地固め、花しずめ

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:04月23日〜04月27日

リプレイ公開日:2008年05月02日

●オープニング

 鳥居の朱色ははげ、石段も狛犬も苔さびた、古い神社。
 そこを守っているのは、痩せた小柄な老宮司、たった一人。
 境内で唯一立派なのは、紫の花をいっぱいにつけた、見事な藤の木。
 その木を枯らさぬように、毎朝水遣りをするのが宮司の日課。
「やーれ、やれ‥‥」
 水遣りを終えると、曲がった腰を伸ばし、ぽんぽんと叩くのも日課のひとつ。あとは、境内を遊び場にする子供達を話し相手に、日々を送っている。
「「おじいちゃーん!!」」
 朝ごはんを終えた子供達が、今日も彼のもとに三々五々、駆け集まる。
「ねえ、今日もおはなし聞かせてえ」
 子供達は、老いた物知りの友にねだるのだ。
「よしよし、何の話が聞きたい?」
 笑い皺のよった眼をさらに細めて宮司は問う。
「おじいちゃんの昔のお話がいい」
 「むかし」という言葉の意味をまだ知らぬ子供達は目を輝かせる。
「そんなら、今日は『鎮花祭』のお話をしてあげようかの。じいちゃんが若い頃、この神社で行われていたお祭りじゃ。
 花の美しさとその霊力で、災いを封じ込めようという祈りをこめたお祭りでのう。まずはじめに武者姿の若者が剣を持って『地固めの舞』を舞う。
 これは、花を咲かせる土地を清め、しっかりと固めるという舞いじゃ。
 勇ましい舞いでな。若者が鎧を身につけ太刀を手にくるくると回りながら大地を踏みしめるその姿は、いつもよりうんと凛々しゅう見えてのう。
 おなごたちは胸をときめかせたものじゃよ。
 その次が『花の舞い』じゃ。
 白と緋の衣を着た女性たちが、藤や桜、花の枝をかんざしがわりに髪に挿し舞うのじゃよ。
 ひらひらと衣がなびく、髪に挿した花がはらはらとこぼれる。
 花の精が舞い降りたように、美しい様でのう、それを見つめながら皆で神楽歌を歌うのじゃ、
  や とみくさのはなや
  やすらひ花や
  や とみをせばなまへ
  やすらひ花や
 ‥‥と。琴や笛が奏でる楽と、花の香りで、この小さな神社がいっぱいであったものじゃ」
 聞き入っていた子供達は、うっとりとそのさまを想像し、囁きかわす。
「『ちんかさい』って綺麗だろうねえ」
「見てみたい」 
「見たい、見たぁーい」
「ねえ、もうやらないの、『ちんかさい』?」
 しまいに、子供達は老いた宮司の袖をつかんでねだり始めた。
「そうさのう‥‥」
 宮司は、小さな手に揺さぶれながら、遠い思い出を呼び起こすように、呟いた。
 ◆
 冒険者ギルドに、かの宮司が訪れたのは、その数日後。
「『鎮花祭』‥‥ですか」
 ギルドの受付係は、宮司が差し出す、小さな皮袋を受け取った。
 袋の中には金が、だが、さほどの重みは感じられない。
「恥ずかしながら、この頃は賽銭も集まりませぬで。神社に残る笛や篳篥(ひちりき)を売った代価を持参いたしました。‥‥舞い手の衣の代金ぐらいにはなりましょう?」
「お預かりいたしましょう」
 受付係は言葉少なに受け取った。宮司の祭服が、だいぶん着古したものであることをちらりと見て取りながら。
「しかし‥‥ギルドの助けを借りてまで、なぜ古い祭りを蘇らせようとお思いに?」
 受付係の問いに、宮司は答えた。
「子供達への、せめてもの贈り物ですよ。
何かと不安な時代でございますから、子供達のひとときの慰めと希望になればと‥‥いえ、本当は私がもう一度見たかったのかもしれませんね」
 宮司の皺深い顔に、ちらりと少年のような笑みがよぎった。

●今回の参加者

 ea1011 アゲハ・キサラギ(28歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 eb0711 長寿院 文淳(32歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb2918 所所楽 柳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb4021 白翼寺 花綾(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5061 ハルコロ(30歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec3983 レラ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec4697 橘 菊(38歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

白翼寺 涼哉(ea9502)/ キドナス・マーガッヅ(eb1591)/ 明王院 浄炎(eb2373)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601)/ 雪村 真之丞(ec3987

●リプレイ本文

● 花吹雪
「あ、来た来たっ」「こんにちはーっ!」
 鎮花祭の手伝いに訪れた冒険者達は、いきなり子供達の出迎えを受けた。
 冒険者の手伝いのお蔭で鎮花祭が見られる、と宮司が言い聞かせたせいか、いつも境内を遊び場にしている子供達が何か手伝おうと集まっていたらしい。アゲハ・キサラギ(ea1011)、所所楽柳(eb2918)の荷物を、ジャイアントの少年が運んでくれたり。それまでの道中でも、仲間達が馬に積んだりして手伝ってくれていたのだが。
 鎮花祭は子供にこそ見せてあげるべきと考えていたアゲハは心をこめて礼を言った。
「ありがと。お祭り当日には、沢山お友達連れてきてね。ここにはこんな素敵なお祭りがあるんだって、キミ達の祖先さまもこうやってきたんだって伝えたいな」
 他意はないがつい持ち前の、上目遣いの艶っぽい表情になってしまったアゲハである。ぼふっと頬を染めて少年はそっぽを向く。
「それは触っちゃ駄目だよ」
 柳の声に、柳の持参した太刀に触れようとしていた少女がびくっと手を引っ込める。
「それはとても切れ味がいいんだ。綺麗な手に傷がついちゃ‥‥ね?」
 微笑かけると、少女は夢見るような表情で頷いた。よく男性に間違われる故、男舞いを舞うためにも男として通すつもりで来た柳としては、ごく自然に男として振舞っているだけ。だがこれがもし少女の初恋となったなら、それはかなりの罪つくり。
 拾い集めた木の葉や、薪の残りの木片に神楽歌を書きつけ、橘菊(ec4697)が子供達に配る。
「これはの、鎮花祭の神楽歌というものじゃ。祭りの最後に、宮司殿と一緒に歌うのじゃ」
 大好きな老宮司のお手伝いになると聞いて、子供達は真剣な顔で読み覚える。
 一方、長寿院文淳(eb0711)、 明王院未楡(eb2404)、白翼寺花綾(eb4021)、レラ(ec3983)が寄進を申し出ると、宮司は困惑の表情。
 一応報酬を用意した「仕事」であり、その目的はあくまで、祭りで周囲に幸をもたらすこと。 逆に報酬を上回る寄進を受け取るというのは本末転倒である、仕事は頼むわ寄進ももらうわでは、神社としての役目に反すると宮司は言う。
「では‥‥この見事な藤の木の‥‥見物代となさっては‥‥?」
 未楡が言う。神社境内の藤の木の古木は、確かに見事なものだった。宮司は苦笑した。
「では、見物代としては高すぎる故、それぞれ申し出て頂いた分の半額をお預かりするとしようかの」と。
 その後は、衣装合わせと舞・楽の稽古。
 二人のチュプンカミクル、ハルコロ(eb5061)とレラは、未楡が二人の体に合わせて直した巫女衣装に袖を通し、嬉しそうに故郷の言葉を交わす。
「ピリカアンミプ」
「コイネウサルカリムセ♪」
 花綾は付き添いである父・白翼寺 涼哉の背中に隠れて、ちらちらっと時折アゲハを見つめる。
「ぼぼぼ僕‥‥おっ‥‥おっ‥‥おっ‥‥姫様とっ‥‥どうしたらっ‥‥」
 チサト・ミョウオウインがリラックスさせようと色々話しかけても、遠い憧れの存在であったアゲハと同じ場所で同じ舞いをするということに、興奮し過ぎて。
「こう大人数で踊る機会もないから、純粋に楽しみだね♪」
 アゲハに話しかけられても、小声で応えるのがやっと。
「あのっ‥‥ぼ、僕‥‥お姫様の‥‥足引っ張らない様に‥‥踊る‥‥ですぅ‥‥」
 そこへ、男舞いの衣装に着替えた柳が部屋に戻り、見とれる花綾と目が合い、微笑かける。
「男舞いの衣装だけど、どうかな? 長さはどうやらいけそうだけど」
「ふみゅうぅ〜〜!」
「花綾ちゃん、お水飲んで、お水!」
 約一名を失神させた後、柳は音楽の稽古に入る。
 舞い手たちは宮司の記憶を頼りに、稽古を始めた。宮司にも新しい衣装をと、裁縫に励むミユだが、子供達が膝に座ったり話しかけてきたりで、忙しい。
「宮司様、よろしくお願いいたします。細かい所作は違っていても、雰囲気だけは少しでも再現できる様に努めたいものですわ」
 と、生真面目なハルコロは宮司の言葉を一言も聞き漏らすまいと真剣だ。
 一通り練習を終えると、舞い手達と奏者達は周辺への告知に出かける。
「太陽の下で舞えるなんて、カムイノミを思い出しますね」
「ええ。でも宣伝に力を入れすぎて、稽古がおろそかにならないようにしませんとね」
 楽を奏でる背の高い柳と文淳に挟まれて、いかにも楽しげに踊る小柄なレラとハルコロが、優しい兄二人に守られた幼い妹達のようだ。少し離れた場所で、雪村 真之丞も祭りの告知をしている。
 鉄笛と蛇皮線を交互に奏でていた柳も、手ごたえがあったようで。神社に戻り、人は集まりそうかと心配する宮司に応えて、
「僕が『鎮花祭』をよろしく、って言って回ると、女の子がいっぱい集まって話を聞いてくれたよ。やっぱり女の子は花に興味があるんだろうね」
 『花に』‥‥それはどうかな(何)。
 未楡と菊は近隣の住民達へ祭りの次第説明を行い、手伝いや寄付を募る。
 最初に訪れた、二人が顔なじみの染物屋は、本来神聖なものである祭りを宣伝に利用することは、商いの道にもとると断った。ただ、あくまで近隣住民としてのレベルだが継続的に賽銭を捧げることは約束してくれた。
「そうですわね‥‥やはり、神社の祭りは‥‥氏子達の幸を願うためのものですものね‥‥」
 未楡も、その補佐として随行した菊も、同じく頷くしかない。
 それでも、染物屋の隠居をはじめ、町の老人達が若い頃に見たあの花祭りをまた見られると喜んで、何がしかの金や炊き出しなどの協力を申し出た。
「何とかなりそうじゃの」菊の憂い顔にも微笑が浮かんだ。

● 蝶舞うや
 祭りは朝の巳の刻頃行われる予定だったが、冒険者達は当日の早朝明け六ツ頃まで、宣伝を敢行した。
 時が来た。告知から戻った文淳たちは、すぐに祭りの準備に入る。明王院 浄炎、チサトの手で神社の拝殿の塗料は塗り直され、古ぼけた賽銭箱などもきれいに直されてある。唯一の見事な見ものである藤の木にも、幣をつけた綱で囲いがされている。素材はキドナス・マーガッヅが口にものをいわせて相当値切ったそうな。
 だが、奏者と舞い手への負担が最大の気がかりであるらしく、何度も宮司は念を押す。
「長丁場ですから、無理なさらぬように‥‥」
「せっかくの機会ですから、精一杯演奏させていただきます。『鎮花祭』の名を耳にしたことはありますが、立ち会うのは初めてですしね。とても楽しみです」
 いつもの墨染めの衣を若草色の狩衣に着替えて、文淳は微笑する。美女のようにたおやかな笑顔だが、神に捧げた身ゆえか、色香というより癒しを強く感じさせる。
 同じく奏者としても働く柳も、強く頷く。
「僕もさ。こうして調を重ねる機会には、今まであまりめぐり合えなかったから‥‥同じ楽器、同じ音色を二つの立場から重ねる‥‥高揚感を禁じえないんだ」
「こちらこそ、才気溢れるお方と競演するのは良い刺激になります」
 奏者としてのエールを送りあう文淳と柳。
「あ‥‥しかし舞いが主役ですから、舞いに合わせながらも主張しすぎぬように‥‥なおかつ見事な舞に心を奪われない様にしながらでしょうから、中々難しいかも知れませんね」
「文淳さんでも難しいくらいだから、並の男の子達は気絶しちゃうかもね?♪」
 悪戯っぽく笑うアゲハは、既に男舞いの衣装を着付けている。
 舞い手であるアゲハにとっても、細身の柳にとっても、本来の男舞いに用いる太刀は重い。アゲハの希望もあり、ショートソードを用いることに。
 さらにアゲハは男舞女舞両方を担当するので、負担をかけすぎぬようとの宮司の配慮で、男舞いはかなり時間を短く設定してあった。
 宮司が境内を清め、地固めの舞いが始まる。
 藤の木の下に幣の付いた綱で囲われただけの「舞台」に、アゲハと柳が進み出る。それぞれに純白の狩衣姿で、アゲハは女の子っぽい色香を隠すために天狗面を付け、長身の柳は清廉さを強調するため蒼天の陣羽織を羽織っている。文淳の笛‥‥名笛「桜の散り刻」が大地を讃えるに相応しい重厚なメロディーを奏でる。とん、と二人は足踏みをし、剣を抜いた。剣を抜き、天を指す。ゆっくりとターンして再度足踏み。重みのため、すべてはややゆっくりとした動作だったが、それが観衆には重々しさにも映り、鎮花祭復活の第一歩という緊張感を印象付ける役には立ったようだ。
 男舞い終了。柳とアゲハはあはあと息を切らして、ほとんど倒れこむように社務所に戻る。菊が急いで飲み物の入った壷を運び、二人をねぎらった。
「白湯を用意してある故、ゆるりとお飲みなされ。長寿院殿が楽を奏で、祭りの気が抜けぬよう保ってくれるはずじゃでな」
「ずいぶん疲れさせてしもうたのう‥‥」宮司が心配そうに口を挟む。
「‥‥それも‥‥覚悟の内‥‥どっちも雰囲気の異なる舞になるけど、絶対にこなしてみせるんだから!‥‥」
 呼吸を整えながら、アゲハがにっこり言い切った。
「有難う、有難う‥‥」
 宮司が深々と頭を下げて礼を言う。
 少女が二人に手ぬぐいを差し出す。初日にも会った、近所の子供達の一人だ。
 汗をぬぐい、柳は少女に微笑かける。
 「ありがとう。僕の地固めの舞い、どうだった?」
「は、はいっ‥‥と、とってもステキでしたっ」
 少女は潤んだ目で唾を飲み込む。その男装はもはや犯罪の域に(略。
 だが予想以上に二人は疲れていたので、もう少し間を持たせてはと宮司が言うので、急遽菊が舞台に立ち、「鎮花祭」の由来等を観衆に説くことに。
「そも、鎮花祭とは、昔都に疫病が流行りし折、疫神を祓うために始まり‥‥」
 菊が神楽歌のことなどをざっと説明し、文淳がその間も地の舞いの折よりややテンポを落とした調べを奏で、雰囲気が途切れぬように務める。
「やはり月は太陽にはなれぬように、私には裏方が性に合っているようじゃ」
 菊は呟くが、祭りの由来を若い世代に伝える役割も裏方と同じく必要なもの。楽しさ華やかさだけではない、衆生の幸福を願う意図なくして祭りは成立しない。
 そして「花の舞い」の時が来た。アゲハ・花綾・ハルコロ・レラは伝統的な白と緋色の巫女衣装を纏っている。柳はそのすらりとした長身が一層際立つ紫綬仙衣に着替え、文淳の隣に掛けて笛を奏でる。文淳と柳、二つの音色が重なる。柔らかく深く、異なる色を重ねて季節を現す色襲のように。舞姫たちはそれぞれに違う花を髪に挿している。
  ハルコロは金色の髪に鮮やかな椿の簪、花綾は紅の髪に紅白梅の簪と目にも彩な髪と花。アゲハの純白の大手毬は、白い大輪の花を簪にした肖像があると、ギルドから宮司が聞きつけて用意したもの。レラは可憐な白躑躅。
 小さな声で、花綾が懸命に「ファンタズム」の呪文を唱えている。観衆がどよめいた。巫女達の背景に、満開の桜の枝が浮かんだのである。
 本当ならひらひらと舞う桜の花びらを現したかった花綾だが、ファンタズムの幻は静止した像のみ。だが花綾としては不本意でも、観衆達には、居並ぶ巫女達の背景に桜が浮かんだ光景は充分に驚きであったようだ。文淳の奏でる笛の音が、どこか哀調を帯びた優しい曲を奏でる。
 『ゆ、夢みたいですぅ‥‥憧れのお姫様とっ、やぁあっと一緒に踊れるですっ‥‥!』
 緊張しまくりの花綾だが、視界の隅でアゲハの美しい舞い姿を意識しながらもひたむきに舞う。
 巫女達は皆で一輪の花になるかのように、輪になり舞台をめぐる。また輪はほどけて、散る花びらが舞うように一人ひとりが東西南北に広がり舞う。
 アゲハが蝶の精と化したかのように、ひらひらと袖をなびかせて観衆の目前ぎりぎりを通り抜ける。甘い香りが広がる。
 ハルコロの金の髪が陽光を受けて輝く。舞うことが大好きなレラはほのかな微笑を浮かべている。
 やがて巫女達は、自身が花と化して災厄を封じ込むかのように、地に座して花簪を捧げ、祈りの姿勢。
 純白の花びらがはらはらと、俯いたアゲハの髪から振りこぼれた。
 見つめる観衆の眼からも、涙がこぼれる。それもそのはず、柳と文淳が奏でた笛は、涙を誘う音色持つ名笛「桜の散り刻」だったのだから。幾十年ぶりに見た祭りを、老人達はどんな思いで見つめているのか。幼い子たちは初めて見る祭に瞠目している。
 鬼の面をつけた氏子の少年が、ドン、ドンと強く太鼓を打つ。
「いま争わで、寝なまし殿を、いま想い出て、あなしたら恋し」
 菊の配った木片の歌詞を見ながら、子供達が唱和する。
神楽歌が終わり、結びの言葉を述べるはずの宮司は、じっと拝殿に立って動かない。
「宮司さんの思い出にあるお祭りも、こんなだった? ‥‥あれ?」
 アゲハが宮司に問いかけたが、宮司は応えなかった。というより、応えられなかったのだ。泣いていたので。
「違う神を信じる方々なのに‥‥異国の方もいるのに‥‥こんなにも力になってくださって‥‥」
「そりゃ、神事っていうのは神様を祭る行事だけど、神様っていうのは一人じゃない。村の御霊だって聞いたことがあるし‥‥それぞれの信じる神様を心に描きながら、みんな舞ったり奏でたりしてたんだと思うし、だから‥‥」
 泣かないでとアゲハは言いたかったのだが、やり遂げた感激からか、同じく涙がこみ上げて来て言葉につまった。
 それもやはり「桜の散り刻」の効果かもしれないが、それだけでないことは言わずもがなだった。

● 朧の夢
ともかくも、祭りは終わった。まるで夢のあとを楽しむかのように、観衆達はなかなか神社の境内から去ろうとしなかった。冒険者の紹介だという、味噌屋の四人姉妹が花見弁当を売り出していたためもあるかもしれない。
冒険者達が社務所で着替えていると、近隣の人々が相談があると真剣な表情で宮司と冒険者達に会いにきた。
「今日の鎮花祭、ほんまに素晴らしかった。出来ればあなた方の仰る通り祭りは来年以降も続けたい。しかし、私らでは到底‥‥」
 要するに、舞いといい音楽といい、今回のレベルが高すぎたということだ。もし来年、祭事を引き継いだものの今年のレベルが保てなければ、近在の人々の士気は下がり、引いては祭りがもたらす観光収入にも顕著に影響を与える。だから来年も冒険者達に舞いと音楽の指導を頼めるのかと、人々は問いかけた。
 冒険者達は顔を見合わせる。ジャパンの現況は難しい。冒険者達が来年、戦やそれに伴う慰問で駆り出されていないとも限らない。
「約束はできませんが、出来るだけのことはさせていただきましょう。この祭りが来年以降も続いていくよう、私ども一同も、願っております故‥‥」
 文淳が静かに説くと、人々は「お願いしますっ」と深々と頭を下げた。

 冒険者達は神社を辞した。
 文字通り、今回は鎮花祭が続けられるための「地固め」となったのかもしれない。