錆びた心刃の輝き

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 22 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月19日〜05月22日

リプレイ公開日:2006年06月01日

●オープニング

 錆びたのは刀ではない、俺の心だ。
 もはやどんな鋭い剣を持とうとも、人は斬れぬだろう。
 臆病風に吹かれたわけでは、断じて、ない。
 
「剣を捨てると申すか――友之介」
 師匠はうなるような声をあげた。俺は師匠を見つめ、短く応える。
「はい」
 師匠は目を閉じる。
「ふうむ‥‥」
 この、美しい銀髪を総髪にした男が、決して俺の身を心配しているのでないことは、今の俺には身に沁みてわかっていた。
 この古ぼけた剣術道場の主として、そして代々、幾多の名門の武士を鍛えてきた夢想流の剣術師範・霧島一切斎(いっせつさい)として、家名を汚さぬこと。
 家名。武士としての誇り。剣術使いとしての『名』。
 この男が重んじるのはそれだけだ。
 その名を継がねばならぬと、幼い頃から定められていた俺は、それがために母を早くに亡くした。
 幼い俺が、真剣勝負をも辞さぬ厳しい修行で傷つき、時には生命の危険にさらされることが、母上の心ノ臓には耐え難かったのだ。
 いや、母ばかりではない。
 俺は兄をも失った。
 母に似て、内気で優しかった兄者は、この男に軟弱者と決め付けられ、ことあるごとに鍛錬と称して竹刀で叩かれ、痛みに気を失えば冬でも冷水を浴びせられた。
 兄上は14の冬に家を出た。
 それ以来、行方は知れぬ。
 なのにこの男は、俺の兄上の行方を捜そうともせず、兄の名を口にすることすらない。
 兄上など始めから存在せぬかのように。
 まもなく、師匠は眼を開いた。
 続いて師匠が吐いた声は、思いのほか、穏やかだった。
「剣術使いが剣を捨てる。それは、命を捨てるにも近い選択ぞ」
「承知いたしております」
 俺は応えた。
 もう、貴様の名誉や誇りのために生きるのは真っ平だ! ‥‥そう言葉を叩きつけようとした時、師匠はゆっくりと言葉を重ねた。
「では、これからは剣の他に身を守る術をもたねばならぬ。そのことは考えたのであろうな?
 剣術使いというものは‥‥覚えはなくとも、何かと恨みを買いやすい」
 師匠がそんなことを言うのは、笑止というものだった。だが、剣を持たぬ護身の術というのは、俺には思い及ばぬことだった。
「剣術使いの冒険者を8人、この道場に招く。そやつらをこの棒のみで倒してみよ。
 剣に慣れたおぬしゆえ、いきなり杖で対戦でつわものを一度に8人抜きはちと厳しかろう。
 まず8人中5人倒せたら、ということにしてやろう。
 この杖に慣れるまで七日ほど時間をくれてやる」
 と、師匠が立ち上がり、庭先から持ってきたのは、柿の木を削った杖。
 杖――いや、突棒というべきだろう。この長さは杖ではなく、武器だ。
 六尺ばかりの長さになろうか。さほど太くはないが、手に握りやすい太さではある。力をこめて突ければ、かなりの衝撃を相手に与えることができる。
 だが。
 これまで剣に慣れつくした俺が、わずかな日数で手練の剣術士を叩き伏せることができるものか――
 俺の背丈よりも長いこの棒は、慣れぬうち俺自身の脚に引っかかり、鍛錬を妨げるだろう。杖で刃をふせげるようになるのが精一杯やもしれぬ。
 
 「どうした。臆したか」
 師匠は、思い巡らせている俺に、あざけりを含んだ声をかけた。
 俺は目を上げ、その傲岸な面構えを睨み据えた。
「承知いたしました。友之介、必ずやこの杖を使い、冒険者を打ち伏せてみせましょうぞ。そうして、俺は必ずや剣と無縁の人生を歩んでみせましょうぞ、父――」
 父上、と、言いかけて俺は言葉を呑んだ。
 剣術の士であり父ではあるが、この冷酷な男を、断じて俺は父などと呼びたくはない。
 

●今回の参加者

 ea2019 山野 田吾作(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4128 秀真 傳(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0888 マリス・メア・シュタイン(21歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1945 花風院 時雨(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2602 十文字 優夜(31歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb2941 パレット・テラ・ハーネット(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●初日〜田吾作・傳・時雨
 マリス・メア・シュタイン(eb0888)は、友之介と一切斎に顔を合わせると、いきなり頭を深々と下げた。
「ごめんなさい!」
 剣術士でなく、ウィザードとしてもまだ修行中のマリスは依頼の趣旨を取り違えて参加したらしい。謝り、拙くとも勝負には出る旨申し出たのだったが、
「むざと剣術士でもなき者、しかも女性を傷つけるのは筋違いと申すもの。ただし、おぬしとの勝負は、友之介の不戦勝ということでよろしいな」
 一切斎は厳しく‥‥だがマリスの勘違いを責めることはせず言い渡した。冒険者達は、くじで順番を決めた。
「では、拙者が最初のお相手つかまつる」
 一番を引き当てた山野田吾作(ea2019)が進み出た。
「よろしくお願い申す」
 友之介が一礼し、始まった。
 田吾作がいきなり友之介の懐に飛び込むように跳躍した。バースト!が‥‥一瞬早く友之介が杖を旋回させた。杖は田吾作の手を強打し、手から日本刀がからりと落ちた。
「ディザームの技、見事にござった‥‥」
 田吾作が一礼し、引き下がる。友之介がぽつりと言った。
「今のは打たせていただいたようなものだ。山野殿、もしや‥‥俺に勝機を与えるつもりでわざと間合いを」
「何と申さるる!? 剣術の教え通りに試合うたまででござるよ、ほれ、『斬り結ぶ 刀の下ぞ地獄なれ 一足すすめ先は極楽』というやつ。今のは確かに友之介殿の勝利、ゆめゆめお疑い召さるるな」
 田吾作は一瞬、ひやりとしながら友之介の田吾作は友之介が傷つかぬよう、言いつくろった。実際、友之介の杖術がにわか仕込みと聞いて、鋭く打ち込もうとした一瞬、友之介に同情を覚え隙が生じた田吾作だった。
 二番手の秀真傳(ea4128)。
 「よしなに‥‥」
  長身を折り深い礼をした傳だが、いざ斬り合うと碧眼が氷の彩を帯びた。「やッ」打ち込む友之介の杖を、右手の短刀・左手の日本刀を交差させ、受け止める。「鋭!」気合声とともに杖をはじき返す。打ち込んだ勢いそのままに後ろに弾かれる友之介。傳がすかさず日本刀を逆手に持ち替え、友之介の喉元に突きつける。『勝負あり! 秀真殿、勝利』‥‥一切斎の声が凛々と響いた。
 三番手、花風院時雨(eb1945)は、愛用の薙刀をしごきながら気の強そうな笑みを浮かべた。
 「悪いけど、あたいは手加減ってのは苦手でねェ‥‥当たり所が悪くて死んじまっても恨まないどくれよッ! 花風院時雨、推して参る!」
 双方、長い武器での戦いである。時雨は突きを警戒し、距離を保った。友之介が迫ればすかさず後ろに下がる。焦れてか友之介は一気に距離をつめ、跳躍した。頭上を狙うつもりか。だが察知した時雨も動いた。かわすかと思いきや、友之介の攻撃を体で受け止め、同時に薙刀を繰り出し、友之介の脚を浅く切ったのだった。女性の身なれば顔をかばって屈むと踏んでいた友之介は度肝を抜かれたらしい。着地して、体勢を立て直す友之介だが、時雨はそれより早く、薙刀を投げ捨てるや友之介の腕を捕らえていた。
「あんたが本気でやってるのは分るんだけどね、その得物じゃあ駄目さね。まだ闘う気力はあるかい? 気力の無い奴に無理には言わないけど、もしその気があるのなら‥‥もう一度、得意の得物で以って勝負するかい」
「ありがたい申し出にござるが、まだこの試練を終えぬうちは剣を持つ気はござらぬ」
 友之介はかぶりを振った。時雨、友之介共に、一切斎から、リカバーポーションを手渡された。道場にはいくらも回復薬の類が置いてあるという。

● 二日目〜優夜・パレット
 次の試合は、友之介の体力を考慮して一晩置いての続きとなった。二日目の一番手、十文字優夜(eb2602)。涼しい眼をひたと友之介に据え、問いかけた。
「正直、私には解らないわ。刀は短刀の様に鋭く、長剣並に強い優秀な武器、私にとってはそれだけ。だから、それに纏わる家名も誇りも『名』も、私には解らない」
 杖とてその気になれば人を殺傷できる武器には変わりないのに、なぜ剣を捨て杖に持ち替えようというのか、なぜそうするために父親の許可を求めるのかと優夜は問うたのだった。
「『家名』にはそれ相応の責任が有り申す。この霧島道場に入門するため、家族が苦労して金を工面したという弟子も多うござる。その苦労に報いるためにも、道場の名は保たねばなりませぬ。ならばその名を棄てようとする俺にも、それ相応の咎を科されなければ」
 杖術の修行は、自分を次期師範として尊敬してくれていた弟子たちを裏切ることへの、償いの証だということか。優夜は友之介の葛藤を思い、自分との戦いでそれが少しでも晴れるよう祈った。
「そう。‥‥いえ、単なる好奇心よ。今の質問は気にしないで頂戴。私が人でもエルフでもない、そんな歪な生き物だから、人間の常識が通用しないだけのことかもね」
「そのようなことは決して‥‥!」
「前置きが長くなったわね。‥‥始めましょうか」
 断ち切るように言い置いて、優夜が奔った。駆け寄る優夜を好機と見て友之介が杖を繰り出す。ガッッ! と優夜の盾が杖を受け止めた。「隙あり!」優夜が盾を動かさず、日本刀を抜いた。刀を防ごうと体をひねった友之介の脇腹に「はッ!」優夜の蹴りがすかさず入った。友之介が思わず体を折る。
『勝負あり、十六夜殿、勝利!』
 休憩と回復を経て、二戦目。パレット・テラ・ハーネット(eb2941)は、弓を得意とするレンジャーであり剣での試合の依頼と知らずに来たのだったが、「知らずに入ってしまったとはいえ、私にも冒険者としての自負がありますからね」不敵に笑って友之介との勝負に出た。が、慣れぬ武器はいささか持ち重りがしたのか、パレットの動きはややぎこちない。二、三度打ち交わし、友之介の杖がパレットの杖を払い落とした。友之介の勝利である。
 
● 三日目〜聖・響耶
 三日目の一戦め、西天聖(eb3402)。
「奇妙な縁にござるな。二天一流の開祖も、噂では一度杖術に敗れたことがあるそうな」
 聖が二振りの日本刀を構えるのを見て、一切斎が言った。
 試合が始まった。杖の軌道を予測して、左の日本刀で杖を打ち払い、素早く踏み込んで右の日本刀で斬り込む。
 「やっ!」ダブルアタック! ‥‥だが、二天一流との試合ということで、友之介もそれは予測済みだったらしい。すかさず友之介は跳び下がり、改めて杖を繰り出した。
 「‥‥見事。危ないのう、剣術じゃと今の私では勝てぬかも知れんの」
  心臓寸前で杖を止められ、聖は素直に頭を下げた。
 二戦目、備前響耶(eb3824)。
「ほう‥‥水鏡に映る友之介を見るようだな」
 六尺棒を構えた響耶を見て一切斎が言った。響耶もまた夢想流である。友之介と構えが似ている。が、響耶は冷静な声音で言い放った。
「失礼ながら、自分の武器も戦い方も、友之介殿とは似て非なるもの。六尺棒とて心が研ぎ澄まされておれば牙となる。棒で人が死なぬ、など幻想に過ぎない。気を抜いてくれるなよ」
「‥‥その言葉、肝に銘じましょうぞ」
  友之介が低く言って、試合が始まった。ほぼ互角の戦いとなった。無闇に動かず、ただ鋭い剣気を発しつつも防御の構えを取る響耶に対し、友之介は突きを狙う。が、響耶はかわさず、自ら突きを受け止めようとするかのように無造作に前に出た。
「む!」
 友之介の杖が響耶の肩を強打する。‥‥が、同時に、響耶もまた六尺棒を一閃し友之介の杖を打ち払っていた。友之介の杖が地に落ち、割れた。
『勝負あり。備前殿、勝利!』 
 ‥‥全ての試合が終わった。冒険者との戦いは八戦中四勝。惜しくも一切斎の課した結果には一勝が足りなかった。
「約定ぞ、友之介。剣を棄てることはまかりならぬ」一切斎が淡々と言い渡す。がっくりと肩を落とす友之介。
「心が錆びたと申されたが、私にはそうは見えなんだ。友之介殿、剣術は人によっては目的が違うかも知れぬ。これからは家名など意識せず、自分の為に剣を振るわれてはどうかな」
 聖がそういって、友之介の肩に手を置く。
「自分のために‥‥?」
「そう、一切斎殿の慈愛に報いるためにも、な」
 傳が口にした意外な言葉に、友之介は眼を見張った。
「何のために一切斎殿が柿の杖を与えたとお思いか。柿は硬く、程よい重みがあり振りやすい。だが一方では滑りやすく、割れやすいという難点がある。実戦の武器としてはいささか心もとないというべきじゃろう」
「俺に、剣を捨てさせないためでは‥‥」
「剣を捨てたのち、友之介殿が允に生きて行けるか、親として見届けたかった‥‥と思うはわしの考え過ぎかえ?」
 一切斎は黙って、静かに傳の眼を見返していた。
「先ほど、道場の弟子達に美味い漬物を振舞われた。さる寺の年若き僧から折々届くものだそうな。‥‥友之介殿、貴殿の兄者は見捨てられたのではない、仏に仕えるという新たな道を自ら見つけ出されただけのことじゃ。友之介殿も急がず、あせらず、おのが道を見出されよ。‥‥さらばじゃ」
 傳が言い置いて、背を向ける。
「棒は全ての武器の根源、即ちその扱いは全ての武器に通じる。‥‥自分は師匠にそう学んだ。杖を振るった経験は決して無駄にはならぬ、いずれどの武器を手にするにせよ、棄てるにせよ、貴殿の心によく問いかけることだ。まだまだ物騒な世の中ゆえ」
 響耶が言った。そして去っていく、今日の試合で師匠の教えが身に沁みた、今から師匠の墓に参り、酒を捧げてくると。
「ま、もしも道場主をつがずに冒険者になるなら、いつでも歓迎するよ」
 時雨が紅い唇で笑いかけ、去っていく。
 友之介は、去ってゆく冒険者たちを見送っていた。いつまでも、いつまでも。