忘れ歌懺悔唄

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月07日〜02月12日

リプレイ公開日:2008年02月18日

●オープニング

 神聖暦1002年・夏の終わり頃。
 紀州・海沿いのとある村―――
 漁業と蜜柑山で、豊かな農家が軒を連ねる、のどかそのものの村。
その夜、ときならぬ悲鳴が闇を切り裂いた。
 黒装束に身を包んだ盗賊集団が、村長の家を襲い家族全員――3つになる末子から、足腰立たぬ年寄りにいたるまでーーー惨殺し、金銭を奪った。
 まるでモノのように人を殺してゆく所業といい、金のありかを探り出す手順といい、何度も罪を重ねた賊どもであったに相違ない。
 だが、うっかりと飼い犬を屠るのを忘れていたのが運の尽き。
血の匂いに飼い犬がけたたましく鳴きたてたため、村人が起きだし、海岸へ走り船で逃げようとする賊を発見し、鋤や鍬、たいまつといった道具を手に、賊を追い立てた。
「待てーーーっ」
 無我夢中で村人たちがふりまわす農具に、頭を砕かれた落命した賊もいたとか。
 だが、残る賊のうち、三名ばかりが山に逃げ込み、姿を晦ました。
ひときわ身ごなしの軽やかな賊ひとりは、海際に逃げ、つないであった小船に飛び乗り、暗い海へ漕ぎ出した。
「ちっくしょうッ」
 いきり立った村の若者が、とっさに賊へたいまつを投げつけた。火は賊の右肩に当たり、装束に燃え移った焔が賊を小船の上でのた打ち回らせた。
 息をつめて見守る村人達。だが、小船はのた打ち回る賊を乗せたまま遠ざかり、やがて、闇に消えた。

 そして神聖暦1003年・冬の京都の町。
その一角にある、小さな診療所に、年明けて間もない頃から、一人の男が長逗留していた。
 診療所の主は、薬草に詳しい「丹波宗哲」なる白髪の老人。弟子兼病人食つくりの「エイシャ君」なる若者を片腕に、貧しい患者も裕福な患者も分け隔てなく診察し、そこそこに繁盛している。
 くだんの男は、右上半身にむごい火傷の痕、背中にざっくりと鋭い得物でえぐられたような傷が残る、年のころ三十ほどの男である。
 しかもこの男、「過去」がない。
 京都の某所で行き倒れていたところを、診療所に運ばれて来た。
「名前はなんと仰るかな」
 男の目覚めるを待っていた宗哲に問われて、男は頭を抱えた。
「名前‥‥? 思い出せませぬ‥‥俺は一体‥‥」
「ふむ、おぬし、頭にも少々傷があるな。頭の傷はちとややこしゅうての。
 それがために記憶が抜け落ちたのじゃろ。
 記憶が戻るまで、ここで養生するがよい」
 宗哲の言葉で、男は診療所に逗留することに定めたのだった。
 仮の名前として、男はここでは「京助さん」と呼ばれている。
 「京都」で「助」けられたから、と宗哲がつけた仮の名である。
 この京助、いたって穏やかな男で、ものの言いぶりにもどこやら品がある。
「出生もわからぬ俺に、ここまでしていただくのが申し訳無うて‥‥」
 と、宗哲先生への感謝を欠かさず、まだ傷の癒えきらぬ不自由な手で朝早くおきて庭掃除をしたり、水汲みを手伝おうとしたり。
「駄目ですよ、京助さん。傷口が開いてしまいます」
 あげくエイシャ青年に叱られて、
「ああ‥‥記憶さえ戻れば」
 もどかしげに京助はため息をつく。その悲しげな様子に、エイシャ青年はひとつの決心をした。

 数日後。
「先生、先生!!」
 満面に喜色を浮かべ、エイシャ青年は宗哲先生を呼ぶ。
「京助さんの記憶を取り戻す手がかりがないかと思って、京助さんがここへ来たとき、着ていた服をようく調べなおしたんです!
 そしたら、ほらこれ!」
 エイシャ青年が嬉しそうに差し出すのを見れば、着物の背が一部二重になっており、そこが隠し袋のようになっている。
そこに入っていたのは、数葉の紙片。
紙片は片側が綴られており、帳面のようになっている。
その一枚一枚に、和歌のような文章が書き込まれていた。
 
 一番新しい頁には‥‥

「あらがねの
たたらの町の端午にや
山吹ぞ咲く明け屋敷かな」

 とあった。

「この一番新しい歌から、意味を調べていけば、きっと手がかりがつかめると思うんです‥‥ね、京助さん」
 エイシャ青年の言葉に、「京助」も嬉しそうに頷いた。
「自分が一体誰なのか、早く知りたいです」
「しかしのう‥‥」
 宗哲先生はふと顔を曇らせる。
 まず、たんなる和歌帖ならば、着物の裏を二重にして隠すはずはあるまい。
 それに書かれている歌が妙だった。
 『端午』に『山吹が咲く』とあるが、山吹の花期は端午の節句の時期ではない。
 紙片にはすべて和歌が綴られているが、これだけ数多く和歌を詠むだけの教養のある書き手ならば、花の季節を間違うはずはあるまい、と思う。
 枕詞にも違和感があった。
(「この和歌‥‥一種の暗号のようじゃな」)
 宗哲の胸に、一抹の疑惑がわきあがる。
 目の前にいる「京助」は、ただ宗哲とエイシャを感謝の眼で見つめつつ、食い入るように和歌を見つめるばかり。
 宗哲先生は、やがて京助に問うた。
「おぬし‥‥自分の素性を、どうしても思い出したいと申すか?」
「はい」
 京助は表情をひきしめてうなずく。
「じゃがのう、京助さん。おぬしのその傷を見るに、ここに来るまでのおぬしは‥‥誰かに相当な恨みを買っておったのではないか」
 宗哲の言葉に、エイシャ青年は気色ばんだ。
「こんな穏やかな京助さんが、誰かに恨みを買うなんて‥‥きっと、この傷は辻斬りか何かのせいに決まっています!!」
 エイシャ青年も元はみなしご。
記憶をなくし、傷の痛みもいとわず診療所を手伝おうとする「京助」に、いつしか深い同情を寄せていたのだろう。
だが、「京助」はゆっくりとかぶりを振る。
「宗哲先生の仰ることはもっともです。
 だが、それでも俺は、自分が誰なのか知りたいのです。
 もしも俺が誰かに恨みを買っていたのなら、命をかけてもそれを償いたいと思うております」
 きっぱりと、「京助」は言った。
「まこと本心かの」
「はい。この診療所へ参ってより、いのちの愛おしさ、大切さが心に沁みましてございます。
 過去がどんなにつらいものであろうとも、自分で償ってこそ、命をまっとうしたことになるのではないかと俺は思います。
 自分の人生を生きたいのです」
 宗哲はじっと「京助」の目を見る。
 澄んだ眼であった。
 記憶を失ったが故の純粋なのか。
 これがこの男の本来の姿なのか。
 宗哲はしばし瞑目し、ややあって、言った。
「ならば、やってみるがよかろ。
 栄作(エイシャの呼び名)、お前、冒険者ギルドに行ってな、協力を頼んで来い」
 この「京助」の謎を解き明かすには、いささか荒事に慣れたものどもの協力が必要、そんな気がするのじゃ‥‥‥‥
 そんな黒雲のようにひろがる不安を胸のうちでおさえながら、宗哲はギルドへと駆け出してゆくエイシャ青年の背中を見送った。

●今回の参加者

 eb5808 マイア・イヴレフ(25歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5852 常盤 水瑚(29歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec3983 レラ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec4175 百瀬 勝也(25歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「また、おぬしの手をわずらわせることになってしもうたのう」
 宗哲は、百瀬勝也(ec4175)の顔を見ると、そう声をかけた。
「いや、他生の縁というものだろう。その後お体はいかがだろう?」
「おお、この通りじゃ」
 宗哲は手足をぶんぶんと動かしてみせ、元気な老人に百瀬は微苦笑を浮かべつつ問うた。
「京助殿と、手合わせをしてみたいのだが、傷の治り具合はいかがなものか?」
 京助が竹刀の扱いを知っているかどうか、その力量や太刀筋を見ることが記憶の探索や護衛、もしかしたら京助と戦わねばならなかった場合に役立つと考えた百瀬は願い出た。が、思いの他、京助の傷は癒えきってはいなかった。
 背中の傷が腕の筋にも影響を与えており、水汲みや掃除等の動作もまだぎこちないという。
 エイシャ青年は申し訳なさそうに、
「もう少しギルドの方に詳しく説明しておくべきでしたね。背中の傷は、ふさがってはいるけど、腕に繋がる筋に支障が残っているようで、掃除や水汲みなどの家事も、まだ少し不自由みたいです」
 と説明する。
「じゃが、竹刀を手にして構えを見せる位なれば支障はなかろう」
 と宗哲が言うので、京助は竹刀を手に、軽く素振りをしてみせる。それを見つめ百瀬は想いをめぐらせる。
(「陸奥流‥‥? いや、この切っ先は我流か」)
 刀の動きに例えば佐々木流や新当流のような、規則性が見られない。喧嘩剣法に近いものがあった。
「京助殿。少し手を見せていただけぬか」
「はい」
 京助は素直に手を差し出す。竹刀だこ、であろうが、手のひらの中央部にもたこのようにふくれた場所がある。
「む‥‥親指と中指の頭がかなり平たくなっている。漁師か船頭の手に似ていようか」
 物怖じしないレラ(ec3983)も京助の手のひらに触れてみる。
「本当に、船を操ったことがおありのような‥‥」
「蝦夷のお方、か‥‥?」京助も珍しげにレラの衣装を見つめる。
「ええ。レラと申します。少しでもお力になれるとよろしいのですけれど‥‥」
「何か心に浮かんだことがあれば、何でも口に出してみて下さい」
 横から口を添えたマイア・イヴレフ(eb5808)を「京助」はじっと見つめ首をかしげた。
「どこぞで、お会いしたことはございませぬか」
「いいえ。お目にかかるのはこれが初めてです」
 マイアの冷静な言葉に、京助は「そうですか‥‥失礼しました。なんとなく、そんな気がしたもので」と寂しげに目を伏せる。
 エイシャ青年がお茶を運んで来、それと同時に皆は問題の和歌の分析にかかる。
 お茶を一口飲んで、マイアが口火を切った。
「郷を異にする私にはこの和歌が不自然なのかは分かりませんが‥‥『山吹』は金銭のことを指す隠語にもなる、と聞いたことはあります」
「ノンノ(花)がコンカニ(金)とは、ジャパン語って面白いですね」
 レラが茶碗を両手で包み微笑む。和歌の醸す不吉なものを分かっていないのか、わかっていて軽く受け流し、京助を癒そうとしているのか、屈託のない笑顔。
 茶卓の上に紙を広げ、齋部玲瓏(ec4507)がさらさらと問題の歌を記した。
「『あらがねの』は本来、『土』にかかる枕詞ですね。それをあえて『たたらの町』に掛けたということは、まだ精錬されていない鉄をたたらによって延鉄にする、つまり刀剣などの製造過程とも考えられます」
 と、玲瓏は文字の横に線を引く。
「さらに『端午にや』‥‥と続くということは、午の方角に廃れた鍛冶師のお屋敷があるのでしょうか?」
 レラが首を傾げ、「端午」の文字を指差す。
「明け屋敷、は『空け屋敷』と読むのでしょうか」
 マイアが珍しげに漢字をなぞった。玲瓏は仲間達の意見をさらさらと歌の横に書きとめ、
「もう少し可能性を広げれば、『朝』とも『開く』とも『飽きる』とも『朱』ともとれますね‥‥と申しますと、明け方にその空の屋敷を開けると飽きるほど財宝があるということでしょうか?」
 京助はその傍らで、不安そうな表情でいる。隠し財宝はすなわち犯罪への加担を思わせる。自分が犯罪者だったのではないかと不安を募らせているのだろう。
「さらに踏み込んで、『赤い屋敷』‥‥神社を指すというのは考えすぎだろうか?」
 百瀬も意見を述べる。玲瓏がまとめの言葉を口にした。
「朱色の屋敷なら、宇迦の御魂の祠なども朱塗りですね」
「たたら、すなわち刀鍛冶と聞いて剣神社を思い出したのだ。あの場所も確か午の端‥‥」
 そこへ、宗哲が口を挟む。
「うむ、都の《巽》の方角じゃな。しかし『たたら《の》町《の》』と続いておるから、やはり『明け屋敷』は町の中にあるべきではないのかの?」
「ん‥‥ではもう少し単純化すべきなのでしょうか。『端午』はそのまま節句と解釈するなると‥‥菖蒲のある場所とでも? 祝い事のもととなった華国の故事には関連はなさそうですが‥‥」
 玲瓏が髪をかきあげる仕草のまま考え込み、マイアがふうっと大きく息をついた。
「和歌というものは、便利なようで色々な解釈が出来すぎて難しい‥‥可能性をひとつひとつつぶしてゆく他ありませんね。「端午にや」以降は皆さん、それほど見解の相違もないようですし‥‥」
「京助様に似た失踪人の届けがなかったか、陰陽寮、検非違使にも、確かめてみましょう」
 と玲瓏も頷き、冒険者達は立ち上がる。
 すると京助も立ち上がり、着いていくと申し出た。
「この顔を晒して歩けば、俺に見覚えのある誰かが近づいてくるやもしれません。それこそが最大の手がかりとなるのではないでしょうか」
「ですが、それが京助殿を恨む者なら、何か仕掛けてこぬとも限りません。身を守る最低限の備えはしたほうがよろしいのではありませんか」
 マイアの助言で、エイシャ青年が京助に短刀を貸そうとするが、京助はいいえ、と首を横に振った。
「もしも何やらのきっかけで俺が記憶を取り戻したとき‥‥以前の俺が宗哲先生の仰るように、誰かから恨みを受けるほど悪い奴であったなら、俺自身が皆さんの身に何か仕掛けないとも限りません。武器は持たぬ方がよいでしょう」
 暗い沈黙が降りる。だが、レラはにこりと笑って、その手に短刀の柄を握らせた。
「私たちとて伊達に冒険者ではありません。様々な人を見、いろいろなことを聞き‥‥これでも結構、人を見る目はあるのですよ? 
 以前がどうあれ、今の貴方は本当に優しい人なのだと思います。何色にも染まっていなかった今の姿が貴方の本来の姿だと信じています」
「‥‥かたじけなく‥‥」
 京助は呟くように応え、受け取る。目がわずかに濡れているように見えた。
 
● ながめせしまに
「失踪人の届けは無し‥‥ですか」
「火事も、この近辺ではなかったようですね」
 玲瓏とマイアから、ため息まじりの声が漏れる。検非違使からも、陰陽寮からもこれといった情報は得られず、玲瓏の白い顔にも焦りの色が浮かんでいた。
「やっぱり、歌の意味を解明するのが遠回りなようでも近道なのかもしれませんね。って、それが一番厄介な仕事なんですけどね」
 とエイシャ青年も言う。京助の介添えのために同行した彼も、珍しく用心のため短弓を背負っている。
「簡単に見つかっては暗号の意味がありませんものね、頑張りましょう」
 レラは相変わらず、明るく答えた。
 夕闇が迫っている。落日の光を受けつつ冒険者たちが足を向けたのは、冒険者長屋の一角、「鍛冶屋町」だった。
 『たたらの』といえば製鉄、引いては「鍛冶屋」にもつながる。
 それはマイアも、玲瓏も意見を同じくする点であった。
「でも、冒険者達が軒を連ねるこの長屋町に、財宝を隠しているとしたら‥‥何者かはわかりませんが、大した度胸ですね、玲瓏さん」
 マイアは苦笑する。
「ええ。でも逆をついて‥‥ということもありうるかもしれません」
 と応えて、玲瓏がふいに、長屋の一角で足を止めた。
「そういえば、この五十五番地は『空き家』‥‥つまり明け屋敷、でしたね。端午すなわち五月五日‥‥五五と考えればこここそが「山吹」の場所‥‥!」
 玲瓏がはっと呟いた。エイシャ青年も遠慮がちに意見を述べた。
「『あらがね』って土にかかる枕詞でしたよね。空き家の床下か庭先、いずれにせよ土中に財宝を埋めたという暗示じゃありませんか」
 玲瓏は京助にその屋敷に思い当たる節はないかと尋ねようとしたが、京助は皆から離れた場所に立ち止まったまま動かず、棒を飲んだように立ち尽くしていた。その京助に、一人のエルフの女性が駆け寄ってゆく。マイアに似た長い銀髪。だがマイアと決定的に違うのは、優しげな顔立ちに似ぬ、不吉にぎらつく目の光だった。
「お頭‥‥生きていて下さいましたか。もうお宝はこのアヌーンが掘り出して船に積み込んでおります。もはや長居は無用、さあ早く‥‥」
 京助の頬と首筋を愛しげに撫で回しながらささやきかけた女は、はっと身をこわばらせた。彼の表情の動きに違和感を覚えたらしく。
「お前は、お頭ではない‥‥! お前は潮一郎‥‥!」
 エルフの女は「京助」を突きのけ、ナイフを抜いた。
 とっさにマイアが金鞭を振るう。びゅっと金の輝きが宙を舞い、ナイフは叩き落された。
「京助殿、ご助勢!」
 百瀬が日本刀を抜き、女の前に立ちふさがる。レラも既に木刀ではあるが得物を構え、京助を背に庇っていた。
女はマイアたちをぎらつく目でにらみつけた。
「おのれ潮一郎! 弟殺しの偽善者!」
 女は呪詛の声を吐き、くるりと背を向け逃げてゆく。
「待ちなさい!」
 マイアが再び鞭を振り上げる。が、「京助さん!」というレラの叫びに、マイアが思わず振り返った隙に、女は夕闇にまぎれ姿を晦ましていた。
 京助は女に突き飛ばされ、塀にぶつかった瞬間に背中の傷口が開いたらしく痛みをこらえる表情だった。
 レラがヒーリングポーションを差し出した。だが、京助を助け起こす彼女も膝がかすかに震えている。
「まあ、恥ずかしい。もっと、強くならなければ‥‥」
「十分強いです。自分が怪我をするかもしれないのに、他人を庇えるなんて‥‥」
 エイシャが京助に肩を貸しながら言った。
 
●わびぬれば
 《夢を見ました。俺は夢の中で、二人の兄弟になっていました。同じ顔をした兄と弟です。俺は夢の中で、兄でもあり弟でもありました。弟はエルフの女性と恋に落ち、それを口さがない連中に取りざたされたせいで出奔し、荒れた暮らしをしているようでした。兄はそんな弟が行方を晦ましたのを心配し旅に出て、京都の街道で弟の情婦たるエルフの女性を見つけました。彼女は兄を海辺の断崖へ誘い出しました。
 弟はひどい火傷を負っており、女は兄に弟と同じ火傷を負わせ、殺して弟の身代わりにしようと謀ったのです。しかしいざ女が兄を海から突き落とそうとしたとき、弟は兄を救おうと手を差し伸べ、兄はその手を掴み、兄弟は二人ながら海へ‥‥ですが、俺には自分が弟であったのか兄であったのか、わかりません。これが現実にあったことなのかも‥‥》
 冒険者たちに送られ、宗哲の診療所へと戻った京助はその後高熱を発し、しばらくうなされた後に目覚め、そう語った。
「すると京助殿は双生児の兄弟の片割れであったのか。弟が悪道に堕ち、兄は改心させようとして共に転落したということか。傷の具合からすれば、あながち熱に浮かされてみた悪夢とも考えられぬ」
 百瀬が嘆息した。
「京助様は‥‥《兄》なのでしょうか、それとも」
 玲瓏は宗哲に問いかけ、口をつぐむ。
 いたたまれぬように、京助がふらりと立ち上がり、診療所の庭へ出る。
(「自身が何者なのかわからないとは、もどかしいものなのでしょうね。まして犯罪に加担していたらしいとあっては‥‥」)
 玲瓏は思う。
 縁側で庭を見つめて立ち尽くす京助の背中に、レラが声をかけた。
「私、これからもう少し真剣にジャパン語と和歌の勉強を致します。そしてこの次は、暗号を解くお役に立てるといいですが」
 のんびりと響く口調だった。京助は重い表情のまま首を横に振る。
「『次』と申しても、これ以上皆さんを巻き込んでは、皆さんに危険が及びましょう」
 流行り歌を口ずさんでいたマイアが、そんなことは朝飯前といわぬばかりに肯く。
「構わないでしょう。可能性をひとつひとつ潰していくことで、真実にいたるのなら」
 それが冒険者のさだめであろうと言いたげだった。
 京助は意を決したように、懐から紙片を取り出す。
 京助の衣服に隠されていたあの和歌帖だ。そして新たな頁をめくる。
 そこにある歌は‥‥
「わびしきは
 高鳴る胸の
 波立ちを
 別してぞこそ
 常(つね)とはなさめ」