●リプレイ本文
●卯月三十日・昼
《♪川の水面にゆらゆら映る二人は笑顔 たまには困らせたいのにね 貴方がいると笑顔しか出来ないの‥‥》「空の下」BYイロンカ・ユミン
「いっぱい花が咲いてるね。私、ジャパンの春って好きだな」
真昼の新緑鮮やかな川べりで、銀色の髪を風に遊ばせながら、シルキー・ファリュウ(ea9840)が長身の青年に笑顔を向ける。シルキーは青年の腕に甘えるように寄りかかっているが、それも当然。彼、アシュリー・エイシャは彼女の夫だから。
「僕も春が一番かな。こうして外でデートできるしね」
「デ、デートとかそういうんじゃ‥‥た、ただ一緒に散歩なんてどうかなと思って‥‥」
「えっ、夫婦が一緒に散歩するのは、デートじゃないの?」
「あ、やっぱりデート‥‥かなあ(テレ)」
「デートだよ、絶対(テレ)」
お互いにテレている。ともあれアシュリーは嬉しすぎて若干テンションが高くて、どうでもいいことにもツッコミをいれずにいられない様子。だが嬉しいのはシルキーも同じくで、大きな柳の木の木陰に着くと早起きして作ったお弁当のかごを差し出した。
「ありがとう‥‥嬉しいよ」
「で、でも‥‥あなたや妹みたいにおいしくないかも」
「っていうか、君が僕のために早起きしてくれたっていうのが既に嬉しかったり」
朝の弱い妻をからかって、アシュリーは包みを広げ、歓声を上げた。
「おおっ!? すごい、ハート型の卵焼きだ!」
「ちょっ、人が見てるから‥‥(汗)」
ぱく。もぐもぐ‥‥無言。
「ごめんっ、何か失敗した? だめだったらお店でご飯にしようか?」
おろおろなシルキー。だが、夫は笑顔だ。
「‥‥いや、すごく美味しいんだけど‥‥これ」
「はっ!? いやああぁ、なんで!?」
アシュリーが指差すお弁当箱の隅っこには、なぜか「火打石」が入っている。一生懸命料理するあまりやっちまう、新妻にありがちな失敗というやつだ。顔から火が出そうな勢いで恥ずかしがるシルキーだが、その途端にお腹を押えて眉をひそめる。
「痛いの? 大丈夫?」
「う、うん‥‥この子も、びっくりした‥‥みたい」
無理に笑顔を浮かべ、夫の手を取り小さな命が存在を主張しているお腹に当てた。
「? どうしたの?」
アシュリーの顔が何かを必死に堪えているように見えたのでシルキーは聞いた。
「いやちょっと。僕に家族が‥‥出来たんだね」
少し涙声。シルキーはあえて明るい声で答えた。
「ねえ、子供が生まれたら‥‥また一緒に来ようね」
返事は聞こえなかったが、改めて聞くまでもなかった。夫がいきなりシルキーを強く抱きしめたので。
●皐月一日・四ツ半刻
《♪透明な水の飛沫浴びて まっすぐに遠く目指す貴方 疲れたらそっと膝にもたれてね》「SPLASH」BYイロンカ・ユミン
晴れ渡る青空の下、家は隣同士なのにわざわざ待ち合わせをするカップルがいた。それは橘一刀(eb1065)・和泉みなも(eb3834)のご両人である。
「一刀殿、お待たせいたしました」
愛馬に跨ったみなもはぴょこんと頭を下げる。同じく愛馬の背上で、一刀は微笑で応える。
「いや、構わぬ。ただ、隣同士なのに何故待ち合わせするのかが良く分からぬが‥‥」
小柄で童顔、まるで一対の道祖神のように可愛らしい二人だが、互いに抱く敬意のせいか、礼儀正しい言葉遣いを崩さない。
その時、どこからともなく声がした。
「「それがデートのお約束よっっ」」
「何と申された?」
「いえ、私は何も‥‥?」天の声? に二人はきょとん。
二人は馬の歩を進め、中心街から少し離れた、川の上流にある滝に到着。
日差しに弱い一刀は日傘を手に馬から降り、みなもの隣で清冽な水しぶきの運ぶ爽やかな冷気に目を細めた。
「滝を見ていると、心が和みますね」
みなもは微笑で恋人を振り返るが、一刀はじっと滝を見つめている。
(「佐々木流の開祖は、滝を見て技を思いつかれたのだったか‥‥」)
「また修行のことを考えていらしたのですか?」
「あ? ‥‥いや、なんでもない」
(「いかんな、こう言うとき位は修練のことは忘れねば」)
一刀の思いは、ともすれば修練のことに向かうが、目の前にいるみなもが、心を暖めてくれるのもまた事実である。一刀は今の二人の時間に集中しようと務めた。
「あ‥‥鯉がいます」
みなもが滝つぼを指差した。一刀も滝つぼを覗き込もうとして、みなもを背中から抱きしめる格好になってしまう。
「一刀殿、今日は御一緒出来て嬉しいです」みなもがそっと一刀の手に手を重ねた。
「うん、偶には自然の中を散策するのも良い物だな、心が洗われる様だ。まあ、みなも殿と一緒ならば何処に居ようとも嬉しい物だがな」
「まあ‥‥」
みなもが微笑む。気がつくと、もう日が高い。
「そろそろ午の刻ごろでしょうか」
みなもの手料理をつめたお弁当を広げて、素朴だけれど贅沢な食事。二人きりだし、どれも素朴なおかずではあるが、一刀の好みを考えてあるのだ。
ゆっくりと食事を取り、その後はペット達に水浴びをさせたりして、快く疲れた二人は草の上でしばし休息。いつの間にか、すやすやと一刀は眠っていた。
「まあ‥‥よいお顔」
そっと一刀の頭を抱いて、自分の膝の上にもたせかけた。
婚約者同士でありながら、互いの多忙ゆえこの一年何の進展もない。いつも張り詰めてわが身を鍛えようと志す一刀故、こんな無防備な姿に、この時間だけは二人きりであり、一刀を独り占めしているのだという実感が湧いてくる。小さな幸せにみなもは浸っていた。
「‥‥ん‥‥みなも殿? す、すまぬな‥‥」
一刀が身じろぎし、目覚めた。慌てて起き上がる一刀の頬がほのかに赤い。
だが、みなもはとても嬉しそうに微笑してくれる。
(「一刀殿のあんな寝顔を見られるのは、きっと私一人‥‥」)
● 皐月一日・申の刻
京都のとある染物屋に、ひときわ目立つカップルが客として訪れた。男の方はかなり長身で逞しく、左頬にいかにも手練者らしい傷がある。女性は銀色の髪に碧い瞳の、白大理石の彫像めいた美女。純白のドレスがさらにその印象を強めていた。
シルキー・ファリュウがほどこしたほのかな化粧も錦上に華を添える。男性‥‥ケント・ローレル(eb3501)は次から次へと布地を恋人の肩に当て、店主に注文をつける。
「この鮫小紋とかいう奴ァ地味すぎる! 派手な柄ァねェんか!」
「へぇ、とっときの友禅お出ししまひょ」
一方、女性‥‥クーリア・デルファ(eb2244)は、不思議そうにケントに問いかける。
「京都の警邏を手伝ってくれというから来たのに、何故キモノの布地選びなんだ?」
「いやあのそれは」言葉に詰まる恋人をよそに、クーリアは一人合点。
「なるほど変装ってやつだな。しかし、あたいには似合わないから逆に目立つと思うのだが大丈夫か?」
「いや、この曙色がようお似合いどす」
普通の女性ならば小躍りしそうな、美しい薄紅の布地を見ても、クーリアは困惑げに首を横に振る。
「いくら変装でも、あまり目立つのはよくないだろ」
結局彼女が選んだのは紫陽花柄の浴衣一枚。だが着替えてみると、
(「やべ‥‥クーは和服でもエロっぺぇなあ」)
衿の合わせ目や衣文から覗く艶やかな肌に目を奪われながら、ケントは次には御所に程近い場所にある、満開の桜の大木の下で花見酒をと誘ってみる。
「なぜ酒など飲むんだ、警邏に関係ないぞ!」
休憩だとかなんとか誤魔化して濃紅の花をたたえた大木の下へ。
「皐月だってのに、今でも桜咲くなンて愛の力はすげェなァ!」
それは八重桜であり、開花時期が一般的な桜より遅いからなのだが、それは今のケントにとっては細事に過ぎない。
それよりも八重桜を背景にした和服のクーリアは今すぐ抱きしめたい程艶麗過ぎて。
「桜って言うんだったな。そういえばゆっくりと桜を見る事ってなかった‥‥」
当のクーリアは緞帳のように重たげに広がり咲く桜を見上げる。
こほん、とケントは咳払い一つ。
「ぁ‥‥去年の事覚えてっか? 菜の花キレイだったよな?」
あん時ァ心臓が破れるかと思ったぜ。切ない片思いを打ち明けられずにいた頃を思い出しつつも、ケントはさらに一歩二人の絆を深めたくて、言葉を探す。
「ああ、覚えてる‥‥あのご隠居はお元気だろうか‥‥で?」
「っとそのー‥‥」その時ケントの耳元で謎の囁きが。
「「こういう時は酒じゃ酒! 男やったら酔わせてでも押し倒さんかい!」」
(「そ、そうだっ! ‥‥って‥‥今の、誰の声?」)
多分天の声です(嘘)。ケントはとっておきの銘酒をクーリアに差し出して切り出す。
「6月に‥‥エゲレスのかーちゃんに会ってくンねェか?」
「構わないが‥‥なぜ?」
喉が渇いてきて、自分の方がいつの間にかぐびぐびと杯を重ねていることに気づかずケントはろれつが怪しくなってきた口で、懸命にアタック。
「ふつー男が女を親に会わせるったら、『ぷろぽーず』らろーがっ!」
大きな碧眼が見開かれる。
「いいのか、あたいなんかで? それに江戸に戻れば水戸の事や那須の事を優先にするし、基本的に家事などできないし‥‥。それに子供とかも当分作る気ないし‥‥普通の奥さんっての無理だぞ‥‥それでも良いのか?」
それがクーなんだから、全部ひっくるめて惚れちまったんだから、惚れた弱みはどうしよーもねぇだろ‥‥
そう応えたケントだが、それは酔いの回った夢の中だったかもしれない。
「あれ? 酔いが回ンの早ェな‥‥クーの浴衣姿がまぶしくてよ‥‥zzz」
「しょうがないヤツだな‥‥」
苦笑と共にクーリアに見守られて、ケントは酔いつぶれて眠っていた。
「これからもよろしくお願いする」
クーリアがケントの耳に唇を寄せて囁いたのは、夢の中の彼に届いただろうか。
その唇が次にそっと、ケントの唇に重ねられたことも‥‥
その後。
《♪八重桜の下 貴方の指先に銀色の髪絡めてた 酔いつぶれ眠る貴方は私の唇感じたかしら》「恋宴」byイロンカ・ユミン
という流行り歌がきっかけとなり、警邏と騙してプロポーズ準備のデートを仕掛けたことがバレ、ケントはえっらい目に合わされるのだが、それはまた別の話。
●皐月二日・辰の刻
《♪一人でも歩けるよ 貴方が微笑んでくれただけで 貴方への想いで強くなれた》「蒼想」byイロンカ・ユミン
鴨川のほとりの小さな茶店で、お蓮という娘が人待ち顔で立っていた。
やってきた待ち人は、托鉢姿の若い僧。
「見違えました。一段と綺麗ですね」
伏神亮(eb2990)は微笑した。
「未楡さんが、島田に結ってくれたんだ」
ほんのりと紅を差した唇でお蓮は微笑する。元々は男っぽい娘なのだが、今日は動作一つ一つに艶があるようだ。未楡という女性につけてもらった「パリの香」なる香り水のおかげだろうか。
二人は茶店の窓から川を見下ろしつつ甘味を楽しんだ。
「なあ、葛餅、ちょっとだけ味見させてもらうぜ」
「ってどこが『ちょっと』なんですかー!?」
半分近く食べられて亮が軽く睨む。お蓮は笑って、
「亮から誘ってくれるなんて、めったにねぇからな。気合入れて弁当作ってきたぜ」
二人きりの分としては大きすぎる包みをよいしょっと差し出す。思わず亮は微笑を誘われた。茶店を出た後、土手に並んで座ってお弁当を広げた。
「たまり漬け、美味しいですね」
手料理を褒められて喜んでいたお蓮は、ふと、真顔になって。
「俺、もし‥‥おめぇと会えなくなっても、美味い味噌、寺に届けてやる。亮が喜んで食べてくれるって思えば、会えなくても‥‥頑張れると思うんだ」
僧侶の恋愛は宗派により異なるといえ、あまり一般的ではない。自分の存在が恋人の負担になっているのではないかと、お蓮は気に病んでいた。
「きっといい方法があるはずです。私は‥‥諦めません」
思いつめているらしいお蓮を、亮は励ました。お蓮は別れ際に、亮に小さな約束のしるしを手渡した。
「ずっと一緒にいられるって、信じても‥‥いいよな?」
お蓮の呟きに応えるように、その指輪は亮の指で澄んだ光を放った。
●皐月二日 暮れ六ツ頃
《♪七重八重 時重ね想ひ重ね 繋ぐ絆 川よりも深く めぐりめぐる運命はどこまでも二人繋がっているの》「八重桜」BYイロンカ・ユミン
明王院浄炎(eb2373)は首をひねっていた。銀閣寺周辺の木立に囲まれた道を散歩しようと、妻である明王院未楡(eb2404)に誘われた。しかもそれが冒険者ギルドからの正式な依頼だというのだ。
『人を誘っていくのに良い京の名所を探って欲しいそうなんですけど‥‥一緒に巡ってくれませんか?』
そう持ちかけてきた時の、妻の悪戯っぽい表情も気になる。しかも妻は、依頼期間の一日目には、シルキーとアシュリー夫妻の息抜きの手伝いと称してアシュリーの職場を手伝い、今日は、亮とお蓮のためにお蓮の化粧を手伝ったり。恋人や夫婦が妙に多い依頼だと、浄炎は思っていた。新緑と山つつじに彩られた東山を臨みつつ、隣を歩く未楡が嬉しそうに報告した。
「さっき、エイシャさんから‥‥シフール便でお礼の伝言が‥‥ありましたわ」
「うむ、あの二人も夫婦水入らずで息抜きをするのもよかろう」
浄炎はそう答えながら、もしかしたら自分達夫婦にも言えることかもしれぬと思い至る。共に冒険者であり、同じ依頼をこなすことも多い故、隣に妻がいるのは珍しいことではない。だが、こんなゆったりとした二人きりの時間を過ごすのは久方ぶりのような。紫綬仙衣を纏った未楡もどこか浮き浮きしているように見える。
夕焼けの光が次第に、濃紫の夕闇に映り、やがて月の冴えた光が空を支配する。
なにやら光る羽を持つ生き物が月明かりに舞う。
「蛾だろうか」
未楡がくすりと笑った。
「人前では節度を‥‥と言う人ですから‥‥気付かれないように気をつけて下さいね」
「誰と話をしている?」
「さあ? ‥‥幸運の、妖精さんでしょうか‥‥」
小首を傾げる未楡の髪を、さらりと冷たい夜風がなぶった。
東山から下りる冷たい風から妻を守るため、浄炎は上着を妻に着せ掛けた。
「風邪を引くぞ。こんな冷たい手を‥‥して」
冷えた細い手を胸元に引き寄せ、温める。と、未楡の体がふわりともたれかかってきた。
細くてしなやかな重み。月明かりの下、道脇に咲く空木の白い花が発光するように浮かび上がっている。風に白い花が舞い散る様が、まるで蛍のように見えて。花の吹雪の下、浄炎は妻の唇にそっと唇を重ねた。広い胸に触れる未楡の手を、熱く心地よく感じながら。
「来月には鴨川辺りに蛍が飛ぶのだろうな」
「また、蛍が舞う頃に‥‥鴨川に参りましょうね」
夫婦は瞳を見つめ交わす。浄炎は頷く。が、夫の返事を見るまでもなく、未楡には二人が同じ思いであることが分かっていた。二人の間には、永遠の愛という約束が既に交わされているのだから。