はんなり千之助〜心意気染めます!
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■ショートシナリオ
担当:小田切さほ
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月28日〜03月06日
リプレイ公開日:2006年03月06日
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●オープニング
そこは小さな染物屋。店主はまだ十八ばかりの少年「千之助」。おっとりした性格と話しぶりから、ついたあだ名は「はんなり千ちゃん」。
父親の千右衛門が足を痛めて早めの隠居をし、跡継ぎのはずの兄千五郎はイギリスへハーブ染めの研究に行ってそこでイギリス娘と恋に落ち、当地で結婚し安住。
そこで若き少年店主の誕生となったわけだが、この千之助、父に似てか、なかなかの職人気質。染物を頼まれると、徹底的にイメージを追及し、本当に客を満足させる出来になるまで眠る時間を削り、食事をとる間も惜しんで試作を重ねるとか‥‥
だが、そんな彼の懸命さがかえってあだとなることもあるようで、商いの道はなかなかに厳しい。
事の起こりは去年の暮れ。懸命に働く千之助を心配して、千之助の母親・お民が店の勘定や仕入れを担当する手代を雇った。甚吉という名のその若者は、手代としては確かに優秀だった。
が、小器用に過ぎるというのか、何かにつけて手を抜いたり、ちゃっかり自分の茶菓子代を店の勘定に上乗せしていたりするところがあり、ひたむきで真面目な千之助とは反りが合わず、とうとう千之助と大喧嘩をして店を飛び出した。
その甚吉、ふっつりと消息を聞かないと想っていたら、なんと同じ町内で、千之助の向こうを張ってやると言わんばかりに同じ染物やの店を出したのである。
噂を聞いて、様子をうかがいに行ったお民が、しばらくすると顔色を変えて帰宅した。
「千‥‥千之助! えらいこっちゃ、えらいこっちゃで!」
「どないしはったん、お母はん」
おっとりした千之助の話しぶりがもどかしいと言わぬばかりにお民は甚吉の店に千之助を連れて行った。
その店の、格子をはめ込んだ飾り窓を見た千之助は顔色を変えた。
「こ、この色は‥‥!!」
そこに飾ってある色見本の反物の色。それは、千之助が考案した新しい染め色、「えげれす草色」だった。 日当たりのいい場所に芽吹き始めた「わらび」を集め、煮出して作った染料で染めた、くすんだ淡い緑色。春らしい上に、ジャパン人の黒髪にも、外国人の明るい髪色にも似合う色と自負していた、千之助の自信作だった。染料の調合度合い等は千之助しか知らないはずなのに‥‥
「盗んだんどすな! 僕の『えげれす草色』を‥‥!」
おとなしい千之助が激昂して、店に飛び込むと、中にいた甚吉に詰め寄った。
「何を言うてますのや人聞きの悪い‥‥どこにそんな証拠がおます?」
相変わらず、小ずるげな笑みを浮かべて言い放つ甚吉。千之助は唇を噛んだ。確かに証拠はない。深夜に一人で染色を研究する千之助を、甚吉は盗み見ていたのだろうが‥‥
「あんたがいまさら何を言おうとも、この色はもう、うちの目玉商品なんどす。お客さんから仰山注文をいただいてますのやで」
得意そうに甚吉は小鼻を膨らませる。つかみかかろうとするお民を押さえて、千之助はきっぱりと言った。
「甚吉さん、一つだけ言うときますえ。あんたは盗むことは出来ても、新しいもんを作り出すことの出来へんお人や。僕は、『えげれす草色』よりもええ色を作り出して見せます!」
「ふん。お手並み拝見どすな。あんたは、実直一方で売り込み方が下手やさかい、作ったところでうちほど売れるかどうかやな」
甚吉はあくまでしたたかに言い放った。
‥‥‥‥
「お頼みします。息子の手助けをしてくれはるお人を紹介しとくなはれ。もう、あの子のつらそうな姿、これ以上見てられへん」
幾晩も眠らず、新しい染色作りに没頭している千之助を心配したお民が、そうギルドに依頼を持ち込んだのは、それから数日後のことだった。
●リプレイ本文
●桜の下にて
「まあ‥‥随分無理をなさったご様子。少し休まれてはいかがですか?」
憔悴しきった様子の千之助を見て、リュー・スノウ(ea7242)は眉をひそめた。
「でも‥‥甚吉のことを思うと悔しゅうて」
苛立つ千之助を、高遠聖がなだめている。彼と長い間話し込んだ千之助は、ようやく少年らしい表情を取り戻した。
「おおきに、聖さん‥‥確かに、甚吉のことを怒っても今更どないしようもないのやから、今はこれからすべきことだけ考えるようにします」
「よかった‥‥その意気です。勝負心は迷いを生みましょう。美しい色は自然に心に浮かぶものだと思います」
リラ・サファト(ea3900)が笑みを浮かべた。
「そうかなあ。春らしい、ええ色ないかなあ‥‥」
「ほんとに千之助は仕事の虫だな。ちょっとは遊んだ方が商売の肥やしになるってもんだぜ?」
「ほっといとくなはれ。どうせ僕は朴念仁どす」
壬生天矢(ea0841)に軽くあしらわれ、千之助は顔を赤くしてふくれた。
フィーナ・ウィンスレット(ea5556)が提案した。
「耳学問で恐縮なのですけれど、ジャパンには『桜染め』というのがあるとか‥‥春らしい反物にふさわしいのではありませんか?」
はっとした様子の千之助だが、すぐに顔を曇らせた。
「けど花が開く直前の、桜の樹皮がぎょうさん必要やから、難しいです」
「千之助、ガッツ見せろよ。やってみもしないであきらめるのは男としてどうかと思うぜ」
シーヴァス・ラーン(ea0453)がハッパをかけた。
「そうや千之助、あんたは染めることだけ考え。桜は母さんがなんとかするさかい」
とお民。やがてお民が近所の家や、神社や寺を回って、桜の下枝や樹皮をもらってきた。お民の傍らには常にリューとリラが付き添っていた為、予想外にうまく話がついたらしい。リューの話術とリラの神楽舞の経験のたまものだ。リューとリラは、なんとその内の神社の一つで、『反物が染め上がったら、境内で着物のお披露目会をさせてもらう』と約束まで取り付けてきたのだ。
「なんてお礼を言うてええやら‥‥」
恐縮する千之助だが、ぴしりと天矢が言った。
「まだ安心するのは早いぜ。確かに桜染めはいいが、それ一本調子じゃじきに客は飽きちまう。濃い薄いはもちろんのこと、相性のいい色まで揃えて、客が組み合わせを楽しむようにする、それが商売のコツだ」
「は‥‥はい!」
今度は千之助、かしこまって聞いている。
リラの提案で、菜の花色(乾燥させたくちなしの種子で淡く染めたもの)や茜色、シーヴァスの提案で淡藍色が用意された。また染色を甚吉に盗まれないかと心配する千之助に、
「甚吉さんとやらのことは‥‥心配ないですわ‥‥見張りをつけて置きますから」
と明王院未楡(eb2404)はにっこり。
見張りというのは、彼女の愛犬と、娘の明王院月与だ。もっとも月与が鉢巻を締め門前で頑張る様は、どちらかというとマスコットぽいのだが。
ともあれ、桜の樹皮と葉を煮込み、桜色の染液を作る作業が始まった。思いのほかそれは大変な作業だった。提案した責任を感じてか、フィーナが焦げないように鍋を一生懸命かき混ぜていたようだ。
やがて染め上がった反物は、まさしく春を思わせる淡紅で、作業を手伝った冒険者達も思わず嘆声を発した。礼を述べる千之助に、リラは言った。
「千之助さんが、純粋に綺麗な色を求めて染めたからです。もしそこに、利得を思うや対抗心があったらこの色は濁っていたかもしれません。自信を持ってくださいね」
占いに長け、人生の機微に触れる機会の多いジプシーならではの思いがそこにあった。
しかし休む暇もなく、天矢の忠告どおり、桜染めの組み合わせとなる色を染める作業。
「梔子の下染めに紅花でそっと淡く‥‥赤子の肌の色合いはいかがでしょう?」
リューの発案で、まず熟しかけた枇杷の実のような暖かい色が染まる。藍を下染めに加えた紫がかった桜などが次々に生み出された。
続いて裁縫の心得のある未楡、リュー、リラを中心に、着物や小物に仕立てる作業にかかる。
「すんまへん、えろうご苦労かけまして」
お民が恐縮しつつ夜食を運んできた。熱々の「どじょう鍋」だ。夜食の席を囲みつつ、シルフィリア・カノス(eb2823)が言った。
「ジンキチとやらの盗みはいけないことですが、千之助さんの頑張りはきっと、それ相応の結果になりそうですね」
リューの通訳でイギリス語のその言葉を理解すると、お民がシルフィリアの手を握り締め、礼を言った。
「『はんなり千之助』かぁ、略して『はんせん』だねっ。はふはふ、ん〜美味しいっ☆」
小さな体のパラーリア・ゲラー(eb2257)が誰よりもよく食べ、お民を喜ばせた。
●冒険者繚乱
「あの‥‥翌日、この近くの神社にて、着物の披露目会があります。よろしければどうぞお運びください」
ぎこちないジャパン語ながら、やや藍を帯びた桜色の着物を着こなし、着物に慣れた足運びで近づいてきたエルフの美女〜フィーナに話しかけられた京娘達は、奇跡でも目撃したようにぽかんと見とれている。
着慣れぬ着物と鈴のついた草履をはいて、元気よく町に繰り出したパラーリアは、
「着物のお披露目会の宣伝してるとこなの。桃の節句にぴったりの着物がたっくさんあるの。女の子なら来て損ないと思うよっ☆」
人懐こく同世代の少女達を中心に話しかけて回った。
「まあ‥‥可愛らしいお子様‥‥桃の節句に、このような色のお着物はいかがでしょう‥‥」
未楡が淑やかな挨拶とともに近所の奥様達に話しかける。
そして‥‥
着物お披露目会当日は、よく晴れた暖かい日だった。神社の境内は予想外の混雑となった。
『ようお越しやす。ごゆっくりどうぞ』
受付に立つシルフィリアが挨拶し客を案内する。ジャパン語の知識はないため丸暗記の挨拶だが、金髪に桜染めの組み合わせが注目を浴びた。
「それでは本日の着物を染めた、腕利きの染物職人を紹介しましょう! こちらが千之助、最高の腕を持った職人です。嘘かホントかは、商品を手にとって確かめて下さいな」
客が集まった頃合を見て、天矢が口上を述べて千之助を呼ぶ。恥ずかしがって口ごもりつつ染め色にこめた思いや、技術の説明などをする千之助。
だが、そんな朴訥さがかえって客達に好感をもたれたようで拍手が起こる。
続いて、桜染めを着こなした冒険者達が次々に境内に設けられた簡素な舞台に立つ。
前に着物のモデルを務めた経験のあるフィーナは着物を着ての動きにも慣れており、しなやかに歩く。
桜染めの淡い薄紅の着物、そして胡桃の葉で染めた黒褐色の帯に枝垂桜を染め抜いてあるのは、「憂いを帯びながら華麗なイメージに合う」との千之助の提案である。ちなみにシルフィリア〜「辛夷」癒しの力を持ち吉兆を示す、パラーリアは「れんげ」〜小さいが強く他の植物をも元気にする、リラは「菜の花」〜風に揺れるほど華奢なのに全身で人を益する健気な花だから。未楡は「水仙」〜寒風に耐え、まっすぐに立つ姿が似合う‥‥と。リューは舞台には上がらずもっぱら接客と、客の注文取りをお民とともにしているが、「すみれ」〜夜明けの色と言われ希望の象徴、を染め抜いた帯を締めている。
「リューさんも舞台にあがらはったらええのに。こない綺麗やのに」
お民がしきりに勧めるが、リューは首を横に振った。
「いいえ‥‥裏方の手伝いも楽しゅうございますから。それに‥‥この着物、ある人に見せるまでお借りしてよろしいでしょうか。私はその人にだけ綺麗だと言ってもらえれば、後は何もいらないのです」
想う人にだけ見つめてもらえばいいと言うリューの言葉に、お民は深くうなずいた。
「リューさんに想われる人は幸せやねぇ。千之助もいつかそんな人にめぐり合えたらええのやけど‥‥」
しかし披露目が進むにつれ、2人は次々に注文に追われた。
「見とおみやす、あの黒髪の人。濃藍の帯との組み合わせ、派手やないけど綺麗やわぁ」
「あのパラの子ぉの『れんげ』の帯もよろしなぁ」
宣伝効果あらたかといったところである。
一方シーヴァスは、自ら「桜花」と名づけた桜染めの着物に、淡い藍の半襟を重ねた着こなしで女性客をもてなし、京娘達は大騒ぎ。
「貴女のその可愛らしい笑顔に、この春の色彩はとても似合う。この色は、もしかしたら貴女の可憐な笑顔に映えるために生まれた色なのだろうか‥‥」‥‥といった具合。
ただし軽いナンパ師でないのは、足元のおぼつかない老女の客の手を取り、舞台に近い上席に案内していることでも見て取れる。
ジャパン流の折り目正しい礼儀作法も着物の一部のように着こなしているらしい。
「こちら様のように色白のお嬢さんなら、この淡い色が映えますよ。帯はこちらの瓶覗きでいかがでしょう」
笑顔を絶やさず客に応じる天矢の見立ては的を得て、桜染めの着物に合わせて藍を下染めにした紫がかった桜染めの袋物や、明るい菜の花色の帯も次々に売れた。
桜染めに菜の花色の帯、紅い帯締めを絞めたリラの姿を指差して「あの人と同じ組み合わせで」と注文する客も多い。
「お役に立てて嬉しいですけど‥‥なんだか照れますね」
と、神楽舞の仕事で注目されるのに慣れているはずのリラも、いつもとは勝手が違うようだった。
●春未だき
千之助の店の手伝いを終え、ギルドへ報告に向かうフィーナを、男が呼び止めた。卑屈な笑みを浮かべた甚吉だ。
「今度はうちの店の着物、着てもらえまへんか? うちも次、桜染めやりますねん」
報酬は‥‥と、相当な値段を言う彼に、フィーナは静かに言った。
「桜の木は花を付ける前から全身で桜色に染まっているとか。だから桜染めは桜の樹皮で作るのですね。そんなひたむきな花の色を扱う資格は、誠実な職人だけにあるのではないでしょうか?」
口ごもり顔を真っ赤にした甚吉を残して、フィーナは春風の中を歩み去った。