【男子厨房に乱入!?】八部衆降臨!?
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■ショートシナリオ
担当:小田切さほ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月02日〜03月07日
リプレイ公開日:2008年03月14日
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●オープニング
京都の一角に、小さな診療所がある。
そこに居を構える医師は、丹波宗哲といい、白髪の老人ながらかくしゃくたるもの。薬草に詳しく、貧しきも富めるもわけへだてなくその薬を処方してくれるとあって、評判は悪くない。
その診療所に今、長逗留をしている患者が幾人かいる。
その中の一人が、「京助」と呼ばれている男である。
その患者、大怪我を負った上に記憶を失っており、冒険者達の助けを借りてどうやら自分に双子の兄弟がいたらしいことだけは思い出せたものの、生まれも育ちもわからぬ心もとない身の上。
「京助」の名も、「京都」で「助けられた」からと、宗哲が仮につけた呼び名に過ぎない。
その京助、どうやら発見された当時負っていた背中の傷も癒え、何か仕事がしたくなったらしく、余った薪や廃木で、仏像を彫り始めた。
相変わらず名前や居所といった、自分についての記憶は戻らぬものの、本人いわく、
「手が覚えているというのでしょうか、不思議とノミや削り刀を手にすると、勝手に手が動く気がいたしまして‥‥」
とかで。
宗哲も、
「うむ、体を使って習い覚えた記憶というものはな、理屈ではなく体にしみこんでおるものじゃて。
そして、こちらの記憶を使っていくと、ひょっこり名前などの記憶も戻ったりするからの。気の向くままにやってみるがええぞ」
とて、これには木材を探してきて与えたりと協力的。
で、最初に彫り上げたのは、きわめてシンプルな菩薩像。
ところが、その像に、診療所に薬をもらいに通ってくる唐物問屋のご主人が目を留めた。
「ちょっと荒削りやが、表情がなんともいえまへんがな」
といたく気に入り、ただでは申し訳ないからとお金を置いていったのだ。もちろん京助は恐縮して、ただみたいな値段で譲り渡したのだが‥‥
その唐物問屋のご主人から話を聞きつけたとかで、今度は揉み療治に通ってくる染物屋の隠居が、彫り上げたばかりの仏像を買い求め、という具合に、京助の仏像はぼつぼつ売れるようになり始めた。
「ほんの手慰みのつもりでしたが‥‥この代金、今までのお世話のお礼としてどうぞお納め下さい」
京助は代金を残らず宗哲に預けてしまうが、今ではそれが生きがいになりつつあるようでもある。
そんな京助に、今度はとうとう注文が入った。注文主は、さる料亭。部屋のインテリアとして置きたいので、「八部衆」の像を彫ってもらいたいというのだ。
「八部衆」とは、仏法の守護神である、アシュラ(戦神)・ゴブジョウ(天神)・サカラ(竜神)・クバンダ(夜叉神)・ケンダツバ(音楽神)・カルラ(聖鳥)・キンナラ(音楽神)・ヒバカラ(蛇神)のこと。
もともと邪神や異教神であったものが仏教に帰依したと伝承されているぐらいで、いわゆる仏像のパターンとはだいぶ違う。
「難しそうじゃの」
宗哲先生は気遣うが、
「はい。ですが、俺の腕を見込んで言いつけてくれた仕事なら、引き受けたく思います」
京助は真面目至極に応える。
京助はよくも悪くも、非常に真面目な人だった‥‥なので。
おかげで困った問題がひとつ。
「それだけに、一層精進して仕事にあたらねば。しかし表情や筋肉の流れなど、いつもの仏像とは勝手が違い、難しいのは確かです。
出来れば、どなたかの似姿を写せれば助かりますが‥‥」
つまりは、誰かにモデルを頼みたい、と言い出したのである。
そこで、最初の犠牲‥‥じゃなかった、モデルとなったのが宗哲先生の弟子・エイシャ青年。
正面を向き、合掌の姿勢をキープして阿修羅像のモデルになろうとしたエイシャ君だが、
「くっ‥‥ま、まだ動いちゃだめですか〜〜」
「まだです」
「ま、まだですか〜〜」
京助は、エイシャ君をモデルに、まずは紙の上にざっと見積もり描き。
それを木の上に描き写し、その線にそって彫り始めるのが、彫刻のオーソドックスな手順なのだが‥‥
「くぅうぅ、手、手がしびれる〜」
ドタッ。
エイシャ君は、作業半ばにして力尽きてしまった。
ずーーっと同じ姿勢をキープするのは、意外に難しいのである。
「もっとがんばらんかい栄作!」
他人事だと思って、叱り飛ばす宗哲。
「栄作」とは、エイシャ君の名前を発音できない宗哲先生が勝手につけた和風呼び名である。
「じゃ、宗哲先生、やってみてくださいよっ。結構キツイですよ」
「わし? わしはのう‥‥まあ自分で美老人なのはわかっとるが、いかんせん患者が待っておるでのう」
「って、逃げるんですか、先生〜〜!」
京助もエイシャ君も宗哲先生も、果て無き人手不足スパイラルに陥っているというわけだ。
ほどなく、冒険者ギルドに「仏像の似姿をつとめてくれる人募集(未経験者歓迎)☆おいしいお茶アンドごはん付きだよっ」な依頼が掲示されたのであった。
☆補足事項(八部衆各像のイメージを端的に上げておきます。もちろんこれに準拠でなくてOKです。モデルさんはその神の象徴である小道具を持つとか、それらしい部分は出すようにしてください。余りにもかけ離れている場合は問題ですが、性別や年齢・種族は自由とします。
仕上がった作品が料亭のインテリアになるということも考えて、伝承そのまんまよりもより魅せる形での彫像モデルを考えて下さい)
・アシュラ=元魔神。戦の神でもある。
・ゴブジョウ(天神)=弁財天とか「天」のつく神様の集合体らしい。
・サカラ(竜神)=水の恵みの象徴。蛇モチーフのアクセをつけてるのが多いみたい。
・クバンダ(夜叉神)=元悪鬼。怒り顔のワイルド系神様。
・ケンダツバ=香りを食べるという優雅な神様。食費浮きそうだなオイ。
・カルラ=有翼人型の神。風雨を司るとも言う。
・キンナラ=超美声の神様。翼があるとか半分馬とか諸説ありややこしい。
・ヒバカラ=笛吹き名人らしい、これも音楽の神。
●リプレイ本文
●深き海の智持つ竜女神
新鮮な木の香りが、簡素な仮工房の中に満ちていた。元々は長逗留の患者のための、布団が一組敷けるだけの部屋だ。
「よろしくお願い申します」
総髪を束ね、たすき掛け姿の京助が深々と頭を下げた。
「こちらこそ。絵のモデルなら大分昔に1回だけやったけど、今度はモチーフありの彫刻モデル‥‥大変そうね」
「サカラ」のモデルを務めるステラ・デュナミス(eb2099)は珍しげに、部屋に無造作に並べられた木材や切り出しノミを見渡す。
レラから譲られた深い湖色のドレス姿の彼女は京助達から感嘆の声を浴びていた。
「綺麗‥‥ドレスも喜んでいますわ♪ 私では丈が足りませんもの」
ドレス提供者のレラ(ec3983)がため息をつく。
「京助さんの注文どおり‥‥『宝髷(ほうけい)』っていうの? 仏様の髪型らしく仕上がったかなあ」
彼女の髪を立ち上る炎の形に似るように高く結い上げてほしいと京助に難しい注文をされて、髪結い係のシルキー・ファリュウ(ea9840)が額にかかる汗ばんだ銀髪をかきあげる。
「お手数をかけました。お腹のお子には障りませぬか」
「うん、宗哲先生もアシュリーもいてくれるから大丈夫。でも、ちょっと動きにくいから‥‥迷惑かけたらごめんね?」
そっとシルキーはお腹に手をやる。
「なんの、みどりごは吉兆ですから。お子には八部衆のご加護がありましょう」
一方、ステラは持参したマフラーをエイシャの運んできた桶の水に浸し、鎌首をもたげた蛇のような形にすると、クーリングの魔法を唱えて凍らせ、固める。
それを左手で支え右手を添えると、天に昇らんとする蛇を抱くように見える。
「で、ポーズはどんな風に? なんなりとお見立てに従うわ」
あくまで教えを請う姿勢のステラに、京助は笑って謝意を述べた。
「お気遣いは感謝しますが、サカラは海を自在に操る竜の王です。目の前の人間を気遣うよりも、もっと大きくたゆたうような心を持つはず。ゆったりと、自由な姿を取って下さい」
「‥‥そう、今私は竜王なのね」
(「海を自在に‥‥私の心のままに海に波が起こる‥‥そんな力がもてたとしたら、ふふ、悪くない想像ね」)
思い描くステラは遠くを見つめる表情になる。得意の水魔法で強敵と渡り合った時のことでも思い起こしたのか、左足をわずかに踏み出し、口元が引き締まる。『蛇』を抱える腕は、忠実な僕を愛撫するようでもあり、今しもそれをけしかけて大津波を呼び寄せ敵を打ち砕かんと目論む仕草にも見えた。
障子窓から射す、揺れる木漏れ日がステラの碧の衣装に映り、海底に届く波の煌きを思わせる。ステラの表情も深遠な智持つ故の深い憂いに見えて。
京助がたたきノミの音を響かせ始めた。
「綺麗な人だけに迫力が出ますね」
エイシャ青年が小さな声で宗哲に囁く。
「うむ。特に胸☆」
「そこしか見てないんですかっ!?」
◆
カルラを演じるためにアデプトローブに着替え、鷹をその肩にとまらせたステラ。
横笛を唇に当て、うつむき加減にポーズを取るのは、サカラの違いを打ち出すため。髪も頭頂で大きく髻を結い、おくれ髪をゆらゆらと垂らす。
「目だけ、もう少し上向きに」
「‥‥こう?」
鷹の広げる翼の影から碧の瞳が見上げる。
長い沈黙の後に‥‥
「ありがとうございました。カルラ、仕上がりましてございます」
京助が頭を下げた。
「どう? 少しはお役に立てた?」
ステラの問いに答える代わりに、京助は八分どおり仕上がった有翼の神像を指す。
細い腰をひねり片足を踏み出すカルラ。胸のうちの深い深い何かをその笛にこめようとするように俯いて。ステラは微笑して頷いた。
● 邪悪払う猛き夜叉神
「なにか違うな‥‥」
仏教に帰依した鬼神といわれているクバンダを象ろうとする浄炎だが、京助はなかなか首を縦に振らない。焔髪風に髪を逆立たせ竜頭兜を戴き、左足で台代わりの脚立を踏みつけ、聖なる剣「不動明王」を右胸前にかざし前かがみにいまにも斬りかかろうとするポーズは完璧とも思えるのだが
「浄炎さんの中にあるはずの、もっと激しい部分が前に出れば‥‥と思うのですが」
「と、申されてもな。なるほど神は一人ひとりの心に宿るものとはいうが」
苦笑する浄炎に、京助は問いを投げかけた。
「たとえばもし、奥方やむすめご達に危害を及ぼすものがいたら、どんな表情でそれを討ち払われまするか?」
京助が問いかける。
浄炎の表情が一変した。
「そのような者がいたならば、たとえ地の果てまで逃げようとも、差し違えようとも討ち果たす」
言い切る表情はまさしくクバンダ、憤怒の形相の夜叉神である。
「もっと睨みつけて下さい。もしも今ここで、敵がむすめごをかどわかそうとしていたら、その程度のお怒りではすみますまい」
猛きクバンダは尚一層剣をぎりりと握り締めた。
◆
続いて「ケンダツバ」。
服装を紫綬仙衣の上に天狗羽織を羽織った姿に変えた浄炎は結跏趺坐に座し、ゆるやかにつてを頼ってある寺院で借りてきたという仏具「転法輪」を包み込むように手に持つ。
目を半眼に伏せ静かな祈りの表情。
穏やかな沈黙の中、突きノミが木を削りだす音がコンコンと響く。
「やはりクバンダよりもこちらが浄炎さんの本質に近いように思えます。戦人というよりは護り人、なのでしょうね」
仕上がりつつある彫像を見比べつつ、京助が言った。
「大切なものを持つ人間は誰しもそうであろう」
「俺には記憶がありませぬ故、わかりませぬが‥‥ただ、そのように言える浄炎さんが羨ましく思えます」
苦く笑う京助に、浄炎は言った。
「おぬしには少なくとも仲間がいる。そのことだけは忘れるでないぞ」
「‥‥はい」
浄炎の言葉を深いところで受け止めるように、京助は頷いた。
● 心洗う天上の歌姫神
レラは「白絹の千早」に着替えて仮工房に現れた。黒髪を天女像によくあるように高い位置で結い上げ、二房に分けて垂らしている。
「癖が無くてまっすぐな髪だから、結うのがもったないみたい」
と、シルキー。だが当のレラはちょっと緊張気味。
「普段と違う衣装が着られたり、髪型を変えられるのは楽しいのですけれど‥‥なんだか勝手が違います」
京助が笑って小さな木片を火鉢にくべた。芳香が室内に広がる。
「香木の一種です。少し緊張がほぐれるかと思って」
「キンナラって美しい声をしているのですよね。どんな表情で歌うのでしょうか」
レラは一生懸命想像している模様。
「レラさんなら、歌でなくとも周囲の人々に喜びを与えた経験はおありでしょう。その時の表情を見せていただけると嬉しいのですが」
うーん? とレラはしばらく小首をかしげていたが、
「舞いでなら、多少は皆さんを楽しませることが出来るかと‥‥。よく舞うのは、『ク・リムセ』‥‥「弓の舞」です。弓を持った子ども達が鳥を狩りに山へ行くが、鳥を殺すことに罪悪感を覚え何も取らずに家に帰るという舞ですわ」
話すにつれ、堅かった表情が和らいでいく。自分も楽しみ人をも楽しませることが出来るという誇りと喜びが満ちてゆく。いきなり京助が叫ぶ。
「あっ! 今の表情がキンナラにぴったりだと思います」
「そ、そうですか?」
京助の言葉に従って、レラは故郷の舞いを心に浮かべ、その表情を保つように務めた。
「そうだ、全部彫りあがったら「ク・リムセ」を舞っていただけますか? 先の楽しみがあると、作業がはかどります」
京助の請いにレラは笑顔を返した。
◆
次にヒバカラのモデルを務めるレラは、白髯の老人姿の仏像を思い描いてつけ髯を持参していたのだが。天女に近い姿の絵図もあると京助が主張し、いや男神で炎背負ってるのもあるのぢゃと宗哲が主張し収拾がつかず、間をとって男装してみる。少年武士風に甲冑を身につけポーズを取るが、パラの少女にはずっしりと重たげである。しかしそんなの関係ねえ! といわぬばかりにレラは仲間に借りた横笛を抱えて出来るだけ凛々しく唇を引き締める。
同じく黙々と京助は作業を進めるが、やがて。
「きゅるる〜」
「何か申されましたか?」
「? いいえ、私は何も‥‥」
「空耳かな」
「きゅるる〜」
「やっぱり何か聞こえるなあ」
「あら、何でしょう」
正解はW天然な二人のお腹の虫でした。そんな二人もようやく食事時間を忘れて彫刻に熱中していたことに気づき、いったん食事休憩。
やがて彫りあがったヒバカラは、穢れを知らぬ少年の顔でありながらどこか老成したものを漂わせる像となったそうな。
●苦悩抱き天目指す戦神
「どこまで役に立てるかは判らぬが、誠心誠意「もでる」とやらを務めてみせよう」
と、純白の鎧姿の百瀬勝也(ec4175)は淡々とクールな表情。
その冷静な表情は、「五部浄」の似姿にぴったりというわけで。
「日本刀を左手で杖のように下向きに持ち、右手にその『鬼の守刀』を持って、肘の当たりで交差する様にして下さい」
「これで良いか?」
「大変結構です」
京助はしばし嬉しそうに百瀬の姿を眺める。姿勢正しく短剣長剣を構え真正面を見据えたその姿は、まさしく邪気を祓い千手観音の行く手を守る神の中のサムライ・五部浄らしく見える。シルキーの持参した三日月の帯をゆるやかに肩衣に見立てて両肩と腕に巻きつけ、聖なる戦士に相応しい姿。
こちらの作業は順調に進み、百瀬のいつもの冷静な表情によく似た天神が彫りあがったのだが、問題はもう一つの「アシュラ」だった。
◆
「アシュラは天に戦いを挑んで敗れ、仏心に目覚めたそうです。そういう苦悩というか内省的な表情を‥‥」
京助は難解な注文をつけるのだが、
「むっ‥‥むむっ‥‥むん!」
片頬十年を地でいく侍の百瀬はものすごく苦労してようやく眉間に縦じわを寄せただけ。
そこへ、待ってましたといわぬばかりに宗哲が一服のお茶を差し出す。
「そう言うときこそこのお茶ぢゃ♪」
そのお茶を口にした途端。
「〜〜〜っこ、これはっ‥‥!?」
さすがの百瀬もなんともいえない苦悩? の表情になる。
「特製センブリドクダミ健康茶ぢゃ♪」
センブリというのは千回振り出してもまだ苦いと言うことからついた薬草名である。
ようやく表情が決まって合掌のポーズを取った百瀬に、今度は浄炎が待ったを掛ける。
「アシュラというは三顔六手の神。肉付きや表情などは百瀬殿お一人で十分なれど、そこから立体的に構築するのは骨だと思ってな」
それもそうだというので、百瀬と身長の近いステラとエイシャ君が背中合わせにくっついて三顔六手を表現してみる。
「おぉ、奥行きまで分かって助かりまする」
と京助。とある配慮によって三人は背中合わせにくっついていたのだが、京助が困惑顔で、
「あのー、すみませんが百瀬さん。体をひねらずにまっすぐ立っていただけませんか。微妙にステラさんとの間に隙間があって、肩の質感がつかみにくくて‥‥」
「な、なれどこの隙間があってこそ色々安全というか、安心というか」
なぜか抵抗する百瀬。
「京助さんが必要だっていうならやりましょう。出来るだけくっついたほうがいいのかしらね?」
ステラが百瀬に向き直り、体をぐいっと引き寄せる。同時に豊かに張り詰めたバストが百瀬の腕をかすめる。だがさすがに侍男子の百瀬は動揺などしない。うっひょー♪と喜んだりもしない。しないったらしない。
やがて京助が絵姿を写し終わり、
「ありがとうございました。これで彫りにかかれそうです。‥‥百瀬さん? もう動いてもいいですよ」
と声をかけたが、彼は石化したかのように固まったままだった。
「どうしたの?」
ステラがつんつんと指先でつつくと、固まったままゆんゆんと前後に揺れる。
「あ、達磨人形のようですね♪」とレラ。
「完全に固まってる。あっ、お湯掛けたら戻るんじゃないかな」
失礼な連想をしてるぽいエイシャ君。
● いつか来る日のために
最後の作業が終わり、最終日の夕暮れ時。
「宗哲先生のお見立てだと、夏ごろ生まれそうだって」
「男の子かな、女の子かな」
シルキーとエイシャ青年は、庭の薬草畑前で寄り添い、そんな相談をかわしていた。
「シルキーさーん、栄作さーん、鍋が煮えてござるぞ〜〜」
と京助がそんな二人を大声で呼び、皆に空気読めと咎められている。
「いいにおいだね。新巻鮭いれる?」
「いや、今日は鮟鱇鍋ぢゃ。セリと葱、ハコベもたんと入っておる故、つるつるのすべすべ肌になれるのぢゃぞ」
と鍋奉行の宗哲先生はステラに山盛りよそって渡している。エイシャ君が文句をつけた。
「先生、ステラさんとか女性にばっかりよそわないで下さいよ」
「だって男がすべすべになっても楽しくないもーん」
鍋奉行の暴走は冒険者達の協力により、ボコ‥‥いや封印されたそうな。
「‥‥ふう」
レラが酔いで火照った頬を冷ましに縁側に出ると、先に京助がそこにいた。
「酔われましたか」
京助の隣に、レラはちょこんと腰掛けて。
「はい。お鍋も桑の実のお酒も、美味しくて‥‥」
京助はうなずくが、どこか心あらずのように自分の手を見つめている。肉刺でも出来たのかとレラが気遣うと、ぽつりと応えた。
「以前の俺は、何かを懺悔するために仏像を彫っていた気がするのです」
記憶を失う前の自分がどんな罪を懺悔していたのか、それが不安なのだという。
レラは、そっとその肩に手を置いた。
「京助さんが心を込めて彫られた木像には、たとえ心の臓が音を立てずとも魂が宿ります。食事をされるお客様が楽しく過ごせるよう、見守る神様となられることでしょう。
だからそのお手は、大勢の人を幸せに出来る‥‥その手を、もっと信じてあげて下さい」
「神様、ですか‥‥そうか、今日俺は皆さんと一緒に神様を作ったのですね」
ようやく京助の顔に微笑が戻った。
「さあ、部屋に戻りませんか? お約束どおり、舞を披露しようと思います」
「それはぜひ拝見しなくては」
二人は賑やかな宴席に戻った。湯気と酒の香と、笑顔が二人を迎えた。
◆
そんな賑やかな宴の一方。
エイシャ青年は浄炎を捕まえて鍋そっちのけで相談事。
「ぜひ、父となる心構えを聞かせて頂きたく」
「それはまず、奥方と話し合うのが一番だろうて」
「だ、だって面と向かうと恥ずかしくて‥‥だからお願いします、お父さん」
「誰がお父さんだ」
でもって廊下では。
「‥‥ねえ。風邪引くわよ?」
「観自在菩薩〜」
「ねえったら。お鍋、なくなっちゃうわよ?」
「行深般若波羅蜜多〜」
ステラの声も耳に入らず百瀬がひたすら寒い廊下にすわり読経をしている。
(「侍たるもの女人の色香に動揺などしてはならぬ。平常心を取り戻さねば‥‥」)
火の気の無い廊下は寒い。百瀬の頬がちょっぴり赤く見えるのはそのせいだ。
多分。