【ふるさと劇場】悲恋でバトルで陰謀で!?

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月28日〜04月02日

リプレイ公開日:2008年04月16日

●オープニング

 《「お夏清十郎」といえば、舞台の世界では、悲恋ものの定番である。
 しかし、意外と知られてないことに、巷に伝わる「お夏清十郎」伝説のもとになった恋人達は、実は二組いたらしいのだ。
 ひとつは、商家の若旦那・清十郎と、清十郎の奉公先の一人娘・お夏のカップル。
 だが、嫉妬に狂った番頭の差し金で清十郎が横領の罪を着せられたことで清十郎は処刑、それを知ったお夏は狂乱してしまうという悲恋物語。
「清十郎殺さばお夏も殺せ 同じ刃でもろともに」
 という残酷で悲しい唄と共に広く知れ渡る物語でもある。
 しかーし。もうひとつのお夏清十郎は、なんとハッピーエンドなのである。
 こちらのお夏は、西紀州の豪農の娘。
 清十郎は武士だった。しかも京都御所の勅使という高い身分の。
 この二人は「愛染明王」のご利益で身分の差を越えて結ばれたことになっている。偶然か運命か、同じ名前のカップルがまったく違う末路を辿ったというのはなんとも皮肉なことに思える。》
 ◆
 と、冒険者ギルドの受付係相手に長々とうんちくをたれているのは、やせっぽちの若者。舞台作家として一旗上げることを夢見て西紀州から京へのぼってきたといい、名は「嵐蔵(らんぞう)」というそうな。
 嵐蔵は名乗るとすぐに、こういってにこにこと頭を下げた。
「そのうち、有名になる予定ですんで、よろしくお願いします」
 マテヤコラ。
「で、あんさんが舞台化しはる、言うのんはどっちのお夏清十郎ですのん」
 と、ギルドの受付係は、筆を構える。嵐蔵は、意気揚々と応えた。
「両方です! つまりミックスです♪ 両方の話の見せ場のええとこどり」
「どんな話になりますのん?」
 聞かれた若者は、またしても勢いよく語り始めた。
 ※※※※※※※※※※※※※※※
○「お夏清十郎〜異聞〜」
 京都御所の勅使・山名清十郎は、勅使文を持参して某藩へ届ける旅の途中、何者かに襲われ気を失う。
 負傷した清十郎は、裕福な米問屋・但馬屋の主人一家に発見され、傷の手当を受けるが、勅使文は奪われていた。
 清十郎は但馬屋一家に身分を打ち明け、表向き但馬屋の手代としてそこへ住まい、勅使文を奪った賊の正体を暴こうとする。
 不思議な予言をして歩く熊野比丘尼の導きで、但馬屋の番頭・勘十郎が勅使文を奪った一味とつながっていると知った清十郎は勘十郎を問い詰め、その背後にある陰謀を知る。
 勘十郎はお夏に片思いをしており、その想いにつけこまれ利用されていた。
 それはジャパンを混乱に陥れようとするデビルの仕業だった。
 清十郎は心配するお夏を振り切ってデビルと対決、だが戦いの最中デビルもろとも炎に包まれ姿を消す。
 身分違いと知りつつ、ひそかに清十郎を慕っていたお夏は悲しみのあまり半狂乱に。
 だが、清十郎はまもなく傷だらけながらお夏のもとへ帰還する。
 まもなく清十郎の上役から、通達が届いた。
「勅使文を奪った賊を討ったるは重畳なれど、それがもとで火事に至りしこと失策ゆえ、勅使役を解任の上、放免といたす。‥‥これよりそなたは武士・山名清十郎ではなくただの清十郎。自由に生きるがよい」
 二人の恋を知った上でのイキな計らい、であった。
 そしてついにお夏と清十郎は、身分の差を越えて結ばれる。
 ※※※※※※※※※※※※※※※
 
「とゆーわけで熱い恋とか陰謀とか色々演じてくれる人材を募集です」
「とゆーわけで、と言われても」
 嵐蔵の話が長いので、掲示向けに内容まとめに苦労している受付係が頭を抱える。
 おかまいなしに嵐蔵が、傍らにいた、いかにも田舎育ちらしい色の浅黒い少女をずいっと押し出す。
「従妹の「いそら」です。
 この子の演技指導も、冒険者さんにお願いできれば‥‥デビルの使い魔を演じる予定なのですが、どうもこう妖しさというか悪の色気みたいなもんが出せまへんで」
「せやからうちはヒロイン向きの女優や言うてるやろ!」
 下駄をつっかけ、髪の毛も一つに結びっぱなしの色黒少女は抗議する。
 嵐蔵の横にいた、もう一人の若者が口を挟んだ。
「お夏役の女優さんには、うちで染めた小紋を衣装に着付けてもらいますよって、「衣装担当:千之助」って書いてもらえまへんか。この季節は紅梅の『南天』がおすすめで」
「ちょ、あんさん方、そない早口でまくしたてたら、筆がおいつきまへんがな〜〜〜」
 受付係が悲鳴を上げる。
  
 そんなうららかな春の日。
 あなたも舞台に挑戦してみませんか?

☆募集キャスト
 ○お夏‥‥豪商「但馬屋」の美しい娘。
 ○山名清十郎‥‥由緒正しい侍、現在は京都御所の勅使。
 ○勘十郎‥‥「但馬屋」の番頭。お夏に片思い中。
 ○熊野比丘尼(愛染明王の化身)‥‥不思議な予言をしつつ旅を続けているという噂の尼。年齢不詳
 ○デビル‥‥京都を混乱させんと目論む強力な魔物。
 
☆確定済みキャスト
 ●スダマ‥‥嵐蔵の従妹「いそら」が演じる、狂言回し的な役どころ。デビルの手先で、子供の姿をした魔物。やられ役
  
 他、お夏の幼友達、清十郎に力を貸す浪人‥‥などなどご自由に♪

●今回の参加者

 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9412 リーラル・ラーン(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb5379 鷹峰 瀞藍(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec4697 橘 菊(38歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●準備〜リバースで行こう!
「男女逆転劇ぃぃぃっ!?」
 冒険者達からの提案を聞いて、嵐蔵といそらは素っ頓狂な声を上げた。
「男性役者が足りないようだし、かといって鷹峰さんに何役も兼ねさせて負担をかけても‥‥ね。それで私も、当初から男装での出演を考えていたのよ」
 と、ステラ・デュナミス(eb2099)。
「ってことは、お夏役はた、鷹峰さん‥‥で、いいんですか」
 嵐蔵の恐る恐るの質問に、
「うん、男女逆転劇もおもしれ〜かもしれねぇ☆」
 鷹峰瀞藍(eb5379)も屈託なく頷く。肌理の整った肌といい、繊細な顔立ちといい、女形も難なく務まりそうではある。
「で、でも後の但馬屋の主人とか清十郎の上司は僕や千之助君でいいんですよね?」
「ほな主要キャストのみ男女逆転ってことでえーやん」
 和泉地方出身者ならではのノリツッコミでさくっと決める嵐蔵といそら。
 こうなったら勢いだ、GO! 一同、鋭意役作りに取り掛かる。
 「鷹峰さん、出会いの場面は練色に今様色の飛び麻の葉小紋でよろしか?」
  千之助が早速ヒロインの衣装合わせにかかる。
「千之助殿、舞台看板にお夏役の衣装のハギレ見本を貼り付けるというのはどうぢゃろうか?」
 代書人の生業を生かして、看板やチラシの宣伝文句と書付を引き受けていた橘菊(ec4697)が染物屋の宣伝にも気を配る。
「よろしおすな。ヒロインの華やかさも伝わる思うし」
「この看板とチラシじゃが、近隣の酒場や茶店に置いてもらおうと思うての。ついては看板とチラシの費用は、千之助殿にお願いしたいのじゃが」
「着物の宣伝になるのやったら、なんぼでもさしてもらいますえ」
 千之助は張り切って鷹峰に可憐な小紋を着せ掛ける。
「ちょっと膝をかがめてこう肩を落としてなで肩に‥‥これだけでも結構違うんだよな〜。どうよ?」
 と、片袖通して振り返る鷹峰に、いそらは悔し紛れの悪態をつく。
「ちょっ、ずっこいぞ、男の分際でそない色っぽいんは!」
「おいおい、わかってねぇなあ。主役は確かに目立つけどな、次がでればすぐお役ご免。でもな、何でも演じられる脇って早々代わりはいねぇんだぞ? 主役を食うぐらいの演技が出来なきゃやれないからな?」
 ぐりぐりと少女の頭を撫でる。
「無理や☆ 悪役の色気が出えへんって嵐蔵が怒るし」
 と、いそらは涙目。
「なら、悪いんだけど、憎めないって役どころでどうかしら? いそらさんの愛らしさを生かして、ね」
 続いてステラがフォローすると、いそらはまんざらでもない表情になる。
「えへっ♪ ほなその線でいくわ」
 ちょっとすみませーん、とリーラル・ラーン(ea9412)が純白の布片をふりふり嵐蔵に駆け寄ってきた。
「この衣装の下はふんどしさんをしめたほうがいいですか? つけ方よくわからないのですが」
「そっ、それは僕の洗濯物あわわっ」
 真剣に役作り? に取り組むリーラルに、嵐蔵が慌てた。

●リバース出会い
《配役》
お夏‥‥鷹峰瀞藍
清十郎‥‥御神楽澄華
勘十郎‥‥リーラル・ラーン
熊野比丘尼&パピヤス(デビル)‥‥ステラ・デュナミス(二役)
スダマ‥‥いそら

但馬屋主人‥‥嵐蔵 

脚本‥‥嵐蔵
宣伝、着付け‥‥橘菊

※ ※ ※
 裕福な米問屋・但馬屋の娘・お夏は、父親との神社参詣帰りに行き倒れの侍を見つけ、連れ帰って介抱する。やがて目覚めた侍は御所の勅使・山名清十郎と名乗り、何者かの襲撃で勅使文を奪われたという。
 清十郎は但馬屋の手代としてしばらくとどまり、勅使文の行方を捜すことになった。商人に化ける手引きをお夏が教えるが、その過程で二人は互いに惹かれあう。
「あの‥‥父から清十郎様にそろばんの使い方をお教えするようにと、申しつかってまいりました」
「かたじけない、これは商人には欠かせぬ技巧であったな」
 そろばんを渡す時触れ合う手にビクッと手を引っ込める鷹峰お夏、冷静ながらも礼儀正しさを見せてすっと手を引く澄華清十郎。
 宣伝を兼ねてあらかじめ観客には男女逆転劇である旨知らされているが、観客達の表情がなんか妖しい。男性客がなぜ鷹峰のお夏にハァハァなのか。
 「食べちゃいけません」と言われると尚お菓子を食べたくなるのと同様に、実は男だから萌えちゃ駄目と思えばなおさら、軽業で培ったしなやかな体つきや、それを生かして作る娘らしい仕草が目に付くのだろうか。声色の技法で女声を出しているのもいわば反則(何のだ)。
 反面、女性客は澄華の清十郎にうっとりである。華奢ではあるが武芸者ゆえか姿勢正しく自信にあふれ、しかもスネ毛もヒゲのそり残しもありえない美形とくればむべなるかな。
 もとい、芝居は進行中である。但馬屋には切れ者と評判の番頭・勘十郎がおり、彼を信頼する但馬屋は勘十郎にも清十郎の手助けを頼む。
「私はここの番頭勘十郎と申します。よろしくお願いしまガッorz〜いたいです〜」
 作り物の商人風髷を乗せたリーラル、その重みでか、お辞儀した途端に行灯に激突した勘十郎、涙目でそそくさと袖に引っ込む。冷静な切れ者‥‥のはず(トオイメ)。
 お夏は健気に清十郎を看病し、色々と町の噂や情報をもたらす。が、面白くないのはリーラル勘十郎。障子の影から話し込む二人を覗いて悔しげな表情をする場面‥‥のはずが。
「お嬢様があんな笑顔を‥‥あぅ〜!?」
 ばりばりと障子を突き破って部屋に倒れこむ。そこへばふっと清十郎が素早く布団を被せて証拠隠滅。
 菊の機転で横断幕が引かれ、その間お夏清十郎はもがもが暴れる布団を引きずり退場した模様。

 清十郎はやがて、お夏を通じて、この町に巣食う謎の一味が世を乱そうと画策しているらしいとの噂を耳にする。
「もしや、その一味が勅使文を? しかし、その一味の居所も正体も、手がかりはなし‥‥か」
 悩む清十郎‥‥もとい澄華の憂い顔に、十代らしい少女の観客群が「んはあっ‥‥」ともう今夜は帰らないからといわぬばかりのため息をついた。
「お役に立つかどうかはわかりませんが、よく当たる占い師を知っております」
「占い師?」
「いえ、熊野比丘尼なのですけれど、先読みの力を持つのだそうです」
 お夏の情報を頼りに、清十郎は比丘尼が時々現れるという裏通りへ赴く。
 市女笠を目深に被った熊野比丘尼は、清十郎に「京都にこの頃怪しい出来事はないか」との問いかけに、静かに答える。
「暗い影がこの国に手を伸ばしてきております。お気をつけて」
「暗い影、とは‥‥もしや御所を撹乱せんとの陰謀が!?」
「影を捨て置けば、影が御所に手を伸ばすは必定」
「もはや猶予はならぬということですか‥‥一味の居場所を教えてはくれませぬか」
「されば光の‥‥よいしょ」
 じゃらんじゃらんと比丘尼の胸に提げた数珠が‥‥多分その胸が豊か過ぎるせいで正しい位置に収まらない為‥‥やたら鳴る。それを肩に押しやって熊野比丘尼は予言した。
「光のあるところ必ず影はあるもの。不義理と思わず、一度身近な人々に目を向けてみては如何でしょう」
 ひらりと笈摺を翻し比丘尼は去る。
「身近な人々を疑え」という比丘尼の予言に引っかかりを感じつつ、清十郎が但馬屋に帰ると、おさんどんの少女がこっそり清十郎の荷物を探っている場面に遭遇。
「何をなさいます!」
 清十郎が少女を叱咤すると、少女はにやりと笑って正体を明かす。
「へへん♪バレてしもーたか。なら冥土の土産に教えたろ、おさんどん手伝いのお玉とは世を忍ぶ仮の姿、うちは下っ端デビル・スダマや!」
「スダレ?」
「そうそう夏の暑いときに窓にぶらさがって日よけに‥‥ってちゃうわー! くっそう、こっそり着物に毒針仕掛けてあの世へ送ったろ思うたのに妙にカンのええ奴ちゃ、むかつくわ〜」
 ノリツッコミをしつつスダマは清十郎の剣から逃げ回る。
 その清十郎の背後からいきなり、勘十郎が斬りつける。
「か、勘十郎殿!?」
「へへーん♪ そいつは前からうちらの仲間や。勘十郎、やっちまいなー!」
 リーラル勘十郎、日本刀を振りかぶった! 澄華清十郎危うし!
「清十郎かく‥‥ごっ!? (どったーん)」
 勘十郎、何もない場所につまづいて日本刀を吹っ飛ばす。日本刀(ハリボテの小道具)は空中でクルクルと回転し、スダマの頭上にすこーんとヒット。
「‥‥や、やるな、清十郎‥‥かくっ」スダマは倒れる。
「っていうか、自滅ですよね?」
 倒れたスダマを生暖かく見守りつつ、清十郎は勘十郎を問い詰める。なぜ魔物の手先になっていたのかと。勘十郎は、実はお夏に片思いをしていたと涙ながらに打ち明ける。
「‥‥私はあの方がとてもいとおしかった。だから願いをかなえてくれると言われたときに心に何かが住み着いたんですよ」
「この陰謀の黒幕を、ご存知なのですか? ならばその正体を私にお教え下さい」
「スダマの導きで、一度だけ見たことがあります。それはそれは美しい姿をした、人ならざるモノ‥‥」
 勘十郎の語るところによれば、デビルの巣食うは廃れた神社の祠だという。覚悟を決めた清十郎、刀に経文を書きつけ、単身デビルの居所へ乗り込もうと出立した。

●リバース悲恋!?
「京都の撹乱をもくろむ魔物、出でませい! 山名清十郎が退治に参った」
 澄華清十郎、凛然と声を張る。舞台奥に設けられた祠(大道具)の奥に黒い垂れ幕が張られている。その垂れ幕をかき分けてデビル登場。
「小癪な‥‥わが目論みを阻みし人間よ。わが魔力でその愚かしさ、思い知らせてくれよう」
 深紅のドレス姿のデビルに観客が息を飲む。黒い垂れ幕の背景も相まって、いかにも人ならざるモノの美しさに見える。
 いや魔力なんていらないよ、その谷間(何の)だけで充分悪魔信奉者になります! と言わぬばかりに男性の観客達がわれがちに舞台かぶりつきの位置へ詰め掛ける。
 「悪魔調伏!」
 清十郎が斬りかかる。デビルは鼻で笑って清十郎の周囲に魔力の炎を発する。
 炎‥‥といっても菊と千之助が舞台の両袖から赤い布をひらひら振っているのだが、立ち回りが真に迫っているので結構それらしく見えるのだ。
 だが、清十郎は炎に臆することなく、その中に飛び込むようにしてデビルを一刀両断!
「ば‥‥馬鹿な‥‥この炎を恐れず飛び込んでくる人間がいるとは‥‥っ」
 デビルは経文で清められた剣を受け、倒れた。
「心頭滅却すれば、火もまた涼し‥‥武士の心得です」
 だが、清十郎の全身はすでに炎に巻かれていた。炎は、清十郎を包むように激しく立ち上る。
 と、そこへ、勘十郎の知らせで、駆けつけたお夏。
「清十郎‥‥さ‥‥ま‥‥!」
 炎を見て、飛び込もうとするが、ついてきた但馬屋や勘十郎に抱きとめられる。
「離しておくんなさい、私は‥‥私は身分違いと知りつつあのお方に‥‥!」
 切ない叫びと共に、もがき暴れて着物が乱れる。鷹峰自らこの場面にと選んだ、白地に緋の牡丹を散らした京小紋だが、牡丹模様は主に右側に描かれているので、お夏が左を向けば死に装束めいて見えなくもない。
 という半狂乱の悲しみを演じるうちに、裾が乱れてふくらはぎ辺りがチラな状態に。
 実は同性と分かっちゃいるのにかぶりつきポジションの男性観客達は口ポカン状態でそのチラチラを眼で追う。
 そんな鷹峰は多分帰り道気をつけたほうがいい。いや、いろんな意味で。
「ああ、恨めしい清十郎様‥‥貴方は何故に炎の中へなど‥‥いいえ、それよりも私は私が恨めしい。何故に一言‥‥あのお方に想いを打ち明けなかったのでしょう‥‥」
 よよと泣き崩れる鷹峰お夏。ほつれ髪が白い頬にかかり、凄艶な影をつくる。
 「いっそあの世へ追いかけて、魂は清十郎様に添いましょう」と、自害をはかるお夏を、静かな声が止めた。
「陽は沈んでもまた昇るもの、京の都にかかる影を払いし光も同じこと‥‥沈んでも今一度、この都に昇りましょうぞ」
「比丘尼様‥‥? もしや、あのお方は生きて‥‥?」
 デビルの存在を予言したあの熊野比丘尼が、謎めいた言葉と微笑を投げかけ、去っていった。
 まもなく、炎が燃え尽きた後の瓦礫の下から、傷ついた清十郎が帰還する。不思議なことに、神社の狛犬が炎を寄せ付けず、清十郎の体を守っていたというのだ。
「よくご無事で‥‥お夏は嬉しゅうございます」
 鷹峰のお夏に抱きつかれ、澄華清十郎は一瞬硬直するが。
(「こ、これも芝居の成功の為‥‥」)
 頬を真っ赤にしつつも、「お夏殿っ」ぎゅっと抱き返す。
 女性観客、主に十代の少女達が「「「ギャーーっ!」」」妖しいラブシーンに黄色い悲鳴。
 但馬屋の主人が、清十郎宛の勅使文を届けに駆けつける。清十郎の役目を解くという知らせに、
「これで晴れて清十郎さんは、本当のうちの手代。身分違いなど気にせず、うちの娘を嫁にもらっていただけるというわけですな」
 いったん舞台裏に消えたお夏・清十郎カップル。再び舞台に上ったときは、お夏は綿帽子に純白の打ちかけの花嫁衣裳、清十郎は凛々しい竜胆色の袴姿。
 二人の婚礼を見守りつつ、勘十郎は一人身を引くのだった。
「皆さん、お世話になりました‥‥わっ? わたっ!?」
 ずでっ。転んだ拍子に幕を引っ張り、タイミングよく幕となった。
 
● 夢のあと
 舞台の後片付けは、冒険者達の助勢のお蔭で、寂しいほどに早く片付いた。今しがたまで夢の世界は、見る間に板ぎれや布の残骸となる。
「お疲れ様でしたっ」
 嵐蔵や千之助たちが、茣蓙を敷いて即席の花見で冒険者達をねぎらってくれる。桜茶をすすめる嵐蔵に、澄華が実は‥‥と打ち明けた。
「最初は、我が身に関わるだけでも騒がしい時勢に演劇なんて‥‥と、思っていたのですが、来てくれた人たち、皆笑顔になって帰っていくのを見て、気づきました。演劇で人に笑顔を戻すことも出来る。これも、立派な「戦い」なのかもしれませんね」
「ま、ほんのひと時の慰めかもしれまへんけれどね」
 嵐蔵が恐縮しながら、その手の器に甘酒を注ぐ。いそらがその傍の菓子箱を見て叫んだ。
「なんでこんなにお餅とかお菓子とかあるん? ご祝儀は皆の報酬になったはずやのにどこにこんなお金が?」
「いそら、菊さんにお礼言うとけよ。芝居見物客目当てに茶店が茶菓子売るやろ、その品書きを引き受けて、その礼金がわりに皆の打ち上げ用の甘酒やお茶菓子もろてくれはったんやがな」
 いそらを始め、皆が口々に菊に礼を言う。菊は甘酒を飲みながら、小声で叱った。
「嵐蔵さん、それはちと約束違えじゃ。この宴の用意はすべて、嵐蔵さんがしたこと、と皆に話してくれるようにと申しましたに」
「あっ‥‥すみませーん」
 売り出し中の嵐蔵の男を上げてやろうと言う菊の配慮を台無しにしてしまい、嵐蔵はひょこひょこ頭を下げた。
 裏方も表舞台の役者も等しく労るように、桜がはらはらと皆の頭上に花片をこぼした。