【男子厨房に乱入!?】命ある限り楽しめ!

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月05日〜08月10日

リプレイ公開日:2006年08月12日

●オープニング

 京都の町の片隅に、小さな診療所を構える町医者、丹下宗哲。
 残り少ない白髪を小さな髷に結い、しわだらけの温顔でにこにこと訪れる患者に接する。特に薬草に詳しく、薬湯などをたくみに調合して処方してくれるが、貧しい病人からは「あるとき払いじゃ」と、金を受け取らないこともあるという。病人にも、その家族にも慕われる、町の人々にとってはこの上なくありがたい存在である。
 しかし、この丹下先生、ある日ふらりと京都の町に住み着いて、医師として働き始めるまで、一体何をして暮らしていたのか、黙して語らぬ。
「先生、ご家族は?」
と尋ねられると、一瞬遠くを見る眼になり、
「今はここにおる患者と、助手の栄作が家族かのう」
と曖昧に笑う。
その言葉を証明するがごとく、ちかごろ丹下先生は、診療所の敷地に別棟の小さな逗留所を作り、治療の長引く患者をそこで住まわせることにした。
歩けない程の怪我を負った者、衰弱した者などがそこに仮住まいをし、体を養っている。
その食事の世話や、包帯の交換等は丹下先生の助手、栄作‥‥いやちがった、イギリス王国生まれのエイシャ君が担当している。
しかしそれがまた、難しい仕事のようで‥‥

「おはようございまーす。お食事ですよー」
 エイシャ君は、精一杯の笑顔で逗留所の扉を開けた。が、反応なし。中にいる皆は興味なさそうに「‥‥ああ」と彼を見やると、また窓の外を眺めたり、ちびちびと薬草茶を飲んだり。ちらっとエイシャ君の捧げ持ってきた盆を眺めやり、
「‥‥またお粥かあ」
と呟く者もいる。
 「どよ〜〜ん」と形容したくなるような空気がそこに垂れ込めている。
(「しょ、瘴気が! 瘴気が漂ってる! いやそんな風に考えちゃ駄目だ、この人たちはとても辛い目にあったんだから」)
 エイシャ君は心中ため息をつく。
 悪質な道場破りから弟子を守って全身打撲を負った元剣術道場主・源太。
 奉公先でこき使われ、衰弱から立ち直れていない少年・伊太郎。
 山火事から逃げ出したものの、ひどい火傷を負った老猟師・太吉。
 患者たちはそれぞれに体の痛みやいつ回復できるのかという不安、何よりも退屈にさいなまれているのに違いないのだ。何をするでもなく、また出来るでもなく労わられて過ごす日々というものは、人の心に無力感を植えつけるのである。
 といって、エイシャ君に出来るのは精一杯習い覚えたジャパン語で、世間話をするのが関の山。
「え〜〜と、隣の大工さんの飼い猫のミケがね、ここんとこ姿が見えなくてどうしたのかと思ってたんですけど、ひょっこり戻ってきたんですよ。無事に怪我もなく‥‥」
「‥‥それで‥‥?」
 元はなかなかの偉丈夫だったが、今はやつれと怪我で見る影も無い元剣術道場主がかろうじて相槌を打つ。
 あとの二人は興味なさそうにぼんやり眺めているだけだ。
「えーと。‥‥すみません、今の話、特にオチはありません‥‥」
 エイシャ君、まだオチのある話が即席でできるほどの技量はなし。
 全身冷や汗を流しつつ。
「そっそれじゃ僕はこれで!」
 逃げるように去ってゆくのだった。

 診療所の宗哲先生のもとへ戻ってきたエイシャ君。
「せ〜〜ん〜〜せ〜〜い〜〜」
「うわっ、陰気オーラをもらってきよったな」
「しょうがないですよ。3人とも、辛い目にあった上にこれから長い間、体の痛みや不自由に耐えなくちゃならないんですから‥‥それにしても、あの「どよ〜〜ん」って空気はなんとかしてあげたいですよねえ」
「せやな。いっちょ逗留所で宴会ちゅうのもええかもしれん」
 とこともなげに宗哲先生。
「‥‥宴会‥‥って‥‥先生、そりゃ無理ですよ」
 エイシャ君は言下に否定する。立ち居振る舞いすら不自由な3人に酒は無理だ。
「いや、たまにはええんやないか? 歌うたいに楽器使い呼んで、見目のええオナゴに酌でもさしてやな‥‥というても飲ますのは薬湯か薬酒やが‥‥せっかくやから3人平等に楽しめる遊びでも考えといてんか」
「3人平等にですか!?」
「まあ、お前みたいな朴念仁に遊びを考えるのは無理かもしれんわな。それやったらお前、粥ばっかりやなしに、ゴーセイな病人食でも考案してみたらどや。見た目に華やかで消化はよろしいという、名づけて『病人向け宴会食』!」
 がくっと脱力するエイシャ君。
「ゴーセイな‥‥って、源太さんはまだアゴの怪我が治ってないから歯ごたえのあるものは無理だし伊太郎くんは消化の悪いものは受け付けないし、太吉さんは魚嫌いだし‥‥」
 難しすぎる、とエイシャ君は頭を抱える。
「ほな2、3日後に手配しとくさかい、考えといてや。うひひひ、患者を慰めるのにかこつけてべっぴんさん呼べるのは嬉しいのう。そや、わしのタイプのおなごが来たら、とっときの山葡萄酒飲ませたーげよーっと」
「ちょ、ちょっと待ってください、先生―っ」
 仏といわれる丹下先生の悪いところは、助手の話を最後まで聞かないことだ、とエイシャ君は思うのであった。

●今回の参加者

 ea0841 壬生 天矢(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea6877 天道 狛(40歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9840 シルキー・ファリュウ(33歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb1647 狭霧 氷冥(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2033 緒環 瑞巴(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb4769 久世 董亞(31歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 今日はなんだかいつもと違うらしい。
 患者達は聞きなれぬ声が診療所をおとなうのを聞いて、逗留所の障子の隙間から覗き見ていた。
「先日は世話になりました。おかげ様で元気な女の子が生まれました。颯生(さつき)と名づけ順調に育っております」
 と折り目正しくきっちりと挨拶を送る白翼寺涼哉(ea9502)。
「おぉ京都診療所の若先生やないか、懐かしいのぉ。ほうか、ほうか。おめでとう。五条の乱でも大層な活躍やったそうやな。色々経験を積んで、さぞかし腕も上がったことやろ‥‥ってことで今回も、たんと手伝うてもらうで〜」
 にんまりな宗哲先生。
「‥‥って相変わらず人使い荒いのかいジジ◎△◆※!」
 口元までのぼせ掛けた罵詈をぐっと奥歯でかみ締める涼哉であった。
「栄作さ〜ん久しぶり☆毒苦茶‥‥じゃなかった薬草茶の実験台以来だね」
 緒環瑞巴(eb2033)の元気な挨拶も聞こえる。
「さ、今日は逗留所の大掃除をしたいと思いまーす。皆さんはしばらく別室で休んでいてね。同じ部屋に寝てばかりって言うのも陰気の原因の一つだと思うからね〜♪」
 きりりと髪を束ね、たすきがけも甲斐甲斐しい狭霧氷冥(eb1647)が患者達のところへやってきた。動けない源太や太吉は戸板に乗せ、壬生天矢(ea0841)や涼哉、エイシャ君が診療所の待合室に運ぶ。
 その間氷冥はきゅっと束ねた髪をふりふり、ヨモギの煮出し汁で消毒を兼ねて畳を隅々まで拭う。
「この浴衣と布団掛け、洗濯に持っていくね」「布団干しの間、障子外しとこうか」
 瑞巴やシルキー・ファリュウ(ea9840)の手伝いもあって着々と片付けられていく。
「布団干しご苦労やのう。‥‥ん? って寝とるがな!」
 干した布団を叩いているうちに、そのあったかな感触に誘われ、眠たがりの氷冥が掃除の疲れか、いつしか布団にもたれてすやすや眠っているのを、ねぎらいに来た宗哲先生が発見。だが、そんなハプニングも患者達に取っては楽しい話の種になったようだ‥‥ただ一人、奉公先で苛め抜かれて極度の「人見知り」‥‥というより人恐怖症になっている伊太郎を除いては。
 片付いた後は障子を開け放した部屋で日光浴。シルキーが竪琴を奏でたり、氷冥が源太と剣術の話で盛り上がったりで、ようやく患者達も陰気オーラから脱却し始めたようだ。
「今日はえらい賑やかやな」 
 いつもは無口な老猟師の太吉が、珍しく自分から明王院未楡(eb2404)に話しかけてきた。
「はい。ついでに謎掛け遊びはいかがでしょう‥‥? この中に一人、栄作さんの恋人がいるんですよ」
 いたずらっぽく未楡が謎掛けをすると、驚いたことに患者達3人が真剣に乗ってきた。世の中から隔絶されている分、他人の噂に興味が人一倍湧いてくるらしい。
「うーんアンタは人妻らしいし‥‥ほなさっきの新撰組のお嬢ちゃんか?」「ハズレですわ」「狛さんは除外やろう。えーと、その銀髪の娘さんか?」
 源太がシルキーを指すと、シルキーが「当たり」と応える代わりに赤くなった。いずれにせよ、わかりやすい。
「あたりました‥‥! 源太さん、さすがですわ‥‥」
 未楡がシルキーの腕を引っ張り、エイシャ君の傍へ押しやりくっつかせる。
「いや、栄作さんを見る目が‥‥しかしこの美人がなぁ。もったいない」「うむ実に」
 異口同音の患者達の感想に、「どういう意味ですかっ!」とエイシャ君がふくれることしばし。
「まあ、世の中にゃ時々不公平なこともあるから」
 天矢が慰め顔に言うが、それはフォローになっていない。
 ◆
「え〜っと・・・匂いのキツイ花や鉢植えはまずいんだっけ?」
 部屋をきちんと片付け、氷冥が部屋の壁に竹筒の一輪挿しを掛け、そこに黄色いノカンゾウの花を挿す。それだけで部屋の空気もずいぶん明るくなった。
 宴会を兼ねた夕食が出来るのを待っている間、瑞巴が人懐こく患者達に話しかけた。
「こんにちはっ♪ 緒環瑞巴だよ。毎日暑いよねぇ。今日は皆にカキ氷食べてもらおうと思ってコレ持って来ちゃった♪」
 と、クーリングのスクロールを取り出してみせる。
「カキ氷?」とけげんな表情の患者達に、瑞巴は江戸納涼祭に参加した思い出話や、カキ氷を食べて美味しかったことを話した。
 病気見舞いの心得を事前に宗哲先生からみっちり教えられ、「元気がないけどどうしたの」といったことは口に出さないよう気をつけながら。
 何度か失敗したが、なんとか桶に汲んだ井戸水を凍らせることが出来、エイシャ君ら男性陣の手で氷は雪のように細かく削られる。
「ふーっ‥‥MPぎりぎりまで頑張った甲斐があったよ〜、みんな食べて食べて〜」
 すかさずカキ氷に黒蜜や桑の実酒をかけて勧める。 
「ふわあ冷たくて甘くて‥‥空に浮かぶ雲ってこんな味かなあ!?」
 伊太郎が、珍しく年相応の無邪気な顔を見せた。 
「でしょ♪でもね今日の夕食もすっごいよ☆」
  瑞巴の言葉と、涼哉や天道狛(ea6877)、それに未楡達が台所で忙しく立ち働いている気配に、患者達は唾を飲み込んだ。
 ◆
 井戸の水を汲みに庭に出てきたエイシャ君は、片肌脱ぎで広い肩を晒し薪を割っている壬生天矢に遭遇した。
「あれ、壬生さん? 調理の手伝いじゃなかったんですか?」
「白翼寺先生の奥方につまみ出された‥‥ヘッ、つまみ食い一口ぐらい大目に見てくれりゃいいのに。ありゃ先生相当尻に敷かれてるね」
 何か言いたいことがあるのに、切り出せない様子のエイシャ君に、天矢は汗を拭いながらさりげなく聞いた。
「で、彼女はジャパン風の花嫁衣裳がいいのかね、それともイギリス風が御所望かい」
「えーとまだ聞いてな‥‥って、なんで分かるんですか?」
 忍ぶれど色に出にけり‥‥ではなく、忍んでもなければ色に出すぎの自分が分かっていないらしいエイシャ君。しかもお相手に結婚申し込みをするタイミングがつかめなくて、どっちも相談したいと言う訳らしい。
 苦笑しつつ天矢は、
「俺の経験から言うと、女に花嫁衣裳を着せたい時は、安心させてやることだな。一生守る、って。そうすりゃ、どんな衣装だって女は一番綺麗になれるから」
「‥‥がんばってみます!」 
 エイシャ君、なにやら意気込んで診療所に戻っていく。後姿に天矢が声を投げた。
「うまいこと口説き落としたら店に来いよ。これも何かの縁ってことで、安くしておくよ」
「はいっ♪!」

 診療所の奥、薬草種などが仕舞ってある静かな部屋で、久世董亞(eb4769)が舞を披露する準備中である。普段は男装に近い服に、男っぽい所作を好む董亞ゆえ、未楡が化粧の手伝いをしていた。巫女装束と萩の扇は涼哉に借りたもの。
「少し紅が濃過ぎぬか」
 董亞は鏡を覗いて言うが、「まぁ‥‥匂やかですわ。あぁ早く皆さんに見せたい‥‥」と未楡は満足げだ。
 綺麗に拭き清められ、ヨモギの香りが爽やかに漂う逗留所で、宴が始まった。
「ひとさし舞わせて頂こう。‥‥シルキー、合わせをよろしく頼む」
 董亞が進み出、シルキーが用意の竪琴で伴奏をする。
「『時は満ちたり いざ、参らん
今宵集いし この場所で
宵闇紛れ 始まらん
浮かびし月に 酔いしれて
月光のもと 共にあり
この時ばかりは誰も皆(みな)
現世(うつしよ)忘れ 楽しまん』
 歌いつつ、ゆるやかに滑らかに、董亞が舞う。
 メロディの魔法で、患者を明るい気持ちにするよう心こめた舞だった。
 舞い終えて、礼をしてまた控えの間に下がろうとする董亞に、患者達が拍手を送った。
「拙い舞だが、喜んで頂けたなら嬉しい限り」
 あくまで冷静に拍手に礼を返し控え室に下がる。だがその背中を追いかけるように、いつまでも拍手は聞こえてきた。舞の巧拙は分からずとも、患者達にはその励ましの心が嬉しかったのだろう。
 料理が運ばれてきた。
 第一には、豆腐、油揚げ、鶏肉を叩いた団子、アカザ、大根葉といった野菜類をたっぷり煮込んだ鍋。出汁に赤いクコの実が浮いているのは未楡の工夫。
「よく煮込んだ柔らかい野菜や豆腐から召し上がれ。出汁にも栄養たっぷりよ」
 顎の打撲傷が治りきらぬ源太に狛が言い、取り皿に入れてやった。
 次には葱と青菜、細かく挽いた鶏肉を小麦粉の薄い皮でくるんだ華国風の料理。鶏がらの出汁でさっと煮た、つるつるした食感で、井戸水に冷やしたそれを患者達は特に喜んだ。
「ちょっと目先を変えて華国風味にしてみたのですが‥‥いかがでしょう?」
 と未楡が勧める。
「これなら素麺より食べやすいし精も付くわ」
 と、次々に平らげる。
「あら太吉さん、魚嫌いが治ったわね」
 狛の言葉に、「?」という顔の太吉。
「気づかなかった? お鍋のつくねの中に、蒸したうなぎを混ぜてあったの」
 無敵の人妻・勝ち誇った狛の笑顔に、もはや誰もが「へへぇ〜」とひれ伏さずにはいられない。
 仕上げに鍋の出汁で煮たおじやを、狛が漬けた山芋の糠漬けで食べ、締めくくりは黒蜜たっぷりの葛きりだった。糠漬けが食べやすいよう細めに切ってあった配慮も喜ばれた。
 本当は締めくくりのお菓子に牛乳を使った一品を加えるつもりだったのだが、なにせ牛乳は「雲の上の方々」が召し上がる品々であり、生産量そのものが少ない。特別な場合を除いて、何日も前から予約でもしなければ手に入るものではなかった。
 涼哉、狛、それに未楡が患者達にその旨を申し出、謝ると、患者達は十分満足させてもらったとかえって恐縮した。
「いやいや、どうせ食べきれまへんわ。弱った体じゃ、食い慣れんもんは消化しきれんやろし」
「気や体が弱っておる時には食べなれたもんが恋しゅうなるのが道理、十分堪能しました」
「そやそや、それに満腹しすぎると薬湯の効き目が弱うなる」
 と宗哲先生が薬湯を運んできた。
「怪我が治られたら、ぜひ一手のご指南をお願いします」
 と、氷冥が源太に薬湯を薬缶から注いでやったりしたもので、
「美人の酌やと薬湯の味も違うような」「普段女ッ気が少なすぎるせいもあるやろか」
 酔う程に、陽気に饒舌になってきた源太と太吉が言い合う。
「ああ、それもあるだろうな。なんなら今日は女ッ気の補給に、狛に風呂で背中を流させるとか」
 バシッ。白翼寺先生の片頬が紫色にはれ上がった。 
「じゃ俺の褌姿で!!」
 バリバリバリッ。
 狛の必殺・アイアンクロー炸裂。「白翼寺先生、大丈夫?」と一応口では心配しながらも一同大爆笑である。
 ふと源太が涙を拭っているのに気づいた。どうしたのかと狛が問うと、
「いや、‥‥白翼寺先生ご夫婦を拝見して、この宴に妻も同席できたら‥‥と柄にも無く思ってしもうたのでな」
 今、糟糠の妻が、主無き道場を守り、子を養うため内職に精を出しているのだとか。
「家族っていいね。離れても心の中にいるんだよね‥‥」
 そんなシルキーは両親をモンスターに殺され、たった一人の大切な妹は冒険者として旅立ち、多忙な毎日を送っている。心配だけれど、妹を信じて送り出した日の記憶が甦る。
「シルキー。僕じゃ駄目かな」
 黙々と給仕していた突然エイシャ君が突然立ち上がり、言った。
「‥‥えっ?」
「僕は君の家族になりたい。まだまだ修行中だし、妹さんによく睨まれるけど‥‥君を好きな気持ちは誰にも負けないよ。結婚して欲しい」
「そっそんな、みんなの前で、何言って‥‥患者さんたちも宗哲先生も皆いる前で‥‥どっ、どうすんのこれ‥‥アシュリーってば天然過ぎっ!‥‥」
 うろたえたシルキーが真っ赤になり、細腕でエイシャ君をパンチする。
「じゃっ、新たな夫婦誕生に乾杯〜♪」
 涼哉が音頭を取り、全員が杯を上げた。
「って‥‥シルキーの返事、まだなんですけど白翼寺先生‥‥」 
 でも。
 多分それでいいのだろう。
 パンチしていたはずの手とそれをブロックしていたはずの手が、いつしかしっかり握り合っていたのだから。
 未楡が二人の背中を押して、暮れなずみ、夏虫の鳴き声が響き始めた庭に押し出した。
「さ‥‥お二人でこれから先のことをゆっくり相談なさいませ‥‥ああ宗哲先生、太吉さん。覗き見も盗み聞きもメッ‥‥ですよ」
 未楡に睨まれ、うひうひ笑いながら二人の様子を覗こうとしていたおっさん二人は「すんまへん」と謝った。
 着替えを済ませて董亞がさっぱりした顔で戻ってくる。ついでに化粧も落としてすっぴんである。
「素顔もえぇやけど、ちと色気が足りんような」
「いやいやこのキリッとしたのが酔うて桜色になったらまた格別」
 おっさん二人がまたうひうひと囁きあう。そして董亞に無表情のまま「じーっ」と見つめられ、またも「すんまへん」である。無言の圧迫感というのも恐ろしい。  
「まあまあ。舞も結構疲れるやろ。この薬草茶でもおあがり」
 宗哲先生がにこにこ差し出すお茶を、もとよりお茶好きの董亞が受け取ろうとする。
「駄目ーッ」
 瑞巴がその手を遮る。瑞巴には、以前宗哲先生に健康にいい、ただし死ぬほど苦い薬草茶を飲まされ、ナイスなリアクションを披露してしまい一躍診療所のアイドルと化した苦い思い出があるのだ。
「このニオイ、また延命草茶でしょ!? もぉ私、宗哲オジサンの飲み物とか食べ物は絶対信用しないからっ!」
「くひひ、瑞巴ちゃんのそーゆーところがたまらんのやがな」
「宗哲先生‥‥今の発言犯罪ぽいですよ」
「まあまあ瑞巴ちゃん、山葡萄酒飲んでご機嫌治し♪(どぼどぼどぼ)」
「ああっ貴重な3年ものの山葡萄酒を‥‥」
「くんくん‥‥これは苦く無さそう‥‥何か変なもの混ぜてない? 大丈夫だよね?」
「大丈夫やて。狛さんあんたもお疲れさんやのう。どや一杯」
「いえ私は‥‥お乳に酒分が出ると颯生(さつき)‥‥いえ娘にさわりますわ」
「大丈夫だ狛、しばらく俺が代わりに吸ってや(ゴキバキドスッ!)」
「これこれ皆、笑いすぎだ‥‥メロディー効きすぎた?(ぼそ)」
 あるときはしみじみと。またあるときはにぎやかに。
 宴は月が沈むまで続いたのだった。

 後日、件の二人、エイシャ君とシルキーは宗哲先生のはからいで簡素な結婚の儀式をした。新妻の晴れ着、茜の地に淡い紅の花びらを散らした可憐な小紋に濃蘇芳色の帯はとある呉服屋の若旦那の見立てだったとか。エイシャ君は妻の棲み家に居所を移し、そこから毎朝早くから、宗哲先生の診療所に通っている。
 朝の弱い妻のために、愛情こめて朝食を作って出かけ、また夜は妻の歌で仕事の疲れを癒されるのが今一番の楽しみであるらしい。