らぶみそちぇんじ。
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■ショートシナリオ
担当:小田切さほ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月28日〜04月02日
リプレイ公開日:2008年04月16日
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●オープニング
真心こめて作られた味噌が売り物の、小さな味噌屋・良武屋(らぶや)。
去年の秋から、店主は療養中で、その間店主の娘である4人姉妹が店を切り盛りしていたのだが、ついに今日は店主・宗右衛門の戻る日。
「そろそろ、父さん達の駕籠の着く頃よねぇ〜」
と、おっとりまったりな4人姉妹の長女・お陽。
「やっと父さん母さんと会えるのね♪」
と、ぽっちゃり丸顔で、お茶目な三女・お利津。
「っしゃあっ、メシの用意も掃除も完璧だぜ!」
と、熱血娘な次女・お蓮。
「一日千秋、です」
と、不思議ちゃん美少女の末娘・お滝。
やがて父たちの乗る駕籠が着き、4人姉妹は店先へ飛び出した。
駕籠から、懐かしい父が降りてくる。湯治が効いたのか、思いのほか元気の良い足取り。父を後ろからそっと支えるように、母も。
「ただいま。面倒かけたな、お陽、お蓮、お利津、お滝」
わっと声をあげて、娘達は父と母に抱きついた。
◆
久しぶりに娘達と囲む食卓で、姉妹の母のお駒も、父親の宗右衛門も、しばらく見ぬうちの娘達の成長に目を見張る。
一層大人びたお陽。女らしさが見え始めたお蓮、お利津。大人しかったお滝は動作がてきぱきと凛々しくなった。
目を細めていた宗右衛門は、おもむろに切り出した。
「温泉へ浸かりながら考えたのやが、わしはそろそろ隠居して、お前達に店の切り盛りを任せる時期やと思う」
「そんな、お父さんはまだまだ元気じゃない〜」
お利津が口を挟む。が、父は首を振る。
「いざというときに慌てるより、早めに準備しとくに越したことはあらへんのや。この店の跡継ぎやが‥‥お蓮。お前に任せようと思うとる」
「‥‥俺っ? で、でもお陽姉が長女だから、お陽姉が継ぐんじゃ‥‥」
お蓮が慌てた。お利津やお滝にも動揺が走る。
「いや、味噌の味利きはお蓮が一番確かや。代替わりで味が変わったと、お客様を失望させへんためにも、お蓮にこの店を継いでもらいたい。
お陽は味噌の味効きよりも、包丁の技が冴えとる。
お母さんの親戚に、江戸の料理屋の女将がおってな。ゆくゆくは跡継ぎとしてお陽を養女に欲しい、言うのやが‥‥」
お陽が何か言いかけたが、それよりも早く、
「うああああんっ。お父さんの馬鹿ぁっ!」
涙をぽろぽろこぼしながら、お利津が食卓を叩いて立ち上がった。
「お陽姉を江戸にやっちゃうなんて、私達4人をバラバラにしちゃうなんて、お父さんなんか、大っ嫌い!!」
「お利津っ。ちょっとあんた、落ち着きなはれ!」
と、いさめる母の声も、少しうわずっていて。
いつも笑顔のお利津は、声を荒げたことなど一度も無い娘だったので。姉妹もあっけに取られて、反応が遅れたほどだ。
「知らないっ!」
一言叫ぶや、ばたばたとお利津は店を飛び出していった。
夕暮れ時‥‥
「お蓮〜、見つかったぁ〜?」
「まだだぜ‥‥ったくお利津のヤツ、どこほっつき歩いてんだ‥‥!」
「青息吐息、です」
お陽とお蓮、お滝は飛び出したまま戻らないお利津を探し歩いていた。
日がとっぷりと暮れ、姉妹は不安な顔を見合わせる。
「お蓮、お滝‥‥冒険者ギルドにぃ行きましょう〜。お利津を探す手伝いをぉ〜頼む方がいいわぁ〜」
きっぱりとお陽が言った。
「そ‥‥そうだよな、冒険者なら人探しはお手のもんだしな」
お蓮は賛成し、ギルドの方へと姉の後について歩き始める。
だが、お蓮はそれとは別な不安を抱いていた。
(「やっぱ無理だ‥‥俺には、お陽姉みたく落ち着いて、皆をまとめるなんて出来ない‥‥店主継ぐなんて無理だ」)
おっとりマイペースなお陽は、感情に突き動かされやすいお蓮にとっては頼れる姉だった。お蓮がたちの悪い客に絡まれて、喧嘩になりかけた時、お陽がうまくなだめて、丸く治めてくれたこともあった。
お陽がいなくなったらと思うと、不安なのだ。
だが、お陽もまた‥‥
(「お父さんがぁ〜、私に江戸に行けって言ったのはぁ〜、やっぱり私がぁ〜、妹達にとってうっとうしい存在だからかしらぁ〜」)
世話焼きすぎな自分をひそかに気に病んでいた。
黙りこくって歩く姉達の後ろを、お滝はちょこまかと着いて歩く。その綺麗な顔はいつもと同じく、彫像みたいに端整だが、実はお滝だって、悩んでいるのだ。
(「せっかく剣術習って‥‥強くなったのに‥‥誰も‥‥守れない‥‥お滝‥‥ダメな子‥‥です」)
美少女と褒めてくれる人はいても、無口で社交下手。
実はお滝、自分は姉妹のなかで一番の役立たずではないかと、幼い頃から気にしているのだ。
そして‥‥
(「私が間違ってるの‥‥? 4人でいつまでも一緒にお味噌作りたいなんて、思っちゃいけないの‥‥?」)
人気の無い神社の境内で、お利津はため息をついていた。
そろそろ、晩秋に姉達や冒険者達と一緒に仕込んだ味噌の「天地返し」をしなくてはならない時期。
いつもなら「良武屋」では、天地返しの作業は家族そろって賑やかにすすめ、その後は味見と称して、まだ味の淡い味噌をあえ物やかす汁などに仕立てちょっとしたお祝いをするのが慣わしだった。
それももう、家族そろってすることもなくなるのかと思うと、ひどく遠い思い出のように思えて。
「はあ‥‥」
何十回目かのため息をつくお利津の目の前には、膨らみかけた桜のつぼみが揺れている。
☆良武屋4人姉妹について
○長女:お陽(23歳)‥‥正統派和風美人でおっとりまったりキャラ。長女(姉)ならではの色々な責任に悩んでいる。彼氏募集中
○次女:お蓮(21歳)‥‥男勝りな熱血娘。恋人あり
○三女:お利津(18歳)‥‥お茶目で子供好きの癒し系。彼氏募集中
○四女:お滝(16歳)‥‥意味不明発言の多い美少女不思議ちゃん。彼氏募集中
●リプレイ本文
●泣き味噌お利津
「どうしたお滝、お師匠様が来て下さったんだぜ」
お蓮は背中に隠れようとするお滝を押し出そうとするが、お滝は師と慕う氷雨鳳(ea1057)の視線を避けたままだ。
「お滝‥‥不肖の弟子‥‥です」
家族のトラブルを引け目に思っているのか、呟く。鳳はそんなお滝の手をぎゅっと握り、
「つまらぬ事を言っている場合ではない。お利津もまだ18の女子だ。1人歩きなど‥‥何かあってからでは遅い。なんとかせねばな。行くぞ、お滝」
凛然と歩き出す。お滝は消え入りそうな声で、
「お滝‥‥弟子でいて‥‥いい‥‥?」
「当たり前だ」
何をいまさらという口調で、鳳は言う。
「でも‥‥お滝‥‥お蓮姉みたいに‥‥ハキハキできない‥‥お利津姉みたいに‥‥ニコニコできない‥‥」
「お前はお前だ。無口でも社交下手でも、恥じることはない」
「ほん‥‥と?」
「おまえは人一倍努力もするし、落ち着きもある。だからお前の味噌焼きおにぎりは誰にも真似できない、絶妙の味と焼き加減なんだ」
お滝は応えず、鳳の手をぎゅっと力をこめて握った。鳳は小さな弟子を笑顔で振り返る。
「桃の木刀で毎朝欠かさず、素振りをしているそうだな。偉いぞ」
「‥‥はい。お滝‥‥強くなるです」
「さ、お利津の行きそうな場所を片っ端から探すぞ」
二人の師弟は、夜色になりゆく町へと歩き出した。
一方、良武屋では‥‥
「チェルシー、おめぇはどうする?」
と、お蓮はチェルシー・ファリュウ(eb1155)を振り返る。
「ん‥‥シエルが何か見つけたみたい。ついていってみるよ」
チェルシーは連れてきた熊狩り犬にお利津の匂いのついたスカーフを嗅がせてみたのだが、どうやら犬は匂いの痕跡を見つけたらしく、チェルシーの持つ綱を引っ張っていく。
「手がかり見つかったのかしらぁ〜」
お陽はほっとしたように見送る。草薙隼人(eb7556)が東雲八雲(eb8467)に借りた柴犬も、伏神亮(eb2990)の連れてきた犬もよく慣れてはいるのだが、匂いの痕跡を追う技術はまだ身についていないらしく、主人を守るように寄り添ったままだ。
「お蓮さん、自分たちも参りましょう。自分ではまだまだ頼りないかも知れませんが、お利津さんの行方について思い当たることがあれば、何でも遠慮無く言って下さい」
「う‥‥うん、亮」
亮の言葉で、お蓮も連れ立って歩き出す。
「あのぉ〜私は、どうしたらぁ‥‥?」
一人残ったお陽に心細げに聞かれて、明王院未楡(eb2404)が励ました。
「ご両親とお店は私達に任せて‥‥皆さんと一緒に迎えに行ってあげて下さい。きっと皆さんが迎えに来てくれるのを待ってますよ」
未楡の夫の明王院 浄炎も、宗右衛門夫妻に姉妹の近況など話して聞かせ、気持ちを落ち着かせている。内気な末娘がいつのまにか女剣士に弟子入りしていたりと、夫妻には驚くことばかりである。
琥龍蒼羅(ea1442)はなんとかお陽を励まそうと言葉を捜す。
「お利津の行きそうな場所や、心当たりはないか?」
「ん〜あの子ぉ〜友達は多いからぁ〜誰かの家に‥‥あ、でもお人よしだから、夜道で悪い男に騙されたりしないかしらぁ〜」
不安がるお陽を落ち着かせ、蒼羅は付き添ってお利津探しに出かけることにする。
と、入り口をガラリと開けて、入ってきたのはジーン・インパルス(ea7578)。
「おすっ♪ いつもの味噌、赤と白半々で‥‥って、アレ?」
《ゴッ》
「いきなりなんで殴る!?」
「お利津がぁ大変なのにぃ何暢気に来てるのよぉ〜っ!」
泣き泣き暴れるお陽を蒼羅や八雲が止める。以前店の手伝いに来て以来、味噌を買いに時折訪れるので、ジーンも姉妹の人柄と仲の良さは知っていて、お利津が家出と聞くと心配し、ペットの駿馬に乗せてお利津探しに連れて行ってやろうと申し出た。
「乗ってけよ。俺達は歩くのに慣れてるけどさ、お陽は長時間歩くのきついだろ」
「意外と‥‥ひっく‥‥優しいじゃないぃ‥‥でもぉ、ひっく‥‥お味噌はぁ、負からないわよぉ〜」
「ハイハイ」
同じく付き添う蒼羅が思わず苦笑する。お利津を捜し歩く道中は、お陽の思いっきり生相談タイムとなった。
「私ぃ口うるさいからぁ妹達にはぁうざがられてるだろうけどぉ〜養女の話はぁ急すぎてぇ〜」
長い、長いぞお陽の悩み相談。
「確かに‥‥料理の技術を伸ばしてやりたい親心はわかるが、実現如何にはまず、本人の意思がどうなのか、だな」
と、蒼羅はお陽の迷いを受け止めてやる。
「でもぉ〜やっぱり私ぃ、妹達の邪魔にぃなるんじゃないかしらぁ」
妹達への気遣いから、養女に行ってみようかという気持ちもあるらしい。どこまでも悩みを突き詰めていきそうなお陽を、ジーンは笑って励ました。
「前にも言ったろ? 自分のために行動しろって。良武屋に残るにしろ江戸に行くにしろ、自分で決めればいいのさ」
「ん〜、江戸前料理も習いたいけどぉ、京都にもいたいしぃ‥‥ジーンさんはぁどう思うぅ?」
「俺? ん〜、基本的にはお陽の意志を尊重したいけど、どっちかっていうと四姉妹揃ってた方が常連としては嬉しいわな」
「‥‥ほんとぉ〜?」
お陽の目がキラリと光った。が、それはまた後の話(何)。
◆
(「寒い‥‥」)
お利津は神社の祠の前で、体をすくめていた。もう空は夜の色。がさがさと庭の茂みが鳴る。おびえたお利津が思わず立ち上がった時、陽気な声と共に隼人が現れた。
「あぁ‥‥良かった‥‥無事だったか‥‥心配したぜ、餅肌美人さんよ」
泣き出しそうに顔をゆがめながらも、お利津はまだ虚勢を張った。
「わからずやのお父さんのうちになんか、帰らないんだからっ」
「草薙さーん。見つかった?」
チェルシーが祠の向こうから、犬に引っ張られてやってきた。隼人が笑顔でお利津を指すと、チェルシーもほっと笑顔を浮かべた。
「お陽に聞いたぜ。ここって、おめぇ達姉妹がいつも願掛けに来てる神社なんだってな。お陽が江戸へ行かねぇように祈ってたのかい」
こくり。お利津は頷く。
「神様よか、まず、自分の気持ち、思っている事を家族にぶつけないとな。ぶつけすぎるのもなんだが、話はそれからだぜ?」
「だって、お父さんったらわからずやなんだもん」
ね、と同意を求めるようにお利津はチェルシーを省みる。
「あたしは‥‥姉妹だけじゃなくて、お父さんお母さんも皆元気でいるってだけですごくうらやましいよ」
チェルシーがぽつりと言い、お利津は申し訳なさげな顔になる。同い年のこの友達は、既に両親を失っているのだ。
「私‥‥ワガママ過ぎたかな」
「ううん。おねーちゃんが大切なのはあたしも同じだもん。
せっかく皆、元気で一緒にいられるんだから、おなかの中身全部言ってしまえばいいんだよ」
「‥‥うん。やってみるね」
チェルシーとお利津が手をつなぎ、隼人がその二人を守るように先に立って歩く。
「ああ‥‥腹減ったなあ。こないだの良武屋特製梅見弁当、また4人で作ってくれると嬉しいんだが‥‥ダメかな?」
「隼人さんったらのんきなんだから」
お利津は拗ねてみせるが、
「お陽が江戸へ行ったら、あの4人で力合わせた弁当は食えねぇんだなあ。それが寂しいって客も一人いるぜって、親父さんとお袋さんに話してみちゃどうだい」
「うんっ。‥‥ありがと」
暢気に見えて、両親との話し合いのことを考えてくれていたのかと、お利津はそっと月明かりの照らす隼人の横顔を盗み見た。
先に帰宅していたお蓮やお陽、お滝たちがお利津と涙の対面をしたのは言うまでもない。
● 不意打ちお陽
家で心配しながら娘を待っていた宗右衛門とお駒もお利津の帰宅に涙を流さんばかりに喜んだ。
八雲がくれぐれも頭ごなしに叱るのは止そうと取り成したこともあり、夫婦は落ち着いて話し合う姿勢を見せた。両親不在の間の姉妹の頑張りを、未楡が言葉を尽くして聞かせた効果もあった。
まずその前にと、冒険者達をねぎらうための味噌料理をお駒は食卓いっぱいに並べた。
「どうぞ、召し上がっておくれやす」
筍の味噌焼き、自然薯の味噌汁、どじょうの甘露煮、等など。隼人の希望の梅見弁当は、お陽の焼き魚が間に合わず無理だったが、それを上回る品数が並ぶ。
「失礼ながら、未楡さんの話を売り掛け帳と照らし合わせてみたのやが、皆で工夫してわしの湯治費を稼いでくれた様子がようわかった。
梅見弁当は来年もと、お客さんからの要望もある程や。しかし、お陽を料理人として育てたい言うんは、お陽のためにもなることやと思うが‥‥」
「だが、4姉妹それぞれに違う役割があり誰が欠けても成り立たない、4人が協力して努力してきたからこそ今のこの店がある‥‥。大して長い時間ではなかったが俺が以前の依頼の時に感じた事だ」
蒼羅が言えば、宗右衛門も否定できずにううむと唸る。
未楡がさらに、後押しをした。
「折角の仲睦まじい姉妹‥‥共に店を盛り立てて行く方が良いのではないでしょうか? 料理の腕を生かすならば、料理屋を併設して、お陽さんが主として切り盛りして行ってはどうでしょう?」
「お陽の料理上手はひとつの財産やから、結婚するときの、持参金代わりに包丁の技があればええなぁと‥‥それさえ叶えば」
と、お駒は軟化し始めた様子。
「なら、修行の名目で少しの間江戸に行くのもいいかもしれないね。姉妹がそばにいるのもいいけれど離れた分、家族のありがたみとか、お互いによくわかるかも‥‥」
チェルシーの提案で、少し期間を置いて短期間の江戸行きならばとお陽も納得する。
「でもぉ、父さんが江戸江戸って私にぃ言うのはぁ〜、私が世話焼き過ぎてうざったいからなのぉ〜?」
お陽も思い切って口にする。宗右衛門は逆に、妹達が何事もお陽頼りになりすぎるのを心配なのだという。
「まあ、未楡さんの話聞いたら、それはわしの杞憂かもしれんな」
宗右衛門はほろ苦く笑った。
お陽は江戸修行はともかく、養女にはならないときっぱり。宗右衛門は怒りこそしないが、理由を聞かせろと請う。すると、
「こ‥‥この人が好きなのぉっ!」
と、筍のみそ焼きを食べてるジーンの腕をひっつかむお陽。
「へーそうなんだ‥‥って、俺!?」
驚くジーンだが、4人姉妹が目顔で「話をあわせてくれ」と必死で請うのに気づき、
「お、俺だって同じ気持ちだぜ、お、お陽(棒読み)」
「私をぉ〜江戸へはぁ〜行かせたくないわよねぇ〜?」
「も、もちろん。お陽と離れたくねーぜ(棒読み)」
お駒と宗右衛門夫婦はこそこそと耳打ちを交わす。
(火事場に強い男やそうな、意外とお買い得かもしれへんえ)
(しかし異国の男に味噌の味が分かるかのう)
商売人らしい計算もあって、宗右衛門はジーンを味噌蔵に連れてゆき、
「「川マスの麹漬け」や。これを食べて、味の感想を50文字以内で述べなさい」
謎の採用試験を課す。
「どーすんだよっ、俺試験されてるし‥‥」ジーンは物陰でお陽を捕まえ、詰問するが。
「話を合わせてくれてありがとうぅ〜。これ、お礼ぃ〜」
質問をスルーして、お陽は小さな壷を差し出した。
天地返しをした味噌壷の底に溜まる、「たまり」汁。大豆のうまみが凝縮した、ある意味味噌を超える調味料だ。
「おっ、サンキュー‥‥って、ん?」
(「もしかして俺、餌付け‥‥されてる?」)
一抹の疑問をスルーして(スルーかよ)、賑やかに味噌の天地返しが始まるのだった。
● とまどいお蓮
今年の味噌は、発酵の進みが早いそうな。
「‥‥去年より辛い‥‥です‥‥」
心配げなお滝に、
「うむ、しかしこれはこれで旨い。味噌も人も、1つ1つ、1人1人違っていていいんだ。人間も味噌も、こういう色んな味があるから面白い‥‥」
味見した鳳がにっこり告げると、お滝も安心顔になる。
味噌壷を運ぶ手伝いをする亮の傍に、そっとお駒が近づいてくる。食事中、お蓮がずっと彼に寄り添っていたさまを見て、これが娘の想い人と直感し、確かめるために。亮は臆せず頷いた。お駒は言葉を濁す。
「お蓮が女らしゅうなって感謝しとりますねんけど、うちら古い人間ですさかい」
僧侶の妻帯は仏教でも、宗旨によっては禁じられてはいない。
が、古来の倫理観では、やはり抵抗があるのだとお駒はいう。
「最初は私も、ただ僧として皆さんを手助けしようと参りました。ですが祈りで衆生を救うも、男として女性一人を幸せにするのも、根は同じことと思うようになったのです」
「そやろか‥‥将来のこと、おいおい相談さしとくておくれやす」
仏門を捨て、職業を変えて味噌屋の婿となることも視野においてくれるのかとお駒は尋ねたいらしいが、さすがにためらわれたのか、それ以上追求はしなかった。
お蓮がその後、亮に近づいて、妙に明るく言う。
「お袋が、変なこと言ったみてぇだけど、気にすんなよな。やっぱ僧侶だから俺と付き合えねえっておめぇが言うならそれでかまわねーぜ」
お蓮は母親に何か言われたらしい。先ほどまで、お陽のように姉妹を引っ張ってゆくことなど出来ないと不安がって亮に甘えて励まされていたのだから。
「私はお蓮さんさえ嫌でなければ、お蓮さんがこの店を切り盛りしてゆく手助けをいくらでもします。決して浮ついた気持ちでは‥‥」
「ん、ありがとよっ。でもよ、俺のせいで亮がせっかく入門した寺を辞めなくちゃいけないとかだったら‥‥俺」
(「俺、亮の人生のお荷物にだけはなりたくねぇんだ。おめぇが仏門を取るって言うならそれでもいい。でも‥‥」)
もし亮にそう告げられたらと、胸が潰れそうな思いのお蓮だった。
店に心地よい音楽が流れている。天地返しを終えて、休息中の皆のために、蒼羅が竪琴を弾いているのだった。
目を輝かせてその傍で聞いているのはお滝。音楽に興味があるのかという問いに、お滝は力いっぱい頷く。
「鳳さんみたいに‥‥剣と、横笛‥‥両方上手に‥‥」
「笛か‥‥触ってみるか? 『葉二』だ」
蒼羅が荷物から笛を取り出し見せ、お滝はそっと触れてみる。
「お前も無口だな。以前の俺も似たようなものだったが‥‥」
蒼羅が苦笑して言った。
「‥‥そうは、見えない‥‥です」お滝は首をかしげた。
「そうかな? だとしたら、こいつのお蔭かもしれんな。奏者の心がそのまま表れるのが演奏、その練習をしているうちに自然とそうなっていったというところだろう」
愛しげに、信頼する友人のように竪琴を自然に抱えて鳴らす蒼羅。そしてお滝は長い時間、調べに聞き入っていた。
●不可思議お滝
数日後。
早朝、自宅の戸を叩く音がして、蒼羅が戸を開くと、そこには誰もおらず、ただ竹の皮に包んだ味噌焼きおにぎりがこんもりと積み上げられていた。
「‥‥?」
狐か狸の恩返しかと謎現象に首をひねる彼を、少し離れた物陰から‥‥
「驚天動地‥‥です」
くっふっふとほくそ笑みながら、少女が一人見守っていたそうな。