ふるさと劇場〜西紀州から来ました!
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■ショートシナリオ
担当:小田切さほ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:02月17日〜02月22日
リプレイ公開日:2008年02月26日
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●オープニング
「きゃー☆ めっちゃ美人多い〜」
「そ、そんな大声出すなっ。人が、人が見てるっ!」
「そやかて、ほんま美人多いんやもん。あっ、だんご屋さんや〜〜♪」
「こらこらっ、飲み食いは後、後――っ」
‥‥ふぅ。
僕は、西紀州からの遠い道のりを歩いてきた疲れよりも、やたら賑やかな相棒の興奮を鎮めるのに大汗をかいていた。
僕こと嵐蔵(らんぞう)と、連れーーー従妹の磯良(いそら)14歳―――は、京都へ出てきたのは今日が初めてだ。
だからって、ここまで興奮するのはさすがに恥ずかしいよ。
僕とこの従妹は、元々は西紀州の農家の子供だ。
だが、僕らの親はやたらめったらお芝居が好きで、お祭りの時期になると、趣味をかねてお芝居をやり、わりに評判は良かった。
で、僕と従妹は、いつしか趣味が高じて、お芝居を本業にしてみたくなり、ジャパンの西方における文化の発信地たる京都へと打って出ることになったわけ。とはいえ、僕も磯良も、まだまだ京都の水に磨かれる必要があるわけで。
磯良ときたら、将来は結構美人になるんじゃないか‥‥なんて、言ってくれる人もいるが、とりあえず現在の所は元気だけがとりえで、色気より食い気だしなあ。
何より棒切れみたいに細くて日焼けしているし、男の子にしょっちゅう間違われるくらいだ。下駄をつっかけてカラコロ走り回ってる姿を見ると、成長しても「美人」というより「男前」になりそうな気がするのは、‥‥僕だけじゃないと思うんだが。
当面の逗留先は、僕の叔母一家である、京都の小さな染物屋。
ようやくそこへ着いたのは、未の刻を過ぎた頃だった。
「お世話になります、叔母さん」
「ええ、ええ。姉さんからシフール便もろて、嵐蔵ちゃんと磯良ちゃんに会えるのん、楽しみにしてましたんえ」
あるじの千右衛門さんは足が悪いそうだが、叔母さんともども優しそうな人でほっとする。
僕の従兄にあたる千之助君が今は店の当主だという。
その千之助君は、
「うちの宣伝にもなるよって、舞台衣装はなんぼでも協力さしてもらいます」
と請合ってくれた。
よかった‥‥とりあえず、舞台衣装には不自由なさそう。
しかし、僕達を逗留させてくれるだけあって、この一家も相当、お芝居が好きらしい。
「ほんで、旗揚げ公演はいつですのん?」
お内儀のお民さんが膝を乗り出す。
「それは、これから座員の募集をかけるんですよ。その人員が集まり次第ということで」
「ほな、芝居の筋書きなんかはもう出来てますのんか?」
と、千右衛門さん。
僕は頷く。
「はい。せっかくだから僕らの故郷の西紀州の紹介を兼ねて、西紀州の民話を舞台化しようかなー、なんて考えてまして」
「どんな話ですのん。聞かせてもらえまへんか」
と、千之助君。
僕は咳払いをひとつして、語り始めた。
☆お芝居「ちぬの海いくさ」概要
むかし、西紀州の地を治めていた城主がおった。
城主は海草や魚、海の恵みで豊かな暮らしが出来ることに感謝し、海の生き物達への贈り物や、魚たちへの供養を欠かさなかったそうな。
そして城主はやがて妻をむかえ、二人の間に美しい姫が生まれた。
ところがその姫が成長したとき、妖怪が姫を見初め、姫を嫁によこせ、さもなくば仲間を呼び、西紀州の民を食い殺すと告げた。
途方にくれる城主の前に、数名の流れ者がやってきて、自分達を妖怪討伐に雇ってくれという。
ためしに雇ってみたところ、流れ者達の強いこと、妖怪達をなぎ倒してしまった。
喜ぶ城主と姫に、流れ者達は自らの正体を明かす。
彼らは、海に住まう蛸や黒鯛(ちぬ)、太刀魚(たちうお)、蟹、鬼虎魚(おこぜ)‥‥などの化身であった。
「これからも海への感謝を忘れぬように」
言い残し、彼らは去っていった。
「ほんで、妖怪に見初められる程美人な姫君役はやっぱりーーー」
勢い込んで自分の鼻先を指差し、何か言いかけた磯良の言葉におっかぶせるように、千右衛門さんがぽんと手を打った。
「あえかな美女か、凛とした姫か‥‥楽しみやなあ。いずれにしても冒険者ギルドにでも相談しなはれ、あそこには名だたる美女が籍を置いてるはずや」
千之助君も、
「見せ場は海の生き物の化身と、妖怪の戦いでしょうねえ。特に海の戦士達は、格好よく戦ってもらいたいですね」
「ほな、そうゆうかっこええ役は男装して磯‥‥」
磯良はまた鼻先を指差して何か言いかけたが、興奮気味のお民叔母さんが、またまたおっかぶせるように、
「そらあんた、冒険者ギルドで頼めば、剣の腕も立って姿もええ男の人、世話してもらえるのん違うかしらん。
いやぁ‥‥凛々しい女剣士っていうのもええかもしれへん」
うっとりと視線を宙にさまよわせる。
僕もなんだか、気分が盛り上がってきて、ほどきかけの荷物もそこそこに、立ち上がった。
「ほな、冒険者ギルドへさっそく行ってみようや、磯良」
「むーーん!!」
磯良はぷうっとフグのように頬をふくらませてそっぽを向いた。
せっかくお芝居が出来るというのに、何を怒ってるんだか。
僕は従妹の不可解な行動に、首を傾げるのだった。
※「ちぬの海いくさ」募集配役
・城主
・姫
・流れ者数名(蛸などの化身)
・妖怪
など
●リプレイ本文
○密着! 舞台裏?
舞台稽古の初日、メンバーの顔合わせ。
嵐蔵と磯良の二人は、冒険者達の来訪に軽くぱにっく状態だった。
「嵐蔵、この人っ! 超有名なバードさんやってお民叔母さんが言うてた!!」
「こらこら、人を指差すなっ!」
京都最強のバードと噂されるヴァージニア・レヴィン(ea2765)が舞台の語り部に立候補したことで、磯良が大騒ぎ。
嵐蔵がえっへんと咳払いをして、進み出る。
「ここはひとつ座付き作家の僕からきちんとした挨拶をっ。‥‥ほ、ほ、本日はお日柄も良く、海上から東向きの風がやや強く」
「嵐蔵も興奮し過ぎやがな!」
そんな二人を前に、ヴァージニアはほんのり微笑する。
「劇のお手伝いはバードの本領、喜んでお手伝いさせてもらうわね。戦闘シーンは自信がないから流れ者役は出来なさそうだし」
「いやそんな、語り部で十分ですとも。出来たら海の女神・狭依(さより)姫風に装って頂ければ演出効果抜群なんですけどー。千之助君が瞳の色に合わせて甕覗色の単と碧の長袴を用意してくれてるので、早速合わせてみてもらえますか?」
「いいわね。髪は結い上げた方がいいかしら?」
ヴァージニアは気さくに応じている。
ちょうど役者達の相談が終わり、千之助を交え、それぞれに役目の衣装や小道具の相談を始める。
緊張気味の嵐蔵に近づいて、きちんと挨拶するのは紅桜深緋(ea4258)。
「初めまして。出来る限り頑張って演じさせて頂きますので、ご指導よろしくお願いします」
「いやあ、ご、ご指導だなんてそんな」
どぎまぎしている嵐蔵に、深緋は真面目に、妖怪の首領のイメージはどんな風がいいか相談を持ちかける。
「人遁の術で妖怪の首領にチャレンジしようと思いますが、この役って‥‥やっぱり、威圧感を醸しだすような、ごつい体格の男なのでしょうか?」
「美少年! 美少年! 深緋さんのピンクの髪の毛はそのまんまで、絶対美少年!」
きゃいきゃいと磯良がうるさく横槍を入れる。
「そうですか? ‥‥でも、敵役には演技力が必要だって聞いて、少しプレッシャーで‥‥全然違う人間に化けた方があがらないような気がするんですけど‥‥」
「んー。紅桜さんって、聞くところに拠れば声色名人なんですよね? 外見は美少年、男か女か分からないような怪しい声、なんて妖しくていい感じじゃないでしょうか? 多分、正体は年古りた土蜘蛛かなにかってところで」
「そうですか‥‥何の妖怪か分からなかったので、事前にイメージができなかったのです。では怖そうな印象が出せるように、一生懸命練習しますね」
「で、俺が、『殿様』と『妖怪の子分』に決まった‥‥と、よろしくな!」
と草薙隼人(eb7556)がへへっと陽気に笑いかけた。
明王院未楡(eb2404)が鬼角ヘアバンドや歌舞伎羽織を小道具に、と差し出し、千之助一家が懐かしげに挨拶をしにやってきた。
「未楡さんもお久しぶりどすなぁ。今度は役者さんしはりますのん、楽しみやわあ」
「ええ‥‥母役は実娘が姫の立場だったら‥‥との想いで演じるつもりですわ」
「へえ、藍の帯と桜染めの小袖、また使うておくれやす」
どうにか役作りの相談を終えた嵐蔵の前に、今度は白翼寺花綾(eb4021)が、父親の白翼寺 涼哉に手を引っ張られて引きずられて来る。
主役が目だたんでどうすると叱咤されているが、きょとんとしており、さらに嵐蔵に注意される。
「お姫様役、早目に衣装合わせお願いしますよー。千之助君が待ってるんだから」
「お姫様って‥‥どこですっ?(きょろきょろ)‥‥ぼぼぼぼぼぼっ、僕ぅ!?」
皆から指差されて目を丸くするが、そのまんま千之助の所へと嵐蔵と父親にずりずりと連行されてゆく。
「ちぬはどんな動きをしよるんやろうか。舞台上でどないしたら”らしく”見えるんか、教えてくれはる?」
圷かじか(ec4564)は磯良に相談を持ちかけ。
「一撃離脱って感じやな。警戒心強いけど素早くて、餌見つけた時はガッ! と大胆やねん。身がしまって美味しいで」
「ふぅん‥‥海の幸‥‥いえいえいえっ、海の生き物の化身役、一緒に頑張りましょな」
と、かじかはなぜかおいしそうな表情。
「あとな、西紀州はシャコも美味しいで」
と、未楡の助言で「太刀魚の化身」役に当ててもらい、調子こいた磯良はさらに横道へそれる。こらこら。
賑やかな相談はやがて熱っぽく、台本や演出について論議を交わす役者達の間を、染物屋一家も忙しく行き来する。お芝居は、しだいに形をとってゆく。悪役に戸惑っていた深緋も、本番当日が近づくにつれ、逆にキモが座ってきたらしく。
「ここまで来たら皆さん、楽しんで演じましょうね」
にっこり宣言し、皆もそれぞれの表情で頷いた。
◆
さて当日。とある寺の境内に、地面より一段高い程度のささやかな舞台がしつらえられ、茣蓙が敷き延べられる。
噂や、ヴァージニアの歌声を聞きつけた人々が三々五々、その周りに集まり始めた。
《配役》
綾姫:白翼寺花綾
殿様:草薙隼人
北の方:明王院未楡
ちぬ(黒鯛の化身):圷かじか
ちはや(蟹の化身):明王院未楡(二役)
ちせ(太刀魚の化身):磯良
妖怪首領・深紅王:紅桜深緋
妖怪戦士・ナギ:草薙隼人(二役)
妖怪軍の手下‥‥千之助&嵐蔵
語り部(サヨリヒメ):ヴァージニア・レヴィン
● 本編1〜姫、受難
露草色の単と長袴を纏い、貝を連ねた首飾りを着けた女神が語り始める。
「私は海の恵みを司りし女神、狭依姫(サヨリヒメ)。
これから語りますのは、私が見守ってきた海の片隅での小さな物語。むかし、海の傍の西紀州に、優しい殿様がおりました。殿様の領地は漁で栄えておりましたが、殿様は生き物の命をいとおしみ、海の幸の収のたびに、供養を忘れませんでした。
あるとき殿様と北の方、その娘の綾姫が船遊びをしておりました」
静かな小波を思わせる調べを奏でつつ、しずしずと狭依姫が上手に下がる。入れ替わりに華やかな撫子色の小袖をなびかせた姫が舞いながら登場し、菖蒲色の内掛け姿の奥方が見守りつつ続く。
「小船かけて出でませ〜波の間に瑠璃玉の〜さぶらうぞ」
姫の澄んだ歌声に、奥方の艶やかな笑い声が重なる。
「姫や‥‥もう舟遊びは終わりにしましょう。ほら‥‥これは今日のお土産。領民達からの贈り物ですよ」
北の方が差し示すのは、波打ち際の小さな船いっぱいに盛られた海草と、蟹などの海の幸。
「ふにゅっ? ちっちゃい蟹さん‥‥まだ動いてる‥‥ですっ‥‥はうぅ〜迷子になっちゃった‥‥ですか? おうちにお帰りですっ‥‥父様も‥‥母様も‥‥待ってるからっ‥‥」
と、姫は蟹を逃がしてやる。それを見守りつつ、
「姫は‥‥ほんに優しい子ですこと‥‥」
「奥に似たのじゃな」
「姫の優しさは、殿様似‥‥でございましょう‥‥海の生き物の供養を‥‥欠かさない名君と、領民達も評判しておりまする‥‥」
城主と奥方は幸せそうに微笑みかわす。と、ゴロゴロと雷の音が響き始める。
「どうしたのでしょう、急に天気が‥‥」
ビシッ! と雷鳴が轟く。
そこに立つのは紅色の髪をなびかせ漆黒の狩衣を纏った少年。
「われは深紅王、妖怪どもを統べる魔物たちの首領」
「よ、妖怪‥‥何用じゃ!」
城主は必死に奥方と姫を抱きかかえ守ろうとする。
「ククク、うろたえるな。姫をわが妻にもらいうけようというのだ」
「なりませぬ! 綾姫をもののけにやるぐらいならば、私の命を‥‥差し出しましょう」
北の方は必死で訴えるが、
「美しき北の方、そなたも美味そうだが後の楽しみにとっておこう。姫をよこさぬならば、西紀州の海は荒れ、手下どもが領民を食い殺すまで」
「非道な‥‥」
「姫よ、明日の夕刻までにわがもとへ来るがいい。花嫁衣装を纏ってな」
深紅王は悠然と去ってゆく。
「ならぬ、姫はやれぬぞ! 兵を集め、城に立てこもるのだ」
城主は命じるが姫がそっとその袖を引く。
「父上‥‥わ、わたくしは、深紅王のもとに‥‥参りますぅっ! 魔物に戦いを挑めば‥‥多くの民草も命を失うことになりまするっ‥‥」
健気に言い切る姫君だが、大きな瞳にみるみる涙がいっぱいに膨れ上がる。
「いいえいいえ、なりませぬ‥‥待っていや、母が近隣国へ書状を届け、兵を集めましょうほどに‥‥!」
奥方がおろおろと衣を翻して下手へ去る。
と、「その必要はない!」と元気の良い声が。
「な‥‥何者?」
漆黒の地に、銀の刺繍をほどこした羽織を纏った少女が、滑るように歩み出た。
「話聞かせてもろたで。妖怪退治かあ。面白そうやん。首突っ込ませてもらおかな」
「しかしおぬしは何者じゃ?」
いぶかる城主に、飄々と少女は名乗った。
「うち? 海が好きやさかい、『ちぬ』とでも呼んでもろたらええわ」
続いて、白い忍び装束をまとった少女がはしっこく飛び出す。
「ほんで、うちが『ちぬ』姐さんの妹分、『ちせ』」
最後に紅蓮色の外套を纏い、大人の女性が現れる。
「『ちはや』にございます‥‥お見知りおきを」
「ううぬ‥‥流れ者とて一人でも兵は多いに越したことは無い。ちぬ、ちせ、ちはや‥‥であったな。早速、刀を選ぶがよいぞ」
城主は、三人を連れて舞台下手へ。残った姫は、首をかしげて呟く。
「あの人たち‥‥どこかで会ったことがっ‥‥?」
舞台暗転。
● 本編2〜ちぬ、ちはや奮戦す
姫が一人、薄暗い部屋で祈っている。
「どうぞ‥‥皆、無事で‥‥っっ」
その背後から、不気味な仮面の男たちが現れ、迫る。
「おのれ綾姫、わがあるじ深紅王様の言いつけにそむき、刻限に参らぬとは」
おびえる姫の前に、ちぬが飛び出す。
「あんたらの相手は、うちや!」
「小癪な!」
つかみかかる妖怪達をするりとかわし、ちぬはシュシュッと手裏剣をなげうつ。
「ぐわあ!」
妖怪達は目を押さえ、よろける。そこへちせが体当たり。
「「とりゃ!!」」
続いてちぬ、ちせが倒れた手下たちの上にぴょん、と跳びのり座る。手下たちは二人のお尻に押しつぶされる形に。
「ぐふっ!」
妖怪の手下どもの真に迫った‥‥というか真情溢れるうめき声に、
(「ら、嵐蔵さん、千之助さん、ごめんなさいっっ‥‥で、でも、うぷぷっ」)
背後で姫が一瞬ぴくぴく痙攣していたが、決して笑いを堪えていたわけではなく、きっと恐怖に震えているんだろう、と解釈しておく。うん。
「主の為に‥‥貴様らを倒す!」
長身に、白い羽を編んだ羽織を纏った戦士ナギが現れる。ナギは常に刀先を揺らし刀の軌道を読ませず戦法で、ちぬとちせを翻弄する。ちぬの投げた手裏剣は跳ね飛ばされ、ちせの小刀は受け流されちせが転倒する。ナギがちせに斬りかかった。
「これが避けられるか!?」
走り出たちはやが日本刀で、ガシ!とナギの刃先を受け止めた。
「な、何?」
「姫に‥‥手出しはさせませぬ‥‥!」
ちはやがギィン! と刀を押し返し、余勢を駆ってナギを袈裟切りに。
「女ながら、なかなかの太刀筋よ‥‥」
ニヤリと笑ってナギが目を閉じる。
「わが手下どもをよくも‥‥」
深紅王が現れる。観客達は息を呑んだ。
冷ややかな美少年が、見る見る鬼女の凄艶な表情に変化したからだ。
深紅王の反身の刀が自身意思を持つかのようにひゅんひゅんと舞い、ちぬの手裏剣を叩き落し、ちせの小刀を跳ね飛ばし。ちはやの日本刀すらからめとるように弾き飛ばされる。
だが、ちぬ達も負けてはいない。ちぬは深紅王に斬られた‥‥かに見えたが、その刀は鎧にぶつかったかのように通らない。
「な‥‥何!? 貴様、人では無‥‥?」
「うちのうろこは金剛石並みやでぇ!」
隙の生じた深紅王に、ちぬは背中の忍者刀を抜き突き刺す。
ちはやはナギの刀と自分の刀を両手に持ち、素早く駆け抜けつつ深紅王の急所を切る。
「む、無念‥‥っ‥‥なり‥‥」
深紅王の呻くごとき声。
深紅王はゆっくりと、倒れた。
「怪我の手当てを‥‥っ!」
綾姫が駆け寄り、ちぬの怪我を手当てしようとするが、「これは‥‥うろこ?」と驚きの声を上げる。ちぬの体から血のかわりに黒光りするうろこが落ちていたのだ。
「バレてしもたな。うちは、黒鯛の化身や。お殿様がいつも海の生き物を供養してくれる、その恩返しがしたかったんや」
「では、‥‥あなた達は」
姫がちせとちはやを見る。
「うちは太刀魚」
「私は‥‥蟹の化身にございます」
「ふみゅ‥‥お魚さんと蟹さん‥‥ありがとうですっっ」
姫君は手をつき、深々と頭を下げる。
「お姫さん。その優しさ、いつまでも変わらんとってな。‥‥海も、いつまでも変わらへんからな」
三人は去ってゆく。遠くに波音が響いた。
サヨリヒメの竪琴と、綾姫の歌声が流れる。
『素早きはちぬ 刀で強きは蟹御前 たちうお引き連れて 海のもののふ 戦えり』
サヨリヒメはまた、さざなみのように竪琴を優しくかき鳴らす。
「姫の語り伝えたちぬ・ちせ・ちはやの物語りは、やがて海の勇者を称える歌となり、語り継がれたのでございます。寄せて返す波のように、いつまでも、いつまでも‥‥」
―――幕―――
○ 舞台裏
舞台終了後。
かじかと磯良、花綾は差し入れのおにぎりをほおばっていた。
「このみそ焼きおにぎり、美味しいなあ」
「花綾ちゃんの友達や、言う女の子が持って来たんよ。やけに無口な女の子やったけど」
「ふみゅ、お滝御姉さま‥‥皆で見に来てくれたです。『百花繚乱‥‥です』って‥‥言ってくれたのですっ」
「それ‥‥会話なん?」
深緋はその横で、うっとり目を細める。
「ああ‥‥衣装合わせの時から思っていましたが、皆さんの舞台姿、素敵でした」
「深緋さんの男装も色っぽう映えてはりましたえ。そや、後で、うちの売り物の躑躅色の小袖なんか試着みはらへん? 髪の色に映えますえ」
染物屋一家は宣伝用人材を獲得するつもりか、深緋に提案する。
「ま、なんにしろ俺的には、充分楽しめたな。‥‥俺もひとつもらうぜ」
草薙もにっこりとおにぎりに手を伸ばす。
一方、嵐蔵は既に次回作のことを考えているらしく、出演者全員に、「ぜひ、次もまた出演を!」と出演交渉。
「未楡さんには小道具いっぱい用意してもらって、助かりました。かじかさんもお疲れ様でした。演目の看板書きや宣伝用の案内板も書いてもらって‥‥」
「いや〜うちなんか名の通り、井戸から出たばっかしの蛙みたいなもんで」
長い髪を無造作にひとつに束ねていたかじかは、今度使ってくださいと髪留めを渡される。練習熱心だった深緋も嵐蔵につかまり、熱く説得されている模様。
「なんたって僕のこの頭脳には、既に素晴らしい次回策の案が。今度もまた西紀州の伝承をベースにうんたらかんたら。そこへ恋物語を絡めてうんたらかんたら」
嵐蔵の語り始めたのは、背景とか元ネタとか、多岐に渡る長――い、長――い話でしたとさ。