つるかめ恋愛相談

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月20日〜12月25日

リプレイ公開日:2007年01月02日

●オープニング

 冒険者ギルドを訪れたその淑女は、受付嬢を前にして、相談事を言い出しかねるかのように口ごもっていた。
 そのレディ、種族は人間で、年のころは70前後とおぼしい。少々足元は頼りないが、きちんと藍染めの着物にえび色の帯を締め、皴の寄り方にも気品があるといった雰囲気の、美老女である。
「いらっしゃいませ、おばあちゃん。今日はどんな御用ですか? 年末大掃除のお手伝いかしら、それともお孫さんの勉強を見て欲しいとか?」
「あの‥‥(もじもじ)」
「もちろん、お墓参りの代理に、旅の道中の護衛も‥‥」
「いえ、その‥‥(もじもじ)」
「あとは腰痛の治療とか‥‥」
「ち、違うんです。こ、恋の‥‥っ、恋の橋渡しを、お願いしたくて‥‥」
 美老女は思い切ったように、顔を上げて言った。
「恋‥‥って、お子さんかお孫さんの?」
「いいえその‥‥わたくしの‥‥」
 真っ赤に頬を染めて、美老女は顔を両手で隠してしまった。

 決まり悪げに口ごもる美老女に、受付嬢は暖かい葛湯を飲ませつつ根気よく質問を重ね、ようやく依頼の内容を聞き出した。
 美老女の名は、お町。
 志士であり、代書人として働きつつ、冒険者たる夫を助けてきたが、夫を亡くして以来、ほぼ隠退状態である。
 同じく代書人として働く息子の手助けをし、淡々と日々を過ごしていたのだが。
 そんな彼女を、亡夫の古い友人だという浪人で元冒険者の「片倉甚内(かたくら・じんない)」氏、がある日尋ねてきた。
「恥ずかしながら一目ぼれでしたの」
 お町はうつむきながら、語った。
 幾多の冒険を経てきた故か、少々足腰が不自由で、杖にすがって歩くことをのぞけば、波打つ銀髪といい、皴はあるといえ、しっかりした顔立ちによく通る太い声。
 数々の冒険を語ってくれる知識の豊富さ、お町の寂しさを気づかう優しさ。
 甚内は80歳近い今でも、魅力的な男性であった。
 彼もまた引退して近所に居を移したといい、ちょくちょく会って亡夫の思い出話など語り合う仲となった。
 お町は会うたびに胸のときめきをおさえきれなくなり‥‥相談に訪れたというわけらしい。
「思い切って告白すればいいじゃないですかー」
「でっでも、いい年して恋なんて恥ずかしいですし‥‥それに、あのお方は少々心臓がお弱いの。ビックリして心臓麻痺でも起こされたらことですわっ。それに、腰を痛めておいでだから、驚きの余り転んで寝たきりにおなりになったりしたら、わたくし、生きていられませんことよ!!」
 お町は、乙女のように頬を染め、握り固めた拳を胸に押し当てながら言った。
「うーん‥‥それは困りますよねえ」
「それに‥‥息子もあまり甚内様に会うなって言うんですの。いい年して噂が立つとみっともないって‥‥」
 お町は寂しそうに目を伏せる。
 この女性の子供達といえば壮年で、仕事盛りの年代だろう。それだけに世間をはばかる思いも強いのだろうが、もとより恋に歯止めを利かせるなど、それが本気の恋であればあるだけ、無理な話である。
 受付嬢、老いらくの恋には思っても見ない苦労が多いのだとあらためて同情する。
「年甲斐もない恋のお手伝いなんて‥‥やっぱり無理かしらねえ」
 ため息をつくお町に、受付嬢は励ました。
「いいえ、女は灰になるまで女! ときめくハートは永遠ですっ。
 あまり驚かせすぎないように、段階的に雰囲気を盛り上げて‥‥自然に二人が寄り添いあうような状況を作れば、きっとお町さんの恋は叶いますわ!!
 お子さん達だって、心をこめて説得すれば、きっと分かってくれます」
 お町はその言葉に、「‥‥はい!」と、ようやく微笑を浮かべたのだった。

●今回の参加者

 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5794 レディス・フォレストロード(25歳・♀・神聖騎士・シフール・ノルマン王国)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb7352 李 猛翔(22歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb7445 イアンナ・ラジエル(20歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

●はじめの一歩?
 冒険者達は、事前に下準備としてとある茶店でお町と落ちあい、彼女の口からもっと詳しい情報と甚内の人となりを聞くことにした。
「こんな婆さんが恋なんて、若い人には信じられないでしょうけれど‥‥」
 としきりに恥ずかしがるお町。
「いいえ、いつまでも心若くいられる女性は素敵です。私もそうありたいと思って今から努力しているんです。年を重ねて身なりを構わなくなる女性は多いけれど、お町さんは年齢を味方につけている感じがしますね」
 と、人間観察はお手の物のレディス・フォレストロード(ea5794)がお町の気持ちを引き立てる。事実、お町の着物の着こなしといい持ち物の色味といい、渋くて上品であった。
「で、お町殿。甚内殿がよく行かれる店や、ご趣味などは存じておいでか?」と、天城月夜(ea0321)が問いかけた。
「は‥‥はい。句がお好きで、腰折れをひねっていると時を忘れると仰っていました。あとはお酒を少々たしなまれるとか‥‥元冒険者で各地を旅されたこともあってなかなかの美食家のようですわ」
「さばけた御仁のようだな」
 自身も酒をたしなむのが好きとみえ、明王院浄炎(eb2373)が精悍な顔に笑顔を浮かべた。
「では句会でも開くことにして、その場でまず僕達を片倉殿に紹介してくれないだろうか? そして元冒険者の片倉殿に昔の冒険談でもうかがうという名目で、片倉殿と親しくなれば、片倉殿の気持ちも聞き出しやすいかと思うんだが」
 シフールの軽業師、李猛翔(eb7352)が理路整然と意見を述べた。
「あの‥‥やはり、句会は私の家で開くのでしょうか」
 息子に恋を反対されているというお町は不安げな表情を浮かべたが、それには及ばぬ、と浄炎が老女の肩を優しく叩く。
「よければ俺達の棲み家を提供したいのだが、どうだろう。小さな子供がいるゆえ落ち着いて話せる場所とは申せぬが、かえって本音で打ち解けやすいのではないだろうか」
 ついでのことに、自分達の子供が迷子になった折にお町に世話になったことにして、印象を与えておいてはどうかと提案したが、
「それはありがたいお話ですけれど‥‥やっぱり甚内様に嘘は申したくありません。ごめんなさいね、わがままを言って」
「いいえ‥‥お町さんのお気持ちがそれだけ純粋ということでは‥‥ないでしょうか」
 と、浄炎の妻の明王院未楡(eb2404)が微笑んだ。
 句会の名目は、単なる「句をひねるのが好きな冒険者の集い」ということにした。
「あの‥‥なんだか申し訳ないような‥‥こんなに若いあなた方の手を煩わせてしまって‥‥それに子供達にもやっぱり迷惑じゃないかと」
 と、お町はまだ歯切れが悪い。イアンナ・ラジエル(eb7445)が、たおやかな外見に似合わぬきっぱりとした口調で励ました。
「私もそうですが、恋をしているときは気持ちの浮き沈みが激しくなるようですね。でもここで逃げ出して本当に後悔しませんか? つらいことや愚痴なら私がいくらでも聞きますから、一度だけぶつかってみてはいかがでしょうか? これでも通訳という職業柄、人の言葉の言外の意味を汲み取ったりするのは慣れているつもりです」
 イアンナは、「恋」という言葉を口にするとき、ちらと同じくシフールの李を見る。誰もがその瞳に特別な意味があることを感じ取ったのは、居合わせた誰もが恋の経験者だったからだろうか。お町とて、例外ではなかった。
「お任せしてみます。何もかも‥‥」
 ためらいながらも、お町は自らの恋に向かい一歩を踏み出したのだった。

● 句会にて
 残念ながら、句の心得を持つ者は冒険者の中では月夜しかおらず、句を趣味にする冒険者の会という名目は、甚内の眼にはやや不自然に映ったようだ。ジャパン語すらまだ初心者クラスという面々が多いこともあって、
「句読みというものは、5・7・5の字数内に季節を象徴する語を読み込みつつ、自らの感じた何かを表現することにて‥‥あ、今頃の季節の季語としては『冬ざれ』や『行く年』などがござってな」
 と、甚内に指導される始末であった。お町も冷や汗をかいているようだ。だが、
「いや、勉強になり申した。せめて、音楽でで御礼をしたいと思うがいかがであろう。このところゆっくり曲を引く暇もなかったが‥‥よければ久しぶりに一曲吹かせて頂くよ」
 と愛用の笛を取り出して月夜が助け舟を出す。
 月夜の奏でる懐かしく切なげな音色に、甚内もしみじみと聞き入ってくれた。
「さては、句会を名目に、老いも若きも楽しく飲み食いしようと言う会じゃな、ここは」
 甚内はそういって、カラカラと陽気に笑う。一同は甚内のこの勘違いをうまく利用させてもらうことにした。
「やはりお町殿がかように恋うるだけあって、懐の深い御仁のようじゃ」
 月夜がこっそりお町に耳打ちすると、うろたえ気味のお町も嬉しそうに微笑した。
「実はさような訳でござる。今日はできれば研鑽を積まれた元冒険者の甚内殿と、妻として冒険者を支えてこられたお町殿から経験譚を伺いたく、ご招待申したようなわけで。いや、ただでとは申さぬ、妻とレティス殿の手料理を肴に、一献差し上げようと思うのだが‥‥」
 浄炎がわざと頭をかいてそんな風に持ちかけると、甚内も、
「おぉ、それは何より。こんな爺の昔話でよければいくらでも話そう。したが、お町さんの亡き夫たる総右衛門殿の方が冒険者としてはわしよりもずっと優れておいでじゃったが‥‥」
 未楡が静かに大根のなますや鴨の付け焼き等、手料理の皿を配り始める。
「未楡さん、お料理手伝いましょうか?」
 未楡の肩の辺りをひらひらと舞いつつ、レディスが申し出たが、そんな彼女も家事が達者で、育児の心得もあるため明王院夫婦の子供達になつかれ遊んでくれとせがまれ、いささか疲れているようだ。
「いえレディスさん、座っていて下さいませ‥‥子供達がなついてしまって‥‥忙しかったでしょう‥‥すみませんでした‥‥」
「大丈夫ですよ。それにしても、お町さんも甚内さんもいい人のようだし、うまくいくといいですね」
 レディス達は祈るような気持ちで見守っていたが、甚内のお町に接する態度はあくまで「亡き親友の妻」を扱うそれ以上の何者でもないように見えた。
 次の作戦実行は後日に譲ることにして、その日の句会は幕を閉じたのだった。

●思ひ残りて
 後日。
 甚内の私宅を李が訪れた。
「この前は大変ためになるお話をありがとうございました。句の指導までしていただき、冒険者としての素養が深まった思いです」
 シフールとはいえ武術で鍛えており、所作のキビキビとした李に丁寧な礼を述べられ、甚内も悪い気はしないらしい。
「いや、こんな年寄りが役立つことがあればこちらこそうれしい限りだ」
 と、李を招き入れてくれた。よければまた色々な冒険談を伺いたいと頼んで見ると、快く承諾してくれた。会話が弾む中、李は思い切って切り出してみた。
「実は、俺達を甚内殿に紹介してくださったお町さんのことなのですが‥‥甚内殿はどのように思っておられるのでしょうか」
「うん?」
「いえ、今日こちらへ参るついでにお町さんにもお礼を言いに行ったのですが、お町さんは甚内殿の名が出るとまるで表情が変わられる。俺が言うのもなんですが、とても綺麗になられるのです。それでいて寂しげで」
 甚内は「?」と言う表情を浮かべている。李は思い切ってもう一押ししてみることにした。
「その‥‥お町さんと甚内殿をみていると、とても似合いの‥‥恋人同士のように見えることがありますが、もしかしてお町さんは甚内殿を‥‥」
「いやあ‥‥お町さんの亡き夫、総右衛門殿は本当に冒険者の手本のような方であった」
 しばしの沈黙の後、遠くを見て甚内が呟く。
「その妻たるお町さんも同様、素晴らしい女性だ。なれど、そのためにかえって、わしにとってお町さんはむしろ、遠い憧れの存在‥‥見つめることは出来るが手には取れぬ絵のような存在になってしまっておった」
「でも‥‥お町さんは」
「これからも多分、この気持ちは変わらぬであろう。お町さんのことは本当に尊敬いたしておる。気丈でいて優しくて‥‥だが、もはや色恋のなんのというには遠くへ来すぎたような気がするのじゃ」
 暖かいが、ほろ苦い微笑を浮かべて、甚内は李を見つめ返していた。

 お町は、冒険者達と一緒に、とある茶店で李の帰りと報告を待っていた。
 李から甚内の言葉を伝え聞いたお町は、寂しげな表情を浮かべたが、
「そう‥‥でも、甚内様はわたくしを尊敬していると、そう仰ってくださったのですね‥‥それ以上のことを求めるのは贅沢というものかもしれませんねえ」
 強いて微笑を浮かべ、明るい声でそう言った。
 未楡が励まそうと、言った。
「お町さん。諦めるには早いですわ? お町さんがもっと積極的に出られれば、甚内様のお気持ちも変わるかも‥‥息子さんの説得も私達が責任を持って‥‥」
「いいえ‥‥なんだかわたくしも目が覚めましたの。人が人生で積み重ねてきた時間というものは、あなたがた若い方が思っているよりもずっと、重みがありますの。もしかしたら甚内殿は、わたくしと男女の仲になるよりも、わたくしにはずっと『憧れの存在』でいてもらいたいとお思いなのかも‥‥だとしたらわたくしが無闇に甚内様に迫ったりしたら、あのお方がせっかく描いてくださっている、夢を壊すことになりますわ」
「もっと二人の気持ちが接近するように事細かく具体的な手を打つべきでしたか‥‥」
 レディスが後悔の言葉を洩らす。人の心を配慮することには職業柄慣れているはずであったのに、と。
「甚内さんがお町さんを異性としてもっと意識されるように‥‥髪をいじってさしあげたり、演出する方法ももっと考えるべきだったかもしれません‥‥」
 未楡が吐息をついた。
「いいえ、こんな年寄りともなりますとね、お若い方の思うように自然に気持ちが寄り添うということはやはり難しくなるものなのですよ‥‥皆さんのお気持ちだけで私十分励まされましてよ?」
 と、礼を述べるお町の表情は決して暗く沈んだものではなかった。甚内のことを、亡き親友である夫にも、その妻である自分にも敬意を払ってくれる誠実な人物として、より好感が増したとお町は明るく言った。そんな人物に、心ときめかすひとときがあり、そんな気持ちを応援してくれる人々がいると知っただけでも幸せを感じたと言うのだった。
「老いらくの恋‥‥ご協力いただいたのに、実らずにごめんなさいねえ。がっかりしましたか?」
 お町に遠慮がちにそう聞かれ、
「いいえ。失恋であっても、恋ってやはりすばらしいものですね。愛せる人がまた一人増えるということでもあるのですから」
 レディスはそう応えずにはいられなかった。

 茶店を出て、去ってゆくお町の後姿を見て、
「やはり冒険者の妻となるべき女性は、強いのですね」
 李がそう感想を述べた。
「きっと、亡くなられたご主人も冒険者とはいえ、お町さんにはかなわなかっただろうな」
「まあ、尻に敷かれる結婚生活も悪くはないと‥‥思うがな」
 精悍な顔に少年みたいなはにかんだ笑顔を浮かべて、浄炎が言った。
「そんなことを仰っては‥‥私が貴方を尻に敷いているみたいに聞こえるでは‥‥ありませんか」
 拗ねた口調で未楡が言うと、浄炎が切り返した。
「『聞こえる』ではない、そう言っているのだ。このたびの依頼も、お前の頼みで引き受けたのではないか」
「だって恋の手伝いもたまには良いなと‥‥貴方も、仰ったから‥‥」
「おほほほほっ、まことに善き夫婦でござるな」
 と月夜が狐笑いをする。
 実は月夜にも想い人がいたのだが、今は連絡が取れない状況で、月夜は実はむつまじい明王院夫婦を見ると少しだけ胸が痛い。いつかまためぐり合えるようにと祈りつつ、月夜は店を辞した。
 続いて明王院夫妻も相変わらず睦まじげに去ってゆく。
「夫婦、か‥‥男と女って不思議だな」
「ギルドに報告に行きましょう?」
 イアンナが物思いにふけっていた李に、控えめな笑顔を浮かべてそう誘った。
(「イアンナさんと俺は、どんな恋路をたどってゆくのかな‥‥もし結婚したら、イアンナさんならきっと優しくてたおやかな奥さんに‥‥」)
「早く行かないと置いてゆきますよ? ‥‥ギルドにどんな依頼が来ているかわかりませんからね。私達でなければ出来ない仕事があるかも‥‥」
 張り切ってひらひらと羽をはためかせ、先にたってゆくイアンナの後姿を見つめ、
「‥‥なるほど、やはりイアンナさんも強い女性だ‥‥ってことは俺も苦労するのかな‥‥?」
 苦笑を浮かべて、李はイアンナの後を追いかけ飛び立った。