【男子厨房に乱入!?】夏に来るアレ

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月20日〜08月25日

リプレイ公開日:2008年09月02日

●オープニング

僕の名前はアシュリー・エイシャ、27歳。京都の一角にある、丹波宗哲っていう医師の小さな診療所で働いています。
 相談というのはですね、夏になると来るんです、アレが‥‥しかも大量に。その勢いったらハンパないです。
 え?
 違います、「ねずみ」でも「あくたむし」じゃないですよ。診療所はみすぼらしいけど、清潔です。じゃあ何が出るのかって? ‥‥‥「乙女」です。

 よく農家の人が言うじゃないですか、不作や凶作の年は、空模様がおかしいとか動物が妙な動きをするとか、前兆があるって。
 今年の僕の場合は、西和泉の方言でよくしゃべる女の子が、小さな吹き出物が顔に出来たといって、診療所を訪れたのがそれでした。こーんな小さな吹き出物一つに、とにかくわあわあわめいて仕方ないんです。
「こんな小さな吹き出物ぐらいで、人生の終わりみたいに嘆かずともよろしいのでは」
 って、京助さん‥‥あ、京助さんっていうのは診療所に居候してる浪人さんです。主に力仕事を引き受けてくれてます。その日は、その女の子があまりに騒ぐんで、なだめるのを手伝ってくれてたんです‥‥が慰めると、女の子はきっとなり、
「おっちゃんわかってへんな、女役者は顔が命やねんから! 赤毛のおっちゃん、早よ薬つけてんか! あっ、沁みるのんあかんで、うち繊細やねんから!」
 わめくし暴れるし、大変でした。何より「おっちゃん」呼ばわりは心外です。一瞬「塩塗りこんだろか」なんて悪魔のささやきが心を横切‥‥いや、それはともかく。
どうにかつけた塗り薬が効いたとかで、その自称女役者の子供は数日後、ニコニコ顔でお礼を言いに来ました。
「おおきに、友達にも宣伝しとくわな!」
「せんでいい!」
 嫌な予感に襲われた宗哲先生は即座に止めましたが‥‥既に遅く、子供は通りすがった友達を呼び止めて、
「あっ、三味線屋のおせいちゃん♪ ここの診療所って、うちの超オススメやで」
「って、人の話を聞いておらんなコラー!」
 その翌日、いやその日の夕方からですよ。アレ、つまり大量の乙女達がうちの診療所を訪れるようになったのは。
いや、夏に乙女達が押しかけるのは季節行事みたいなもので、日焼け痕を消してほしいだの、そばかすが出来たから目立たないようにしてくれの、夏特有の乙女の悩みなんでしょうね。髪に艶がなくなったの、もっとしゃれた結い方はないかだの、髪結いさんに相談したほうがよさげな悩みを持ち込んでくるお嬢さんもいます。
そこへもってきてあのよくしゃべる子供ったら、類は友を呼ぶで、自分と同じようなよくしゃべる友達にうちの診療所が「肌をきれいにしてくれる」って吹聴してまわり、それがどう伝わったのやら、乙女達の間でいつのまにか、「この診療所では恋の悩みを解決してもらえる」ってことになっちゃってるみたいなんです。まあ、心と体は深いところでつながっているから、心の問題を解決することは、少なからず病気の予防になるだろうというので、宗哲先生や僕も、やぶさかではないんですが‥‥
 さすがに、本当のけが人や病人に手が回らなくなるといけないので、深刻じゃなさそうな乙女は説得してお引取り願いましたが、そう素直にはいかない乙女もいて。
特にしつっこいのが、「良武屋」なる味噌屋の、4人姉妹なんです。
 どうやらそれぞれ、恋やら修行やらの悩みがあるらしく。
「私ぃー、好きな人がいるけどぉ『炎の中に飛び込んで人命救助するような英雄と、味噌屋の娘がつりあうかいな』ってぇー、両親に反対されててぇー、それにぃ味噌料理のお店出すのが私の夢だからぁ恋はぁ諦めなくちゃいけなくってぇー、だけどぉそのことを考えるとぉ胸が痛くってぇ〜、そういう痛みをぉ治すお薬ってぇないかと思ってぇ」
 と、長女の「お陽」さんは話が、な、長いっ。
「夏の外出で日焼けしすぎちまってよ。元どおりとはいかねぇまでも、皮むけちまったとこだけでもきれいに治してくれよな。逢引があるから二日後までになっ」
 という、次女の「お蓮」さん。
「あのねぇ、丸顔って、一生治らない? それから、ぽっちゃりから、すらっとした体つきになるにはどうしたらいいの?」
 丸顔にまるい目をぱちくりさせる三女の「お利津」さん。
「‥‥切磋‥‥琢磨‥‥」
 と、青あざの浮いた腕をにゅっと突き出す四女の「お滝」さん。わけがわからん。
「お滝はね、剣術修行に凝ってるの。で、あざや怪我ができるんだけど、その痕を消してほしいらしいの。あざや怪我があると、お師匠様に心配かけるからって」
 世話焼きらしいお利津さんが解説してくれる。
「どうしたもんかの」
 4人の無理難題に、宗哲先生は頭を抱えてます。
「宗哲先生の豊富な人生経験でなんとかしてください。昔はもてたってよくおっしゃってるじゃないですか。女性心理はお手の物でしょう」
「ん? ‥‥そうじゃったかの。‥‥うむ、経験豊富すぎてどの恋の経験が役に立つかわからぬのじゃ」
 宗哲先生、なぜ逃げ腰になるのか。
僕は京助さんに協力を求めました。
「じゃここはフェミニストの京助さんに、経験を生かしたアドバイスを‥‥」
「俺、記憶喪失なんですけど」
  会話が成立しませんでした。ああっ、おまけに京助さんがへこんでしまった‥‥
 誰か、乙女達の悩みにこたえてあげてくれませんか。

 ‥‥っていうか。
 残業反対。僕は自宅に帰りたい。
 今の僕には、人生最大といえるほど、とてもとても気がかりなことがあるのだから‥‥

●今回の参加者

 ea1442 琥龍 蒼羅(28歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7578 ジーン・インパルス(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb0764 サントス・ティラナ(65歳・♂・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 eb1155 チェルシー・ファリュウ(25歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb7556 草薙 隼人(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec5150 藤堂 昌益(34歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

白翼寺 涼哉(ea9502

●リプレイ本文

● 再会はしょっぱい?
 顔なじみのエイシャ青年がなにやら困っているらしいと聞きつけて、診療所へ手伝いに来たジーン・インパルス(ea7578)だが、逗留中の病人の世話などを引きついている間に、背後に何やら視線を感じた。
 振り向けばそこには、問題の4人姉妹・長女のお陽。
「あ、あれ、お陽!?」
「せっかく諦めようと決心したのにぃ〜、顔を見たら心が揺れるじゃないぃ〜」
 お陽は開口一番さめざめ泣いた。ジーンとしては、お陽に思いを寄せられていることを察しつつも、京都の情勢もあり、立場上恋愛どころじゃなかったわけで。
 今回もジーンはお陽の存在を知らずに来たため、双方戸惑うばかり。
「ふえ〜ん、 仕事に生きる女になろうと思ったのにぃ〜」
「えーと‥‥」
 にやにやとそんな二人を見守っているのは白翼寺 涼哉だが、
「薬剤と食材、部下どもを置いときます。私は医局に戻りますんで‥‥」
 と言い捨てて、仕事に戻ってゆく。
 もっともぎこちない再会同士は他にもいる。エイシャ青年は、義理の妹にあたるチェルシー・ファリュウ(eb1155)になんだか遠慮している。
「ど、どうして君までここへ?」
「だって、エイ‥‥お義兄さんが困ってるって聞いて‥‥」
「だけど君は彼女の傍にいてあげないと‥‥」
「そ、そっちこそ」
 どうやらエイシャ君の妻がおめでたで、エイシャ君の妻の妹つまり彼の義妹であるチェルシーも期待と不安で落ち着かないらしい。
 しかしなんといってもぎこちなさナンバーワンは琥龍蒼羅(ea1442)に、
「いつだったか、横笛を吹けるようになりたいと言っていたな。これは練習用の簡単な譜面と横笛だ。どうした、遠慮はいらないぞ。いつかの握り飯の礼だ」
 と声をかけられたお滝だろうか。
「会者定離‥‥です」
 といったきり、お利津の後ろに隠れて固まっている。
 そのお利津にしても、草薙隼人(eb7556)との久々の対面で、なんだか彼女らしくなく妙につっかかったりして。
「ひ、ひさしぶり」
「よ、もち肌ちゃん。なんか悩んでんだってな。今よりも数段可愛くきれいになりたいんだって? 欲張りだなあ」
「そ、そんなことないもん! 今のあたし、おたふくだもん」
 ぽっちゃり顔に血をのぼせ、むきになって訴える。
 「どうした訳でござるかな」と首を傾げている藤堂昌益(ec5150)に、明王院未楡(eb2404)
はくすっと笑って姉妹の事情をかいつまんで教えた。
「なるほど、女子の悩みでござるか」
 昌益は合点がいった様子である。すささっと走り去り何かを買い求めて来、黙々と作業していた昌益は戻ってくると、いつの間にか白粉を手にしていた。
「これは拙者が貝殻を買い求め手ずから作った無害の白粉。これさえあれば日焼けの悩み、あざ隠しは解決でござ‥‥あっ」
 瞬く間に4人姉妹の手が伸びてきて、姉妹白粉争奪バトル勃発。
「ちょ、俺はすぐに綺麗になりたいんだから俺のだろっ」
 とお蓮。
「私だってぇ〜ジーンさんの目にぃ美しくお化粧した姿をぉ焼き付けたいのぉ」
 とお陽。
「やだ、私もほしい!」とお利津。
「これこれっ、次女殿はそうあわてずとも、つまるところ日焼けは一種の火傷ですからな。化粧で隠すより先に、水で濡らした布巾を当てて肌を冷まし、火傷に効く薬を塗っておくべきかと。この白粉はむしろ四女殿に‥‥痣は内出血ですので患部を冷やすなどして治癒するしかありませんが、時間がかかりますからな」
 と必死に割り込みなだめる藤堂だが、彼のジャイアントゆえの長身も恐れず、ぴょんぴょん飛びついて、乙女たちは貴重な白粉を奪い合おうとするのだ。
「私のよ!」「俺の!」「外柔内剛‥‥です」
 結局、藤堂の必死のとりなしにより、白粉はお滝の手に渡った。藤堂に無数のひっかき傷と、衣服の乱れを残して。
「お、おそるべし、手弱女の執念‥‥ガク」
 女の戦いの恐ろしさは忍びの技をも上回る‥‥時もある(マテ)。
 しかし藤堂はどうにも解せないことがあるらしく、お蓮にそっとささやき声で質問した。
「ただ‥‥拙者、一つ伺いたいのですが逢引とは夜に行うのではありますまいか?
夜なら灯りを消せば肌の色合いの違いなど早々分からんと思うのですが。
それとも真昼間から‥‥」
「いや、何も起こらないとしてもだ、俺としちゃあ、やっぱ、あらゆる事態を期待っていうか想定してだな‥‥って何を言わせるかっ!」
 耳まで真っ赤になったお蓮は、ばっしーんと藤堂の腰を叩いた。
「女子の悩みを解決するは、痛いものでござるのう‥‥」
 藤堂はしみじみつぶやいたとか。


● 絆はしょっぱい!?
 ほっそりした身体になりたいなら、お滝の剣術修行に付き合ってみたらどうだと勧められたお利津だが。
「太くて固い葱振ってダンスするネ〜♪ムーフーフーフー♪ セニョリ〜タ利津とエクササイズヨ〜♪」
 ねぎを振りつつ踊る妖しく踊ってみせるサントス・ティラナ(eb0764)だが、お年頃の乙女がまねできるはずもなく。
「それはなんぞ?」お利津ではなく、宴会芸に目のない宗哲先生が、サントス弟子入りを志願したそうな。
「お返しに、わしの得意芸『蛍踊り』を伝授しようぞ」
「オゥ、イッツ・ジャパニィズ・ミラクゥルね?」
 ちなみに蛍踊りというのは下半身の筋力を駆使した宴会芸であり(大人の事情により記録一部削除)。
 黙々と木刀素振りをするお滝に比して、
「ひいはぁ、ま、まだやるのぉ〜〜?」
 どうやらお利津、運動神経はよろしくないらしい‥‥
「失礼ながら米を食べすぎではないかと。米よりも野菜や魚を多めに食して運動に励む事ですな。
身に付いた脂を楽に落とす方法などないと心得なされよ」と藤堂に諭されたお利津はせっせとお滝の素振りにつきあっていたのだが、しまいには涙を浮かべてへたり込む始末。
 見ていた隼人は苦笑して。
「ま、無理は禁物だ。さほど無駄な肉がつきすぎてるとも思えないしな」
 隼人が何気なくお利津の背中に触れると、お利津は「っひゃああ!!」と飛び上がり、顔を真っ赤にして診療所へ飛び込んでしまった。
 美容と滋養に最適な食材は鰻でしょうという未楡の進言により、とりあえず鰻を採って来ようということに。鰻採りのため鴨川へと繰り出した一行。
「確か鰻といえば産後の疲労回復にも‥‥右だ、右に回りこめ!」
 エイシャ青年とチェルシーの目がらんらんと輝いている。
「おにー‥‥さん!おねーちゃんもがんばってるからあわてちゃダメだよ! ここはあたしが、おねーちゃんと赤ちゃんのために‥‥とりゃぁ〜〜!」
 眼光が凄いことになってる二人に、周囲ドン引きだがそんなの関係ねぇ。
 その間、川岸の木陰で、お陽の長〜い話につき合わされていたのは、ジーンである。
「私ぃー、鰻とかぁ〜苦手でぇ〜」
「そうなのか?」
「だからぁ江戸で鰻料理もぉ修行しないとぉーいけなくてぇー」
 当分は修行一筋の日々。だからもう恋はしないと話すお陽に、ジーンは言った。
「恋も夢も、どっちもとればいいじゃん」
「え?」
「今自分がしたいと思ったことをすればいい。自分の心を大事にしろよ。心が元気なら、そのほうが夢も膨らむさ」
 お陽はもじもじしつつ、告白した。
「う、うん‥‥そうかも。ほんとは私ぃ‥‥お料理作る度にぃいつかジーンさんに最高の味噌料理食べてもらおうって夢見てるからぁ」
 そんな胸キュン光景をあられもなくぶち壊すのは、言うまでもなく。
「味噌料理屋の女将姿のお陽ってのもなかなか‥‥はっ!?」
 未来を思い描いて笑みを浮かべたジーンがふと背後に視線を感じて振り向けば、
「オゥマイアミ〜ゴ! マヰスターにボコボコにされるヨ! コトブキが続くとマウィスターはご機嫌ナナメね!」
 そこには弓を構えて恋人たちを脅すサントスがいた。よい子は真似しないでね!
 蒼羅のグドルウィンの壷は小ぶりなため、大漁とはいかなかったが、ともあれ蒼羅のクーリングにより鰻が活きのよいまま運べた。
 診療所の厨房を借りて、早速調理にかかる未楡たち。ぬるぬるとつかみにくい鰻にお利津たちは及び腰だが、未楡が優しく指導すると、未楡に心酔しているらしいお蓮が率先して鰻の調理を申し出た。
 率先して鰻料理を作ってみると申し出たのはお蓮だ。
「醤油風味の餡を掛けた白焼きや柳川風にしても良いですし‥‥野菜と辛子味噌と一緒に御鍋にしてみるのも良いかもしれませんよ」
 という未楡の指導にいちいちうなずきつつ、紙に書き付けている。
 人を元気にする料理をひとつでもたくさん覚えたいのだという。
「そしたら俺も、いつかはさ‥‥未楡さんみたいになれるかなあ」
 未楡のすべらかな白い肌や、手際よく料理を仕上げてゆく指先を見つめてお蓮が呟く。
「お蓮さんは、お蓮さんらしさを、大切に‥‥なさればいいのですよ‥‥」
 未楡がほんのり微笑んで、お蓮のほつれ髪を直してやった。
 てなわけで、その日の夕食は皆で賑やかに美容食を頂くこととなる。
「これぇ美味しいわぁ〜」
 焼いた鰻を細かく切って米飯に混ぜ、ゆがいた大根葉を彩に散らした鰻飯はチェルシーの、同じく鰻を甘辛く煮て、卵でとじた柳川風の小鍋立ては未楡の考案だ。
 ご馳走になってばかりでは悪いからと、4人姉妹が提供した鰯のなめろうと、瓜の麹付けも並ぶ。
 「手料理ってのはいいもんだな」
 なめろうを肴に冷酒を飲みつつ、しみじみ呟く隼人に、お利津は何か言いたそうだが、黙って隼人の表情を見守っていた。
 その唇からもしも、「毎日手料理を届けてくれないか」という言葉が出ようものなら、間髪入れず頷こうというように。
 音楽は消化を促進するのぢゃと宗哲先生が主張するので、食後、請われて蒼羅がローレライの竪琴を奏でることに。
 妙なる調べに、味噌屋の娘達は「夢みたい。未楡さんとチェルシーちゃんのお料理だけでも幸せなのに、音楽付だなんて」「お利津ったらぁ、顔ツヤツヤさせちゃって」
 はしゃいだ声を交し合う。
 夕食後、それぞれにくつろぐひとときとなったが、お利津はそっとチェルシーを庭へ呼び出した。
「ほっそりやせるのって難しいのよね‥‥綺麗じゃない女は、どうやったら男の人に好かれると思う?」
 深刻に悩みを持ちかけるお利津だが、チェルシーはにっこり笑って首を横に振った。
「そんなことで悩んでたんだ? ごはん、半分も残してたから口に合わなかったのかと思っちゃったよ」
「う、ううん‥‥おいしかったの。だから余計食べすぎちゃいそうで‥‥」
「食べて動いて元気な人のほうが綺麗に見えるし性格も外に滲み出る・・・お利津さんは綺麗だよ?」
「ほんと‥‥に?」
 心配げなお利津だが、痩せたくて食が進まずにいたのを見抜いていた友達の一言に、こっくりうなずいた。
「あたしもまだ、恋愛に関してはその、学び中だからアドバイスは出来ないけど、がんばって?」
「そっかあ、チェルシーちゃんのがちょっぴり恋の先輩だけどね‥‥お互い、幸せになろうね」
 少女たちは、肩を並べて秋の月を眺めた。
 一方、蒼羅はよほど竪琴の調べにほれ込んだのか、ぴったりくっついてきてお茶を入れたりうちわで風を送ったりと世話を焼きたがる無口なお滝に手を焼いていた。
「ここから先はついてくるな‥‥風呂に入るから」
 裸まで見られそうになって言い含める始末。
 その風呂は、未楡の心づくしで、ヨモギと桃の葉、ゴージャスな薬草湯になっている。
「俺、熱めの湯にざっばーんと浸かるのが習慣なんだけどな」
 というお蓮はぬるめの湯が美容には最適と説き伏せられ、軽く按摩をほどこしてもらった上に「パリの香」を混ぜた香油でお洒落の仕上げまでしてもらい、ほとんど夢見心地である。
 白粉をお滝に持っていかれて残念がっていたお蓮だが、深く満足したていだった。
「なんか、自分に自信が持てそうだぜ。もしかして俺、薬草湯のおかげで色白になれたのかな?」
 水鏡に映る自分を見て、お蓮がうっとりという。未楡は微笑で応じた。
「いいえ‥‥一番よく効いたお薬は、恋のときめき‥‥でしょうね‥‥」
 自らの恋も思い起こしたか、その頬にはほんのり桜色が差している。

●あまからなさよなら
 お蓮もどうやら、磨いた肌と音楽や皆の心遣いにより磨かれた心を武器に、恋路を一歩進めたようで、生き生きと帰宅していった。
 と、そこへ宗哲先生の声が。
「どうやらお嬢さんたちの悩みは解決したようぢゃの。栄作(エイシャ青年の和風呼び名)、御新造のところへ戻ってやれぃ」
「は‥‥はい!」
 やっとのことで残業から開放されたエイシャ君は、飛び立つように家に駆け戻ってゆく。「お兄さん、待って!」チェルシーが呼びかけて、後を追う。
 その姿はわりと自然に見える。
 実の兄妹には程遠いにしろ、大切なものを共有した二人という近しさは確かに見えた。
「あのー‥‥私みたいなぽっちゃりでも似合うお洒落、教えてくれない?」
 お利津は隼人にそっと尋ね、
「そうさな、帯は文庫より結びが似合うかな‥‥おっと」
 何気ない会話のうちに、視線が絡んでどきりとし、隼人はそっと目を逸らした。
 

●後日談
「奏楽が上手くなりたいのなら訊きに来ると良い。教えられることならば教えよう。 今は丹波のこともあり忙しいのでいつでもと言うわけにはいかんが‥‥」
 とお滝に告げて仕事を終え帰っていった蒼羅は、早速翌日お滝の訪問を受けた。とはいえ今のお滝には、易しい曲を吹いてみせる蒼羅の演奏を必死で真似るのが精一杯。
 そんなさなか、お滝は頬を染めてぽつりと言ったりする。
「琴瑟調和‥‥ですか?」
「‥‥???」
 風奏の蒼と謳われる一人の英雄に、苦悩の種がひとつ増えた‥‥かもしれない。 

 お陽は、江戸への料理修行へ旅立っていった。その前にジーンの元を尋ね、
「江戸の水で磨いてぇ今よりぃ素敵になってぇ〜戻ったらぁ江戸前料理ぃ、ご馳走するわぁ〜」
「あ、ああ。気をつけて‥‥な」
 ジーンは心を込めて言った。夢に胸を膨らませ、表情を引き締めているお陽の姿が、彼の心にどんな波紋を広げたかは、今はまだ定かではない。

 エイシャ君はといえば、無事に父親となり、今は生まれた子の名付け親探しに忙しいそうな。
 いや、約一名、名乗り出ている人はいるんだが。
「セニョ〜ル・アシュリ〜もパパになるネ〜♪ ミーもパパとしてヘルプするヨ〜♪」
 ‥‥‥‥なぜか嵐の悪寒、いや予感(マテ)。