗哲先生に注意され、妄想の世界から戻ってきたエイシャ君。あたふたと赤ん坊の世話に取り掛かった。
「パパ‥‥じゃなかった、僕がちゃんと世話してあげるからね、安心して‥‥っ!?」
 おりしも、母親から離れたためと、勝手の違う人間の胸に抱かれたせいか、赤ちゃんは「びえーっ」
 のけぞって大泣き。エイシャ君、青ざめパニック状態。
「どっ、どうしたの!? 先生―っ、どうしたらいいんですかーっ」
 叫ぶエイシャ君をよそに、
「しかし栄作もジャパンには慣れてないことやし、買い物ひとつにも不自由するじゃろ。ちょっと冒険者ギルドの手でも借りてやるとするか」
 あごひげを撫しつつ呟く宗哲先生の目は、あくまで優しい。

 ●補足データ‥‥アシュリー・エイシャ(24)
 イギリス王国キャメロットではエールハウスを経営していた。天涯孤独の身(両親は彼が9歳の折、海の事故で亡くなったらしい)で苦労人のはずだがかなり天然。釣りと料理は得意だが、イマイチ押しに弱くて人が良すぎるため何かと災難に巻き込まれやすい。
 

 
 

●今回の参加者

 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7814 サトリィン・オーナス(43歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9840 シルキー・ファリュウ(33歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb2018 一条院 壬紗姫(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb2782 セシェラム・マーガッヅ(34歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3587 カイン・リュシエル(20歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

天道 狛(ea6877)/ フィーナ・グリーン(eb2535

●リプレイ本文

●子供のいる風景〜その壱
 子育てって想像以上に大変だ。育児慣れした明王院未楡(eb2404)の意見を取り入れ、時間帯で担当者を決め、班交代で世話をすることにしたのは正解だった。
 朝方から昼までを担当するサトリィン・オーナス(ea7814)と一条院壬紗姫(eb2018)が最初に小太郎と対面することになった。
「よ、よろしく‥‥この子が小太郎です」
 とエイシャ君。目の下は黒いわ、髪ボサボサだわ、とにかくえらいことになってるらしい。
 初めて赤子を抱いた一条院壬紗姫(eb2018)はうっとり。頼りない位小さな重みと柔らかさ、それにほのかに甘い体臭。
「私もいつか、義兄様のような素敵な殿方と結ばれ、こんな赤子を1人、2人、5人、十人と‥‥」
 思わず妄想世界に突入する辺り、エイシャ君と同様だ。
「小太郎ちゃん、少しは食べているのかしら?」
 と、冷静なサトリィン。エイシャ君は、首を横に振る。
「運動が足りないのかもしれないわね。小太郎ちゃん、歩く練習を兼ねてお散歩はいかが?」
「歩くなんてまだ無理ですよ」
 すっかり父親モードで心配するエイシャ君に「大丈夫」と笑顔を向け、サトリィンは小太郎の小さな手を取り立たせた。
「よちよち‥‥小太郎ちゃん、あんよ上手ね」
 子供達の指導に慣れたサトリィンは、力を加減しながら小さな手を引き、一歩歩かせた。
「歩けましたね!」
「お‥‥お父さんも嬉しいぞ!」
 とエイシャ君。違う。
「だあ‥‥だあ」と小太郎も声を上げて得意げだ。たっぷり遊んだ後は、壬紗姫が懸命にこしらえた粥を用意して待っていた。
「フーフーするから、待っててね」
 笑顔であやしながら小さな口に粥を運ぶサトリィン。初めて立って歩いたせいで興奮し、いくらか空腹を覚えたのか、小太郎も素直に口をあける。朝の粥を食べ終えて、またしばらく3人で遊んだ頃、全身牛の着ぐるみ姿でセシェラム・マーガッヅ(eb2782)が登場した。後ろにはぞろぞろと子供達がついてきている。怪我や病気の治療で通っている子供達が、牛着ぐるみで小太郎をあやすセシェラムに興味津々なのだ。
「そもそもなんで着ぐるみなんですか?」とエイシャ君。
「いやあれだ、耳を隠すためと、防寒&子守用にだな‥‥」
「ねーねー牛のおじちゃん、遊ぼー」
 子供達がセシェラムの袖を引っ張る。
「赤子の世話だけでも大変なんだぞ」
 と文句を言いつつもセシェラムさん、片腕で巧みに小太郎を抱きかかえつつ、隠れん坊に片足飛びと、子供達の相手に大活躍である。小太郎も楽しげな雰囲気にきゃっきゃっと喜んでいる。
「さ、さすがはプロ!」
 エイシャ君がライバル意識? に青ざめている。
「大きい子は小さな子の手を引いてあげて。そうね、乱暴なのはだめよ」
 子供の扱いに慣れたサトリィンも加わって、遊びの輪が盛り上がる。ふと、セシェラムが遠い目をして呟いた。
「皮肉なものだな‥‥自分の子の世話はさほど多く経験できなかったのに」
運命の歯車がほんの少しずれていれば、と。だが、その思いを小太郎の昼食に卵入り粥が出来たとフィーナ・グリーンの呼ぶ声が断ち切った。

●子供のいる風景〜その弐
「え‥‥っと、抱っこする時は左側に頭が来るようにするんだよね? 心臓の音を聞こえて落ち着くんだって。ほらお母さんのお腹の中みたいで」
 夕方から夜を担当するシルキー・ファリュウ(ea9840)が小太郎を抱きかかえる。年の離れた妹の世話をした記憶があるから、多少自信があるそうだ。
「あっほんとだ‥‥やっぱりママがいいのか? 小太郎」
 とうらやましげなエイシャ君。根本的に何か違う。見守っていたカイン・リュシエル(eb3587)が笑った。
「そりゃやっぱり女の人には叶わないですよ栄作さん。それより少しは寝たらどうですか」
「結構です。どのみち父親になれば通る道ですからね。ちなみに僕の名前はエイシャです」
 と意地を張るエイシャ君だが、シルキーが、目をこすり始めた小太郎に、
「ねんねこね〜ぇねんねこね お山の鳥さんないている かわいいわが子よねんねこね やさしい夢見てねんねこね」
 子守唄を歌い始めると、小太郎の横で畳の上にコテンと寝入ってしまった。
「なんだか‥‥いい光景ですね」
 ぎこちない手つきでおしめを畳みながらカインが言う。
(「いつか、こうやって親子3人川の字で寝る日が来るといいね、アシュリー‥‥ううん、にぎやかな方がいいな。子供が出来たら何人でも‥‥」)
 シルキーの思いが通じたのか、眠るエイシャ君が「にへっ」と笑った。

 小太郎が寝付いてしばらくすると、診療所をおとなう声がした。
「白翼寺涼哉(ea9502)と申します。専門は本草学。本日は私の家内にも手伝わせますので、よろしくお願いいたします」
「おお、噂に聞く京都医療局の、若先生やな。こら心強い。いや、お内儀は大事な体やよって、手伝いは結構。冷えたらあかんよって奥で益母草の腰湯でも使いなはれ」
 と物柔らかな温顔で、涼哉・天道 狛夫妻を迎えた宗哲先生。好々爺然とにこにこしつつ、ちゃっかり乳の腫れた小太郎の母親の治療まで涼哉に手伝わせる。
 患部を診察しつつ、
「どっこいどっこいだな。イヤ、形とハリなら狛の方が‥‥」
 と何やらイケナイ思いを馳せている涼哉だが、如月の冷気にも負けない狛の冷たい視線にあい、「何よ? 俺だって子育て位できるぞ」とうろたえ気味に胸を張る。
 宗哲先生がにこにこと応じた。
「おぉ、心強い言葉やのう。ほな、小太郎の粥作りとおしめの洗濯も頼むぞえ。ついでに、薬湯作りを手伝ってもらえんかの? なにせ弟子の栄作が眠り込んで難儀しとるのや」
「ちょっと待てっ。家事は苦手なんだが‥‥赤子の世話だけでも大変なんだぞっ?」
「何を言うとる。大きなお腹を十月十日も抱えて難儀するお内儀の身にもなりなはれ。子育ての勉強にと言うなら尚更や。子供を育てる苦労はこんなものやないぞ?」
 にんまりと言い放つ。宗哲先生、意外に食えないキャラである。涼哉は身重の妻のケアから、薬湯作りにまでさんざん働かされた。
「くっ‥‥子育てがココまで大変とはな‥‥しかしこれで腹が据わった。子育てドンと来いだーっ!」
 夜ふけ、そんな彼の雄叫びが聞こえたとか‥‥

●子供のいる風景〜その参
 夜泣きに備え、徹夜して世話を担当することになったユリアル・カートライト(ea1249)と明王院未楡。小太郎は布団の上をうろうろ這い回るばかりで、なかなか寝ようとしない。
「まだ‥‥おっぱいが恋しいのでしょうね‥‥」
 と困り顔の未楡。小太郎を初めて抱いた時、乳をもとめる小太郎の愛らしさに、反射的に胸をくつろげ乳を与えようとして、『乳離れは徹底せなあかん』と宗哲に叱られた。
「今日はたくさん遊んだからいずれ眠くなりますよ。お風呂で暖まりましたしね」
 と落ち着いている若きエルフの賢者ユリアル。徹夜には慣れているだけに余裕だ。そんなユリアルに、お風呂で入れて遊んでもらったのが気に入ったのか、小太郎はしきりにユリアルに「あう、えうー」と何やら話しかけて構ってもらおうとする。
「小太郎、まだ寝ませんか」
 と、夕方から爆睡していたエイシャ君が、今頃になって起きてきた。小太郎もエイシャ君に馴染んでいるのか、彼に抱き上げられると素直にもたれかかった。
「菖蒲入りのお風呂に入れたんです。香りで落ち着くし、赤ちゃんにこの時期多い、肌荒れにも効くそうなので」
 とユリアルの言う通り、小太郎の体からふわりといい香りがした。
 でも、明日は小太郎と別れなくてはならない。涼哉が手を貸したお陰で小太郎の母親の腫れはだいぶ良くなっていて、何より母親も小太郎を恋しがっている。
 寂しそうにぎゅっと小太郎を抱きしめるエイシャ君に、未楡が言葉をかけた。
「小太郎ちゃんの一番の幸せは‥‥ご両親に愛される事ですわ。貴方には‥‥貴方の愛する方と、家庭を築く幸せが待っているんです。気持ち良く‥‥送り出してあげませんか」
「ユリアルさんは寂しくないんですか? こんなに仲良くなったのに」
 と、未楡の言葉に頷きながらも、寂しい表情を隠しきれないエイシャ君。
「わかります。エイシャさんとは境遇が似ている気がしますから‥‥生きるって寂しいことの繰り返しかもしれないと思う時もあります。でもだからこそ、出会う楽しさがあるんですよ」
 何気ない言葉に、エルフの賢者として出会いと別れを繰り返しつつ長い年月を生きてきたユリアルの思いやりが滲む。エイシャ君がぽつりと言った。
「親って有難いものですね。きっと、僕の両親も天国から僕を見守ってくれてる。だから今の僕があるんですね」
「ええ。離れても、家族の絆はしっかりとその人の中に生きていくのですわ‥‥そんな家族をお作りなさいませ‥‥もう、貴方はそんなお相手と出会っておられるのですから‥‥」
 未楡がいたずらっぽくエイシャ君の顔を覗き込んだ。

●会うは別れの‥‥
 翌日。エイシャ君は少々固い表情で、回復した母親に、小太郎を抱いて渡した。
 母親は、冒険者達とエイシャ君、宗哲先生にも何度もお礼を言い、大切そうに小太郎を抱きしめて去っていった。エイシャ君の背中が寂しげで、思わず見つめる冒険者達だが、
「心配しないで下さい皆さん。僕にもいずれ、新しい家族が出来る‥‥そのときは、お願いしますね白翼寺先生!」
 いきなり振り向いて、がしっ、と涼哉の手を握り締めるエイシャ君。
「子育て経験者としてのアドバイスをぜひ。それに白翼寺先生なら、医者として健康アドバイスもお願いできて一石二鳥! 僕とシルキーの愛も健康も安泰ですよね!」
「悪いがその頃は俺も自分の子育てで手一杯かも‥‥って人の話を聞けオイ!」
 宗哲先生、目を細めてそんな光景を見守りつつ、「もうじき梅の花が咲くのう」とつぶやいた‥‥